伏黒家の末裔、現代最強の生まれ変わりと噂される女に見初められる 作:呪術児
入学早々死の淵を三度経験し、無限の情報を流し込まれて一週間寝込んだ俺だったが、その程度の遅れなら簡単に取り返せると一週間分の授業の遅れと課題を放課後の夕焼けの橙色の中で片付けていた。
「今日こそ領域覚えようね!とっておきの呪具家から持ち出して来たから。」
そんな俺の周りで瞳が鬱陶しくまくしたててくる。一体誰のせいでこんな事になってると思ってるんだ…そのとっておきの呪具って奴も恐らくマーキングを利用した長距離ワープで勝手に持ち出したのだろうとなんとなく察せられる。
「ほらほら、早く終わらせないと日が落ちちゃうよ~」
バリボリと甘い菓子を頬張りながら瞳の奴は急かしてくる。その咀嚼と一方通行な会話をやめてくれれば捗るんだがな。
「まあ、今日の修業はスペースいらないし…何なら寮の自室でやっても…」
駄目だ、早く終わらせないと…コイツを俺の自室に入れたくないしその逆も真っ平だ。俺は課題をやる手を可能な限り早める。
「おっ、いいじゃんいいじゃんその調子♡」
「………お前はもう黙れ。気が散るから。」
………
「………で、今日の修業と言う名の拷問はなんなんだよ。」
「人聞き悪いなあ…術師の成長曲線は一定じゃないし人によって波があるんだよ。」
なので急速な成長を促すには臨死体験を経験させるなど、どうしても過激な手段を講じることになるという。
「じゃーん、これが五条家秘伝の呪具だよ~」
「………布?」
瞳が取り出したのはボロボロの大きな布だった。相当な年季物らしく、日焼けとシミで色褪せが酷い。
「この布はさ、私の先祖と高専勢が命懸けで臨んだ”人外魔境新宿決戦”の下準備で活躍した術師の術式が刻まれた呪具だよ。」
術師が長年愛用した道具に術式が刻まれる事はそこまで珍しい事ではない。
「そんな便利な術式なのか?」
「もう便利も便利よ。ま、私一人では無用の長物だけど。」
その術師の生得術式は単刀直入に言えば”ワープ”、瞳の”無下限呪術”のようにマーキングした地点へ一瞬で移動できると。
「その発動条件が”移動させたい対象を覆い隠す”事でね、その術者が条件を満たす為に使っていた布に術式が刻まれたんだ。」
ちなみにその術者は”シン陰流”のサブスクを始めた者だとか、その術者とその血縁は術式が刻まれた布を高額で貸しているだとか瞳は色々解説してきた。前から思っていたが、この女は結構教えるのが好きなようだ。
「で、ワープなんてしてどうするんだよ?滝つぼにでも行って水にでも打たれるのか?」
「ハハッ何それウケる。そんな原始的な修行しないよ。それだけなら私の無下限でも出来るし。」
嫌味のつもりで言ったのが原始的と返されてぐぬぬとでも言いたい気分だ。
「この呪具の術式さ、魂も移動の対象に出来るんだよね。」
布に包まれた二人の人間がお互いに合意を得れば、魂の入れ替えが出来るという。
「まさか…俺とお前で今から…」
瞳はニコニコと爛漫な笑顔を俺に向けてくる。まさか実益も兼ねてこの方法を…
「まあ体を入れ替えるのは私得ではあるけどね。」
コイツ俺の懸念を自ら認めやがった…
「でもこの方法が一番効率良いんだよねぇ。」
呪術の経験値は肉体に刻まれる。俺が瞳の身体に入れば、彼女のセンスや術の運用を肉体的に覚えられるということらしい。
「しかもアンタの体に入った私も培ったセンスをアンタの体に反映させる訳だから…」
修行効率は倍ということか。
「なんならアタシがアンタの代わりに式神の調伏してあげようか?」
「それはいい。」俺にも意地やプライドってもんがある。瞳のお膳立てで下した式神など使いたくない。
「分かった分かった。じゃあ早速…」俺は瞳と一緒に布にくるまった。
「近いね♡」「うるさい。」
コイツの直球過ぎるメロつきにはいつも疲労感を覚える。心の中で合意したからさっさと入れ替わって欲しい。俺は彼女の目線を避けるように目を瞑った。
「もう入れ替わってるよ。」
内からでなく外側から俺の聞き馴染んた声が耳に入ってくる変な感覚。それだけではない、肉体の方も…
「これが………」
瞳の肉体に入った俺は彼女の両手をマジマジ見つめる。女性の肉体は慣れ親しんだ男のそれとまるで違う。なにが違うかは心の中でも言うのは憚られるが…
「何見てんのよ変態♡」
「俺の声でいつもの妙な喋り方するんじゃねぇ!………うっ、」
怒鳴り声を上げて負の感情、呪力が溢れた時、思わず頭痛を覚えてその場に座り込んだ。原因はこの視界か…
(いつもは軽い気持ちで見てた景色が…)
なにもかも見える、なにもかも感じる。六眼は見ようとピントを合わせれば原子レベルで物が見えるらしい。慣れない光景に思わずふらついてしまう。
「私も小さい頃は、六眼の視界によく酔ったもんだよ。」
思わず座り込んだ俺の肩を、安心させたいのかポンポンと叩いてくる。
「コツを教えてあげると、見ようとしない事かな。その気になると何でも見えてしまうから。」
今は目を瞑るのもいいと、彼女は六眼の視界を制御するコツを教えてくる。
「ああ、」
俺は一先ず目を瞑り、外部の情報を遮断することにした。
「フフッ、そっけないけど、アンタが私に肯定の返事をしたのって珍しくない?」
俺の返答に餌を与えられた魚のように瞳は喜んでいる。俺の肉体ではしゃぐのはやめてほしいのだが。
「ゆっくりでいいから…私の肉体に刻まれた呪術の経験値は、魂を通してアンタに刻まれてる筈だよ。」
体育館の中央に座り込む俺と瞳…
(入学したばかりだというのに…相変わらず仲が良いな。)
偶々通りがかった教職員が体育館の空いたドア越しからその姿を目撃したが、若人たちの蒼き春を邪魔しないように黙って去って行った。