現代ダンジョン発生初日。世界がパニックになる中、俺だけが攻略wikiの知識で最強ビルドを試している~将来のSSS級探索者? ああ、全員俺の弟子です~   作:パラレル・ゲーマー

109 / 149
第64話 深窓の令嬢は時空を超えて、あるいは規格外の押しかけ弟子

 港区ミッドタウン・タワー、ギルド「アルカディア」マスターオフィス。

 カイトら「暁の牙」の没落と、結城旭の華々しいデビューという一連の騒動が一段落し、東京の空にはいつもの平和な――(といっても、ダンジョン景気に沸く喧騒を含んだ)――日常が戻ってきていた。

 

 俺、八代匠は執務室のデスクで、至福のコーヒータイムを過ごしていた。

 ここ数日、裏工作だの、法案の根回しだので酷使した脳みそを休めるには、この静寂こそが最高の薬だ。

 窓の外には東京タワーと、眼下に広がるビル群。

 この高さ、この眺望、そして何者にも邪魔されないセキュリティ。

 これぞ成功者の特権――。

 

「……ふぅ。旭のやつも軌道に乗ったし、しばらくは育成と内政に専念できそうだな」

 

 そう呟いてカップを置こうとした、その時だった。

 

 パリンッ。

 

 何かが割れるような音が、部屋の中で響いた。

 いや、物理的に何かが割れたわけではない。

 俺の【探知】スキルが、空間そのものの「断裂」を感知した音だ。

 

「……あ?」

 

 俺が顔を上げるより早く、オフィスの窓際――本来なら地上二百メートル以上の空中に面しているはずの空間が、ぐにゃりと歪んだ。

 ガラスが割れたわけではない。

 空間そのものがねじれ、穴が空き、そこから「何か」が飛び出してきたのだ。

 

「とぉっ! ですわ!」

 

 軽やかな着地音と共に、オフィスの絨毯の上に降り立ったのは、一人の少女だった。

 艶やかな黒髪をなびかせ、手には抜き身の日本刀。

 服装は……以前見た時と同じ、名門女子校の指定ジャージ。

 ただし、その上から最高級のミスリル製ブレストプレートを無造作に装着しているという、奇抜極まりないファッションだ。

 

 九条カレン。

 日本有数の財閥、九条家のご令嬢にして、自宅のガレージに発生したダンジョンを私物化している、規格外の女子高生。

 

「ごきげんよう、八代様!

 約束通り、レベル46になりましたわ!

 さあ、わたくしを導いてくださいまし!」

 

 カレンはビシッと俺に指を突きつけ、太陽のような笑顔で宣言した。

 俺は持っていたコーヒーカップを取り落としそうになりながら、呆然と彼女を見つめた。

 

「……おい、お前」

 

「はい、なんですの?」

 

「ここ、地上50階だぞ?

 窓も開いてないし、セキュリティゲートも通過してないはずだ。

 どうやって入ってきた?」

 

 俺の問いに、カレンは「何を当たり前のことを」といった顔で、小首をかしげた。

 

「どうやってとは愚問ですわね。

 転移(テレポート)してきましたの。

 自宅のガレージから、八代様の気配を辿って、空間をぴょーんと飛び越えて!」

 

「……テレポートだと?」

 

 俺は椅子から立ち上がり、彼女を凝視した。

 【鑑定】発動。

 

『ユニークスキル:【時空支配(クロノス・ルーラー)】

 習得魔法:ショート・ワープ、テレポート、ヘイスト、スロウ……』

 

(……マジかよ)

 

 俺は戦慄した。

 テレポート。

 『ダンジョン・フロンティア』の世界において、それは究極の移動魔法だ。

 『次元の楔』のようなアーティファクトを使えば、定点間の移動は可能だが、術者自身の魔力だけで任意の場所に自在に転移するなど、レベル99の大魔導師でも習得困難な高等技術だ。

 

 それを可能にするスキルジェムは存在するが、そのドロップ率は天文学的に低く、もし市場に出れば「10兆円」の値がついてもおかしくない。

 いや、金があっても買えない。

 サーバーに数個存在するかどうか、という代物だ。

 

(時空魔法スキル……。

 10年後のシナリオでも、使い手は世界でこいつ一人だけだったはずだ。

 まさか、もう実用段階までレベルを上げているとはな)

 

 カレンの才能は、俺の想定(シナリオ知識)を遥かに超える速度で開花していた。

 レベル46。

 その数字自体は、俺たちアルカディアの主力と同等だ。

 だが、「空間を無視して移動できる」という一点において、彼女の危険度は核ミサイルに匹敵する。

 どんな要塞も、どんな密室も、彼女の前では意味をなさないのだから。

 

「元気そうで何よりだな?

 だが、会いたいとDM来てたとはいえアポなしで人のオフィスに土足で踏み込むのは、令嬢としてのマナーに反するんじゃないか?」

 

 俺が皮肉を言うと、カレンは悪びれもせずに、日本刀『兼定(改)』を振るった。

 ブンッ、と鋭い風切り音が鳴る。

 

「マナー? そんなもの、強者の前では無粋ですわ!

 やっとお会い出来たのですもの!

 八代様、以前のXで仰っていましたわよね?

 『アジール』とかいう場所。

 わたくしも行きたいですわ! 案内して下さいですわ!」

 

 彼女の瞳はキラキラと輝いている。

 まるで新しいおもちゃを見つけた子供のようだ。

 だが、その手にあるのは血を吸い続けた妖刀であり、その身に宿しているのは時空を歪める魔力だ。

 タチが悪いこと、この上ない。

 

 その時。

 執務室の扉が勢いよく開かれた。

 

「マスター! 侵入者反応が、あっ……てえ?」

 

 飛び込んできたのは、秘書兼魔法使いの乃愛(ウィズ)と、氷の女王こと雫だった。

 二人は執務室の中央で刀を構えているジャージ姿の少女を見て、硬直した。

 

「……どなたですか?

 受付を通った記録はありませんが」

 

 乃愛が警戒心を露わにし、杖を構える。

 雫も無言のまま、周囲の温度を急激に下げ始めた。

 彼女たちの殺気に、普通の人間なら震え上がるところだが、カレンは涼しい顔で微笑んだ。

 

「あら、ごめんあそばせ?

 わたくし、九条カレンと申しますの。

 八代様の一番弟子(予定)ですわ!」

 

「「……は?」」

 

 乃愛と雫の声が重なった。

 一番弟子。

 その単語が二人の逆鱗に触れたのが分かった。

 

「勝手に入り込んでおいて、何をふざけたことを……。

 ここは関係者以外、立入禁止です。

 不法侵入で警察に突き出されたくなければ、即刻退去してください」

 

 乃愛が事務的かつ冷徹な声で警告する。

 だが、カレンは「ふふん」と鼻で笑った。

 

「でも、もう入ってしまいましたし?

 良いんじゃないですわ?

 細かいことを気にすると、お肌に悪くてよ?」

 

「……いや、困るんで。

 セキュリティの問題もありますし、お引き取りを」

 

 乃愛が杖を振るう。

 【マナ・バインド】。

 不可視の魔力の縄が、カレンを捕縛しようと襲いかかる。

 相手を傷つけずに拘束するための、初歩的だが回避困難な魔法だ。

 

 しかし。

 

 ヒュンッ。

 

 魔力の縄が、空を切った。

 カレンの姿がブレたかと思うと、次の瞬間には部屋の反対側のソファの上に座っていたのだ。

 

「チッチッチッ。

 わたくしを捕まえるのは無理ですわよ?

 鬼ごっこなら負けませんの!」

 

 カレンは足を組み、挑発的に笑う。

 テレポートによる瞬時の座標移動。

 予備動作なし。詠唱なし。

 これを初見で捉えるのは、達人でも不可能だ。

 

「……へえ。

 生意気な泥棒猫ですね」

 

 雫が感情のない声で呟いた。

 室温が氷点下まで下がる。

 彼女の手に握られた300億円の杖『凍てつく思考』が、青白く脈動を始めた。

 

「逃げ回るのが得意なようですけど、空間ごと凍らせれば止まるかしら?

 ――【アイスストーム】!!」

 

 ドガガガガガッ!

 

 天井付近に魔法陣が展開され、無数の氷柱がカレンのいるソファ目掛けて降り注ぐ。

 容赦ない広範囲攻撃。

 部屋が半壊することも辞さない、雫の「排除」の意思だ。

 

 だが、カレンは動じない。

 彼女は日本刀を抜き放ち、空間を一閃した。

 

「甘いですわ!

 ――【時空断絶(ディスペル・スラッシュ)】!」

 

 キィィィィン!!

 

 甲高い音が響き、降り注ぐ氷の嵐がカレンの頭上で「消滅」した。

 砕かれたのではない。

 魔法を構成する魔力式そのものが、空間ごと切り裂かれて霧散したのだ。

 

「なっ……!?」

 

 雫が目を見開く。

 彼女の絶対的な火力が無効化された。

 

「解呪(ディスペル)……いえ、魔法そのものを『無かったこと』にする斬撃ですか……。

 こわいですね」

 

 乃愛が冷や汗を流しながら呟く。

 物理的な防御でも、魔法的な相殺でもない。

 「そこに魔法が存在した時間」を切り取って捨てたような、理外の防御。

 

 カレンは刀を納め、勝ち誇ったように胸を張った。

 

「わたくしに魔法は通じませんの。

 さあ、八代様!

 わたくしの実力、認めていただけましたか!?」

 

 部屋の中はめちゃくちゃだ。

 書類は舞い散り、ソファは氷漬けになりかけ、空気は張り詰めている。

 俺は大きくため息をつき、手を叩いた。

 

「……そこまでだ。

 やめろ、俺のオフィスを壊す気か」

 

 俺の一声で、乃愛と雫は即座に戦闘態勢を解いた。

 カレンも「はーい」と素直に刀を下ろす。

 

「まったく……。

 元気なのはいいが、TPOを弁えろ。

 ここは戦場じゃないんだぞ」

 

「あら、ごめんなさい。

 でも、売られた喧嘩を買わないのは、九条家の名折れですもの!」

 

 悪びれないカレン。

 俺は頭を抱えたくなったが、同時に確信もしていた。

 コイツは使える。

 テレポートによる神出鬼没の機動力。

 そして、魔法を無効化する対魔術性能。

 今後の対人戦やギミック満載のボス戦において、最強のジョーカーになる。

 

「……分かったよ。

 アジールに行きたいんだったな?

 案内してやるよ」

 

「本当ですか!?

 やったー! さすが八代様、話がわかりますわ!」

 

 カレンが飛び跳ねる。

 俺はニヤリと笑い、付け加えた。

 

「ただし、条件がある。

 アジールのクエストは『強奪』だ。

 正面突破じゃない。

 隠密行動(ステルス)が求められる。

 お前みたいな派手な喧嘩屋に、繊細な隠密ができるとは到底思えないが?」

 

 俺の挑発に、カレンは眉を吊り上げた。

 

「言いましたわね?

 九条家の令嬢たるもの、忍び足の一つや二つ、嗜みですわ!

 完璧にこなして魅せますわよ!

 見てらっしゃい!」

 

「よし、言ったな。

 じゃあ早速、行くぞ。

 乃愛、雫、お前らも来い。

 新入りのお手並み拝見といこうじゃないか」

 

 渦巻くポータル。

 カレンは躊躇なく、その中へと飛び込んでいった。

 

          ◇

 

 数十分後。

 黄昏の港町、アジール。

 オープンテラスの酒場にて。

 

「……ううっ……。

 なんでですの……」

 

 テーブルに突っ伏して泣いている少女が一人。

 九条カレンである。

 その背中からは、先程までの威勢の良さは完全に消え失せていた。

 

 俺はエールを飲みながら、彼女の無様な姿を生暖かく見守っていた。

 

「……で、どうだったんだ?

 初めての強奪ミッションは」

 

「だ、ダメでしたわ……。

 私、盗賊の才能がないんですわ……」

 

 カレンが顔を上げ、涙目で訴える。

 

「静かに歩こうとしたんですのよ?

 でも、気がついたら敵が目の前にいて!

 『あ、見つかった』と思ったら警報が鳴り響いて!

 わたくし、パニックになって……つい、壁ごと敵を斬り飛ばしてしまいましたの!」

 

「……で、アラートレベルがMAXになって、無限湧きする警備兵に追い回されて、這々の体で逃げ帰ってきたと」

 

「そうですわ……。

 宝箱一つも開けられませんでした……。

 悔しいですわー!!」

 

 カレンがテーブルをバンバン叩く。

 俺は内心で(やっぱりな)と頷いた。

 

 彼女のスキル構成は「戦闘特化」だ。

 隠密や解錠といった、地味だが重要なスキルを持っていない。

 おまけに性格が「猪突猛進」だ。

 ステルスミッションなんて、一番向いていない。

 

「ぷっ……。

 あんなに大口を叩いておいて、これですか」

 

 雫が冷ややかに笑う。

 

「隠密もできないなんて、探索者失格ですね。

 マスターの弟子なんて、100年早いです」

 

 乃愛も呆れたように肩をすくめる。

 

「まあまあ。

 向き不向きはあるよ。

 でも、カレンさん、戦闘力だけは本物だったね。

 逃げ帰る時、警備ゴーレムを3体も破壊してたし」

 

 そう。

 ミッションは失敗したが、彼女は「生きて帰ってきた」。

 アジールの警備兵はレベル50相当の精鋭だ。

 それに囲まれて無事だっただけでも、彼女の実力は証明されている。

 

「……ううっ、お腹すきましたわ」

 

 カレンが腹をさする。

 アジールの飯は無料だ。

 俺はメニューを放ってやった。

 

「まあいいや。

 とりあえず、飯でも食おうぜ。

 反省会は、腹を満たしてからだ」

 

 出された料理――竜の尾のステーキや、虹色フルーツのタルトを見て、カレンの機嫌は一瞬で直った。

 

「わあ! 美味しそうですわ!

 いただきます!」

 

 豪快に肉にかぶりつく令嬢。

 その食べっぷりは、見ていて気持ちがいいほどだ。

 

 食事が一段落したところで、俺は改めて彼女に問いかけた。

 

「で、カレン。

 今後どうする?

 俺のギルド『アルカディア』に入るか?」

 

 これは本心からの勧誘だ。

 彼女の時空魔法は、戦略的に極めて重要だ。

 もし彼女が仲間になれば、移動の自由度はさらに増し、戦術の幅も広がる。

 性格に難はあるが、戦力としてはSSS級だ。

 

 カレンは口の周りをナプキンで拭い、少し考えてから首を横に振った。

 

「……いえ。

 魅力的なお誘いですけれど、今回は辞退させていただきますわ」

 

「ほう? なぜだ?」

 

「わたくし、まだ未熟ですもの。

 今日のミッションで痛感しましたわ。

 力任せに振るうだけでは、真の強者にはなれません。

 もっと色々な経験を積んで、自分の『スタイル』を確立したいのです」

 

 彼女の瞳には、真剣な光が宿っていた。

 ただの我儘娘ではない。

 彼女なりの美学と向上心があるのだ。

 

「それに……わたくしのガレージのダンジョン。

 まだ最深部まで行ってませんの。

 A級相当のエリアがあるらしいので、まずはそこをソロでクリアして自信をつけてから、出直しますわ!」

 

 プライベートダンジョンでの武者修行。

 贅沢な話だ。

 だが、それが彼女を「時知らずの魔女」へと成長させるための、必要な過程なのだろう。

 

「そうか。

 残念だが、意思は尊重しよう」

 

「でも!

 弟子入りを諦めたわけではありませんのよ!

 時々はアルカディアに遊びに来ますわ!

 八代様の背中を見て、勉強させていただきます!」

 

 カレンは立ち上がり、ビシッと宣言した。

 

「迷惑です。来なくて結構です」

 

 雫が即答する。

 

「セキュリティホールが増えるだけですからね。

 不法侵入は勘弁してください」

 

 乃愛も冷たい。

 

「ひどいですわー!

 わたくし、一番弟子なのに!

 姉弟子たちからのイジメですわー!」

 

 カレンが喚く。

 いつの間にか弟子入りが既成事実化しているし、乃愛たちが姉弟子扱いされている。

 騒がしいこと、この上ない。

 

 だが、俺は悪い気分ではなかった。

 この混沌としたエネルギーこそが、アルカディアに必要な新しい風かもしれない。

 

「まあ、遊びに来るくらいなら構わんよ。

 ただし、来る時は玄関から来い。

 窓を割ったら請求するからな」

 

「はい!

 ありがとうございます、師匠!」

 

 カレンは満面の笑みで敬礼した。

 こうして最強のジョーカーにして、最大の問題児、九条カレンとの奇妙な関係が始まった。

 彼女が次に何をしでかすか、俺の胃薬の在庫が持つかどうかは神のみぞ知る。

 だが、退屈しないことだけは確かだろう。

 

 黄昏の空の下、少女たちの騒がしい声が、いつまでも響いていた。

 




ここまで読んでいただきありがとうございます! もし「面白い」「続きが気になる」と思っていただけましたら、ページ下部より【お気に入り登録】や【評価】、感想などをいただけると執筆の励みになります。 作者のモチベーション上昇に直結しますので、是非ともよろしくお願いします!
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。