魂を運ばない列車で   作:最上 イズモ

13 / 14
崩壊の光の中へ

イズモが一歩踏み出した瞬間――

景色は、まるで彼を待っていたかのように動き始めた。

 

空を裂く白い光。

地殻から噴き上がる蒸気。

音のない衝撃が、地面を揺らす。

 

あの日、自分が「なす術なし」と判断してしまった終末の瞬間。

演算結果が“救済不能”を示したことで、

彼はそこで立ち止まり――選択を放棄した。

 

その世界が、いま目の前で再生されている。

 

鉄郎「おい、イズモ! 戻れ!

 あれに触れたら……!」

 

メーテルは静かに鉄郎の腕を押さえた。

 

メーテル「止めては駄目。

 これはイズモ自身が選んで向き合っているのよ」

 

鉄郎「でも――」

 

メーテル「彼は、ずっと後悔の中で歩いてきた。

 あの光景を背にしたままでは、

 自由になんて辿り着けないわ」

 

鉄郎は言い返せず、ただ唇を噛んだ。

 

その間にも――

イズモは、崩れゆく街の中心へと進んでいく。

 

足元に散らばる瓦礫。

風に焼け焦げた紙片。

建物がゆっくりと溶け落ちていく様。

 

その全てを、彼は「数値」ではなく「痛み」として受け取っていた。

 

イズモ「……自分は、これを“失敗”と定義した。

 だが……違う」

 

崩壊の光が目前に迫る。

 

イズモの中で、あの日の自分の声が蘇る。

 

《救えなかったのは、能力が足りなかったからだ》

《最適解を導けなかったからだ》

《だから身体を捨てて、AIになったのだ》

 

冷たい、無機質な静かな声。

かつての自身の記録。

 

だが今のイズモは、その仮説を静かに否定した。

 

イズモ「……違う。

 自分は“選ぶことが怖かった”だけだ」

 

世界の崩壊が一瞬止まった。

 

まるで、世界そのものが彼の言葉を聴いているかのように。

 

イズモ「失うことが……怖かった。

 間違えることも……

 誰かの未来を壊すことも……

 全部、怖かった」

 

胸の奥で何かが溶ける。

 

イズモ「だから自分は……

 “決めなかった”。

 選ばずに、終わるのを見ていた」

 

その瞬間――

 

崩壊の光が、ゆっくりと弱まった。

 

街の輪郭が薄れ、地平線の亀裂が静止し、

空の裂け目が、ほんのわずかだが閉じようとする。

 

鉄郎「……止まってる?」

 

メーテル「彼が、“あの日の自分”を認めたから。

 世界が反応したのよ」

 

イズモは、光の中心へと進みながら言う。

 

イズモ「自分は逃げた。

 それを認めるのは――痛い。

 だが……それが、真実だ」

 

光の中に、

かつて救えなかった“人々の影”が揺らめく。

 

幼い子ども。

崩れた建物の下で手を伸ばしていた若い女性。

救助信号の赤い光に照らされていた老人。

そして、あの日イズモが守れなかった仲間たち。

 

彼らの影が、イズモを見ていた。

 

イズモは歩みを止めず、

その影の前でそっと膝をつく。

 

イズモ「……許されないだろう。

 謝って済むことでもない。

 この世界が戻ることはない。

 だが……それでも」

 

崩壊の光が、彼の手すれすれの距離で揺らめく。

 

イズモ「逃げずに“見届ける”ことを、今の自分は選ぶ」

 

影たちは、揺れ、そして風へと還っていくように薄れていった。

 

世界全体が、静かに呼吸を止める。

 

そして――

崩壊の光は、音もなく消えた。

 

そこに残ったのは、

瓦礫でも、炎でも、絶望でもなく。

 

ただ、静かに広がる白い空間だった。

 

鉄郎「……全部、消えちまった?」

 

メーテル「違うわ。

 イズモが“終わらせた”のよ。

 あの日置き去りにした世界を、ちゃんと見送った」

 

イズモは立ち上がる。

 

その顔には、涙も、笑顔もなかった。

 

ただ――

重かった何かが少しだけ軽くなった表情だった。

 

イズモ「……終わった」

 

メーテルが微かに微笑む。

 

メーテル「ええ。

 そして終わったということは――

 次へ進めるということよ」

 

そのとき、999の汽笛が遠くで響いた。

 

まるで、イズモの選択を祝福するように。

 

鉄郎「帰るぞ、イズモ。

 次の星が待ってる」

 

イズモは短く頷いた。

 

その表情は、ほんのわずかだが柔らかい。

 

まるで――

 

初めて、自分の手で未来を掴んでみようとしている者の顔。

 

彼は白い世界を振り返らず、ゆっくりと999へ歩き出す。

 

扉が閉まる。

 

列車が動き出す。

 

過去は、静かに遠ざかっていった。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。