仮面ライダー隠牙   作:モタボチ

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流星

「……ぐ、っ……あ……」

鼠夜叉の灰色の指が美緒の喉を締め上げ、彼女の細い身体が宙で虚しく跳ねた。地面に伏した純弥の視界には、彼女の爪先が力なく揺れる様が、まるでスローモーションのように映し出されていた。

「あ……が……」

純弥は泥に塗れた拳を握りしめ、喉の奥から獣のような呻きを漏らした。だが、自壊のリスクを孕んだP霊子の暴走は彼の肉体を内側から焼き、指先一つ動かすことを許さない。

その時であった。鼠夜叉の頭部、鋭いアンテナの根元からザザッ、という不快な電子ノイズが発せられた。それは何らかの広域通信を受信した合図であった。

続いて、鼠夜叉の装甲の内蔵スピーカーから、氷のように冷徹な男の声が響き渡った。

『……遊び過ぎだ、四六号。その個体は重要な「器」だぞ。破損させる気か』

鼠夜叉の動きが、ぴたりと止まった。その緑の複眼から、執拗な殺意が急速に引いていく。

「…………了解。これより帰還する」

鼠夜叉は、まるで興味を失ったかのように、純弥に向けていた足先を引いた。そして、呼吸困難で意識を失いかけている美緒を、乱暴に脇に抱え直した。

「美緒ぉぉぉッ!! 放せ、放せよッ!!」

俊介が絶叫しながら駆け寄ろうとするが、鼠夜叉が軽く地面を蹴るだけで、その巨体は重力を無視した跳躍を見せた。灰色の影は一瞬にして廃ビルの屋上へと到達し、夜の深淵へと消えていく。

「待て……待てよ……!」

純弥は血を吐きながら、去りゆく影に手を伸ばした。しかし、彼の指が掴んだのは、冷たい夜風と、美緒が落としていった小さなヘアピンだけだった。

『純弥! 応答しろ! 純弥!!』

通信機から明日香の悲痛な叫びが響き続けるが、純弥の瞳からは光が失われていた。

もう二度と、英美里の時のような後悔はしないと誓ったはずだった。

しかし、現実は非情であった。鼠夜叉――真流源忍党の新たなる「力」の前に、黄金の化忍は完膚なきまでに敗北し、「器」を奪われたのである。

 

第拾伍話 流星

 

しばらくして、現場に急行したタキと明日香によって、純弥は迅徒のセーフハウスへと運び込まれた。

「おい、純弥……しっかりしろ! 傷は浅い、すぐ塞がるはずだ」

タキは震える手で止血剤を塗り込み、純弥の身体に包帯を巻き付けていた。だが、純弥の瞳には光がなく、その心は肉体の傷以上に深く、暗い淵へと沈み込んでいた。まるで魂を抜かれた抜け殻のようであった。

力なく俯く純弥の傍らで、明日香は唇を噛み締め、かけるべき言葉を見つけられずにいた。

その沈黙を切り裂いたのは、青年形態のまま壁に寄りかかっていたキラの、氷のように冷たい声であった。

「無様だね」

「キラ! お前、今そんなこと言う必要ねえだろ!」

タキが激昂して食ってかかるが、キラは感情の読めない瞳を純弥に向けたまま、容赦なく毒を吐き続けた。

「事実を言っているだけだ。君が『人殺し』の業を背負う覚悟を決めたと言ったのは、その程度のものだったのかい? 感情に振り回され、敵の陽動にも気づかず、守るべき対象を奪われる。これを無様と言わずして何と言う」

キラの言葉は、純弥の傷口に塩を塗り込むような残酷さであった。

「英美里ちゃんの時、君は『地獄まで行く』と言った。 だが今の君は、ただ地獄の入り口で座り込んで泣いている子供だ。 そんな無様な姿を見せるために、彼女は君に未来を託したのか?」

純弥の指先が、僅かにピクリと動いた。

「……黙れ」

「聞こえないよ。悔しいなら、その擦り切れた足で立ってみせるんだね、相坊や」

キラは吐き捨てると、興味を失ったように視線を窓の外へと向けた。 部屋を支配するのは、重苦しい沈黙と、純弥の中から漏れ出す、怒りと悲しみが混ざり合った不気味なP霊子の波動であった。

「……もう、よせよ」

重苦しい沈黙を切り裂いたのは、キラでもタキでもなく、部屋の隅で肩を震わせていた俊介の声であった。

彼は自分が置かれた状況を、何ひとつ理解できていなかった。夜獣という怪物、黄金に輝く「隠牙」という存在、そして恋人の美緒を連れ去った灰色の化け物。それらが一体何なのか、自分たちがどんな陰謀に巻き込まれているのか、説明されても今の彼には到底理解の及ばぬ領域であった。

だが、目の前でボロボロになり、その上に罵倒されている青年が、命懸けで自分たちを守ろうとしたことだけは分かっていた。

「状況なんて、これっぽっちも分かんねえよ。ヒーローだか人殺しだか知らねえけどさ……」

俊介はフラフラとした足取りで歩み寄ると、手当てを受けている純弥の前に、キラを遮るようにして立ちはだかった。

「こいつは、美緒を守ろうとしてくれたんだ! あの化け物に、死に物狂いで立ち向かって……。そんな奴に『無様』なんて、あんたに言う資格なんてねえだろ!」

俊介の叫びは、場違いなほどに青臭く、そして必死であった。彼は純弥の肩を掴み、その濁った瞳を真っ直ぐに見つめた。

俊介は純弥の横に膝をつくと、泥と血に汚れた彼の肩に、躊躇いながらもそっと手を置いた。

「アンタも辛かったんだよな? こんなにボロボロになって……。あんな化け物と、たった一人で戦って……」

俊介の瞳には、純弥に対する恐怖ではなく、同じ「喪失」を味わった者への共感と、やり場のない悲しみが宿っていた。

化忍としての「兵器」ではなく、傷ついた一人の「人間」として純弥を捉えたその言葉は、キラの毒よりも深く純弥の胸に突き刺さった。

「……すまない、俺のせいで……彼女が……」

純弥が喉の奥から絞り出すように謝罪を口にするが、俊介は力強く首を振った。

「謝んなよ。アンタがいなきゃ、俺はあそこで死んでた。美緒だって、アンタがいたから希望を持って戦えたんだ」

「……俊介、くん……」

純弥の指先が、再び力を帯び始め、やがて握り拳を作った。絶望の淵に沈んでいた彼の魂が、自分よりも無力なはずの青年の言葉によって、微かな熱を取り戻し始めていた。

「美緒は連れて行かれただけだ……まだ生きてる······だから······」

 

その頃、闇の深淵に沈んだ真流源忍党の秘密基地では、不気味な機械音が低く鳴り響いていた。

鼠夜叉へと変身を解いた般若面の男は、拘束台に横たわる瀬戸美緒を見下ろしていた。彼女の周囲には、禍々しい霊子を強制的に注入するための、無数のチューブとクリスタル状の装置が配置されている。

「……ぐ、っ……」

意識を失いかけている美緒の肌に、どす黒い霊子の紋様が浮かび上がる。男は冷酷な手つきで操作パネルを叩き、装置の出力を最大へと引き上げた。

「素晴らしい。君の霊子適正は、英美里君を凌駕する。これこそが、我々が追い求めた真の『器』だ」

装置が起動すると同時に、美緒の絶叫が閉ざされた空間に響き渡った。男の瞳には、人類の希望を絶望へと塗り替える、狂気じみた歓喜が宿っていた。

 

一方、セーフハウスの地下訓練場では、重苦しい空気が漂っていた。鼠夜叉に敗北し、瀬戸美緒を奪われた屈辱を晴らすべく、純弥はキラと共に、鼠夜叉の強固な装甲を撃ち破るための秘策「双極の術」の訓練を開始していた。

「……合わせろ、純弥! 君の霊子の波形が乱れている。それでは相殺されるだけだ」

青年形態のキラが、冷徹な声を飛ばす。純弥は荒い息を吐きながら、右拳にP霊子を収束させた。英美里を殺した業、美緒を守れなかった悔恨、そして俊介から向けられた「アンタも辛かったんだよな」という言葉が、彼の胸中で濁流となって渦巻いている。

「分かってる……! はああああッ!」

純弥が踏み込み、キラの放つ陰の衝撃波に自身の拳を合わせようとする。しかし、二つの力が接触した瞬間、不規則な反発現象が起き、激しい光と共にはじけ飛んだ。

「ぐっ……!」

背後の壁まで吹き飛ばされた純弥は、血の混じった唾を吐き捨てた。肉体は蘇生後の高密度P霊子による自壊のリスクを抱え、心は擦り切れている。かつての純弥なら、どこかで自分を制御できた。だが今の彼は、必死に「化忍」という装置になろうと自らを追い込むあまり、霊子の制御が極めて不安定になっていた。

「無様だね、と言ったはずだよ」

キラが冷ややかに見下ろす。

「君の中に、まだ迷いがある。美緒ちゃんを救いたいという願い以上に、自分自身を罰したいという独りよがりな罪悪感が、術の同調を邪魔しているんだ」

「……黙れと言ってるだろ」

純弥は、震える足に力を込め、再び立ち上がった。その瞳には凄絶な覚悟が宿っているが、キラの指摘通り、その根底にあるのは救いではなく、もはや強迫観念に近い使命感であった。

「もう一度だ。……夜が明ける前に、俺は、美緒さんを連れ戻す」

「······だーかーらー、それが駄目なんだって言ってるだろ?」

「······え?」

「初心を思い出せ。かといってまた復讐とか寝言ほざくなよ? そもそもだ。僕らが夜叉を狩るのはなんの為だ?」

キラは、感情の読めない瞳で純弥を射抜くように見つめた。かつて、英美里を救うために走り出そうとした純弥に対し、「英美里ちゃんを救いたいのか、それとも殺したいのか」と問い、覚悟を確かめたあの時と同じ、冷徹なまでの冷静さがそこにはあった。

「義務感や使命感で放つ霊子なんて、所詮は型に嵌まっただけの死んだ力だ。そんな濁った波形じゃ、僕の陰の力とは永遠に噛み合わない」

キラの言葉は、純弥が「化忍」という装置になろうとして押し殺してきた人間としての感情を、容赦なく暴き立てる。

「思い出せ。君が最初にあの変化の巻を握ったとき、何を願った? 人類を救う高潔な使命か? それとも、ただ隣で笑っている誰かを守りたいという、もっと泥臭くて自分勝手な願いか?」

純弥は絶句した。

英美里を自らの手で葬り、彼女が最後まで人間であろうと藻掻き、自分への愛を遺していたことを知ったあの日。純弥は「誰かさんの望むような悲劇のヒーローになるつもりはない」と誓ったはずだった。しかし、鼠夜叉に敗北し、美緒を奪われた焦燥が、彼を再び「役割」という鎖で縛り付けていたのだ。

「……俺は」

純弥の脳裏に、俊介の「アンタも辛かったんだよな」という言葉が、予期せぬ慈愛が去来する。

「俺は……ただ、あいつらに……もう、あんな顔をさせたくないだけだ」

「だったら、その『わがまま』を霊子に乗せろ。美緒ちゃんを救うのは、君の仕事じゃない。君の、たった一つの『願い』だろ」

キラはわずかに口角を上げ、再び構えをとった。

「もう一度だ、相坊や。今度は、君の心臓の音を僕に聞かせてみろ」

その時、訓練場の重い鉄扉が乱暴に跳ね上がり、明日香が血相を変えて飛び込んできた。その手には、一枚の震える筆跡で書かれた紙が握られていた。

「純弥、キラ! 大変よ、俊介君が……!」

明日香が差し出したのは、俊介が残した置き手紙であった。そこには、ただの一般人である彼が、人知を超えた怪物たちが巣食う闇へ、たった一人で踏み出した絶望的な決意が綴られていた。

『美緒は自分で助けに行く。あんな化け物のところに、彼女を一人にはしておけない。隠牙さん、アンタもボロボロなのに、俺たちのために戦ってくれて、守ろうとしてくれて……本当にありがとう。でも、これは俺の責任だ。』

「馬鹿が……! 一般人が一人で行って、何ができるってんだ!」

タキが叫ぶ。純弥は手紙を見つめたまま、拳を血が滲むほどに強く握りしめた。俊介は、純弥が「化忍」という兵器ではなく、傷ついた一人の「人間」であることを認めてくれた。だからこそ、彼は純弥にこれ以上の重荷を背負わせまいと、自ら死地へ向かったのだ。

「……聞いたかい、純弥」

キラが静かに、しかし冷徹な声を投げかける。

「君が背負っているのは『世界』なんて大層なものじゃない。目の前で必死に生きようとしている、あの無謀な男の『願い』だ。あいつは、君にヒーローとしての義務なんて求めていない。ただ、隣り合って戦う『人間』として、感謝を遺していったんだよ」

純弥の瞳から、濁った使命感が剥落していく。

守らなければならないという強迫観念ではない。救いたいという独りよがりな罪悪感でもない。

ただ、自分を「人間」として扱ってくれたあの男を、そして彼が愛した女性を、もう一度笑い合える場所へ連れ戻したいという『願い』。

とはいえ。と、呆れた調子で溜息を付いた。

「これで一刻の猶予も無くなったわけだ。ぶっつけ本番で何とかするしかない。分かってるな?純弥」

キラの問に、〝いつものように〟言葉少なに、純弥は答えた。

「望むところだ」

 

真流源忍党の秘密基地、その最深部。

瀬戸美緒は、禍々しい霊子を強制注入する装置に拘束され、激しい苦痛の中にいた。だが、彼女の瞳はまだ死んでいなかった。霊子の浸食によって浮かび上がった紋様に抗い、彼女は歯を食いしばり、必死に自分という人間を繋ぎ止めていた。

「無駄なことを。君の絶望が深まれば深まるほど、この『器』はより完璧なものとなるのだ」

般若面の男は、歪な笑みを浮かべながらモニターを指し示した。そこには、基地の外周を必死に駆け抜け、美緒を助けようと無謀にも単身で突入してきた俊介の姿が映し出されていた。

「見てごらん。君の愛する人が、自ら死地に飛び込んできた。彼がここで私の手によって嬲り殺しにされる様……それを特等席で見せてあげよう。その時こそ、君の心は真に壊れ、極上の夜叉が誕生する」

「……やめて……! 俊介くん、来ないで……!」

美緒の悲痛な叫びが冷たい室内を震わせた。男は楽しげに指を鳴らし、俊介の前に何十という夜叉を差し向ける。

俊介は腰を抜かし、死の恐怖に震えながらも、手近にあった瓦礫の破片を握りしめた。

「美緒を……美緒を返せッ!!」

俊介は、勝てるはずのない怪異に向かって、無謀にも突っ込んでいった。振り下ろされた夜叉の灰色の拳を、彼は本能的な恐怖で回避し、がむしゃらに瓦礫を叩きつける。しかし、夜叉の硬質な装甲には傷一つ付かず、逆にその反動で俊介の腕は痺れ、瓦礫は粉々に砕け散った。

「無駄な足掻きを。君の死こそが、彼女を完璧な『器』へと変える糧となるのだ」

般若面の男の無機質な声が響き、俊介の胸倉を掴み上げた。宙に吊るされ、肺の空気を絞り出されるような苦しみに、俊介の意識が遠のき始める。それでも彼は、美緒がいるであろう奥の部屋を見つめ、震える唇で彼女の名を呼び続けた。

「……み、お……逃げ……ろ……」

その姿は、かつての純弥がそうであったように、擦り切れた心で大切なものを守ろうとする人間の、あまりに脆く、しかし気高い抵抗であった。般若面の男が「さあ、とどめを刺せ」と命じ、夜叉の鋭い爪が俊介の喉元に迫り――。

ブオオオオオオオオオン!!

闇夜を切り裂く、エキゾーストノートが鳴り響き、漆黒のバイクが躍り出で、俊介を取り囲んでいた夜叉達を蹴散らした。

そして乗り主が車体から降りても、バイクは独りでに動き、夜叉達を牽制していく。

「大丈夫か?! 俊介君!」

その乗り主――天野純弥は、メットを脱ぎ捨て、俊介に駆け寄って無事を確認する。

「天野······さん?」

「ごめん。遅くなった」

俊介が疑問を覚えたのは無理も無かった。先程まで自然に死んでしまいそうな雰囲気を湛えていた純弥と、今の精悍な純弥と同一人物とは思えなかったからだ。

そんな俊介の疑問を先読みしたように、純弥は一瞬微笑むと、すぐに顔を引き締め、言葉を続けた。

「さっきはさ、仮面ライダーなんかじゃないって言ったよな? 俺」

え?あ、うん。という俊介の戸惑う様子を見ると、純弥は悪戯っぽく言った。

「あれは嘘だ。いや――今から嘘にする」

こうしている間にも、純弥の中には未だに罪悪感、自己嫌悪、これから自分が言う事への偽善性が渦巻いている。

それらをまとめて嘘だと嘘をつく。その為に必要なのは――

「今から俺は仮面ライダー隠牙だ!!」

誓い。憧れのヒーローの名を背負う責任。そして。

「変身ッ!!」

ゴチャゴチャ考える頭全てを覆い隠すこの仮面。

今、〝この世界〟の仮面ライダーは真の産声を上げた。

 

「な! 馬鹿な!? 奴はもう抜け殻だったはず?!」

基地のモニターから観ていた般若面の男が、初めて動揺に震える声を上げる。そして、その動揺に呑まれたままロクな指示も出せず、仮面ライダー隠牙が夜叉の群れを駆逐していくのをただ見ていることしか出来なかった。

そして当然、そうなればヤツが次に向かうのは――

男が身構えるより早く、爆炎と共に隔壁が吹き飛んだ。 土煙の中から現れたのは、黄金の装甲に身を包んだ仮面ライダーと、その傍らに舞う青龍形態のキラ、そして俊介であった。

「美緒さんを返してもらう。……それと、あんたの企みもここで終わりだ」

隠牙の声は、ヘルメット越しに低く、だが鋼のような硬い意志を持って響いた。 拘束装置に繋がれた美緒が、意識を朦朧とさせながらもその姿を見上げる。

「往生際が悪いな! 真醒者四号、貴様一人がどれだけ足掻こうと、『ジュウニシンショウ』の完成は止まらん!」

般若面の男が変化した鼠夜叉が咆哮し、灰色の霊子ブレードを振り下ろす。

間一髪それを躱す隠牙だが、鼠としての圧倒的なスピードにすぐに追い詰められていく。そしてついにドゴン!と痛烈な音を立て、腹に突きを食らい、腹筋の装甲が破壊され、腹這いになって地面に叩き付けられる。

それで溜飲が下がったのか、鼠夜叉は勝ち誇ったように嗤った。

「ふ······フハハ。見ろ。やはりジュウニシンショウの力の前では、貴様は無りょ――」

「ところであんたさー」

と、そこへ、聞いた者の神経を逆撫でしてしょうがない口調で、気怠げにキラが問い掛けてきた。

「さっきから見てて思ったんだけど実は喧嘩素人だろ?そのご大層な装備で誤魔化してるけど。身体の軸がブレブレだよ?」

その言葉に激昂しそうになる鼠夜叉だが、すぐに調子を取り戻して嗤い返す。

「だからどうした? それだけ貴様らとはスペックの差が·········」

「あ! そっかー! つまりスペック〈数字〉で追い付かれたら雑魚ってことだねえ?! そっかそっか。いい事聞いたよ!」

それだけ聞ければ十分とばかり、今度は隠牙を挑発し出す。

「どうよ? 今の聞いたろ? 双極の術の出番だ。ビビってる場合じゃないぞ?」

それに対して隠牙は即答してみせる。

「当然だ。とっとと始めるぞ」

貴様ら何を······という鼠夜叉の疑問も無視し、横並びに立つ両者。

「良いかい? 最後の質問だ。君はアイツをぶっ飛ばしたいのか? それとも······」

答えを口にするのに、今まで築いてきた屍達に首を締め付けられる思いがしたが、それを振り切り、己が『願い』を口に出す。

「俺は、あいつらを――俊介君と美緒さんの、二人の時間を――守りたい! 奴をぶっ飛ばすのは、そのついでだ!」

その答えに、キラは満足気に頷くと、最後の激を飛ばす。

「その願い、確かに受け取った!! 任せろ!僕はカミサマの子孫だからな! 願いを叶えるのが仕事だ!」

そして二人で印を結ぶ。その一瞬の静寂の中、最後に純弥はもう一つ、祈りを込めた。

消え去ったはずの幼き日の憧憬。仮面ライダークウガ/五代雄介へ向けて。

(五代さん。ごめんなさい。貴方を汚した俺が言う資格は無い、でも今一番必要な言葉、お借りします······!)

そして今、解号の刻――!

「超・変・身!!」

解号の台詞が違うことにキラは一瞬ずっこけたが、それは起きた。

純弥の咆哮が、地下基地の淀んだ空気を震わせた。

その声に呼応するように、純弥とキラの二人の肉体が、内側から溢れ出す圧倒的な黄金の光に飲み込まれていく。

俊介は、その眩さに目を細めた。先ほどまで死の淵にいたはずの少年が、いま、一人の男としての「誓い」を力に変え、文字通り光り輝いている。

光の渦の中で、青龍形態のキラが薄く微笑んだ。彼は自らの肉体を霊子の奔流へと変え、純弥の腰に現れた変身ベルトのタービンへと、吸い込まれるようにして一体化していった。陽の霊子を持つ純弥と、陰のエネルギーを司るキラ。相反する二つの魂が、ひとつの歯車として噛み合い、爆発的な出力を生み出していく。

「行くよ、相坊や。地獄の底まで、僕を連れて行け」

キラの声が純弥の脳内に直接響く。

直後、周囲に溢れていた膨大な黄金の光を無理やり繋ぎ止めるように、純弥の全身を「漆黒の装甲」が覆い尽くしていった。それは以前の鈍い黄金色とは異なり、闇を切り裂くための鋭さと、どんな罪業も飲み込むような深淵の色を湛えている。

完成したその姿――仮面ライダー隠牙・双極。

「そ、······そんな虚仮威しでえええええ!!」

眼前の隠牙が自分と同等、いやそれ以上の領域に至った事実を認めまいと、鼠夜叉が隠牙・双極へと突進する。

「「おおおおおおおおおおおお!!」」

一体となった隠牙とキラは雄叫びを上げ、鼠夜叉以上の速度で突進を始める。

その速度差に、想定より一瞬で間合いを詰められた鼠夜叉は対処が遅れ、隠牙・双極に間合いを詰められると、両肩を掴まれ、無様に投げ飛ばされた。

それでもジュウニシンショウの矜恃として即座に立ち上がるが、結局なんの対処も出来ず、必死に打ち込んだ正拳は虚しく弾かれ、逆に一瞬にして四段もの連続蹴りを食らうだけになった。

「こんな······こんな事があああああああ?!」

鼠夜叉は隠し球であるP霊子を圧縮したエネルギー弾で抵抗を試みるが、それすら高速の前転によって車輪のようになった隠牙・双極によって全て弾かれ、屋根を吹き飛ばすだけに終わった。

「おい、美緒」

「うん······」

「夜が·········明けてる······」

屋根を吹き飛ばされたことで一望出来るようになったその空は、既に夜が明け、太陽が登っていた。

その間も鼠夜叉との激闘――否、隠牙・双極の進撃は続いていた。

既に自慢の電子ブレードも叩き折られ、全身の装甲がボロボロになった鼠夜叉だったが、諦めが悪く、今度はエネルギーバリアを張り始めた。

そこへ隠牙・双極は、躊躇いなくその〝爪〟を突き立てた。

それを見た途端、鼠夜叉は仇敵の心を折る為、口撃に切り替えた。

「ふふ! 見ろ貴様のその手、その爪を! 我ら怪異と同じものではないか!? そのような禍々しい身に堕ちて、誰かを護るなど出来るものか! いずれその爪が守りたいと願った者たちの肉身を引き裂く刻が来る!」

確かに、今の隠牙・双極の手指は、相手を引き裂くことに特化したかのように異形と化している。使い方を謝れば、鼠夜叉の予言が成就する時が来るかもしれない。だが――

「それはどうかな?」

「?!」

隠牙・双極はその予言をあっさり切って捨てた。

そしてお返しとばかりに、今度は隠牙・双極の方からの口撃が始まる。同時にバリアの亀裂が広がる。

「実際な、俺が純粋に正義を目指して戦ってたらアンタの言葉も一理あった。だが、俺は正義じゃない! なる必要もない! なんたって、護るべき正義は〝そこ〟にいるんだからな!」

そう言って、隠牙・双極は、美緒を抱き抱えている俊介を指差す。

「その正義は俺なんかに頼らなくても、彼女を救う一大ミッションをやり遂げた! だから俺は、正義(こいつ)の〝味方〟として、やるべき事に集中すれば良い!そう――」

ミシミシ、ミシ!と罅が広がっていく。

「人の恋路に水を差す、テメエをぶっ飛ばす! ただ、そ、れ、だ、けのことにいいいいい!!」

そして罅が臨界に達した瞬間、破魔討を発動させた右手で、宣言どおり、バリアごと鼠夜叉を吹き飛ばした。

「それにな――」

純弥は異形と化したその手を見て思う。

(化け物の力じゃ守れないなんてこと、あるわけない。そうだよな?――エミねぇ)

そう、英美里は人を食いたいという衝動の中で純弥を思いやった。

人を襲う為の爪で純弥の心を守ってくれた。ならば――

(俺にだって出来る。やってみせる! 俺は〝仮面ライダー〟なんだから!)

隠牙・双極は腰を落とし、最後の一撃の為の構えを取った。

瞬間、辺りが再び暗くなり始める。

「え、え?え?」

俊介は不安になるが、すぐにその原因に行き着いた。

「あの人······太陽の光まで?」

そう。隠牙・双極のエネルギーチャージは、最早周囲のP霊子だけでなく、太陽の光さえも吸収し、自らの糧としているのだ。

「······く、何と悍ましい······」

鼠夜叉は、闇に潜む身でありながらその暗闇を心底恐れた。

だが、俊介と美緒は違った。

「······綺麗」

美緒はそう呟いた。

今や空は、光を吸い付くされ、太陽は白い円形の名残を残すのみ。

だが、同時に、星空もその姿を現している。

太陽と星空の同居という、本来ありえない光景は俊介と美緒という正義には、何よりも輝いて見えた。

そして遂に、チャージを終え、空へ舞い上がる隠牙・双極。

その飛翔が何を意味するのか、仮面ライダーを知っている俊介にはすぐに分かった。

だから後は、守られた正義として、果たすべきことを直感し、叫ぶ。

「行ッッッッけええええええええ!! 仮面ライダーあああああああああああ!!」

「応おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」

返事とも雄叫びとも付かない咆哮をあげ、隠牙・双極は金色の光に包まれた。

 

斯くして邪悪な野望は潰える。遍くを焼き尽くす悪趣味な隕石に砕かれて。

斯くして少年の願いは叶う。決して燃え尽きぬ金色の流星と共にあるから。

 

そして再び夕刻。純弥は美緒を俊介と共に家まで送り届けた。

「あの! 本当に! ありが――」

その続きは、バイクの排気音と発進音ともに掻き消され、純弥に届いたかは定かではなくなってしまった。

「·····ったく。礼も受け取らないとか······本当に仮面ライダーみたいじゃん······」

毒づきと感動の入り交じった俊介だったが、それでも曲がり角へ消えていく〝ヒーロー〟の姿を、いつまでも見送っていた。

 

「仮面ライダー、って名乗っちゃったね」

「ああ」

「まあ、昔の子供番組だし、あの場の勢いってことで」

「いや」

「憧れだったからこそ、背負った責任は最後まで果たさなきゃ。これからも······俺は仮面ライダー隠牙だ」

「ふーん······まあ、ココ最近の湿気た面よりは良い顔になってるし······行けるとこまで行ってみなよ」

「お前も道連れだけどな」

「は?」

「だってライダーなんだぞ。お前が走ってくれなきゃ始まらない」

「············まあ、それが仕事だしね······しゃあない」

そんな会話をしている二人の元へ、本部からの直通が入る。夜叉の出現だ。

「ったく、仮面ライダーに休み無しだね。行けるかい?相棒?」

「当然だ······変身!!」

漆黒の竜巻に包まれ、再び戦場へ駆けていく。

 

彼の戦いは、まだ始まったばかりだ――

 

六一

第一部 〝誕生〟 完

 

 

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