『終焉』が近いであろう青空世界で私達は生きる......らしいよ? 作:エリオ(別同位体)
無数のモニターが淡い光を放ち、無数の文字列と数式が目まぐるしく流れていく特異現象捜査部の部室。
現在、ミレニアムが直面している問題は山積みであった。
預言者「ホド」をはじめ、アビドス砂漠で確認された「ビナー」、さらにはセミナーの会長であるリオから提供された「ケテル」の情報にいたるまで、デカグラマトンに関する精密調査は極めて難航していた。
それに加え、先日ゲーム開発部に保護された素性不明の謎の少女【天童アリス】の件もあり、特異現象捜査部は文字通り、猫の手も借りたいほどの大忙しな状況にあった。
そんな張り詰めた空気の中、キーボードを叩く手を止めることなく、和泉元エイミがふと、車椅子に座る少女へと呟いた。
「部長。最近、元気そうだね」
その言葉を区切りにするように、隈だらけで眠たそうな明星ヒマリはパチリとキーボードから指を離し、大仰に肩をすくめて見せた。
「元気? 何を言い出すのですか、エイミ。たしかに、この私は夜に咲く一輪の華の如く美しい、超天才清楚系病弱美少女ハッカーですが……見ての通り隈だらけで今にも死にかけかつ儚げな美少女ですよ? そのどこをどう見れば元気ハツラツに見えるというのです」
「はいはい。いつもの長い自己紹介はご苦労様。そもそも、そうやってベラベラと淀みなく長いセリフを言える時点で、周りから病弱だなんて思われていないこと、少しは自覚してる?」
「エイミ。そのセリフ、ブローニャのようにあなたのその……色々と目のやり場に困る破廉恥な格好に対して、特大のブーメランとして投げ返してあげましょうか?」
むすっと頬を膨らませたヒマリは、コホンと一つ咳払いをして手元の書類へと視線を戻す。
「まあ、冗談は置いておくとして。あの下水女からデカグラマトンの脅威に対する調査に、例の施設から現れた『天童アリス』についての不眠不休の分析……おかげで、私の繊細な脳細胞はすっかり疲労気味なのですよ。本当に、どこを見て元気そうだなんて思ったのですか……」
「そう? それにしては、さっきから資料の読み込みに凄く没頭しているみたいだけど。……それも、わざわざ『神秘ハンター』から渡されたデータをずいぶんと大事そうに別フォルダに保存しているし」
エイミがジト目でモニターの端を指差すと、ヒマリは一瞬だけ表情を和らげ、どこか遠くを見るような目をしてみせた。
「神秘ハンター……ああ、ブローニャのことですね」
「……確か、今の名前は『銀狼』じゃなかった?」
「今のあの子がそう名乗っていようとも、私にとっては、あの子の名前はいつまでも『ブローニャ』なのですよ」
「ふーん……。でも、そのブローニャって子と再会して同盟を結んでから、部長、色々とキャラが崩壊してて怖いんだけど……」
「怖いとは失礼な……。ですが、ふふ、たしかに少しばかり浮かれていたかもしれませんね。────あの日以来、もう二度と会えないのではないかと、あの時は本気でそう思っていましたから」
ヒマリはどこか愛おしそうに目を細めると、車椅子の背もたれに体を預けた。
その様子を見て、エイミは素朴な疑問を口にする。
「そのブローニャって、どんな子だったの?」
「よくぞ聞いてくれました! 折角ですし、ちょっとした作業の休憩に、この超天才清楚系美少女ハッカー明星ヒマリがあの子について存分に語り明かしてあげましょう!」
(あ、これ……絶対、長くなるやつだ)
ヒマリの目が途端に生き生きと輝きだしたのを見て、エイミは直感的に死んだ目になった。
これは相当な長話になる。
とは言え、この極度の自信家で、自分に対するセルフラブに満ち溢れた部長が、ここまで他人に執着し、心をめり込ませているのは珍しい。エイミは半分は諦め、もう半分は純粋な興味津々の面持ちで、ヒマリの言葉に耳を傾けることにした。
◇◇◇◇◇◇
「あれは去年の、ちょうど梅雨入り前の時期でしたか。当時、ミレニアムに『とんでもない期待の超新星』が入学してきたと、学園中がお祭り騒ぎになっていた頃のはなしです」
ヒマリは懐かしむように語り始める。
曰く、その新入生は、ミレニアムの過酷な一般入試において全科目全問正解という前代未聞の記録を叩き出し、入学後も様々な高度実験に顔を出しては次々と規格外の成果を挙げ、学園全域の注目を一身に浴びていたという。
「当時、まだ『全知』の称号を拝命していなかった私は、その卓越した才能を持つ新入生に強い興味を抱きましてね。先輩やチーちゃんと一緒に、『ヴェリタス』に勧誘しに行こうと息巻いていたのです」
「その子がブローニャ?」
「ええ、その通りです♪ とは言え、すぐに接触したわけではありません。彼女『柵市ブローニャ』は噂を聞きつけたあらゆる部活から猛烈なアプローチを受けていたようで、ブローニャがそれらの勧誘をことごとく無関心に蹴り飛ばす姿を、私たちは遠目で観察していましたから。ひとまずほとぼりが冷めるのを待ち、満を持してヴェリタスの理念、そしてキヴォトスの謎と『千年難題』を餌にあの子へと接触を試みたのです。……そうしたら、あの子が何と言ったと思います?」
ヒマリはそこで言葉を区切り、当時のブローニャの口調を真似てみせた。
『ああ、それ? 確かに難題だった。でも、そのうちのひとつはもう自力で解けたし。ヴェリタス? そういう正義のハッカー気取りみたいな集団には、微塵も興味ないね』
「…………待って。解いたって……あの難題を?」
淡々と聞いていたエイミが、今度ばかりは驚愕を隠せずに身を乗り出した。
『千年難題』───それは、ミレニアムサイエンススクールが創設されるきっかけとなった、現代の超科学技術を以てしても決して解けないとされる7つの数理・科学的超難問。
かつてセミナーの前身となった偉大な研究者たちが頭を抱え、今となっては学園の興りを知らない生徒が増えたことで手つかずになっていた学者殺しのスパイル。
その一つを、入学したばかりのブローニャという少女が解明したなど、聞いたこともない。
もしそれが事実なら、彼女の名は「難題を解いた奇跡の生徒」として、とっくにキヴォトス中に名声が轟いているはずなのだ。
「やっぱり驚きますよね。表沙汰になっていないもの、これは一切の嘘も、誇張もない事実なのですよ、エイミ」
「実際に彼女に勧誘を蹴られた後、気になって彼女の端末のログを極秘裏に逆探知して調べてみたのですが……そこには【ペレルマンの幾何化予想】という数理論が構築されたデータが残されていました」
「その理論を基に数式を当てはめ、証明が完璧に成立しているのを確認した時、私とチーちゃんに走った衝撃は……今でも鮮明に覚えていますよ。……チーちゃんからは後日、当時の私が『あり得ないくらい間抜けな顔で破顔していた』とからかわれてしまいましたが、それも今となっては良い思い出です」
「それからというもの、私たちは躍起になりました。これほどの類稀なる才能を、絶対に失ってはならないと」
だが、そこからの道のりは険しいものだったと、ヒマリは苦笑する。
何度足を運んでも、ブローニャ……彼女の対応は冷徹そのものだった。
『……また来たの? 一応言っとくけど、私はどこの部活やら委員会にも参加するつもりはない。特に、あなたたちみたいに勝手に私のデータログを盗み見し、コピーした輩にはね。じゃあね』
『……あのさ。こっちはゲームやら何やら、遊びに忙しいんだよ。正義ごっことか、仲良しグループはNG』
『うああああ、もう、しつこいッ! 次に来たら、部室にエンジニア部のロボをハッキングして送り込むよ!! 二度と来ないでッ!!!』
「……まあ、悪い言い方をすれば、最初は彼女の『才能』だけを見て追っていました。けれど、何度も何度も冷たくあしらわれ、それでも関わっていく内に、ブローニャという少女の不器用な人柄そのものに惚れてしまったのですね。気づけば私たちの勧誘活動は、義務感ではなく、ただあの子と居たいという純粋な熱意に変わっていました」
そして、ついにその執念が、ブローニャの心を僅かに動かした。
『……いいよ。怒るのももう疲れた。こうなったら、実力で黙らせるしかないね。私とのハッキング対決に勝てたら、入部でも何でも言うことを聞いてあげる』
「───そうして、合計27回もの怒涛のアピールを経て、リオの協力やチーちゃんの全力のサポートを得たハッキング対決の末、ようやく彼女を打ち負かし、ヴェリタスの仲間入りを果たすことになったわけです」
「…………うわぁ」
エイミは心底引いたように顔をしかめた。
流石に27回もストーカー紛いの勧誘を執拗に続けられていたのなら、銀狼が今でもヒマリに対してあんなにも冷たい態度を取るのも大いに納得がいく。エイミの心の中に、ブローニャへの深い同情が芽生えていた。
「それからというもの、ブローニャが居るヴェリタスの日々は本当に楽しいものでした。チーちゃんやウタハとの突発的なカラオケ大会。リオの部屋への他愛のない悪戯。千年難題への挑戦……。特に難問に関しては、チーちゃん、リオ、ブローニャ、そして私の4人で夜を徹して解答を挑んだもの諸事情あって中断してしまいましたが、あの輝かしい日々は、私の人生最大の思い出とも言えるでしょう。あの子は私に新しい世界を拓き見せ、『全知』の称号を得るきっかけを作ってくれた───かけがえのない恩人とも呼べる後輩なのです」
エイミは静かに理解した。
ヒマリがどうして、大悪党として指名手配されているかつての後輩に、ここまで執着し、秘密の同盟を結んでまで守ろうとしているのか。
それは、ただの才能への未練ではない。かつてのブローニャという少女が、ヒマリの人生に最も美しい華を咲かせてくれた、何物にも代えがたい大切な存在だったからだ。
「ふーん。聞く限り、結構充実した生活だったんだね」
「ええ。私の人生の大半と言っても過言ではない後輩なんです」
「大袈裟すぎない? それに部長、まだ17歳でしょ」
いつものように淡々とツッコミを入れつつ、エイミの脳裏に、一つの重大な疑問が浮かび上がる。
「けど、なんで? そんなに楽しそうだったのに……ミレニアムから去ったの?」
そう、ヒマリの語る思い出がどれほど眩しくとも、最終的に彼女が自主退学という極端な道を選んだ理由がこれでは分からない。ミレニアムの最高環境を捨てる必要などどこにもないはずだ。
エイミの問いに、ヒマリはそれまでの晴れやかな表情を曇らせ、寂しげに視線を落とした。
「………それは、分かりません」
「部長のその過剰な自己愛に呆れて、嫌になって逃げたんじゃない?」
「失礼な!? あの子の前では過度に我が儘を押し付けたりしていませんよ! ただ…………」
何か思い当たる節があるのか、ヒマリは記憶の底にある、当時のブローニャの不穏な様子を思い起こす。
「時々、あの子は……私たちの知らない『
薄暗い裏路地、誰もいないロッカー室、ひっそりとした地下施設。
ふとした瞬間に、ブローニャが人目のない場所で狂ったように頭を抱えて苦しんでいた姿を、ヒマリは何度も目撃していた。当初は脳に深刻な障害でも抱えているのではないかと不安になり、無理を言って受けさせた健康診断の結果は、皮肉なことに良好そのものだった。
だが、その日を境に、彼女の性格は急速に荒んでいった。
周囲を拒絶し、ヴェリタスの活動を完全に停止すると、誰も使っていない空きの部室に一人で引きこもるようになってしまったのだ。
「私たちは彼女の心が癒え、再び復帰してくれるのをずっと待ちわびていた。けれど……」
「それが、あの『ハブ』の件に繋がるんだね」
「ええ。セミナーのもとに、一枚の退学届が送られるまでは…………」
◇◇◇◇◇◇
一年前。ミレニアム、セミナーの会議室。
そこには、突然の退学届の提出を撤回させようと、ブローニャを取り囲むヒマリ、チヒロ、そしてリオの姿があった。
『ブローニャ、なぜです!? なぜミレニアムを離れるのですかッ!!』
『落ち着いて、ヒマリ。……ブローニャ、あなた、退学届を出すということがどういう意味か、本当に分かっているの?』
『私からも言わせてもらうわ。退学するというのは、キヴォトスにおける全ての法的・社会的身分の喪失と同義。ブローニャ、あなたの成績と功績はミレニアムでも最上位に居座っている。なのに退学届を送りつけた。その明確な理由を教えてもちょうだい』
『そうです、リオの言う通りです! 納得のいく説明をしてください!』
先輩たちの必死の訴え。
しかし、ブローニャは感情の消えた瞳で見つめ返していた。
『…………あなたたちには、一生理解できないと思うよ』
『ブローニャ……?』
『私には、心に決めた目標がある。ミレニアムが千年難題のすべてを解き明かそうとするように、私にも、どうしても目指さなきゃいけない頂きがある。それだけだよ』
『それだけなら、理由としてはあまりにも薄いわ。もしその夢を目指すというのなら、このミレニアムの最高の設備環境の元でも───』
『できない』
ブローニャは先輩であるリオの言葉を冷酷に遮った。
『もう、ミレニアムの底が見えた。この様子だと、ゲヘナやトリニティに行ったとしても結果は同じだろうね。知識、技術、対人におけるコンセプチュアル……。この学園の全てを理解して、知ることができた以上、ここに私が学ぶものはもう何一つとして残されていない』
『学ぶものが、ない……?』
『なら、私があの日視た「
『ブローニャ…………あなた、一体何を言って…………』
『それに今更、学籍なんてものを失ったところで私には同じこと。私って……元々どこの学籍も、身分すらなかったから。それこそ生まれた時から、ずっとね。───……ずっと、己の力のなさを思い知らされ続けてきただけ』
ブローニャはそれ以上何も語るつもりはないとばかりに、静かに背を向けた。
『話はおしまい。じゃあね、先輩たち。あなたたちと過ごした日々は……うん、悪くない経験だった』
◇◇◇◇◇◇
「…………もちろん、私たち3人は全力であの子を止めようとしました。しかし、彼女は事前に最悪の事態を想定して仕込んでいたのか、ミレニアム中のサーバーを一瞬でハッキングし、トドメとして『ハブ』を暴走させたのです。学園側に無理やり自分を切り捨てさせるため……永久退学処分になるには、これ以上のない十分すぎる理由でした」
「あの時のミレニアムに、裏でそんな大事件があったんだ…………」
エイミは驚きを噛みしめるように呟いた。ヒマリは悔しそうに拳を握りしめ、語気を強める。
「結果としてブローニャは、ミレニアムを未曾有の危機に貶めた罪人として永久退学処分となりました。当時のセミナーの決定に対し、私とチーちゃんは文字通り寝る間も惜しんで徹底抗議しましたが……リオが学園の安全を優先して賛成派の筆頭に付いたことにより、状況は覆りませんでした。ブローニャはあの日以来、ミレニアムの表舞台から完全に姿を消したのです」
「だから、部長は今でも会長と仲が悪いの? 後輩を見捨てたから…………」
「ええ。あの冷徹なビッグシスターとは前々から思想が合わなかったわけですが、この一件をきっかけに、私たちの決定的な決裂と関係悪化を招いたのは、紛れもない事実です」
ヒマリは大きく息を吐き出すと、ふっといつもの自満気な笑みを無理に作って車椅子を回した。
「…………と、これで私が語れるところはすべて語り尽くしましたね。いかがでしたか? 私の自慢の、愛おしい後輩について」
「うん、充分すぎる程。どうして部長が、キヴォトスから恐れられている『神秘ハンターの銀狼』のことをそこまで大切に思っているのか、ようやく分かった気がする」
「ふふ、そう言ってもらえると何よりです。だからこそ、私は今、心の底から嬉しいのですよ。またあの子と、こうして再び、言葉を交わすことができたのですから♪」
穏やかな微笑みを浮かべるヒマリ。だが、エイミは現実的なこれからの問題について、淡々と問いかけた。
「それで、今後あの子との付き合いはどうするの? 今はエリオの脚本とかいう謎の予言の都合で、どうにか一時的な協力関係を結んでいるわけだけど…………」
「決まっているでしょう!」
ヒマリはバチンと音を立てて物音を叩くと、車椅子の上で毅然と胸を張った。
その瞳には、かつての弱気な寂しさは微塵もなく、燃え盛るような『元先輩』としての凄まじい執念が宿っていた。
「デカグラマトンの調査、そしてアリスの件を無事に解決したその暁には……どんな手を使ってでも、ブローニャをあの『神秘ハンター』とかいう怪しい不審者の集まりから、力づくで取り戻してあげるんですよ!!」
部室の空気がヒマリの気迫に圧倒される。ヒマリは画面に映る銀狼の、かつてのブローニャの横顔に向けて、熱烈なエールを送るように叫んだ。
「まったく……! どんな手を使ったのかは知りませんが、私の可愛いあの子を都合の良い手駒にするなんて、この超天才清楚系美少女ハッカーの私でさえ出来なかったというのに……! 待ってください、ブローニャ!! あなたの頼れる超天才の元先輩が、今に死に物狂いで頑張ってあげますから! いつか必ず、私たちのミレニアムへと戻ってきてくださいねっっ!!!」
「はぁ…………」
数分前までのしんみりした余韻を完璧に吹き飛ばす、いつもの全力空回りハツラツムーブに戻った部長の姿を見て、エイミは深いため息をつきながら、再び仕事へと視線を戻すのだった。
【小話 ???】
それは、ある日のこと。
ミレニアムサイエンススクール、ゲーム開発部部員。
あるいは、伝説の『勇者見習い』として。
仲間たちと共にゲーム制作という名のクエストに邁進していた天童アリスは、今日、いつもと違う冒険に挑んでいました。
志向を変えて、学園の外にある自治区へと足を踏み入れ、見慣れない街並みを歩いていたのです。
「え、えっと……。たしか、モモイからもらった地図は……」
アリスは手元のスマホを開き、画面に表示されたマップを確認します。
目指す目的地は、ミレニアム外部にあるゲームセンター。
『モモイ! あんた、今日が期限のレポートを出してないでしょ! 提出するまで絶対に教室から出さないからね!』
『わあああああ! ミドリ、アリス、助けてえええ!!!』
『はああ……。ごめんね、アリスちゃん。見ての通りお姉ちゃんが捕まっちゃったから、ひとりで先に行ってて。後で追いかけるから!』
今日。本当なら才羽姉妹と一緒に3人で向かうはずのパーティプレイでした。しかし、モモイの「レポート未提出」という痛恨のデバフにより、アリスは
そして、ソロクエストには、得てして予期せぬ罠が待ち受けているもので───
「うわあああん! 全然目的地に着きません! 迷子になってしまいましたァ!!!」
アリスは完全に迷子になっていました。
あらためてスマホの画面を見つめますが、そこに映るマップは線がぐちゃぐちゃにのたうち回り、文字もひどく書き殴られています。判別できるのは、中央に大きく書かれたゲームセンターの名前だけ。地図と呼ぶには不完全極まりないそのデータの作成者は、もちろんモモイでした。
「ううう。今日は『スチューデントファイター2』の特訓もしたいのに……。『ワタシバトル2』復活記念の限定グッズもゲットしなくちゃいけません。このままじゃ……」
アリスの脳裏に、悲痛な顔で泣きわめくモモイの姿が浮かびます。
モモイは誰よりもこの限定グッズを欲しがっていました。
「勇者」として、頼もしい仲間のために最低でも1つは戦利品を持ち帰りたい。けれど、自分が今どこにいるのかさえ分かりません。
「ううぅ……」
目的地にたどり着けない自分の不甲斐なさに、アリスの瞳からポロポロと涙がこぼれ落ちました。
「おい、アンタ。大丈夫か?」
途方に暮れるアリスに、不意にそんな声が掛けられました。
「……?だれですか?」
「ただの通りすがりだよ。こんな街中で大泣きしてる嬢ちゃんがいたから、気になってな。どうしたんだ? わけがあるなら聞こうか」
そこにいたのは、自転車にまたがり、着崩した制服の胸元にさらしを巻いた少女。
いわゆる、この界隈では「スケバン」と呼ばれる不良生徒でした。
しかし、背に腹は代えられません。アリスは藁にもすがる思いで、自分が置かれた絶望的な状況、目的地、そして手に入れたい限定グッズのことを一気に話し、目の前のスケバンに救いを求めました。
「なぁるほどね? 友達にもらった地図がゴミすぎて、完全に行き詰まったってわけか。事情は分かった。よかったな、嬢ちゃん。そのゲーセン、アタシの行きつけの遊び場でさ。ちょうど今からそこに行くところだったんだ。アタシについてくるかい?」
「本当ですか! ありがとうございます!」
まさかの目的地が同じという幸運に、アリスの表情が一気に輝きます。
そんな彼女を見て、スケバン少女は愉快そうに目を細めました。
「しっかし……アンタ、相当ツイてるねぇ」
「ツイてる……? アリスの服に、何かゴミでもついていますか?」
「違う違う、そっちじゃねえよ。運がいいって意味さ。勘違いさせちまったアタシが悪かったよ。……それにしてもコイツ、制服はミレニアムのだけど、妙に世間知らずっていうか浮世離れしてんな……どこかのお嬢様か? まあ、それはいいや。話を戻すけど、今あのゲーセン、とんでもないお祭りが起きててさ」
「イベントですか?」
「ああ。と言っても、店側の催し物ってわけじゃねえ。……もっと個人的なやつだ」
スケバン少女はニヤリと不敵に笑い、声を潜めて言いました。
「『
「勇者ですか!!?」
アリスの目が今日一番の大きさで見開かれます。
「お、なんだ。知ってるのか?」
「いいえ! 存じ上げません! ですが、アリスは世界を救う勇者を目指しているのです! 他に勇者がいるというのなら、ぜひその背中を拝見したいです!」
「ハハッ、いいねぇ! なにを言っているか分らんけど、勇者に憧れる嬢ちゃんなら大歓迎だ! ほら、さっさと後ろに乗んな! ……よし、しっかり掴まったか? そんじゃ、一気にトばすゼッ!!」
アリスを自転車の後ろに乗せ、スケバン少女は力強くペダルを踏み込みました。
風を切り裂き、二人は目的地であるゲームセンターへと猛スピードで駆け抜けていきます。
◇◇◇◇◇◇
目的のゲームセンターに到着した二人を待ち受けていたのは、まさにカオスな光景でした。
割れんばかりの歓声と怒号が響き渡り、狂乱する人だかりが入り口を完全に占領していたのです。
「あっちゃあ……これはちょっと遅れちまったか?」
「すごいです……人がこんなにいっぱい。まるでスネイルの群れです」
「ハハハ! 面白い例えをするなぁ嬢ちゃん。にしても、この熱気を見るのも去年以来か。本当に久しぶりだねぇ」
自転車を止めて降りたスケバン少女が人だかりへ近づくと、周囲にいた別のスケバンたちがすぐに気づいて声をかけてきました。
「お? やっぱりお前も来たか。……って、隣にいるのはミレニアムの生徒か?」
「おうよ。道中でちょっと連れができちまってさ。アタシらの席、まだ空いてるかい?」
「奇遇だな、お前の分と、念のために空けといた席がちょうど一つずつ残ってるぜ」
「ほら、無駄話してないで早くしなよ! 今まさに『勇者』が、恐れ知らずの挑戦者とスチュ2で対戦中なんだから!」
「マジかよッ!? おいアンタ、アリスだっけ? 急げ、歴史的勝負の瞬間を見逃しちまうぞッ!!」
「は、はい!!!」
押し流されるようにして、アリスはスケバン少女の後を必死に追いかけます。
人だかりを掻き分けた先、最前線でアリスを待っていたのは、一台の筐体を挟んで対峙する二つの後ろ姿でした。
右側に座るのは、焦りと苛立ちを隠せない赤ヘルメットを被ったヘルメット団の生徒。
そして対照的に、左側に座る少女は、紫紺色のフードを深く被ったサイバーパンク風の衣装を纏い、極めて冷静にコントローラーを操作していました。
「クソっ! 当たれ! 当たれってんだよ、このッ!!」
ガチャガチャガチャ! バン、バンッ!
激しくレバーを回し、ボタンを叩きつけるヘルメットのプレイヤーは、画面に映る戦況に悪態を吐き散らしながら猛攻を仕掛けています。
「…………」
対する黒フードの少女は、完全に沈黙したまま画面を凝視していました。彼女が操作するキャラクターは、相手の猛攻をミリ単位で見切り、完璧な
「どうしたぁ! 『勇者』さんよォ!? さっきから防戦一方で、まともに動けてねえじゃねえか!」
「…………」
「こっちのゲージと体力はMAX! あんたの体力はもう真っ赤っかだ! 勇者の名は、このあたしがいただくよぉぉッ!!!」
会場と化したゲームセンターに、動揺の嵐が吹き荒れます。
このまま誰もが認める絶対王者の『勇者』が敗北してしまうのか。あるいは、新たな伝説がここで誕生するのか。ギャラリー全員が固唾を呑み、ハラハラドキドキしながら画面を見つめていました。
「…………─────────!」
その瞬間、黒フードの少女が操作するキャラクターの動きが一変しました。
それまで完璧な鉄壁の守りを見せていたはずの機体が、電光石火の攻勢へとシフト。
相手の不用意な一撃に完璧なカウンターを合わせると、ダウンからの容赦ない起き攻め、一瞬の隙を突いた背後への裏回り、そして絶妙な間合いからのコンボ。
「え? は……っ!?」
ヘルメット団のプレイヤーが呆然とする間に、満タン近くあったはずの体力が、数秒ごとに恐ろしい勢いで削られていきます。気がつけば、形勢は完全に逆転し、あと一撃掠っただけでも終わりという絶望的な状況へ叩き落とされていました。
「───チェックメイト。どうする? 途中でギブアップしてもいいけど?」
「ッ!!! うおおおおお!!!!」
プライドを懸けてヤケクソの特攻を仕掛けるヘルメット団。しかし、最後はそれすらも見切られ、あっけない弱攻撃の差し込みによって画面には鮮やかに【K.O.】の文字が刻まれました。同時に【YOU WIN】のログがデカデカと点灯します。
「すっげえええ!! 今回もやっぱり『勇者』の勝利だッ!!久しぶりに見たァ!!!」
「鳥肌立ったわ……! あの体力差からの完封逆転劇とか、マジでバケモンだろ!!」
「あれが……『勇者』…………」
スケバンたちが興奮のあまり絶叫する傍らで、アリスは黒フードの少女の神がかったプレイに、ただただ驚愕の声を漏らすことしかできませんでした。一瞬の静寂を破り、薄暗いゲームセンターの店内に割れんばかりの称賛と歓声が響き渡ります。
すると、黒フードの少女はコントローラーから手を離し、隣の席で固まっているヘルメット団のプレイヤーへ淡々と声をかけました。
「ま、三流にしてはなかなか楽しめた。でも、立ち回りが荒すぎる。焦ってレバガチャしすぎたり、大技をブッ放しすぎ。……うん、大幅に減点かな。それに、何より───」
「…………ふ、ふざけるなああああッ!!!」
あまりに完璧な敗北と、容赦のないダメ出し。敗者としての烙印を突きつけられたヘルメット団のプレイヤーはカッと頭に血が上り、筐体越しに愛用の銃を抜き放って『勇者』の眉間へと突き付けたのです。
「あ! アイツ、負けた腹いせにリアルファイトを仕掛けやがった!?」
「───あぶない!?」
卑劣な行為を見過ごせず、アリスは『勇者』を救うために反射的に一歩を踏み出しました。
しかし───事態は、アリスの予想もしない方向へと動いたのです。
「─────────ガッ!!?」
銃声が響くよりも早く、乾いた衝撃音が店内に炸裂しました。
黒フードの少女が放った見事なアッパーカットが、ヘルメット団の顎下へとクリーンヒットしたのです。
凄まじい威力で文字通り「浮かせコンボ」を決められたヘルメット団は、そのまま天井へと吹っ飛んでいき、頭が天井の建材にすっぽりと突き刺さったまま、ぶらんと力なく垂れ下がりました。
「ゲームの怒りはゲームで返せ。三流……いや、それ以下の
黒フードの少女は、突き刺さった哀れな敗者に向けて親指を下に向け、サムズダウンポーズを決めます。その容赦なくも圧倒的な強者の佇まいに、会場のボルテージは最高潮に達しました。
「すげぇ! すげぇよ、勇者【Silver Wolf】!!」
「このゲーセンが生んだ伝説のゲーマー! 数々の強豪プレイヤーを地獄に叩き落としてきた最強の狼! そこにシビれる! 憧れるゥッ!! なあ、アンタもそう思うだろ!?」
「…………はい。アリス、猛烈に感激いたしました……!」
興奮を隠せないスケバン少女に同意しながら、アリスの瞳はキラキラとした輝きを放ちます。
会場がそんな熱気に包まれている中、黒フードの少女───勇者『Silver Wolf』は、つまらなさそうに唇を尖らせて呟きました。
「はぁ……。まだ全然、遊び足りない。次、私に挑戦したいやつ、いる?」
まさかの連戦・挑戦者募集の言葉に、ギャラリーはさらに色めき立ちます。
誰もが次の挑戦者。またまた犠牲者が誰になるのかと目を見合わせる中、そこへ堂々と名乗りを上げるプレイヤーが現れました。
「はいっ! アリス、勇者『Silver Wolf』に挑戦します!!」
なんと、アリスが自ら勢いよく手を挙げたのです。
「えっ!? ちょ、ちょっと待ちなってアンタ、マジかよ!? あの『勇者』に正面から挑むつもりかい!?彼女に勝つヤツなんざ、UZQueen以外存在しないんだゼ!?」
「はい!やってみなきゃ、わかりません。何事も挑戦が大事ってモモイから教わりましたから!」
隣にいたスケバン少女が驚愕の声を上げて引き止めますが、アリスは完全に挑む気満々。その瞳には、かつてないほどのやる気の炎が燃え盛っていました。
「誰だ、あの子?」
「新顔か? 命知らずなもんだねぇ、あのSilver Wolfの喧嘩を買うなんてさ」
「あら、でもよく見たらすっごく可愛い子じゃない ♡」
周囲の野次馬たちが好き勝手に囁き合う中、当のSilver Wolfは、アリスの顔を見た瞬間にガシガシと頭を抱え始めました。
「…………ちょっと待って。なんで
「?」
「…………はぁ、まあいいや。とりあえず、こっち来て座りなよ」
Silver Wolfがボソボソと何かを呟いたようでしたが、興奮しているアリスの耳には届いていなかったようです。アリスは促されるまま、緊張した面持ちで彼女の隣の席へと滑り込みました。
すると、Silver Wolfはアリスの手元を見ながら問いかけてきます。
「このゲーム、プレイしたことある?」
「はい! ミレニアムのゲーセンで、何度もプレイしています!」
ふんす、と鼻を鳴らして自信満々に胸を張るアリス。
その様子を見て、Silver Wolfはどこか懐かしむように小さく息を漏らしました。
「…………あそこ、今でもやってるんだ」
「? ミレニアムに来たことがあるのですか?」
「…………まあね。あそこのゲーセン、ちゃんと人、来てる?」
「はい! 休日はたくさんのお客さんでいっぱいです! 先週もモモイやミドリ、アスナ先輩たちと一緒にたくさんゲームをプレイしました!」
アリスが嬉しそうに語ると、Silver Wolfは「ふーん……」と素っ気なく、けれどどこか嬉しそうな反応を見せ、画面をキャラクターセレクトへと移行させました。
「で、貴女は何を使うわけ?」
「うーーん。…………決めました! アリスはこれにします!」
アリスが選んだのは、『スチューデントファイター2』───通称『スチュ2』の看板を背負う、赤いハチマキを締めた道着姿の主人公キャラクターでした。
「王道中の王道。うん、悪くないチョイス。……貴女、ゲームを本格的に触り始めてから、まだそんなに経ってないでしょ?」
「えっ!? アリスが初心者なのが、どうして分かったのですか?」
「…………まあね。ホt……友達が貴女と同じキャラクターを使ってたから。なんとなく雰囲気が似ててさ。……じゃあ、私はこれにする」
対するSilver Wolfが選択したのは、主人公のライバルとも言える、金髪に赤い道着を纏ったキャラクターでした。
こうして始まったアリスvsSilver Wolf
その勝負の結果は、言うまでもなく───
「あああ! 待ってください! まだアリスのターンです!」
「ダメ。格ゲーにあなたのターンなんてないから」
───【YOU WIN】 【PERFECT!!】
「ざ、残念です! ならば、この必殺技で───!」
「甘い。それならフレーム単位で見切れる。この技は、こうやって使うの!」
「あうぅっ!?」
───【YOU WIN】 【PERFECT!!】
「チャ、チャンスですッ!!」
「…………っ、……! ――ちっ、全勝パーフェクトは逃した。だけどッ!」
「あぁぁーー!?」
───【YOU WIN】
結果は、アリスの惨敗でした。
「うぅ…………さすがは本物の『勇者』です。アリスの完全な敗北、ゲームオーバーです……」
圧倒的な実力差を骨の髄まで思い知らされ、アリスは筐体に突っ伏したまま、ぽろぽろと悔し涙を流していました。そんなアリスの肩を、先ほどのスケバン少女がガシガシと叩きます。
「ま、まあ、そんなに落ち込むなよ嬢ちゃん! それにしても驚いたゼ、まさかあのSilver Wolfから貴重な一撃(ドット削り)をもぎ取るなんてさ! なあ、みんなもそう思うだろ!?」
「ああ! 今まであの無敗のシルバーウルフに挑んだ初心者の中で、有効打を入れられた奴なんてお前が初めてだぜ!」
スケバンたちが興奮気味に声を上げると、店内のギャラリーたちからも、アリスの勇敢な挑戦を称える惜しみない拍手と歓声が湧き起こりました。
「なるほど。思ってた以上に、あなたにとって『勇者』っていう看板は特別なんだ」
コントローラーから手を離し、Silver Wolfは隣に座るアリスをじっと見つめて問いかけました。
「私の場合、偶然そう呼ばれたから付けられたもの。ゲーマーからすれば飾り物の称号。……ねえアリス。あなたにとって『勇者』って、一体何なわけ?」
「え……?」
「いいから、思った通りに答えてみて」
一瞬、予想外の質問に困惑したアリスでしたが、すぐに姿勢を正し、自分が心の底から信じる『勇者』の定義を口にしました。
「勇者とは……悪の魔王を倒し、世界を救う存在のことです!」
「ふーん、模範解答。でも、理由としては薄いかな。そもそも、どうしてそんなに勇者に拘って、勇者を目指したりするわけ?」
手厳しいバツを出されても、アリスの瞳に迷いはありませんでした。力強く答えます。
「ゲーム開発部のみんなと、ゲームの中の勇者様のおかげで、ワタシはこの世界を歩み始めることができたからです! 勇者はみんなの憧れであり、『勇気は最強の魔法』だと教わりました。だから、アリスもそんな勇者になりたいのです!」
「ふーん。……じゃあさ」
Silver Wolfはアリスを見つめたまま、淡々と言葉を続けました。
「───
「…………?」
「たとえばの話。勇者を目指していた若者が、神様や周りの連中から『お前は魔王だ』って突きつけられたとしたら。……あなたは、それを否定できる?」
「─────────」
その瞬間、アリスの胸を名状しがたい、冷たい感覚が襲いました。
そうだ。自分が『アリス』になる前──【AL-1S】だった頃、自分は何をしていたのだろう。
なぜ、自分はあの冷たい廃墟で眠っていたのか。
なぜ、自分は
そして……自分のすぐ傍には、誰かが、
「…………大丈夫?」
「はっ……!?」
一瞬、意識が遠い奈落の底へ引っ張られそうになっていたアリスは、慌てて現実へと引き戻されました。Silver Wolfの言葉を頭の中で何度も反芻します。けれど、どう答えたらいいのか、今の彼女には何も分かりません。
「……ああ、もういいや。そこまで深刻に考え込まなくていいよ。そもそも私からすれば、そんなのどうでもいい拘りだし」
「どうでもいい拘り……ですか?」
「そう。そもそも、勇者を名乗るのに前提条件なんて必要ないんだよ」
Silver Wolfは、冷めているようでいて、どこか熱い、彼女なりのゲーマーとしての持論を説き始めました。
「世界を救う? 選ばれた血統? んなわけないでしょ。いい? 勇者っていうのはね、『
「村人だろうが、奴隷だろうが、底辺だろうが……魔王だろうがね。誰もが『勇気』と『誇り』を人一倍持っていれば、その時点でそいつは勇者なんだよ。たとえ周りから外道と呼ばれていようが、世界のどこかの誰かが心から認めてくれた時点で、もう決まり。システム上の設定なんて関係ないの」
「自分が魔王? 知るかそんなの。誰かに勝手に設定されたルートをそのまま歩まされるなんて、最高につまんないでしょ。どんな絶望的な状況でも、自分が『勇者になりたい』って決めたなら……その時点で、勇者のアチーブメントは解除されてるんだよ」
「そうなのですか……?」
「そうだよ。現に、あなたはさっき、無謀だと分かっていて私に挑んできた。……もしかして、心のどこかで勝てると思ってたわけ?」
「いいえ」
アリスは静かに首を振りました。
「アリスがSilver Wolfに勝つなんて、ただのスネイルが伝説のドラゴンに勝てると言っているようなものです。アリスはただ───挑戦してみたかっただけです。他の勇者様がどれほど高いレベルにいるのか、どうすればアリスも立派な勇者になれるのかを、確かめたかっただけです!」
確固たる強い意志を宿して、アリスはSilver Wolfを真っ直ぐに見据えました。
出会ってから今までで一番熱く、一点の曇りもない純粋な視線。その眼差しを受け止めたSilver Wolfは、驚いたように目を見張った後、嬉しそうにフッと口角を上げました。
「──────合格」
Silver Wolfはバキュンの形を作った指先を、アリスの鼻先に突き付けます。
「あなた、最高。今までミレニアムの生徒はたくさん見てきたけど、あなたが一番気に入った」
「………! ということは、アリスを勇者として認めてくれるのですか!?」
「一応ね。まぁ、プレイヤーとしての腕前は弱すぎて、呆れるレベルだけど」
「あうっ!? デバフ発言です!」
上げて落とされ、目に見えてショックを受けるアリス。しかし、Silver Wolfはそんな彼女へ、これからの冒険に相応しい最高の言葉を掛けました。
「登ってきなよ、ビギナー。仲間との絆を深めて、たくさんの
「…………! はいッ!!」
アリスは今日一番の笑顔で、元気よく返事をしました。
薄暗いゲームセンターの中に、オレンジ色の夕刻の光が窓から差し込んでいました。
世界がどれほど終わりに向かっていようと、この喧騒と熱気だけは、確かにいまここで生きている。
伝説の勇者に向けられたアリスの真っ直ぐな瞳は、近づく世界の『
「あのぉ、二人で盛り上がってるところ、本当に悪いんだけど……」
そんなエモーショナルな空気をピシャリと割るように、隣でずっと様子を窺っていたスケバン少女が、Silver Wolfに恐る恐る声を掛けました。
「Silver Wolfサン、これどうします? あなたと戦いたがってる血気盛んな奴らが、後ろにまだまだ山ほど控えてるんですが……」
振り向くと、そこには大行列に並ぶ挑戦者と見学する野次馬が店内いっぱいにいるでありませんか。
「……………………」
「わあ………やっぱり、Silver Wolfは人気ですね!」
「もう!なんで今日に限って人がこんなにいっぱいいるわけ!」
「なんでも凄腕プレイヤーが居るんだって…………いた!アリスちゃん!」
活況に満ちすぎている人波に思わず、目を覆いたくなるSilver Wolf。
そんな人波の中に、見知ったふたりが顔を見せていました。
「モモイ!ミドリ!こっちです!」
「ごーめん!アリス!なんとか、レポート全力で終らせたよ!」
「待たせてごめ……あれ、あなたは……?」
「げぇ……!?」
モモイとミドリのふたりが、人の群れから出てきました。
ふたりを見たSilver Wolfに、一拍の動揺が走った気がしました。
「ふたりとも紹介します!先輩勇者Silver Wolfです!」
「Silver Wolfッ!?強豪プレイヤーの!?なんでアリスと一緒に…………?」
モモイとアリスに囲まれたSilver Wolfには、冷汗が流れていました。
そして、この三人の中、ゲーム開発部の中で二番目にまともな子であるミドリだけが、Silver Wolfを見つめていました。
「…………すみません。以前、あなたとどこかでお会いした気が…………」
「ああ!!!」
ミドリの声を遮るようにSilver Wolfは突然大声を叫びだした。
「私、頼まれた用事があったんだった!今日はここまで!帰ってきた記念にここの全筐体今日限定プレイ無料に仕込んでおいたから、それじゃッ!!!」
そう言って、Silver Wolfは全速力で逃げました。もちろん、入口の方へと。
「あ!?Silver Wolfが逃げるぞ!!」
「待てい!あたしはアンタと戦いたかったんだぞ。勝ち逃げするなんて、そりゃねぇゼー!!」
「追いかけろッ!!」
わあわあ、とみんなSilver Wolfを捕まえる為に後を追いかけました。
取り残されたゲーム開発部の3人はポツンと取り残されました。
「…………行ってしまいました」
「な、なんだったんだろう?」
「…………やっぱり『ブロニー』さんだ。でも、なんでこんなところに?」
「まあ、いいや。それより聞いたふたりとも?今日全部の筐体プレイタダだって!今日は思い切り遊びまくろう!お先!!」
「いや、いまはそれどころじゃ…………あ、待ってお姉ちゃん!」
「ああ、待ってください!ふたりとも!…………?」
Silver Wolfのことが気になるミドリを置いて、別のところへ行ってしまうモモイ。
そんな自由奔放な姉をミドリが追いかけていきます。
アリスもまた、二人を追いかけようとした矢先、右手に違和感を覚えました。
「これは……?」
それは、ひとつのストラップフィギュアでした。
「ホムくん」と呼ばれるキャラクターの、しかも滅多に入手できない限定品です。
加えてそこには貼り紙が貼ってあり、こう書かれていました。
───勇者よ、己が道を征け
それは他の勇者からの激励の言葉。
アリスは嬉しそうに去ってしまったSilver Wolfに応えました。
「…………はい!Silver Wolf。アリスはアリスの道を征きます!」
アリスはストラップを大事にポケットにしまい、友達の後を追いかけました。
アリスはまだ知りません。アリスでも知らない秘密を、己の存在意義を。
それでも、彼女は勇者を目指して、今日も元気に冒険中でした。
おまけの補足 後半
【自慢の後輩】
柵市ブローニャがミレニアムを退学した理由のひとつ。
「笑いの神様」。この言葉、一体何を意味するのだろうか……
【勇者とはなにか?】
勇者「Silver Wolf」とは銀狼が持つ72個のアカウント名のひとつ。オンラインではよくこの名で潜っているが、「Silver Wolf = 銀狼」と気づく者はいないらしい。
銀狼「堂々としていれば意外とバレない。仮にバレたとしても別アカで逃げられるしね」
UZQueenとの関係は「最大の強敵」。
過去に27個の別アカでチート混じりで挑んだが、全部返り討ちに遭った。
それ以来、打倒UZQueenを目指して猛特訓しているらしく、結果キヴォトス格ゲー大会ランキング第二位の座に居座っている。
ちなみにこの時銀狼が着ていた服は、即興芝居PV 「初心者ガイド」のアレ。久しぶりに着たがちょっとキツかったらしい。特にお腹あたりが…うわなにをするくぁwせdrftgyふじこlp(
「もしもし、今大丈夫?」
『うん、大丈夫だよ。どうしたの?君から連絡入れるなんて珍しいね?』
「別に大したことじゃない。こっちの脚本が一段落したのを伝えたにきただけ。気分的にあなたから先に伝えたかった。あとでカフカと刃にも報告いれる」
『ふふふ。別にあたしからじゃなくてもいいのに。嬉しい』
「そっちはどう?『廃墟』に合流した時、フィリウス分派のリーダーに目をつけられているってカフカから聴いたけど?」
『……正気に言うとすごく不味いかも。出来る限り怪しまれないように動いてたつもりだったけど、思ってた以上に彼女は疑心暗鬼だった。このままじゃ裏切り者のリストに載りそう』
「実際スパイだし、間違ってないのも面白いね。ハハ」
『もう!笑い事じゃないんだよ!あぁ、本当にどうしよう……』
「ごめんごめん。でも、そんな思い悩めなくてもいいんじゃない。私からすれば大チャンスに視えると思うけど」
『どういうこと?』
「発想を変えよう。流れに身を任せればいい。つまり、
『……それ本気で言っているんだよね?』
「マジのマジ。あなたの脚本なら問題ないでしょう?」
『……たしかにあたしの脚本は数行しか書かれてない。でも、いいの?そんなことをして……?』
「いいんじゃない?逆に言えば、あなたは私たちと比べて制限がないに等しいし、エリオから見ればその数行の注意点さえ守ればいい」
『……要するにベアトリーチェの陰謀に巻き込まれろってことだよね?』
「そっ。それにあなたが望んでた青春。学園生活も満喫したいんでしょう?それなら願ってもない状況だと思うけど」
『………たしかにそうかも。分かった、君の言う通り、流れるまま脚本に身を委ねるよ。───本音を言うとあの子と一緒じゃないのは残念だけどね』
「……まぁね。
「……まあ。エデン条約は脚本的に色々と複雑だしね。強制入部後はカフカと一緒にある程度はサポートする」
『刃は?』
「無理。今日バカな連邦生徒会が会議で貴重な戦力であるSRTの取りつぶしが確定した。FOX小隊の件で拍車をかけたせいでそっち方面も動かなきゃならないから彼女は不参加だよ」
『残念。また、中華食べたかったのに』
「やめて、思い出させないで。しばらく中華は見たくない」
「それじゃ夜も遅いし、そろそろ切るね」
『うん。色々とありがとうね。おやすみ銀狼』
「……うん。そっちもようやく■■■■■■■■■■■■が収まったからもう無茶しないで…………
──────ホタル」