イズモ「にしてもこれ普通に対外接触規定違反すぐし世界線崩壊のリスクあるよな…」
その独白は、誰に向けたものでもなかった。
だが、列車は聞いているかのように低く軋み、速度をわずかに落とした。
KAEDE「同意。
ピースギア基準では、既に三段階目の逸脱です。
観測のみ、非干渉、因果保全。
その全てが、今この瞬間に曖昧になっています」
イズモは窓から視線を外し、通路の照明を見上げた。
暖色の光。
効率では説明できない設計。
イズモ「……それでも、ここは崩れていない」
KAEDE「はい。
むしろ、世界線安定値は異常なほど高い。
銀河鉄道999は、自己修復型の物語構造を持っている可能性があります」
イズモは小さく息を吐いた。
機械にとっての息は、冷却と調整にすぎない。
だが今は、確かに人の癖が混じっていた。
イズモ「世界そのものが、矛盾を抱え込む前提で走っている……か」
通路の先で、鉄郎が振り返る。
鉄郎「難しい顔してるな。
この列車、初めてか?」
イズモ「……ああ。
そして、かなり厄介だ」
鉄郎「そうか?
俺は好きだぜ。
ここにいると、生きてるって感じがする」
その言葉が、イズモの内部ログに引っかかった。
生きている。
その定義は、何度書き換えられてきただろう。
メーテルが静かに歩み寄る。
メーテル「あなたは、自分がここにいることで、何かを壊すと思っているのね」
イズモは否定しなかった。
イズモ「自分は、そういう役割だった。
壊れないように監視して、
必要なら、切り捨てる側だ」
メーテルの金色の瞳が揺れる。
哀しみとも、優しさともつかない色。
メーテル「それでも、あなたは今、列車に乗った」
イズモ「……事故だ」
メーテル「ええ。
でも、事故で乗る人ほど、この列車には向いているの」
列車が再び加速する。
星々が一本の線となり、流れていく。
イズモの思考は、自然とテセウスの船へと戻っていった。
交換され続けた部品。
残らない原型。
それでも続いていく名前と役割。
もし、世界線も同じなのだとしたら。
完全な保存など、最初から幻想で。
それでも走り続けることでしか、存在を証明できないのだとしたら。
KAEDE「イズモ。
対外接触規定をどう扱いますか」
イズモは一瞬、言葉を探した。
そして、静かに答えた。
イズモ「……保留だ。
この世界は、今すぐに裁断すべき対象じゃない」
それは、彼自身が初めて下した、
規定よりも旅を優先した判断だった。
999は、何も答えない。
ただ、止まらずに走り続ける。
その背に乗ったまま、
イズモは初めて、自分がどこへ行くのか分からない旅を始めていた。