鷺澤家の弟の方   作:468(ヨルハ)

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(回想を除いて)2話使ってまだ学園に登校すらしてない学園恋愛物語はこちら。


02.鷺澤姉弟の朝

 

 

 

「ふぅ……意外となんとかなるもんだ」

 

 あれから無事に家まで辿り着き、軽くシャワーを浴びてサッパリしてから香々見学園の制服に着替えて身だしなみを整える。そこまでやって時間を見てみれば、水鏡湖での遅れをすっかり取り戻していつも通りの時間だった。

 

 人間、頑張れば大体のことはどうにかなるもんだと考えながら準備万端の状態で部屋から出ると、鼻腔をくすぐる良い匂いがリビングから漂ってくる。この匂いはフレンチトーストだろうか。

 

 家事全般を一手に引き受けている以上、可純さんは料理の腕前も一線級だ。僕が知る中で可純さん以上の料理の腕前を持つ人は一人しかいない。

 一人いるじゃないかと思ったかもしれないけど、()()()は完全に例外だ。個人的にあの人の腕前はバグだと思ってる。何回か料理を教わったことがあるけど、積み重ねてきた年月が、年季が違うと感じさせられた。年はひとつしか違わないのに。

 

 

 

「さてと、それじゃあそろそろ眠り姫を起こさないとね」

 

 (かぐわ)しい匂いにつられてリビングに向かおうとしていた足をどうにか引き止めて、進む足をリビングから反対側へ、僕の隣の部屋に向かう。

 彼女は夜更かしすることが多いからか朝にめっぽう弱い。一応アラームはかけているらしいけど、それで起きている姿はほぼ見たことがなく、こうして僕が起こしに行くのが今では日常になっている。

 

 

 

「起きてる?」

 

 コンコン、とドアをノックしてそう呼びかける。

 十中八九起きてはいないだろうけど念のための確認。朝に弱い家族を起こす役目を背負った似たような境遇の親友が、過去に一度ノックせずに妹を起こそうとして着替え中の下着姿を見てしまうという事故が発生したという話を聞いたが故である。

 

 ちなみに件の妹さんが珍しく早起きしていた理由が、僕が早朝のランニングで見かけた猫を撮った画像をその場で送ったからだというのはここだけの話。なんで寝てるのに猫の画像送ったのだと分かって即起きれたのかは今でも謎なんだけど。

 

 本人曰く、「猫の波動を感じた」らしい。

 猫の波動ってなに。

 

 なんて考えてる間に経った時間は十秒ほど、そしてドアの向こうから返事は返ってこず。

 

 うん、完全に寝てるね。

 

 

 

「入るよ」

 

 ということでしっかりと一言断りを入れて入室。

 まず視界に入るのがバカでかいサイズのベッド。複数人が同時に寝転んでも余裕がありそうなほどで、細かく意匠を拵えられた高級感のあるものだ。

 

 そしてそのベッドをよく見てみれば中央で小さく上下を繰り返す膨らみがひとつ。どうやら完全に毛布を頭まで被って夢の世界に旅立ってるようで。

 

 どうせ起こすのだからあまり関係ないけれど、できるだけ音を立てないようにゆっくりと近づいてベッドに軽く腰掛ける。

 

 ここまで近づけば、ゆっくりと、でも規則的な寝息が聞こえてくる。寝かせてやりたい気持ちはないこともないが、ダメダメと頭を振って気持ちを切り替える。

 

 まずは手始めに軽く揺すってみる。

 反応はなし。

 

 続いては声をかけながら引き続き揺する。

 これまた反応はなし。

 

 ここまでは予想通り、ということで少々強硬策に出ることにした。

 閉じられたカーテンを思いっきり開放し、部屋が一気に朝日に照らされて明るくなる。コレだけだと頭から毛布を被ってる犯人にはあまり効果がないため、毛布を掴んで上半身が出る程度に引っぺがした。

 

 

 

「んんぅ……!」

 

「あっちょ、潜らない潜らない」

 

 ここまでやってようやく反応らしい反応を見せてくれたが、起きるには至らず。なんならくぐもった声で顔を(しか)めながら対抗するように毛布を掴んで潜ろうとしてきた。

 これまたいつものことで、最初はもはや起きてるだろと思った時もあったがどうやら本当に無意識での行動みたいで、そうなると怒るに怒れないのが悲しいところ。

 

 ひとまずこのままじゃ埒があかないとひとつ気合いを入れると彼女の手から毛布を外していよいよ完全に引っぺがした。その刹那──

 

 

 

「ん〜、まだ寝るぅ……!」

 

「うわっ!?」

 

 そんな寝ぼけ全開の声ととも目下の少女から腕を引っ張られた結果、突如としてバランスを崩されてその勢いのままベッドに倒れ込んでしまう。

 

 ギシッとベッドのスプリングが軋む音が静かに部屋に響く。

 しかし悠里にはその音は聞こえなかった。より正確には、聞き取るほどの心の余裕がなくなっていた。

 

 

 

 その原因はニ人の体勢にあった。

 悠里の腕は目の前の少女によって抱きすくめられ、離さないと言わんばかりに両腕に力が込められている。ギューっという擬音が聞こえてきそうなほど腕をがっちりホールドされ、その影響で少女の柔らかさや温かさ、そして心臓の鼓動までがダイレクトに伝わってくる。

 

 そして何より顔が近かった。

 腕を引き寄せられて抱きしめられてるから少女の顔は悠里の目と鼻の先、なんなら視界が全て少女の顔で埋め尽くされてるレベル。それ故に少女の可愛らしさがより鮮明に映えた。

 白磁のように透き通った肌、顔のパーツのひとつひとつがこれ以上ないほどに整っている。安らかに寝息をたてるその表情はあどけなさがあり、綺麗というよりも愛らしいという印象が勝る。

 

 不意に訪れた予想だにしない状況にさしもの悠里も頬を朱に染めて変な声が漏れる。いくら見慣れている顔、しかも従姉とはいえ相手は学園でも指折りの美少女、無防備に寝顔を晒すその姿に何も思うなという方が無理な話だ。憎からず想ってる相手ならなおさら。

 

 しかしそれでもブンブンと頭を振ってどうにか顔に溜まった熱を飛ばす。このまま寝てしまえばミイラ取りがミイラになるだけ。

 どうにかしがみついてくる腕を離そうとして──

 

 

 

「へへ、悠里ぃ……あったかい」

 

「──もう、まったく……」

 

 これ以上なく幸せそうに破顔しながら目の前の少女からそんな声が漏れたのが聞こえて、悠里は抵抗するのを諦めて体の力を抜いた。

 まんまとミイラ取りがミイラになってしまった。努力はしているのだが、悲しきかな結局のところ彼女のあの顔には一度だって勝てた試しがない。

 

 ベッドに僅かに軋む音がどこか遠く感じる。

 隣から感じる温もりが全身を包み込む。

 瞳を閉じてひとつ長く息を吐く。

 

 そうすると、微睡に沈み込むように少しずつ意識が遠のいていく。いっそこのまま二度寝もまあ悪くないなと、そう思いながら意識を手放そうとして──

 

 

 

 ピピピピッピピピピッ……

 

「──ちぇい!」

 

「あだっ!?」

 

 枕元から響いたアラーム音で一気に目が覚めた。

 一瞬で我に帰った悠里が安堵するような、少しだけ残念なような、そして残念に思ってしまったことを恥じるような、そんな複雑で微妙な表情を浮かべながら、微睡に引き摺り込んだ目の前の少女に向かって空いてた手でデコピンをかます。もちろん手加減はした。

 

 バチコーンッ、と軽快な音が少女のおでこから響き渡り、夢の世界から強制的に帰還させられた少女が涙目で飛び起きて悠里を睨んできた。

 全くもって怖くないその顔を正面から見つめて、悠里はどこ吹く風といったように朝の挨拶をする。

 

 

 

「おはよう、()()()

 

「……おはよう、悠里。それで、なんでデコピン?」

 

「起こそうとしたら腕を掴まれてベッドに引き摺り込まれたから。揺すったらこっちまで揺れるし」

 

「それデコピンする理由になってないよね!?」

 

 ということで、有里栖である。

 頭……というより僅かに赤くなったおでこをさすりながら、いかにも怒っていますと言いたげに頬を膨らませる寝癖で少しハネた象牙色(アイボリー)の髪の少女がズイッと顔を近づける。

 

 いろいろと言いたいことはあるが、まずはそれらを呑み込んで顔をあさっての方向へ逸らした。

 その様子に納得がいかなかったのか有里栖が殊更に距離を詰める。目と鼻の先にまで近づいた顔、澄んだ空色の瞳をまっすぐこちらへ向けて鈴を転がすような声を鳴らす。

 

 

 

「ちょっとー、話してる途中で顔を背けるのはどうかと思うなー?」

 

 視線は一切逸らさず、意識を僕にだけ向けたその行動。故に、と言うべきか自分が今どんな状況なのか全く理解してないようで。

 ひとまず最低限の措置として手元にあった毛布を髪を痛めないように優しく有里栖に頭から被せる。後のことはなるようになれと半ば諦観の意を抱きながら一言。

 

 

 

「……そういうのは今の自分の格好を見てから言ってほしいんだけど」

 

「へ……?」

 

 そこまで言われてようやく有里栖が視線を下へ。

 着ていたのは白を基調としたレースやフリルがあしらわれた華やかなイメージを抱かせるネグリジェ。逆に言ってしまうとそれ以外は下着しか身に付けておらず、それが寝起きの影響か胸元近くまではだけており白磁のような美しい肌を惜しげもなく晒されている。

 

 まあ要するに、仮に学園の男子生徒が見れば一発で卒倒しそうなほど煽情的な光景と言えるわけで。

 

 そこまで認識して、有里栖はようやく己の現状を理解したのか「ひゃっ……!?」と声を漏らして顔を一気にトマトも真っ青なほど赤く染めると、かけられた毛布を全身にくるんで未だに赤い顔だけを出して恥ずかしげに唸る。

 

 

 

「えっち……」

 

「……うん、ごめんなさい」

 

「……罰としてあとで髪をブラッシングして」

 

「そんなことでいいのなら、いくらでも」

 

 そんな有里栖の要望を素直に聞き入れる。

 一応極力見ないように努力はしたけれど、そういった言い訳はやるだけ無駄だし御法度だ。過程はどうあれ恥ずかしい思いをさせたのは事実だし、罰になってない罰をひとつ受け入れることで精算できるなら安いものである。

 役得だ、というのは心の内に秘めておくとしよう。

 

 何はともあれ有里栖を起こすという一大ミッションはこれで達成。そんなばっちりのタイミングでコンコンッと扉を叩く音とともにその奥から声をかけられた。

 

 

 

「お嬢様、お坊っちゃま、朝ごはんの支度ができましたよ」

 

「あ、可純さん、おはよう!」

 

「はい、すぐに行きます」

 

 二人の返事で可純さんがパタパタとスリッパで駆ける音が離れていくのを聞きながら二人して顔を見合わせて、小さく笑顔を浮かべる。

 

 これが鷺澤家の、悠里と有里栖の朝の日常。

 すっかりのぼりきった朝日が、変わらず窓の奥から二人を眩しく照らしていた。

 

 

 

 ◇◇◇

 

 

 

「……相変わらず、綺麗な髪してるね」

 

「ふふ〜、良きにはからえ〜♪」

 

「うん、仰せのままに」

 

 悠里が、私の髪を優しくブラッシングしてくれる。

 言葉にすればたったそれだけのことなのに、私の心はどうしようもなく舞い上がっていた。これは少し時間は経って朝食を摂り終えた後、先の罰のために二人してドレッサーの前までやってきてからの出来事。

 

 高めの椅子に座った私の後ろに悠里が立って、右手に持ったブラシで傷付けないようにゆっくりと髪をブラッシングしていく。左手で軽く髪を持ち上げて、丁寧に撫でるように。鏡越しにのぞく悠里の表情はまるで慈しむかのように暖かくて、微かな笑顔がどうしようもなく眩しくて。

 

 

 

 それを見た私自身の表情がニヤけそうになるのを両手で軽く頬を叩いて必死で抑えた。

 

 分かってる。悠里に対してこんな感情を抱くのは良くないって。

 従姉弟だから、()()()()()()。むしろそれだけならどれだけ良かったことか。

 

 これは私自身の問題で、そして悠里がまだ私のことを知らないから。いや、気付いていてもあえて踏み込まないようにしていてくれるから。

 

 その気遣いがとても申し訳なくて、言えないことが心苦しくて、でもそれ以上に心を砕いてくれることが嬉しくて。

 優しいだけじゃない、心で寄り添ってくれるその在り方に触れて、私の心はいつも暖かくなる。彼のいない日常が想像できなくなるくらい、私の中で彼の存在が大きくなっている。

 

 

 

(本当に、いつも助けられてばかりだね)

 

 溢れそうになる気持ちはあるけれど、だからこそ、今のままで踏み出すことを私自身が許せないから。

 今は、仲のいい姉弟の関係でいさせてほしい。

 

 

 

 そう気持ちを落ち着けて瞼を開いてみれば、鏡に映るのはなんか複雑な表情を浮かべる彼。何かを躊躇っているような感じで、ブラシを持つ手が中途半端なところで止まってる。

 

 ふと、思い立ったイタズラ心。

 わざとらしく口角を上げて振り向き、悠里の瞳をまっすぐ見て言葉を投げかける。

 

 

 

「悠里。髪、直接撫でてくれてもいいんだよ?」

 

 そう言ってみれば、悠里はちょっとだけ驚いたような顔をして、でもすぐにいつもの柔らかい笑顔を浮かべた。

 

 

 

「できないよ、せっかく綺麗になったんだから」

 

 図星を誤魔化そうとしたのは、私にはすぐ分かった。

 

 

 

「したくない、じゃないんだ?」

 

「……もう、茶化さないの、やめちゃうよ?」

 

「はーい、ごめんね悠里」

 

 揶揄うのもほどほどに向きを直して改めて悠里に身を委ねる。

 先ほどと打って変わって静かな時間、心が安らかになるような秒針を刻む音だけが鼓膜を微かに揺らす心地よい静寂。それから数分してブラッシングが終わるとどちらからともなく口元をほころばせ、私は悠里に完全に体を預けて悠里はそれをしっかりと受け止めてくれる。

 

 

 

「……ねえ、悠里」

 

「ん、どうかした?」

 

「…………ううん、やっぱりなんでもない」

 

 無意識に喉元まで出かかった言葉をギリギリで吞み込んで笑顔を浮かべた。

 いくら心地よかったとはいえこれ以上はダメ。きっと悠里はどんな言葉でも受け入れてくれるんだろう。それくらいは分かる、ずっと一緒だったんだから。だからこそ、ここで甘えちゃうのはただのワガママ。また心が惹かれないうちに悠里から離れようとして──

 

 

 

()()()

 

「あっ……」

 

 名前を呼ばれる。

 どこまでも優しくて、だけど力強い芯を感じるような声。

 両手で顔を押さえられて半ば強制的に悠里と視線が交差し、私が座ってる関係上悠里を見上げる形になる。

 

 穏やかだった。白金色(プラチナブロンド)の髪でまばらに隠された表情も、おおらかな空を思わせる瑠璃の瞳も。

 まるで陽だまりのように暖かく、すべてを余さず包み込んでくれるような、そんな雰囲気。

 

 

 

「大丈夫だよ」

 

「えっ?」

 

「大丈夫、ここには僕たちしかいない。むしろ、遠慮される方が悲しくなるからさ」

 

 

 

 ───あぁ、もう。

 

 そこまで聞いて、我慢なんてできなかった。

 椅子を蹴り倒す勢いで立ち上がって、そのまま真正面から悠里を抱きしめた。力いっぱい、皴がつくなんてお構いなしに。

 

 不思議だった。

 誰かの前で同じことをやる分には何も気にならないのに、二人きりだとどうしても遠慮が出てしまう。普通は人の目を気にするから逆の思考だろうに、悠里はそういう疑問もまとめて全部を受け止めてくれる。

 

 私を、肯定してくれる。

 

 

 

「……うん、もう大丈夫!」

 

「……そっか、それならよかった」

 

 悠里の陽だまりのような暖かさと高鳴る心臓の鼓動、お日様の匂いなどなどを全身で堪能して顔を赤らめちゃったけど、互いに離れて一呼吸すればもういつも通り。

 着替えは終わって登校の準備は万端。最後にカチューシャとアメピンを付けると悠里の手を取って玄関まで一息に走り出す。

 

 

 

「わっちょっと有里栖!?」

 

「早くー!遅れちゃうよー!!」

 

 恥ずかしさはまだ抜けないけど、どうか今はこのままで。

 

 悠里と手をつないだまま、手の温もりを感じたまま学園への道を駆け出していった。

 

 

 




<TIPS>
『鷺澤有里栖』
 大財閥「鷺澤財閥」のご息女、正真正銘のお嬢様で学園のアイドル的存在でもある。
 悠里とは従姉弟の関係で通っており、姉弟間の仲は非常に良好。

『鷺澤悠里』
 姉のお願いは基本的に断れない(断らない)弟タイプ。
 
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