『終焉』が近いであろう青空世界で私達は生きる......らしいよ? 作:エリオ(別同位体)
ちょっとした情報開示回。どうにかスタレver.4.4まで間に合いました。理由?ちょっとアレと関係しているから
独自設定が含まれています、本小説の核心に近づきます。
覚悟は宜しくて? Are you Redey?
キヴォトス。嗚呼、罪深き箱舟よ
『神秘』と『開拓』が反転した『停滞』によって閉ざされた世界よ
其と
『色彩』の裏から吾は出会う時を愉しみにしているぞ
突然、補修授業部の大掃除が始まった。
何故、彼女たちが掃除をすることになったのかと言えば、理由は至極真っ当なものだった。
ハナコが「長年使われていない建物に滞在する以上、埃やゴミは健康に悪い。合宿所の環境を気持ちいいものにしましょう」と提案したのだ。
その意見にはヒフミも深く同意した。身の回りの整理整頓は勉強の定石でもある。
「確かに、勉強中に汚れが目に入ると気になりますしね」とヒフミが呟けば、
アズサとホタルもまた「衛生環境の維持は士気に直結する」「分かる。いざ何かやろうとすると、無性に掃除したくなっちゃうよね」とそれぞれ共感を示す。
戸惑っていたコハルも最終的には納得し、これによって補修授業部が合宿所に到着して最初にやるべきことは、全員の意見が一致した。
試験直前の大慌てで行う一夜漬けなど以ての外だ。
一次試験に落ちた落第者である彼女たちに必要なのは、物事の順番やペース、作戦を材料にした明確なロードマップ。その記念すべき第一歩こそが、この大掃除なのである。
「決まりましたね。みなさん、10分後に汚れてもいい服装で集合スペースに集まりましょう。
─────それではまず、大掃除から始めるとしましょう!」
「「「「おおおおお!!」」」」
「お、おう……?」
補修授業部の勢いある掛け声に、コハル一人だけが弱々しく声を合わせ、一同は一時解散となった。
10分後、指定した運動スペースに全員到着。
指定された運動スペースに全員が到着する。
ヒフミ、コハル、アズサ、ホタルの四人はそれぞれ体操着やジャージ姿に着替えていた。
アズサはジャージのチャックを開けた状態のまま銃を携え、ホタルは日射防止のキャップを頭に載せている。
「おまたせしました~~~~♡」
そこに、浦和ハナコが悠然と現れた。その姿はあろうことか……………スクール水着であった。
「アウトーーーーーーーーッ!!!?」
そんな一幕もありつつ、ようやく大掃除が始まる。
彼女たちはまず手始めに、建物の周辺に生い茂った雑草の草むしりから手を付けたのだった。
(尚、ハナコはコハルに怒られた後、ちゃんと体操着に着替えて合流した。)
トリニティの広大な敷地を見渡せる、どこかの高台。
かつてその土地に存在したであろう廃校の一角、寂れた場所に二つの人影があった。
「様子はどう?」
「問題なし。彼女たちはなんでか掃除始めた」
ネオンダークカラーを基調としたサイバーパンク風の佇まいの少女──銀狼が、望遠鏡を覗き込みながら答える。その視線の先にある光景を、紫と白の蜘蛛模様をあしらったコートを纏う女性──カフカへと、見たままに報告していた。
「……掃除ね。そう言えば銀狼、さっき一度私たちの船に戻ったでしょう? 片付けはちゃんとしたかしら。特にベッドの周り」
「……やってない」
「今日の夜には刃ちゃんが帰ってくるから、きっと君の部屋にも入ってくるわよ」
「それを先に言ってカフカ!? ああもう、この任務が終わったら、片付け確定じゃん……」
二人は今、己の出番が記された脚本から一時的に離れ、仲間である『サム』のために行動している。
現在何をしているのかと言えば、サムの脚本において重要存在として記されている、補修授業部の様子を遠くから監視していたのだ。
「……いや、本当に何やってるの? 試験に3回落ちたら退学処分なんでしょう。自分たちの危機も知らずに、呑気に掃除してる場合?」
「その秘密を知っているのは、先生とヒフミちゃんだけでしょ。そう言わないの」
「そうだけどさ。あの露出魔……浦和ハナコだっけ? 私、あいつ嫌い。二点だなんてふざけてるの?」
銀狼は悪態をつきながら、遠くで草むしりをするハナコを睨みつけた。
浦和ハナコ。
彼女の噂は二人の耳にも届いている。今でこそ露出魔や水着徘徊者として揶揄され、正義実現委員会も頭を悩ませる問題児扱いだが、その本質は異なる。
彼女の素性は「計算高き令嬢」「才媛」「キヴォトスでも屈指の切れ者」と称されるほどの紛れもない天才だ。
その実力は、サムから送られた1年前の記録とエリオの証言が証明している。
かつてトリニティの1年生でありながら3学年全ての試験を受験し、全科目で満点解答を叩き出した経歴を持つ。
そればかりか、頭脳戦や心理的な駆け引きにも長じた期待の新鋭としてシスターフッドからスカウトされ、学園を取り仕切るティーパーティーの後継者候補にすら挙げられていた程だった。
そんな彼女が第一次試験での点数は、僅か一桁台という矛盾した行動をとったこと。
その矛盾した行動が、銀狼には容認できなかった。
「私には分かる。アレは私と同じ分類。持っているのに満たされない渇望者。反吐が出る。トリニティから逃げたいなら、私のように退学届を叩きつければいいのに。それを自分の破滅にあの子を巻き込んで…………っ!」
「ストップ。言ったでしょう、事情を知っているのは二人だけ。彼女は被害者だわ。この事実が発覚すれば、浦和ハナコは本気を出す。その根底にあるのは仲間想いの少女よ。その点は、あなたと同じね」
「…………ふんっ。そう言われてもちっとも嬉しくない」
カフカの宥める言葉に銀狼はそっぽ向く。
銀狼もまた、奇しくも、ハナコと同じ
持て
だからこそ、銀狼はエリオから教えられたハナコの境遇にどこか共感し、同時に今の彼女の態度に苛立っている。それは所謂、同族嫌悪に近い感情だった。
「……………カフカ。いつになったら
「あと数分程度ってところかしら。それまで先生と補修授業部、それにあの子の様子でも見守りましょう♪」
「そう言っても、ただ黙々と掃除する光景を見続けているのは飽き…………」
「あら、どうしたの?」
「…………あいつ。いつの間に制服に着替えて、プール掃除してる」
「面白いわね、彼女♪聞けば聞くほど君とそっくりに感じるわ♪」
「あの変態と、一緒にしないでよッ!!?」
カフカの意地悪なからかいに、銀狼の小柄な顔は真っ赤に染まった。
過去や経歴が似ているとはいえ、あのような露出魔と同一視されるのは心外極まりなすぎる。
銀狼はポカポカと音が鳴りそうなリズムで、カフカの体側を不満げに叩いた。
「…………時間通りね」
刹那、空気が一変した。
先ほどまでのコミカルなやり取りは霧散し、場に張り詰めたシリアスな気配が満ちていく。
カフカは時計の針が予定の時刻を指したのを確認すると、建物の内部の奥へと横目で一瞥をくれた。
丁度そのタイミングを見計らったかのように、彼女たちのいる場所に差し込んでいた太陽の光が、厚い曇り空に遮られて遮断される。
キイキイッ…………ミシミシ、…………
ガタガタッ…ガタン………ギギギ……………………
何かがひどく軋む音が、建物の内部から響き渡る。
ここには物など何もない。カフカたちも何も持ち込んではいない。ましてや、これほど固い木材が擦れ合うような物質は、この場所には存在しない。
だが、彼女たちは知っていた。
その不気味な足音の正体を。
そして、その奥から歩み寄ってくる人物が、決して常人ではないということを。
剥き出しになったコンクリートの廊下の奥から、ゆっくりとその影が現れた。
「……………………」
その正体はタキシードを身に纏い、蝶結びのリボンを付けた"大人の男性"。
服装だけを見れば紳士的で普通だが、異常なのはその身体そのものだった。
皮膚はまるで乾燥した木材のようであり、関節をはじめとする可動域のすべてに露骨な継ぎ目が目立っている。
その頭部はひび割れていながらも、左右で全く異なる二つの顔を持っていた。
左側には双眸と歯の剥き出しになった口のようなものが、右側にはぎょろりとした大きな一対の瞳が、それぞれ不気味に描かれ、あるいは刻まれていた。
シンプルイズベスト。それ故に際立つ圧倒的な異形。
あまりにも不気味な、さながら意思を持つブリキ人形のような存在が、カフカたちの前に佇んでいた。
しかし、カフカはその異様な風貌の存在を前にしても一切気後れすることなく、いつも通りの親しみやすい微笑みを浮かべた。
彼こそが、今日この場所で合流する予定の人物だったからだ。
「初めましてMr.マエストロ。お会いできて嬉しいわ♪」
「おおお……そなたらが………! あの神秘ハンター【ヴィヴァルディの蜘蛛】と【パンクロード】!!なんと神々しいッ!─────…………申し遅れた。如何にも私は『マエストロ』。黒服と同じくそなたらの同盟者となる者だ。以後、お見知り置きを」
【マエストロ】
イタリア語で芸術家や専門家を意味し、あるいは敬称や称号として使われる名。
その実態は、かつて先生がアビドスで相対した黒服と同じ組織─────『ゲマトリア』の一員。
彼は紳士を思わせる礼儀正しい姿勢と
ゲマトリア──外部からの観察者であり研究者でもある彼らは、キヴォトスに住まう生徒たちを媒介として利用する。
生徒たちが秘める異常なまでの力をあらゆるアプローチで引き出し、世界の法則や未知の現象を再現・観測することこそが、彼らの基本的な行動原理であった。
(─────嗚呼、何という神秘だ)
ゲマトリア『
カフカと銀狼。そのふたりの生徒を目にした瞬間、このブリキの肉体を介して、今までに感じたこともないほどの強烈な感情が彼の内から湧き溢れていた。
(歓喜、満足、随喜、望外、賛辞……。嗚呼、形容し難い。相応しい言葉が思いつかん。ここは素直に“素晴らしい”と讃えるべきか)
彼らの追う『崇高』は二つの側面を持つ。
一方が到底たどり着くことの叶わない『神秘』であり、もう一方が不可逆の『恐怖』。
「神秘」と「恐怖」とは切り離すことのできないものであり、さながらコインの裏表のように、同時に観測することが極めて難しい概念とも呼べた。
他にも「崇高」に関連する現象や事象は存在するが、現時点ではこの双方が『崇高』の大部分を占めていると言っていい。
現在のキヴォトスに住まう生徒たちは、主に「神秘」の側面を有している。
かつて同胞である黒服は、「キヴォトスで最も強力な『神秘』」を持つ生徒──小鳥遊ホシノを利用することで、最大級の『恐怖』を観測しようと目論んだ。結果としてその試みは不発に終わったが……。
神秘ハンター。
その組織名に『神秘』を冠する以上、彼らも自分たちゲマトリアと同じ「探求者」の類なのだろうか。マエストロは彼女たちと相まみえる前、内心でそう予想していた。しかし─────その答えは違った。
マエストロは「芸術家」である。眼に映る対象の外見をただ模写するのではなく、その内面に潜む本質や性質を引き出し、抽象画のように把握することを得意としている。
だからこそ、目の前に佇む二人の生徒が放つ、決定的な異質さを看破できた。
何故なら─────彼女たち二人は神秘や恐怖、崇高といった概念の枠組みに囚われず、最初から「完成」されているが故に。
「……………何ジロジロ見てるの。変な目で見ないでよ」
不躾な視線に気づいた銀狼が、不快感を露わにする。
「嗚呼、すまない。気を害したのなら謝罪しよう。余りにも美しすぎて、言葉も出なかったのでな」
「ふーーん。変なの、それって褒めてるの?」
銀狼は随分と奇妙な大人だなと内心で毒づきながらも、マエストロの様子を見つめ返した。
「そうとも言える。カフカ嬢は心に穴が空いているもの、その欠けた箇所に『恐怖』が補完されることで、”虚無”という感情を抽象している。今のカフカ嬢は『サティスファイング・レス(満足できない者)』と呼ぶべきか。嬢の『神秘』は、本当の心というものを求めているのが伝ってくる。
対して銀狼嬢、そなたもまた実に面白い。ゲーマーらしく人生を面白おかしく彩るために、その身は”愉悦”に満ちている。しかも、決して飽きることがない挑戦者としての側面も持ち合わせているようだ」
「……………凄い。私たちの特徴と願いを、ほとんど言い当てるなんて」
銀狼は彼を感心した様子で呟いた。
ただ外見を観察しているだけでは決して辿り着けない、自分たちの内面の奥底──その本質を見抜かれたことに、微かな戦慄さえ覚えた。
「だからこそ、私にはそなたたちが生徒として”異質”であるのが分かるのだ。ここキヴォトスの生徒は、本質としては”子供そのもの”だ。強大な力を持っていても精神が未熟な者が多い。一時期、私は生徒たちを”未完の作品”として視ていたこともあった」
マエストロは言葉を区切り、二人を交互に見つめる。
「だが、そなたらは生徒の身でありながら、力と精神がまるで”大人”のように完成している」
「完成しているからこそ、そなたらの『神秘』はこれほどまで美しく輝き、『恐怖』を知りながらも恐れない」
「形としては、ゴルコンダが担当する都市伝説やクリーピーパスタを基にした【
「……………とは言え、確証はない自論だ。私たちゲマトリアは未だ『神秘』に届いておらず、近づけた『恐怖』は劣化の
淡々と二人の『神秘』、或いは『恐怖』の残滓を感じ取りながら、マエストロは内心で深い考察を巡らせていた。
その尋常ではない視線に、銀狼は少し引き気味になって身を遠ざける。だが、カフカは逆に感心したような笑みを浮かべ、優雅に拍手を送った。
「流石ね。内面を重視する芸術家なだけあって、私たちの“源”を言い当てるなんて思ってもみなかった。
────おめでとう合格よ、Mr.マエストロ。あなたは私たちと同盟を組むに値する格を示したわ」
突然、認められたことに困惑するマエストロ。
唐突に合格を告げられ、認められたマエストロは困惑を隠せない。
「まだ私は何もしていない。今回、私がここへ足を運んだのは、あくまで同盟者としての誠意を示すためなのだが……」
「十分よ。その卓越した観察眼こそが、私たちに誠意を見せてくれた証拠だわ。それに、あなたの芸術家としての在り方はエリオも認めているもの」
「おお、あの『運命の奴隷』が……。それは、なんと誇らしいことか」
マエストロは歓喜に身体を震わせた。目の前にいる『完成された存在』たる彼女たちだけでなく、その組織のリーダーである運命の奴隷にまで、自身の芸術家としての本質を認められたことが、何よりも嬉しかったのだ。
「さて、それじゃあ約束の本題に入りましょうか?」
今回、神秘ハンターがマエストロをこの場所に呼び出したのは、単に同盟者として歓迎するためだけではなかった。カフカは改めて、その妖艶な紫紺の瞳をまっすぐマエストロへと向ける。
「同盟の条件その一。互いの研究データを余すことなく共有すること。これは滞りなく進んでいるわね、銀狼?」
「バッチリだよ。確かにゲマトリア全員分の研究データは、事前に黒服から受け取ってる。──そうだよね、お人形さん?」
「その件に関しては、色々と複雑な経緯があったのだがな。最悪の場合、黒服との関係に決定的な亀裂が走りかねないところだった。…………それと銀狼嬢、できればその『お人形さん』という締まりのない呼び方は止めてくれまいか」
「ん? ごめんごめん。じゃあ、マネキンさん」
「言葉が変わっただけで、意味は何も変わっていないではないか……ッ!」
声を荒らげるマエストロを、銀狼は「ごめんって」と悪びれもせずからかい続ける。
「はあ、銀狼、遊ぶのは程々にしなさい。……………話を戻しましょうか」
「そうだな。コホン……黒服からそなたらのデータの一部を見せてもらった。
『百鬼夜行の大予言者クズノハ』『山海経の神仙【炎農】』『虚ろの大穴と不死身の奇怪樹』、そして『神話に語られた【方舟の蝗害】』。どれも一部が欠落しており完全な状態ではなかったが、我々にとっては十分すぎるほどの研究材料であった。
──────────だが、それが『全部』ではないはずだ。まだ重要な何かを隠しているのだろう?」
マエストロは確信を込めて告げた。
提示されたこれらの伝説は、一介のキヴォトス人では決して知り得ない極めて貴重なものだ。
だが、それでも尚、決定的な『
「フフ、その隠しているものこそ、今からあなたに教える本命よ。でも、コレは今までの常識を綺麗に覆してしまう、劇薬のような情報だわ。─────Mr.マエストロ、知る覚悟は出来ていて?」
「無論だ」
マエストロは言葉を詰まらせることなく、即座に返答した。
彼が迷わず即答したのには明確な理由があった。それは、マエストロがこの場所へ赴く直前、アジトで黒服からある重要な話を耳にしていたからである。
◇◇◇◇◇◇
ゲマトリアのアジト。その出来事。
重い鋼の扉と、無機質な鉄の壁に囲まれた、薄暗い地下通路の奥深く。その部屋に置かれた円卓を挟み、その日、黒服とマエストロは対峙して話し合っていた。
『…………成る程。そのような経緯がアビドスで起こったのだな』
『はい。同盟の件について組織内での会議を挟まず、独断で個人交渉を進めたことは謝罪します、マエストロ』
『まったくだ。近頃、そなたの動きがおかしいと勘付いてはいたが、まさか私たちのこれまでの研究成果を横流しにしていたとはな。……だが、聡いそなたのことだ。それほどの窮策に出たからには、相応の理由があるのだろう』
あの時のマエストロは、黒服の独断専行に対して確かな怒りを覚えていた。しかし、長い付き合いだからこそ、彼の合理的な思考は理解している。
追及を受けた黒服は、静かに神秘ハンターとの間に交わした『契約』の全貌を明かした。
その驚くべき内容とは────。
◇◇◇◇◇◇
「我々ゲマトリアが『崇高』に至る確率は、約34.1%。外れ値である65.9%を引いた時の
34.1%。人によって低いとも高いとも受け取れるその数値こそが、ゲマトリアが目的の『崇高』に触れられる確率の限界値だった。
神秘ハンターはそれを冷徹に告げた上で、もし探求の道が途絶えたとしても、それに代わる新たな目的を教授するという条件を提示してきたのだ。
「……………Mr.マエストロ。”崇高”って、結局のところ何だと思う?」
カフカはおもむろに、手元から一本の糸を取り出す。
「知らないのも当然だわ。だって、崇高とは本来は目に見えない『
彼女はそう囁きながら、巧みな手つきで取り出した糸を操り、あやとりを始めた。
「抽象性、普遍性、分類機能。そして認知機能なしに概念は存在し得ない。概念というものは必ず、現実という名の実像を通して、虚数から生まれるものよ」
「虚数から生まれたものは、現実の側で間接的な存在として確立される。マイナスの概念、交流電流、あるいは量子。分かり易い例を挙げるならスマホがいい例ね。これらは私たちの生活に大きく関わり、今も貢献してくれている目に見えないエネルギーでしょう?」
カフカの指先で、まずは『四段はしご』の形が組み上がる。彼女は順序を立てるように、言葉を紡いでいく。
「崇高とは、普遍的な哲学的概念の顕現として生まれた、虚数エネルギーの流れとうねりそのもの。その側面である『神秘』や『恐怖』も然り。すべての原点は虚数から来ているのよ」
「崇高は、このキヴォトスという箱庭で育まれた独自の虚数エネルギー。……………だけどね」
次に糸は形を変え、綺麗な『流れ星』へと変化する。カフカはあやとりの隙間から、その視線を遥か彼方の空へと向けた。
「外の世界。先生や、あなたたちゲマトリアがかつていた世界よりも、もっと遠い世界。俗に言う宇宙には、千を超える星々を跨いで交流できるほど強大な文明が存在しているわ。その広大な宇宙は、果てしない虚数エネルギーをあらゆる形に結晶化させ、より強固な力として確立させたの」
最後にカフカの指の間に、一つの大きな星の形が完成した。
彼女はその星を見つめながら、崇高に匹敵する、いや、それをも凌駕する絶対的な概念の名を告げた。
その名こそが─────
「─────“運命”。それこそが、私たちの神秘の大源流よ」
カフカの口から初めて明かされた神秘。否、運命。
新たな指標にマエストロは更なる感激が身を襲う。
「運命。おおおおお!!それが私たちの可能性、新たな道……!」
「そ。確かあなたたちの仲間に『地下生活者』って言う名前の人居たよね?
銀狼の問いかけを受けた瞬間、マエストロの脳裏を、かつてある男が口にしていた言葉が駆け巡った。
「……まさか、
それは現キヴォトスの概念__「崇高」「神秘」「恐怖」といった枠組みでは捉えきれない、超越的な神格。崇高よりも遥かに謎に満ちていたあの概念。その正体こそが、まさか『運命』だというのか。
かつてゲマトリアの一員であった男が属していた世界には、それについて詳しく記された書が存在していたようだが、残念ながらその男は色々と問題を起こして追放された後であり、詳細は不明なまま。
「地下生活者め……。よりにもよって、あの引きこもりがそれほどの重大な情報を握っていたとはな……」
「単純に本人が忘れていただけじゃない? 彼のいた世界と私の神秘──『運命』には、ある共通点があってね。まあ、その話はまた追々と、次の機会に?」
銀狼は彼がいた世界について僅かに仄めかしたものの、すぐに気を取り直して運命についての説明を続ける。
「私たちの場合、元々は宇宙の存在に由来しているんだけどね。崇高とは違って、後天的な努力次第で、それぞれの運命が示すその道を歩むことができるの。己が選んだ運命を強く信じて実践する者を、あっち側の人たちは『運命の行人』って呼ぶらしいよ」
「待って、運命というのは崇高のようにいくつかの側面が存在しているのか?」
「そう、最低でも18種は確認されているわ。仮に黒服とあなたが、私たちと同じ運命の行人になるとするなら……黒服は『
「詳しく説明を求む」
神秘ハンターは包み隠すことなく、運命について判明しているすべてをマエストロへと伝授していった。
それから暫くの時間を経て、マエストロは「実識に満ちた有意義な時間だった」と深い満足感に浸った。
「……感謝しよう、運命の令嬢たちよ。我々に新しい可能性を示してくれたことに、最大級の敬意を」
「どういたしまして♪」
「しかし、だからと言って我々が今までの研究を裏切るわけにはいかんのだ。崇高に至る確率が、例え4割にも満たない数値であったとしても、探求を諦める理由にはならない」
ゲマトリアは、あくまで『崇高』の解明を目指す組織だ。
簡単に『運命』へと鞍替えするなど以ての外であり、それは今までの努力と成果を全否定することに等しい。
少なくとも、
「もちろん、それは分かっているわ。あくまで可能性を提示しただけよ。簡単に目的を諦めてしまうような連中なんて、端から同盟相手に求めていないもの」
「フッ、そなたらが何故、ゲマトリアの中でも黒服と私だけを選んだのかが分かったかもしれん。もしベアトリーチェがこの事実を知れば、その後にどのような破滅の波乱が巻き起こるか、容易に想像がつくからな」
あの傲慢な婦人の姿を思い浮かべながら、マエストロはカタカタと不快そうに身体を軋ませる。
「………………最後に、一つ質問に答えてもらいたい」
「なに? まだ聞きたいことがあるの?」
「いや、純粋な疑問だ。私は『運命』について、そして『キヴォトスの外』について存分に知ることができた。………………だが、そなたらの真の目的は何なのだ?」
マエストロは、胸中に燻り続けていた問いを神秘ハンターへ投げかける。
「そなたらは何故、神秘ハンターであり、運命の奴隷の手足として動いている?」
「オーパーツや、キヴォトスの各地に存在する特異現象から『神秘』と『恐怖』を回収して、一体何をするつもりなのだ?」
そうだ。それこそがマエストロが最も知りたかった、神秘ハンターの核心だった。
それぞれが抱く我欲や思惑が全く異なるメンバー全員が、何故同じ場所に溶け込んでいるのかという、奇妙な集団の謎。
ゲマトリアもまた、人格や思考がバラバラなメンバーで成り立っている。
しかし彼らには『崇高』という共通の目的があるが故に、一つの組織としてまとまっていた。
ならば、彼女たちにもあるはずなのだ。
各人が目指す悲願や方向性はてんでバラバラでも、全員を一つに繋ぎ止める絶対的な目的のような何かが。これは、共に思案していた黒服も気になっていた部分だ。
あるはずなのだ。彼女たちの共通の『ナニカ』が。
マエストロが神秘ハンターの核心へと踏み込んだ瞬間、二人から、出会って以来見たこともないような緊迫した気配が剥き出しになった。
「……………同盟を組む以上、私たちの目的も明かすべきかもしれないわね、銀狼?」
「私は反対。組んだとしても、目的を知られたとしても脚本の流れが変わるわけじゃない。ましてや、戦力にもならない大人二人が加わったところで、”
「……………そうね」
「“あの男”に勝てるとするなら、もう”
「それでも、知っているのと知らないのとでは、今後の立ち回りに決定的な差が生まれるわ。─────私たちの目的を教えましょう、銀狼」
「…………………あっそ。なら好きにすれば。この人が情報の重さに耐えかねて気絶したとしても、私は知らないからね」
二人の間に、張り詰めた言い争いが交わされる。
カフカは頑なに拒む銀狼をなだめるように、その視線に揺るぎない決意を込めた。
銀狼は不満げにふいと顔を背けたが、それ以上はカフカの言葉を遮ろうとはしなかった。沈黙が降りた高台で、カフカは再びマエストロへと向き直る。
「Mr.マエストロ。まず、前提として聞かせて。あなたたちは、この世界で『色彩』と呼ばれる存在を知っているかしら?」
「無論だ。『色彩』はキヴォトスにとっても、我々ゲマトリアにとっても、等しく敵だ。ある程度の情報は知っていようとも」
【色彩】………キヴォトスに終焉を齎す謎の存在。
解釈されず、理解されず、疎通されず――ただ到来するだけの不吉な光
目的も疎通もできない不可解な観念
ほとんどの部分が不明であり、実体なのか存在なのか概念なのかすらわからない。
唯一分かっているのは、それが「キヴォトスを滅ぼす存在」であるということ。そして、万が一にも生徒が色彩に接触してしまえば、彼女たちの持つ「神秘」が「恐怖」へと強制的に反転させられてしまう、という最悪の事実のみ。
「エリオの脚本にはね、こう記されていたわ。──ベアトリーチェは、自らが崇高に至るための過程で、その『色彩』をこのキヴォトスに呼び寄せる、と」
「なっ!? ─────な、何だと……ッ!?」
カフカの口から告げられた衝撃的な事実に、マエストロは形を失うほどの驚愕に突き動かされる。
「バカな!? ベアトリーチェの奴、血迷ったか!!? 目的のためなら手段を選ばない酷薄な婦人だが……まさか、そこまで落ちぶれていたとはッ!! いつだ!? 色彩はいつ彼女と接触する!!?」
「まだよ。……………………でも、そう遠くないうちにそれが現実になると断定されているわ」
「……………………なんということだ、何たる狂気……ッ!」
かつてない激しい焦燥感に駆られ、マエストロは頭部を抱え込んだ。
ベアトリーチェ。同じ『崇高』の解明を追い求める、強欲なゲマトリアの婦人。
彼女は今、トリニティの秘境である『カタコンベ』に隠された闇──かつてトリニティ統合の際に迫害され、歴史の表舞台から追放された【アリウス分校】を己の手駒として掌握していた。
大人でありながらアリウス分校の生徒会長の地位に就き、うら若き生徒たちを道具として利用し、さらに彼女は、『ロイヤルブラッド』と呼ばれる特別な血を引くある生徒を用いた儀式を目論んでおり、最悪なことに奇しくも、マエストロ自身もその儀式の一端を手伝う約束を、ベアトリーチェと取り交わしてしまっていた。
「急ぎ、黒服に……いや、ゴルコンダにも報告を入れなければならんッ! 奴の暴挙を止めねば……!」
「焦らないで。短気は損気とも言うでしょう?」
今すぐにでもこの場から去ろうとするマエストロを、カフカは静かな言葉の壁で引き留める。
その声にハッと我に返り、マエストロはある重要な事実を思い起こした。
「……失礼、取り乱したな。そなたらには
「予定通り、ベアトリーチェを手伝うといいわ」
カフカはあっけらかんと、このまま何事もなかったかのようにベアトリーチェにに手を貸し続けろと言い放った。
何故だ。このままあの婦人を野放しにすれば、キヴォトスは確実に破滅へと向かうというのに。マエストロの困惑を見透かしたように、カフカはその理由を静かに続けた。
「今頃になってゲマトリアが行動を起こしても、或いは先生がその事実を知ったとしても……どう足掻いたって色彩がこの世界に来るのは確定事項なのよ。でも、決して策がないわけじゃないわ。その辺りは、脚本の流れと私たちにすべて任せて頂戴」
確固たる、揺るぎない意志を瞳に宿して言い放つカフカを見て、マエストロは未だ納得がいかないものの、ひとまず胸中に渦巻く焦りを強引に飲み込んだ。
「…………なるほど。その時が来るまで、我々は脚本に記された道化を演じきればいいというわけか。承知した」
「まあ、探求心と興味津々に満ちたあなたたちのことだし、色彩に触れた
「………………………………………………………………それは、否定しない」
「色彩とベアトリーチェの一件については、ひとまず黒服とだけ共有しておいて。ある程度の詳細な進め方は、また後日伝えるわ。─────さて、本題に戻りましょうか」
ここまでの話は、いわば前座に過ぎない。色彩についての認識が共有できたのなら、話は早い。
改めて、カフカは秘匿されたある真実を、目の前に佇む異形の芸術家へと告げるのだった。
「Mr.マエストロ。私たちの目的、それは……『贖罪』と『抵抗』よ」
「かつてこのキヴォトスが犯した大罪を清算し、来たるべき巨悪の脅威に対抗するために、私たちはエリオの下へと集ったの」
「キヴォトスを滅ぼし、
長い同盟の話を終え、彼女たちはついに自分たちの真の目的を告げた。
「その男は方舟を終焉に導く『
「キヴォトスが犯してしまった宇宙にとって大きな罪をきっかけに誕生してしまった復讐者にして、すべての元凶」
「彼の者は過去に何度もキヴォトスに大きな被害を齎した」
「【方舟の蝗害】【飽和の獣の亡骸】【今も根を張る奇怪樹】【憐れな無名の枢機卿】」
「デカグラマトン?恐怖の
「──────────だって、
「大予言者と異邦の神仙、数千年前のキヴォトスの民たちはみな、彼の者をこう呼んだ。
─────『外界天魔』。その者の打倒が私たちの目的よ」
今回の要約
カフカ「崇高や、運命が、純美が、うんたらかんたら」
マエストロ「おおおおおおおお!!!しゅごい!しゅごいすぎるのおおおお!!!(大興奮)」
銀狼「きも」
マエストロ「それはそれとして、色彩とベアトリーチェは見過ごせんな(真顔)」
銀狼「うわぁ!いきなり落ち着くなっ!」
追記:今回、カフカたち神秘ハンターの共通目的をマエストロに共有しましたが、読者の皆様だけに補足を
1.『外界天魔』とは、ある星でとある存在を指す固有名だが、キヴォトスでは個人名を指す
2.『外界天魔』とは、私たちが知るナナシビトたちが現在対峙する人物とは別人。『帰寂』ではない
本編時空にはいない拙作オリジナルキャラクター。そもそもそのキャラは■■■■■■だから、居ないのも当然。
3.『外界天魔』はキヴォトスに対して、悪感情を抱いている。その理由は彼の者にとって恩人とも言える存在【■■■■■】を■害した忌み嫌う星だから
4.その結果。崩壊世界の根底である■■の■に異常が発生。『■■』除く他の■■ではこの問題を解決できない。
この問題の解決には神秘ハンター・■。”先生”と”鳩”が挑み、キヴォトスが定めた理「■■」から卒業しなければならない。