安心してください、ちゃんと全員出します。
かなり自由な校風で学生の自立を促す教育をモットーにしていることは全国規模で有名な話で、学生たちも時には騒がしすぎるくらいに伸び伸びと自由に学生生活を送っている。
そしてそれに見合った大規模な学生寮が存在していて県外からくる生徒も多いらしく、自主性の育成にもなるということで寮のルールも最低限なんだとか。
まあ多いと言ってもやっぱり大部分は島育ちの生徒たち、県内外も含めて寮住まいは全体の三割程度らしい。
それが、僕と有里栖の通う学園、『
◇◇◇
「それで、昨日は
学園までの登校途中、雑談のネタとしてそんな話が振られてきた。
声は少し弾んでいて喜色にあふれたその表情にこっちの頬も自然と緩んでしまう。
「
「大変って?」
「ファンクラブ的な意味」
身内贔屓の発言に聞こえるかもしれないけど、有里栖が学園内でも指折りの美少女だ。
さらには鷺澤財閥のお嬢様という話題性と、誰にでも親しみやすく慕われやすいお日様のような人柄が合わさって学園全体、特に男子人気がすさまじく、ファンクラブの設立はある種必然だったかもしれない。
だからと言うべきか、男子たちの間では不干渉の協定が暗黙のルールとなっており、有里栖が男子と二人きりなんて話が立ってしまったら他の男子たちから怨嗟の視線を投げられることは想像に難くない。これがもし仮に有里栖が誰かと付き合うなんて話に発展してしまったら、男子たちによる血で血を洗う大合戦になってしまいそうで想像するのが少し怖い。
まあ有里栖の話を聞いた限り下校のピーク時間は過ぎてただろうから、男子生徒たちに見られたわけではなさそうだし大丈夫だとは思うけど。
「っと、あれは……」
「あ、常坂君たちだね!」
なんやかんやであっという間に学園の校門前まで辿り着くと、二人して見知った三人の顔を見つけて視線が固定される。いや、見つけたのは良いんだけど、その状況が特殊というか……でもまあ稀によく見る光景というか……。
「ああ、わたしもいっちゃんや
本校の制服を着た女子生徒が付属の制服を着た男女二人をまとめて抱きしめながら放った分かりやすく落胆した声に有里栖と二人で顔を見合わせる。
「……どういうこと?」
「いつもの
仲良きことは美しきかなというやつである。
ただまあ校門のど真ん中でやっているため目立ちに目立っているから、当人たちのためにもここいらで話しかけるとしよう。
「おはよう
「三人ともおはよう!」
「悠里に有里栖、はよっす」
「お二人ともおはようございます」
「あ、悠里くんに有里栖さん。おはよ~」
こちらに気付いた三人がそれぞれ挨拶を返してくれる。一人は少し気だるげに、一人は優等生然と丁寧に、一人はほんわかと明るく。
最初の一人にして唯一の男子の『
悠里が一歩を踏み出すきっかけとなった内の一人で親友。大まかな印象は一年前から変わってないから省くけど、一緒に行動し始めて重度のお人好しってことが確定した。あと3バカの比較的常識人枠。これは一登が真面目というよりかは、他の二人が度を越した変人枠だからだったりする。
続いて小さく会釈をしながら挨拶をしてくれた落ち着いた雰囲気の付属制服を着た女子生徒『
艶やかな濡羽色の髪を腰ほどまで伸ばした姫カットにパッチリとしたアメジストの瞳、リボンの装飾がよく映える黒のミニハットがトレードマークの少女。名前で分かる通り一登の家族で二乃の方が妹だが学年は同じ。ちなみに以前猫の画像を送ったら「猫の波動を感じた」とのたまった張本人で、なぜかよく猫に寄られる悠里とは時たま猫談義をする仲でもある。
最後は一登と二乃さんを抱きしめたままほんわかと笑顔を浮かべている本校制服を着た女子生徒『
オレンジの髪をサイドテールにまとめていて、大きな瞳は明るい
三人の仲の良さ、特に逢見先輩の二人への溺愛加減は周知の事実で、こうして寂しさで抱きつく姿は今では僕たちにとってもう見慣れた光景だ。挨拶してる最中も離そうともしないし、一登と二乃さんもなんだかんだ受け入れてるんだから見ていて微笑ましい。
止めるのは心苦しいんだけど──
「逢見先輩、ココ校門のど真ん中ですし、始業の時間も近いのでそろそろ……」
「そら
「うう、そうだよね……二人とも、お勉強頑張るのよ!悠里くんに有里栖さんも、二人をよろしくね!」
僕と二乃さんの言葉にいかにも渋々といった様子で逢 見先輩は二人を開放する。付属組四人が並んだところでかけられた最後の呼びかけに真っ先に反応したのは有里栖だった。
「はい、任されました!」
「そら姉は保護者か何かか?」
「お姉ちゃんですから!」
そう誇らしげに胸を張るも、しかし後ろ髪をひかれる気持ちが強いのか本校校舎に向かいながらも時折こちらへ振り向いては手を振ってくる。それを最後まで見送ると、姿が見えなくなったタイミングで一登と二乃さんが揃って苦笑いを浮かべていた。
「愛されてるね、二人とも」
「ありがたいことではあるんだけどな……」
「往来で抱き着かれるのはさすがに恥ずかしいです……」
「ふふっ、でもまんざらでもないんでしょ?」
「まあ……な」
恥ずかし気に、でもどこか嬉しそうにそう言う一登。
本当に底抜けに人が良いというか、誰かの笑顔のためなら大抵のことは許容してしまうのが彼の良いところであり、苦労してそうだなと思うところでもある。
なんて話してたら時間も時間、余裕自体はまだあるが忘れちゃいけないのがここは香々見学園、常日頃からお祭り騒ぎが大好きな人たちが集まる場所だ。
余裕を持っておくくらいでないと、ふとした騒動に巻き込まれて遅刻してしまいかねない。
ちなみにこれは経験談。主に杉並が原因の。
「じゃあ、そろそろ僕たちも行こうか」
「うんうん、お目付け役に任命されたからにはちゃんと連れていくよ」
「そうですね。ほら兄さん、ボサッとしてないで行きますよ」
「はいはい、分かってますよっと」
そんな軽口を言い合いながら、僕たちも付属校舎への道を歩き出していった。
◇◇◇
香々見学園の校舎はかなり綺麗な方だ。
創立から百年は経っているはずだけど、細かい傷があるくらいで経年劣化の跡も少ない。まあ建て直しをしたのかもしれないし、清潔であるに越したことはない。
そんな校舎の階段を上って付属三年の教室が並ぶ階に辿り着くと、一気に生徒たちの喧騒が大きくなった。
教室が立ち並ぶ関係上生徒の数は一気に増えるし、始業前はクラスの違う人たちが教室に入る前におしゃべりするにはもってこいの時間だ。
「そういえば今日は金曜だったな」
ふと思い出したように一登が口をこぼす。
朝の賑わいを見て金曜の昼休みのことでも思い出したんだろうか。
「から揚げ定食ですか?」
「あぁ、日替わり定食のだね」
「よく分かったな……」
二乃さんが軽く嘆息を付きながら即答し、補足するように有里栖が唇に指を当てながら続く。
学食で提供されている日替わり定食は曜日ごとで内容が決められていて、金曜日は二乃さんが言ったようにから揚げ定食。から揚げが男子、ひいては学生たちに人気なのは言うまでもないだろう。そのおかげで金曜の食堂は席の取り合いになるレベルで混雑してしまうほど。
「兄さんの考えそうなことくらいすぐ判ります。男子ってみんなから揚げ好きですよね」
「そりゃそうだろ、なあ悠里?」
「あはは、否定できない……」
同意を求められた通り、かくいう僕もから揚げは大好物だ。
普段お昼は購買か自分で作ったお弁当を食べるけれど、金曜日はそれ目的に一登たちと食堂に行くことが多い。
ちなみに先週はもちろん食べたし、なんなら一登や叶方とから揚げ争奪戦をした。
じゃんけんで負けて取られる結果になったので今日はリベンジ戦を考えてたりする。
「……うん?」
ざわざわと、廊下の奥が何やら騒がしい。
おしゃべりによる喧噪に紛れて、叫び声のようなものが混じって聞こえてきた。
「止まりなさーい!」
女子の声だった。
柔らかくも程よく通る声が人混みの奥から響く。
「あー、
「いつものですね」
「いつものだねえ」
「あはは……」
確信を持って言い放った一登に二乃さんと僕が同様につぶやく。
最後に微妙な表情で有里栖が苦笑いを浮かべているのは、この騒動の元凶と思われる人たちとは旧知の間柄だから。当然そこは僕も同じだし、常坂兄妹もそのうちの一人とはクラスメイトでよく一緒にいる関係性ではあるのだけれど。
なんて考えてる間に人混みの中から網の目を縫うようにスルリと抜け出してきた影がひとつ。
「あ、白河さん」
「やっぱり白河か」
「も~、ひよりんってば」
影の正体は一人の女子生徒だった。
改造したマントを靡かせ軽やかな足取りで着地した彼女は、生来のジト目がちな瞳で人混みの中の一人の男子生徒を射止めている。
杉並と双璧をなす学園きってのトラブルメーカー『
ツインテールでまとめた長めのチェリーピンクの髪にジト目がちなブルーアッシュの瞳、さらには大胆に制服を改造して取り付けた白のマントが特徴的な少女。悠里たちのクラスメイトで悠里と有里栖とは幼い頃からの付き合いでいわゆる幼馴染。そして学園では
で、いったい何の活動なのかというと──
「ちょっとそこの人ー、悪いけどどいてー」
彼女───ひよりさんは
それは黒とピンクで構成されハートの意匠をこらした装飾銃。その片方の銃口を自身のこめかみに押し付け、もう片方をまっすぐ言葉に反応して避けてくれた女子生徒の奥にいた男子生徒へ向ける。
「大・感・謝!」
「あそこです!みなさん、止めてください!」
人混みの奥から焦ったような声色で制止の声をあげながら飛び出してくる、とある役職の人物だけが身に着けられるマントを羽織った女生徒が一人。その横から腕章をつけた生徒が複数人、元凶を取り押さえようと走り出すが、その動き出しはひよりさん相手ではいささか遅いと言わざるを得ない。
「残念ですが、それでは圧倒的速度不足!」
ひよりさんに焦りはない。
立ち姿に淀みはなく、銃を持つ手にブレはなく、向ける視線に迷いはない。
今から行われるのは間違っても凄惨な銃殺事件なんかではない。これは言ってしまえばひよりさんの活動に必要な一種のパフォーマンス。その証拠に周囲のギャラリーは今か今かと待ちわびて歓声を上げていて、それは今現在銃口を向けられている男子生徒もその例外ではない。
「僭越ながら、恋愛請け負い執行致します!」
ウインクひとつ、引き金を引く。
その瞬間、銃口から極彩色の光がビームのように一直線に照射された。それらの光は互いにぶつかり、弾け、視界が眩く照らされる。
その真っ白となった視界の中で──
「
五・七・五のリズムとともに、ひよりさんの決め台詞が静かに響き渡る。
これこそひよりさんの至上命題とする活動であり、香々見学園の名物のひとつ『白河ひよりの恋愛執行』。
彼女こそ、香々見学園が誇る破天荒な恋愛請負人なのだ。
「成功必至!」
「あぁ、もう~……」
ひよりさんの満足げな声、そして追いかけていた少女の落胆した声という正反対の感情が眩い光の中で渦巻く。どうやら視界すら制限されてしまうほどの光に他の面々も足が止まってしまっているらしい。
そうしてようやく光が収まったかと思うと、目の前にはすでに件の少女が笑顔で佇んでいた。
「やあやあおはよう常坂兄妹に鷺澤姉弟。朝から見るには少し珍しい組み合わせじゃないかい?」
恋愛請負人モードはどうやらもう終わりらしく、先ほどまでのわざとらしい話し方は鳴りを潜めて意気揚々と話しかけてくる。あれはあれでカッコよかったのに……と少し思ったのはここだけの話。
「おはよう、ひよりさん。一登たちとは校門前でバッタリね。別れる理由もなかったからここまで一緒に来たんだ」
「おはようひよりん。朝から絶好調だね」
「ふふーん、今日も今日とて、迷える子羊をキューピットの矢で射貫いてしまったワケさ」
実際にはキューピットの矢じゃなくて光線銃だったわけなんだけども。ドヤァ、とキメ顔を披露する彼女にわざわざ水を差すのもお門違いというやつだろう。
一登や二乃さんも続いて挨拶したあと、一登が揶揄うように、
「で、白河は今日も追われてるってわけか?」
「まったく、彼女たちも懲りるという言葉を知らなくて困っちゃうよ。ボクを捕まえるなんて百年早いというのにね」
「さすがだね。ちなみに最近また
瞬間、勝気な笑顔を浮かべていたひよりさんがギョッと血相を変えて詰め寄ってくると、僕の肩を掴むとブンブンと容赦なくゆすってきた。
けっこうあたまゆれる。
「ちょ、ダメ、却下ですよ!?そこいらの一般兵ならともかく鷺澤弟に全力で追いかけられたらさすがのボクでも無理筋というやつです!」
「え、そうなの?いいとこ互角くらいだと……」
「自覚なしですかこのフィジカル原住民!誰がパルクール駆使して背中に一人背負った状態で陸上部全員から逃げきれますか普通!?」
「そういえば一年前の恋パも一人だけぶっちぎりだったもんな、まさか窓から下の階に三人まとめて連れていかれるとは思ってなかったわ」
「杉並はその辺織り込み済みでルートを選んでたみたいだけどね」
「あはは、相変わらずの身体能力ですね悠里さん……」
一体何のことかといえば単純な話で、足の速さを買われて陸上部にスカウトされたことがあるということだ。どうやら一年前の恋パでの逃走劇で追いかけてきた教員の中に陸上部の顧問がいたらしく、スカウトされたのが年度明け。
それで陸上部総出でのおいかけっこが始まって、有里栖を背負ってなんとか逃げおおせたというのがさっきひよりさんが言ってたことの経緯。
一応今はどこの部活にも所属するつもりはないと話をして解決はしたんだけど、未だに噂話のネタになってるらしい。
「まあ未羽さんも入らないって判っててダメもとで言ったと思うしその心配は杞憂だよ。それより大丈夫?そろそろみんな再起動してきそうだけど……」
「皆さん、態勢を立て直して追って下さい!」
そんな声にフラッシュアウトで混乱していた面々がようやく落ち着きを取り戻し、皆一様にひよりさん目掛けて距離を詰めてきている。
「あらら、ホントだ。まあその回答が聞けてボクとしては一安心だよ。それじゃあお先に失礼するね。また教室で会うとしようじゃないか」
「おう、頑張ってな」
「走って怪我だけはしないようにね」
「心配御無用!それではまた!」
ひらひらと手を振ると僕たちから背を向けて駆け出し、気づけばあっという間にその姿は見えなくなっていた。一応ひよりさんも追いかけてる人たちもみんな学生だから、追いかけっこはチャイム前までというのが暗黙のルールらしい。
うーん、何というか……ただの身体能力だけじゃひよりさんには絶対追いつけない気がするんだよね。動きが軽いというか、捕まえようとしてもヒラリと躱される未来が見える。
「あの、すみません」
「ん?」
「あ、
「おはよう、未羽さん」
「みうたんおはよう!」
なんて考えていると、目の前にさきほどの少女。
複数人の生徒は少女の指示でまっすぐひよりさんを追いかけていったけど、どうやら彼女──もう一人の幼馴染の未羽さんは僕たちに用事があるらしい。大まかに用件は想像つくけど。
「あ、はい、おはようございます。風紀委員長代行の
丁寧なお辞儀とともにぎこちなく表情を引き締める風紀委員長代行の少女『
肩ほどまであるふわふわとした桜色の髪にタレ目がちな薄紫の瞳、風紀委員長のみが身に着けられる赤いラインの入った特注制服に風紀委員全員が持つ腕章が特徴的な少女。学年は悠里たちのひとつ下で鷺澤姉弟のもう一人の幼馴染。優しく真面目だが引っ込み思案で、押し付けられた風紀委員長代行の役目をなんとかこなしているその姿に庇護欲が沸いてついつい手助けしてしまいたくなる子。彼女が先ほど率いていた面々はすなわち風紀委員であり、日々恋愛請負人として騒ぎを起こすひよりを追いかけている。
「あ、大丈夫ですよ」
「ありがとうございます」
代表して答えた二乃さんを見てホッと表情を柔らかくした未羽さんが深々と頭を下げる。
「先ほどひより──じゃなくて、白河さんとお話しになっておられたようですが、内容をお訊きしても差し支えないでしょうか?」
「内容といっても、朝の挨拶とちょっとした雑談くらいだよな」
「ええ、変わったことは特に……あ、美嶋さんが悠里さんを風紀委員に誘ったみたいな話は聞きましたね」
「ひゃっ……!」
あ、やば。
まさか自分の話題が出るとはつゆにも思ってなかった未羽さんは顔を真っ赤にして視線が泳ぎだす。目立ちたがらない彼女らしい反応だ。
原因が自分なだけに下手に何か言うわけにもいかず、隣にいた有里栖からジト目でツンツンと肘で横腹をつつかれる。
「ち、違うんですよ?悠里くんがどこにも所属するつもりがないのは知ってるんですけど、その時はひよりちゃんを止められなかった直後で落ち込んでたといいますか、悠里くんにはつい頼りたくなっちゃう温かさがあるといいますか……」
「どうどう未羽さん、自分で墓穴掘ってるから」
しどろもどろになりながら呼び方を取り繕うこともできずに色々と口走ってしまう未羽さんに、さすがにこっちが恥ずかしくなってしまって思わず声が出てしまった。
聞いてた一登たちには温かい目線を向けられ、それを自覚した未羽さんが茹で上がったみたいに顔を真っ赤にして俯いてしまう。なんか湯気が見えてきそうなほどだ。
「でもそれは分かるな、いろいろ巻き込んでも全然怒んないし」
「なんというか、一緒にいて話してると心が温かくなりますよね」
「物理的にも温かいからね♪」
そう言った有里栖が「ぬくぬく~」とだらけながら腕に抱き着いてしなだれかかってくる。僕は他の人より体温が高く、寒がりを自称する有里栖がこうして抱き着く姿は今では珍しいものではなくなってる。
その証拠に常坂兄妹に加えて未羽さんさえもその光景にツッコミを入れようとはしていなかった。
そんなこんなで少し時間が経ち未羽さんも心を落ち着けると切り替えるようにコホンとひとつ咳払い。
「では、次に向かいそうな場所については言っていませんでしたか?」
「そういうのもなかったな」
「はい、話し終わったらすぐ行っちゃいましたし」
未羽さんは少し考えるようなそぶりを見せると、視線を僕に向ける。
「あの、鷺澤くん。何か判りませんか……?」
「うーん、想像だけど始業のチャイムまであまり時間もないしそこまで遠くには行かないと思う。例えば、一階上の音楽室なら隠れられる場所も多いし身を潜めるならうってつけかも」
「なるほど……!」
未羽さんはそれを聞くと手早くTABを取り出して操作する。ごめんひよりさん。
おそらく風紀委員に連絡したんだろう、操作を終えた未羽さんが改めてお辞儀をする。
「みなさん、お手数をとって申し訳ありませんでした」
「委員長代行も、いつも学校のためにありがとう」
未羽さんの言葉に一登が返す。
サラッとこういうことが言えるあたり人たらしというかなんというか。
まあ、それが一登のいいところだよね。
「い、いえ、当たり前のことですので……それでは私は失礼します。ひよりちゃ──白河さんがご迷惑をおかけしたら遠慮なくご報告ください」
三度お辞儀をして、未羽さんは他の風紀委員を追いかけて走り出した。
「朝から元気ですね」
「だな。っていうか悠里」
「うん、どうかした?」
「いや、白河の隠れてそうな場所、案外アッサリ教えるんだなって」
ああ、なるほどそのことか。たしかに言ってしまえばひよりさんを売って未羽さんに味方したとも言えるわけで、どっちかに肩入れするのは傍から見たら意外な行動だったのかも。
といっても、そこまで深い理由があるわけでもないんだけどね。
「別に音楽室も確信があったわけじゃなくてあくまで予想のひとつだし、それに……」
「それに?」
揃って疑問符を浮かべる常坂兄妹に、ある種の信頼をもって言い放つ。
あの自信満々な姿を見て、普段の風紀委委員との戦績を見て──
「未羽さんには申し訳ないけど、予想が当たってたとしてもひよりさんが捕まる姿って想像できないんだよね」
「あぁ、たしかに……」
風紀委員の包囲網をあっさりと抜け出す姿を幻視して思わず苦笑いを浮かべる。
廊下がようやくいつも通りの喧騒を取り戻したところで、僕たちは自分たちの教室へ入っていった。
<TIPS>
『常坂一登』
要するに原作主人公。
義妹や義姉がいるのは一種の特権。
『常坂二乃』
一登の義理の妹の方。
丁寧で優等生然と立ち振る舞っているが、これは一登曰く「裏モード」らしい。
『逢見諳子』
常坂兄妹のお姉ちゃん的ポジション。
判断基準が基本常坂兄妹なので、二人と仲のいい鷺澤姉弟とも交友があり、そこ経由で悠里に料理を教えることがある。