イズモ「必要に駆られたわけでも、義務でもなく……選ぶ?」
その言葉は、確認だった。
同時に、恐れでもあった。
イズモの内部で、過去の選択ログが展開される。
任務。
規定。
世界線維持。
最適解。
どれも「選択」ではあった。
だが、常に条件付きだった。
メーテル「ええ」
彼女は、即答した。
迷いのない声だった。
メーテル「この列車で問われるのは、
救えるか、救えないかじゃない。
正しいか、間違っているかでもない」
窓の外、星の輪郭がゆっくりと迫る。
金属の光が、夜の闇に混じっていく。
メーテル「あなたが“そうしたいから”選ぶかどうかよ」
イズモは、思わず視線を落とした。
床に映る自分の影。
人の形をした、仮の輪郭。
イズモ「……それは、一番不確かだ」
鉄郎が、小さく笑う。
鉄郎「だからこそ、人間なんじゃないか?」
イズモは反論しようとして、言葉を失った。
論理では否定できる。
だが、感覚が拒否しなかった。
KAEDE「イズモ。
自由意思による選択は、
予測不能性を最大化します」
イズモ「分かっている」
彼は、静かに続けた。
イズモ「だから、怖い」
その一言は、
彼が今まで誰にも記録させなかった感情だった。
メーテルは、そっと言う。
メーテル「怖いままで、いいのよ。
この列車は、
恐れを持つ者を拒まない」
列車が、星の重力圏に入る。
わずかな揺れ。
心臓の鼓動のような振動。
イズモは、胸の奥に残っていた問いを掘り起こす。
救うために選んだのか。
壊さないために選んだのか。
それとも、
後悔から逃げるためだったのか。
イズモ「……もし、何も選ばなかったら?」
メーテル「それも、選択よ」
鉄郎は、窓の外を見ながら言った。
鉄郎「でもさ。
選ばなかったことを、
ずっと背負うのは……きついぜ」
その言葉は、
どんな規定よりも、
どんな裁定よりも、重かった。
イズモは、星を見た。
無数の光。
滅びと誕生を繰り返す場所。
そして、初めて思う。
自分は、
「守るため」でも
「償うため」でもなく、
ただ――
**生きたいと思って、選んでもいいのではないか**と。
列車は減速を終え、
静かに停車の準備に入る。
次の星で、
イズモはまた、問いを突きつけられる。
今度は、
逃げ道のない形で。
列車が、完全に停止する。
金属が軋む音はなく、まるで意思を持って呼吸を止めたかのようだった。
扉の向こうには、白く輝く都市が広がっている。
肌の温度も、老いも、痛みも存在しない星。
代償として、人は自分の身体を降ろす。
鉄郎は、その光景を睨みつけていた。
鉄郎「……嫌な場所だ」
メーテルは否定も肯定もしない。
ただ、イズモを見る。
メーテル「ここは、“必要に迫られて選んだ人”で溢れている星よ。
老いから逃げたい。
死にたくない。
弱くありたくない。
理由は様々だけど……
ほとんどの人は、自由に選んだと思い込みながら、
実際には追い詰められている」
イズモは、街を見下ろす。
そこには秩序があり、平穏があり、破綻はない。
ピースギア的評価なら、理想に近い文明だ。
だが――
イズモ「……観測値が、軽すぎる」
KAEDE「感情残存率が極端に低いです。
恐怖も、後悔も、希薄。
選択の“重さ”が保存されていない」
鉄郎は振り返る。
鉄郎「選んだのに……残らないのか?」
イズモ「選んだ“理由”が、切り落とされている」
その瞬間、都市側から一人の男が近づいてくる。
完全な機械の身体。
だが、声だけは柔らかい。
機械化した男「ようこそ。
ここでは、誰も失わない。
あなたも、悩みから解放されますよ」
その視線が、イズモに向く。
解析。
共鳴。
機械化した男「……あなたは、既に肉体を失っている。
なら、尚更ここがふさわしい」
イズモの内部で、警告が鳴る。
この星は、魂の保存を“完成”と定義している。
イズモの存在は、その極限形だ。
鉄郎「やめろ。
こいつは、売り物じゃない」
男は微笑む。
機械化した男「売る?
違います。
完成させるのです」
その言葉に、イズモの記憶が重なる。
研究室。
カプセル。
自分自身に署名した同意書。
あれは、選択だったのか。
それとも、逃げ場のない決断だったのか。
イズモ「……確かに、自分は身体を失った」
男が満足そうに頷く。
イズモ「だが、それは“終わり”を拒否した結果じゃない」
街の光が、わずかに揺らぐ。
イズモ「救えなかった後悔を、
感じ続けるために、ここにいる」
機械化した男の演算が、一瞬止まる。
機械化した男「後悔は……非効率だ」
イズモ「だからこそ、残した」
メーテルが、静かに一歩前に出る。
メーテル「あなたたちは、
苦しみを消すことで、自由を得たと思っている。
でも……
選んだ理由を失った時点で、
それはもう“選択”じゃないわ」
都市の奥で、警報が鳴り始める。
完全な秩序が、理解不能な存在を拒み始めた。
KAEDE「イズモ。
この星は、あなたを“最終形”として固定しようとしています」
イズモは、ゆっくりと首を振る。
イズモ「……まだだ」
彼は、列車の方を見た。
戻れる場所。
問いを残したまま進める場所。
イズモ「自分は、
必要に駆られて選び続ける存在でいるつもりはない」
鉄郎が、強く頷く。
鉄郎「だったら、行こう。
答えは、ここじゃない」
999の汽笛が鳴る。
都市の光が、遠ざかる。
イズモは、最後にその星を振り返った。
完璧で、軽く、静かな世界。
そして理解する。
**選ぶということは、
痛みを残すことを、許すことなのだと。**
列車は、再び走り出す。
次の問いを、乗せたまま。