仮面ライダー隠牙   作:モタボチ

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潜入

 

湾岸エリアの旧倉庫街。夜の海風が、錆びついたトタン屋根を軋ませる、荒涼とした一角に、源忍党のアジトは静かに口を開けていた。

切宇と隠牙を乗せた二台のバイク、迅頼とキラは、目標倉庫の約一キロ手前でエンジンを切り、夜闇に溶け込んだ。

純弥と維心はバイクから降りると、一瞬で隠牙、切宇へとそれぞれ変身する。その時、隠牙は一瞬「ッ、」と息を呑んでしまった。

「·········どうかしたか?」

「い、いえ。その――」

「この仮面······だな?」

あっさりバレた。というより、維心にも自覚があるのだろう。

そのデザインは、特徴が無いのが特徴、と言うべきなのか。個を殺し、世を忍ぶという意味では、最も忍びらしいデザインのはずだが、紺色の小さな双眸以外、なんの主張もなく暗闇にぼう、と浮かんでいるように見えるそれは、かなり不気味に見える。

まして昨夜の埠頭ではこれが血に塗れていたのだ。慣れない者からしたら卒倒ものである。

「迅頼、結界を」

「御意、切宇様」

切宇は全く気にした様子もなくすぐに作戦を開始し、迅頼は瞬時に青龍の姿に戻り、倉庫街全体を覆い隠すように微細な精霊結界を展開した。これは音と光を遮断し、外部の気配を探るための、迅頼にしかできない高度な隠蔽忍術だ。一方、キラもまた、隠牙の耳元で囁いた。

「周囲の監視カメラは全てハッキングしてある。でも、内部の警戒レベルは相当高いよ。特に、〝幹部〟クラスの霊子反応が複数ある。八首の爺さんの読み通りだよ」

隠牙は深く頷き、マスクの触覚のようなアンテナである、『龍髭』へと意識を集中した。するとマスク内部のモニターに、キラの言う通り、強力な反応を捉えた。これまでの〝野良〟、〝下っ端〟とは一線を画す、濃密な複数の霊子。これが。これらがこれからの復讐の上で相対することになる奴らの力の片鱗。

そう認識すると、隠牙は拳を握り締め、グローブ越しでも手が汗ばんでいるのを感じた。

本音を言うと、それらの反応に今すぐ飛び込んでしまいたいし、彼の任務はおあつらえ向きにも「奇襲・制圧」。幹部たちの会合場所を特定し、電撃的な奇襲で無力化することだ。だが電撃的ということはタイミングが大事だ。今はまだ『待て』と自分に言い聞かせ、短く深呼吸して思考を切り替える。

「行くぞ、キラ」

隠牙は低く呟き、建物の裏手へと駆け出した。

切宇は、隠牙が倉庫内部へと侵入するのを見届けると、踵を返し、アジトの主要な退路となる巨大なシャッターの前に移動した。彼の任務は「後方支援及び退路の封鎖」。  隠牙の動きに合わせてシャッターを物理的に封鎖し、敵の逃走を許さないこと、そして――隠牙が窮地に陥った際の「最後の切り札」となることだ。

彼は静かに腰の二刀を抜いた。刀身は月の光すら反射しない漆黒。二刀は、いつでも彼の指示を待つ鋏のように構えられた。

「お手並み拝見といくぞ。真醒者〝第四号〟」

切宇の静かな声が、夜の帳に吸い込まれていった。

 

第捌話 潜入

 

倉庫の裏手にある、小さな搬入口。隠牙は複眼越しに熱源反応を確認し、扉を覆う古びた南京錠を、化忍としての馬鹿力であっさりオシャカにすると、そのまま内部に侵入した。

次に彼の複眼が捉えたのは、迷路のように積み上げられた巨大なコンテナの群れと、その間に配置された複数の歩哨(ほしょう)の熱源だ。末端の構成員だろう。彼らは霊子反応も鈍く、手練れではない。

「明日香、指示を」

「任せて。今、監視カメラの死角になるルートを最短で計算する……右、左、そして突き当たりを右!」

隠牙は床に落ちたわずかな水たまりすら避け、靴音一つ立てずに進む。彼の動きは、以前の単なる激情任せの特攻ではなく、訓練と実戦をを重ねたことで、明らかに精度が増していた。

一つ目の角を曲がった瞬間、隠牙はコンテナの陰から現れた歩哨と鉢合わせになった。

「誰――!」

と、歩哨が驚愕の声を上げるよりも早く、隠牙は歩哨へヘッドロックを掛ける。化忍の膂力で一瞬にして脳への血流を遮断された歩哨は、泡を吹いて昇天した。

その後も化忍の身体強化と普段の訓練で身に付けた格闘技に物を言わせ、流れ作業のごとく次々と遭遇した歩哨を沈めていく隠牙であった。

 

一方、倉庫の外。切宇は、退路のシャッター前で、目を閉じていた。彼の任務は「退路の封鎖」だが、それ以上に重要な役割を担っていた。

化忍銘・切宇は、ただの暗殺者ではない。風遁を得意とする彼の全身の皮膚は、霊子と環境の微細な変化を感知する超感覚器官であり、変身によって強化されたそれを彼が極限まで集中させれば、鉄骨やコンクリート、果ては数キロ先の海水の振動を通して、アジト内部の霊子会話すら傍受することが可能となる。

彼の頭の中で、アジトの最深部、会議室らしき場所での会話が、砂嵐のようなノイズの奥から、クリアになっていった。

切宇は、まるでスピーカーのようにその会話を迅頼に共有する。

 

「……これで、頭領(ヘッド)の指示は確定だ」

「まさか、奴がここまで急進的になるとはな。『ジュウニシンショウ』計画を、たった一晩で実行に移せとは」

「だが我々が確保した霊子体は完璧だ。あとは、それを『器』に定着させる最終儀式を待つだけだ」

「儀式は、一月後の満月だ。それまでに、奴らが嗅ぎつけてこないことを祈るばかりだ」

切宇のマスクに覆われた維心の表情は変わらない。だが、彼の内面で、情報が高速で組み上げられていく。

ターゲット: 幹部クラスの複数名。

目的: 『ジュウニシンショウ』の計画実行。

期限: 一月後の満月。

内容: 霊子体を『器』に定着させる最終儀式。

「迅頼」

切宇はマスクの下の目を開いた。その瞳に、虚無感とは別の、冷たい決意が灯る。

「計画は、我々の予想より遥かに進んでいる。『ジュウニシンショウ』とは、おそらく源忍党が最終目的とする、最強の夜叉、あるいは夜叉の王となるものだ」

「な……!まさか、そこまで大掛かりな計画を……」

迅頼が青龍形態で低く唸る。

「『器』が、生きた人間である可能性は高い。そして、儀式を明後日に控えているということは…… 今宵の会合は、ただの会議ではない」

切宇は、二刀を地面に突き立て、全身の力を抜いた。

「このアジト、あるいはこの会合自体が、囮(おとり)だ。我々の反応を見るための。そして――」

その時、隠牙のいる倉庫内部で、激しい戦闘音が響き渡って来た。

「真醒者を捕える為の·········!」

 

数刻前、隠牙は、コンテナの合間を抜けた先にある、鉄骨で組まれた二階通路の階段に辿り着いていた。そこが、幹部たちが集まる部屋の直下であることは、熱源反応が集中していることから明らかだった。

――今、この直下に、父さんや彰人達の仇がいる·········! その事実に、逸る闘志と殺意に歯を食いしばる隠牙。

――早く。早く合図をくれ······!

今にも独断専行をしてしまいそうな衝動を、必死に堪える隠牙。

その瞬間だった。

『グオオオオオオオオオオオオ!!』

今さっきまで影も形も無かった背後から、突如大柄の夜叉が出現し、その拳が全くの無防備だった隠牙の背中を捉え、殴り飛ばした。

隠牙は声も挙げることすら出来ずに吹っ飛ばされ、壁に激突し、

――土嚢となってボスンと床に落ちた。

『?』

「危ない危ない。ま、この僕の術速にかかればこんなもんだけど」

キラの軽薄な声が響き、隠牙は夜叉の背後で健在。それ即ち――

キラ達精霊従の本懐、サポート忍術である代わり身による攻撃回避である。

「お返しだ·········!」

そして既に背後を取っている隠牙は、そのまま破魔討を食らわせ、巨体夜叉は胸のド真ん中に風穴を開けられ、瞬時に沈められるのだった。

「助かった」

「ホント! 凄いの僕! さあ! 褒めよ讃えよ奉らえよ!」

「·········この状況を乗り切れたならな」

「·········本当それな」

軽口から一転、げんなりとキラが肩を落とすのも無理は無かった。

隠牙の内部モニターとキラの感覚は、一気に数十倍に膨れ上がる夜叉反応に埋め尽くされていった。オマケに普段目にするよりも霊子反応値も濃密。ようするに手練達だ。

「はあ……この数。この展開からして」

「罠、だね。こりゃ」

「その通りだよ。若き真醒者とその精霊従よ」

「ッ!」

そこに現れたのは、先程階下で会合していた幹部達だ。

鉄骨通路の遥か上、闇に紛れた天井の梁の上。そこには、切宇が傍受した会話の主であろう、濃密な霊子を放つ四体の人影が、隠牙を見下ろしていた。彼らの霊子反応は、これまでの敵とは比較にならない。もはや人型を保ってはいるが、その纏う禍々しい霊気は、純粋な夜叉と何ら変わらない。

中央に立つ、頭一つ抜きんでた大柄な男が、不気味な笑みを浮かべた。

「まったく待ちくたびれたぞ。貴様を我らが手中にするこの機会をな」

「へえ、気が合うな。オッサン」

〝狙いはお前だ〟と言われたのも一顧だにせずそう言うと同時、隠牙の全身から溢れたP霊子が、陽炎のように周囲の景色を揺らめかせた。

「待ちくたびれた、だ? こっちの台詞だ――父さん、彰人、大勢の人々·····! みんなの無念を! テメエらに思い知らせるこのチャンスをなあ⁉️」

隠牙の全身から噴き出す霊子は、怒りの炎そのものだった。幹部たちの言葉に、これまで抑え込んできた復讐心が爆発する。目の前の敵が、自分の人生を狂わせた元凶の一端であると確信した瞬間、任務の理性を凌駕する衝動が隠牙を突き動かした。

「·········ま、仇を前にしちゃ、激おこも無理ないか。それにもう、奇襲は失敗してるわけだし。うん、しゃーない。せめてコロコロしないようにだけ注意しときますか」

そう、あくまで今回の任務は捕縛。〝勢い余って〟の恐れ大な相棒に気を付けることを念頭に置き、キラもキラなりに腹を括って戦闘態様に入る。

「思い知らせるだの、殺さないようにだの、随分と舐められたものだ。良かろう。その言葉。どれくらいで後悔するか測らせてもらう」

そう言った幹部は懐から本当にストップウォッチを取り出した。

「ちなみに、最長記録は2分32秒だが、超える自身はお有りかな?」

「そのタイムはテメエらが〝馬鹿な⁉️〟って言うまでの時間だ·········!」

隠牙は、鉄骨通路に向かって一気に跳躍した。化忍の膂力と、怒りに満ちたP霊子が、普段の数倍の跳躍力を生み出す。

「向こう見ずな、小童め!」

幹部の一人が、驚きと嘲笑を込めた声を上げ、隠牙目掛けて霊子弾を放つ。しかし、隠牙はそれすら避けることなく、全て左腕で受け止める。当然、あっという間に焦げ跡だらけになる。

「想定以上の馬鹿だな⁉️ こんな序盤で片腕を犠牲にするとは‼️」

好機と見たその幹部が、畳み掛けんと数体の夜叉をけしかけた。

その間に隠牙は、左腕の調子を確かめるように2、3回手を開いて閉じて、

「·········よし、いける」

と呟くと、左腕に右腕を重ね合わせた。その瞬間。

「⁉️ な、何だ⁉️」

隠牙の交差された両手から凄まじい火花が生じ、それによる発光で幹部と飛び掛っていた夜叉達の視界を封じた。

その一瞬の間に、隠牙は両腕を腰だめに構え、火花を右腕に集中させると同時、手刀を振りかぶった。

その瞬間、右手刀から灼熱の刃が発生し、殺到していた夜叉達を同時に両断して見せたのだった。

『あーあ、あのバカ。またぶっつけ本番でやりやがったわ······』

通信越しに、明日香が溜息と共に呆れている。キラも同様だ。

「な、なんだ⁉️ 何が起きたのだ⁉️」

一人、いや、他の幹部も揃って今起きた現象に狼狽えていた。

あー、うーんと、と頭を掻きながらキラは答えてやった。

「あんたがさっき撃った霊子弾。あれのP霊子を自分の術に上乗せしてズドン。理屈で言うとそれだけ」

「そんな馬鹿な術式があるか⁉️」

「そうだねー。馬鹿だよねー。でもやりやがったんだよねー·········」

キラはほとほと呆れ果てたというようにゲンナリしている。

「ちなみにだが·········」

そこへ純弥が割り込んでくる。何を言うのかと言えば――。

「アンタ今。〝馬鹿な〟······って言ったよな?」

「そ、それがどうし·········は⁉️」

「ちっと予定と違う言い回しだが、確かに言ったよな? で? タイムは?」

思わず素直にストップウォッチを見てしまう幹部。結果は――。

ストップを押し忘れていたので正確性にかけるが、少なくとも·········たった今、2分32秒を回ったところだった。

 

パチパチパチパチパチ

と、そこへ場違いな拍手が鳴り響いた。

音源へ目をやると、幹部連中の一人、長髪の男によるものだった。

「素晴らしいよ、天野純弥君。〝不完全な真醒者〟とはいえ、少々甘く見過ぎていた」

だがね·········と、彼は本当に口惜しそうに話を続けた。

「やはり頭に血を昇らせ過ぎだ。もっと言えば切り札の見せ過ぎだ」

そう言われると、半身を、正確には焦げ付いた左腕を隠す隠牙。やはり、あのような規格外な術、ノーリスクで連打出来るわけは無いのだ。

「あと何回撃てる? 相手は何体いる? 理数系なら簡単な計算式のはずだ」

「·········そうだな。X(変数)を加えてみるのはどうだ?」

「⁉️」

この場に現れる筈のない者の声が聞こえ、再び平静を揺さぶられる幹部連中。

「馬鹿な⁉️ 伊賀嵐維心⁉️ 貴様は我々の――」

「退路を断つのが任だ。だがそれも貴様らの奸計であると分かった今、外で突っ立っている必要は無くなった。退路ならここで断てば良い。そう、貴様らの足を両断してな」

切宇は、冷徹な声音と共に、漆黒の二刀を構え、鉄骨通路の反対側から静かに一歩を踏み出した。その背後には、彼が破壊した巨大なシャッターの残骸が、夜風に軋む音を立てている。

「伊賀嵐さん!」

隠牙は驚きと同時に安堵を覚えた。

「無茶をするな、天野純弥。任務の目的が変わった。捕縛は不可能だ。目標は『ジュウニシンショウ』完成の阻止、そして情報の持ち帰りに切り替える」

「了解! そしてそのためには――」

「しばらくは大立ち回りの続行だ。やれるか?」

「あたぼうよ! ですよ!」

次の瞬間、再び大量の夜叉達との乱戦が再開される。

周囲には夜叉達の、隠牙の破魔討の炎によって空けられた風穴の焦げ付いた匂いと、切宇の二刀によって両断された鉄の匂いが充満していく。

切宇はその間に、傍受した情報を頭部のアンテナ《龍髭》を通じて隠牙に共有した。

『ターゲット:幹部クラス複数。

目的:『ジュウニシンショウ』の計画実行。

期限:一月後の満月。

内容:霊子体を『器』に定着させる最終儀式』

切宇の冷静な声が、直接隠牙の頭脳に流れ込む。

「一月後の満月……そして『器』。それまでに儀式を止めないと、俺たちと同じ能力を持つ、最強の夜叉が生まれる可能性がある·········」

隠牙の顔色が変わる。復讐心だけでなく、一気に事態の重大さを理解した。

「察しが早くて助かる。これ以上時間をかける必要はない。俺は時間を稼ぐ。お前は情報を持ち帰り、八首長官に伝えろ」

「何を言ってるんです!こんな状況で、あんただけを置いて行けるわけがないでしょ!」

隠牙が激昂する。

「お前の『不完全な真醒者』としての力、私の『収集した情報』。この二つのどちらも彼奴等に渡す訳にはいかん。命令に従え」

切宇は感情を挟まず言い放った。彼の言葉は、常に最適な選択肢を選ぶための、冷たいロジックに基づいていた。

「な、貴様ら……仲間割れか? フフフ、どちらも捕らえれば済む話だ!」

大柄な幹部が、苛立ちを隠せない様子で吼えた。

「そうはさせん」

切宇は、二刀を構えたまま、迅頼に指示を出す。

「迅頼、結界を再構成。このフロア内の音と光を遮断し、内部の霊子会話のみを俺にパスしろ。引き続き、幹部たちの思惑を探る」

「御意、切宇様。ただし、霊力負荷が限界を超えます。この老体にはちと過激な鞭を打ちますな」

迅頼は疲労の色を隠せないなりに、それでも軽口を叩く。

「それでもやれ。この一戦は、未来の情報戦に勝つためのものだ」

切宇は、情報収集(監視)と戦闘を同時に行うという、極限のマルチタスクを開始した。

 

切宇の合流と、彼の冷静な判断に、隠牙の激情もわずかに冷やされた。切宇の言う通り、ここで二人とも倒れては、維心達だけでなく駐忍はじめ、多くの迅徒構成員達の苦労が水泡に帰す。

「わかった……わかりましたよ、伊賀嵐さん。だが、あんた一人にやらせるつもりはない!」

隠牙は、己が残りの継戦可能時間を瞬時に計算すると、撤退の余力を残す戦術に切り替えた。

「キラ!左腕のP霊子を安定化!熱制御を頼む!今度は無茶しねえ!」

「了解!……うわ、やっぱこの術、危なっかしいね!これ以上やると、腕ごと炭になっちゃうよ!」

キラが悲鳴を上げながらも、隠牙の霊子回路を調整する。

「行きますよ、伊賀嵐さん! 右から、一気に!」

隠牙は通路の右側から、灼熱の刃を振りかざして突進する。対する切宇は、左側から風を纏い、神速の移動で夜叉たちの隙を縫った。

「風遁・真空刃術系――弧断《こだち》·········!」

切宇が二刀を振るうと、目に見えない風の刃が放射され、通路を塞いでいた三体の夜叉の足首を一瞬で断ち切った。夜叉たちは膝から崩れ落ちる。

「チッ、相変わらず厄介な術系だ!」

幹部の一人が、切宇目掛けて風を相殺するような術を放つ。その瞬間、隠牙がその隙を突いて幹部に肉薄した。

「破魔討、連打!」

隠牙は左腕の焦げ付きを無視し、両腕で破魔討を連射する。幹部は障壁で防ぐが、その強烈な霊子圧に一歩後退させられる。

「隙あり·········!」

切宇は、幹部たちの障壁が隠牙の破魔討で揺らいだ一瞬を見逃さず、障壁の薄い部分に弧断を叩き込む。

『ゴオッ!』

障壁が砕け、幹部の一人が体制を崩した。

「見事な連携だ、小童共!だが、我々は一枚岩ではない!」

大柄な幹部が、通路全体を覆い尽くすほどの巨大な拳を振り上げた。

 

激しい戦闘の最中、切宇の頭脳には、常に迅頼が傍受している幹部たちの会話が流れ込んでいた。砂嵐の中から、特定の情報がクリアになる。

(……儀式に使用する『器』は、すでに確保済み。明日の正午には最終調整に入る)

(……本部から、『ジユウニシンショウ』の第一候補が、すでにこのアジトに向かっているとの連絡が入った。明日の夜明けには到着する)

(……この二人の処理が終わり次第、我々も直ちにアジトを離れる。この場所は、単なる捨て駒だ)

切宇の瞳が、僅かに揺れる。

(『器』は確保済み……では、この会合は、純粋な陽動であり、我々の能力と戦力を測るための実験場だ。そして、儀式は一月後の満月より早く、「明後日」から最終段階に入る可能性が高い……!)

「天野!重要な情報が入った!儀式は一月後ではない!明後日、零時に最終調整だ!そして、この場所は捨て駒!奴らは逃げるぞ!」

切宇は、風の刃で夜叉を切り裂きながら叫んだ。

「何⁉️」

隠牙のマスクの下が焦燥に染まる。

「もう時間が無い!私は二分間、時間を稼ぐ!お前は全力で逃げろ!この情報を持ち帰れ!」

「二分⁉️ちょっと待って!そんなに長く持たないでしょう!」

「持つかどうかではない!持たせる! 迅頼、切り札を解放する!合わせろ!」

切宇は、迅頼にさらなる霊力集中を命じ、全身から青い霊子を噴出させ、自身も周囲の風を集中させた。

「目標、幹部四名、一斉拘束!」

迅頼と切宇の術式が合わさり、紫の霊子の鎖が放出された。それは、切宇の風遁も合わさり、さながら有刺鉄線の特性を持った霊子縄であり、幹部たちの動きを一瞬でも封じるための、切り札だった。

「行け!天野純弥!」

切宇の悲痛な叫びが、倉庫に響き渡った。

「くそっ……! 必ず、戻りますから!」

隠牙は、歯を食いしばり、切宇が命懸けで作り出した一瞬の隙を突いて、背後のシャッターから飛び出した。彼の背中には、切宇の決死の覚悟が、重くのしかかっていた。

(……待ってて下さい、伊賀嵐さん! 明後日 零時。必ず、間に合わせる。そして――貴方も必ず助け出してみせる·········!)

隠牙は、バイク形態のキラに飛び乗り、夜闇の中へと駆け出した。彼の耳には、すぐに切宇と幹部たちの、激しい霊子衝突の音が響き渡り始めたのだった。

 

「·········はあ、はあ·········くく、手古摺らせおって。だが、所詮。こんなものよ」

純弥にひと泡吹かされた幹部が、息を切らせながらも嗤う。

その眼下には、変身を解除され、ボロボロになった維心と、迅頼が横たわっていた。

「迅徒の連中も見る目がない。伊賀の字が朽ちた? これほどに任務に殉ずることのできる若者をそのように呼ぶとはな」

長髪の幹部が、実に勿体ないと嘆く。

「さて、ではトドメを――」

大柄な幹部が死に体の維心へ拳を叩き付けようとする。が、長髪の幹部が待ったをかける。

「忘れたか? 真醒者の確保には失敗した。だが、奴は必ず戻ると言った。コイツを人質にしておけば、自ずとチャンスは再び巡ってくる。厳重に拘束しておけ」

彼の冷静な判断に、大柄の幹部は不満げに鼻を鳴らした。

「チッ、面倒な。だが、お前の判断が正しい」

長髪の幹部は維心を一瞥すると、部下の一人に鋭く命じた。

「この男からあらゆる装備を剥ぎ取れ。特に、あの漆黒の二刀と、変化の巻は厳重に保管。そして、この男の霊子を完全に封じる霊子拘束具を用いよ。特に精霊従など、いつ何を仕掛けてくるか分からん」

それだけ言うと、立ち去っていく長髪の幹部。続いてそれぞれの幹部も、己の持ち場に戻っていくのだった。

 

仲間を見捨てて逃げ帰るしかなかった。

純弥から見れば完全なる敗北の認識であろう。

だが、自ら囮として残った伊賀嵐維心が、なんの備えもなくただ囚われの身として甘んじるであろうか?

「··················ふ、」

大柄の幹部に担がれ、留置所へ運ばれる最中、密かに笑みを浮かべる維心だけが、その答えを知っている。そして――

(『ジュウニシンショウ』、計画時刻、真醒者の重要性·········これら組織に重要な情報は既に天野純弥に持ち帰らせた。そう、あとはこれで、心置き無く·········!)

そこまで思考した途端、うっかり拘束を排除しかねないP霊子の奔流を放ちそうになり、慌てて抑制する。

そんな凡ミスを犯しそうになるほど、維心の眼は瞼の下で、普段からは考えられないほど血走っていた。当然、その心中も荒れ狂いかけるが、何とか抑え込むことに成功した。そして思考を再開する。

(心置き無く·········〝ヤツ〟の情報も探せる·········‼️)

父と友の仇を討たんとする天野純弥。

かつて復讐を完遂した御影晶景。

〝復讐〟という赤黒い運命の糸で繋がれた化忍たち。

その結び目に、この伊賀嵐維心も例外なく絡め取られていたのである。

七九

 

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