現代ダンジョン発生初日。世界がパニックになる中、俺だけが攻略wikiの知識で最強ビルドを試している~将来のSSS級探索者? ああ、全員俺の弟子です~   作:パラレル・ゲーマー

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第81話 神の代理人の選択、あるいは星の海へと続くカルマ

  アメリカ合衆国大統領の超法規的な手配による「外交特例」をフルに活用し、俺――八代匠は、太平洋から大西洋を股にかける長距離フライトの途上にあった。

 アメリカ政府が用意したVIP専用機、通称「エアフォース・ツー」に準ずる最新鋭の機体。その広大で豪奢なキャビンは、一流ホテルのスイートルームすら凌駕する設えだったが、俺の心は一向に休まらなかった。

 

「……スイスは、すごいお祭り騒ぎですね」

 

 ふかふかのレザーシートに深く腰掛けた乃愛(ウィズ)が、手元のタブレット端末をスワイプしながら、呆れたような声を漏らした。

 機内の大型モニターには、世界中のニュースネットワークがこぞって報じているライブ映像が映し出されている。

 舞台はスイス・アルプス山脈、マッターホルン近郊の雪山。

 本来ならば厳しい自然に閉ざされた静寂の地であるはずのその場所に、今や無数の仮設テントがひしめき、最新鋭の魔導バギーや輸送ヘリが絶え間なく離着陸を繰り返していた。

 

「見てください、マスター。アメリカの『スター・ストライプス』やイギリスの『王立探索騎士団』、それにウチが取引している各国のトップクランが勢揃いしてますよ。みんな目の色を変えてます」

 

 乃愛の横で、同じく護衛として同行しているリンが、画面の中の重装備の探索者たちを指差して笑った。

 

「あいつら、完全に遠足気分かよ。

『俺が一番乗りだ!』とか『エリクサーはウチのギルドがいただくぜ!』って、マイクに向かって息巻いてるし。まあ、気持ちは分かるけどね。不老不死の霊薬なんて、おとぎ話のアイテムが目の前にあるんだから」

 

 世界中が「エリクサー」という名の究極の報酬に目を奪われている。

 各国の権力者から莫大な報酬を約束されたトップランカーたちが、白き神獣が待ち受ける『神獣の住処』の攻略一番乗りを目指して、まるでゴールドラッシュの時代にタイムスリップしたかのような熱狂の渦に身を投じていた。

 

「不老不死の薬。権力者にとってはこれ以上のニンジンはないからな。……だが、俺たちが向かっているのは、そんな甘いおとぎ話の場所じゃない」

 

 俺は手に持ったワイングラスを軽く揺らし、冷めた視線をモニターから逸らした。

 世界がエリクサーという個人の欲望の極致に狂喜乱舞している今この瞬間、俺たちだけが、真の「世界の終わり」に向き合うための旅をしている。

 その残酷な対比が、どうしようもなく滑稽で、そして胃の腑を重くさせた。

 

「ワールドボス……でしたよね」

 

 乃愛が声を潜める。

 スタンピードを乗り越え、世界がダンジョンというシステムを「資源」として完全に組み込もうとしている今、その全てをちゃぶ台返しにするような規格外の災害。

 それを食い止めるための、唯一の「鍵」が、これから向かう場所にある。

 

 数時間後、専用機はイタリアのローマ・フィウミチーノ空港に降り立った。

 タラップを下りると、そこには既に黒塗りの車列が待機していた。

 厳重な警護のもと、車はローマ市内を抜け、世界最小の独立国にして、13億人のカトリック教徒の精神的支柱――バチカン市国へと滑り込んだ。

 

          ◇

 

 サン・ピエトロ大聖堂の荘厳なファサードを横目に、俺たちは一般の観光客が決して立ち入ることのできない、バチカンの裏側へと案内された。

 数百年の歴史の重みを感じさせる石造りの回廊。

 ステンドグラスから差し込む光が、大理石の床に静謐な影を落としている。

 だが、俺のSSS級ユニークスキル【鑑定】は、この神聖な空間の裏側に隠された「もう一つの現実」を残酷なまでに見抜いていた。

 

(……なるほどな。神の加護も、最後は物理と魔力か)

 

 俺は案内役を務めるスイス・ガード(バチカンの近衛兵)たちを横目で観察し、内心で毒づいた。

 ルネサンス期から変わらないとされる派手なストライプの伝統的な制服。だが、その布地の下には、俺が日本の市場に流通させた最新鋭の「高耐久魔導インナーアーマー」がしっかりと着込まれている。

 さらに彼らが手にしているクラシックなハルバード(斧槍)は、ただの儀礼用の武器ではない。刃の奥に高純度の魔石が埋め込まれ、いざとなればD級モンスター程度なら一刀両断にできる魔力振動兵器に偽装されていた。

 

 表向きはダンジョンという未知の現象に対して「中立」を保ち、沈黙を守っているバチカンだが、裏ではしっかりと自衛のための魔導技術を取り入れている。

 宗教組織とはいえ、巨大な国家である以上、それは当然の生存戦略だ。

 

 やがて、回廊の最深部にある重厚な樫の木の扉の前で、足が止まった。

 

「同行者の方々は、こちらの控え室でお待ちを。

 ……中へ入れるのは、八代匠殿、貴方お一人です」

 

 近衛兵の言葉に、乃愛とリンが緊張した面持ちで俺を見た。

 俺は小さく頷き、二人を待機させると、一人でその扉をくぐった。

 

 扉の先は、地上までの道のりとは打って変わって、装飾を極力排した質素な石造りの部屋だった。

 だが、この部屋には何重もの強力な『魔力遮断』の結界が張られているのが肌で感じられた。盗聴はもちろん、空間転移や透視系のスキルすら完全に弾く、世界最高レベルの密室だ。

 

 その部屋の中央に置かれた簡素な木製の椅子に、一人の老人が座っていた。

 純白の祭服(スータン)に身を包んだその姿は、小柄で、どこにでもいる温和な老父のように見える。

 しかし、その深く澄んだ瞳の奥には、何百万、何千万という人々の魂を導いてきた者だけが持つ、圧倒的で揺るぎない精神の芯が宿っていた。

 

 現在のローマ教皇、その人である。

 

「遠路はるばる、よく来られましたね。八代匠殿」

 

 教皇は静かに微笑み、豊かで慈愛に満ちた声で俺の名を呼んだ。

 その声には、俺のような胡散臭い探索者に対する警戒や偏見は一切感じられない。

 

「アメリカ大統領の強引な手配で、突然の訪問となり申し訳ありません。

 ですが、時間がなかったもので」

 

 俺は軽く頭を下げ、勧められた対面の椅子に腰を下ろした。

 

「構いませんよ。貴方のことは、予てより聞いております」

 

 教皇はゆっくりと瞬きをした。

 

「世界を欲望で染め上げ、人々をダンジョンという底なしの穴へと駆り立てた悪魔か。

 それとも、スタンピードという破滅から人類を救い出した預言者か。

 ……バチカン内部の枢機卿たちの間でも、貴方への評価は真っ二つに分かれていますよ」

 

「ただの攻略者(プレイヤー)ですよ」

 

 俺は自嘲気味に口角を上げた。

 

「世界がどうなろうと、俺は自分の目的のために最善の手を打つだけです。

 神の意思も、人類の総意も関係ない。俺は俺のやり方で、この理不尽なゲーム(世界)をクリアする。それだけのことです」

 

「……なるほど。飾らない、実直な方だ」

 

 教皇の瞳が、少しだけ面白そうに光った。

 

「では、その『攻略者』殿が、わざわざこのローマの地下深くまで足を運んだ理由を聞かせてもらいましょうか。アメリカ大統領からの親書には『人類の存亡に関わる極秘事項』とだけありましたが」

 

 俺は表情を引き締め、姿勢を正した。

 ここからは、彼らの信仰と、俺の持つゲーム知識をすり合わせる作業になる。

 

「まもなく、太平洋から『それ』は現れます。

 七つの海を飲み込み、大陸を沈め、人類の文明そのものを蹂躙する大いなる厄災。

 既存の魔物とは次元が違う、神話クラスの海獣――我々の言葉で言えば『ワールドボス』の存在です」

 

 俺の言葉を聞いても、教皇は驚いて叫ぶようなことはしなかった。

 ただ、その皺の刻まれた顔が微かに引き締まり、深く、深い息を吐き出した。

 

「……やはり、時が来たのですね」

 

 教皇は重い腰を上げ、部屋の壁際にあった古びた祭壇へと向かった。

 そこには複雑なからくりが施された隠し金庫があり、教皇が祈りの言葉と共に手をかざすと、重々しい音を立てて扉が開いた。

 

 中から取り出されたのは、革の装丁がボロボロに擦り切れた、一冊の分厚い書物だった。

 

「これは、歴代の教皇にのみ、口伝とこの書をもって受け継がれてきた『裏の聖書(禁書)』です。

 一般の信徒には決して明かされることのない、もう一つの創世記……あるいは終末録。

 そこには、星の海から飛来した悪意と、大地より湧き出る魔の試練について記されています」

 

 教皇はゆっくりと席に戻り、その書物をテーブルの上に置いた。

 黄ばんだ羊皮紙のページを、慈しむようにめくっていく。

 

「貴方の仰る『海より来たる大いなる厄災』についても、ここに記述があります。

 我々はそれを『黙示録の獣』と呼んで警戒し、祈り続けてきました」

 

 そして、教皇の指がある一節で止まった。

 

「ここに、ある『予言』が記されています」

 

 教皇は顔を上げ、俺の目を真っ直ぐに見据えた。

 その声は、一人の老人のものではなく、神の代理人としての威厳に満ちたものに変わっていた。

 

「『神のしもべが、貴方の前に現れるでしょう。

 貴方は判断しなければならない。そのしもべが善か、悪か。

 貴方は神に代わって、判断を任される。

 人がこれからも生きるべきか、滅びるべきか。

 神は、全ての判断を愛するでしょう』」

 

 予言の言葉が、密室に重く響き渡る。

 俺の背中を、一筋の冷たい汗が流れ落ちた。

 

(……ああ、やっぱりここか)

 

 俺は内心でギリッと奥歯を噛み締めた。

 『ダンジョン・フロンティア』における、【カルマチェック】イベント。

 それは、プレイヤーがこれまでに取ってきた行動の累積――選択肢、NPCの生死、市場の独占具合、他勢力への介入方法など――を総合的に評価し、プレイヤーが『善(カルマ値プラス)』か『悪(カルマ値マイナス)』かをシステムが判定する、取り返しのつかない分岐点だ。

 

 もしここで「悪」と判定されれば、フラグは無残にへし折られ、バッドエンドルート――すなわちボスが無敵のまま世界を滅ぼすという最悪のシナリオに直行する。

 

(俺のこれまでの行動……。

 強欲に市場を支配し、他国の企業を出し抜き、私腹を肥やし続けてきた。

 だが、結果として人類の装備水準は跳ね上がり、生存率は上がり、スタンピードの危機は防がれた。

 動機は不純極まりないが、結果だけを見れば世界を救っている。

 ……システムは、そして目の前の教皇は、これをどう判定する?)

 

 俺は息を潜め、教皇の次の言葉を待った。

 教皇は、深く澄んだ瞳で、俺という人間をじっと見つめていた。

 俺の野心も、強欲さも、その奥にある打算も、すべてを見透かしているかのような目だ。

 

 数十秒の、永遠にも思える沈黙の後。

 やがて、教皇の顔に穏やかな、太陽の光のような微笑みが広がった。

 

「……貴方は、人が生きるべき道を示した」

 

 その言葉に、俺は心臓が跳ねるのを感じた。

 

「貴方のやり方は、決して清廉潔白とは言えないかもしれない。

 だが、貴方が撒いた種は、確実に人々の心に『生き抜く力』を芽吹かせ、絶望に抗う剣を与えた。

 弱者を切り捨てるのではなく、強かさに変えてみせた。

 ……貴方は、間違いなく我々を導く『希望(善)』です」

 

 カルマチェック、クリア。

 

 俺は肺の奥に溜まっていた空気を、誰にも気づかれないようにゆっくりと吐き出した。

 ゲームならば「条件を満たしました」というシステムメッセージが出るだけの場面だが、現実の人間からその評価を下されることの重圧は、比較にならないほど重かった。

 

「……身に余る光栄です、教皇猊下」

 

 俺が深く頭を下げると、教皇は頷き、自ら立ち上がって部屋の奥の壁面へと向かった。

 彼が壁に描かれた十字架の紋章に触れると、石壁が音もなくスライドし、隠し扉が開いた。

 

 その奥の空間には、祭壇が設けられており、中心には眩いばかりの神聖な光を放つ『一本の槍』――あるいは聖櫃のようなものが安置されていた。

 

「これが、厄災の絶対バリアを中和するための、アーティファクトですね」

 

 俺が立ち上がって近づくと、教皇は静かに頷いた。

 

「はい。裏の聖書には、これを使えば、かの海獣の守りを打ち破れると記されています。

 ……ですが、それを起動するための具体的な方法は、どこにも書かれていない。

 八代殿。貴方は、それをご存知なのですね?」

 

 教皇の問いかけに、俺の口が異様に重くなった。

 ゲームの画面越しなら、迷わずボタンを押してテキストウィンドウを送るだけの場面だ。

 「はい」「いいえ」の選択肢を選ぶだけの、簡単な作業。

 だが今は違う。

 目の前で穏やかに微笑む、血の通った一人の老人に、それを告げなければならないのだ。

 

「……はい。存じています。

 ですが、それには……あまりにも重い代償が必要です」

 

「代償、ですか」

 

「ええ」

 

 俺は拳を強く握り締め、彼を真っ直ぐに見据えた。

 ごまかしは通じない。真実をそのまま伝えるしかない。

 

「それを起動するには、現教皇の『魂』……つまり、貴方の命を触媒とする必要があります」

 

 密室に、完全な静寂が落ちた。

 

 俺は逃げずに言葉を続けた。

 

「貴方の命を対価に、発動する効果は二つあります。

 一つは『海獣の絶対バリアの破壊』。

 そしてもう一つは……『海獣を倒すまでの間、戦いに赴く探索者たち全員を「不滅のレギオン」へと変える神の加護』です」

 

「不滅のレギオン……?」

 

「はい。この加護を受けた探索者たちは、戦闘中、いかなる致死ダメージを受けても即座に蘇る、あるいは致命傷を無効化する『光の軍団』となります。

 海獣の放つ攻撃は、広範囲に及ぶ即死級のものばかりです。この加護がなければ、どんなに高レベルの探索者であっても、一秒で全滅します」

 

 つまり、教皇一人の命を盾(コスト)にして、数百万の探索者が不死身の軍隊となって殴りかかるという、理不尽なまでのシステム支援(バフ)。

 それが、このアーティファクトの真の力だ。

 たった一人の人間の死を前提とした、残酷な救済システム。

 

 俺の宣告を聞いた教皇は、驚いて取り乱すことも、恐怖に顔を引き攣らせることもなかった。

 ただ、その慈愛に満ちた瞳を細め、優しく微笑んだのだ。

 

「私が、世界中の戦士たちの盾となるのですね」

 

 その顔には、死への恐怖も、生への未練も、微塵も感じられなかった。

 

「主の御許へ赴く時が来た。ただ、それだけのことです。

 私のこの老いた命一つで世界が救われ、未来ある若者たちが死なずに済むのであれば……これほど誉れ高い最期はありません」

 

 あっさりと、本当にあっさりと、彼は自らの殉死を受け入れた。

 その圧倒的な「信仰心」と自己犠牲の精神。

 

 俺は、柄にもなく心を激しく揺さぶられていた。

 俺は自分の利益と生存のために世界を動かしてきた。アメリカ大統領も、日本の総理も、自国の権益と保身のために動いた。

 人間の行動原理とは、本来そういうものだと思っていた。

 だが、目の前の老人は違う。

 純粋な利他と、絶対的な信仰の極致。

 

「……教皇猊下」

 

 思わず、俺の口からそんな言葉が漏れていた。

 いつもの打算的な「商人」としての顔は剥がれ落ち、ただ一人の人間としての敬意が、そこにあった。

 

「人類はこれから、ダンジョンの力を糧に、地球という揺り籠を抜け出します。

 月へ、火星へ、そして星の海へ漕ぎ出し、宇宙の終わりまで続く、果てしない文明を築き上げるでしょう。

 その輝かしい未来の礎となるのが、貴方です。

 貴方のその想いと自己犠牲は、未来永劫、人類の歴史の中で語り継がれる『神話』となります」

 

 俺の言葉は、単なる慰めではない。

 ゲームのエンディングや、その後の設定資料集で語られる人類史の「確定した未来(事実)」だ。

 だが、それを今、彼への手向けとして語らずにはいられなかった。

 

 教皇は俺の言葉を静かに聞き届け、満足そうに目を細めて、ゆっくりと息を吐いた。

 

「そうですか……。

 私の目で、その素晴らしい未来を見てみたかったですね……」

 

 少しだけ漏れた、人間らしい本音。

 その言葉が、俺の胸に重く、鋭く突き刺さった。

 

 俺は唇を強く噛み締め、深く頭を下げた。

 

「ええ。……見せたかったです」

 

 ゲーマーとしての俺の内心が、悲鳴を上げていた。

 

(……ゲームなら、スキップできるただのムービーイベントだった。

 ボタンを一つ押すだけで、NPCが光になって消えて、全体バフのアイコンが点灯するだけの、ただのシステム処理。

 ……でも、現実(リアル)になると、キツいな)

 

 命の重みと、世界を救うための冷酷な選択。

 ゲーマーとしての知識と、目の前にある現実の感情の狭間で、俺は静かに拳を握りしめた。

 

「では、準備に入りましょう。世界が、私を呼んでいる」

 

 教皇は迷いのない足取りで祭壇へ向かい、アーティファクトの起動儀式を始めるための祈りを捧げ始めた。その後ろ姿は、信じられないほど大きく、そして気高く見えた。

 

 俺はこれ以上、その神聖な場にいることはできないと悟り、深々と一礼をしてから部屋を出た。

 

 重厚な扉が閉まり、静寂が戻った廊下。

 待機していた乃愛とリンが、俺の顔色を見て何かを察したように駆け寄ろうとした、その瞬間だった。

 

 ピロロロロロピッ!!

 

 俺の胸ポケットで、専用の緊急通信端末が、鼓膜を裂くようなけたたましい警告音を鳴らし始めた。

 

「マスター、これは……!」

 

 乃愛が青ざめた顔で自分のタブレットを取り出し、俺に見せた。

 そこには、I・G・Uの共有ネットワークから送られてきた、最上位のレッドアラートが表示されていた。

 俺は端末をひったくり、通話ボタンを押す。

 相手は、日本の内閣官房にいる佐伯だ。

 

『八代くん……!』

 

 スピーカー越しに聞こえる佐伯の声は、かつてないほどに裏返り、絶望に満ちていた。

 

『太平洋、マリアナ海溝付近で、魔素濃度が観測史上最大値を突破した!

 付近の観測艦の計器が全て焼き切れた!

 ……海が、黒く染まり始めている!』

 

 その報告を聞いた瞬間、俺の全身の血が粟立った。

 

 スイスの神獣討伐によるエリクサー獲得の余韻を待つ暇もなく。

 ついに、人類最大の試練――ワールドボス覚醒のカウントダウンが、ゼロを刻んだのだ。

 

「……乃愛、リン。急ぐぞ」

 

 俺は顔を上げ、二人に向かって冷徹に告げた。

 

「世界の終わり(本番)が、お出ましだ」




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