天野作晃の、ひいては青葦医療大学入学予定者238名の葬儀の3日前、迅徒関東支部上層部は荒れていた。
「ようやく現れた真醒者《しんせいしゃ》だぞ。取り込まない手はない!」
「馬鹿を言え!一般人からそんなものを引き抜いたと知れれば他の支部からの侮蔑は強まるばかりだ!」
「一般人と言っても“元”とはいえ歴とした迅徒構成員の息子だ。血統に問題はない」
「いやそもそも本当に真醒者であるという確証がーー」
侃侃諤諤、各々の立場、理念、そして面子。その場にいる幹部一同・条忍《じょうにん》達はそれぞれの測りに掛けて比重の傾いたものを持ち寄って議論し続ける。
ーー先程挙げたどれがより多く、重きを置かれたか。それは敢えて言及を避けるが。
しかし時は有限。いつまでも踊る会議はない。
待ったをかけるように、されど相変わらず人好きのする笑みをたたえて、八首がパチンと手拍子を打った。
「えー、皆様各々の立場があるでしょうから、結論には慎重を喫したいであろうことは重々承知しております。おりますが――」
瞬間、真顔になる八首。それだけで息を飲む条忍一同。
今、誰が議場を支配しているか。それだけで明らかであろう。
「我々がこうして言い争っている間にも、敵は計画を着々と進行させており、今回に至ってはとうとう後手に回り、多くの犠牲者を出した。面目というのなら既に潰れ尽くしている。そうは思いませんか?」
彼等にとって、反論するのはもはや仕事の一部である。それを放棄せざるを得ないほどまでに、事は既に後の無い段階まで来ているということを、彼らも理解していた。
それから一拍置いて、今度は見た者に申し訳なさすら感じさせるほどに眉を下げてみせる八首。
「ですので、まー良い大人がギャンブルとは、若人に顔向けできん話ではありますが、ここは一度、彼自身に実力を示してもらう、という方向で収める形にするのはいかがでしょう?」
そして時は戻りーー
あの騒々しい歓迎を告げたあと、そんな経緯があったことを掻い摘んで説明した八首は、議会の際とそっくりそのままの申し訳なさげな表情で話を続けた。
「というわけで純弥君、ようこそと言っておいてなんだけども、こちらにも色々と事情があってね、顔パス入団とは行かないんだ。なので君にはこれから、約一ヶ月に渡って特殊かつ過密なカリキュラムに挑んでもらうことになる。」
純弥としては驚きも異存もなかった。
ハヤトはこれだけの情報操作を行えるような巨大な組織だ。狭き門である事は考えなくても分かる。
そしてこれは感だが、ハヤトとやらはおそらく、自分という個人では無い、自分の〝中に眠っている〟モノに興味を持ち、ソレを揺り起こしたいのだろう。
中学の頃より感じ取っていた〝ソレ〟に、とうとう向かい合う時が来たのだ。
それにしてもーー
ふと思考が横に逸れた。
ーーまさか変身。なんて現象が実在して、こんなにもあっさり手に入るとは思っていなかった。そう。とっくに諦めたはずの夢が、こんな形で叶うなど。
そんな純弥の思考を知ってか知らずか、八首は説明を続けていた。
「これは一般的な迅徒構成員が通常一年間かけて臨むものだ。
これに合格出来れば、晴れてスピード入団、復讐心の赴くまま暴れ倒すことが出来る。不合格ならば、復讐は一年間お預けとなる。
ありきたりなことしか言えないが、頑張ってくれ」
無責任とも取れる激励だが、純弥のやる気を削ぐことはなかった。
ーー上等だ。やってやるとも・・・・・・・・・!
むしろ復讐というワードが、逆に闘争心に火を付けていた。
そしていよいよ特殊カリキュラムの幕が開いた。
第弐話 拳【さつい】の行方
まず、筆記試験。これでも医大に合格した身だ。試験勉強も結果も訳など無かった。
続く体力測定、及び障害物走。生まれつきに加え、父・作晃によって鍛えられた身体能力であっさりとクリアする。そしてその間で、作晃との思い出が蘇り、復讐心の火力がまたひとつ上がっていった。
そして手裏剣術、座禅と忍者らしい試験もクリアしていく。
だが、問題が起こらなかった訳では無かった。
格闘術の試験で押され気味だったところを、頭に血を上らせた勢いで一気に巻き返したは良いものの、勢いが止まらず、危うく相手に怪我をさせるところだった。
が、間一髪、長髪の眼鏡を掛けた男性に止められ、事なきを得たのだった。
その夜、純弥は最終試験・独自忍術の確立のための練習をしていた。エネルギー(P霊子と呼ばれているらしい)を右腕に集中させるが、そこまでしか上手くいかず、手の先で爆発して散ってしまう。
何回目かの挑戦のあと、ふと背後に向けて声をかける。
「何ですか、さっきからコソコソと。集中できないんですけど」
そういうと物陰から、先程の長髪の眼鏡を掛けた男性が出てきた。
「流石、関東支部期待の新星にして真醒者。見事な察知能力です。
復讐には向いていない気もしますが」
「!?、どういう意味ですかッ?!」
「気を配り過ぎてガムシャラさというか、一種の狂気が足りないというか・・・・・・・・・ 」
そこまで言われた途端、カッとなって男性に飛び掛かる。しかし、あっさりかわされ、逆に足を掛けられて転倒、喉元に手刀を添えられてしまう。
「訂正します。復讐には向いてますよ。その足元のおぼついてなさとかね」
純弥は溜め息とともに両手を挙げて降参を示すと、男性は手を取って立ち上がらせてくれた。
「・・・・・・・・・ すみません。冷静じゃありませんでした」
「いえ、こちらこそ。わざとけしかける言い方しましたから」
男性は眼鏡を直しながら名乗った。
「申し遅れました。私は御影晶景(みかげ しょうけい)と申します。」
「あ、すいません。こちらこそ。自分は・・・・・・・・・ 」
「ああ、この迅徒の中では自己紹介は必要ないと思いますよ。君はもう、有名人の仲間入りをしていますからね」
「シンセイシャが、どうこう、って話ですか?」
「んー、正確には君はまだ迅徒の仲間入りをしていないから詳しくは言えないんですが、まあ、そういうことです。
それより、栄養失調は良くない。これまで殆ど何も食べてないでしょう? これ、昼の残りですが、食べておきなさい。」
そう言って御影は右手に下げていたビニール袋から惣菜パンを渡してくれる。
先の無礼もあり、恐縮しながら純弥は受け取った。
二人とも適当な場所へ座り、しばし沈黙したのち、御影が問い掛けた。
「やはり、果たしたいですか、復讐」
「当たり前です・・・・・・・・・ ! 友達や父親を、あんな風に殺されて、それを忘れて安穏と過ごすなんてお断りです」
「それがお友達やお父上の願いだったとしても?」
「何が言いたいんです⁉️ やっぱり〝復讐は間違ってる〟とかそういうありきたりな話ですか⁉️」
「いいえ。むしろこういう命掛けで化物と戦うような組織ではよく聞く、それこそありきたりな動機ですよ。ただね―――」
そこで一瞬、呆れとも後悔とも付かぬような不思議な表情を浮かべ、すぐに先を続けた。
「やはりどうしても長生きの出来ない戦いになることは避けられませんね。僕は君と同じ十八で戦い初めて、今年三十七になりますが、復讐の為に戦った者で生き残っているのは、ひとりですね。」
そうまで言われると、流石に純弥も口を閉ざさるを得なかった。
「それに分かっていますか? 戦うという行為自体が、天野作晃さんが命を捨てて守った、あなたという人間に込められた想いと覚悟をこれ見よがしに棒に振る、そんな行いであることを」
とうとう聞かれる時が来た。純弥はそんな思いで問いを受け止める。
どんなに復讐心に身を焼かれようと、頭を離れず、何度も何度も自問自答してきた。
だからこそ、その答えも既に用意が出来ていた。
「・・・・・・・・・ …それでも、納得いきません。どうしてこんなことをしたのか。ふざけた理由にせよ、ご立派な大義名分があるにせよ、自分のこの目と耳で見て聞いて、
―――その上でこの手で叩き潰してやらない限りは・・・・・・・・・ …!」
そう、納得。結局のところ、そんなエゴにしか辿り着かなかったし、それを肯定するのが自分、天野純弥の性なのだ。それだけで命を掛けることにも躊躇いはない。
立ち上がると、純弥は訓練に戻っていく。その背中に声を掛ける晶景。
「術のコツが掴めないようでしたけど、アドバイスは必要ですか?」
「いいえ。頭に血が登ったおかげで、良い方法思い付きました。」
翌日、天野純弥・忍術効果査定―――合格
そしていよいよの最終試験ーー実戦
純弥はてっきり、格闘試験の延長で試験官と戦うのだと思っていたが、実際には出現した本物の夜叉と戦う、文字通りの命の掛かった〝実戦〟だった。
御影に言わせれば、一匹でも多く駆除する必要があるし、その方が一石二鳥で効率が良いからだそうだ。
そして夜叉出現ポイントに向かう車内にて。
「泣いても笑ってもこれの結果如何でもうあと戻りは出来ません。
覚悟は良いですね?」
「――はい・・・・・・・・・ !」
車が停車すると、窓の外によろよろと歩く蝙蝠の夜叉が見える。
それを見た瞬間、一気に頭に血が登った純弥は外へ飛び出し、ベルトを装着して叫んでいた。
「変身ッッッ!!」
隠牙に変身した純弥は、反撃を許さず、一方的に蝙蝠の夜叉を打ちのめしていく。
「・・・・・・・・・ はあ、・・・・・・・・・ はあ、く、…ハア・・・・・・・・・ …!」
しかし段々と息が上がっていく隠牙。
(何を躊躇ってる・・・・・・・・・ !? コイツは敵だ。敵なんだ。父さんや木村達の仇なんだ。躊躇う理由は・・・・・・・・・ …!)
これまでに見聞きした夜叉に関する事情がフラッシュバックしてくる。
〈彼らは元人間だ〉〈罪のない一般人を捕らえて変えた者がほとんどなんだ〉
そして自分がこの手で作りあげた肉の山とぽつんと残された頭蓋骨と肋骨。
「うううあああああああッ!!」
それらを振り切るように、一際力を込めたパンチで蝙蝠の夜叉を離れた場所に吹き飛ばし、壁に叩きつける。
「・・・・・・・・・ はあ、・・・・・・・・・ ハア・・・・・・・・・ !」
その隙に腕を交差させ、マッチを擦るように左腕を引くと、右肘に導火線に着火したような火花が散り始める。これが隠牙必殺の構え。
そして火花が右拳に到達したのを確認すると同時に駆け出す。
「うぅぅぅぅおおぉぉぉあああああ!?」
あらゆる蟠りを振り切るように蝙蝠の夜叉に飛び掛かる隠牙。
その時。
「・・・・・・・・・ …ごめんな、――り・・・・・・・・・ 」
その呟いた言葉が聞き覚えのある名前と同じ響きだったからか、
それとも夜叉になっても誰かを思いやっている姿に感化されたか。
どちらにせよ、隠牙の変身は解け、純弥に戻った状態の拳は蝙蝠の夜叉の頬をペチンと叩くだけに終わった。
「グルルアアアアアッ!!」
その隙を蝙蝠の夜叉が見逃すはずもなく、たちまち先程のお返しとばかりの猛攻撃を受け、壁に叩きつけられて先程と逆の構図になる。そのままトドメを刺そうとするが、
「はい。そこまで。試験は終了。お疲れ様でした」
御影が割って入り、蝙蝠の夜叉を睨み付ける。それだけで実力差を感じたのか、踵を返して飛び去っていった。
「・・・・・・・・・ さて、では添削といきましょう。
近接戦闘力については文句無しの合格ですが、
その他の項目、メンタル安定度、及びそれに付随するP霊子の不安定さ、そしてなにより、戦意の喪失による。変身解除。おまけに危機的状況下での救難要請行為も無し。
ここまで赤点が付けば分かりますね?」
「迅徒入団特殊カリキュラム、不合格です。純弥君」
帰りの車内。
純弥はぼうっと外の景色を、道行く人々を眺めていた。
先程まで、彼らを食い殺そうとする化け物がとの戦いがあったとは思えないほど、いつも通りの光景が広がっている。それを見て、改めて自分は〝遠い〟処まで来たのだということを自覚した。
「分かりましたか?あなたが復讐に向いていないと言った意味が。
ようするに、あなたは、その場で直接手を下した仇を殺せても、それ以外の仇と無関係な者達に暴力は振るえない。そのぐらいには優しいということです。
それに迅徒で戦う道は何も一つだけじゃありません。情報を収集してそこから敵の拠点を割り出すなどして、直接戦う者達の支援をする。それだって立派な戦いです。
まあ、どちらにせよ、君にはこれから一年間の通常カリキュラムが待っていますから、その間じっくりと見定めておくことです。自分の戦い方を」
入団試験のための宿舎まで送られたが、一睡もできず夜を明かした。さらにそのままボーッとしていたら気が付くと夕方にまでなっていた。夕飯を買うためコンビニに向かったが、今度は帰る気になれず、公園のベンチでボーッとする。
と、突然ふくらはぎを蹴っ飛ばされる。
「いってえ?!」
不良に絡まれたか? だとしたら面倒だったが、
犯人は4、5歳くらいの少年だった。
「わかいもんがなにシケたツラしてんだ! それによいこならウチにかえってべんきょーしてるはずだろ?!」
言っていることは至極もっともなのだが、いきなり人を蹴飛ばすのは頂けない子だ。
注意しようと思ったが、すぐに母親が追いついてきた。
「こら!? 健一! アンタなんてことしてんの?!
すみませんすみません?! 足大丈夫ですか?!」
「だってママ?! ぱんざますとだってとっくに鳴ったのにおウチかえってないってことはコイツぜったいワルいヤツだよ?! 」
「今のアンタよりは絶対良い人だから! いいから黙ってなさい‼️」
元気の良い親子だなー。純弥は久しぶりに心洗われる気持ちだった。
「あ、ははは。いえ、大丈夫ですよ。このぐらいは。それに健一君、悪いヤツからママを守りたかったんだよな?」
「そうだよ! パパがしんじゃったから、これからはぼ、おれがママを
守るんだ!」
「・・・・・・・・・ そっか。でもママの後ろに隠れながらじゃなかったら絶対カッコ良かったんだけどなー。その台詞」
「う、」
「それと健一君。君、ピーマンは食べられるかい?」
「! あ、あんなのたべなくてもしぬわけじゃないし!」
「そうだねー。俺もそう思ってたんだ、健一君くらいの時は・・・・・・・・・
でもね・・・・・・・・・ そのせいでなってしまったんだ。・・・・・・・・・ チビにね。」
「!」
「ママを守りたいっていうなら、まずは好き嫌い無くしてでっかくならないとね」
「うぅ・・・・・・・・・ はい」
なんだ、素直な良い子じゃないか。ちょっとしたお説教もして溜飲も下がったし、気になっていたことを尋ねる。
「因みに、ママさんはどうしてここまで? それこそもうお家帰らないと・・・・・・・・・ 」
「あああー、そうだあ・・・・・・・・・ 最近越して来たばかりだからちょっと道迷っちゃってー・・・・・・・・・ 」
「・・・・・それなら、自分が案内しますよ?」
「エエエエ?! 良いですよそんな! ご迷惑お掛けしたばかりなのに!」
「いえ、自分も帰るついでですから」
道案内する道すがら、他愛の無い話をする。そのうちに、段々とここ一ヶ月張り詰めていた心が解け、復讐心すらも薄れていくようだった。
ーーそうだ・・・・・・・・・ みんなそれぞれに事情を抱えながら頑張って生きてるんだ。俺一人都合良く恨みを晴らそうなんて、虫の良い話なんじゃないか・・・・・・・・・ ? それに・・・・・・・・・
御影が言ったように、自分は父のなげうった命のもとで生かされている。そしてそれを実際に危険に晒した。ここまで無様を晒せば自分は復讐に向いてないという証明はもう十分だろう。
そう、迅徒の前線に出ることを諦めようとした時だった。
「ねえ、ママ。あれなに?でっかいからす?」
健人が夜空を指差し、それを目で追った純弥の顔から一気に血の気が引いた。
「伏せろ!!」
咄嗟に親子を地面に引き倒すと、その真上を黒い影――蝙蝠の夜叉が通り過ぎていった。そしてすぐ旋回して戻ってくる。
(くっ、承認は得てないけど、緊急事態だ、仕方ない!!)
そう考えて巻物を構えるが、巻物がベルトに変化しない。
(ッ! もう、変身すら出来ないのか?!)
この巻物は装着者の闘争本能を込めたP霊子を流し込まなければ変化しない。もはや自分は無力に成り下がった。
純弥達は逃げるしかなくなり、純弥は健人をおんぶし、健人の母の手を引きながら走り続ける。どうにか身を隠せる路地裏までたどり着くと、携帯で御影に救援を求める。
「御影さん! 今夜叉に襲われてます! おまけに変身が出来なくて・・・・・・・・・ 早く救援を、・・・・・・・・・ え?!」
「すみません! そちらに向かいたいのは山々なんですが・・・・・・・・・ !」
御影は別の場所で大量の夜獣と戦闘に入っていた。
(純弥君と引き離すように・・・・・・・・・ 明らかに迅徒の中に内通者がいる! いや、今はそれ以上に・・・・・・・・・ …!!)
「・・・・・・・・・ あんな偉そうな口を叩いておいて、このザマかッ!!」
助けは来ないことを知った純弥は覚悟を決める。同時に、路地の入り口に蝙蝠の夜叉が降り立った。
「健一君、ママさん。俺が何とかしてアイツの動きを止めるから、その間に全力で逃げるんだ・・・・・・・・・ 」
「そんな?! 天野君?! 無茶よ?!」
「いいから!! もうそれしか方法が無い!」
「うううううおおおおああああああ!?!」
純弥は雄叫びを上げながら蝙蝠の夜叉に突っ込んだ。しかし、
「キシャアアアアアア!!」
夜叉は純弥を素通りして健一親子に襲い掛かっていった。
「!?」
純弥の視界がまたスローモーションになり、健一を突き飛ばして庇う健一母が、
ーー自分と父の時の再現が行われようとしていた。
「――――や、め、ろおおおおおおおおおおおオオオオ」
そんなことはさせない。その一念で夜叉の元へと駆け出す。同時に、巻物が起動してベルトとなって腰に巻き付き、脚力が強化されたことで蝙蝠の夜叉に追い付き、タックルを食らわせることに成功し、蝙蝠の夜叉を明後日の方向へ突飛ばした。
「・・・・・・・・・ すみません。手こずっちゃって。もう大丈夫ですから、健人君の側にいて上げてください」
そういうと、健人親子と蝙蝠の夜叉の間に立ち、叫ぶ。
「変身ッ!!」
変身に成功した純弥・・・・・・・・・ いや、隠牙が構えを取る。
それを見て目を輝かせる健人。
「スッゲー! 兄ちゃんほんもののヒーローじゃ――」
「うううううおおおおああああああああああ!!!」
健人の感激した声も、あらゆる感情やしがらみを振り切るような叫びで掻き消された。
駆け寄りざまに殴り掛かるが、夜叉は飛んで空中に逃れる。
間髪いれずクナイを投げつけるが、全て躱され、周囲のコンクリート壁に突き刺さるだけだ。
しかしそれで終わらず、隠牙は跳び上がると壁に突き刺さったクナイを踏み場にして三角飛びを繰り返し、とうとう夜叉の背後に追い付いた。
そして相手の背中へ渾身の拳を叩きつけようとした瞬間、夜叉は一際強く羽ばたいて空中を反転、一瞬で隠牙の背後に回り、拳を振り抜いて無防備になっている背中へ牙を突き立てようとした。
その瞬間、隠牙は拳からジェット噴射のように炎を吹き出し、その勢いでバック宙をやってのけ、再び夜叉の背後に回り込むことに成功。今度こそ逃がさんとばかり、渾身の力で夜叉の首筋と片翼に掴み掛かった。
「おおおおオオオオおッ!」
そして雄叫びと共に蹴り飛ばす勢いで脚を叩き付けた。
その反動で、とうとう蝙蝠の夜叉は翼を捥がれ、地面に叩きつけられるのだった。翼を踠いだ際の返り血に濡れながら、静かに着地を決める隠牙。
息を荒げながら、立ち上がる両者。
やがて隠牙は、腕を交差させ、マッチを擦るように左腕を引き、ゆっくりと、あの時とは違う、心の底まで必殺の意思と決意を込めた構えを取る。
導火線に着火したように小さな火花が右拳に向かっていく。
やがてそれが右拳に辿り着きーー
「グルルルルあああああああああああアアアア‼️」
「うああああああああああああアアアアアアア‼️」
叫び、夜叉に全速力で向かっていく。
そして夜叉が苦し紛れに突き出した爪のひと突きをかわして、拳をどてっ腹に叩き込むと、圧縮されて杭のようになった爆炎が夜叉を貫いた。
暫しの静寂のあと、腹に焼け焦げた大穴を空けた夜叉が、か細い声で口を開いた。
「・・・・・・・・・ …あ、りがと…う」
「え・・・・・・・・・ ?…」
「・・・・・・・・・ 私にも娘がいてね・・・・・・・・・ …人様の家族を餌にするようなことになったら、永遠に顔向けできなくなるところだった。だから・・・・・・・・・ …ありがとう」
「俺は、そんな・・・・・・・・・ 」
言い切る前に、夜叉はタバコの吸殻のようにボロボロになり、すぐに崩れていった。
振り切るように後ろを向き、今度は健一親子の方を見た。
「あなた達は、大丈夫で――」
言い切る前に、親子の異常に気がつく。
怯えきった表情でこちらを見ている。それに息を呑み、何の気なしに壁に掛けられた汚れた鏡に目をやった。
暗闇に光る真っ赤な双眸。全身は血まみれ。それに色んな感情を振り切る為に叫びまくっていた気がする。
そんなことをぼうっと考えつつ、鏡に映る自分の姿を見て、これは怯えるのも仕方ないな、と納得する。
その時、「ダメ、健ちゃん!」と押し殺したような声が聞こえて、視線を親子に戻した。
健一が、ママの前に出て、ガタガタ震えて半ベソを掻きながらも、全身で大の字を作って通せんぼをしていた。
「・・・・・・・・・ …クスッ、」
その姿を見たからには、純弥のやるべきことはひとつだった。
「・・・・・・・・・ その調子だ」
「え?」
「守ってやるんだぞ。お母さんを」
それだけ言うと、踵を返して歩き去っていった。
幾らか経って、初めて見る壮年の男と共に御影が駆け付けてきた。
「・・・・・・・・・ …申し訳ありません。結局貴方を戦わせてしまった」
「良いんですよ。気付いてるでしょ? ここまでの俺を戦わせるよう仕向けるような敵の動き」
「・・・・・・・・・ …敵自身も、貴方を戦わせたがっている」
「そう。癪な話ですけど、俺と奴らの考えは一緒みたいです」
「ならば、分かっているんですね? 戦いを選ぶということ自体、敵の罠に飛び込むようなことであることを」
「もちろん。そうしないとさっきみたいに無関係な人が延々と狙われ続ける羽目になりそうですし」
「・・・・・・・・・ そう、ですね。では、これにて晴れて貴方は――」
「ええ、これで大手を振って復讐に邁進できます」
「え?」
「何を驚いてるんです?俺のやることは変わってませんよ。
敵の思惑に飛び込んで、夜叉たちを始末していって・・・・・・・・・ …その過程で、まあ、人の命を救うことがあるかもしれませんけど。それだって奴らの思惑をひとつでも邪魔するためのオマケにすぎません。そうして戦って戦って、力ずくで真相に近づいてやる。
そう、それが
それが俺の復讐です」
〝アッハハハハハハハハハ・・・・・・・・・ く、クククひひはひひひひ!〟
あの夢の中の赤ん坊の泣き声より遥かに前から、耳にこびりついて離れない哄笑がリフレインする。
(そうだ。忘れるな天野純弥。お前に誰かを守るだなんて"正しい"戦いはできっこないことを。そんな崇高な人間じゃないってことを――)
そう自分に言い聞かせ、立ち去ろうとした純弥だったが、
「あの、すみません、まだ話は終わってないんですが」
「だはあ⁉️」
盛大にずっこける。
「おいおいおい。せっかく決めた雰囲気だったのにぶち壊してやるなよ。一世一代の決めゼリフだったろうに可哀想だろ?」
壮年の男が言う。
「いや、私別にそういうの気にしない質なので」
「お前の質は関係ないんだよ、この場合は?!」
「~~~~~っ❗ 何ですか話って?!」
さっきまでの自分の台詞が厨二病掛かっていたことを自覚して、純弥の顔はもう真っ赤だ。
逆に御影は問われると即顔を引き締めて、懐からお札を取り出して地面に置くと、印を結んで術を唱えた。
「口寄せ。登録番号22-9870」
すると、突然その場にバイクが現れる。
「?! このバイクって――」
「そう、作晃さんの愛車です。本当は――」
御影が男に目配せすると、男が体長2mほどの龍に変化し、それから直ぐにバイクに変化した。
「ええ?!」
「このようにもっと別の正式なものが配属されるのですが、少し問題があって遅れているんです。だからしばらくはこのバイクを足にしていただくことになります」
聞きながら、父のバイクを撫でる純弥。
その時、バイクから電子音で通信が入る。
『通達。ポイントCB-1H』にて夜叉の出現を確認。付近のゲニンに急行を要請」
「今夜は忙しくなりそうです。連チャンで申し訳ないですが、私に同行していただけますか」
「も、勿論です。早く行きましょう」
並走してその場を去って行く。純弥と御影。エンジン音が闇に吸い込まれて行った。
九七
翌朝。とある母子家庭の子供が嫌いだったピーマンを克服したという。