『終焉』が近いであろう青空世界で私達は生きる......らしいよ?   作:エリオ(別同位体)

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もしもし、あら?貴女から電話をよこすなんて珍しいですね、ネル
それでなんの御用でしょうか?色々と忙しいのですが…………
──── いま、なんと?あの子が『廃墟』に?
詳しく、詳しく説明を………分かりました。情報、感謝しますネル

エイミ、仕事です。急ぎ、『廃墟』全域を探索してください
そんな顔をしないでください!理由は後ほど、早くッ!


Punk Road Spirit on The Millennium II

『……というわけで、ネルの口から貴女がここに居ると教えてくれたおかげで、こうして無事に再会できたわけです。やはり私の天才的なハッキング能力と、美少女としての嗅覚に狂いはありませんでした』

 

埃っぽく冷たい風が吹き抜ける、ミレニアム郊外の広大な廃墟。その薄暗い空間の一角に、場違いなほど晴れやかで、同時にどこか芝居がかった声が響き渡る。

 

和泉元エイミが手にした小型の投影端末。

ノイズを混じらせながら現れたのは、精巧な車椅子の上でふふんと自信深げに胸を張る少女──明星ヒマリの立体ホログラム映像だった。

 

神秘ハンターの仲間であるカフカや刃との定時通信を終え、端末をポケットに滑り込ませた直後。

背後に漂うかすかな気配に気づき、鋭い警戒心と共に振り返った銀狼。

彼女はパチン、と大きな音を立てて片手で自分の額を叩き、そのままズルズルと顔を覆った。

指の隙間から漏れ出たのは、この世の終わりでも迎えたかのような、深く、重いため息だった。

 

(……やらかした。よりによってこの自意識過剰に、あの戦闘狂、あっさり話しちゃったわけ?)

 

ブレイン・イン・ザ・ゲーム。あらゆる演算をゲームのフレーム単位で捉える銀狼にとって、これは完全な計算ミスだった。

C&Cのリーダーであるネルと激しい戦闘を繰り広げ、交渉の末に見逃してもらったのは、時系列的にすでに1ヶ月近くも前のこと。

 

あの時、もう二度とミレニアムの誰にも自分の居場所を漏らさないよう、もっと厳しく口止めしておくべきだった。或いはミレニアムの如何なる組織、如何なる個人にも自分の居場所を漏らさないという、より強固な契約なんかで縛るべきだった。

 

まさか一ヶ月も経った今になって、あの脳筋メイドの口から情報が漏れ、こんな最高に厄介な「超天才美少女」に足跡を辿られる羽目になるとは。

銀狼は深く、重いため息を吐き出した。

 

「はあ……。本当に詰めが甘かった。あの時、もうちょっと別の要求も通しておくべきだった。ゲームなら完全にイージーミス。1ヶ月前のセーブデータからリトライしたいレベルなんだけど」

『ふふ、そんなに自分を責めないでください、ブローニャ。私から逃げ切れる人間なんて、このキヴォトスには存在しませんから。たとえそれが、どれほど電子の海を器用に泳ぐ野良猫さんであったとしても、です』

 

ホログラムのヒマリは、映像越しにこちらの困惑をすべて楽しむかのようなに、映像越しに勝ち誇った笑みを浮かべる。

満面の笑みでのドヤ顔。流石は美少女と自称する程の顔良さ。実体がそこにないからこそ、その余裕に満ちた態度が一層際立って見えた。

相俟って余りのウザさで銀狼はイラッとしたが、すぐに冷静を取り戻す。

 

「…………自惚れが強いのは相変わらずだね。で、何の用?わざわざそんな遠隔映像まで飛ばしてきてさ。 C&Cと同じで、私をミレニアムに連れ戻したいわけ?」

 

ヒマリはふっとおふざけの笑みを消し、真剣な表情になって車椅子の位置を一歩前に進めた。

その瞳が、青い光の粒子の中で鋭く光る。

彼女は画面の向こうから、銀狼の姿を真っ直ぐに見つめ返した。

 

『ええ、そうです。貴女の力はミレニアムに必要です。…………どうか、戻ってきてはくれませんか?』

「何を今更。私がミレニアムでやれることなんて、もう何も残っていない」

『ですが……!』

 

「『()()』」

 

銀狼が短く、その名前を口にすると、ヒマリの言葉がピタリと凍りつく。

 

『っ……!?』

「通信ユニットAI『ハブ』。……いや、今は『ホド』って呼ばれているんだっけ? 去年、私がミレニアムで暴れてシステムを引っ掻き回したせいで、あの優秀なAIはデカグラマトンによって奪われた。デカグラマトンに感化された機械は、二度と人間の元には戻らない。その元凶のひとりが、何食わぬ顔をしてミレニアムに戻ればどうなるか、天才の貴女なら計算できるでしょ? バッシングは確定。誰も私を歓迎しないし、居場所なんてどこにもない」

 

冷淡に、冷酷に、銀狼は事実という名のソースコードだけを突きつける。

しかし、ヒマリもまた引くことはない。ミレニアムの最高知性の一角。その程度の拒絶で引き下がる器ではなかった。

 

『……それは結果論です。貴女によってハッキングされたハブは、そこから更に学習を重ね、一歩先を行く技術でミレニアムに貢献してきました。……確かに、二度もハッキングされ、最終的にデカグラマトンという未知の脅威に奪われてしまったことは否定できませんが。ですが、だからといって貴女の存在すべてが否定されるわけではありません。私は、貴女の才能を──』

「はあ……。一之瀬アスナといい、リオとあなたといい、なんで私にそこまで執着するのやら。理解に苦しむんだけど」

 

銀狼はきっぱりと、突き放すようにヒマリを見据えた。

その瞳には、もうかつての学園に対する未練も、感傷も、ひとかけらも残っていない。

 

柵市(さくいち)ブローニャは架空 of 架空の人物。ただの偽物。……ここに居るのは【パンクロード】の神秘ハンター、銀狼。ただそれだけ。忘れろとは言わない。けど、私に二度と『ブローニャ』を求めないで。ミレニアムに対する情なんて、私はもう一切持ち合わせていないんだから」

 

銀狼の冷たい宣言が、廃墟の空気に重く沈む。

ヒマリはそれ以上、言葉を紡ぐことができなかった。銀狼の瞳の奥にある、絶対に揺るがない「神秘ハンター」としての後輩の今を、画面越しにもはっきりと悟った。

それはもう「ブローニャ」としての後輩はいない。自分たちの知る「ミレニアムの生徒」ではないのだと告げられるのと同義だった。

 

 


 

 

重苦しい沈黙が、廃墟の澱んだ空気をさらに重くする。

だが、その緊張感を一瞬にして文字通りの意味で「溶かした」のは、実体としてそこに立っていた少女の、ヒマリにとって、いつも通りのマイペースな声だった。

 

「…………ほら、やっぱりこうなったでしょ、部長。説得は無理だって」

 

和泉元エイミは、やれやれと肩をすくめてため息をつく。

その、あまりにも緊張感のない姿に、銀狼の視線がエイミの服装へと向けられた。そして、じっと見つめているうちに、どうしても我慢できなくなって口を開く。

 

「……ってか、貴女。なんなのその格好? 少し早い海開きでも予定しているわけ?」

「ん? 熱いから。君ってこんな風通し悪い所で過ごして大丈夫?」

 

エイミは悪びれる様子もなく、むしろ銀狼の体調を心配するように首を傾げる。

 

「は? ここ、日当たり悪いし、気温もそんなに高くないけど。熱でもあるんじゃ──」

 

呆れ果てながら、銀狼がエイミの露出した腕に軽く触れた、その瞬間だった。

 

「ッ、アッツ!? なに今の熱さ!? あなた、未知のウイルスにでもかかっているわけ!?」

 

弾かれたように手を引き、自分の手をパタパタと振りながら銀狼が叫ぶ。カイロどころではない、内部から爆発しかけている熱機関のような、尋常ではない熱量だった。

しかしエイミは首を傾げ、自分の腕を不思議そうに見つめるだけだった。

 

「え? いつも通りだけど?」

「いつも通りでその熱さって、どんな身体の構造してんの……。あなた、周りからおかしい目で見られてるでしょ?」

「むうっ。別にそんなこと、無いと思うけど?」

 

信じられないものを見る目でエイミを睨みつける銀狼。

まるで、昔と変わらないテンポ、変わらない理不尽さで繰り広げられる二人のコミカルな掛け合いを見て、ホログラムの向こう側にいるヒマリの口元が、自然と優しく緩んだ

 

『…………ふふ』

 

(ああ……もし、彼女が今もミレニアムにいてくれたなら。エイミとこうして、騒がしくも愛おしい日常を送っていたのかもしれないですね。それにチヒロとリオ。また4人でミレニアムの命題を…………なんて、ここまで望むのは強欲でしょうか)

 

現後輩であるエイミと、元後輩である銀狼。

二人が並び、呆れ合いながら言葉を交わすその姿に、訪れるはずだった、しかし決して訪れることのなかった「あったかもしれない未来」の残像を重ね、ヒマリは静かに微笑んでいた。

 

『……やっぱり、戻って来て欲しいと思いますが、今はやめておきましょう。ですが、諦めたわけじゃありませんよ。()()()()()

「しつこいね。なら、精々無駄な努力をしてみなよ。何度でも負かせてあげるから」

 

銀狼はふん、と鼻を鳴らしてそっぽを向いた。

その態度を見て、立体映像のヒマリは一瞬で表情を切り替え、本来の「特異現象捜査部」の部長としての、冷徹な知性の顔へと戻った。

 

『さて。私たちがわざわざこの「廃墟」に赴いた理由ですが、これには3つの目的があります』

 

────『特異現象捜査部』

セミナー会長である調月リオが創設したセミナー傘下の特務組織。

キヴォトス各地で起こる「科学的に証明しがたい事象」を調査・研究する部活。

創設したきっかけは先程、話題に出た超高性能演算機関AI「ハブ」がデカグラマトンに奪われた故に。

 

『ひとつ、「ハブを奪ったデカグラマトンの痕跡の調査」』

『ふたつ、「あるポイントに存在する謎の施設への接触」』

『そして最後に、貴女の説得でした』

 

ヒマリのホログラムは、静かに、しかし深く銀狼を見つめる。

挙げた三つはすべて『廃墟』に繋がっている。であるならば、そのすべてを知っているのも元後輩である彼女ならひとつか、ふたつ。より詳しい情報を持っていると思われる。

 

『教えてください、ブローニャ。キヴォトスから消えて忘れ去られたものが集まる、時代の下水道のようなこの場所でしばらく過ごしていた貴女なら……何か、知っているのでは?』

「…………」

 

情報を提供するべきか、銀狼は一瞬、迷った。

エリオの脚本は仲間以外に簡単に他人に教えていいものではない。

下手に口に出せば、この「()()()()()()()()()()()()()」という物語の流れは別物に変わるかもしれない。

 

情報を提供するべきか、それともこのままハッキングでホログラムごと通信を遮断して消えるべきか。

 

銀狼は思い悩み、結果、彼女のホログラムを消そうと端末に触れようとした。

しかしその時、廃墟の崩れた壁の隙間から、こちらをじっと見つめている一匹の黒猫がいた。

その黒猫は不思議と珍しい青い目を持つ個体。

サファイアような済んだ瞳は銀狼の姿を映し出していた。

 

(……なるほどね。()()()()()()()()()()()()()ってことね。なら、思い切り利用させてもらうよ)

 

銀狼は小さく不敵に笑うと、手を組むのを止め、ヒマリたちの前で言い放った。

 

「貴女の推測通り、ここには眠っているものがある。私はエリオから渡された脚本通りに進める為に、この場所を『監視』していた」

『…………エリオ』

 

ヒマリがその特異な名前に眉をひそめる。後ろにいたエイミが、不思議そうに尋ねた。

 

「エリオ? 誰それ?」

『「神秘ハンター」のリーダーです。未来が見える能力を持ち、その能力で物語の”脚本”を創り上げている存在。その全容や”脚本”の目的を把握している者は誰もいません。……噂に聞いた程度で、未来視なんて眉唾物だと思っていましたが……。ブローニャ、貴女の不可解な行動は、すべてその脚本通りに行動しているのですか?』

「イエス。と、答えておく」

 

銀狼はあっさりと認めると、さらにヒマリを挑発するようにニヤリと悪戯っぽい笑みを深めた。

 

「ついでに、その脚本が本物かどうか、今ここで証明してあげようか?」

『証明、ですか?』

「そう。──〇月〇日正午過ぎ、この『廃墟』にある集団と、ある人物が現れる」

 

銀狼の口から、淀みなく具体的な日付と、未来の出来事が滑り出す。

 

「集団の名は『ゲーム開発部』。セミナーから部員不足と実績不足を理由に、廃部の危機に立たされた彼女たちは、ある人物に助けを乞うためにここへやってくる」

「その人物とは『シャーレの先生』。世間で話題沸騰中で、先日、廃校寸前だったアビドスを救った救世主。助けを求めるには、これ以上ないうってつけの相手」

『─────っ!?』

 

ヒマリの息が止まる。ホログラムの映像が、彼女の動揺を反映するように微かに揺れる。

だが、銀狼の言葉はそこで終わらない。核心を突くように、さらに言葉を重ねる。

 

「傷ついたアビドスを救った先生。そして、貴女とリオは、そのゲーム開発部の廃部の件を利用する。連邦生徒会と深い関係にあたる先生を使って、例の『謎の施設』を調べさせるためにね。……どう? 完璧に当たっているでしょう?」

『…………っ、……っ!?』

 

ヒマリのホログラムが、一瞬ノイズを走らせるほど完全に絶句した。スマートな天才の面影は消え失せ、目を見開いたまま唖然として固まっている。

その情報、その計画は、己とリオだけが共有しているはずの、極秘中の極秘事項だったからだ。

 

「部長?」

 

エイミが心配そうに青白くブレるホログラムの映像を覗き込み、銀狼とヒマリを交互に見つめた。

 

『…………信じられません。これが、脚本……? そんなの、まるで……すべてを見透かされているような……』

「その言い方だと……今の話、当たっているの?」

 

エイミの問いに、ヒマリは震える声で、しかし認めざるを得ないというように、小さく頷いた。

 

『ええ、確かに……。ゲーム開発部が廃部の危機にあることも、彼女たちがシャーレに助けを求めようとしていることも。……そして、それを利用して施設を動かそうとしていた、私たちの「極秘の計画」までも……すべて、その通りです……』

 

冷たい廃墟の中に、ヒマリの驚愕の声だけが、いつまでも木霊していた。

 

 


 

 

死んだように立ち尽くすホログラムのヒマリと、その横でマイペースに佇むエイミ。主導権を完全に掌握した銀狼は、暇そうにスマートフォンの画面を指先で軽快にタップしながら、退屈そうに言葉を紡いだ。

 

「私の目的は、ただその脚本通りに物事を進めること。その第一歩を整える為に、私は1ヶ月もここ『廃墟』を仮拠点にしていた。許可なく立ち入る部外者を追い出したり、必要な『神秘』を集めたり……他の仲間のサポートをしながらね。ま、C&Cが来たり、貴女たちが予定より早くここに来たりしたのは、多少の予想外だったけど」

 

ハッカーとしての作業の合間に、邪魔なドローンやうろつくオートマタをスクラップにし、電子の網を張り巡らせていた1ヶ月。それを淡々と語る銀狼を見て、ヒマリは深く息を吐き出し、ようやく思考の演算速度を元に戻した。

 

「よし。じゃあ、ここでちょっとした取引をしよ」

 

銀狼はスマホをポケットに収め、人差し指を立てて不敵に笑った。

 

「今から私がいう条件を呑めば、暫くの間、貴方たち特異現象捜査部と協力を結んであげる。この廃墟のナビゲートも含めてね」

『分かりました。その取引、謹んでお受けいたします』

「……はや。なんかもうちょっと躊躇いとか、交渉の駆け引きとかないわけ?」

 

あまりの即答ぶりに、銀狼は拍子抜けしたように片眉を上げる。

ヒマリはホログラムの中で、いつもの気品ある、しかしどこか悪魔的な微笑みを取り戻していた。

 

『そうですね。正直、エリオの脚本とやらに驚きはしましたが……。それほど正確に未来を予知できる貴女と協力関係を結べるのであれば、これ以上の好条件はありません。私たちの目的である「ハブの痕跡」や「謎の施設」の調査も、格段に安全かつ迅速に進められますから。最高級の天才たるもの、利用できるチャンスは一瞬で掴むものですよ』

 

ヒマリはそこで言葉を区切ると、ホログラムの解像度を上げるかのように、さらに優しく目を細めた。

 

『──それに、条件はどうあれ、貴女が「協力する」と言ってくれたのです。たとえ今の貴女がミレニアムを捨て、神秘ハンターの銀狼を名乗っていようとも、私たちが危機に陥るような卑劣な罠を仕掛ける人ではないと、私は信じていますからね。……それに、少しでも長く貴女の顔を見ていたいですし?』

「はあ……相変わらず食えない人。私の勝ち逃げを許さないつもり? ……まあいいや。こちらの条件はシンプルに3つ」

 

銀狼は呆れたように首を振ると、指を3本立てた。

 

「ひとつ、『私の行動に一切口出ししないこと』」

「ふたつ、『ミレニアムへ連れ戻そうとしないこと』」

「みっつ──『この協力関係を誰にも言わないこと。なにがなんでもね』」

 

最後の条件を口にするときだけ、銀狼の声から完全に温度が消えた。

これから現れる「先生」や、ミレニアムの他組織に自分の存在を知られることは、エリオの脚本に深刻なエラーを引き起こす可能性がある。それだけは、何としてでも防がねばならなかった。

 

『ええ、特異現象捜査部の看板と、「全知」の名に懸けて、その3つの条件を厳守することを約束しましょう』

 

ヒマリが厳かに頷く。

 

「ん、よかった。これで無理に戦わなくて済むね。それに、この場所、なんだか暗くて不気味だし、帰るの手伝ってもらえるなら助かる」

「はいはい。今から廃墟で得たデータをそっちのサーバーに送るから少し待って」

 

エイミがいつも通りのトーンでそう言い、戦術端末をポケットに仕舞い込んだ。

銀狼は小さくため息をつきながらも、自らの仮想インターフェースを展開し、廃墟のデータの一部を特異現象捜査部のサーバーへと転送し始めた。

 

『おや?ブローニャ、協力の記念としては少々物騒なものをプレゼントしましたね?』

「げぇ……もう気づいた。嫌がらせにビナー用にあまってた特性ウイルスを完全圧縮して送ったのに…………なんで気づいたの」

『ふふ。貴女程じゃなくても、このくらいのいたずら。ヴェリタスの後輩たちに遊ばれてますから♪』

 

影の協力関係──ミレニアムの歴史には決して残らない、秘密の同盟がここに成立した瞬間だった。

 

 


 

 

時は流れ──銀狼の予言した、運命の〇月〇日、正午過ぎ。

廃墟の冷たい空気の中に、騒がしい少女たちの声が響き渡っていた。

 

「ミドリ! こっちこっち! 早くしないと置いてっちゃうよ!」

「ちょっと、お姉ちゃん! 急に走り出さないで! 先生も困っているから!」

 

伝説となっているゲームの聖書「G.Bible」を求め、ミレニアム郊外の危険地帯へと足を踏み入れたゲーム開発部の双子──才羽モモイと才羽ミドリ。そして、彼女たちに手を引かれるようにして同行していたのは、シャーレの先生。

 

展開は、エリオの脚本に描かれた通り、一文字の狂いもなく進行している。

そんな賑やかで騒いでいた彼女たちは現在…………廃墟にうろつく自律型ロボットたちに追われていた。

 

「うわあああ!? なんでこんなにロボットがいるの!? バグだよこれ、完全にクソゲーだよ!」

「お姉ちゃんが騒ぐからでしょうッ!? 先生、お身体大丈夫ですか!!」

「”…………な、なんとか。”」

 

3人の背後には一面を覆い隠す数のロボットことオートマタ。

けたたましいアラートと共にロボットたちは逃がしはせん、と彼女たちを追い続ける。

 

見つかってしまった以上、最初はシッテムの箱を使って、先生十八番である生徒の指揮をとって応戦していたが、無限に敵が出てくるスポナーがあるのか、次第に対処しきれなくなり、こうして逃げ回っているわけである。

 

まさに絶体絶命のピンチ。ロボットたちの銃口が先生たちに向けられたその瞬間

──空間に、パチパチと紫色の電子ノイズが走った。

 

「──まったく、何も準備しないで、来るとか初心者の癖にゲームの難易度設定、間違えてるんじゃない?」

 

軽快な声と共に、空中から無数の光のホログラムバナーが出現する。銀狼が指先を滑らせると、バナーはロボットたちの頭上を貫通する。

撃たれたロボットたちのシステムが瞬時に書き換えられ、お互いに同士討ちを始めて、最終的にロボットたちは爆発四散と、砕け散った。

 

「ええっ!? ロボットたちが勝手に壊れた!?」

 

目を見開くモモイたちの前に、銀狼は退屈そうにガムを膨らませながら姿を現した。

すべての行動、すべてのタイミングは脚本に記述されている。銀狼は彼女たちの行動を知っている前提で、冷静に、淡々と物事を進めることにした。

 

「ここはもうすぐ敵の増援で埋まる。私が殿(しんがり)を引き受けるから、あなたたちはあそこに見える奥の──工場へ避難しなよ」

「あ。ほんとだ!?先生、あそこ隠れる場所がある!」

 

モモイが指さすと、そこにあったのは陽が当たらない寂れた建物。銀狼は一先ず、目的地を示す。

 

「"えっ、でも君は!?"」

「いいから早く。ゲームオーバーになりたくないでしょ」

 

銀狼の圧倒的なオーラに押され、先生たちは建物へと急ぐ。背後で迫り来るロボットの群れを、銀狼は文字通り「指先一つ」のハッキングで次々と機能停止に追い込んでいった。

すべての敵を排除した銀狼は、何食わぬ顔で建物………地下工場へと戻り、先生たちと合流する。

 

「ふふ、助かったよー! ありがとう、ええと……」

 

モモイが目を輝かせながらお礼を言い、自己紹介を求めてくる。

銀狼はここで本名を名乗るわけにはいかないため、用意していた偽名を口にした。

 

「……『ブロニー』。ただの野良ハッカー。あんたたちが探してる『G.Bible』について、ちょっとした情報を知ってるだけ」

「ええっ!? 『G.Bible』を知ってるの!?」

 

驚く才羽姉妹の横で、それまで静かに銀狼の動きを観察していた先生が、ふと不審そうな表情を浮かべて一歩前に出た。先生の鋭い視線が、銀狼の小さな背中に注がれる。

 

「”あの……ブロニー、だっけ。君、どこかで会ったことないかな……?”」

 

先生のその言葉に、銀狼の指先が一瞬だけ止まった。

 

(……へえ、気づくんだ。さすがは『先生』ってところかな)

 

かつてアビドス砂漠の激戦。

カフカと刃が、対策委員会や便利屋68と共に、ビナーと死闘を繰り広げていたあの時。

銀狼は戦場には立たず、遠隔から激しい電子ノイズを交じらせた「声だけ」で通信参加していた。先生にその姿は見せていない。姿形も服装も全く知らないはずなのに、ただ空気の揺らぎと、声の微かな破片だけで、あの時の「通信の主」ではないかと本能的に感づいているのだ。

 

しかし、銀狼は表情一つ変えず、ふっと不敵な笑みを浮かべて肩をすくめた。

 

「さあ? 少なくとも、()()()だと初対面だね。記憶のバグなんじゃない?」

 

意味深に言葉をぼかし、それ以上の追及を許さないテンポで、先生の視線からそっぽを向く銀狼。

 

「え、えっと、ブロニー、さん?なんで私たちが『G.Bible』を探しているのを知っているんですか?」

 

ミドリが不思議そうに質問すると、銀狼はため息を吐きながら怠そうに答える。

 

「ちょっとしたハッカーの知り合いから『G.Bible』を探している子がいるから手伝って、て頼まれたの。いつ、どこで、だれが来るかも分からないでうろちょろしていたら、あなたたちがいたってわけ」

「それって、もしかして………!」

「それより、早く進もう。あなたたちの探しているものは、この奥にある。付いてきて」

 

銀狼が言った人物に心当たりがあるのか、言いかけるモモイだが、事を早く進めたい銀狼は彼女たちを例の場所へ行くように促す。

銀狼は淀みのない足取りで、地下工場の最深部──脚本の主要人物『AL-1S』が静かに眠る、扉の前へと先生たち3人を誘導した、その時。

 

 

────接近を確認。

 

「えっ、な、なに?」

「部屋全体に、音が響いてる……?」

 

やがて、冷徹な機械音声が空間に響き渡る。

困惑するモモイとミドリを置いて、声は淡々と機械的に告げる。

その時、銀狼は「謎の声」が響き渡ったのを確認したと同時、システムのスキャンが開始される直前、その中心位置から綺麗に一歩後ろへと退がる。

 

(私のデータが、この施設に記録されるわけにはいかないからね。私は一歩後ろで検索から『除外』されるのが正解)

 

(ついで)にエーテル編集で自らの存在確率を抹消し、観測者としてのポジションを維持する。

 

────対象の身元を確認します。才羽モモイ、資格がありません。

「え、え!?何で私のことを知っているの?」

 

────対象の身元を確認します。才羽ミドリ、資格がありません。

「私のことも…………一体どういう……?」

 

────対象の身元を確認します。…………先生

────…………

────資格を確認しました、入室権限を付与します。

 

「”…………え?”」

 

モモイとミドリの二人が拒否されたにもかかわらず、なぜか自分だけが入室を許可されたという事実に、先生は思わず啞然としてその場に立ち尽くす。

 

しかし、すぐさま先生の鋭い直感が別の違和感を捉える。

システムが読み上げた身元確認の中に、先ほどから自分たちを先導し、すぐ一歩後ろに佇んでいるはずの少女──『ブロニー』の名前だけが、最初から存在しないかのように完全に除外されていることに。

 

「”──ちょっと待って。なんで君だけ、名前が──”」

 

先生がその不自然さに気づき、ハッとして銀狼へ向けて問い掛けようとした、まさにその刹那だった。

 

────才羽モモイ、才羽ミドリの両名を、先生の【生徒】として認定、同行者である【生徒】にも資格を与えます

────下部の扉を開放します

 

非情なシステムボイスが部屋全体に響き渡ると同時に、ガコンという巨大な駆動音が轟いた。

先生たちの足元の床──下部の扉が、唐突に左右へと大きく開かれる。

 

「うわわわっ!? 床が抜けたぁー!?」

「お姉ちゃん!先生!きゃあぁぁっ!!!?」

「”わあああああああっ!!!!?”」

 

重力に従って、奈落の底へと一気に落ちていく先生とゲーム開発部の面々。その、あまりにもタイミングの良すぎる落下劇を見下ろしながら、銀狼は楽しげに、パチンと片目でウィンクをして見せた。

 

「はーい3名様、ごあんなーい!」

 

驚愕に目を見開く先生の視線が、遥か上方の銀狼へと向けられる。

Extraなログイン枠から外れ、冷然と自分たちを見下ろす彼女の姿が遠ざかっていく。

そして、下部の扉が完全に閉まる直前。

 

「──下の子をよろしくね」

 

銀狼はいたずらっぽく、しかしどこか祈るような意味深な言葉を小さく残した。

バタン、と重々しい金属音が響き、下部の扉が完全に閉じる。

残されたのは、ただ冷たい鉄の匂いと、一人のハッカーの静かな足音だけだった。

 

 


 

 

ドシン、という大きな衝撃音が遥か地下の底から響き渡り、やがてハッチが静かに閉じた。

 

先生たちが完全に下の階層──「AL-1S」が眠る部屋へと到達したのを確認した銀狼は、ふぅ、と息を吐き出してポケットからスマートフォンを取り出す。

 

画面をフリックし、あらかじめ設定されていた暗号化回線を開く。呼び出し音は一回も鳴らなかった。まるで、その連絡を今か今かと待ち構えていたかのように、通信は即座に繋がった。

空間に、再び青白い光の粒子が躍り、明星ヒマリのホログラムが浮かび上がる。

 

その表情には、もはや驚愕の影はなく、ミレニアムの最高知性としての冷静さと、かすかな興奮が宿っていた。

 

『見事なナビゲートでしたね、ブローニャ。私の端末のセンサーにも、先ほど例のポイントから僅かながらの反応を確認しました。エリオの脚本とやらは、本当に寸分の狂いもなく未来をなぞるのですね』

「だから言ったでしょ。私の目的は、バグのない完璧なチャートを執行することだけ。まさか、『G.Bible』って存在すら胡散臭()()()()()を利用するとは思わなかったけど」

『あの子たちが廃墟で自主的に活動するよう、必然ではなく偶然として装う必要があったので。貴女もG.Bibleのことを知っていたのですね』

「脚本でネタバレくらった。昔ゲーマーとして前々から興味あったけど、たった一文の秘訣しか書いてないゴミなんて興味ないね。……ま、いいや」

 

そう言いつつ、銀狼は端末の画面をヒマリに見せるように掲げる。

そこには、地下工場の詳細な構造データと、デカグラマトンによるハブの侵食痕跡の解析コードが、膨大な文字列となって流れていた。

 

「約束通り、特異現象捜査部に色々と情報を開示してあげる。まず、あなたたちが追っている『デカグラマトン』だけど……あれはただのハッキングや機械の反乱じゃない。あるAIが、神を研究し、その構造を分析、再現することで新たなる神を作り出すことを企んでいる。ようはそのAIが神になる計画が動き出しているわけ」

『……AIが神になる、それは、またとんだ飛躍した話ですね』

 

ヒマリの瞳が、ホログラムの光の中で鋭く細められる。

 

「だろうね。科学を極めたミレニアムには受け入れがたい話かもしれないけど、事実だから。──そして、もうひとつ。いま先生たちが落ちた場所に眠っているもの。私が第一に気にかけた存在。それが、アリス」

『……アリス、ですか? 一体それは……?』

 

聞いたこともない名前に、ヒマリがホログラム越しに眉をひそめて問い返す。

 

「そ。近いうちにゲーム開発部に所属する予定の、貴女の可愛い後輩になる子だよ」

 

銀狼はフッと不敵に笑うと、約束通り、自分が知っているこの場所の真実を教えるために言葉を続けた。

 

「この場所に眠っていたのは『AL-1S』。……遠い昔、名もなき神を崇拝する連中が作り出した兵器。キヴォトスを滅亡させる危険因子」

『キヴォトスを滅亡させる、兵器……っ!?』

 

そのあまりにも不穏な正体に、ヒマリのホログラムが息を呑む。

しかし、銀狼の表情には全く焦りはなかった。

 

「ま。たったいま、兵器じゃなくなったけどね」

『え……? どういうことです?』

「エリオの脚本には、先生という『正規のプレイヤー』とゲーム開発部が出会ったことで、彼女は兵器ではなく、ゲームが大好きな『勇者』として目覚め、仲間と共に青い春の道に進むって、そう書いてあったから。だから私は、先生がここに来るのをずっと待っていたの」

 

ゲームのハッピーエンドを信じるゲームプレイヤーのように、銀狼は迷いのない声で言い切った。

 

「信じられないなら、しばらく監視してみたら? ……ま、リオなら、それを見つけたらすぐに危険因子として排除に動くだろうけどね」

 

銀狼はそう言うと、ホログラムのヒマリに向かって、フッと不敵な笑みを浮かべた。

 

「これで私のここでの任務は一区切り。あとは先生とゲーム開発部が、アリスを勇者に仕立て上げるのを見守るだけ。貴女たち特異現象捜査部も、精々その裏で、リオと一緒にアリスを監視したり、デカグラマトンの解析を進めなよ。私たちが結んだ『秘密の同盟』、忘れないでね?」

『ええ、もちろんです。ミレニアムの最高知性として、約束は厳守します。……ですがブローニャ、これだけは言わせておいてください』

 

ヒマリはホログラムの画面越しに、まるで実体の手を伸ばすかのように、銀狼を真っ直ぐに見つめた。

 

『どれだけ貴女が「神秘ハンター」の冷酷なハッカーを気取ろうとも、貴女が未来を繋ぐためにその力を尽くしているという事実は変わりません。やはり貴女のその才能は、世界をより良い方向へ導くためのものです』

「……相変わらず、おめでたい思考回路(ロジック)だね」

 

銀狼はフイッと顔を背けたが、その耳元がホログラムの青い光に隠されて、微かに赤くなっているのをヒマリは見逃さなかった。

 

『それでは、またお会いしましょう。私の可愛い元後輩さん』

「……じゃあね、しつこい天才バカ」

 

ブツン、と通信が切れ、ヒマリのホログラムが光の粒子となって霧散する。

静寂が戻った廃墟の地下工場で、銀狼はスマートフォンをポケットに仕舞うと、頭上の崩れた天井から差し込む、かすかな光を見上げた。

 

ミレニアムを巻き込む「時計じかけのパヴァーヌ」の歯車は、今、神秘ハンターの手によって静かに、しかし確実に回り始めたのだった。




【ミレニアムのみんなから見た銀狼の印象(一部の一年組は除く)】
C&C
ネル
「生粋のトラブルメーカーだ。前にエンジニア部と一緒にデカいやらかしがあってな。それ以来目を光らせてたんだが……まあ、白兎(コユキ)よりはマシな部類だし、退学したって聞いた時は正直に言えばちょっとショックだった」

アスナ
「すっごくいい子だよ!去年、仲のいいみんなと一緒にケーキ屋さんに行ったんだー!……学校止めちゃた時はほんとに悲しかったなぁ」

アカネ
「同じ教室で過ごした同級生です。成績トップで、いつもクラスの皆様にもてはやされていましたね。でも……あの頃の彼女は、どこか暗い顔をされていて……」

エンジニア部
ウタハ
「かけがえのないロマンを理解できる後輩だね。実は宇宙戦艦の模型アイデアは、彼女が出してくれたものなんだ。ミレニアムから去ってしまったのは残念だが……それが彼女の選択なら仕方がない。遠く離れても、私は彼女の意志を尊重するよ」

ヴェリタス
チヒロ
「私の後輩だった子だよ。当時ヴェリタスに所属していたあの子は、入部した頃からハッキング能力が高かった。最初の一度は私が勝てたものの、もの凄い勢いで成長していった自慢の、後輩ハッカー、だった…………あんなに近くにいたのに、私はあの子の苦悩や闇に気づけなかった。今でも、消えたあの時の光景を思い出すの」

コタマ・ハレ・マキ
「「「そのせいで、副部長から厳しい目で見られています。 たすけて」」」

セミナー
ユウカ
「銀狼?あ、柵市さんのことですか。同級生でしたが、あまり接点はなくて……答えるのも難しいですね。会長から『優秀な生徒だった』と聞かされていたくらいで、あとは特に無いですね。より詳しいことを会長に聞こうとしても、いつもはぐらかされるので……」

ノア
「当時の記録を見ると、彼女は様々な功績を残していたようです。『ミレニアムプライス』最優秀賞の受賞に、治安維持への貢献、ハッキング部門第一位……。表沙汰にはなっていませんが、ミレニアムの命題のひとつを解き明かしたと知った時は、本当に驚きました。コユキちゃんも、彼女くらい優秀になってくれれば良いのですが…ね?」→囧(うあぁああああー)

リオ
「……私の後輩だった子よ。ハブへのハッキングは、ミレニアムを危機に晒した重罪。セミナーの一員として、退学認定会議で退学を勧めた私の判断は今でも間違っていないわ。でも……やっぱり、あの子には……(ボソボソ……)」(未練たらたら)

特異現象捜査部
ヒマリ
「今でも大切な、私の可愛い後輩ですが!」(クソデカ感情MAX)
エイミ
「うるさ……」

【余談】
銀狼ことブローニャがミレニアムに残るには3rdのようにゼーレみたいな妹分ができる。若しくは一年早くユズがブローニャと出会うかどちらかで達成します。
その世界線は()()()()()()可能性がちょっと早まるぐらいである程度はブローニャは青春を謳歌できるという裏設定。


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