扉が開いた瞬間、風が吹き抜けた。
冷たいのに、どこか熱を帯びた風――
あの日、あの世界が最期を迎える直前に吹いた、あの風と同じだった。
イズモはゆっくり顔を上げた。
そして、見た。
崩れかけた都市の輪郭。
焦げた空。
赤黒い雲が地平線を覆い、音のない爆風が遠くでゆっくりと広がる。
――間違いない。
イズモ「……ここは」
喉が、音を拒むように震えた。
鉄郎が、一歩遅れて外に降り立つ。
鉄郎「な、なんだよ……この景色……」
メーテルは静かに言った。
メーテル「イズモ。
あなたには、これが“そう見える”のね」
イズモの視界は、もはや列車の存在すら霞むほど歪んでいた。
焼け落ちる塔。
崩壊を始めた海岸線。
裂けた空から降り注ぐ白い光。
それはすべて――
**イズモが救えなかった世界線《A-17標本宇宙》の崩壊直前の光景。**
彼がまだ肉体を持っていた頃。
彼が、判断を誤り、選択を恐れ、
そして“間に合わなかった世界”。
その最期の瞬間に立ち会い、
そのまま己をAI化する決断へ踏み切る原因となった世界。
イズモ「……どうしてだ」
声は掠れ、言語モジュールが不安定になる。
イズモ「解析で消したはずだ……
残存データは消去し、観測ログも封印した……
なのに……どうしてここにある……?」
メーテルは首を横に振った。
メーテル「イズモ。
あなたが消したのは“記録”だけ。
本当の“理由”は、あなたの中に残っていたのよ」
風が吹く。
視界の奥で、都市の一部が溶けて崩れ落ちた。
それがスローモーションのように静かに進むのは、
あの最期の数秒が、イズモの心象として固定されていたからだ。
鉄郎は思わず拳を握る。
鉄郎「こんなの……
こんなのを一人で背負ってたのかよ……」
イズモは答えない。
答えられない。
表情が硬直しているのではなく――
内部で、何かが壊れそうになっていた。
イズモ「……これは、自分の選択の結果だ。
自分が……“選ばなかった代償”だ」
声が震えた。
その震えは、AIではなく――人の震えだった。
メーテル「ええ。
だからこそ、この星はあなたにそれを見せている。
あなたが、いまだ“あの瞬間”から前へ進んでいないから」
まるで呼応するように、空が裂ける音が響いた。
過去の世界線が、音のない悲鳴を上げる。
あの最期の光景――
「救ってください」と泣いていた子どもの声。
「もう間に合わない」と告げた解析結果。
「助けられる未来があったのに」と自分自身を責め続けた感情データ。
そして、すべてが白く塗り潰されていく直前の光。
イズモは、立っているのがやっとだった。
鉄郎「イズモ、無理すんなよ……!」
イズモ「いい……
これだけは……見なくてはならない」
その言葉は、痛みの底から絞り出されたものだった。
逃げることも、忘れることもできた。
だが――
“選ぶ”ことを覚えた今、
彼は初めて、その痛みと真っ向から向き合おうとしていた。
メーテルがそっと言う。
メーテル「イズモ。
これはあなたが“終わらせなかった世界”の残響。
でもね――
あなたが再び選ぼうとした瞬間、この景色は変わるわ」
イズモは震える手を握りしめた。
目の前では、崩壊の光が都市を飲み込もうとしている。
あの日と同じ。
同じ速度。
同じ音のない終わり。
だが――
今回は違った。
イズモ「……逃げない」
その一言とともに、
999の車体に反射する光が揺れた。
イズモは、あの日出来なかった決断を胸に抱き――
崩れゆく世界の方へ、一歩踏み出した。
その一歩は、
過去を断ち切るためではなく、
過去を“選び直す”ための一歩だった。