エルニウスの推進器が、ほとんど音を立てずに再起動する。
銀河の闇に溶け込むような、極低出力。
推力は、通常航行の百分の一以下。
それでも艦は、確かに動いた。
イズモは操舵席に立ち、999の進行方向と完全に重ねるように艦首角を微調整する。
線路の上を走る列車と、線路そのものに干渉する異物。
両者の速度差が、ゆっくりと縮まっていく。
KAEDE「微速前進確認。相対速度、ほぼゼロ」
イズモ「いい。列車側のブレーキ負荷は?」
KAEDE「上がってるけど、致命的じゃない。向こうも状況を理解し始めてる」
その通りだった。
銀河鉄道999は、完全停止ではなく、あえて低速航行に移行していた。
未知の艦を排除するのではなく、共存を選んだ判断。
車内。
鉄郎は窓に張りつき、列車と並走するエルニウスを見つめていた。
鉄郎「……あれ、ついてきてる」
メーテル「いいえ。私たちが、合わせているの」
鉄郎は意味を測りかねて黙り込む。
列車が未知の存在に歩調を合わせるなど、これまでの旅ではなかった。
だが、メーテルの表情に迷いはない。
それは恐怖ではなく、理解に近い静けさだった。
やがて、エルニウスの外殻に設けられた連結ゲートが展開される。
銀河鉄道999の側面に、仮設の接続フィールドが形成される。
蒸気と光が交差し、異なる文明の技術が、ぎこちなく噛み合う。
イズモは、その光景を見て微かに目を細めた。
ピースギア宇宙鉄道網。
世界線を超えてもなお、同じ発想に辿り着く構造思想。
イズモ「……人は、どの宇宙でも同じものを運ぼうとするらしい」
KAEDE「魂とか、時間とか?」
イズモ「選択だ」
通路が完全に安定する。
エルニウスと999は、ついに並走ではなく、同じ旅の位相に乗った。
イズモは一歩、通路へ踏み出す。
重力の感覚が、わずかに変わる。
それでも彼の歩調は乱れない。
列車側で待っていたのは、メーテルだった。
彼女は微笑みもせず、ただ静かにイズモを見ている。
メーテル「あなたは、列車を止めた」
イズモ「結果的に、だ。だが、壊すつもりはない」
メーテル「ええ。壊す人の目ではないわ」
イズモは、その言葉を否定しなかった。
否定する理由が、見当たらなかった。
鉄郎が二人の間に割り込むように立つ。
鉄郎「じゃあ……あなたも、999に乗るの?」
イズモは列車の内部を見回す。
古い内装。
人の気配。
無数の別れと選択を運んできた空間。
イズモ「正確には、乗らざるを得ない。エルニウスはこの銀河に係留された。列車と同調して進むしかない」
鉄郎「それって……」
イズモ「しばらく、同じ旅路だ」
その言葉に、鉄郎の胸が高鳴る。
不安と期待が、同時に湧き上がる感覚。
メーテルは静かに振り返り、車内を見渡した。
乗客たちは状況を完全には理解していない。
それでも、列車が再び走り出したことで、ひとまず安堵している。
メーテル「この列車は、永遠を探す旅をするわ」
イズモ「知っている。だからこそ、重ねてしまった」
メーテル「何を?」
イズモ「自分たちの鉄道を」
その言葉に、メーテルは初めて、ほんのわずかに目を見開いた。
彼女は理解したのだ。
この存在は、旅人ではない。
旅そのものを、管理してきた者だと。
エルニウスは、999の背後で微速を維持する。
本線に干渉する異物としてではなく、
列車の影のように寄り添う存在として。
汽笛が鳴る。
低く、長く。
銀河鉄道999は再び加速する。
永遠を求める少年と、
永遠を選ばなかった観測者を乗せて。