仮面ライダー隠牙   作:モタボチ

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目覚め始めるその魂

ここは迅徒関東支部地下訓練所。

普通木造である道場をコンクリートで建築したというような風合いの建物内で、今多貴悠樹は、訓練の成果を見せるため、深呼吸をしていた。

そしていざ、前へ出ると、床に手を付き、叫んだ。

「土遁!堅牢壁の術!」

丹田から出た張りの良い声が轟き、同時に、コンクリの床がせり上がり、やがて高さ2m半ば程の石の柱が出来上がった。

──そう、柱である。壁ではない。ようするに失敗である。

この失敗を、もう二十回は繰り返していた。

「・・・・・・・・・くっそ、またかよ」

タキは毒づいて膝を折った。

「ほら。いい加減休憩入れろって」

純弥がミネラルウォーターを差し入れながら言った。

「でもホント、硬さだけは一級品なのよね、これ」

明日香がかなり強めに柱を叩いた。確かにゴン!ゴン!とかなり鈍い音がする。

「いやそもそもさー、何の血筋も引いてないヤツが忍術使おう、てのが無茶なんだよ。これだけやって駄目って証明されてるんだからさー。辞めたら?潔く。ねえ、一般人くん?」

キラは相変わらずの調子でおちょくってくる上、タキを〝一般人くん〟と呼ぶばかりで名前を呼ばない。

このくそ生意気な女誑しドラゴンに認められない悔しさと、その評価が間違っていないという事実で、タキはジリジリとした焦燥感にかられていた。

そうして先行きの見えないまま、タキの訓練は今日も成果が出ぬまま、終了となった。

 

第陸話『目覚め始めるその魂』

 

その後当てどなくブラブラしていたタキは、何の気なしに、本屋へ寄った。つもりだったが、とあるコーナーのとある本棚を見て、自分は自分を見つめ直すために、この本屋へ寄ったのではないかと錯覚した。

その本のコーナーとは医学書。医療関係本。そして、練習問題集、ドリルなどの勉強本の数々。

それらを見て、思い出したくもない記憶がフラッシュバックしてきた。

 

──何でこんな簡単なことが出来ないの⁉️

──多貴家の恥だな・・・・・・

──あんたなんか■■■■■■■■■■!

 

そんなあれやこれやが脳裏に浮かび、タキは、ハ、と吐き捨てるように嗤った。

タキは代々医者の家系に生まれた。当然、そうなる為のレールを敷かれ、学校の休み時間にしか気が休まる時が無いほどに勉強で埋めつくされた生活を余儀なくされた。

そんな環境下で〝良い子〟でいられるほど、タキは我慢のきく子ではなく、当然荒れた。

しかし、悪いこともあれば良いこともある。

それが純弥との出会いだった。

おかげでタキは真っ当になり(家族とは絶縁状態だが)大学にも進んで自分の人生に向き合う意思を取り戻したのだった。

だがそれにしても、とタキは思わずにはいられない。

自分は余計なお世話だったとはいえ、医者の道をお膳立てしてもらい、それを蹴り、純弥は並大抵ではない努力で自ら勝ち取ったが、それを邪魔された。

つくづく運命とは皮肉屋だ。イギリス人か。

考えも取り留めのなくなってきたので、そろそろ帰ろうかとした時だった。

 

少女はキョロキョロと当たりを見渡し、カメラの死角にも入ったことを確認する。

あとはいつも通り、スっと引き抜くだけ──

の、はずが、突如横からその手をパチンッ!とかなり大きな音を立てて(しかし不思議と痛みはない)はたかれた。

少女は本当に息が止まる思いだったであろう。殆ど酸欠状態で振り向くと、誰あろう、手をはたいた犯人であるタキが、シー!とジェスチャーして立っていた。

思わず叫びそうになるが、時既に遅しだった。

「あの、どうかなされましたか?」

手をはたかれた音を聞きつけ、店員がやってきた。

──もう、人生が完全に終わった。

きっと少女はそう思ったであろうが、次の瞬間、別の意味で驚愕した。

「いやー! すみません! 〝友達〟の手に蚊が止まってたもんで、叩いたら思ったより大きな音になっちゃって!」

庇われた──。その事実に、思わず目を剥いて振り向きそうになるが、それも「ほら、お前も謝れって!」と無理やり頭を下げさせられ、誤魔化された。

「あ、ああ、そうでしたか。失礼しました。あの、もういいので、お友達、放してあげてください」

かなりの圧の謝罪をされ、引いた店員は、そそくさと去って行ったのだった。

 

「・・・・・・・・・あの、助けて頂いて、ありがとう、ございました·········」

戸惑い、というより疑念であろう、途切れ途切れに礼を述べる少女に、タキはヒラヒラと手を振ってこともなげに答える。

「別に。目の前で人が人生棒に振るの見てるのは後味悪かったから」

「·········すごい、方ですね…」

「ただのダチの受け売りというか、感染したっていうか。そんなもんだよ」

「いえ、それでも!」

少女がいきなり距離を詰めてきて、至極健康的な青年であるタキは当然、ドキッとさせられた。

「受け売りだとしても、それを実行出来るなんて素敵です‼️」

さっきまで万引きの後ろめたさから俯いて沈みきっていた表情から一転、目をキラキラさせ、顔色も良くなり、ついでに身長差からやや上目遣いで見つめてくるものだから、タキの思考回路は一言に固定された。

かわいい。

「わたし、古泉ほのかって言います! 貴方のお名前も教えてくれませんか⁉️」

「·········た、多貴悠樹、っていいます、っす・・・・・・・・・」

「悠樹さんですね! 連絡先交換させて下さい!」

熱に浮かされた状態のまま、古泉ほのかによって状況に流されていき、やがて「本当にありがとうございました! 今夜にでも連絡して良いですか?」と聞かれ、特に理解しないまま「うん」と答えても、ほのかは気にした様子もなく、それでは!と言って帰路に就いたが、途中何度も振り返っては手を降ってきた。

振り返る度にふわりと翻る亜麻色の髪が夕陽に照らされて綺麗だった、というのがタキの談である。

 

その日の迅徒本部での食堂にて、やはりタキは相変わらずぽけー、としていた。ちゃんと食券を買えて受け取った食事をこぼさずに席に着けたのは奇跡であった。

「おい、どうしたんだよ、さっきから。キラに言われたことなら気にすんなって」

純弥が隣に座りつつそう言った。キラに言われたことを真に受けて落ち込んでいると思っている。

「・・・・・・・・・ いや、そうじゃ、ないん、だ」

「じゃあ、なんだよ?」

純弥は味噌汁をズズズっと啜った。ちょうどその時に意を決し、タキは話を切り出した。

「俺、実は・・・・・・・・・ ・・・・・・・・・ 好きな人出来たみたいだ」

「ブぼっ‼️ ブクブクふぉ⁉️」

口を付けた状態で吹き出したせいで、味噌汁が逆流し、純弥は味噌汁で溺れかけるという貴重な経験をした。

「ああ、わりぃ大丈夫か?」

タキは慌てて純弥の背中をさす──っているつもりだが、位置がズレて頭をなでている。

「ゴホゴホッ! ええい!そんなことより!」

手を振り払いつつ、純弥は味噌汁の熱で真っ赤になった口を拭うと──目をキラキラさせながら話を続けた。

「好きな子出来たって⁉️ どんな子⁉️ タイプだった⁉️ どういう出会いを⁉️」

天野純弥、18歳。彼は、恋バナが好きだった。

「えーと実は・・・・・・・・・ 」

「うんうんうんうんうん⁉️」

タキの馴れ初め?を首がもげるのではないかという勢いで頷きながら聴く純弥を、男二人に気を利かして少し離れた席で見守る明日香は、微笑ましげ・・・・・・・・・ なのは間違いないのだが、なんだか疲れも滲ませた不思議な表情をしていた。

「どうしたんだい? 変な表情(かお)をしているよ、明日香」

相席に御影が座って尋ねてきた。

「うん・・・・・・・・・ めでたいことだよ、勿論。ただ、この後がね・・・・・・・・・ 」

「この後?」

「ええい! こうしちゃいられねえ! さっさと飯食べろ! 作戦会議だ! 明日香!お前もだ! 各自風呂を済ませた後、九時にタキの部屋に集合だ‼️ いいな⁉️」

なにかに痺れを切らしたのか、純弥はそう通達すると、お盆を返したあと猛スピードで廊下の向こうに消えて行った。

「・・・・・・・・・ ほら、ね? アタシも巻き込まれるわけ」

はあ、と溜息をつく娘の頭を御影は撫でてやるしか出来なかった。

──なお、その心中は、「おお! 俺今凄い親っぽいことしてる! ていうか髪サラサラ!流石我が娘‼️」 とちょっと禄なものではなかったが・・・・・・・・・

 

そして毎晩夜叉の出現と討伐がある以外は(ついでに夜叉でなくなく夜獣相手だったので純弥は比較的心が楽だった)穏やかに日々が流れ純弥はタキの恋バナで盛り上がり、とうとう初デートの日がやって来た。

 

駅前にて、カジュアルな服装に身を固め、武者震いを繰り返しつつキョロキョロするタキ。やがて十分後、「ごめんなさーい!遅れました!」と古泉ほのかが到着し、「イヤイマキタトコロ!」と棒読みで返すと、やがて連れ立って歩き出した。

そんな彼を、人混みに紛れ、分散して監視する二つの影・・・・・・・・・ 。

というか、純弥と明日香(強制参加)だった。

「・・・・・・・・・ ファルコン1、TKが目標と合流。移動を開始した。これより、DKDKCP作戦を開始する・・・・・・・・・ ! 送れ!」

「・・・・・・・・・ ・・・・・・・・・ 」

「ファルコン1⁉️ どうしたファルコン1⁉️ ·········くっ、やられたか・・・・・・・・・ CQ、CQ! こちら〝ファルコン1〟、バディがロスト、これより単独で任務を続行する! オーバー!」

──そう、彼は厨二病、いやこのケースは小二病と呼ぶべきだろう。とにかく患っている彼は、トランシーバー·········は、用意出来なかったので、スマホを代わりとして尾行ごっこをエンジョイ。明日香のシカトもものともせず、完全に〝入り込んで〟、双眼鏡を携え、タキとほのかの追跡を開始したのだった。

 

「ねえ、ママ。あの人なんでそうがんきょう見ながらコソコソ話してるのー?」

「シー! 見ちゃいけません!」

 

デートコースはなんてことない、定番と呼べるもので、映画、ウィンドウショッピング、ゲームセンター、と無難に進んでいき、小休止ということでオープンテラスでご飯へと進んでいた。

 

──それを純弥は、相変わらず鉄柵越しに双眼鏡で監視し、存在しないCQへの報告を続けていた。そしてその背後には、馬鹿がバカやらかさないよう、退屈でしょうがないが、帰ることも出来ないという地獄の状況で、なお付いて来てくれている明日香がジト目で純弥を監視していた。

純弥は彼女の優しさに感謝すべきである。真剣で。

そして2、3時間特に何も起こらず、一人でゴッコをエンジョイしている背中(なお現在、「やれば出来る絶対出来る頑張れがんばれそこだ諦めんな手ぇ繋げああ⁉️ どうして辞めるんだそこで⁉️ もっと頑張ってみろよ応援してる人達のこと思ってみろってあとちょっとの所なんだからやれる気持ちの問題だ」と有名熱血タレントと化している)を見ているだけという時間を過ごしていれば、流石にハラワタが煮えてくるものだから、ちょっと揶揄ってやろうというつもりで、純弥の背後に近づき、耳元でコソコソとこう言った。

 

「ある意味だけど、ダブルデートって言えるかもね。この状況」

 

ガんッ!メギョッ‼️

何の音か簡単に説明すると、純弥が双眼鏡を持ったまま柵に顔を突っ込んだ激突音、及び眼に双眼鏡がめり込んだ音である。

 

「?」

「どうかしましたか?」

近くで大きな音を立てられれば流石にタキも異変に気付くが、異変の原因は既に姿を消しており、「い、いや、何でもないよ」と返して談笑を再開するタキであった。

 

「ぐあああああああ目が! 眼がああああああ」

純弥はそう叫んでいるが、明日香がすばやくハンカチを口に突っ込んだおかげて、タキらに聴き付けられることはなく、現在羽交い締めでタキらの傍から離れた物陰に身を隠していた。明日香のファインプレーは続く。

「ああー!もう、悪かったから! いい加減静かにする!」

そういうとやがてもがくのをやめ、口からハンカチを取り出したまでは良いが、そのまま静かになる純弥。

何しやがる?!とか怒鳴り付けて来ると思っていた明日香だけに、その沈黙に戸惑う。そして次に純弥から発された言葉に余計混乱する事になる。

「・・・・・・・・・ ありがとな」

「え?」

突然のお礼にポカンとなると、それに構わず純弥は続けた。

「こんな風に·········こんなに楽しい時間、もう過ごせないだろうと思ってたし、そう覚悟してたから。だから、ありがとう。今日は付き合ってくれて」

──ホント、コイツは。

徐ろにこういうこと言ってくるんだから、昔から。

そう思いながら、明日香は肩を竦めつつ、しょうがないな、という風に鼻息をもらすと、純弥の頭をガシガシと撫でた。

ちょっ、やめろって、と純弥が言いかけたとき、迅徒からの直通を報せる着信音が鳴り響いた。

「あの、今日はホントに楽しかったです! 本当にありがとうございました!」

「い、いや、こちらこそ、ほんと・・・・・・・・・ 楽しかった、っす・・・・・・・・・ 」

「そ、それでなんですけど・・・・・・・・・ 」

突然モジモジしだし、何かを言い淀む古泉ほのか。

やがて飛び出した言葉は──

「あの! もしよろしかったら! ついて来て欲しい所があるんです! 御一緒していただけませんか⁉️」

♪エンダアアアアアアアアアアアアアアアアイヤアアアアアアアアアアアアア‼️

恋愛経験の少ないタキの脳内で、大分早とちりな大勝利BGMが轟いた。

運命の出会い、度重なる逢瀬、そして今、夕日に照らされての申し出と言えば──こく──

「ああああ⁉️ 探したぞお前! こんなところに⁉️」

「もう! この後予定あるの忘れたの⁉️ すいません!コイツちょっと借りますー!すみませーん!」

「は⁉️お前ら⁉️ なんで――」

タキが文句を言うより早く、純弥と明日香に両脇を抱えられ、連れ去られて行った。

 

「だあああ!もう!いい加減離せって!」

かなりの距離を引き摺られていたタキが、ようやっと二人の拘束から逃れる。

「何してくれてんだよ! いい感じの雰囲気であと少しで・・・・・・・・・ こう·········とにかくチャンスだった・・・・・・・・・ の、に」

タキは当然ながら喚き立てたが、二人の神妙な表情で怒りが霧散してしまった。

「な、なんだよ? そんなお通夜ムードみたいな顔は?」

そう尋ねたタキに、返答の代わりにスマホを、迅徒からのメール文章を見せる。

訝しげにスマホの画面を覗くが、次の瞬間、タキの顔から血の気が引いた。

「お、おい! これって・・・・・・・・・ 」

メールの内容は簡潔で、かつ残酷なものだった。

『古泉ほのか(18)の周辺で、行方不明者を多数確認。

夜叉の可能性高し。警戒を厳とせよ』

 

「何かの間違いです! 彼女は違います!」

本部に戻り、八首に対して抗議するタキ。

それでも八首は相変わらず申し訳なさそうな、困ったような表情を浮かべるだけだった。

「すまない。こちらとしてもなんとも言えない、としか言えないんだ。夜叉の何が厄介か、講義を受けた君ならわかるね?」

「それは・・・・・・・・・ 」

八首の言う夜叉の厄介さ。それは、人間の姿をしている限り、つまり陽の光の出ている限り、夜叉はなんの妖的反応を示さず、正体を現すまで反応を追えない、ということである。だから駐忍による情報収集が不可欠であり、〝食事〟に出る為に正体を現す夜間にしか化忍達は原則出動が許されていないのだ。

だから、古泉ほのかの現在の立場は、可能性の高い容疑者でしかない。はずだが、八首はさらに最悪な情報を付け足した。

「実際、彼女の周囲を洗っていた駐忍たちの反応が途絶えた。状況証拠が、揃い過ぎているんだ」

「⁉️」

タキの中ですら、彼女への疑いが首をもたげ始めている。だが──

「なあ! お前ら見てたんだろ? 今日のあの子の笑顔! 人喰いが、あんな綺麗な表情【かお】浮かべられると思うか⁉️なあ⁉️」

もはやヤケである。信じたくないというただの駄々で友人達に縋るしかないタキ。

それを見て純弥は。

「──っ」

俯いて悔しげな表情を浮かべるだけだ。既に数多くの夜叉と対峙してきた純弥は、奴らの擬態が如何に巧みか知ってしまっていたのだ。安直な励ましなど、掛けられなかった。

「・・・・・・・・・ くそ!」

もはや破れかぶれ、衝動のままにタキは走り出していた。

「・・・・・・・・・ ? 純弥、アンタどこ行くの?」

純弥はタキを追うでもなく、別方向へ歩き出していた。

「・・・・・・・・・ 改めて、彼女の情報を洗う」

「・・・・・・・・・ 分かった。手伝う」

それぞれの方法で諦めず、可能性を模索しようとする若者達を見て、八首は微笑んでいた。

 

「もしもし、ほのかちゃん⁉️ さっきはいきなり帰ってごめん! さっき言いかけてた、付いてきてほしい、って行ってたとこ⁉️ 教えてくれる⁉️」

『それじゃあ──』

そう電話を入れて現在、教えられた住所へ向かっているタキ。

だが──。

「・・・・・・・・・ッ」

場所に近づくにつれ、どんどん人気が無くなっていき、とうとう、デートの最後を飾るに不相応な、ロマンチックさのかけらもない、古ぼけた倉庫群まで辿り着いた。

「・・・・・・・・・ やっぱり、そうなのかよっ」

タキの心に絶望が広がっていく。だがまだ──まだ、と希望に縋り付いたまま、歩みを止めることが出来ない。

そしてついに、伝えられた番号の振られた倉庫前に辿り着いた。

もはや逃げられない。希望はとっくに磨り減って、意地というエゴしか残っていない。

だが、幸か不幸か、そんなちっぽけなモノでも行動を起こす燃料とするには十分。それが元ヤンとしても、本質的にも、タキという男である。

意を決し、倉庫の引き戸を──戸の重さだけで心が折れそうになるも──開け放った。

開け放たれ、夕陽の差し込んだ埃だらけの床を目で追うと、果たして古泉ほのかはそこに居た。

夕陽と言うスポットライトに照らされ、その亜麻色の髪は相変わらず美しいが、その表情は初めて出会った万引き未遂の時と同じかそれ以上に、憂いに満ちていた。

「・・・・・・・・・ 来ちゃった・・・・・・・・・ んですね」

彼女は〝残念そうに〟、言葉を発した。

 

一方、純弥と明日香は、古泉ほのかの周辺情報を洗っていたが、やはり天才ハッカーでもない情報収集のズブの素人が得られるものなどたかが知れており、難航・・・・・・・・・ いやもはや諦めるべきという結論しか出ない有様である。

そう、無念そうにキーボードから手を引いた。

「ま、こんなもんだよ。現実ってのは。生兵法も付け焼き刃も怪我のもと。潔く力不足を認めなよ」

青龍形態でとぐろを巻いて後ろのソファーで寛いでいたキラが、そういつもの嫌味で二人を嗤う。

「・・・・・・・・・ そうかも知れないけど、こんなの無いだろ。あいつの初恋が・・・・・・こんな・・・・・・」

「だから、そんなアツイゆうじょーでひっくり返せるほど、現実は甘くないんだっての。すなわち、──そこはプロにブン投げるのが最善手・・・・・・・・・ おや?」

そこまで言いつつ、キラは尻尾でマウスを操作、とある記事を拡大し、「・・・・・・ほう?」と意味ありげに吐息を漏らした。

ちょうどそれと同時に、ドアの向こうからドタドタと慌てた様子の足音が聞こえ、すぐにバタン!とドアが開け放たれ、ろくろ首の陸が飛び込んで来た。

「なんだ、遅いじゃないか。今僕でも見つけられたぞ?アナライザー資格に赤点ついちゃったな? りっくん?」

「いや、さっき見つけて今プリントしてきたところなんだから事実上僕の方が早いだろ!──ってそうじゃなくて! 純弥君!コレ見て下さい!」

そういって陸が渡してきたのは、今さっきキラが見つけたのと同じ、とある三面記事を拡大したものだ。純弥と明日香が同時にそれを覗き込み、

「・・・・・・・・・ ふん」

誰も寄ってこないキラは不貞腐れた。

それはともかく、記事の内容はとあるトンネルの崩落事故。その中に、探し求めていた名はあった。

『死亡: 古泉喜一さん(40) 古泉聖子さん(42)

重症: 古泉ほのかさん(18)』

痛ましい内容だが、次の瞬間、純弥と明日香はある一文に目が釘付けになった。

『なお、古泉慶一さん(20)の遺体は確認出来ず』

──古泉ほのかには、兄がいた。

 

「なんだあ、ちゃんと連れてきてくれたんじゃないか。ほのかあ。ごめんなあ。打ったりして」

倉庫の暗闇に、軽薄極まりない第三者の声が響き、すぐに一人の男の姿が浮かび上がった。

「はじめまして、八人目のほのかの犠牲者【カレシ】くん。古泉慶一と申します。よろしく」

口元を〝赤黒く〟染めた古泉慶一は、彼に憑依した夜叉は、そう挨拶を告げた。

猛スピードのあまり車体が浮くほどの勢いで迅徒の地下駐車場より飛び出した『騎馬青龍・旡良』は、ガリッと着地の際、車体が地面に擦るが、構わず相変わらずの猛スピードで目的地への疾走を開始した。

「つまりは本当の夜叉はほのかさんじゃない。兄の慶一さんだったってことか⁉️」

「ま、これも確定ではない、可能性の高いって話だけど、兎に角急いだ方が良いね。──彼に付けてた駐忍達の反応がまた途絶えた。本当の夜叉が誰にせよ、一般人くん、ノコノコと夜叉の前までお出でになってるのは確実だね」

オペレータールームでそんな会話を交わした後、現在こうして法定速度ギリギリアウトのスピードでタキの元へ急いでいる。

だが、多くの人が経験があるだろう。こういった一刻の猶予もない緊急事にはよくあることだが、そういう時に限って、赤信号に連続して捕まるものだ。

──間に合わない・・・・・・!

純弥の思考がその一点に支配され、ようとしたその時。

『だから、こういうときこそビークールだって。りっく〜ん?準備できたかい?』

『お前からの頼みだってのが癪に障るけどね! 純弥君、前見てみて!』

言われた通り前を見ると、直径五mくらいか。とにかく車体の幅から少し余裕を持った箇所だけ、景色がモノクロに──隔離世と同じ現象が起きている。

『ちょっと裏技で、車線上だけ現世から隔離しました!そこを通れば交通の邪魔になるものはありません! はみ出ないようにだけ気を付けて!』

「ありがとうございます‼️」

そういうことであれば、周囲の目も気にしなくて良いということだ。純弥はキラを発進させると、すぐさま巻物を取り出し、ベルトに変化させて装着、疾走するバイクの周囲を、筆文字が踊った。

「変身ッ‼️」

筆文字が溶け出し、やがて玄い竜巻となって純弥を覆い隠す。そしてすぐに黄金色の閃光が、玄い竜巻を貫いて、発せられた瞬間、

「ぜあッ!」

気合いと共に右手で玄の竜巻を振り払うと、漆黒の化忍、隠牙の姿が顕になるのだった。

「よし、これで〝飛ばせる〟‼️」

隠牙はスロットルを全開、騎馬青龍の最高時速、470kmを解放すると、陸の用意してくれたモノクロのコースを駆け抜けて行くのだった。

 

「ほのかちゃんの、お兄さん?」

「そ。だからおめでとう! 君が信じた通り、ほのかは夜叉じゃない。この僕こそが、真犯人さ。良かったねー?ほのか。ここまで一途に信じようとしてくれる漢の子なかなかいないよー? まあ、そのせいで僕に今からムシャムシャされちゃうんだけどね。運命は残酷だね・・・・・・・・・ 」

そういってこちらに歩を進めてくる古泉慶一──否、夜叉。

当然身構えるタキ、だったが、意外な人物が立ち塞がった。

「もうやめて!十分人は食べたでしょ⁉️ いい加減お兄ちゃんを返して‼️」

タキの思考に小さな失望が湧いた。

──やはりこの子は、関係を持った人のことを・・・・・・!

此処へ連れて来て夜叉の餌にしていた。真犯人が違うにせよ、好きな子が完全に殺人幇助を行ってしまっていた事実に、タキの心は沈みかけた。

だが待て。それなら何故今自分を庇っている? それに〝お兄ちゃんを返して〟とはどういう意味だ?

その疑問に答えたのは、他でもない、夜叉だった。

「くくく·········そうだったそうだった。そういう約束だったんだよね。〝ヒトを何人か食べさせてくれたらお兄さんから離れてあげる〟って」

「は?」

何を言っているんだコイツは? それが不可能だから純弥は・・・・・・・・・ 友達は手を血に染める羽目になっているんじゃないのか?

果たして、夜叉は一頻りクスクスと嗤うと、こともなげに告げた。

「ごめん。あれ嘘だったんだー。寧ろトドメを刺したのは君っていうか・・・・・・・・・ 」

「どういう・・・・・・・・・ 意味ですか?」

一縷の望みだったであろう約束を反故にされたショックもあるが、〝自分がトドメを刺したという〟理解に苦しむ言葉への疑問にしがみつき、なんとか正気を保つほのか。

それが夜叉による悪趣味な蜘蛛の糸であることも知らずに。

 

夜叉の話によれば、古泉慶一は精神力が強く、夜叉も中々肉体の支配権を握ることが出来ず、それどころか、古泉慶一は夜叉を道連れに餓死しようとしていたのだという。窮地に陥る夜叉であったが、そこへ救いの手を齎した、齎してしまったのが、ほのかだった。

最悪にも、口の支配権だけは掌握していた夜叉は彼女に吹き込んだのだ。それが──

 

「・・・・・・・・・それが、人を食べれば慶一さんから出ていくっていうことか・・・・・・・・・?」

タキは驚くほど平坦な声が出たことに自分で僅かに驚いた。

──心の中はとっくに沸騰しているというのに。

「いやー! 餓死してまで守ろうとした最愛の妹に人を喰わされる兄・・・・・・・・・ うん!最高に傑作だった、良いもの見せてもらったよ‼️ アハハハハハハハハ‼️」

ほのかの目からは完全に理性の光が失せ、「はあ・・・・・・・・・ はあ・・・・・・・・・ はあ!」とどんどん過呼吸になって行く。

そんな彼女に、悪趣味にも夜叉は、トドメを食らわせてみせた。

「やめろ! やめてくれほのか‼️ 人なんて、ヒトなんて食べたくない‼️ 嫌だ‼️

嫌だいやだ‼️ ああああああああああああああああああああああああああああ

ああ ――てのが最期の言葉。どう? 似てたでしょ?」

夜叉は当然ながら被憑依者と同じ声帯を使って喋る。当然モノマネなどすれば、それは殆ど本人のものと区別が付かない。そんな――そんな本物としか聞こえない兄の断末魔と、それを齎したのが自分という事実。

そんなものに普通の女子大生が耐えられるわけもなく、フラフラと揺れたかと思うと、とうとう、慣性に従って横倒しに倒れ──そうになったところをタキに支えられ、そのまま横たえられる。

「んんー?おかしいなあ。その子は俺に七人もヒトを食わせた大罪人だよお? 一応とはいえ、迅徒に属するきみにとっては敵なんじゃ──」

「もう、黙れ」

タキは自分で自分を怒りっぽい人間だと思っているし、それが事実だ。

だが、これ程までに、脳内の血管を巡る血液の音が聞こえ、締め付けられるような痺れを感じる怒りを覚えたのは初めてだった。

そして思考できたのはそこまでであり、足元の──虚ろな瞳から途切れることなく涙が零れ、ヒュー、ヒュー、と弱々しく呼吸するほのかを見た瞬間、

弾かれたように夜叉へ向かっていった!

「おおおおおおおおおあああああああああああああ‼️」

先程の夜叉の〝モノマネ〟など軽く凌駕する咆哮を上げ、夜叉へと飛び込んでいったタキは、己がP霊子を瞬く間に全身から掻き集め、右手に集中、ニタニタと笑みを絶やさない夜叉の顔面にブチ込んだ。

「へえ、良いパンチだね。やっぱり一般人と言っても鍛えてはいるんだね」

拳は顔にめり込んですらおらず、ヤツの口を封じることは出来なかった。

「でもやっぱ付け焼き刃でしかないね。しかも諸刃の。何が言いたいか分かる?」

そこまで言うと一瞬にして夜叉の姿──ダンゴムシ夜叉の姿へ変異した。

それを見てタキは反射的に拳に集中していたP霊子を全身に纏わせ直したが、

どうッ、と鈍い音と共にダンゴムシ夜叉の拳がタキの腹に突き刺さった。

「がはあ、っはっが! ・・・ご、ヴぇええええ」

腹に大穴が空く事態は避けたものの、肺の空気は全て押し出され、ついでに今日食べたもの全てが胃から逆流してきてぶちまけた。

「ほら、今ので即死できたら楽だったのにそんなばっちい姿を晒す羽目になった。役に立たない上により痛い目に遭うだけ。だから諸刃の付け焼き刃だって言ったのさ。 うん、上手いこと言った」

さて、と揉み手をすると、うずくまっているタキを蹴ってどかし、ほのかの前まで歩み寄った。

「良い〝収穫方法〟だったけど、こんなになったらもう使えないよね。

というわけで、イタダキマス」

棒読みで手を合わせたあと、ほのかの襟首を掴んで軽々と持ち上げ、喉元へ喰らいつこうとする。

そんな光景をタキは悔し涙を流しながら眺めるしかない。

――なんでだ? あの子はただ、最後に残った家族を取り戻したかっただけなのに・・・・・・・・・ なんでこんな仕打ちを受けて、化け物の餌にされないといけないんだよ・・・・・・・・・ ?

もはや彼女の犯した罪も忘れ、タキはひたすら彼女の救済を願うだけになった。

そして自分には無理でも、それを叶えてくれるヒーローは実在する。

――頼む、純弥·········。間に合って、どうか·········彼女、を――

そう願い、タキの意識は闇に沈んでいった·········。

 

──なあ、なんでお前進路医者にしたんだよ?

それは高校最後の夏。

タキは進路が決まらず、担任に絞られたあと、図書館でひたすら勉強し続ける純弥に問いかけた。

「別にお前ならさー、消防士とかレスキュー系の仕事でやって行けると思うぜ? 人助けし続けたいなら尚更さー」

実際純弥の身体能力であれば、そういった肉体系の仕事の方が楽に入団試験をパス出来るだろう。それをわざわざ勉強してまでインドアな職業を選ぶというのは、はっきり言って遠回りであるとしか思えなかった。

それに対して純弥は答える。

「・・・・・・・・・ 分かってるだろ? 俺が何したか」

「別にあんなの若気の至りだろ? むしろ質わりい不良ども掃除したようなもんだろ? だからノーカンノーカン」

「それでも、人を故意に傷つけたのは事実だ」

だからそれは――とタキが言い出しそうだったのを遮り、純弥は「だからこそ」と続けた。

「だからこそ。ノーカンにする為にも、償わなきゃならない。傷つけた分以上の人達を治して。そうすれば少しは・・・・・・・・・ 自分を許せるかも知れない」

そう寂しげに結んだ純弥を見て、タキはそれ以上何も言えなかった。

そして純弥は見事医大に受かってみせ、大学が別れた寂しさもありつつも夢へ向かって胸を張って新たなスタートを切った友人を誇らしく思い、そして今友人は。

──純弥はその手を血で染めている。

 

ダンッ‼️

タキが床を全力で拳で叩いた音を聞き、ご馳走に齧り付こうとしていたダンゴムシ夜叉は不快そうに顔を顰め、タキの方を向いた瞬間、怖気に襲われ、うえ、と呻いた。

そこには自らの吐瀉物にまみれながら、それでも尚立ち上がろうと藻掻くタキの姿があった。

タキの心中は、またしても怒りで支配されていたが、それは自分に対してのものだった。

──ざっけんな。甘えてんじゃねえぞ多貴悠樹! アイツは、誰にも助けてもらえなくて、地獄に引き摺りこまれて・・・・・・・・・

それでも、誰かを助けに行っちまうような大バカ野郎じゃないか。

そんなバカのダチが‼️ この程度でギブアップしていいはずがねえ‼️

立てよ! 腹は痛いだけだ。無視だ無視! 内臓も潰れてない! 立て! 立てるだろ多貴悠樹‼️

そう必死に自分に喝を入れ続け、ついにタキは立ち上がった。

だが、それだけ。タキは一歩も動くことが出来ないことを直感した。

だからこそ、とっておきの作戦、とも呼べないが、とにかく賭けに出た。

──俺は元ヤンだからな、知ってるぜ? てめら人を見下すのが生き甲斐な連中は、自分がバカにされれば・・・・・・・・・ !

「・・・・・・ハッ、!」

「・・・・・・・・・ なんだい、その目は?」

──ほら、釣れた

ほのかを手放し、ズカズカとタキの元へ向かう夜叉。

それと同時に、放り出された痛みで現実に引き戻されたほのかは、自分を放って遠ざかっていく夜叉の背と、そしてボロボロのタキの姿を見た事で、ついに何が起こっているか理解したほのかは、困惑した。

「・・・・・・・・・ え、え? なんで・・・・・・? 悠樹さん?」

てっきり自分を放って逃げていると思っていた。

兄も含め、多くの人を怪物の餌にした自分などそうされて当たり前だ。

しかし分かる。彼は今、その自分なんかの為に懸命に立ち上がっているのだと。

そう直感した途端、先程までとは違う熱い涙が零れてくる。だからこそ叫ぶ。

「ダメ! 悠樹さん逃げて! 私なんか放っといて!」

「・・・・・・・・・ それはこっちの台詞なんだけど、まあ、聞いてくれないか」

もはや押し問答する気力もなく、とうとう迫ってきた夜叉に頭をムンズと掴まれ、首元に大口を空けた夜叉が迫ってきた。後は今度こそ、祈るしかない。

──あとは、任せたからな、純弥・・・・・・彼女だけでも――

だがタキは忘れていた。自分自身を含め、そんな〝美味しい〟最期などクソ喰らえと台無しにするのがヒーロー、即ち他でもない、〝ヤツ〟であることを。

バゴンッ‼️

と鈍い音を立てて倉庫の引き戸と、ついでに夜叉を吹き飛ばし──反動で放り出されたタキは先程のお返しのようにほのかが身を呈して受け止める──急停車する漆黒のバイクとその乗り主。

──今此処に、天野純弥、化忍・隠牙は推参したのだった。

「・・・・・・・・・ 」

「・・・・・・う、・・・・・・・・・ 」

バイク――即ちキラに跨ったまま、隠牙はチラとほのかに抱えられたタキを睥睨、しているように見えた。それが、吊り上がった複眼と合わせ、「無茶しやがって」と窘められているように感じて、タキは後ろめたげに呻きを漏らす。

だが、タキの認識は間違いである。

次に視線を向けたダンゴムシ夜叉に対しては、ハッキリと睨みつけているのが、はらわたを煮えたぎらせているのが分かったであろうから。

「ち、化忍のご到着か・・・・・・・・・ 。ここの餌場はもう駄目だな」

もっとも、残念ながら、そんな視線だけでたじろぐほど、この夜叉も腑抜けている訳ではなかったが。

隠牙は、キラからゆっくりと降りると、

その瞬間、一気に夜叉との距離を詰め、瞬く間に夜叉の顔面に必殺の右ストレート──破魔討(はまうち)を叩きこんだ。が、

「·········あっちいなあ。火傷が残ったらどうしてくれるんだい?」

タキの焼き直しの如く、全く応えた様子の無い夜叉。

だが、隠牙はそれだけでは退かず、今度は破魔討を某漫画シリーズのような拳のラッシュで食らわせる。

が──

「だから、熱いって言ってるだろうが!」

相変わらず効果はほぼ無く、却って夜叉が逆上して腕を振るってくる始末。

だが、隠牙も愚鈍では無い。今度は振るって来た腕にしがみつき、ぶら下がるようにして腕ひしぎの体勢を取った。装甲が硬いなら関節を。戦術の常識ではあるが、こと夜叉に対してはそのような常識が通用しないこともある。特に今回は。

「・・・・・・それは流石にイタイかな?」

ダンゴムシ夜叉がそう言うと──ダンゴムシを象徴する、プレート状の装甲が逆立ち、

「ぐっ‼️」

しがみついていた隠牙に直撃し、火花を散らして振り払われてしまう。

「純弥ああ!」

タキが悲鳴を上げて良い気になったのか、ダンゴムシ怪人は地面に転がった隠牙を執拗に蹴りつけ、やがてサッカーのシュートの如き勢いで遠くへ蹴り飛ばした。そして。

「じゃ、そろそろトドメだね――挽肉にしてやるよ」

そう言って夜叉は、本物のダンゴムシのように丸まり、高速回転しつつ突撃して来た。

「く、?!」

隠牙は必死に躱すが、鈍重な見た目とは裏腹に、その機動性は凄まじく、躱すだけで精一杯となってしまう。

何とかしなければ・・・・・・・・・ そうタキが焦り始めた時、ふと、違和感を覚えた。

「・・・・・・・・・ 」

今ようやく気付いた。キラはさっきから腕を組んで渋い顔で戦況を見守るばかりで、何も援護をしていない。

「おい! キラ! なにボサっとしてんだ⁉️ 早く純弥を援護してやれって⁉️」

そう切羽詰まってキラに懇願するも、「ん?・・・・・・・・・ んー」と気の無い返事しか返してこない。

「おい! 黙ってないで──ごほごほッ‼️」

先程の怪我が響き、咳き込んでしまうタキ。それに対してキラは横目に冷たく返すだけだ。

『・・・・・・・・・ だあああああもおおおおおお! ホントこのコミュ障スケコマシドラゴンはあああああ』

通信越しにとうとう明日香がキレ始めた。

「ちょっと⁉️ 誰がドラゴ──」

『アンタは黙ってろ‼️』

「・・・・・・・・・ しゅん」

そんな事より!と明日香は気を取り直すと、タキに向けて言った。

『アイツ、アンタに一矢報いさせたいらしいのよ』

「え?」

『その為の術も持ってる、ってアイツも言ってた』

「は? そんなもの俺は・・・・・・・・・ !」

『思い出して! アンタの得意なあの・・・・・・・・・ !』

得意な?と言われ、一つの術が思い浮かぶが、あれが何の役に立つというのか?

『思い出したみたいね。なら今は兎も角、あの術使って‼️ 残ってるP霊子こそぎ出す勢いで!』

「ああ、もう! 分かったよ!

土遁・堅牢壁の術!」

言われた通り、ありったけのP霊子を絞り出し、術を発動する。

そして地面から、相変わらず硬さだけは申し分ない、三本ほどの柱がせり上ってきた。

――隠牙はそれを待っていたのだ。

生成途中のそれ目掛け、クナイを投擲する隠牙。クナイは丁度柱に飲み込まれる形で柱内部に埋め込まれた。

そこへ最後の仕掛けとして、キラが印を結ぶと、柱の中に埋まったクナイが爆破、内側からの爆発で柱は大小不揃いの欠片となって辺りに飛び散った。

「なんだあ? それで僕をコケさせるつもり? そんなもん踏み砕いて──」

と、無駄な足掻きである事を証明しようと、夜叉はわざわざ欠片の上を通過しようとした。

――それが間違いだった。

思い出してほしい。タキの堅牢壁の術は、壁になっていないだけで、硬さは一級品であることを。

ゴリッ、と鈍い音がした途端、ダンゴムシ夜叉は体勢を崩し、

「なにっ、どお! ごふ! ぐえ!」

結局目論見通りに石片を踏み砕くことが出来ずスリップ。

先程までの威容が嘘のように、無様に転がって行ったのだった。

そして、それに目をやることもなく、隠牙とタキは顔を見合わせ、頷き合う。

――さあ、敵の動きを封じたならば、後は仕留めるだけだ。

コケた挙句団子状態を解除されている夜叉だが、その高いプライドはなお揺るがない。

「・・・・・・・・・忘れたのか? お前は未だ僕の装甲を突破する術を持たない・・・・・・・・・ !」

そう苦し紛れに平静を装うが、

「いや、そうでもないぞ」

それすら隠牙の一言で切って捨てられた。そう――

「殴って駄目なら・・・・・・・・・ 蹴り破るまでだ・・・!」

それを号令とするように、キラはバイクへ変化、ジャックナイフ走法のように後輪を浮かせて前輪で立った。

そこへ向け、隠牙はバク宙を切ると、高速回転している後輪の上に乗る。当然、隠牙のブーツからは凄まじい火花が散る。

それが頂点に達した時、そのまま脚のバネで後輪を蹴りつけ、夜叉に向かって跳び、その勢いのままに右脚を突き出した。

「ぜえええええええあああああああああああ‼️」

雄叫びを上げ、全力で叩き込んだ右脚が、ついにダンゴムシ夜叉の胸のど真ん中に突き刺さった。

「ぐ、ううううあああああ⁉️」

ダンゴムシ夜叉も流石に今度は不動とは行かず、堪らず吹き飛んだ。それを背に着地する隠牙。

しばしの沈黙の後、しかしダンゴムシ夜叉は再び立ち上がってきた。

「・・・・・・・・・ ふ、ふふ。蹴り破る、だって? 残念ながら穴は空いちゃいないよ」

夜叉の胸には、くっきりと右脚跡が残っているものの、やはり致命的な損傷を与えられていない――かに見えた。

「ぐ⁉️あ、ああア! 熱い⁉️ 何だこの熱さ⁉️」

ダンゴムシ夜叉は再び自らの胸に目をやると、隠牙の足跡からジワジワと、だが確実に、オレンジ色の熱エネルギーが身体を蝕んでいくのが見えた。

「い、嫌だ!しにたくない! じにだぐううううあ」

そんな見苦しい断末魔を上げ、しかし容赦無く熱エネルギーの膨張は頂点に達しやがて――

大爆発を起こし、その身を欠片も残さず消滅させるのだった。

 

「っしゃ⁉️」

タキは親友の勝利にガッツポーズをとるが、

「お兄ちゃん・・・・・・・・・ 」

ほのかの寂しげな呟きを聞いた瞬間、我に帰った。

そうだ。隠牙の――純弥の夜叉を葬る度に誰かの大切な人を奪ってしまうという業は変わっていない。

「・・・・・・・・・ 」

しかも、爆炎の熱による陽炎の向こうで、隠牙は変身を解かず、立ち尽くしている。もし、マスクの集音機能が、今のほのかの呟きを拾ってしまっていたら――。

タキは逡巡の末、ほのかからそっと離れ、変身を解除して「いてて・・・・・・・・・ 」と言いながらバイクのキラに跨る純弥に駆け寄った。

「純弥、聞いてくれ。別にお前は・・・・・・・・・ 」

だがそれを遮るように、純弥は告げるのだった。

「今度こそ、ここでお別れだ。タキ」

「は?」

突然の絶交宣言でタキの思考が混乱した。それを見計らって、純弥は続ける。

「分かったろ? お前の力じゃ自分の身どころか大切な人も守れない。力不足は決定的だ」

「それは・・・・・・・・・ 」

「それにだ。そもそもほのかさんを放っといていいのか? 今のあの子にはお前が必要だ。付きっきりでな。迅徒で無駄な修行してる暇があるのか?」

またもや「それは・・・・・・・・・ 」としか繰り返すしかないタキ。

そんなタキを見ると、ふ、と笑みを漏らし、ヘルメットを被る純弥。

「でも嬉しかったよ。今日まで必死に付いてきてくれて。でももう充分だからさ、これからは自分の為に、ほのかさんの為にその根性を使ってほしい」

タキは何も答えられなかった。それに構わず、最後に純弥は、珍しくおちゃらけた雰囲気で告げた。

「んじゃ!どうかお幸せに〜!」

そしてそのままキラをターンさせると、倉庫内から去っていくのだった。

 

本部へ戻る道中、さっきはああして明るく別れたものの、やはり純弥は気持ちが沈むのを抑えることができなかった。

「そんな寂しいならさー、無理して追い出すことなかったのに」

「そうはいくか。あいつは本当に血筋も関係ないただの一般人だぞ。俺の我儘で留まらせておけるか」

「お、そこは素直に寂しいって言えるんだね」

「いや!寂しいとまでは言ってないだろ⁉️」

「はいはい。まあ、そう心配することないと思うよ?」

「? どういうことだよ?」

そんな会話をしながら本部に到着、オペレーションルームまで足を運んでみれば、

「皆様! 今回の独断専行!まことに申し訳ありませんでしたあ!!」

額を床に擦り付けているタキがいた。

「·········いやいや、待て待て。――なんでいるんだよ⁉️」

当然、純弥は納得いかず、タキ目掛け突進、一応怪我に配慮しながら胸倉をつかんだ。

「いや、あの後キラの後輩って龍の人が来て送ってくれてさ」

「あ、どうもっす!天野さん! お会い出来て光栄っす!」

タキの近くに控えていた浅葱色の髪の青年が挨拶してきた。恐らく彼がキラの後輩とやらだろう。

「っていうか、ほのかさんはどうしたんだよ⁉️ まさかあのまま置き去りとかしてないだろうな⁉️」

「それについても大丈夫ですよ」

そこへ御影が前へ出てくる。

「ご存知の通り、彼女は夜叉に脅されてとはいえ、殺人幇助を犯してしまっていますからね。結果として、保護観察処分というところに落ち着きました」

なので、彼女のメンターとしてタキ君には引き続き在籍してもらうことになりますね。と付け加えた。

そこへさらにポン、と純弥の肩に明日香の手が置かれた。

「ま、これでアンタの思惑通りにはいかないって証明されたでしょ? 諦めるというか切り替えなさいよ、いい加減」

「⁉️そ、それは・・・・・・・・・ 」

そう、実は純弥は、タキの恋を本気で応援してはいたが、同時に一般人の恋人を作らせることで迅徒から遠ざける思惑もあったのだ。

だが、言われた通りそれもパア、諦めざるを得ないという状況である。

「・・・・・・・・・ ·ああああ、もう! 知らないからな!どうなっても!」

そういってオペレーションルームを後にしようとしたが、今度はタキの方からそれを止めた。

「待て待て、お前だって怪我してるだろ? 連れ保健室しよーぜ?」

そう言って肩を組んでくるタキ。

「はあ・・・・・・・・・·」

純弥はゲンナリした顔をしていたが、その意味合いは密着されての不快感もあるが、

実はもう一つあった。

――なーに喜んでだよ俺。ったく・・・・・・・・・·。

友達が居なくならなくて良かった。そんな喜びを抑える事が出来ない、自分の未熟さに、またひとつ純弥は溜息を付いたのだった。

その翌朝。

「お願いします、どうか! どうか俺に、〝医療忍術〟を教えてください‼️」

迅徒総合医療部門長である妖怪アカナメに、床に額を擦り付けて頼み込むタキの姿があった。

そのアカナメこと個人名――青シタは、鬱陶しげに煙草を吹かしてみせる。

「あのね、ボウヤ。医療忍術と言っても、解号を唱えれば魔法のようにポン、と誰でも名医の仲間入り、なんて簡単に行くものではなくてよ。

むしろまず普通の医学知識を身に付けた上で、忍術・即ちP霊子の緻密なコントロールも必須とした、ともすると忍術戦闘の方が楽かもしれない険しい道のりよ?

医学に背を向け、通常忍術もままならないアナタに務まるとは、とても思えないのだけれどもね?」

「それでも·········この道しか思いつかなかったんです。アイツの為に俺が出来ること。そしてガキの頃叩き込まれた医学知識を活かすためにも、毎度怪我してくるアイツを、俺が治してやるんだって」

そう。それこそが今の自分が成しうる最善。純弥が己が業から逃げずに戦っているならば、家族を思い出させて嫌いだが、くっきりと刻み込まれた医の道から、自分も逃げずに向き合うこと。足手まといを脱却するには、きっとそれくらいしなければならないと、タキは直感していた。問題があるとすれば――

「アナタ結構残酷ね。医の道を閉ざされた友達に、医療に励む姿を見せつけるなんて」

青シタの指摘の通り、夢破れた者の前でそれを叶えた姿を見せるのは、相手を傷つけかねないことだが、意外にもタキは事も無げに答えた。

「むしろそれが狙いですよ。そうやって医者への未練煽ってやれば、隙あらば無茶や特攻しかねないアイツへのブレーキになるんじゃないかって。あと俺に世話になるの嫌がりそうだし」

したり顔でそう告げられ、青シタは一瞬キョトンとしたが、やがて吹き出して笑い始めた。

「ぷっ! ふふふふふ、良いわねえ! 面白いわよ坊や。

良ろしい! 我が医療スタッフに加わることを許しましょう。

ただし! これはあくまで内定よ。医学はゼロから勉強し直し、引き続きのP霊子制御訓練、その他手伝い。やる事は山ほどあるわよ! せいぜい食らいついてくることね。分かった?」

「はい! 宜しくお願いします!」

こうして、タキもようやく迅徒内での己が役割を見出し、晴れて純弥の仲間として邁進していくのだった。

ただ、そんなタキにもひとつ、看過出来ない不満があった――。

「·········別にさ、医療の偉い人は――黒いストッキングにミニスカートな白衣の似合う黒髪の美人さんってのがお約束だろ?とは――いや、ちょっとは期待したけど、リアルにそんなのいないって、わかってたさ、もちろん··················でも、

でもなんで⁉️

なんで服装そのままのオッサンなんだよ⁉️」

忍者組織なれど、迅徒はジェンダーにも配慮した進んだ職場です。

九十

 

 

 

 

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