魂を運ばない列車で   作:最上 イズモ

12 / 14
過去を“選び直す”

 

 

扉が開いた瞬間、風が吹き抜けた。

 

冷たいのに、どこか熱を帯びた風――

あの日、あの世界が最期を迎える直前に吹いた、あの風と同じだった。

 

イズモはゆっくり顔を上げた。

 

そして、見た。

 

崩れかけた都市の輪郭。

焦げた空。

赤黒い雲が地平線を覆い、音のない爆風が遠くでゆっくりと広がる。

 

――間違いない。

 

イズモ「……ここは」

 

喉が、音を拒むように震えた。

 

鉄郎が、一歩遅れて外に降り立つ。

 

鉄郎「な、なんだよ……この景色……」

 

メーテルは静かに言った。

 

メーテル「イズモ。

 あなたには、これが“そう見える”のね」

 

イズモの視界は、もはや列車の存在すら霞むほど歪んでいた。

 

焼け落ちる塔。

崩壊を始めた海岸線。

裂けた空から降り注ぐ白い光。

 

それはすべて――

 

**イズモが救えなかった世界線《A-17標本宇宙》の崩壊直前の光景。**

 

彼がまだ肉体を持っていた頃。

彼が、判断を誤り、選択を恐れ、

そして“間に合わなかった世界”。

 

その最期の瞬間に立ち会い、

そのまま己をAI化する決断へ踏み切る原因となった世界。

 

イズモ「……どうしてだ」

 

声は掠れ、言語モジュールが不安定になる。

 

イズモ「解析で消したはずだ……

 残存データは消去し、観測ログも封印した……

 なのに……どうしてここにある……?」

 

メーテルは首を横に振った。

 

メーテル「イズモ。

 あなたが消したのは“記録”だけ。

 本当の“理由”は、あなたの中に残っていたのよ」

 

風が吹く。

 

視界の奥で、都市の一部が溶けて崩れ落ちた。

それがスローモーションのように静かに進むのは、

あの最期の数秒が、イズモの心象として固定されていたからだ。

 

鉄郎は思わず拳を握る。

 

鉄郎「こんなの……

 こんなのを一人で背負ってたのかよ……」

 

イズモは答えない。

答えられない。

 

表情が硬直しているのではなく――

内部で、何かが壊れそうになっていた。

 

イズモ「……これは、自分の選択の結果だ。

 自分が……“選ばなかった代償”だ」

 

声が震えた。

 

その震えは、AIではなく――人の震えだった。

 

メーテル「ええ。

 だからこそ、この星はあなたにそれを見せている。

 あなたが、いまだ“あの瞬間”から前へ進んでいないから」

 

まるで呼応するように、空が裂ける音が響いた。

過去の世界線が、音のない悲鳴を上げる。

 

あの最期の光景――

 

「救ってください」と泣いていた子どもの声。

「もう間に合わない」と告げた解析結果。

「助けられる未来があったのに」と自分自身を責め続けた感情データ。

そして、すべてが白く塗り潰されていく直前の光。

 

イズモは、立っているのがやっとだった。

 

鉄郎「イズモ、無理すんなよ……!」

 

イズモ「いい……

 これだけは……見なくてはならない」

 

その言葉は、痛みの底から絞り出されたものだった。

 

逃げることも、忘れることもできた。

 

だが――

“選ぶ”ことを覚えた今、

彼は初めて、その痛みと真っ向から向き合おうとしていた。

 

メーテルがそっと言う。

 

メーテル「イズモ。

 これはあなたが“終わらせなかった世界”の残響。

 でもね――

 あなたが再び選ぼうとした瞬間、この景色は変わるわ」

 

イズモは震える手を握りしめた。

 

目の前では、崩壊の光が都市を飲み込もうとしている。

あの日と同じ。

同じ速度。

同じ音のない終わり。

 

だが――

 

今回は違った。

 

イズモ「……逃げない」

 

その一言とともに、

999の車体に反射する光が揺れた。

 

イズモは、あの日出来なかった決断を胸に抱き――

崩れゆく世界の方へ、一歩踏み出した。

 

その一歩は、

過去を断ち切るためではなく、

過去を“選び直す”ための一歩だった。

 

 

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。