吉良吉影は初星学園で目立たず生きたい   作:あのはの

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1章 出会い
平穏は砕けない


 逃げなければならない。

 

それだけが、吉良吉影の中で揺るがない事実だった。

空気が裂けるような衝撃が、背後で弾ける。

ここまで追い詰められるのは、想定外だった。

 

 東方仗助。

 空条承太郎。

 

どちらも、本来なら関わるべきではない人間だ。

だが現実は、彼らがそこにいるという一点だけで、吉良の平穏を完全に破壊していた。

 

「……まったく」

 

吐き出した言葉は、ひどく冷静だった。

恐怖がないわけではない。

だが、恐怖に支配されて取り乱すほど、彼は愚かではない。

 

戦うべきではない。

勝つ必要もない。

生き延びること。

それだけが、目的だ。

 

キラークイーンが、背後に立つ。

その姿は、どこまでも静かで、どこまでも無機質だった。

 

ここまで来て、なお考えてしまう。

──なぜ、自分がこんな目に遭わなければならない? 

 

吉良吉影は、ただ静かに暮らしたかっただけだ。

誰かの人生を奪うことでしか満たされない衝動を抱えながらも、それを悟られないよう、細心の注意を払い、社会に溶け込んできた。

 

 それなのに。

 

「……運が悪かった、と言うべきか」

 

承太郎の視線が、突き刺さる。

あの男の目は、最初からこちらを“理解している”目だ。

 

ここに「逃げ場」はない。

 

だが──「切り札」はある。

 

吉良は、川尻浩作の身体に馴染んだ感覚のまま、静かに思考を進める。

 

 バイツァ・ダスト。

 

この能力は、戦うためのものではない。

ましてや、勝利を掴むためのものでもない。

ただ、すべてを「なかったこと」にするための力だ。

自分の平穏を守るためだけに存在する、究極の逃避。

 

「いいや! 「限界」だッ! 押すねッ!」

 

視界が、歪む。

爆発音が、世界そのものを裏返すように鳴り響いた。

──そして。

 

 ◆

 

目を覚ましたとき、最初に感じたのは、静けさだった。

 

白い天井。

規則正しい換気音。

病院だと理解するまでに、数秒を要した。

 

吉良は、ゆっくりと瞬きをする。

 

「バイツァ・ダストは発現した、か」

 

声は、やけに若かった。

 

違和感に気づき、視線を落とす。

そこにあったのは、見慣れた川尻浩作の手ではない。

 

骨ばった、若い手。

年齢は──二十歳前後だろう。

 

状況を整理する。

爆発。

時間の逆行。

そして、見知らぬ身体。

 

だが、不思議と混乱はなかった。

 

吉良吉影は、こういう事態に慣れている。

想定外が起きたときほど、冷静に状況を受け入れる性質だった。

 

「キラークイーンは出すことが出来る…バイツァ・ダストではない、別の「能力」が発現したのか?……」

 

ふと、ベッド脇の椅子に掛けられた学生証が目に入る。

 

──初星学園・プロデューサー科。

 

「……初星学園、確か東京都の天川市にある学園だったはずだ」

 

眉をひそめる。

だが、同時に理解した。

 

これは、罰ではない。

平穏な生活を送るには、悪くない環境かもしれない。

 

医師の説明によれば、軽い事故で意識を失っていた学生が、奇跡的に目を覚ましたらしい。

名前も、戸籍も、この身体のものが用意されている。

 

つまり──

ここでは、川尻浩作ですらない。

完全な別人。

 

「フ……フハハ……フハハハハハハ!」

「やはり「運命」は私に味方をしていた」

 

それは、吉良にとって、ある意味で理想的だった。

 

 ◆

 

数日後。

 

初星学園の校門を前に、吉良は立ち止まっていた。

 

アイドルを育成する学園。

騒がしく、目立つ人間の巣窟。

 

本来なら、最も避けたい場所だ。

 

「……だが」

 

吉良は、静かに歩き出す。

 

目立たなければいい。

騒ぎを起こさなければいい。

上を目指さなければいい。

 

ここでの目標は、ひとつ。

 

 無難に、卒業すること。

 

その途中で、生活が安定し、誰にも疑われず、危険もないならそれで十分だ。

 

プロデューサー科の講義は、思ったより静かだった。

数字。

分析。

計画。

 

感情論より、結果を重視する世界。

悪くない。

むしろ、自分に向いている。

そんな中で、ひとりの名前が耳に入る。

 

「……藤田、ことね?」

 

潜在能力は高いが、実力が伴っていない。

歌唱力に難あり。

アルバイトに追われ、練習量が足りていない。

 

誰かが、そう評していた。

 

吉良は、心の中で静かに評価する。

──潜在能力が高い、か。

それは、危険な言葉だ。

才能は、人を目立たせる。

 

だが同時に、

管理できる才能ほど、安全なものもない。

彼女をプロデュースすることは、

果たして平穏につながるのか、それとも──。

 

吉良吉影は、その答えをまだ出さない。

ただひとつ確かなのは。

 

「……ここで騒ぎを起こすつもりは、ない」

 

自分は、静かに生きる。

そのためなら、3位でいい。

常に、3位。

誰にも恨まれず、誰にも狙われず、

それでいて、無能だとは思われない位置。

 

 

初星学園の空は、やけに澄んでいた。

 

──平穏は、まだ壊れていない。

 

 

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