仮面ライダー隠牙   作:モタボチ

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帰る理由

鼠夜叉と隠牙が激闘を繰り広げた廃ビル。そこに、とある集団の影があった。その数十一人。

一人が言った。

「結局、ジュウニシンショウは十二人揃わずじまいか······」

「構わん。所詮は〝子〟。あくまでも我々真の〝獣弐神将〟のサンプルに過ぎん」

そう答えた二人目は、廃ビルに残されていたデータバンクから、必要な情報だけを手早く抜き出し、人の顔くらいの大きさのある物体にデータをダウンロードした。それを集団の中では背の高い、しかし周りに比べると〝覇気〟が弱々しい青年に手渡す。

「聞いたな? これが我々の掟だ。力無き者、使いこなせぬ者に明日は無い。それを知った上で――」

男が言い切る前に、青年はそれ――不吉なまでに真っ白な〝面〟を、ヤケクソのようにそれを被ってみせた。途端、青年の肉体に変化が起こった。

面が青年の肉体を侵食するように青紫の肉の管を伸ばしていき、全身を被っていく。それが全身に行き渡ったと同時に、突如爆発的な白い蒸気が上がり、青年の姿を覆い隠した。

そして数秒の沈黙の後、蒸気が晴れ、その姿が顕になった。

純白の装甲の、関節など隙間を縫う用に、繊維質の不気味な肉が覗いている。そして、その手足は、まるで氷のような半透明の結晶に、蛇のように巻き付かれている。

そして面を被ったその顔。

右側面に巳の字を湛えた、これまた半透明の氷の面に覆われた中、左目部分だけが血走った眼球を覗かせている。そして、〝夜叉の王〟である事を主張する二本の角――。

「ほう······面白い。まさか無痛で変化するとはな。少しは見所があるかもしれん」

「······そらどうも」

白い巳の夜叉、否、神将は、ぶっきらぼうに答えると、決意を新たにするように拳を握り締めた。

「あの〝金メッキ〟野郎は俺の獲物だ······横から手を出したらどうなるか――」

「ふむ。まあ、好きにするが良い。さて、では――第二の幕を上げようではないか。我々、獣弐神将のな」

 

こうして静かに、だが十一の覇気と殺気を伴って、戦いは次のステージへと移行するのだった。

 

第二部 〝始動〟

第拾六話 帰る理由

 

深夜の臨海工業地帯に、黄金の火花が散った。

「はああああッ!!」

鋭い気合と共に、黄金の装甲を纏った仮面ライダー隠牙――天野純弥の回し蹴りが、夜叉の胸部を的確に捉える。かつての迷いや自壊の危うさはそこにはない。

通常の隠牙の形態でありながら、その動きは以前の「双極(そうきょく)」の状態に肉薄するほどの鋭さと精度を誇っていた。

「坊や、右だ。三秒後に熱源反応が急増する。······と言っても、今の君には蛇足かな?」

脳内に響く相棒・キラの軽快な声。隠牙は答える代わりに、予見していたかのように右側から迫るカマキリ型の夜叉の鎌を、最小限の動きで回避した。

「分かっている。――逃がさない!」

純弥の手の平に、高密度のP霊子が収束する。彼はそれを「破魔討(はまうち)」として放つのではなく、自らの拳に纏わせたまま、ゼロ距離での連撃へと転換した。

ドカッ、ドカドカッ!と、肉体を叩く音ではない、硬質な装甲が砕け散る乾いた音が連続して響く。夜叉は反撃の隙すら与えられず、ただ黄金の嵐に翻弄されるだけの木偶(でく)と化していた。

「今の坊やは、まさに『絶好調』だね。霊子の波形が恐ろしいほどに安定している」

キラの感心したような声。純弥は一気に踏み込み、夜叉の懐深くへと入り込む。

「これで······終わりだ!」

渾身の正拳突きが、夜叉の核を貫く。激しい爆光と共に、怪異の残骸が塵となって夜の闇に消えていった。

 

「······ターゲット、消滅。戦闘終了です」

迅徒(はやと)のセーフハウス、その一角にある指令室。

オペレーター席に座る明日香の声は、どこか空虚に響いた。

モニターに映し出される純弥のバイタルデータは、激しい戦闘の後とは思えないほどに穏やかだ。以前なら、自壊のリスクに怯え、精神的な負荷で波打っていたグラフが、今は一直線に理想的な数値を刻んでいる。

「ははっ! 見たかよ、今の連撃! あいつ、マジで化け物じみてきたな!」

後ろでモニターを凝視していたタキが、膝を叩いて快哉を叫んだ。

「ええ、本部の連中も腰を抜かしていますよ。あの瀬戸美緒の事件を経て、純弥の霊子同調率は飛躍的に向上した。今や彼は、迅徒が長年追い求めた『完成された化忍』そのものです」

ろくろ首の陸ほかオペレーター仲間たちも、満足げに頷き合っている。彼らの視線は、もはや一人の青年としての天野純弥を見てはいない。真流源忍党(しんりゅうげんにんとう)に対抗しうる、最強の「兵器」としての完成を祝しているのだ。

明日香は、握りしめたコントロールパネルの端が指に食い込むのを感じていた。

(······遠い)

画面の中、ヘルメットを脱ぎ、夜風に吹かれる純弥の横顔を見る。

彼は笑っていた。以前の、悲劇を背負い込んだような暗い顔ではない。キラと共に「仮面ライダー」として戦うことに誇りを見出した、晴れやかな顔だ。

けれど、その笑顔が、明日香には彼が「あちら側」へ行ってしまった証拠のように思えてならなかった。

彼が強くなればなるほど、そしてキラという唯一無二の相棒との絆を深めれば深めるほど、ただの人間であり、画面越しに指示を飛ばすことしかできない自分は、彼の隣から遠ざかっていく。

「明日香、どうした? 浮かない顔して。純弥が無双してんだ、もっと喜べよ!」

タキが不用意に肩を叩く。その屈託のない賞賛が、今の彼女には何よりも鋭い刃となって胸を刺した。

「······そうだね。純弥が安全に戦えるなら、それが一番だわ」

作り笑いを浮かべながら、明日香は密かに、自分の端末にある秘匿フォルダを開いた。

 

セーフハウスに鳴り響く重厚なシャッター音。それが、今の迅徒にとっては「勝利のファンファーレ」のように聞こえた。

「お帰り、純弥! マジですげえな、さっきの連撃!」

バイクを降りたばかりの純弥の背中を、タキが景気よくぶっ叩く。ヘルメットを脱いだ純弥の顔には、かつての悲壮感や自壊への恐怖など微塵もなく、ただ「やるべきことをやり遂げた」っていう、精悍で、どこか晴れやかな色が宿ってた。

「いや······キラのアシストがあったからだよ」

純弥が少し照れくさそうに笑うと、待機していたオペレーターやメカニックの連中が、待ってましたとばかりにワッと彼を取り囲んだ。

「何言ってんすか! あの距離からの回避とカウンター、人間業じゃないですよ!」

「まさに『仮面ライダー』っすね! 隠牙、マジで最強じゃないですか?」

揉みくちゃにされながら、次々に投げかけられる賞賛の言葉。かつては「兵器」として、あるいは「欠陥品」として扱われていた彼が、今はみんなの希望として、輪の中心で輝いている。

そんな熱狂の渦から少し離れたオペレーター席で、明日香はただ、自分の指先を見つめていた。

モニター越しに見ていた、黄金の残光。通常の隠牙の姿でありながら、以前の暴走が嘘のように完璧にP霊子を制御して、夜叉を圧倒する純弥の姿。それは、誰の目にも理想的な「化忍」の完成形に見えたはずだ。

でも、明日香にとっては違った。

強くなればなるほど。みんなに認められれば認められるほど。

純弥が「普通の男の子」から、遠い世界の「ヒーロー」へと作り替えられていくようで、胸の奥がザワザワして落ち着かない。

「······明日香? どうしたんだよ、お前もなんか言ってやれよ」

タキが不思議そうに声をかけてくる。その言葉に弾かれたように、明日香は顔を上げた。

「······あ、うん。そうだね」

明日香は精一杯、いつもの自分を演じた。頬の筋肉を引きつらせて、心の奥にあるドロドロした疎外感を全部隠して、完璧な「作り笑い」を顔に貼り付ける。

人混みをかき分けて、少しだけ純弥に近づく。でも、彼を取り囲む熱気と称賛の壁が、それ以上進むことを許してくれないように感じられた。

「純弥······お疲れ様。本当に、凄かったよ」

精一杯の、でもどこか上滑りした声。

純弥が、輪の中から明日香に気づいて、ふっと表情を和らげた。

「ああ、明日香。オペレート、助かったよ。お前の指示があったから、迷わずに踏み込めたんだ」

嘘だ。

今の純弥なら、私の指示なんてなくても、キラと一緒にどこまでも高く飛んでいける。気を使ってくれているのがわかるからこそ、その優しさが余計に明日香の胸を締め付けた。

「······ううん。私は、ただ見てただけだから」

それだけ言って、明日香は逃げるようにその場を後にした。

背後からは、また新しい賞賛の嵐と、純弥の困ったような、でも幸せそうな笑い声が聞こえてくる。

(······置いていかないで、純弥······)

誰もいない通路。明日香は壁に手をつき、小さく震えた。

かつて英美里を失った時、純弥は「地獄まで行く」と言った。今、彼は本当に地獄の縁から這い上がり、光の中を歩いている。

でも、そこに私の居場所はある?

戦えない、指示を出すことしかできない、ただの人間である私に。

「······私にだって、できることがあるはず」

明日香の瞳に、暗い決意の火が灯る。

彼女の足は、無意識のうちに地下深く――かつて封印された「禁断の装置」が眠る研究所へと向かっていた。

純弥が「仮面ライダー」として守ろうとする世界。

その隣に立ち続けるためなら、どんな禁忌に触れても構わない。

少女の想いは、純粋すぎるがゆえに、静かに、けれど確実に歪み始めていた。

 

 

深夜、誰もいなくなった迅徒本部の地下深層部。

明日香は、迅徒の中でも限られた者しか入室を許されない「特異霊子研究所」の前に立っていた。

彼女の手には、密かに盗み出したマスターキーがある。

静まり返った室内には、青白い光を放つ巨大なカプセルが鎮座していた。その中に収められているのは、かつて純弥が適合に苦しみ、多くの犠牲を出した「変化の巻(へんげのまき)」の初期試作型――

「共鳴型霊子増幅回路・イザナミ」。

それは、霊子適正の低い人間であっても、強制的に周囲のP霊子と脳波を同調させ、戦場を「観測」ではなく「支配」するための禁断の装置だった。しかし、精神への負荷があまりに大きく、被験者の自我が崩壊するリスクがあるため、現在は封印されている。

「······置いていかないで、純弥······」

明日香の脳裏に、昼間の純弥の笑顔が浮かぶ。

俊介や美緒を救い、ヒーローとして歩み始めた彼。

彼が守ろうとする「世界」の中に、自分は確かに存在している。けれど、彼女が望んでいるのは「守られる誰か」であることではなかった。

共に戦い、隣に立ち、彼の背中を支えること。

今のままの自分では、いつか彼が「人間」であることを止めてしまった時、呼び戻すことすらできない。

「私は、あなたの隣にいたいだけなの」

明日香の指が、起動パネルに触れる。

電子音が静寂を切り裂き、装置の中に眠る禍々しい紫色の光が脈動を始めた。

それは、愛ゆえの献身か、あるいは置いていかれる恐怖が生んだ呪いか。

黄金の流星として輝きを増す純弥の影で、少女は自らを闇に投じる決意を固めていた。

 

「純弥、右。三秒後に蜂夜叉が急降下してくる。······迎撃の軌跡、転送」

翌日の夜。港湾倉庫を襲撃した「蜂夜叉」との戦闘中、通信機から聞こえる明日香の声は、かつてないほど冷徹で、そして「鋭かった」。

「······分かった、明日香!」

黄金の装甲に身を包んだ仮面ライダー隠牙は、言われるがままに右拳を振り抜いた。そこに視覚的な予兆はなかったが、空気を切り裂いて現れた蜂夜叉の顔面が、まるで自ら当たりに来たかのように隠牙の拳に沈んだ。

(······おかしい。精度が良すぎる)

純弥は戦慄していた。以前のオペレートは、あくまで戦況の分析と後追いの指示だった。だが今の明日香は、敵の霊子の揺らぎさえも完璧に捉え、隠牙の反射神経に直接データを流し込んでいるかのようだった。

「純弥、立ち止まらないで。十時の方向、障害物越しに針を飛ばすわ。三歩下がって、五度右に傾いて」

指示通りに動けば、視認すらできない速度で放たれた毒針が、隠牙の装甲をミリ単位で掠めて通り過ぎていく。

隠牙が「こう動きたい」と思うよりも早く、明日香が最適解を提示する。その感覚は、もはやサポートというより、自分の脳がもう一つ増えたような、気味の悪い万能感に満ちていた。

蜂夜叉は、その異常なまでの回避能力と先読みの精度に恐慌状態に陥っていた。

「これで、最後だ!」

明日香が提示した「敵の霊子コアが露出する瞬間」に合わせ、純弥は地面を蹴った。

P霊子を収束させた回し蹴りが、蜂夜叉の胸部を粉砕する。

「ギ、イイイッ!!」

断末魔の叫び。だが、爆散する寸前、蜂夜叉は死に物狂いで最後の一撃を放った。

尾部から放たれた、紫色の毒を帯びた最後の針。

それは純弥の反応を上回り、隠牙の左腕の装甲の隙間を深く掠めた。

「ぐっ······!」

左腕に熱い火箸を押し当てられたような衝撃が走る。

だが、次の瞬間、通信機から響いたのは、純弥自身の痛みなどかき消すほどの、凄絶な女性の絶叫だった。

『あああああああああああッ!!』

「明日香!? 明日香、どうした! 返事をしろ!!」

通信の向こうで、明日香が激しく喘ぎ、何かが倒れる音が聞こえる。

先ほどまで機械のように完璧だったオペレートは途絶え、ただならぬ苦悶の声だけが耳を突いた。

純弥は、爆発する蜂夜叉に目もくれず、バイクに飛び乗った。

全速力で迅徒(ハヤト)のセーフハウスへと戻り、地下指令室へと駆け込む。

「明日香!!」

自動扉をこじ開けるようにして飛び込んだ純弥が見たのは、床に倒れ込み、左腕を抱えてのたうち回る明日香の姿だった。

彼女の背中には、昨日見たときにはなかった、不気味に発光する複数のケーブルが、脊髄へと直接繋がっていた。

「明日香······! その背中、なんだ······!? それに、その腕······」

純弥は言葉を失い、その場に釘付けになった。

震える手で明日香の左腕を抱き上げると、そこには、隠牙の装甲が掠めたのと全く同じ位置に、深く抉れたような傷口が口を開けていた。

「う、あ······あ、純弥······。よかった······無事、だったのね······」

明日香の顔は、苦痛で土気色に変わっていた。

さらに愕然とすべきことに、彼女の傷口からは、蜂夜叉の毒特有の紫色の組織壊死が始まり、周囲の肌を無残に爛れさせていたのだ。

「なんで······! 俺が攻撃を受けたはずなのに、なんでお前が傷ついてるんだ!?」

純弥の問いに、明日香は血の混じった笑みを浮かべ、背後の巨大な装置――『イザナミ』を見上げた。

「······感覚を······繋げたのよ。あなたの······霊子と、私の脳を······。そうすれば、私は······あなたの『一部』になれるから······」

「馬鹿野郎!! 何を考えてるんだ!!」

純弥の絶叫が指令室に響く。

彼は悟った。明日香が示したあの神業のような精度の理由は、彼女が「観測者」であることをやめ、文字通り純弥の「神経」そのものとして戦場に立っていたからなのだ。

純弥が受ける衝撃、痛み、そして猛毒。

化忍としての頑強な肉体を持つ純弥なら耐えられる傷であっても、ただの人間である明日香の肉体は、それを「致命的な破壊」として受け取ってしまう。

明日香の腕で広がる毒の爛れを見つめながら、純弥は自分の手が激しく震えているのに気づいた。

守るための力が、守りたかった人を焼き尽くしている。

仮面ライダーとして絶好調であればあるほど、彼女を死へ追いやるという残酷な矛盾を、純弥は突きつけられていた。

「······なんで、なんでそんなことをしたんだ明日香! これは俺の、俺だけの業だろ!?」

「······アンタ一人だけに······痛みを押し付けるのは······もうゴメンなのよ······! あたしは、あの分厚いガラスの向こうで、アンタが壊れていくのを見てるだけの置物(オペレーター)じゃない!!」

「こっちの台詞だ!! 俺のせいで、エミねえも、父さんも······みんなボロボロになった! ただでさえお前に辛い思いをさせてるのに、今度は俺のせいで、お前に『痛い思い』までさせろって言うのか!? 俺をこれ以上、化け物にさせないでくれよ!!」

そこまで言うと純弥は、一度明日香の爛れた皮膚を見、それから自分が今まで明日香に味わわせてきた辛苦に思いを馳せると、深呼吸をひとつして、自分の荒れ狂う気持ちを落ち着かせ、ひとつ、宣言をする決意を固めた。仮面ライダーを名乗った時と同じくらいの覚悟を持って。

「······ここまでお前を追い詰めたことは謝る。ごめん······!」

珍しく殊勝な態度を取る純弥に、出鼻を挫かれる明日香。その隙を逃すまいとするように、純弥は畳み掛ける。

「でも、もう〝これ〟は辞めてくれ。俺は怪我だけじゃない。いつまたエミねぇの時みたいに、土手っ腹に穴を空けられるか分からない危険が付きまとってる······」

「だったら――」

「だからこそ! 今度こそ誓う。俺はもう、自分を投げ出すような戦いはしない。これから、お前に心配を掛ける真似はしない。無傷とまではいかないが······絶対にお前の元に帰って来ると、誓う」

いつも後ろ向きなことしか言わない純弥から、誓うという断言の言葉が出てきたことに、一瞬明日香は呆気に取られるが、すぐに首を横に振る。

「·········駄目。信じられない······」

「だよな。分かってる。それでもどうか······」

「無理だよ!? 戦場なんだよ?! 何が起こるか分からない! あんたがどんなに約束してくれたって、あの不条理な場所ではそんなもの紙屑同然じゃない!? 一体何の根拠があってそんなこと言えるの?!」

「俺が〝仮面ライダー〟だからだ!!」

唐突に飛び出した番組名に、一瞬明日香の思考が麻痺する(ついでにキラは駄目だこりゃと言いた気に顔を手で覆う)が、すぐに頭に血を登らせて激昂した。

「ふざけないで――」

「ふざけてない! 知ってるはずだ! 俺がどんなにその名を背負うのに相応しくないか! それでも名乗ってるのにどんなに覚悟してるかって!」

そこで言葉を切り、明日香の両肩に手を置き、明日香の顔を真っ直ぐ見据えた。

「明日香。二回目だけど、ここまで心配かけて本当にごめん。だけど信じて欲しい。俺は仮面ライダーだって。皆の笑顔と一緒に、俺自身の笑顔も、何よりお前の笑顔も、全部守ってみせるって。正義の味方は勝つのが仕事だ。だから絶対にお前のところに勝って帰ってくる·········!」

なんという滅茶苦茶な理論。なんという阿呆な宣言。普通の人なら愛想を尽かすに違いない論法。しかし、明日香は知っている。「人助けはオマケ」と言い切っていた純弥が、ついこの間まで貼り付けたような笑顔をしていた奴が、これほど前向きな誓いを口に出すのにどれ程勇気を振り絞っているか······。

そこまで言われてしまっては、もはや奴は止まらない。止められないと散々思い知らされてきた。だから·········

「·········はあ。何よそれ。そんなの······」

それに自分は誓ったはずだった。純弥が守り抜いた平和を謳歌して、こいつの戦いの正しさを証明し続けると。

「·········ヒーローヲタのアンタにそこまで言われたら······もう何も言えないじゃない······」

明日香はやるせなさと安堵という珍しい組み合わせの感情を抱きながら、ぐたっと椅子に腰を下ろした。

そしてギロッと純弥を睨みつけた。

「ホントのホントに約束よ? 破ったら本当に〝コレ〟付けてアンタの罪悪感マシマシオペレートしてやるんだから。」

「ああ。任しとけよ」

そう言って二人はどちらともなくグータッチを交わした。

その直後、夜叉出現のアラームが鳴り響く。

「·········早速よ、仮面ライダー隠牙。アンタの覚悟の程、見せてみなさい」

「了解······!!」

そう言って純弥はキラを伴って駆け出して行った。

 

「僕からも忠告だ。相棒。もし明日香ちゃんの忠告破ったら、彼女NTる······いででででで!! タンマ! 参った! 冗談です!」

コンソールを殴られて悲鳴を上げるキラを何時も通り無視して、アクセルを吹かす純弥。そして続ける。

「行くぞ相棒。速攻で形を付ける······!」

「い、いえっさあ······」

純弥の〝仮面ライダー〟への覚醒と共に、イツメンのヒエラルキー――不動の一位・明日香、辛うじて第二位・タキ――が、最下位を争っていた二人の順位が確定されようとしていた。

 

深夜の横浜港、コンテナヤード。

静寂を切り裂いたのは、重低音を響かせるエンジン音と、怪異たちの耳障りな咆哮だった。

「――出たわね。数は十二。この前の鼠と同じ、試作型・重装夜叉が三、通常型が九。包囲網を形成しようとしているわ」

迅徒の地下指令室。明日香の瞳に、迷いは一切なかった。先程まで感じていた「置いていかれる恐怖」は、今や彼女を突き動かす純粋なプロフェッショナリズムへと昇華されている。彼女の指先は、まるで熟練のピアニストのようにコンソールを叩き、リアルタイムで戦場の霊子分布を書き換えていく。

「純弥、聞こえる? 相手はあなたの反射速度を計算に入れている。でも、それは一秒前のデータよ。私が今から、敵の神経系にノイズを叩き込む」

「了解だ、明日香。······行くぞ、キラ!」

現場で漆黒のバイクから飛び降りた天野純弥は、走りながら変身の印を結ぶ。

「変身ッ!!」

玄いの霊子が渦を巻き、彼の肉体を守護する黄金の装甲へと変える。仮面ライダー隠牙。かつての痛々しさは消え、その立ち姿には王者のような風格さえ漂っていた。

「へっ、相変わらずの自信だね、相棒! だったら僕様が、最高の舞台を整えてやるよ!」

純弥の傍らで、霊体のキラが青龍の形をとり、宙を舞う。

「純弥、右。三歩下がって、四十五度の角度で掌底を叩き込んで。キラ、その瞬間に背後から冷気の霊子で足止めを」

明日香の声が、二人の脳内にダイレクトに響く。それは指示というより、もはや未来予知に近い精度だった。

「そらよッ!」

キラが青白い炎を放ち、重装夜叉の足元を火の海にし、動きを封じる。その刹那、隠牙は視覚で捉えるよりも早く、明日香が示した「点」へと右手を突き出した。

ドォォォォンッ!!

分厚い夜叉の装甲が、まるで紙細工のように弾け飛ぶ。隠牙のP霊子は、明日香が調整した最適周波数により、一滴の無駄もなく破壊エネルギーへと変換されていた。

「次は二時の方向、三体同時。キラ、陽動は任せたわ」

「あいよ! 美女の頼みじゃ断れないねえ!」

キラが超高速で戦場を駆け抜け、残像を残しながら夜叉たちを翻弄する。敵がキラを捉えようと視線を逸らした瞬間、隠牙の姿は既に彼らの懐に潜り込んでいた。

「はあああッ!!」

一撃、二撃。

隠牙の動きは、もはや暴力ではなく芸術だった。明日香がモニター越しに敵の重心の崩れ、霊子の枯渇、微細な筋肉の硬直を読み取り、それを隠牙に「確信」として伝える。純弥はただ、その確信に従って身体を預ければよかった。

「凄いな······。身体が軽い。明日香、お前には全部見えてるんだな」

「当然よ。あなたの背中は、私が預かってるんだから」

通信機越しの明日香の返答は短いが、そこには絶対的な自負が込められていた。彼女はもはや「待つ女」ではない。隠牙という最強の牙を、最も鋭く研ぎ澄ます「研ぎ師」として、同じ戦場に立っていた。

戦場に立っていた十二体の夜叉は、わずか数分で残り一体となっていた。

指揮官機と思われる重装夜叉が、恐怖に震えながら後ずさる。

「逃がさないわ。純弥、最大出力で。キラ!」

「おっしゃあ! 魂ごと持っていけ!」

バイクに再び変化したキラがジャックナイフの姿勢でスタンバイし、その空転する後部タイヤへ飛び乗ると、凄まじい火花が、必殺の導火線が迸る。

「これが······俺たちの、仮面ライダーの力だ!!」

純弥がタイヤを蹴る。明日香が計算した、最も抵抗の少ない「霊子の通り道」を通り、隠牙はオレンジの破魔矢となって空を駆けた。

「ぜええええあああああああああああ!!」

必殺の破魔蹴矢が夜叉を貫く。

爆発の火柱が夜の港を真っ赤に染め上げ、爆風がコンテナを揺らした。だが、その炎の中から歩み出てくる隠牙の装甲には、煤一つ付いていなかった。

「戦闘終了。······純弥、キラ、お疲れ様。バイタル正常、被害ゼロよ。······完璧な勝利ね」

明日香の声に、微かな満足感が混じる。

「ああ、明日香。最高のオペレートだった。お前がいてくれたから、勝てた」

純弥が変身を解除し、夜空を見上げて微笑む。

「ふん、僕様の功績も忘れるなよな! さて、帰ったら明日香に美味いコーヒーでも淹れてもらうか!」

「ええ、とびきりのを用意しておくわ」

三人の声が重なり、夜の港に静かな絆が満ちていく。

かつての迷いも、孤独も、もうここにはない。

仮面ライダー隠牙。その戦いは今、最強の「チーム」という盾を得て、真のスタートを切ったのだった。

 

それを象徴する命が、八首から通達される。

 

「天野純弥、入ります」

重厚な自動扉が開き、純弥が指令室へと足を踏み入れる。その背後には、真変化によって青年の姿となっているキラが静かに付き従っていた。

部屋の奥、モニターの光を背負って立っていた八首(やがみ)は、何時もの柔和さとは一線を画した鋭い眼光で、純弥を迎えた。

「純弥くん。鼠夜叉の撃破、そして双極の術の完成……見事だったよ」

八首の声が室内に響く。彼は手元の端末を操作し、メインモニターにある「物体」を映し出した。それは、揺らめくような赤い光を放つ、一振りの日本刀であった。

「……刀、ですか?」

純弥が呟く。その刀からは、かつて彼が対峙したどの怪異とも異なる、圧倒的な密度のP霊子が漏れ出していた。

「これはただの刀ではない。我らが奉る四祖神――そのP霊子の結晶である『四宝刀(しほうとう)』のひとつ、『朱雀(すざく)の刀』だ」

「知っての通り、現在、真流源忍党(しんりゅうげんにんとう)は『ジュウニシンショウ』の完成を目論んでいる。だが、彼らの究極の目的は、この四宝刀を揃え、世界の霊子バランスを自らの支配下に置くことにある」

モニターに、不気味に蠢く真流源忍党の基地の映像が映し出される。

「間もなく百年に一度の、各地に点在する宝刀の防御結界の再構成が行われる。そこに奴らが襲撃して来ることは明白だ」

八首は、純弥の瞳を真っ直ぐに見据えた。

「天野純弥くん。君への任務は、この朱雀の刀が保管されている研究所へ急行し、この朱雀の刀を死守することだ。万が一にも、この刀が奴らの手に渡ることは許されない。……失敗すれば、この国、いや世界の霊子は真流源忍党の色に染まるだろう」

純弥は、かつて英美里を失い、絶望の淵で泣き崩れていた自分を思い出した。今の自分にあるのは、あの時のような無力感ではない。俊介から託された「願い」と、キラと共に築き上げた「誓い」が、彼の魂を支えている。

「……了解しました、長官」

純弥は静かに、しかし鋼のような意志を込めて答えた。

「俺は仮面ライダーです。もう二度と、大切なものを奪わせはしない」

その言葉に、八首はわずかに満足げな笑みを浮かべた。

「行け。明日香とタキには、既にバックアップの指示を出してある。君の走りが、未来を切り拓くことを期待しているぞ」

「ああ。……行くぞ、キラ!」

純弥は踵を返し、指令室を飛び出した。その背中は、かつての「自壊のリスクを孕んだ少年」ではなく、闇を切り裂く黄金の流星としての輝きを放っていた。

四七

 

 

 

 

 

 

 

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