吉良吉影は初星学園で目立たず生きたい   作:あのはの

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燐羽様の3Dモデルおめでとうございます。


2章 定期公演『初』
『初』の輪郭


 掲示板の前って、空気が薄い。

 人の声も足音もあるのに、みんな息を浅くしてる感じがする。見てるのは紙切れ一枚だけなのに。

 

 定期公演『初』

『初声公演』、『初陣公演』——いくつかの枠に分かれた、その総称。

 その中でも、いま貼り出されたのは『初声公演』のエントリー募集の告知だった。

 

 出演候補の選考が始まる、という貼り紙が増えていた。

 中間審査と最終審査を抜けた、上位三名だけが本番の舞台に立てる。

 言葉にすると単純で、だから余計に怖い。

 

(あたし……こういうの得意じゃないんだよな〜)

 

 そのとき背中に、視線が刺さった。

 

「ことね。あなたはエントリーしないの?」

 

 花海咲季。

 同じ一年。入学首席。次世代の一番星(プリマステラ)候補。

 歩き方まで自信満々。今日はその自信が、ちょっとだけ刃みたいだ。

 

 咲季は掲示板を指先でなぞる。

 まるで、もう自分の席がそこにあるみたいに。

 

「咲季もやっぱり……」

「当然よ。佑芽のお姉ちゃんだもの!」

「答えになってねェ〜……」

 

 咲季はいつも真っ直ぐだ。

 その眩しさが今はちょっと息苦しい。

 

「ことねだって、出たいでしょ?」

「……うーん、あたし、まだそこまで上じゃないし」

 

 言った瞬間、失言した気がした。

 下を向いたら負けだって、分かってるのに。

 

「上か下かなんて関係ないわ」

 

 咲季は即答した。

 

「夢を叶えるために、やることをやる。それだけよ」

 

 そこへ、空気を切るみたいな声が割り込んだ。

 

「……なに、格言大会?」

 

 月村手毬。

 同じ一年。歌が強くて言葉も強い。

 今日はいつも以上に機嫌が悪そうで、目が刺々しい。

 

「手毬! 今のは格言じゃなくて、普通の正論よ!!」

「咲季は今日もうるさいね」

「手毬も来てるってことは、掲示板見に来たんだ」

「別に。通り道だっただけ」

 

 絶対ウソだ。

 手毬はこういうときほど、わざわざ近づいてくる。

 

「で。ことねは?」

 手毬の視線が、ことねの顔に止まる。

「出たいの? 出たくないの? どっち」

「出たいけど、成績優秀者ってわけじゃないし」

「ふん。最近調子に乗ってると思ったら、弱気になったり忙しいね」

「『初声公演』に出られるかって、今決まってること?」

 

「え?」

「審査があるんでしょ。なら、そこで決まるだけじゃない?」

「それはそうだケド……」

「じゃあ、やるしかないんじゃない?」

 

 その言い方が、雑で、でもちゃんと背中を押してくる。

 ことねは思わず笑ってしまった。

 

「なに、笑ってんの」

「いや……手毬って、励まし方ヘタだな〜〜って」

「は? 励ましてないけど?」

「へーぇ。今の励ましじゃないんだ?」

「違う。置いていかれたくないなら、ちゃんとしろって言ってるだけ」

「それって、励ましじゃん?」

「……ふん!!」

 

 咲季が腕を組む。

 

「結局、三人とも出たいってことね!!」

「そりゃ、そうでしょ」

 

 手毬が鼻で笑う。

 

「わたしはともかく、あなた達は出られないかもしれないのに?」

「だから競うのよ。わたしは勿論、成績一位で通過してセンターを取るわ!!」

「そう。せいぜい虚勢張りながら頑張りなよ」

 

 咲季が急に近づいてくる。

 

「うん。最近、肌質が良くなってるわ」

「え。なに急に……」

「最近のことねを見ていて思うの」

「軸が落ちない。息が乱れない。無駄に力んでない」

「前よりも健康的な生活をしているのかしら?」

「少し筋肉量も増えて、健康的な体重になっているわ」

 

「ほら腹筋もついてきて」

 

 咲季が急に服をめくり、お腹をぐいっと触ってくる。

 

「ぎゃ〜〜〜〜!!! 咲季!!!! 勝手にお腹触ってくんな!! 変態!!」

「変態って何よ!!」

「変態は変態だろーが!!!」

「そんなに恥ずかしがることないじゃない!!」

 

「はぁ……朝から騒がしいね。二人とも」

 

 手毬は呆れたようにため息を吐いた──と思ったら、視線が泳いだ。

 

「手毬は……」

「………………何」

 

 手毬は反射で自分の腹を押さえながら、じりっと後ろへ下がっていく。

 

「へぇ〜〜〜?」

「あれれ〜?? 手毬ちゃんはなんでお腹隠してるのかな〜〜??」

 

 二人でジリジリと手毬へ迫っていく。

 

 手毬が青ざめた顔で叫ぶ。

「こっちに寄って来ないで変態!!!」

 

 ──

 

「あら? 掲示板の前にいらっしゃるのは、花海さんのお姉さまとそのご学友でしょうか?」

「あ!!!!!!!!!! お姉ちゃんだ!!!!」

 

 花海佑芽。姉の姿を見つけた瞬間、一直線だった。

 

「ふふ、色んな人のお腹を触ってるみたい」

「こんな人がいっぱいいる中で、大胆」

 

「お姉ちゃんのえ゛っ゛ち゛〜〜〜!!!!!!!!」

 

「花海さん! 待ってくださいまし〜〜!」

 

 ◆

 

 放課後。

 ことねはプロデューサー科棟へ向かう足取りが、いつもより軽いのに、心臓だけがうるさかった。

 

 ドアをノックする。

 

「失礼しま〜す!」

「どうぞ」

 

 机に向かっていた彼が顔を上げる。

 穏やかな表情。淡々とした声。

 それだけで、なんか安心してしまうのが悔しい。

 

「お疲れ様です、藤田さん」

「お疲れ様です、プロデューサー!!」

 

 差し出された資料の一枚目に、定期公演『初』の文字があった。

 

「あの……! あたし……!!」

「藤田さんには、『初声公演』の出場を狙ってもらいます」

「もう既にエントリーの方は済ませています」

「……え、?」

 

 声が裏返りそうになる。

 彼は頷く。

 

 自分から『初声公演』の出演者に立候補したいと言いに来たはずなのに。

 既にプロデューサーが、先回りしたみたいに動いてくれている。

 驚きと同時に、くすぐったい気持ちになる。

 

「既にエントリー済みなんですか!?」

「ええ、担当プロデューサーによる申請もできます」

「知らなくていい部分です。必要になったら、こちらが出します」

 

 さらっと言うのがずるい。

 頼っていいと言われた気がして、心が勝手に緩む。

 

「でも、『初声公演』への出場、咲季と手毬も狙ってますよね?」

「二人とも最有力候補でしょうね」

 

 あっさり認める。

 認めた上で、彼は続けた。

 

「ですが、現状の安定度なら藤田さんを舞台へ乗せることができます」

 

 天才だとか逸材だとか、そういうのじゃなくて。

 ちゃんとやれば届く、って言われてる感じがする。

 

「藤田さんは、藤田さんのやり方で上げます」

「……やり方」

「大きく変えません。生活は今のまま。練習は増やしません」

「増やさないんですか?」

「増やすと崩れるからです」

 

 崩れる。

 気合いで押し切って、倒れて、戻れなくなる。

 そういう失敗を、ことねは何度も繰り返してきた。

 

「はい! 分かりました!」

 

 口から出た返事が、思ったより迷ってなかった。

 

「ありがとうございます。では、今日から『初声公演』用の調整に入ります」

 

(あたし、何も考えてない)

 

 でも、嫌じゃない。

 むしろ楽だ。

 彼の言う通りにして、うまくいった記憶が積み重なってるから。

 

「あと一点」

 

 彼は静かに言った。

 

「『初声公演』の枠取りは、競争になります。周囲が荒れやすい」

「荒れやすい……?」

「順位が絡むからです」

 

 ことねは、苦笑いする。

 

「あの〜、言いづらいんですケド」

「順位を決めて争うって。ちょ──っとだけ苦手で〜」

「それでいいです」

「え」

「そう思ってる方が慎重になります」

 

 慎重。

 平穏。

 彼の好きそうな言葉だ、と思った。

 

「藤田さん。あなたは、無駄に火花を散らさず『初声公演』に出場してもらいます」

「ただ、言った通りに動ければ、あなたは『確実』に出場する。わたしはそう『確信』しています」

 

 その一言が、胸の奥に落ちた。

 

 小さく拳を握る。

 明日からもプロデューサーに言われた通りにやるだけだ。

 それだけで、あたしは舞台に届くかもしれない。

 

 そして、その舞台の先に——

 お金も、未来も、きっとくっついてくる。

 

 定期公演『初』。

 あたしの名前は、もうそこへ置かれてしまっている。

 

 ◆

 

 部屋を出ると、廊下の端に立つ影が見えた。

 長い髪。背筋の通った姿勢。

 一番星(プリマステラ)のオーラ。

 

 見えた瞬間、ことねの口が勝手に動く。

 

「……げっ!」

 

 その声が聞かれたのか、急ぎ足でこちらに向かってきた。

 

「お、お疲れ様です! 十王会長!」

 

 十王星南が、微笑む。

 微笑むのに、目の光が強い。強すぎる。

 

「ごきげんよう、ことね。

 まさかこんな所で会えるなんて、運命ね」

「いやいや、ここ学園の廊下ですよ」

 

 普段、穏やかなはずの声が、とても弾んでいる。

 

「『初陣公演』の間、初星学園に居るあなたに会うことが出来なくて、とても寂しかったわ……」

「毎日ことねの写真を見ることしか出来ないんだもの」

 

「うわぁ……」

 

 十王会長は何を考えているのか分からない。

 プロデューサーが着く前からあたしに専属契約だの私のことねだの言い寄って来ていた。

 

「聞いたわ。ことね。『初声公演』への出場を目指すそうね」

「え、なんで知って」

「当然よ! だってあなたはアイドルパワー十万以上の特大のダイヤの原石だもの!!」

 

 早口。声がでかい。息が荒い。意味が分からない。

 

「ちょ、ちょっと待ってください、会長! 距離近いですって!」

「逃げることはないのよ、ことね」

「あなたには舞台で証明してもらうわ!」

「証明って、何をですか!!」

「この十王星南のパートナー(わたしのモノ)だってことを!!」

 

 ことねは、半歩分だけ下がって、半歩分だけ敬語を強める。

 

「あの、会長。あたし、まずは『初声公演』に出られるように頑張りますので」

「ええ! 素晴らしいわ!」

「あと、パートナーとかは、ちょ──っと遠慮……」

「あなたは私のパートナーよ」

 

 星南は満足そうに頷き、言い切る。

 

「また会いましょう。ことね」

「うぅぅ……失礼しま〜〜っす!!」

 

 ことねは早足でその場を離れた。

 背中が熱い。

 追いかけられてる気がするのに、嫌じゃない部分があるのがもっと困る。

 

 ◆

 

 夜。

 彼は端末を閉じ、机上のメモを一瞥した。

 

 一位候補、花海咲季。

 二位候補、月村手毬。

 三位、藤田ことね。

 

 上げすぎれば目立つ。

 下げすぎれば疑念が生まれる。

 三位は美しい。象徴にならない。恨まれにくい。騒ぎにならない。

 

「……騒ぎにならなければ、勝ち負けはどうでもいい」

 

 静かな生活のための配置。

 定期公演『初』は光が強い。だが、光の中心に立たせる必要はない。

 

 わたしが欲しいのは、卒業までの無風。そして、正しい場所への帰還。

 

 画面を落とし、爪を見る。

 また爪が伸びている。

 

「この吉良吉影がこんな目に遭うとは……」

 

 ふと、脳裏に浮かぶ。

 誰かに『自分の本性』を見せて(誰かを殺して)やりたい。

 

 キラークイーンで証拠を消せば、一人なら絶対に気付かれることはない。

 

 まだダメだ

 心を落ち着かせる。今は、ヘタに動いてはいけない。

 疑念が少しでも生まれれば、仗助達がここを嗅ぎつけて来るかもしれない。

 

「仗助、承太郎……そして川尻早人。わたしを知る者は全員『始末』する」

「そのとき、ようやく『平穏な日々』が迎えられるのだ……」

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