初星学園は、騒がしい。だがその騒がしさは、あらかじめ用意されたものだ。
チャイムの音。廊下を流れる足音。
教室に集められ、席に着き、同じ方向を向く。時間割、行動規範、評価基準。
人間の集団行動は、想像以上に単純で、管理しやすい。
「……実に、よく出来ている」
吉良吉影は、誰に聞かせるでもなく呟きながら、ノートを開いた。罫線の上を、ペンが静かに走る。
──プロデューサー科。
この立場には、明確な条件がある。
『アイドルをプロデュースし、結果を出さなければ、単位は与えられない』
つまり。何もしない、という選択肢は、最初から存在しない。
学園に所属する以上、役割を果たす必要がある。しかし、その役割を「過剰に」果たす必要はない。
「……誰か一人は、必要だな」
それ以上でも、それ以下でもない。
目立つ必要はない。
成功も、失敗も、どちらも不要だ。
必要なのは
問題を起こさず、学園を卒業すること。
それが、彼の望むすべてだった。
◆
最初に検討したのは、花海咲季。
成績。身体能力。精神力。数値化できる要素は、すべて学園上位。
入学試験首席。周囲の評価も高く、本人もそれを当然のものとして受け止めている。
「……実に、分かりやすい」
彼女は“勝つ”ことに執着している。勝利は結果であり、目的であり、存在理由でもある。
だが、勝利への渇望は、常に視線を集める。
注目は危険だ。注目される人間の周囲には、人が集まる。人が集まれば、期待も、嫉妬も、敵意も生まれる。
それらはすべて、『平穏の敵』だ。
「……却下だ」
彼女は、優秀すぎる。
それは、彼の望む立場ではない。
◆
次に、月村手毬。
中等部時代、元No.1ユニット「SyngUp!」のメンバー。歌唱能力は、学園内でも突出している。
音域。表現力。感情の乗せ方。技術と本能が、危ういバランスで共存している。
「……厄介だな」
感情に左右される不安定さ。それは欠点でもあり、同時に才能でもある。
成功すれば、一気に跳ねる。
失敗すれば、周囲を巻き込んで沈む。
どちらに転んでも、目立つ。
そして何より──
感情で動く人間は、予測が難しい。
「……これも、駄目だ」
才能があること自体が、問題になる場合もある。彼女は、制御するには火力が高すぎる。
◆
最後に、藤田ことね。
成績は、凡庸。順位は常に中ほど。突出した項目はない。
一見すれば、印象に残らない生徒だ。
だが、生活記録を追うと、別の顔が見えてくる。
アルバイトの頻度。
家族構成。
削られた睡眠時間。
才能が、自身の生活に押し潰されている。
それは、致命的な欠点ではない。
むしろ
「……調整可能だ」
才能は、ある。
だが未完成で、今は周囲の視線を集めるほど突出してはいない。
欲望も、ある。
金。成功。評価。しかしそれらは、どれも具体的で、現実的だ。
管理できる欲望は、危険ではない。
彼女は、環境次第で伸びる。だが、環境を与えなければ、そのまま埋もれる。
それは──
非常に、都合がいい。
◆
吉良吉影は、結論を出した。
1位を狙う必要はない。
頂点は、危険だ。
最下位も不要だ。
疑念を招く。
最適なのは
『常に3位』
優秀だが、
評価されるが、恨まれない。
藤田ことねは、その位置に最も適している。
「……やはり、君が相応しいな」
期待ではない。感情でもない。
これは、ただの最適解。平穏を守るための、合理的な選択。
吉良吉影は、そう判断した。
その判断が、誰かの人生を大きく変えるとしても。
彼にとってはただの、必要な手続きに過ぎなかった。