『終焉』が近いであろう青空世界で私達は生きる......らしいよ? 作:エリオ(別同位体)
本当は前回あたりで終わりでしたが、やっぱり大ボスは必要かなあと思った所存です。
取り敢えず、ビナーくんには死んでもらう(殺す気はありません)
対策委員会編1、2章最終回
大ボリュームでお送り致します♪どうぞ……
かくして、砂に埋もれかけたアビドスの危機は去った。
シャーレの先生。
あの異邦の導き手、彼或いは彼女の劇的な活躍によって、対策委員会の少女たちは救われた。
……ふむ、脚本通り、いや、
とはいえ、だ。
彼女たちを苦しめた元凶——黒幕がいなくなったからといって、アビドスが背負う莫大な「借金」が消えるわけじゃないし、
場所は違えど、■■の力は常に絶対的な安定を求め、混沌を嫌い、0へと正すからね……。まったく■も真面目だね……。
運命の天秤は、そう都合のいい方向に、甘い傾きはしないのさ。
故に、このお話は「おまけ」だ。
対策委員会のエピソードが終わり、時計じかけの花のパヴァーヌが咲くまでの、狭間の時間。
一時の休息? いやいや、僕の視た未来では、彼女たちは少しばかり厄介な「レイドボス」と戦うことになる。丁度いいタイミングだ。彼女たちは悪いけどいずれ来るあの
いずれ星屑が舞う砂漠で、彼女たちがどう運命を切り開くか……。
それをただの余興として楽しむのも、一興かもね
そうだろ?──────
……さあ、幕間の物語を開けようか。
あの日から、数日が過ぎた。
ホシノを救出したアビドス対策委員会は、今日も借金返済のために汗を流している。
宿敵だったカイザーPMCの理事が失脚したことで、ヘルメット団の襲撃や不当な利上げは止み、ようやく「まともな」返済の日々が訪れていた。
一方、先生も拠点であるD.U.へと戻り、激務に追われていた。
百鬼夜行への出張や、シャーレに加わる新たな生徒たちの受付。
就任当初とは比較にならないほど慌ただしくなった日常の中。
ふと、
画面に表示されたのは、奥空アヤネの名前。
あの日、すべてが始まった時と同じ、彼女からのメッセージだった。
指定された場所に立っていたのは、メッセージの送り主である奥空アヤネだった。
最後に別れたあの日から、その真面目そうな佇まいは少しも変わっていない。
再会できた喜びと、彼女が健勝であることに、先生は心の底から安堵した。
「こんにちは、先生。お忙しいところ、わざわざ足を運んでくださってありがとうございます」
アヤネはいつものように丁寧な一礼で迎えてくれた。
その瞳には、頼れる大人を待っていたという安堵と信頼の色で満ちていた。
「”三週間ぶりだね。元気そうで本当に良かった。……それで、メッセージにあった『急務』というのは一体?”」
「……そうですね。詳しいことは、いつもの会議室でお話しします」
挨拶もそこそこに本題を切り出すと、アヤネは少し表情を曇らせ、周囲を一度見渡してから小声を落とした。
彼女に促されるまま、かつて学園祭事務局として使われていた対策委員会の部室へと向かう。
砂埃があってもどこか落ち着く、あの通い慣れた廊下を進み、年季の入った扉を開く。
視線を上げれば、そこにはアヤネ以外の、先生を待ついつもの四人が揃っていた。
「やあ、先生。待っていたよ~」
出迎えてくれたのは、間延びした、けれどどこか安心させる声。
出会った頃から変っていない。ホシノは机に突っ伏しながら、手を振って、みんなと一緒に先生を待っていた。
「”元気そうだね、ホシノ。顔が見られて嬉しいよ”」
「おかげさまで~。あの時は本当にありがとうね、先生」
ホシノは相好を崩すと、机から顔を上げて目を細めた。
その隣で、ノノミが柔らかな微笑みを湛えて一歩前に出る。
「ふふっ、先生が来てくださったことですし、そろそろ本題に入りましょうか。先生、どうぞこちらへ♪」
ノノミが慣れた手つきで勧めてくれた椅子に腰を下ろす。
いつもの面々に囲まれると、ここが戦場だったことを忘れそうになるが、彼女たちの表情にはどこか真剣な色が混じっていた。
アヤネが資料を広げる音を合図に、彼女たちは今回「先生」を呼び出すに至った、新たな事態についての説明を始めた。
「”ビナー?”」
聞き慣れない単語を反芻すると、ホシノが机に肘をついたまま、けだるげに、けれど真剣な眼差しで言葉を継いだ。
「そう。蛇とクジラが混ざったような見た目の、超巨大な機械。時々、あのデカい図体でアビドスの居住区まで這い出てくる厄介者だよ。普段は誰もいない砂漠の奥深くにいるんだけど……」
「それが三日前、柴関ラーメンのある街区にまで侵入してきたんです。私たちはすぐに迎撃に向かい、持てる限りの力で街を守りました」
アヤネの言葉に、思わず身を乗り出す先生。
「”……みんな、怪我はなかった? 大丈夫だった?”」
「ん。ホシノ先輩が上手く立ち回ってくれたおかげ。みんな無事」
隣でシロコが短く応え、控えめにサムズアップしてみせる。
その様子に、私はひとまず胸を撫で下ろした。しかし、疑問は残る。
「……でも、どうして急に。今までそんな近くまで来ることはなかったんでしょう?」
「多分だけど……カイザーの連中がいなくなったせいだと思うよ」
ホシノは皮肉めいた笑みを浮かべ、独り言のように呟いた。
「偶然、あの『黒服』から聞いた話なんだけどさ。あいつら、おじさんたちを苦しめる一方で、ビナーの対処だけはきっちりやってたんだって。それこそ、専用の対策部隊が組織されていたくらいにはね」
「”カイザーPMCが半壊したことで、起きてしまった弊害……か”」
「そのようです。実際のところ、今のカイザーPMCは後任の理事が座に就いてはいますが、前理事がろくな引き継ぎもせずに失脚したせいで、組織運営はガタガタのようです。企業として以前の機能を取り戻すには、かなりの時間を要するでしょうね」
沈痛な面持ちで淡々とカイザーの現状を分析するアヤネ。かつての敵が弱体化したことは喜ばしいはずなのに、部室に流れる空気は重かった。
「……ん。なんだか、複雑」
「……そうね。私たちは、ホシノ先輩を助けるために必死で頑張ったのに。そのせいで街に被害が出るなんて……」
シロコが小さく、腑に落ちないと呟き、セリカが絞り出すような声で悲観的に俯いた。
自分たちの勝利が、巡り巡って新たな火種を生んでしまったことへの戸惑い。
自分たちの正しい行いが招いた皮肉な結果に、彼女たちの心は揺れていた。
「まあ、しょうがないよ。あの時はカイザーとおじさんが悪かったんだし……。今はそれより、ビナーをどうにかしよう。そのために先生を呼んだんだからさ」
沈みかけた空気を払拭するように、ホシノが努めて明るい調子で言った。
彼女の言葉は、過去を悔やむよりも前を向くべきだという、優しくも強い叱咤だった。
「”分かった。今回の件、私も全力でサポートするよ。みんなで街を守ろう”」
起きてしまったことを哀しんでいても始まらない。
今の自分たちにできる最善を尽くすだけだ。灼熱の太陽に照らされた部室で、先生と対策委員会の面々は、砂漠の大蛇「ビナー」を迎え撃つための作戦会議を開始した。
先生たちはビナーを迎え撃つための作戦を練り上げた。
しかし、前衛のホシノ、シロコ、ノノミ、セリカの四人と後方支援のアヤネだけでは、あの巨躯を相手にするには戦力が心許ない。
広大な砂漠を縦横無尽に駆ける巨大な存在を封じ込めるには、さらなる「決定打」が必要だった。
そこで先生は、ある人物たちに声をかける。
翌日、誰もいない街と砂漠の境界線へと呼び出していた。
「”───というわけなんだ、アル。君たちの力を貸してほしい。頼りにしているよ”」
目の前でコートを翻し、自信満々に胸を張ったのは便利屋68のリーダー、陸八魔アルだった。
「ふふん、任せなさい、先生! ビナーとかいう蛇から街を守るその依頼、この便利屋68が謹んで引き受けたわ!」
アルは不敵な笑みを浮かべ、傍らに控えるカヨコやムツキ、ハルカへと誇らしげに視線を送る。
アビドスの危機を救うべく、かつては敵対したこともある頼もしい「助っ人」たちが、対ビナーの戦列に加わることになる。
『よろしくお願いしますね、便利屋68のみなさん』
「そんなにかしこまらないでよ、メガネちゃん♪ 先生のお願いだし、あたしたちも楽しませてもらうからさ!」
アヤネが代表して礼儀正しくお辞儀をすると、その様子を面白そうに眺めていたムツキが、ぴょんと跳ねるように距離を詰めた。
(遠くからの通信で参加している為、実際は先生の方にだが……)ムツキの距離感にアヤネが少し気圧されていると、傍らで銃の整備をしていたセリカが、ツンとした態度で口を挟んだ。
「……別に、あんたたちの力なんて借りなくても、私らだけでなんとかなるんだからね。これはあくまで、先生がどうしてもって言うから……」
「あら、相変わらず素直じゃないわね。そんなこと言って、本当は私たちの圧倒的実力を頼りにしてるんでしょう?」
アルが勝ち誇ったように腰を据えると、「あん?」とセリカの額に青筋が浮かぶ。
今にも言い合いが始まりそうな二人を、ホシノが「まあまあ」となだめ、カヨコが呆れたように溜息をつく。
「”ハルカ、準備は?”」
「は、はい……! 先生の、先生のためなら……このビナーとかいう不敬な蛇、粉々に吹き飛ばしてみせます……ッ!」
「ん。物騒」
殺気立つハルカの横で、シロコは静かに準備を整え、ノノミは「賑やかで楽しくなりそうですね」と微笑んでいる。
かつて砂漠で火花を散らした両陣営だったが、先生を間に挟んだその空気は、どこか奇妙な信頼関係で結ばれているようだった。
いよいよ戦力が整い、それぞれの配置につこうとしたその時、ふとした沈黙が場を支配した。
一行の視線の先───そこには、見渡す限りの虚無な砂漠が広がっているだけだった。
「……待って。準備をしたのはいいけれど、そのビナーとやらはどこにいるの? 影も形も見当たらないんだけど……」
カヨコが怪訝そうに周囲を見渡し、懸念を口にする。
それに応えたのは、のんびりとあくびを噛み殺したホシノだった。
「ああ、それね。大丈夫大丈夫。アイツは────」
ホシノは手にした盾を砂の上にドスンと置く。彼女は不敵な笑みを浮かべて足元の地平線を指差した。
「わざわざ探しに行かなくても、向こうから挨拶に来てくれるから。……ほら、足元、震えてきたでしょ?」
その言葉が終わるか終わらないかのうちに、砂漠の地鳴りが先生たちの足首を揺らし始めた。
『確認しました!ビナーですッ!!』
「”あれが………ビナー”」
アヤネの鋭い叫びと同時に、地平線の彼方で砂塵が爆発した。
蛇のような身体にクジラのような風貌。砂の海を割り、陽光を反射する白亜の巨躯が、うねりながらその姿を現す。
初めて目の当たりにするその圧倒的な質量に、先生は言葉を失った。
「あのビナーっていうのはさ、どういう理由で移動してるのかは分からないんだけど……。年に数回は街に来たがるんだよねえ。三日前、脳天ぶち込んであげたのに、本当に懲りないね」
ホシノは慣れた様子で銃を構え、目を細める。
「待っていたわ! 便利屋68、行くわよ……っ!」
「待って、社長! なにかおかしい」
アルの号令を、カヨコの鋭い制止が遮る。
巨獣の動きを凝視していた彼女の瞳に、困惑の色が混じる。
「あれ? なんか、こっちに来てません、ね?」
「本当だ。あの蛇、街の方じゃなくて、東の方に向かってない?」
ハルカが双眼鏡で確認し、ムツキが面白がるように身を乗り出した。
本来、街を蹂躙するはずの巨獣は、先生たちを無視するかのように速度を上げ、別の「何か」を目指して猛進していた。
「見て。よく見ると、あいつ、何か小さいものを追ってる」
目を細めたシロコが、砂塵の先を指差す。
その視線の先、ビナーの巨大な
「本当ですね。あれは……車ですか? それもジープのようです」
『ドローンで詳細を確認します!』
ノノミの言葉に弾かれるように、アヤネが即座に端末を操作する。
高精度カメラを搭載した偵察ドローンが、凄まじい速度で現場へと急行する。
肉眼では、逃げる車を特定することさえ難しい距離。しかし、中継が繋がった端末の画面が鮮明な映像を映し出した瞬間、アヤネの声が裏返った。
『……っ、先生!』
通信越しに届いた彼女の悲鳴に近い叫びに、全員の緊張が走る。
『これを見てください! ジープに乗っているのは……!』
砂塵を巻き上げ爆走するジープに乗っているのは、ふたりの生徒。
その姿を目にした対策委員会と便利屋68、そして先生は、思わず息を呑む。
彼女たちのうちの一人に、見覚えがあったからだ。
ひとりは、燃えるようなワインレッドの髪を風になびかせ、頭に乗せたサングラスが陽光を弾く凛とした美貌の女。隣には、漆黒の長い髪を激しく振り乱しながら、ハンドルを握る誰か。
どういうわけか、彼女たちは、ビナーの猛追を受けていた。
『時速百二十キロを維持して、刃。このままじゃ、せっかくの新車がスクラップ確定になっちゃうから!』
ホログラムの姿で、通信機から響く銀狼の生意気な声が、風を切る音に混じる。
それを短く、刃は地を這うような低い声で返す。爆走するジープの背後には、荒れ狂う巨大な蛇ビナーの影が迫る。
「…………余計な心配だ。カフカ」
「OK♪」
ビナーの背中にある部分が展開。そこからミサイルが発射された。
隣で余裕を崩さず座るカフカは、ふたりのやり取りを愉しみながら、ミサイルをサブマシンガンで迎撃する。
「目標地点まで、あとどれくらいだ?」
刃の問いに、再び銀狼の軽快な声が応じる。
『残り三キロ。そこにかつて使われていた埋もれた下水道跡がある。爆弾はたっぷり仕込んでおいた。そこで────ドカーン、だよ』
「分かった」
刃は迷いなくアクセルを底まで踏み抜く。
目指すはアビドス下水道跡地。そこへビナーを誘い込み、配置済みの爆薬で一気に仕留める。
それが銀狼が考えた大胆不敵な作戦だった。
背後から降り注ぐのは、容赦のないミサイルの嵐。
直線上を焼き払う極太のビームが大地を焦がし、瞬く間に周囲は火の海へと変貌する。
さらに巨大な尾が地面を叩きつけるたび、逃げ場を奪うような砂の激浪が押し寄せた。
「……ふん」
刃は神懸かり的なハンドルさばきで猛火をすり抜け、カフカは助手席から身を乗り出すと、迫りくる衝撃を鮮やかな手際で迎撃していく。
『残り、500メートル……400……300!』
通信機越しに、銀狼のカウントダウンが鋭く響く。
目標は目の前。銀狼が起爆コードに指をかけ、歓喜に目を細めた。
『────今だ! ドカッ…………!』
彼女がスイッチを押し込もうとした、その刹那。
あろうことか、横合いから放たれた強烈な一撃がビナーの巨体を捉えた。
『は?』
虚を突かれた銀狼の困惑した声が、砂塵の中に溶けていく。
ビナーを撃ったであろう先を確認すると、銀狼は狼狽した。
『ちょっと待って! なんでアイツらがここに居るわけ!?』
銀狼の悲鳴に近い叫びが通信機を震わせた。
視線の先、砂塵の向こう側に姿を現したのは、対策委員会と便利屋68、そして──彼らを率いる「先生」の姿だった。
突如として乱入した第三の勢力に、ビナーは標的を神秘ハンターから先生たちへと切り替える。
だが、あろうことか先生たちは、そのまま背を向けて全力で逃走を開始した。
巨大な蛇は誘われるように、その背後を猛然と追いかけていく。
『あ、ちょっと! 待って、行くなああああ!!』
銀狼の絶叫も虚しく、ビナーは仕掛け済みの下水道跡地から遠ざかっていく。
完璧だったはずの嵌め技が、音を立てて崩れ去った。
「……余計な真似を」
「残念。あと少しで終わったのに……」
刃が忌々しげに言い、カフカはつまらなそうに肩をすくめる。
『ああもうッ! 対策委員会はともかく、先生がいるなんて聞いてないってば! ふたりとも、今すぐ追って!』
「────言われずとも分かっている」
刃は再びアクセルを全力で踏み抜き、猛烈な加速に車体が軋む。
今度はビナーの背を追う「狩人」となり、先生たちの後を追い、砂原へと再突入する。
「いやあああああ!!!! どうしてこうなるのよおおおお!!!」
阿鼻叫喚の叫びが砂漠の空に虚しく響き渡る。
アルの絶叫を置き去りに、先生たちは必死の形相で荒野を駆けていた。
ビナーの怒りは、いまや完全に「乱入者」である彼女たちへと向けられている。
背後から容赦なくばら撒かれるミサイルの嵐が、先生たち逃走進路を無慈悲に焼き払った。
「”ぜえ、はあ……っ、も、もう……無理……っ”」
「先生! 私に乗って!」
限界を迎えた先生の膝が折れそうになった瞬間、シロコが迷わずその体を背負い上げる。
息も絶え絶えの先生を担ぎ直し、先生たち、再び猛然と走り出す。
だが、運命は非情だった。
「あうっ!?」
「ハルカ!?」
背後で短い悲鳴が上がった。最悪なことに、
アルは迷うことなく踵を返し、倒れ伏したハルカのもとへ駆け戻った。
「ううう……アル様……っ」
「大丈夫よ! ……あ」
ハルカの手を掴もうとしたアルの顔が、絶望に凍りつく。
二人の眼前に立ち塞がっていたのは、白亜の巨躯を震わせるビナー。
巨大な蛇はその顎を開き、破壊のエネルギーを収束させていく。
【アツィルトの光】
放たれるのは、すべてを塵に還す回避不能の閃光。
極太の光線が、逃げ場のない二人を標的に定めた。
「社長ッ!」
「ハルカちゃんッ!」
カヨコとムツキが叫びながら必死に手を伸ばすが、救いの手よりも破壊の光の方が、わずかに早かった。大気を引き裂き、一条の凶光が放たれた────。
「…………あれ?」
「いやぁ……間に合った間に合った。ふたりとも、大丈夫?」
アルが恐る恐る目を開くと、そこには予想していた破壊の光景ではなく、小柄ながらも頼もしい背中。
目の前で盾を構え、致命的な光線を完全に防ぎ切ったホシノが、ひょいと肩越しに振り返る。
「れ、礼を言うわ。……あ、ありがとう」
「いいよー、お互い様だしね。…………でも」
ホシノの視線は、盾の向こう側────さらに激昂し、次の攻撃態勢に入ったビナーへと向けられた。
「状況は、ここからが最悪かもね」
ビナー、覚醒。
渾身の攻撃を阻まれた怒りからか、その巨躯から立ち昇る圧倒的な気迫が、重圧となって先生たちに襲いかかる。
逆鱗状態のビナーは、全方位の砲塔を起動させ、再び無慈悲なミサイルの一斉射撃へと移行した。
「”またミサイルが来る! みんな、回避を──!”」
先生の叫びが響くのと同時、大地は激しい爆鳴に包まれる。
巻き起こる砂塵が視界を遮り、逃げ惑う彼女たちの周囲を、ミサイルの嵐が容赦なく削り取っていく。
一方で絶体絶命の爆炎が上がる光景を、一台の車両が遠目から冷徹に見つめ、走り続けていた。
「……鬱陶しいな。このままでは、あの連中ごと標的が消え去るぞ」
「そうね。あの状態のビナー相手じゃ、先生たちに勝ち目がないわ」
苛立ちを隠さない刃に対し、カフカは冷静に戦況を分析する。
その通信機越しに、銀狼の呆れたような声が重なった。
『今のあれ、難易度で言ったら「EXTREME」どころか「INSANE」……いや、もはや「TORMENT」の域かもね。────カフカ、これを使って』
暴走状態にあるビナーの数値を、銀狼は淡々と読み解いていく。
この絶望的な状況を打破するため、彼女は戦場から遠く離れた拠点から、「特殊なデータ」を含んだデバイスの転送プロセスを開始した。
出てきたのはUSBメモリ。
しかし、差込口は剣のように尖った変わったもの。
カフカはそれを手に取る。
「ありがとう。────刃ちゃん」
「ふん」
ふたりは全力前進で砂塵の中へと突き進む。
ビナの圧倒的な破壊を前に、先生と対策委員会は砂塵舞う荒野で極限の耐え忍びを強いられていた。
「全然効かないッ!どんだけ硬いのよ、この怪物!」
アルが愛銃『ワインレッド・アドマイアー』の引き金を引くも、放たれた凶弾はビナーの強靭な装甲に弾かれ、火花を散らすことさえ叶わない。
「……マズイね。今まで何度も銃を交えてきたけど、アレは……本気じゃなかったんだ」
ホシノは砂を叩き落としながら、重たい息を吐いた。
反撃の糸口すら見えない。
このままでは、全滅。
その絶望が空気を重く支配していた。
突如、ビナーが巨体を震わせ、その長い尾を空へ突き上げる。
次の一手。激しい砂煙が渦巻き、視界を奪う砂嵐の攻撃が先生を襲った。生身の人間には死に直結する暴風。
「先生ッ……!」
シロコが瞬時に駆け出し、自身の身体を張って先生を守る。
「"……っ、ごめん、ありがとう、シロコ!"」
「……ん。この程度の砂嵐、へっちゃら」
シロコは砂に顔をしかめながらも、先生の盾となり力強く微笑んだ。しかし、安堵する間もない。
「先生! シロコ先輩! 逃げてぇッ!」
崩れかけた地形の中で、セリカの悲鳴のような叫びが響く。
ビナーは標的をふたりに定め、その巨体から容赦なきミサイルの雨を解き放つ。
「"アロナ!"」
『はい先生!アロナちゃんバリアッ!!』
シッテムの箱によるバリア機能が先生を包み込む。
今度は先生がシロコの盾となり、彼女をミサイルから庇った。
「先生…それって……」
「"とっておきのひとつ!私は戦うことは出来なくても、守ることは出来る。今度はこっちがシロコを、守る番だ!"」
先生の声は、激しい爆風の中でも真っ直ぐに届いた。先生を起点とした頑丈な防壁が、シロコを死の雨から完全に隔離する。しかし、それでも尚ビナーの猛攻は人知を超えていた。バリアの表面にひび割れのようなノイズが走り、アロナの悲鳴が脳内に響く。
『せ、先生、思ってた以上に激しいですッ!もう……持ちません!』
光の膜が激しく明滅し、限界を告げる。
絶対的な守護が、今まさに霧散しようとしていた。
『あ……っ』
アロナの悲痛な叫びと共に、光の壁がガラス細工のように砕け散った。防御を失った先生の頭上から、死の象徴たるミサイルの群れが容赦なく降り注ぐ。
「先生……!」
言葉よりも早く、シロコが動いた。
彼女は迷うことなく、生身の先生を庇うようにその身を投げ出し、上から覆い被さる。
「先生! シロコちゃんッ!!」
遠くで仲間の絶叫が響くが、視界は爆炎に染まり、音は遠のいていく。死の衝撃が全身を貫く、その一瞬。
誰もが終わりを覚悟し、絶望に瞳を閉じた。────その時だった。
「────死兆よ、来たれ」
静寂を切り裂くその言霊と共に、降り注いでいたミサイルの群れが、まるで見えない断層に衝突したかのように二手に分かたれた。
行き場を失った弾頭は空中で散り散りになり、連鎖的な爆破の光となっていく。間一髪で死を免れた先生とシロコ。
二人の前に立っていたのは、濃灰色の髪をなびかせ、頭上にひび割れた天輪を戴くひとりの生徒だった。
その手には、亀裂が入った無骨な剣が握られている。
「貴女は……」
その剣を見たシロコが呆然と呟く。いや、彼女だけではない。
対策委員会の面々、そして先生も、知っていた。
かつて、ゲヘナの風紀委員会がアビドスに侵攻したあの日。
空崎ヒナと協力し、カフカを捕まえようとした時、現れた謎の人物。
あの時は黒いコートをかぶり、顔は見えなかったが、今なら分かる。
膝裏まで届くほどの長い黒髪。
鋭利な刃物を思わせる赤き双眸。
華服を着た剣士がそこに居た。
「あのときの……」
言い終えるより速く、剣士の姿が掻き消えた。
否、消えたのではない。視覚の限界を超えた速度で肉薄し、その鋭利な閃光がビナーを飲み込む。
────────────ッ!!?
瞬間、無傷だったビナーの鋼鉄の身体に無数の切傷が付けられる。
彼岸花の花びらが散り、機械であるビナーは思わず、咆哮をあげた。
『ダメージを確認! 物凄い勢いでビナーの装甲が削られていきますッ!!』
会議室からアヤネが叫ぶ。モニターに映し出される数値は、常識では考えられない速度で下落していた。その異常な光景を目の当たりにしたセリカは、手にした銃を震わせ、唖然と呟く。
「嘘でしょ……。あんな、ただの古びた剣で……?」
困惑するのも無理はなかった。
ここはキヴォトス。あらゆる紛争が火薬と弾丸によって解決される、銃こそが絶対の理である世界。
その常識を、目の前にいる剣士の振るう一振りの剣が、無慈悲にビナーの身体切り裂いていた。
ビナーも、ただ一方的に斬り伏せられるほど弱くはなかった。
巨躯を激しくうねらせ、大地を揺るがす。足場を奪われた剣士のバランスが崩れた刹那、ビナーは逃さじとその巨大な尾を振り抜き、刃を叩き落とした。
「あッ……!!?」
衝撃的な光景に先生が声を荒らげるが、それは杞憂に終わる。
叩きつけられた刃は、地に足がついた瞬間、獣のごとき唸りを上げて身体を捻らせた。
「彼岸……葬送!」
叩き落とされた衝撃さえも、一撃の威力へと変換する。
振り下ろされた剣から放たれた巨大な斬撃は、回避不能のカウンターとなってビナーの身を深く深く裂き散らした。
鮮やかな赤の彼岸花の花びらが散る。
至近距離でカウンターを喰らったビナーは、そのあまりの衝撃に、その巨躯を無残に崩れ落とした。
「カフカ」
「はーい」
刃が短く、冷徹に相方の名を呼ぶ。
それに応じるように、戦場を優雅に駆けるカフカがその姿を現した。
「! カフカッ!」
因縁の相手を前にカヨコが鋭い殺気を放つが、カフカはそれを柳に風と受け流し、迷わずビナーの頭上へと飛び乗る。
「暴れん坊の悪い蛇さんには、ちょっと痛いお仕置きが必要ね」
カフカの手には、鋭利な刃の付いた特殊なUSBデバイスが握られていた。
彼女はそれを躊躇なく、ビナーの頭部へと深く突き刺す。
─────!!!?───────ッ!!!
それは、声にならない絶叫だった。
急所にデバイスを突き立てられたビナーの全身が、機械的な痙攣と共に激しくのけ反る。
白亜の装甲の隙間から、バチバチと火花が散り、システムが悲鳴を上げている。
『ERROR! ERROR! EMERGENCY! EMERGENCY! ────未知のウイルスを検知。即座に対処してください────』
ビナーの内部機構から、壊れた機械のようにけたたましい警告音が響き渡る。
内側から食い破るように奔るノイズの奔流。次の瞬間、あれほど猛威を振る撃っていた災厄の化身は、糸が切れた人形のようにその場に力なく沈み込み、完全に沈黙した。
「”止まった……?”」
「はーい。久しぶりね、先生♪」
先生の呟きに答えるように、砂塵の向こうから妖艶な声が響く。
振り返れば、そこにはカフカと、血の色に染まる剣を携えた黒髪の剣士刃が立っていた。
再会を喜ぶように軽やかに手を振るカフカと、影のようにその後に続く刃。
三週間という空白の時を経て、先生たちは再び「神秘ハンター」と対峙することとなった。
「それで……アビドスに何の用?何を企んでいるの?」
ホシノ、シロコ、そしてカヨコが、一歩前へ出て彼女たちを鋭く射抜く。
その瞳には深い警戒の色が宿っている。
無理もない。彼女がどれほど危険な存在か、ここにいる誰もが身をもって知っている。
アビドス側にとっては、風紀委員会の騒乱に乗じて土地を荒らし回った厄介者。
そしてカヨコにとっては、ゲヘナにいた頃からその名を耳にするだけで背筋が凍るような、底知れぬ脅威そのもの。
警戒を解けと言う方が無理な話だった。
「神秘ハンター」が姿を現したということは、何らかの破滅的な事態が進行していることを意味する。一体、今度はこの砂漠で何を企んでいるのか。
「企むだなんて人聞きが悪いわね。私たちはただ、狩りを楽しんでいる最中よ」
「狩り……?」
カフカの言葉に、先生たちは当惑の表情を浮かべた。
「私たちの目的はこのビナー─────『三番目の預言者』のパーツよ。訳あって必要だったの。あと少しで仕留められるところだったのだけど……」
「それをお前たちが、余計な真似をしたところだ」
カフカの言葉を引き継ぐように、刃が低く、刺すような声で言い放った。
「”……きみは?”」
「刃だ。どうせ
先生の問いに刃が淡々と、突き放すように答える。
その異様な気配に、カヨコが割り込む形で言葉を継いだ。
「『血塗れの剣客』刃。気をつけて、先生。彼女と敵対した者は、例外なくその血で大地を染めることになる。文字通りの悪鬼。ヴァルキューレ警察学校に懸けられた指名手配金は、81億3000万クレジット。カフカに劣らない最重要危険人物だよ」
「は、81億……ッ!?」
再び提示された天文学的な数字に、セリカが絶叫した。
以前聞いたカフカの懸賞金よりはわずかに少ないとはいえ、それでもアビドスの膨大な借金を数回は完済できてしまう額。
セリカにとっては、あまりに現実離れしたその金額はもはや毒でしかなかった。
ショックを受ける後輩を余所に、シロコが一歩前へと踏み出す。
「ん。この間はよくもぶっ飛ばしてくれたね。お礼に一発、殴らせてくれる?」
「ちょ、ちょっと、シロコ先輩!?」
風紀委員会の騒乱で吹き飛ばされたことを根に持っていたのか、シロコは迷いのない喧嘩腰で刃を睨み据える。一触即発の空気が流れる中、刃は無言のまま、静かにシロコの瞳を見つめ返した。
「…………」
「ん? なに……?」
威圧感に怯むことなく見つめ返す少女に対し、刃は地を這うような低い声で呟いた。
「─────お前が、
突然、突拍子のない言葉にシロコは困惑する。
「違う。砂狼シロコ。それが私の名前」
「表面に貼り付けられた銘など知らん。俺にとって重要なのは、お前の身に宿る『本質』だ」
彼女は感情の欠落した瞳で、シロコを真っ向から見据えた。
「気に食わないなら、気が済むまでやるがいい。逃げも隠れもせん。その代わり───その手で、俺を殺すがいい」
そのあまりに純粋で、狂気に満ちた殺意の向けられ方に、シロコは思わず眉をひそめる。
「何を言っているの……?」
「エリオから聞いている。死を恐れ、死を知らぬ者が溢れるこのキヴォトスにおいて、唯一『死』という安寧を与えられる存在。それがお前だ─────
刃は、狂気じみた笑みをその面に張り付かせた。
「─────忌まわしき魔陰に侵された俺を、お前なら殺せるだろう」
剥き出しの殺意と、それ以上に重苦しい「死」への渇望。
その異様な気配に圧され、あの恐れ知らずなシロコでさえも、一歩、また一歩と後ずさり、喉を鳴らした。
「ヒィッ、あ……っ」
黙って見ていたセリカが短い悲鳴を上げて震える。
刃は獲物を逃さじと一歩踏み出し、シロコへその手を伸ばそうとした。
「────
カフカの静かな、抗うことができぬ神秘を秘めた「言霊」が空気を支配する。
その一言で、刃の狂気に満ちた動きがピタリと止まる。
同時に、ホシノが鋭い踏み込みでシロコの前に割り込み、重厚な盾を構えて刃の視線を遮る。
「おじさん、そういう物騒な話は聞き捨てならないなー。うちの
先ほどまでの弛緩した空気は消え、ホシノの瞳にはアビドスの「盾」としての冷徹な意志が宿っていた。
「……ちっ」
言霊に縛られた刃が、忌々しげに顔を歪めて剣を引く。
その切っ先が下がったのを確認しても、ホシノは盾を構えたまま、鋭い視線をカフカへと向けた。
「交渉のテーブルに着くつもりなら、まずはその物騒な連れを黙らせてほしいな。おじさん、怖くて震えちゃうよ」
「ふふ、ごめんなさいね。この子は少し……『終わり』を急ぎすぎるところがあるの」
カフカは事も無げに笑うと、先生の方を向き、優雅に肩をすくめて見せた。
「さて、先生。私たちの目的はあくまでこのビナーのパーツ。あなたたちと無意味に争うつもりはないわ。……今のところはね」
「……おじさんとしては、あんたたちのことは信用できないね」
ホシノは盾を構えたまま、低く鋭い声で言い放つ。
「大体、せっかくのビナー討伐をあんな形で邪魔しに来るなんて、良い度胸してるじゃない。おかげでこっちは散々な目にあったんだよ」
その「邪魔」という言葉が、通信機の向こうにいたハッカーの逆鱗に触れた。
『は? 邪魔したのはそっちでしょ。私の完璧な作戦を壊しといて、よく言うよ』
突如として、その場にいる全員の端末。
先生が持つ『シッテムの箱』だけを除いたすべてが、激しいノイズに見舞われた。スピーカーからは複数の音声が重なり合ったような、不自然で生意気な声が響き渡る。
「っ!? 誰よ、今の!」
セリカが慌てて自分の端末を覗き込むが、画面には砂嵐のようなノイズが走るばかり。やがてそのノイズを切り裂くように、一匹の狼を模した不敵なロゴマークが、鮮やかに映し出された。
『ハロハロ。初めましてだね、アビドス対策委員会に、零細企業の便利屋68。そして……シャーレの先生。アビドスの件ではカフカが世話になったみたいだね。ご苦労さん』
銀狼は姿こそ見せないものの、声だけでその場の主導権を握る。
まるで自分たちが作り上げたステージを、特等席から眺めているかのような余裕がそこにはあった。
「……何者?」
シロコの問いに、端末の向こうから誇らしげな鼻鳴らしが返ってきた。
『ふふん。そこにいるカフカと刃の仲間。私は“銀狼”。神秘ハンターの一員だよ』
「パンクロードまで……」
「知っているの、カヨコちゃん?」
呆然と呟くカヨコに、ムツキが小首をかしげる。
カヨコは苦いものを噛み潰したような顔で、その名を口にした。
「『パンクロード』の銀狼。神秘ハンターの天才ハッカー。彼女のハッキングによって絶望の淵に立たされた企業は数知れない。……懸賞金は、51億クレジット」
「ううう、また大金が……金銭感覚がおかしくなりそう。……でも、さっきの二人と比べると、ちょっとしょぼく感じるかも?」
『喧嘩なら買うよ、黒見セリカ。社会的に死ぬか、物理的に海の藻屑になるか、どっちがいい?』
「ひっ、なんで名前知ってるのよ!」
端末越しの脅しにセリカが顔を青くする中、刃が不機嫌そうに、ロゴマークの踊る画面を睨み据えた。
「なぜ姿を隠している、銀狼。先ほどまでホログラムで俺たちと喋っていたはずだ。なぜ声まで加工している? ……ふざけているのか」
『分かってないね。別に対策委員会や弱小企業相手なら晒してもいいけど、先生の前なら話は別。ラスボス的な存在が簡単に姿を現しちゃ、威厳がないでしょ?』
「私たちのボスはエリオでしょうに」
カフカが可笑しそうに口を挟むと、銀狼はチッと舌打ちを鳴らつつ、先生に話しかけた。
『ちょっとお話しようか、先生。カフカや刃じゃ、生徒たちの前では話が進まないでしょ? 交渉はスムーズな方がお互いのため、そうでしょ?』
銀狼の誘いに、先生は一歩前へ出て問いかけた。
「”……君たちの目的は、一体何なんだ?”」
その問いに、銀狼は出し惜しみすることなく、淡々と答えを並べた。
『私たちの目的は、エリオが描いた「脚本」に従いつつ、「神秘」を集めること。それが神秘ハンターの仕事だよ』
『あ、ちなみに「神秘」っていうのは、キヴォトスに存在する生徒やオーパーツに宿る、不可思議な力のことね』
『私たちはあらゆる手段を使ってアレを集めてる。ビナーを追っていたのも、その仕事の一環ってわけ』
その言葉を聞いて、先生の脳裏にある男の顔が浮かんだ。
「”黒服みたいなことを言うね……”」
『ああ、あのまっくろくろすけのこと? まあ、やっていることは似ているからね。……ま、刃がボコボコにしたけど』
「”ボコボコにしたの!?”」
先生の驚愕の声を、銀狼は聞き流し、淡々と話を戻した。
『あの黒いひとのことはどうだっていい。それより、なんで邪魔したわけ? あのままカフカたちがビナーを引きつけ続けてれば、目標地点で綺麗にドカーンといけたのに。……貴女たち、カフカのことは嫌いじゃなかった?』
「いやぁ、おじさんたちは無視して帰ろうとしていたんだよ? 本当に。……けどさ、先生が、ね」
ホシノの視線の先で、先生は少しだけ決まり悪そうに視線を泳がせた。
「”……あんなに派手に追い回されているのを見て、放っておけるはずがないよ?”」
その言葉を聞いた瞬間、カフカが、小さく愉しげに肩を揺らす。
「あら、私たちを助けてくれるなんて。先生、やっぱりお優しいのね」
『そのお人好しのせいで、計画は瓦解したんだけど?』
カフカがからかうように微笑む。その背後の銀狼の不満げな溜息が漏れた。
『……まあいいや。今、目の前で眠ってるビナーは【デカグラマトン】と呼ばれる超常科学の結晶の一つ。これには膨大な「神秘」が宿っていて、私たちにとっては最高の獲物なの』
「デカグラマトン? なにそれ」
シロコが怪訝そうに呟くと、銀狼は待ってましたと言わんばかりに説明を続けた。
『【デカグラマトン】……大昔にある組織が「神の存在を証明・分析し、新たな神を創り出す」ことを目的に造り上げた機械。今となってはその組織は壊滅して痕跡もなくなったけど、遺されたAIが独り歩きを始めた結果、元々あったものがハッキングされ、生み出されたひとつがこのビナーってわけ』
『そもそも──ビナーに関する資料は、あんたたちアビドスの生徒が持っているって聞いていたんだけど?』
銀狼の問いかけが、アビドス対策委員会の面々に突き刺さる。
当のアビドス生たちは揃ってとぼけた顔をしていたが、唯一、思い当たる節があったのかアヤネが通信越しに答えた。
『確かにビナーに関する過去の目撃情報や交戦記録は存在していましたが……その資料は二年前、本校舎を引き払う際のドタバタで消失してしまったと記録されています』
「……あー、そういえばそうだったね。おじさんも詳しくは把握してないけど、あの時は色々な書類がなくなっちゃったから。ビナーに関するものまであったんだねぇ……」
ホシノがのんびりと、だがどこか遠い目をして同意する。
すると、銀狼が興味深そうに鼻を鳴らした。
『そう。まあ、その辺の事情を深く掘り下げるつもりはないよ。ただ、これは私の持論だけど───ビナーって元々は、かつて開催されていたアビドスの『砂祭り』で活躍していた、
銀狼は淡々と、残酷な推論を重ねていく。
『もし私の予想が当たっていたら、当時のアビドス生徒会の人たちはガッカリするかもね。自分たちが用意した「お祭りの主役」が、今やただの破壊兵器に成り下がっているんだから』
「…………もし、本当にそうだったとしたら。当時の先輩方は、とても悲しまれるかもしれませんね」
ビナーに関する真実は、いまだ砂塵の彼方に埋もれたまま。
それでも、銀狼の語った仮説に、ノノミは静かに同情の念を抱いていた。
「感傷に浸っているところ悪いけど───今、そのビナーはどういう状況なの?」
カヨコが現実的な問いを投げかけ、冷徹に現状を把握しようと聞き出す。
それに対し、銀狼は自慢げに声を弾ませた。
『ああ、それ? 私特製のウイルスで、完全に動きをロックしてる最中。ありとあらゆるコンピュータウイルスに加えて、ミーム汚染までたっぷり詰め込んでおいたからね。さて、カフカ、刃。ビナーが寝ている間に、さっさとその装甲を剥いじゃって─────うん?』
銀狼が素材の剥ぎ取りを促そうとしたその時、異変に気付く。
『…………マジで?』
「銀狼?」
完全に停止していたはずのビナーの瞳に、不気味な光が宿る。
『………正直、舐めてた。短く見積もっても、あと一時間は動けないはずだったんだけど…………』
銀狼は戦慄した。自身が作り上げたウイルスは、企業すら一瞬で壊滅させる代物。
それをデカグラマトンの預言者たるビナーは───。
『アイツ、ただの曖昧な使命感だけで、ウイルスをねじ伏せてきたッ!』
白亜の巨躯が震え、ビナーが再起動を果たす。
立ち上がった預言者の眼光が先生たちを射抜き、場にさらなる重圧がのしかかった。
「…………刃ちゃん」
「……ああ」
カフカは銃口を向け、刃は静かに抜刀する。
「交渉の続きをしましょう。私たちはパーツを、貴女たちはビナーをどうにかしたい。目的は違えど、標的は同じ……。共同戦線を張る理由は十分でしょう?」
「…………参ったね。おじさん個人としては思うところもあるけど……今回だけは背後は任せるよ。───先生、行こうか」
ホシノが盾を構えて覚悟を決め、星核ハンターとの一時的な共闘を承諾する。
「”よし───対ビナー、戦闘開始だ!”」
シャーレ、アビドス対策委員会、便利屋68、そして神秘ハンター。
本来なら交わるはずのない四つの陣営が、今、一つの旗の下に集う。
所属も目的も異なる彼女たちだが、見据える敵はただ一人。
少女たちはそれぞれの得物を手に、第三の預言者『ビナー』へと一斉に牙を剥いた。
戦闘開始から数分。戦況は混迷を極めていた。
降り注ぐ誘導弾の嵐と、大地を呑み込む砂の波。さらに一定間隔で放たれる極大光線『アツィルトの光』が、彼女たちの行く手を阻む。
再起動したビナーは、その攻撃力も防御力も、以前とは比較にならないほど増大していた。
「撃ちまくりますよ~!」
「ドローン、作動開始。火力を集中する」
ノノミが『リトルマシンガンⅤ』を掃射し、シロコのドローンから放たれたミサイルがビナーの白亜の装甲を叩く。
その巨躯の背後へ、場違いなほど軽やかに「大きな鞄」が放り投げられた。
直後、ムツキの仕掛けた爆弾が、ビナーの足元で派手な爆鳴を上げる。
「くふふっ、こっちにおいで♪」
「ちょっと、煽ってる暇があるなら集中してッ!」
「はぁ……。この状況で、よくやるよ……ホント」
挑発を繰り返すムツキに、必死に食らいつくセリカ。そして呆れ気味に援護射撃を行うカヨコ。
便利屋と対策委員会の面々が、連携してビナーの注意を引きつけていく。
ビナーが放つ凶悪な猛攻。その最前線で荒れ狂う嵐を食い止めているのは、二人の「盾」だった。
「くたばれ! くたばれ! くたばれッ!!」
狂気を孕んだ叫びと共に、ハルカが肉薄する。
至近距離から放たれた『ブローアウェイ』の散弾が、ビナーの重装甲を火花と共に削り取った。
「おっと……危ないね」
ハルカの側面に迫るミサイルを、ホシノが重厚な盾で鮮やかに弾き飛ばす。
そのまま盾の影からショットガンを突き出し、戦場を冷徹に見据えながら無数の弾丸を叩き込んだ。
「ありがとうございます! また助けてもらって……」
「いいよいいよ。お礼は後。今は目の前のデカいのに集中しようか!」
「はいっ!」
軽口を交わしながらも、二人の連携は着実にビナーの巨躯を削り取っていく。
だが、それでも尚、預言者が倒れる気配は微塵もなかった。
あまりにも強靭、あまりにも絶大。
先生はシッテムの箱を介して必死に指揮を飛ばすが、戦況の停滞は誰の目にも明らかだった。
「”アロナ、ビナーの残り体力は……!?”」
『残り99ゲージです! まだ、半分も削れていません……!』
「”くっ……なんて硬さだ……!”」
停滞する戦況に、先生は苦虫を噛み潰したような表情を浮かべる。
この泥沼を打破するには、絶対的な「決定打」が必要だ。
だが、生徒たちの戦闘スタイルは対人戦闘に特化しており、この巨大な預言者を仕留めるには手数が足りない。
先生が打開策に苦悩していた、その時。突如として、シッテムの箱のモニターに「アヒルのような奇妙なアイコン」が躍り出た。
『やっほ♪』
『うわああああっ!? な、なんですかこれぇ!?』
「”アロナ!? 一体何が───”」
『ふぅ、やっと入れた。流石はシッテムの箱、セキュリティだけは一丁前だね』
「”……もしかして、銀狼?”」
『正解♪』
アロナが混乱する中、銀狼のアイコンは我が物顔でシステム内を泳ぎ回る。
『い、一体どうやって侵入したんですか!? ……って、あれ?』
アロナが侵入経路を問い詰めようとしたその時、ある決定的な違和感に気づき、言葉を失う。
先生もまた、彼女と同じ疑問に突き当たる。
「”銀狼……。もしかして、君も『見えている』の?”」
アロナはシッテムの箱のメインOS。
その特性上、彼女を認識できるのは先生ただ一人であるはずなのだ。
『ん? ……ああ、見えてるよ。それはもう、バッチリとね』
『な、なな、なんですかッ!? カフカさんといい、銀狼さんまでも! 私の姿は先生にしか見えないはずなんですよ……っ!』
狼狽するアロナを余所に、銀狼は退屈そうに、だが衝撃的な理由を淡々と告げた。
『はぁ……。今、絶賛行方不明中の「連邦生徒会長」が、エリオと契約した結果だよ。その契約が現在進行形で進んでるから、私……ひいては神秘ハンター全員が、A.R.O.N.Aの存在を認識できるってわけ。これで分かった?』
「”……あの子が?”」
『今はそんなこと、どうだっていいでしょ? ちょっとシステム、いじるね♪』
『あ、ちょっと待ってください!!?』
アロナの制止を無視して、銀狼はシッテムの箱のメインモニターに地図を強引に展開する。
そして、表示されたある地点を指さした。
『火力が足りてないんでしょ? だったら、ここまでアイツを誘導して』
「ここは……?」
『下水道の跡地。私の計画じゃ、ここまで誘い込んで、到着した瞬間にドカンさせるつもりだった。……まあ、どっかの誰かさんが余計なことをしてくれなきゃ、ね』
含みのある視線に、先生は「”あはは……”」と力なく笑うしかなかった。
『さて、と。せっかく来たんだし、記念にちょっとだけ探索しようか♪』
『ちょ、え?ま、待ってください!?』
なんと銀狼はシッテムの箱内部をうろつき始める。
『一件どこにもある教室……でも、甘いね。こういうなんもない床とか隠しファイルとかがあるんだよねえ?』
『ちょっと! 勝手に漁らないでください、この泥棒猫ならぬ泥棒狼ッ!』
アロナの悲鳴を無視し、銀狼は鼻歌まじりにシッテムの箱の深層部を暴き続ける。
彼女にとってシッテムの箱は家同然の場所。勝手に漁るのは誰だって嫌な気分になる。
データが次々と丸裸にされ、銀狼はシッテムの箱にあるフォルダを見つける。
『へぇ……この「秘密のフォルダ」って何? プロテクトが何重にもかかってるけど、私の手にかかればこんなの一瞬───』
『ダメです! そこはアロナの……アロナの「先生との思い出」なんですから! 触らないでって言ってるじゃないですかぁ!』
銀狼はアロナの必死の制止を完全にスルーし、ポテトチップスでも食べるかのような気軽さでシッテムの箱の深層領域をハッキングし続ける。
彼女の指が、ついにアロナの聖域である最深部のコードに触れようとしたその時――。
『もう……我慢の限界です! 不法侵入、データ改ざん、そして乙女のプライバシー侵害!ギルティですッ!!』
システム内に涙目のアロナの怒号が響き渡る。
『覚悟してください! 「アロナちゃん、ぱんち!!!」』
『は? ……ちょっと、その物理判定は反則───ぎゃああああああああ!?』
演算領域を突き抜けるほどの特大衝撃。
銀狼の意識はシッテムの箱から文字通り「叩き出され」、現実世界へと勢いよく弾け飛んだ。
「……いたたたた。何なのあの子、セキュリティに物理演算を直結させてるわ、け……」
無人の部屋で尻もちをついた銀狼が、フラフラと立ち上がる。
しかし、立ち上がる間もなく、悲劇が銀狼を襲う。
彼女が手にしていた特製の通信端末と高性能モバイルPCからは、無慈悲にも「シュウウ……」と黒い煙が立ち上っていた。
「……は? 嘘、でしょ……。嘘だよね? 通信機も、メイン機も……電源すら入らないんだけど。え、これ、まさか全
数分前まで「セキュリティが甘い」と豪語していた天才ハッカーの姿は、そこにはなかった。
銀狼は真っ青な顔で、煙を吹く機材を狂ったように叩き、何度も再起動ボタンを連打する。
「ちょっと待って、待って待って! この中のセーブデータ、まだバックアップ取ってない!!合間に採ってた限定配布装備! 課金アイテム! 徹夜で組んだ攻撃コードも全部……っ!! あああああああッ!!!!!」
遠いミレニアムの「廃墟」にて、真っ黒に焦げた機材を抱えながら、銀狼はこれ以上ないほど悲痛な叫び声を上げた。
銀狼の絶望的な絶叫が通信の彼方へ消え、シッテムの箱の中には静寂と、少しの気まずさが流れる。
『……あ、あの……先生』
恐る恐る声をかけてきたアロナの瞳には、うっすらと涙が浮かんでいる。
その手は、先ほど「ぱんち」を繰り出した形のまま、ぷるぷると震えていた。
『アロナ、やりすぎちゃいました……よね? でも、あんなに勝手に漁られたら、アロナ、もう……っ』
「”大丈夫だよ、アロナ。君はセキュリティを守る仕事を全うしただけだよ。銀狼には……後で、私からも謝っておくから”」
先生は優しく微笑み、落ち込むアロナの頭をなでるように画面をタップした。
アロナは「えへへ……」と鼻をすすりながら、少しだけ安心したように表情を緩める。
だが、戦場に感傷に浸っている暇はない。先生の表情は、即座に指揮官のそれへと切り替わった。
「”さて……銀狼が身を挺して(?)残してくれた情報。無駄にはできないね”」
先生は全チャンネルを開放し、砂塵の中で戦い続ける生徒たち、そして神秘ハンターの面々へ向けて叫んだ。
「”全員、よく聞いて! ビナーに決定打を与えるポイントを見つけた。これよりビナーを、北西の『下水道跡地』へと誘導する!”」
「下水道跡地……? よく分かんないけど、先生が言うなら信じるよ!」
「「「了解ッ!!」」」
その声に応えるように、無線機から銃声と、それぞれの覚悟が入り混じった返信が次々と飛び込んでくる。
先生はアロナが復旧させた精密地図を睨み据え、勝利へのルートは、今、銀狼の
先生の号令が戦場に響き渡ると同時、砂塵を切り裂いて一台の軍用ジープが猛烈な勢いで滑り込んできた。タイヤが砂を撒き散らし、先生の目と鼻の先で急停車する。
運転席には無表情でハンドルを握る刃、そして助手席には、余裕の笑みを浮かべて銃を弄ぶカフカの姿があった。
「お待たせ、先生。お望みの場所までエスコートしてあげる」
カフカが後部座席を親指で示す。先生の指示を受け、真っ先に動いたのは三名。
「直で見ると随分とワイルドな車だねえ……。おじさん、腰を痛めないか心配だよ」
「……ジープで、敵に追われながら、クールに作戦で倒す。───アウトローね!」
「社長、スカート捲れてる……。いいから早く乗って」
「えッ!?」
ホシノが軽快に飛び乗り、顔を真っ赤にしたアルをカヨコが半ば押し込むようにして車内へ放り込む。
「全員乗ったわね? ───それじゃ、刃ちゃん、お願い」
カフカの短い合図と共に、刃がアクセルを床まで踏み込む。凄まじいエンジン音を轟かせる。
再びジープはビナーを誘い出すための「撒き餌」として、砂漠を疾走し始めた。
「こっちに来なよ」
カヨコの『デモンズロア』から、鼓膜を震わせるほどの轟音が鳴り響く。
ビナーは、その殺意の籠もった音響を格好の餌として喰らいついた。
「”アル、カヨコ、そして……カフカ! このまま、撃ち続けて!”」
先生の叫びに応じるように、ジープの後部座席から弾丸の雨が降り注ぐ。
アルの精密な狙撃でビナーの眼光を弾き、カフカの二丁が踊るようなリズムで装甲を火花に変えていく。
「いい狙撃、流石はカヨコの上司ね。私の仲間に欲しいくらいよ」
「褒め言葉として受け取るわ。くふふ……、これ、これ、最高に
「笑ってる場合……っ! 舌、噛みそう……!」
荒れ果てた砂漠を、刃が操るジープが猛烈なスピードで蛇行する。
背後からは、砂の津波を巻き上げながらビナーが迫る。
それはもはやチェイスというより、巨大な災害に飲み込まれる直前の光景だった。
「おっと、右から来るよ!
ホシノが盾を構え、横から飛来する誘導弾を強引に弾き飛ばす。
直後、ジープのすぐ脇をビナーの巨躯が掠め、強烈な衝撃波が車体を浮かせた。
「……五月蠅い。黙っていろ」
刃は低く吐き捨て、一切の迷いなくハンドルを切り、崩落したビルの隙間へと突っ込む。
逃げる獲物を逃すまいと、ビナーはその巨体を無理やりねじ込み、周囲の建物を粉砕しながら、銀狼が指し示した「下水道跡地」へと誘い込まれていく。
「着いたわ。ここが
「”…………あ”」
カフカが不敵な笑みを浮かべ、作戦の成功を確信する。
だが、その言葉を聞いた瞬間、先生の口から、魂が抜けたような声が漏れる。
「先生? どうしたの、そんなに青い顔して。おじさん、ちょっと心配になっちゃうな」
ホシノがジープの揺れに耐えながら、不思議そうに先生の顔を覗き込む。
「まさか、この土壇場でパンクロードと連絡がつかない……なんて言わないよね?」
カヨコの冷徹な指摘が、図星を突かれた先生の心臓を射抜く。
背後からは、逃げ場のない地下空間に誘い込まれたビナーの、地響きのような咆哮が迫っていた。
「”……アロナ、銀狼のは……?”」
『え、えっと、 完全に「物理」で壊しちゃったので、応答がありません……ご、ごめんなさいッ!!!』
「決定打」となるはずの起爆装置は、今やただの黒焦げたガラクタ。
最悪のタイミングで訪れた沈黙に、先生は冷や汗を流しながら、次なる一手を必死に模索する。
万策尽きたかと思われたその瞬間。
暗闇の奥からビナーの巨大な尾が、まるで巨大な鞭のようにしなり、凄まじい速度で叩きつけられた。
「……伏せろ」
刃が静かに警告し、ハンドルを死守するが、物理法則を無視した重質量の衝撃は容赦なくジープの側面を捉える。
───ドォォォォォンッ!!!
猛烈な衝撃が、ジープの車体を底から突き上げた。
オープンタイプの座席に座っていた先生たちは、固定される間もなく、凄まじい風圧と共に虚空へと投げ出される。
「きゃああああああああッ!?」
「わわわわっ! おじさん、飛んでる!? 宙を舞ってるよ先生!!」
視界が激しく回転し、天地の境界が消える。
アルの悲鳴とホシノの驚愕の声が、吹き飛ぶジープと共に砂漠の空に霧散していく。
全員が上下の感覚すら失ったまま、ビナーの頭上を越えて高く、高くへと放り出される。だが、放り出された獲物を逃さぬよう、眼下の巨大な影が不気味な輝きを放ち始めた。
「……ッ、まずい! 来るよ!」
カヨコの鋭い警告が響く。ビナーは大きく口を広げ、その深淵に極大の熱量を集束させていた。
放たれるのは、全てを無に帰す光の奔流 ───『アツィルトの光』
空中という逃げ場のない場所で、先生たちは文字通り、巨大な砲口の真っ正面に晒されていた。
もはや、絶体絶命。
極大の光が溢れ出し、誰もが覚悟したその瞬間
「まだ諦めるのは早いわ」
───カフカは不敵に微笑み、隠し持っていた「あるもの」を取り出した。
「それって、ムツキの…………!」
アルが指を差した先にあるのは、見覚えのあるムツキ愛用の爆弾鞄。
カフカはそれを躊躇いなく、自分よりさらに下方へと投げ飛ばした。
「刃ちゃん!」
「───いいだろう」
空中で鞄を掴み取った瞬間、刃は重力すら味方につけ、猛烈なスピードで自由落下を開始する。
目指すはビナーの真下――爆弾が埋め込まれた、文字通りの
「余さず……返そう!」
赤黒い彼岸花が舞うような剣気が、砂漠の空気を切り裂く。
着地と同時に引き抜かれた古剣が、唸りを上げてビナーの喉元を深く切り刻んだ。
極大光線の集束は強引に掻き消され、預言者の巨躯が大きな火花と共にのけ反る。
刃の一撃によって地表が激しくひび割れ、その亀裂の奥に、仕掛けた無数の爆弾群が鈍く輝きを放った。
「今よ、撃ちなさい」
カフカが冷徹に、けれどどこか楽しげに促す。
「”待って、あそこにはまだ刃がいる!?”」
落下しながら叫ぶ先生の躊躇を、カフカの落ち着いた声が遮った。
「あの子なら大丈夫」
「”……でも!”」
「あの子は何があっても
カフカは薄紫色の瞳を先生に向け、優しく、けれど抗いがたい力を持って言葉を継いだ。
「貴方は先生でしょ? なら、信じてあげて」
先生はその瞳の奥にある揺るぎない確信に、小さく息を呑む。そして覚悟を決め、空中で叫んだ。
「”…………分かった。アル!!”」
「いいわ! スカイダイビングしながら撃ったことなんてないけど……この距離なら、外さない!」
アルは激しい逆風に髪を乱しながら、スコープを覗き込む。
標的は、刃の足元に眠る破壊の引き金。
アルが引き金を引き絞った瞬間、深紅の閃光が爆弾群を貫いた。
刹那、大地を揺るがす大爆発が巻き起こる。
────────────ッ!!!!!?
「下水道跡地」に溜め込まれた火薬が、巨大な火柱となって噴出し、ビナーの巨躯を飲み込む。
白亜の装甲は熱に歪み、砕け、断末魔さえも轟音の中へと掻き消されていった。
爆風の余波が、自由落下を続ける先生たちの身体を激しく叩いた。
視界を埋め尽くすのは、夜空を焦がすほどの圧倒的な紅蓮の炎。そして、砕け散ったビナーの装甲だったもの。
「”やった……のか……!?”」
先生が叫ぶ。
だが、その声は自らが引き起こした大爆破の残響と、耳元を狂暴に吹き抜ける風の音に掻き消された。強烈な衝撃と共に、全員はなんとか地面へと着地し、滑り込む。
巻き上がる土煙の中、激しく咳き込む先生が顔を上げると、爆炎の奥から複数の人影がこちらへ駆けてくるのが見えた。ホシノ、アル、カヨコを除く、対策委員会と便利屋68のメンバーたちだ。
「先生、大丈夫ですかーー!」
ノノミが大きく手を振りながら、必死の形相で声を張り上げていた。
「”大丈夫、だけど………”」
先生は砂を払いながら立ち上がり、ビナーの巨躯が沈んだ、あの炎の底を見つめる。
脳裏をよぎるのは、最後まで爆発の渦中に残されていた刃の姿だった。
彼女を救えなかったかもしれないという痛切な悔恨が、先生の胸を締め付ける。
だが、爆煙を割り、ひとりの影が静かに歩み出てきた。
黒い衣服のあちこちが焦げ、ボロボロに裂けている。
しかし、その身体には傷一つない。刃だった。
「ね? 大丈夫だったでしょう」
平然とカフカが肩をすくめる。
駆けつけた生徒たちは一様に安堵の息を漏らし、口々に二人の無事を喜び、その怪我のない様子に驚き心配した。
「よかった! 無事だっ……」
先生が駆け寄り、その姿に安堵の声を言い切ろうとした、その時だった。
歓声に沸く一同から少し離れたところで、刃は己の手のひらを冷たく見つめている。
彼女が背負う、ある
決して消えることのないその呪縛に、少女は忌々しげに、ただボソリと呟いた。
「まだ生きている………残念だ」
「”え?”」
そのあまりに不穏で、哀切に満ちた言葉。
一瞬、聞き間違いかと、先生は言葉を途切れるが、横やりように、大地が不気味に震動する。
「まだ、動くの!」
ホシノが鋭い声を上げる。爆炎の向こうで、白亜の巨躯が再び鎌首をもたげた。
しかし、大規模爆発で致命的な打撃を受けたビナー。ビナーはそのまま反転し、猛烈な勢いで逃走を始めた。
「逃げた……?」
シロコが唖然とした声を漏らす。
まだ動けたことに一同が驚愕する間もなく、ビナーは砂漠の砂の中へと深く潜り込み、完全に姿を消した。通信機からアヤネの困惑した声が響く。
『ビナー、反応ロスト。……ひとまず、良かったのでしょうか?』
「あああ! 疲れた! 何なのよアレ! あんなに強いなんて思わなかったんだけどッ!」
「あら、逃げられちゃった」
カフカは退屈そうに髪を弄りながら、心底残念そうな顔をする。
その姿を見て、先生の胸に焦燥感が広がる。カフカたちの目的は、ビナーから得られるパーツだったはずだ。それが砂漠の彼方へと消え去ってしまった今、彼女たちの計画は完全に狂ってしまったのではないだろうか。
「”カフカ、目的のものは……”」
共闘した仲間としての、そして彼女たちの事情を案じる者としての心配が、先生の言葉となって思わず口をついていた。
「要らん心配だ」
不意に、刃が冷淡な声でその懸念を切り捨てた。
驚く先生の視線の先、彼女が掲げたその手には、いつの間にか三十センチ程の黒ずんだ白亜の破片が握られていた。それは爆発の刹那、彼女が自らの手で捥ぎ取った、間違いなくビナーの欠片だった。
「”いつの間に……”」
呆然と呟く先生の横で、カフカが嬉しそうに目を細めて微笑む。
「流石、刃ちゃん。抜け目ないわね」
「アイツに色々と言われるのは面倒だからな」
刃は顔を背け、吐き捨てるように言う。
その脳裏に浮かぶのは、このパーツの回収を指示したであろう、偏屈な仲間の顔なのだろう。
───ぐぅぅぅ、と。空気をぶち壊すように、誰かの盛大なお腹の音が鳴り響いた。
「い、今のは私のじゃないわよ!」
全員が視線を向けると、アルが顔を真っ赤にして猛烈に否定する。
しかし、それを皮切りにするかのように、先生たちの周りから次々とお腹の虫が鳴き声を上げ始めた。
「"…………みんな、お腹がすいているようだね"」
先生が苦笑しながら言うと、シロコが静かに頷いた。
「ちょうどいいし、柴関ラーメン、行こう」
「いいね〜、勝利したお祝いだね」
ホシノも緩く微笑み、場に和気あいあいとした空気が漂う。
「”カフカも刃も、一緒にどう?”」
先生は振り返り、神秘ハンターの二人にも視線を向けた。
「あら? 私たちも?」
カフカは意外そうに、楽しげに片眉を上げる。
「”もちろん。みんなと一緒に食べた方が美味しいよ? ──みんな、いいよね?”」
先生が周囲の生徒たちへ同意を求めると、彼女たちは顔を見合わせ、やがて温かい笑みを浮かべた。
「もちろんです♪ 例え犯罪者でも、共に戦った仲ですから」
「そうね! カフカさんに至っては前から気になっていたようだし、今回こそはラーメンを味わってもらわなくちゃ!」
『なら、私は一足先に柴大将のもとで待っていますね。みなさんお疲れ様』
ノノミが上品に微笑みながら、セリカも腕を組み、照れ隠しのように勢いよく頷いた。
未だ指名手配犯への警戒を完全に解いたわけではないホシノだったが、隣の少女へ視線を向ける。
「…………ま、いっか。今回だけは許そうかな。いいよね、シロコちゃん」
「ん」
シロコも短く、しかし確かに肯定の意を示した。
「そ、そうね! 流石は、先輩アウトロー。見事な戦いぶりだったわ! 便利屋68の社長として、労いとして、奢ってあげてもいいわよ!」
アルが胸を張り、偉そうに、しかしどこか嬉しそうに声を張り上げる。
「さすがアルちゃん、器が大きい〜!」
「わ、わ……。アル様がそう言うなら、私も……奢ります」
ムツキが面白そうに囃し立て、ハルカがおどおどとしながらも後に続く。
「いや、社長。奢ろうとしても、予算カツカツでしょ。精々、大盛りラーメン1杯分ぐらいしか奢れないよ」
「うっ!?う、うるさわね!見栄ぐらいは張らせなさい!奢り代は先生の依頼から引くつもりよ!」
カヨコはアルに小さくため息をつきながらも、その口元には微かな苦笑が浮かんでいた。
カフカはそんな賑やかな少女たちと隣に佇む同胞を盗み見て、悪戯っぽく微笑む。
「だそうよ、刃ちゃん。どうする?」
「……勝手にしろ」
刃は相変わらず不機嫌そうに顔を背けたが、その場を立ち去ろうとはしなかった。
ただ無言で剣を収め、歩き出す準備を始める。
そんな彼女の様子を見て、カフカは満足げに先生へと向き直った。
「じゃあ、お言葉に甘えちゃおうかしら。ふふ、楽しみね」
こうして、敵味方の垣根を越えた奇妙な御一行は、砂漠の夜風の中を柴関ラーメンへと歩み進める。
かくしてビナーによるアビドスの騒動は祝宴で終わりを告げた。
どうも、作者です。
これにて、対策委員会編1、2章終了です。
初めて小説を書いてみましたが、大変でした(汗)
あまり読んでもらえないかな……と不安になったことがありましたが、予想以上の高評価や感想、挙句は日間ランキング100位には届かないとはいえ、200~300位以内に入ったりと、読者の皆様から応援を頂きました。
ありがとうございます( *´艸`)
他の方の作品を参考にしたり、兄や姉に試読してでも書いた甲斐がありました。
アビドス編ではカフカが色々暗躍したり、また色々と伏線や匂わせを出してきました。
例えば、神秘ハンターはなぜ”神秘”を集めているのか?
刃が女体化しているのは? トリニティでサムは何をしているの?
器とは?
感想欄で色々と書いたり、妄想して続きを楽しみしてくださると作者は本望です。
次回はゲーム開発部が活躍するパヴァーヌ………の前に、掲示板回と設定を開示してから行きます。
それでは長くなりましたが、今回はここまで
また、会いましょう ノシ
場面は変わり、ネオンの光が不夜城のように煌めく夜の街。
その喧騒から遠く離れたビルの屋上に、カフカと刃、そして青白い光を放つホログラムの姿をした銀狼が集まっていた。
『ふーーん? 私が機材、直している間に、ふたりはラーメンを楽しんでたんだ』
銀狼はガムを膨らませながら、ホログラム越しにジト目で二人を睨みつける。
「自業自得だろう。あの不可解な箱に喧嘩を売るなと、エリオは言っていたはずだが?」
『うるさい。まさか、物理的に返されるとは思わなかったの』
刃の言葉に反抗するように、銀狼は忌々しげに不満を漏らす。
そんな二人のやり取りを見て、カフカが困ったように、けれど楽しげに微笑んだ。
「ふたりとも、喧嘩はそこまで。銀狼、送ったビナーの装甲は役に立ちそう?」
『なんとかね。器の件も、
「わがままを言うな」
銀狼は少しだけ不満を滲ませて肩をすくめた。
『ま、いいや。楽しい狩りは終わったし、今度こそ私の番。ふたりはどうするの?』
銀狼が端末の仮想画面を閉じ、ホログラム越しに二人を振り返る。
「……そうね、出番がくるまで、暫く休暇をとることにするわ。刃ちゃんは? 手が空いていたら、荷物持ちをお願いしたいのだけど……」
カフカは唇に笑みを浮かべ、隣の少女に視線を送った。
「…………」
しかし、刃は夜風に吹かれながら、ただ沈黙を守っている。
「刃ちゃん?」
カフカが怪訝そうに首を傾げ、その名を呼び直した。
刃はゆっくりと、ネオンの光に染まる街の彼方へと視線を向け、静かに口を開く。
「すまないカフカ。少しばかり、用ができた」
ゆっくりと、ネオンの光に染まる街の彼方へと視線を向け、静かに口を開く。
カフカは彼女が放つ微かな殺気と執着を敏感に察知し、その紫の瞳を細めた。
「………もしかして、
「ああ。あの死の神に接触したせいか、この身体を通して、感じ取ったようだ」
刃の声音に、いつも以上の昏い憎悪が滲む。
彼女は己の胸に手を当て、そこにくすぶる不快な気配を吐き捨てるように言葉を続けた。
「………忌まわしい限りだ。友を穢したに留まらず、この世界に根を張ろうと必死に足掻いている。このまま、俺と共にくたばればいいものを」
その言葉の裏にある因縁をすべて理解しているカフカは、引き止めることもせず、ただ優しく微笑んだ。
「そう。好きにしなさい。どうせなら、君の久しぶりの親友に顔を見せたら?」
「それこそ、余計なお世話だ。そんな資格、アイツにも、───俺にもない」
哀しみを含めた言葉を最後に、刃は躊躇いなくビルから飛び降りた。
闇の中にその姿が消えていくのを、カフカはただ静かに見送っていた。
『……行っちゃった。相変わらず極端な生き方だよね、刃は』
銀狼が端末を指先で弾き、ホログラム越しに呆れたように息を吐く。
「いいのよ。彼女が執着できるものなんて、もう数えるほどしか残っていないのだから」
カフカは夜風に髪を揺らしながら、満足げに微笑んだ。
エリオの脚本は、刃のその執念さえも織り込み済みであると言わんばかりに。
「さて、それじゃあ私は予告通りお買い物。銀狼、君の準備は出来てる?」
『もちろん。いつでも動ける。ただ、カフカ……』
銀狼は少しだけ真面目な顔になり、ネオンに煙る街並みを見下ろした。
『あの『先生』って人、これで見納めでいいの? 私はもう少し調べてみても面白そうだけど』
「焦らなくていいわ。エリオの予言通りなら……私たちはまた、あの人と交わることになるのだから」
カフカは楽しげに指を組むと、ホログラムの銀狼に向けて小さくウィンクした。
『そ。なら、通信は切るね。このあと
「………分かったわ。ありがとう、銀狼。
『一言多い。それじゃ』
銀狼はそっけなく返すと、ホログラムの通信をぷつりと切った。
ネオンの光が届かない薄暗い廃墟の屋上。一人残された銀狼は、凝り固まった身体をほぐすように大きく伸びをする。しかし、その動きがピタリと止まった。
「覗き見とはいい度胸。出てきて、一発撃ってあげるから」
銀狼は表情を変えないまま、背後の暗がりに向けて即座にレールガンを構える。
銃口の先にあるのは、崩れかけた太い建物の柱だ。張り詰めた沈黙を破り、ゆっくりと人影が姿を現す。
柱の影から歩み出てきたのは、ふたりの生徒だった。
「……暑い。ここ、風が通らない」
ミレニアムサイエンススクール一年【和泉元エイミ】
そして、その傍らには彼女の持つデバイスから投影された、車椅子に座る少女のホログラムが浮かび上がっていた。
『おや、気付かれてしまいましたか。流石は【パンクロード】索敵能力も一流ですね』
特異現象捜査部の部長【明星ヒマリ】は、いつも通りの超然とした微笑みを浮かべて銀狼を見つめて、そして……懐かしむように微笑んだ。
『…………本当に久しぶりですね、──────
その響きに、銀狼の指先がわずかにピクリと跳ねる。
「いつまでその偽名で呼んでいるの。銀狼、それが私の名前。──────
ヒマリの親しげな眼差しとは対照的に、銀狼の声音には明らかな不快感と、過去を穿たれたことへの嫌悪が混じっていた。銃口は微塵もブレることなく、ただ鬱陶しそうに眉根を寄せる。
すれ違う感情と、決して交わることのない二人の天才の視線。
過去の呪縛を置き去りにしたまま、砂漠の向こうで未来へと歩み出す先生たちの足跡を乗せて、キヴォトスの夜は冷たい静寂の中へと更けていくのだった。