仮面ライダー隠牙   作:モタボチ

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三忍集結

湾岸エリアの倉庫街から、バイクの甲高いエンジン音が夜闇を切り裂き、遠ざかっていった。純弥は、維心を置いてきたという重すぎる現実から目を背けるように、ただひたすらにアクセルを開けた。だが、隔離世を展開する時間も無く、なにより戦闘による疲労によって変身はとっくに解けている為、風がメットの隙間から入り込み、彼の激情を無駄なことだ、と冷やかしているかのよう。そのせいで内側で煮えたぎった怒りと後悔の発散もままならず。

「く······そぉっ!」

と、呻きとも叫びともつかない声を漏らすしかなかった。維心の「必ず戻る」という言葉が、彼を突き動かす唯一の燃料だった。バイク形態のキラは、アルジさまの心境を察し、何も言わず最高速度を維持した。

本部駐車スペースに戻るなり、碌にブレーキも掛けずキラを急停車、いや、殆どほっぽり出すと――キラからぐええ⁉️と悲鳴が漏れた――八首の執務室に駆け込んだ。

「八首さん! 伊賀嵐さんが、伊賀嵐さんが捕まりました! 彼が時間を稼いで逃がしてくれたんです! すぐにでも救援隊を編成してください!」

純弥は、机に両手をつき、荒い息を吐きながら訴えた。彼の顔は、疲労と焦燥で歪んでいるし、メットを脱いだ直後ゆえ髪もボサボサと酷い有様だった。

八首は、純弥が持ち帰った、『ジュウニシンショウ』の儀式が「明後日零時に最終調整」に入るという情報が記されたメモを一瞥した。

「落ち着きたまえ、純弥くん。きみが持ち帰った情報は、命懸けで得た価値あるものだ。だが、今は冷静になってくれ」

「冷静になんてなれません!あのままじゃ、伊賀嵐さんは殺されるか――奴らの『器』にされるかもしれないんですよ⁉️」

「源忍党の目的は『ジュウニシンショウ』計画の遂行、最強の夜叉を生み出すことにある。彼らが、ただの捨て駒である倉庫街に幹部クラスを配置し、きみ、即ち真醒者を捕らえようとしたのは、きみたちの能力と戦力を測るための陽動、そして実験場だった」

八首は静かに言った。

「その証拠に、幹部たちは維心君を殺さず、厳重に拘束した。人質にするためだよ」

八首の言葉は、維心を置いてきたという罪悪感に苛まれる純弥の胸に、冷たいロジックとして突き刺さる。彼は確かに生かされている。だが、それは人質として。

「八首さん·········!」

「維心くんが捕らえられたのは、彼自身の判断、つまり囮として、より重要な情報を得るため、そしてきみに情報を託すためだ」

八首は、純弥の瞳を真っ直ぐに見つめた。

「そして、今、救援部隊を派遣することはできない。この情報戦において、我々の真の目的を源忍党に悟られるわけにはいかない。我々の最優先目標は、『ジュウニシンショウ』完成の阻止、そのための情報収集だ」

純弥は絶望に打ちのめされた。自分は、維心の命を犠牲にして得た情報を、ただ待つことしかできないのか。

「ですが、八首さん·········このまま待てば、伊賀嵐さんは·········」

「わかっている。だからこそ、きみには明後日 零時までに間に合わせるために、準備をしてもらいたい。その為にも·········御影くん?」

「はえ⁉️」

八首は、実は傍らに控えていた――誰あろう、御影晶景に目配せをした。

「や、久しぶりになってしまいましたね、純弥君」

「御影さんんんんん⁉️ え?なんで?全然気付かなかった⁉️」

「それもそのはず。私の得意忍法は石系統。なのでこの術――忍法・路傍の石で気配も消せるんです」

その男――御影晶景は、純弥の大先輩の化忍だが、時折こうして、落ち着き払った佇まいはそのままにイタズラして来るのが玉に瑕なのだ。でも、誠に癪なことだが、実際ちょっと落ち着くことが出来たので文句も言えない。

八首は狙い通りとばかりにニッコリして頷き、話を再開した。

「というわけで。御影くんを、きみのサポートにつける。ご多分にもれず、彼もまた、潜入と情報操作のエキスパートだ。そして、維心くんが持ち帰らせた情報は、『ジュウニシンショウ』の儀式が「明後日 零時」に最終調整に入るということ。これが最重要だ」

八首は、立ち上がり、純弥の肩に手を置いた。

「救出作戦の許可は、状況が整い次第、必ず出す。しかし、今はまだ『待て』。きみの激情を、最高の状態で爆発させてあげると保証しよう」

純弥の心に、わずかながら希望の光が灯った。御影晶景が味方についたこと、そして、八首が救出を諦めていないこと。

「ありがとうございます、八首さん!必ず、明後日 零時までに間に合わせます!」

 

第玖話 三忍・集結

 

「·········ふ」

留置所へ運ばれる途中、担がれたままの維心は、密かに笑みを浮かべた。純弥に重要な情報を持たせた、これで心置きなく『ヤツ』の情報も探れる。

維心と迅頼は、地下の、霊子を完全に封じる霊子拘束具によって拘束され、独房に投げ込まれた。しかし、切宇の変身を解かれた維心の肉体は、化忍としての訓練と素養で鍛え上げられている。

「迅頼、無事か?」

「ええ、この老体にはちと骨ですが、霊子拘束具の隙間から、何とか霊子の奔流を抑え込むことができました。ですが、この拘束具、かなり強力です。完全に霊子を封じられているわけではないにせよ、自力での解除は困難を極めます」

「ああ。〝自〟分の膂〝力〟では、な」

そこまで言うと、維心は深呼吸をし、極限まで思考を平静にすると、目を閉じ、そのまま身体の動きを止めた。諦めた訳では勿論ない。〝待って〟いるのだ。

何を?

やがてその答えが、スルリと鉄格子の隙間から入り込み、維心の後ろに回り込んで、拘束具の表面を撫でた途端――

『·········サク』

霊子拘束具が真っ二つになり、拘束が外れた。

「さすがでございます、維心様!」

維心は何を起こしたのか。

実は先程の戦闘の最中、維心は〝こんなこともあろうかと〟、風の刃をひとつ、発動させずに残していた。それを拘束具によって封じられ、僅かとなっているP霊子を用いて遠隔操作し、独房まで呼び寄せたのだ。風遁の、しかも真空刃術のみを磨き極めた維心だからこそ可能な達人技である。

そのまま迅頼の拘束も切断すると、合図も無く、お互い示し合わせた「第2フェイズ」に向けて行動を開始した。

維心は、奪われた『変化の巻』と漆黒の二刀の保管場所を、拘束される直前に予測していた。

「変化の巻を奪還しろ。お前がいなければ、俺は単独で潜入するしかない。その上、万が一、俺が窮地に陥った際の『最後の切り札』となってもらわなければならない」

「御意!維心様!すぐに奪還して参ります!」

迅頼は瞬時に青龍の姿に戻り、壁をすり抜けて姿を消した。

維心は、独房を出て、アジトの最も深部にあるであろうオペレーションルームを目指した。彼の真の目的は、源忍党のデータサーバーに潜入し、『ヤツ』――自分自身の家族と友と、そして伊賀嵐家そのものの威信を失わせた過去の、〝復讐〟の対象に繋がる情報を探り出すことだ。

オペレーションルームに潜入した維心は、すぐにデータサーバーへのハッキングを開始した。彼は、これまた予め用意していた切宇のアンテナ『龍髭』のスペアをサーバーに接続し、高速でデータを解析していく。

「ヤツの過去の記録、あるいは現在の所在。何でもいい、ヒントになる情報を······!」

 

「八首さん、救出作戦の許可を!」

純弥は、八首の執務室で再び訴えていた。維心の命も、『ジュウニシンショウ』の儀式も、時間が刻一刻と迫っている。

「焦るな。と言いたいところだけども、君の焦りももっともだ」

八首は静かに笑った。

「さっきも言っただろう? 状況が整い次第、必ず許可を出すと。······純弥君、君の情報のおかげで、我々は敵の次の動きを予測することができた。この情報の価値は、維心君の命と同等、あるいはそれ以上だ」

八首は、机の上の資料を一瞥し、そして再び純弥を見た。

「救出作戦を許可する。ただし、これは『ジュウニシンショウ』阻止を最優先とする、極めて特殊な任務だ」

純弥の顔に、希望の光が差した。

「御影君も準備はできている」

御影は、純弥の隣に立ち、静かに頷いた。

「アジトのシステム撹乱は任せてください。私が囮となり、純弥君が暴れるための『道』を作ります」

「御影さん······!」

純弥は感謝の言葉を飲み込んだ。

「ちょっと、アタシも忘れないでよね」

「明日香⁉️」

御影の娘である明日香も、実は『路傍の石』を習得していた。

「アタシはアンタのオペレーターよ? という訳で、父さんが作った『道』を、アタシが最短で伊賀嵐さんに辿り着けるよう、ナビしてあげる」

「そして最後にい⁉️」

タキがバタン!と執務室のドアを開いて乱入してきて、純弥は露骨に「うわ、出た」と呻いた。

「状況終了後のお前を、俺が治癒する! 即ち! ······分かるな?」

言外に、「無茶はするな。したら俺のイタイ治療が待ってる」と言うタキに、純弥はゲンナリしながらへいへい·········と弱々しく答えた。

そんな若者達のやり取りにほっこりした笑みを浮かべた後、八首は、皆に地図を示した。

「純弥君、君の任務は、再びアジトに潜入し、明日香くんのナビのもと維心君を救出し、『ジュウニシンショウ』の所在を掴んで撤退することだ。御影君、君はアジトのシステムを撹乱し、敵の目を純弥君からなるだけ逸らす。そして、儀式が本当に明後日 零時に最終調整に入るなら、その『器』の特定が最重要だ」

「了解。必ず、二人で維心さんを助け出し、計画を阻止します」

流石に出撃前の号令では真面目な雰囲気で任務を拝命する御影――な訳は無かった。

「御影っち······本当に〝コレ〟で行くのかい?」

キラが珍しく弱気な様子で御影に尋ねる。救出任務の序盤、〝潜入方法〟についてだ。

「勿論。だってちゃんと忍んで潜入しても罠に嵌められたじゃないですか。だったら次は――」

「·········純弥、聞くだけ無駄だとは思ってるけど······けども、さ? どうか」

「やっぱ作戦は分かり易く! ですよね? 御影さん!」

「·········はあ、」

 

オペレーションルームでハッキングを続ける維心は、データ解析の進まないことに焦燥感を覚えていた。

「くそっ、見つからない!『ヤツ』のデータ、過去の活動記録、すべて暗号化されているか、サーバーから削除されている! ······何故だ!」

その時、アジト全館に、警報が鳴り響いた。彼の脱走が、ついにバレたのだ。同時に、複数の熱源反応が、オペレーションルームへと向かってくるのが見えた。

「くそっ、時間が無い!」

維心は、焦りながらも、最後に残ったデータログの断片に目をやった。それは、『ジュウニシンショウ』に関する最新の移動ログだった。

「『器』は、すでに別の場所に移動した······! 明日の正午、儀式の最終調整は、このアジトでは行われない!」

彼は、この重要な情報だけを頭部に刻み込むと、サーバーから『龍髭』を引き抜いた。直後、部屋のドアが勢いよく開き、幹部たちが飛び込んできた。

「馬鹿な!伊賀嵐維心!貴様、自力で拘束を!」

維心は、素手で幹部の一人の攻撃を躱し、そのまま窓ガラスを突き破ってオペレーションルームから脱出した。

「撤退だ!この情報だけでも価値がある······価値があるんだ! 維心!」

彼は自分にそう言い聞かせながら、アジトの出口を目指して走り出した。

 

「なッ⁉️」

同時刻、アジト正面ゲートを監視する衛兵が、信じられないものを捉えた。

二台の漆黒のバイク――隠牙・影理をそれぞれ乗せたキラと影角が、猛スピードで突進して来る‼️即ち――

「正面からだとおお⁉️」

利口に忍びらしく忍んだ結果、罠に嵌められ、仲間を捕らえられたのであれば、取るべき道はひとつ‼️

「忍びなれども‼️」

「忍ばない‼️」

隠牙と影理の色々危険な咆哮と同時、正面ゲートの砲口が火を吹いた。

「はいはい上手い(?)ですねええええででででででで⁉️ 僕らの被弾率考えろってんだちきしょおおおおお」

半泣きになりながらも、速度は落とさないキラ。彼にもまた一歩ずつだが成長が垣間見えた。

だが彼の試練は続く。

「閉まってる閉まってる‼️ゲート閉められてる‼️」

「だな!御影さん、準備はいいですか⁉️」

「いつでも‼️」

「じゃあ、行きますか! せーの!」

 

「早くしろ‼️ ゲート閉鎖急げ!」

衛兵長が激を飛ばす。その甲斐あって閉鎖まであと数十cm。だったのだが。

キキイイイイイイイイイイイイイイ‼️

猛烈な擦過音と共に火花を散らし、二台のバイクは殆ど横倒しになって突入、ゲートをつっかえさせることに成功。

瞬間、その隙間から、隠牙と影理はスライディングの要領で滑り込んでいった!

あとは流れ作業。化忍の身体能力と正確無比に投擲される手裏剣・クナイ、そしてゲートに挟まれたバイクから離脱したキラと影角の尻尾による薙ぎ払いによって、あっという間に衛兵達は掃討され、クリア、となるのだった。

そこで御影は一旦変身を解く。

「じゃあ、御影さん。バックアップの方、」

「純弥君、維心君の方、」

「「お願いします‼️」」

二人はそれぞれの任務を果たすため、別々のルートでアジトに潜入した。

 

アジト内部、鉄骨通路。

素手、生身の維心は、次々と現れる夜叉たちに応戦していたが、霊子拘束具を解除した際の霊子消耗と、戦闘による疲弊で、動きが鈍くなっていた。

「くっ、このままでは·······!」

その時、あのストップウォッチを持っていた幹部が、通路の向こう側から現れた。

「フフフ、残念だったな、伊賀嵐維心よ。貴様が探しているデータは、すでにこの手の内だ」

そう言うと幹部は、USBのようなデータデバイスを掲げた。

「『ジュウニシンショウ』の最新データ···貴様らには渡さん······!」

維心がその幹部を追おうとした瞬間、背後から新たな霊子の奔流を感じた。

「逃がしはせんぞ、伊賀嵐維心」

残りの三幹部。獰猛な眼光を放つ長髪の幹部、そして大柄の幹部、さらには狡猾な目を光らせる幹部が、維心を取り囲んでいた。

「くくく······まさか、生身の貴様を捕らえることになるとはな。これも運命か」

「運命? 俺達が護る者、貴様らが壊す者である限り、これは宿命だ」

「ああ、違う違う。そういう意味で言ったのではなくてね·········」

長髪の幹部はそこで一旦言葉を切ると、維心、彼にとっての極上のエサを投げ込んだ。

「伊賀嵐維心君、このまま我々と共に来ないか? ――〝お父上〟もお待ちになっているぞ?」

「な――⁉️」

維心の反応は劇的だった。〝ヤツ〟を追い求めている最中の彼と全く同じく情動が荒れ狂っている。

そう――それ即ち。

「――なんてな。そう旨い話などあるわけなかろう? いや?手軽に時間稼ぎが叶ったという意味では、旨かったな、我々にとって」

「は⁉️ しまっ――」

そう、この間にデータを持った幹部は、彼を嘲笑うかのように、通路の奥へと姿を消していったのだった。

「ま、待て!」

「おやおや。『待て』と言われて待つ者などいない、という簡単な真理さえお忘れとは、よほど先程のNGワードが効いていると見受けられますな?」

狡猾そうな幹部が、あからさまに維心をあげつらう。

「では、以上で話は終わりだ。さらばだ、伊賀嵐維心」

そう言うと、大柄な幹部が犀、狡猾そうな幹部は狐、そして長髪の幹部が狼の夜叉へ、それぞれに変化を果たす。

「くっ!」

維心が呻く。敵は手練。退路も体力ももはや無い。迅頼も間に合わない。そして相手の挑発に簡単に乗せられた己が未熟に萎びる気勢。

それらが合わさり、普段は有り得ない、〝死〟という諦めが維心を支配していこうとしていた。

それは最早、足元が崩れ去るような錯覚を覚えるほどで――いや、違う‼️

「な⁉️ あああ⁉️」

突如足元が本当に落下し、維心は階下へ投げ出された。

突然のことに態勢を崩し、受け身も間に合わずに床に激突、することなく、何者かにキャッチされた。その者こそ誰あろう――

「約束通り、助けに来ましたよ。伊賀嵐さん!」

「天野純弥⁉️」

 

『そこ右に曲がってから左······続いて、違うそっちじゃない! 夜叉達が多いわ。反対に行って!』

数刻前、明日香のナビを受けながら、隠牙は迷路のような鉄骨路を、しかし迷うことなく走り抜けていた。やがて――

『見付けた! 伊賀嵐さんの反応‼️ でもマズイな······幹部達に囲まれちゃってる』

「いや、十分だ! 明日香、俺を伊賀嵐さんのいる階の真下に誘導してくれ!」

そうして維心の真下に辿り着いた隠牙は、天井=維心の立つ床に数本のクナイを刺し、それらをピンポイント爆破することで、伊賀嵐の足元を崩壊させたのだった。

 

「全く······無茶をする」

種明かしされてゲンナリする維心に対し、隠牙は「逆に慎重派に見えますか?」と返すだけなので、維心は溜息をつく。

「すまない。うちの相方がホントにすまない」

「⁉️」

「? なにさ?」

「い、いや、キラ――貴様に謝罪という概念があるとは思ってもみなくてな······」

「どういう意味だこら⁉️」

「はいはい、とにかく今は逃げるぞ」

「元はと言えば君のせいじゃい‼️」

ギャーギャー喚き立てる――だがここ二、三年間の、かつての相棒を失い、腐り果てていた頃よりは遥にマシになっている――キラの姿を見て、それを齎した新参の真醒者を見て、維心はひとり思う。

(貴様には驚かせられ放しだ······天野純弥)

 

「ええい! 天野純弥! 小賢しい真似を! だが丁度良い。貴様を捕らえるチャンスが再び巡ってきた! こちらの有利は揺らいでいないぞ!」

狼夜叉の幹部が激昂すると同時に、残りの二人も床に空いた穴から迫ってきた。

「うわ、きた」

「明日香! ナビ頼む‼️」

『任せて‼️』

一度鼻を明かしてはやったが、まだ数の不利を覆せてはいない隠牙達は、いますぐ逃走を開始しなければならない。

「伊賀嵐さん! 前に乗って! 俺が後ろでヤツらを迎撃します!」

「承知した」

「キラ! 出せ!」

「あいあい!」

隠牙の指示で、キラは即座に自らを急発進させた。轟音を立てて再び迷路のような鉄骨路を駆け抜ける。

『追って来てる! 左奥の通路に向かってる!』

明日香の声が響く。

「あの狼夜叉の幹部、しつこいな!」

キラが顔を顰めた(と思われる)。

「そりゃ、伊賀嵐さんを奪還された上に、幹部の面子を潰されたんじゃあな」

隠牙は冷静に言い放つと、後部座席にしがみつきながら、背後を振り返った。

三人の幹部――激昂したリーダー格の狼夜叉、そして残りの二人――は、驚異的な突進力と、鉄骨を足場とする身軽さで、まるで獲物を追う獣のように迫ってくる。特にリーダー格の幹部は、その長い爪を鉄骨に突き立て、火花を散らしながら怒りの表情で追撃していた。

『キラ、右に大きく曲がって! そのまま下の階層へ飛び降りるの!』

「無茶言わないでよ⁉️ 飛び降りたら衝撃でバイク(ぼく)が大破するぞ!」

『大丈夫! 下は柔らかいから』

一方、隠牙は右手に握っていたクナイを、迫る幹部たちと鉄骨の接合部分目掛けて連投した。

カキン! カキン!

正確無比なクナイは、幹部たちの足元を狙いつつ、鉄骨に小さな亀裂を生じさせる。幹部たちはクナイを躱すが、その一瞬の隙が命取りとなった。

『キラ! 今!」

明日香の号令でキラは意を決し、急なカーブを切ると同時に、バイクを鉄骨の隙間から下の階層へ向けて滑り込ませた。

ゴシャン!

衝撃は予想よりも遥かに小さかった。下の階層には、解体作業のために積み上げられていた大量のブルーシートやクッション材が、厚く敷かれていたのだ。

『ほら! 柔らかかったでしょ?』

明日香が通信越しでしたり顔で言う。

「チッ、また小賢しい真似を!」

上階から、狼夜叉のリーダー格の怒鳴り声が聞こえた。

下の階層は、さらに複雑で入り組んでいた。パイプやケーブルが絡み合い、視界も悪い。

『純弥、この階層は彼らも予測していないはずよ! このまま一気に距離を開けて!』

明日香のナビが冴えわたる。

「了解! キラ、頼む!」

「たくっ、恩に着るよ、明日香ちゃん!」

キラはバイクの性能を最大限に引き出し、細い通路を、時には横倒しになりながら曲がり、猛スピードで逃走する。

しかし、幹部の立場は伊達ではなく、三体の能力は常軌を逸していた。彼らは壁を蹴り、パイプを掴み、驚くべき速さで追いついてくる。

「逃がすか、天野純弥! 貴様のその小細工、飽き飽きした!」

背後から飛来した鋭い衝撃波が、バイクの排気口のすぐ横を掠めた。爆発的な轟音が響き、隠牙は思わず身を伏せる。

「危なっ! あんにゃろ、今の一撃でこの鉄骨を抉ったぞ!」

キラが叫ぶ。

「向こうも本気を出してきたか!」

隠牙は、手裏剣を五枚抜き、振り返りざまに、追ってくる三幹部の中心目掛けて投げつけた。

「名付けて――!」

手裏剣は空中で猛烈な閃光を放ち、爆発的な破片を撒き散らす。幹部たちは咄嗟に身を捻り、爆風を避けた。この迎撃で一瞬追撃の足が緩む。

「〝即席閃光手榴弾(インスタン・グレネード)〟······!」

「78点かな」

「ちぇ。しかしこのままじゃ埒が明かないな······キラ」

隠牙が呟くように呼び掛ける。

「わかってる。この複雑な迷路で、こっちが運転に集中して、君が迎撃に集中するってのは限界がある。となると――」

『待って!』

突如、明日香が悲鳴じみた声を上げた。

『右手!大型機材の裏が、行き止まり!』

「何ですと⁉️」

キラがブレーキをかけるが、時すでに遅し。

バイクは減速しきれず、突き当たりの壁に激突した。

けたたましい音を立ててキラは横倒しになり、維心と隠牙は路上に投げ出される。

「くぅ······!」

キラが呻く。

「大丈夫か、キラ⁉️ 伊賀嵐さんは⁉️」

「ぬう······大事、ないっ」

隠牙はすぐさま立ち上がり、キラと維心の無事を確認する。その時、後ろから凄まじい足音が迫ってきた。

「捕らえたぞ! 天野純弥! 今度こそ逃げ場はない!」

三人の幹部が、まるで獲物を取り囲むかのように、隠牙と横たわるキラ、そして呻く維心を取り囲んだ。

隠牙はクナイを構え、その鋭い視線で三人を睨みつける。彼の横には、維心が立ち上がり、苦々しい表情で周囲の敵を見渡していた。

「チぃ······」

再び、絶体絶命の窮地に立たされた。

「明日香、何か打開策は?」

隠牙は静かに問う。

『······ないわ。三方に囲まれてる。でも――』

明日香の言葉を遮るように、狼夜叉のリーダー格が、獰猛な笑みを浮かべながら一歩踏み出した。

「さあ、大人しく降伏しろ。貴様の『小賢しい』相棒も、もう動けまい」

隠牙は、クナイを握りしめ、次の行動を模索する。

「黙ってろ。俺は、まだ終わって――」

言い切る前に、無情にも装甲が玄い粒子となって散っていき、間もなく変身が解除され、ベルトも巻物に戻ってしまった。この一晩でこれまでにない長時間に渡る変身と戦闘のダメージを受け、ついに変化の巻がオーバーヒートを起こした結果だった。

『ああ······ごめん。純弥、ごめん······!』

通信越しに、明日香が半ベソを掻きながら謝ってくる。ナビを任されたのに、行き止まりに気付けず逃走を失敗させたと悔いている。

「泣くなって。お前のせいじゃない」

まったくしょうがないなー、とあやす様に、純弥は明日香に言ってやる。

「健気な光景に水を刺すようで悪いが、早いところ投降してはくれないかな?」

「言ったろ。俺はまだ終わってない。変身出来なかろうがな。そして、実に癪だが、倒れる訳にはいかない理由を、アンタが齎してくれた」

「? 私がか?」

「そうだよ。分からないなら教えてやる。お前、今――」

「「明日香を泣かせたな?」」

――ん? 今ハモらなかったか?

その場にいる誰もが第二の声のした方向に目を向けた。そこには――

――ザリザリザリ、ザリザリザリ――!

重たい金属質のもの――血塗れの巨大な太刀を引き摺りながら、〝ヤツ〟は幽鬼のような足取りでこの場に現れた。

そして再度問うた。

「明日香を·········私の大切な娘を、泣かせたなあ?」

娘を泣かせた〝ワルイ子〟を、ナマハゲの如く探して裁く、妖怪〝パパハゲ〟否、御影晶景がその姿を現したのだった。

 

「あ、御影さん······どーもです」

喋りかけて大丈夫か? 大いに不安に駆られながらも、純弥は一応声を掛ける。

「よう、純弥。お疲れ様。見事に維心を救い出したな」

答えたのは御影の精霊従、影角の方で、御影からは反応が見られない。

「あ、はい。ありがとう、ございます······」

「あー·········御影のことは気にするな。ちゃんと敵味方の区別はつくから」

それは安心していいのか? 代返が必要なんだぞ?

「御影晶景⁉️ ···そうか、碌に警報も鳴らなかったのは貴様がシステムを撹乱していたからか⁉️」

「そうですけど、それより·········娘を泣かせたのは何方かと聞いてるのですが?」

駄目だ。敵に対してはこれしかもう喋らない。

援軍は嬉しいが、ちゃんと会話出来る人も欲しい······。

その願いが通じたのか、第二の援軍が到着した。

「ああ‼️ 維心様‼️ こんなに遅れてしまって! 申し訳ございません‼️」

「迅頼!」

維心の変化の巻と刀の奪還の為別れていた迅頼もようやく合流した。

「おお···!」

一人問題を抱えているとはいえ、化忍ツートップ揃い踏みだ。純弥の血が騒いだ。

「おいキラ⁉️ 寝てる場合じゃないぞ! 〝この中〟に混ざれる機会なんてまず無いぞ、多分!」

「·········ちぇ、重体のフリしてサボろうと思ってたのに」

「そんな思惑お見通しに決まってるだろ? ていうか早くほら、〝チャージ〟頼むホラホラ」

「へいへい······」

キラは純弥から変化の巻を受け取ると、印を結んで気を込める。

途端、ボロボロだった変化の巻に、再び迸るほどのP霊子が満ちた。

先程純弥が〝チャージ〟と言った通り、変化の巻は力を使い果たしても精霊従によってP霊子を一晩に一度だけ再補填出来るのだ。

「っしゃあ! これで準備万端!」

純弥はこれより起こる〝ビッグイベント〟に間に合ったことではしゃぐ。

「娘の涙の報いを······!」

パパは絶賛〝おこ〟である。

「散々いたぶってくれたな。借りを返す」

維心は最後の良心(シリアス)として冷徹に言い放つ。

兎にも角にも、舞台は整った。いざ、今こそ――!

 

ザッ!!!

三忍が同時に、右手に持った変化の巻に左手で印を添える。

瞬間、巻物が起動。結ばれていた紐が解け、巻物が三忍の腰に巻きつくように回転して開かれていく。さらに巻物に書かれていたと思しき筆文字が、回転の遠心力でばら撒かれるように飛び出していき、三忍の周囲を取り巻くようにゆっくり回転し始める。

それらの工程が一瞬で行われた後、開き切った巻物が金属質のベルトに変わり、三忍の腰に装着された。その中央には、それぞれのパーソナルカラー――維心は紫色、御影は浅葱色、純弥は黄金色の――発電所のタービンを思わせる回転翼が埋め込まれていた。

周囲の筆文字の回転が三周を数える間、敵を見据えた三忍は、意を決するように、叫ぶようにその言葉を発した。

「「「変身!!!」」」

その瞬間、バックルの回転翼が猛回転を始め、同時に周囲の筆文字も墨汁に戻るかのように空間に溶け出すと、バックルの回転に合わせるように渦を巻き、黒い竜巻状の煙幕のようになり、三忍の姿を覆い隠した。

黒と言っても暗黒のような禍々しい印象はなく、硯で磨った墨のような、清廉さすら感じさせる〝玄〟だ。

そんな玄い竜巻の中で、三忍がぼんやりとした人影となったと思われた瞬間、バックル中央、胸部、肘膝、両眼から、真っ黒な煙幕を貫くほど眩い、紫、浅葱、黄金色の光と、なにかの咆哮のような音が放たれ、それと同時に竜巻の中の三忍は力を込め、

「「「はッ!!!」」」

短く気合の息を吐き、左手を振り払うと、その動きに合わせて煙幕が霧散し、姿が露わになった。

 

ひとり。闇に溶けるような深い紫の装甲の中、なお昏い漆黒の二刀を携えた風忍

――切宇(キリュウ)。

ひとり。〝剛〟を突き詰めた姿に違わず、野太い太刀で薙ぎ払う時を待つ石忍

――影理(エイリ)。

そしてひとり。無骨にして優美。未熟を顕す装甲を黄金で彩る可能性の火忍

――隠牙(インガ)

 

後に「今代最強」と謳われる三忍の、初の集結であった。

 

「――っし、決まった·········!」

「その一言で台無しだよ」

「トリプル変身···その末席にこの身を連ねられた······恐悦至極也!」

「聞いちゃいねえ·····」

「んで、だ······。誰がどいつヤリます?」

流石に本来の目的は忘れておらず、隠牙は二人に尋ねる。

「狼は俺が。随分と借りがあるからな」

そう言って切宇は立ち位置を入れ替える。

「御影さんは······近くのヤツに行ったな、単に」

影理はただ真っ直ぐに目の前にいた狐の幹部に向かっていった。パワー型の影理にすばしっこい狐は相性悪いように見えるが、まあ、「御影さんなら大丈夫だろう」という安心感はある。

「で、俺が犀か。また硬いやつか。しんどそうだな······」

隠牙はダンゴムシ夜叉を思い出してそう言うが、その声色に弱気は無い。

「さて、行きますか······!」

気合いを入れ、隠牙は駆け出した!

対する犀夜叉は、隠牙の突進に対し、動じることなく低い唸り声を上げる。

「グオオオッ……来い、小童め!この硬さ、貴様ごときには砕けぬ!」

犀夜叉は両腕を胸の前で交差させ、守りの構えを取る。その姿は、文字通り鉄壁。

隠牙は、その鍛え上げられた脚力で一瞬にして距離を詰め、初撃から全力で挑む。

「四肢分身······!」

隠牙がキラに掛けて貰ったのは、文字通り本来四肢、今回は右腕のみに絞った分身。当然それをラッシュで叩き込んでいるので、犀夜叉には秒の間に五十の拳が殺到する。

しかし、犀夜叉はその巨体に似合わず素早い反応を見せる。

犀夜叉は最も装甲の厚い肩で拳を受け切り、そして、その巨大な質量を乗せた右の拳を、隠牙目掛けて振り下ろした。

「! ちっ、」

拳が風を切り裂く音は、まるで爆撃のようだ。まともに喰らえば、体が弾け飛ぶのは確実。

隠牙は、その破壊的な一撃を紙一重で避ける。

犀夜叉の拳が叩きつけられた地面は、アスファルトが深くえぐれ、周囲に亀裂が走った。飛び散る瓦礫と土煙。

(流石、幹部だけにダンゴムシ夜叉とは別次元の馬鹿げたパワーだ……!硬さと重さ。真正面からは受けられんな)

隠牙は素早く後方に飛び退り、体勢を立て直す。

(「伊賀嵐さんや御影さんの邪魔にならんように、さっさと片付けたいんだが······。ダンゴムシみたいに、関節技も無効化されそうだし······ん? 待てよ?)

隠牙は先の逃走劇の中で咄嗟に放った、ある技を思い出す。

(そうだ······あれ使って見るか)

思い至ると早速駆け出し、キラに分身の術を掛けてもらう。

「馬鹿め! 数を増やそうが無駄だとさっき証明されたばかりであろう⁉️」

犀夜叉に侮蔑されるが無視、そのまま六人の分身と同時に突撃する。

「だから無駄だと‼️」

犀夜叉はその剛腕をひと振るいしただけで、分身達を一掃してみせた。が――。

「⁉️ 本体がいない⁉️ 何処へ⁉️」

「此処へ」

律儀な返答が頭上から聞こえたと同時、頭から首までを締め付けられる感触が襲う。

「な、くっ! だがそれがどうしたと――」

「こうする」

カッッッッッ!ドオオッ!キイイイイイイインッ‼️

次の瞬間、犀夜叉の頭部感覚器官に、凄まじい光・爆音・高熱が殺到した。

「?!!⁉️!??!」

「即席閃光手榴弾(インスタン・グレネード)・締め」

そう、逃走劇の中で手裏剣で放ったあの撹乱技を、ヘッドロックを掛けながら、今度は両手足から放ったのだ。正面突破も関節技も叶わないなら、感覚器官を通した体内への攻撃に切り替えたのだ。

結果は成功。犀夜叉は既にフラフラ、柔らかい腹部が無防備だ。

「······ドン」

「?!!⁉️!??!」

ダメ押しにもう一発喰らわせると、仕上げの為に既にバイクに変化してスタンバイしていたキラの元へ跳ぶ。

キラの後輪に着地すると、キラは後輪を空回し、乗っかっている隠牙に摩擦と火花による熱エネルギーを蓄積させていく。やがてそれが臨界に達すると、隠牙は犀夜叉目掛け、跳ぶ!

「フッ‼️ ぜアアアアアアアア‼️」

雄叫びと共に飛び蹴り――《破魔蹴矢(はましゅうや)》を繰り出す!

「がっ⁉️ ぐ、うう、ぐ」

やはり一撃では沈まない。だがそれも予期していた隠牙は、〝二の矢〟を放つ!

「ぜらアアアアアアアアア‼️」

見事先程と同じ箇所に命中させ、二重の熱霊子を植え付ける。

「バ······バカなああ! こんな〝不完全な真醒者〟に······ぐあああああ⁉️」

エネルギーが臨界に達し、大爆発を起こす犀夜叉。

なんと幹部相手に、殆ど無傷で勝利を収めたのだった。

 

「明日香を·········泣かせたな······⁉️」

「あんたさっきからそればっかだな······」

気の抜ける会話内容だが、影理と狐夜叉の戦いも一筋縄ではいかなかった。

純弥の危惧した通り、影理の斬撃速度を上回るスピードで、狐夜叉はその周囲を縦横無尽に駆け巡り、撹乱していた。

が、影理はそもそも三忍の中で最もベテランだ。焦ることなく、最小限の回避と太刀こと石影(セキエイ)による防御で、狐夜叉の攻撃をいなしきっていた。

だがこれでは先日手、焦れてくるのは勿論――まだ若い狐夜叉の方だ。

「あの手で行くか······」

狐夜叉がニタリと笑う。と、思いきや。

「しまっ、ぐあ⁉️」

狐夜叉は影理に突撃を敢行、影理はそれを読み、ゴツイ装備と太刀に似合わぬ繊細な刀捌きで迎撃。斬りつけられた狐夜叉は鮮血で一筋弧を描きながら吹っ飛んだ。

そしてトドメを刺さんと、影理は石影を上段に構え、突撃していく。

その瞬間だった。

――掛かった!

斬撃を喰らうのは計算の内。狐夜叉の悪質な奸計が発動する。

「やめて! 晶景さん‼️」

「⁉️」

影理の動きが止まった。

それもそのはず。今影理の目の前にいるのは、影理――否、御影の今は亡き妻、

呉葉その人なのだから。そしてその姿は血に塗れている。何故ならその斬り傷は――

(お前だ···お前がやったのさ御影晶景! 愛する人を傷つけたのは他でもない、お前だ‼️)

これが狐夜叉の基本戦術。敵の傷つけてしまったら罪悪感を最も催す人物に変化し、動揺させ、その隙に――

(貰ったあ‼️)

手だけ変化を解き、その鋭い爪で敵の土手っ腹に――

「ごべへ⁉️」

突き刺そうとした瞬間、石影の柄が顔面に叩き付けられ、鼻柱をへし折られながら御影呉葉(の姿をした狐夜叉)は地面に背中から叩き付けられた。

「······ひ、ひどいわ、晶景さん······」

(何故だ⁉️ 変化は完璧! 呼び方だって合ってるのに⁉️)

なんとか御影呉葉の演技を維持するが、脳内は絶賛混乱中の狐夜叉。

それらを気にも止めず、石影を地面に突き立てると、地中の石たちが大小問わず刀身を覆っていく。やがて完成したのは。

幅:45cm 刃渡り:2.8mに及ぶ馬鹿デカイ大太刀(と、一応言っておく)、その銘・『大理石影(だいりせきえい)』と化した。

「ねえ······うそでしょ······やめ」

ゴシャッ

有無を言わさず、あっさりと仮にも愛する妻の姿をペシャンコにする影理であった。

「!」

ふと、影理が何かに気付き、〝それ〟に向けて跳躍する。

「······なるほど。そういう絡繰でしたか」

「な、何が?」

影角が恐る恐る尋ねる。

「私も不注意ですね······あっさりスられるとは」

着地した影理が手にしていたのは、何時も胸ポケットに大事にしまってある、御影呉葉の写真だった。狐夜叉はどういう手段だったかはもう二度と分からないが、とにかく御影から妻の写真をスり、霊視か何かで情報を読み取った。

だから完璧な変化と名演技が出来たのだろう。

明らかに狐夜叉が悪いが、ひとつ問題を挙げるなら――

「しかしお前······変化とはいえ、よく奥さんの姿を挽肉にできたな······」

明らかに引いている影角の問に、影理はというと。

「? 何の話です?」

「······え?」

「え?」

「いやだから、アイツ呉葉ちゃんの姿にめっちゃ似せてたやんか?」

「え⁉️ あれ呉葉の格好だったんですか⁉️ 全然似てなくて気付きませんでしたよ!」

「いや、どうみても――」

「似てません」

「瓜二――」

「似てない」

「······そっか。うん。そうだったな······」

――兎も角として、幹部二人目も無事討伐されたのだった。

 

そして、最後の一組。相まみえる切宇と狼夜叉。

「私狙いか。借りがあるからと言っていたが、随分と私情の入ったご当主様だ。少しはしたないのではないかね?」

「借りたものを返すのに、私情も公事もない。返すという行為は誰であれ、果たすべき責務。その常道すら見失ったか。余程鼻が効かないのだな犬畜生」

背後に控える迅頼が、「ああ、切宇様···その言葉遣いは如何なものかと······」と弱々しく注意するがあえなく無視された。

「ふう、まあまだ若いからな。将来に期待······するべきなのだが、今宵潰える命だからな。実に勿体ないが」

「皮算用? 驚いた。狸とも融合しているのか。これは気を付けねば」

殆ど売り言葉に買い言葉で両者とも品が無い、と敢えて言うのは無粋だろう。

兎も角、最後の火蓋は切られた。

両者の武器は共に敏捷性。互いに瞬く間に距離を詰め、二刀と両手の爪による、刃爪の交錯が開始される。

それもすぐに埒が明かぬと判断され、互いにトンボを切って距離を取る――直前に切宇は弧断《こだち》を放って狼夜叉に追撃を喰らわせる。が――

音速で迫った風の刃は、一方は横から爪で貫かれ、もう一方は信じられぬことに無数の牙で咥えられて阻止された。

狼夜叉はバリッ!と風の刃を噛み砕くと、嘲笑うように解説する。

「君の弧断《こだち》は目標を切り裂くという霊子念が込められた時点で半物質化し、少しP霊子を込れば干渉可能に、即ち〝弾く〟〝逸らす〟と言った防御行為が可能となる。決して万能無敵の刃ではない。」

見えないから私の鼻のように、強力な感覚器官が必要になるがね。と結んだ。

その程度の弱点なら把握済みか、さして反応も見せず切宇は二刀で演舞を行い、再び構える。が、それを見て狼夜叉が面白げに続けた言葉を聞いた途端、切宇の身体に緊張が走った。

「今の演舞は――ひょっとして能断《のだち》を配置する動きかな?」

「⁉️」

「やはりそうなのか。危ない危ない。それに先程の刃で打ち合った箇所。そこも危ないかな?」

「――我が組織の情報セキュリティも堕ちたものだ······」

そう、皮肉を返すのがやっとになるほど、切宇は焦っていた。

狼夜叉の言う切宇の第二の術・能断《のだち》。それは維心が脱獄の際に使ってみせた、風の刃の完成系。黒刀で〝空を切った箇所〟に、見えない風の刃を配置し、任意のタイミングで発動するというもの。ただし、刃を移動出来る距離と威力は反比例し、必殺級の切断力を持たせた刃を喰らわせるには、相手をそこに誘導しなければならない。誘導が成功すれば、発動と同時、相手の体内等に突然真空刃が発生することになる為、論理上、防御不能の最強の攻撃手段だが――

「さて、既に手の内を明かされてしまっている状況で、どうやって私を能断《のだち》に誘い込む?」

返答代わりに、上方に跳躍しつつ、弧断《こだち》の連射を浴びせる。余裕綽々で躱しつつ狼夜叉は続ける。

「ついでに補足だが! 弧断《こだち》と能断《のだち》は両立出来ない! よって弧断《こだち》が放たれた箇所が、必然的に能断《のだち》からの安全地帯となる!」

言った通り、弧断《こだち》が放たれた箇所を、狼夜叉は散歩するかのように気楽そうに歩き回る。

「そうまでして弱点だらけの『真空刃術系』に拘るのはやはり、〝お父上〟対策かい?」

「いい加減吠え過ぎだぞ······」

またしても、〝お父上〟というワードによって不穏な気配を纏う切宇。

「はっ⁉️ なりません‼️ 切宇様‼️」

危険を察知した迅頼が制止するが、時既に遅し。

「その小汚い口を今すぐ閉じろおおおおおおお」

吠えながら、激情に任せ、突進していく切宇。

「ふん······やはり、所詮はまだまだガキだったか······」

至極残念そうにそう呟くと、狼夜叉は自身の〝必殺〟の術を繰り出すべく、両足を肩幅より広めに開き、

――唐突に倒れ込んだ。

「⁉️?⁉️」

突然の転倒に狼狽えるどころの騒ぎではない狼夜叉。

何が起こった⁉️ 毒ガスか、否、こちらの知らない第三の術か⁉️

必死に原因を探していると、左足の感覚が無いことに気付き、そこでようやく――切断された左足首を捉えた。そしてその原因こそ、

「能断《のだち》⁉️ いつの間に⁉️」

そう、あれ程あげつらった『風遁・真空刃術系 能断《のだち》』だった。

いつ配置された⁉️ いや、そもそもここは〝安全地帯〟 だぞ⁉️

そこまで思考したところで、目の前に切宇が到達した。

「貴様⁉️ どうやって――」

「俺はお前ほど口は軽くない」

にべもなくそう答えられ、狼夜叉は自身が何故負けたのか知らされぬまま――

鋏のように構られた二刀に首を落とされた。

 

「お見事でございました、切宇様」

埠頭でのように主人に付いた返り血を洗浄しながら、迅頼は褒め称えた。

「謙遜するな。今回の勝利はお前の手柄だ。迅頼」

勿体なきお言葉です。そう返すと、迅頼は勝利の〝タネ〟を解除した。

すると、柱の配置、積まれている荷物等々の配置が少し〝ズレた〟。否、正確には元に戻った。

実は、この建物内、といっても切宇と狼夜叉の戦闘が行われた範囲+半径5mの間のみだが、隠れ身の術が掛けられていたのだ。

本来は周囲の景色に擬態して隠れる忍術だが、迅頼はその術を大幅に拡大し、〝景色そのもの〟を偽装。結果、狼夜叉は方向感覚を狂わされ、安全地帯を見誤り、能断《のだち》の範囲に入ってしまった。

実は、この迅頼による応用版・隠れ身の術による敵の感覚攪乱こそが、能断《のだち》を敵に命中させる真の誘導法なのである。それでも――

「狼としての嗅覚をもってすれば異変に気付けたものを······データの優位性にうつつを抜かしたか。本当に鼻の効かない駄犬だったな」

こうして、敵の三幹部は全員沈黙したのだった。

 

「·········って、ああ‼️」

突然声を上げる隠牙。

「どうしました? 純弥君」

「あれですよ! 『ジュウニシンショウ』のデータ持ってたやつ! 逃げおおせちゃいましたよ⁉️ クッソおおぉ······」

悔しげに腰を落とす隠牙。

そして実際目の前で隙を見せて逃がした張本人である切宇も、気まずげに視線を逸らす。

「ああ、こいつ? それならここに」

そう言うと影角が、スルリと隠れ蓑を解くと、拘束され、猿轡を噛まされたあの幹部が「んーーー! んーーー!」と呻いて藻掻いていた。

「さすが! いい仕事しますね影角さん‼️」

安心した隠牙は、今度は切宇に声を掛けた。

「無事で何よりでした。伊賀嵐さん」

「当たり前だ。食堂で言ったはずだ。生き残る〝覚悟〟はあると」

「ああ······言ってましたね」

○ック食いながらでしたけど、と言いかけたが、隠牙は慌てて飲み込んだ。

「そう。〝ヤツ〟に辿り着くまで、俺は死ぬ訳にはいかん。その為なら、どんな障害も斬り捨てる。そう――それが例え貴様でもな······!」

そう言うと、突如隠牙を睨み付ける切宇。その目には、〝ヤツ〟への怨恨。そう、〝復讐〟の念が宿っている。そしてその為ならば、手段も過程も選ばないという決意が込められている。

迅頼はそんな主を見て、痛まし気に目を伏せる。仲間に突然殺気を向けるという暴挙に出たのだ。さもありなん。

だが――

「そっか。それ聞いて安心しましたよ」

隠牙はあっけらかんと答えるだけであった。

「俺を逃がした時、『任務の為なら命も捨てる』ってタイプなのかと心配しましたけど、そうじゃないなら安心です」

隠牙はそう言うと、切宇に手を差し伸べた。

「〝復讐仲間〟同士、これからもよろしくお願いします」

そう。隠牙――純弥もまた、復讐を胸に刻んだ者である――皆忘れかけている事だが。

現にキラ、御影、影角、そして明日香が、ハア·········と溜息を付いている。

そして殺気を向けたにも関わらず手を差し伸べてくる隠牙に、切宇は多いに戸惑ったあと、「ッ、馴れ合いは無用だ······」と背を向けて去って行った。

「フラれましたね」

御影がやって来てポン、と肩を叩いた。

「良いんですよ。キラに比べれば素直で良い人ですから」

「失敬な。こんなに素直な〝龍〟がどこにいるのさ」

「ああ。性欲に素直な、な」

何をう⁉️ と再びわちゃわちゃ始めた若者達(?)を尻目に、影理は年長らしく、気を引き締めた。

何せ、敵の計画は明後日。決して楽観出来る状況では無いのだが――

(――いや、これが本来の若者達のあるべき姿。ならばオジサンは、それを護る盾とならなくては。命に変えても――)

湾岸エリアの倉庫街を舞台とした死闘は終わりを告げ、三忍は、それぞれの思惑と、より複雑になった情報戦の渦中へと足を踏み入れていく。彼らを待ち受ける真の敵、そして隠された計画の全貌は、まさに夜明けと共に明らかになる――。

七五

 

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