現代ダンジョン発生初日。世界がパニックになる中、俺だけが攻略wikiの知識で最強ビルドを試している~将来のSSS級探索者? ああ、全員俺の弟子です~   作:パラレル・ゲーマー

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第13話 魔導産業革命の前夜、あるいは調整者の憂鬱

 茨城県つくば市。

 筑波山を遠くに望むこの学術研究都市は、かつて日本の科学技術の先端を走っていた場所だ。

 そして今、この場所は「魔法」という未知の概念を「科学」で解き明かそうとする、新たな最前線基地となっていた。

 

 俺、八代匠は、政府が手配した黒塗りのハイヤーの窓から流れる景色を眺めていた。

 整備された道路、整然と並ぶ研究所群。

 一見すると平和な風景だが、その内部では国家の存亡をかけた研究が、文字通り不眠不休で行われているはずだ。

 

「……遅いな」

 

 俺は独りごちた。

 ダンジョンゲートの発生から一ヶ月半。

 

 本来の『ダンジョン・フロンティア』の標準的な歴史(シナリオ)進行であれば、この時期にはすでに「魔石によるエネルギー革命」の初期段階に入っているはずだった。

 魔石を燃料とした試作エンジンが回り始め、既存の石油産業が悲鳴を上げ、株価が大荒れになる……そんなイベントが発生してもおかしくない頃合いだ。

 

 だが現実はどうだ?

 いまだに政府は魔石を「得体の知れない爆発物」扱いし、慎重に保管庫に積み上げているだけだ。

 

 アメ横のチンピラですら「魔石を粉にして吸うとハイになる(※嘘だが)」といった独自の活用法を見出しているというのに、頭の良い学者先生たちは石ころ一つ満足に解析できていない。

 

「まあ無理もないか。彼らには『鑑定』がない」

 

 この世界、いや『ダンフロ』というゲームの本質は、単なるRPGではない。

 その裏側には、極めて精緻に組まれた「国家運営シミュレーション」のエンジンが走っている。

 

「政治シミュレーター」「経済ゲー」「科学ゲー」。

 プレイヤーの間でそう呼ばれた所以は、プレイヤーの行動が国家の発展レベルや産業構造にダイレクトに影響を与えるからだ。

 

 例えば「科学者ルート」。

 プレイヤーが積極的に魔石のサンプルを集め、研究機関に投資し、解析データを渡すことで日本の魔導技術は飛躍的に向上する。

 

 結果、日本はアメリカや中国と並ぶ「ダンジョン覇権国家」となり、円の価値は暴騰し、国民は豊かな生活を享受する……というのが理想的な成功ルートだ。

 

 だが、これには落とし穴がある。

「やりすぎ」によるバタフライエフェクトだ。

 

 魔石技術を急激に発展させすぎると、政府は狂ったように魔石回収に走り始める。

 全ての予算を魔石関連に注ぎ込み、農業や製造業といった既存産業への補助金をカット。

 

 結果、魔石エンジンはあるのに食料がない、魔導兵器はあるのにそれを運ぶトラックの部品がない……といった歪な経済構造になり、国力が衰退する「技術偏重・経済崩壊エンド」が待っている。

 

「バランスが重要なんだよ、バランスが」

 

 早すぎてもダメ、遅すぎてもダメ。

 今の日本は「遅すぎ」の方に振れている。

 

 このままでは他国の研究スピードに置いていかれ、日本はただの「資源産出国(魔石を掘って安く売るだけの国)」に成り下がってしまう。

 それは俺が支配しようとしている市場にとっても面白くない。

 

「だからこそ、俺が呼ばれたわけだが」

 

 ハイヤーが巨大なゲートをくぐり、要塞のような建物の前で停車した。

『国立先端魔導技術研究所』。

 急造された看板が掲げられている。

 

 出迎えたのは白衣を着た集団と、見慣れた顔の男だった。

 

「ようこそ、八代くん。遠路はるばる感謝するよ」

 

 内閣官房の佐伯だ。

 相変わらず疲れた顔をしているが、その眼光だけは鋭い。

 

「ご無沙汰しています、佐伯さん。随分と仰々しい建物ですね」

「中身はまだ空っぽだよ。機材だけは一流だが、肝心の『理論』がない」

 

 佐伯は自嘲気味に笑い、俺を建物の中へと案内した。

 

 ◇

 

 案内されたのは厳重なセキュリティに守られた最深部の実験室だった。

 広大な空間の中央に、防弾ガラスで囲まれたチャンバーがあり、その中にポツンと一個の「石」が置かれている。

 

 どこにでもあるF級ダンジョン産の魔石だ。

 小指の先ほどの大きさの、薄紫色に発光する結晶体。

 

 その周囲を、日本を代表する物理学者や化学者たちが取り囲み、複雑な計測機器のモニターを睨みつけていた。

 

「……放射線量は正常値。電磁波パルスも観測されず」

「質量保存の法則を無視しているとしか思えん……」

「叩いてみるか? いや、爆発したらどうする」

 

 彼らは完全に手詰まりだった。

 未知の物質を前に、既存の科学の物差しをどう当てていいか分からずにいるのだ。

 

 彼らの手元には山のようなレポートがあるが、そのほとんどが「不明」や「観測不能」の文字で埋め尽くされている。

 

「見ての通りだ」

 

 佐伯が嘆息した。

 

「彼らは優秀だ。だが優秀すぎて『魔法』という非論理的な存在を受け入れられない。

 魔石を燃料として使おうにも、どうやって点火すればいいのか、どうやってエネルギーを取り出せばいいのか、その『トリガー』が分からないんだ」

 

「なるほど。で、私に『答え』を教えてくれと?」

 

「……虫のいい話なのは分かっている。だが君の『鑑定』なら、この石の『取扱説明書(マニュアル)』が読めるのではないかと思ってな」

 

 佐伯の視線が俺に突き刺さる。

 周りの科学者たちも、胡散臭そうな、あるいは縋るような目で俺を見ていた。

 

「SNSで有名な鑑定士だか何だか知らないが、我々に分からないことが分かるはずがない」というプライドと、

「何かヒントでもあれば」という焦りが入り混じった、複雑な表情だ。

 

 俺は肩をすくめ、防弾ガラスの前に立った。

 魔石を見つめる。

 

 意識を集中するまでもない。

 俺の視界にはすでに、その石の全てが表示されている。

 

「……ふむ」

 

 俺はわざとらしく数秒間沈黙し、勿体をつけてから口を開いた。

 

「簡単ですよ。あなた方は難しく考えすぎている」

 

「なんだと?」

 

 年配の学者が不機嫌そうに声を上げた。

 

「この石は複雑な回路や起爆装置を必要とする爆弾じゃありません。

 もっと原始的で、もっと純粋なものです」

 

 俺は佐伯に向き直った。

 

「鑑定結果をお伝えします。メモの用意はいいですか?」

 

 俺がそう言うと、佐伯の合図で助手たちが慌ててタブレットやノートを構えた。

 

「名前:F級魔石

 レアリティ:コモン

 種別:素材/エネルギー源」

 

 俺は淡々と、脳内に表示されたテキストを読み上げていく。

 

「効果テキスト:

 この石は術者の『意志』に呼応し、その内に秘められた純粋な魔力エネルギーを様々な現象へと変換する、奇跡のエネルギー源である」

 

「『意志』……だと?」

 

 学者がポカンと口を開けた。

 科学の実験室で最も嫌われる、曖昧で精神論的な単語が出たからだ。

 

「そうです。スイッチは『心』です。

 具体的に何ができるか、例を挙げましょう。

 

 その1、『熱変換』。

 術者の意志に応じて熱を発生させることができる。

 例:約1リットルの水を瞬時に沸騰させる程度の熱量」

 

 俺は指を一本立てた。

 

「その2、『物理干渉』。

 術者の意志の強さに応じて軽い物体を宙に浮かせたり、動かしたりすることができる。

 いわゆるテレキネシスですね」

 

「……馬鹿な。エネルギー保存則はどうなっている」

 

「その3、『軟膏化』。

 溶かして軟膏にすることで、簡易的な傷を治癒することができる。

 ポーションの原料になるわけです」

 

「その4、『栄養強靭』。

 砕いて肥料にすることで栄養豊富な野菜や果物を促成栽培で作ることができる。

 一夜にしてトマトが実る、なんてことも可能です」

 

「その5、『電力変換』。

 術者の意志に応じて電力を発生させることができる。

 例:スマートフォンのバッテリーを一瞬で満充電にする程度の電力」

 

 俺は一気にまくし立てた。

 そして最後に、この魔石に記された意味深長なフレーバーテキストを口にした。

 

「……ただし内包する魔力は有限であり、一度その力を使い果たした魔石は、ただの石ころと化す。

 

 フレーバーテキスト:

 神が天から火を盗んだプロメテウスを罰したように

 我々もまた、この地底から盗み出した新たな『火』によって罰せられるのだろうか。

 いや違う。

 これは罰ではない。

 次なる時代へと進むための祝福だ」

 

 シンと静まり返る実験室。

 あまりにも詩的で、あまりにも万能すぎるその性能に、科学者たちは言葉を失っていた。

 

「……術者の意志か」

 

 佐伯が独り言のように繰り返した。

 

「つまり、機械的に電圧をかけたり、レーザーを当てたりしても反応しないのは当然だと?」

 

「ええ。人間が触れて念じなければなりません。

 あるいは、人間の意志波長を模倣する『触媒回路』を通すか。

 まずは一番簡単な実験をしてみましょうか」

 

 俺は防弾ガラスの解除を求めた。

 学者が渋るが、佐伯が頷く。

 

 ガラスが開く。

 俺は手袋もせずに、素手で魔石を手に取った。

 

「誰か、充電切れのスマホを持っていませんか?」

 

「あ、私のが……」

 

 若い女性研究員がおずおずと差し出した。

 

「借りますよ」

 

 俺は左手に魔石、右手にスマホを持ち、両手を近づけた。

 そして軽く念じる。

『電気になれ』と。

 

 バチッ!

 

 微かな紫色のスパークが走り、魔石が光を失って灰色にくすんだ。

 同時にスマホの画面が明るく点灯し、バッテリーアイコンが緑色の『100%』を表示した。

 

「ほら、満タンです」

 

 俺はスマホを返した。

 女性研究員は震える手でそれを受け取り、悲鳴のような歓声を上げた。

 

「ほ、本当だ! 0%だったのに! 一瞬で!?」

 

 その瞬間、実験室が沸騰した。

 

「すごい……本当に意志で変換されたぞ!」

「熱変換も試してみろ! ビーカーに水を用意せよ!」

「物理干渉はどうだ! このクリップを浮かせてみろ!」

 

 科学者たちは我先にと魔石に群がり、子供のように実験を始めた。

 ある者は魔石を握りしめて顔を真っ赤にして念じ、ビーカーの水をボコボコと沸騰させた。

 ある者は魔石を睨みつけて、クリップを震わせた。

 

「素晴らしい……! これは革命だ!」

「エネルギー問題が解決するぞ!」

「医療も農業も、全てが変わる!」

 

 先ほどまでの沈鬱な空気は消え去り、熱狂的な興奮が支配していた。

 佐伯もまたその光景を見て、満足げに頷いている。

 

「……八代くん。君はやはり、この国の救世主かもしれんな」

 

「大袈裟ですよ。ただの説明書読み上げ係です」

 

 俺は冷静に答えた。

 心の中では冷ややかな計算が走っていた。

 

(……ほう。素晴らしい。F級魔石でこれだけ喜んでくれるなら、安いもんだ)

 

 彼らが今いじっているのは、一番下のランクF級の魔石だ。

 それでも熱、電気、運動エネルギー、治癒、肥料と、その用途は多岐にわたる。

 まさに万能素材だ。

 

 だが俺は知っている。

 この先にある「上位魔石」の可能性を。

 

 例えば「C級魔石」。

 あれはF級とは桁違いの純度と情報量を持っている。

 適切に加工し、特定の術式と組み合わせれば、視神経や角膜を再生させる「万能点眼薬」を作成できる。

 老眼、近視、乱視、果ては白内障まで完治させる奇跡の薬だ。

 

 もしこれが世に出れば、眼鏡業界やコンタクトレンズ業界は壊滅し、眼科医の仕事は激減するだろう。

 

 さらに「A級魔石」。

 あれはもはや物質というよりは「空間の凝固」に近い。

 二つのA級魔石を量子的に共鳴させ、ドアノブに埋め込む。

 すると数キロメートル離れた場所にあるもう一つのドアと空間接続される。

 

 物理的な距離を無視した「どこでもドア」の実現だ。

 これが実用化されれば、鉄道、航空、自動車、物流……全ての輸送産業が根底から覆る。

 

「……教えないけどな」

 

 俺は心の中で舌を出した。

 今のこの段階で、そんなオーバーテクノロジーを教えてたまるか。

 

 もし今「A級魔石で空間移動ができます」なんて情報を漏らしてみろ。

 政府はどう動く?

 

 間違いなく目の色を変えて魔石回収に走る。

「石油なんて燃やしている場合じゃない」

「道路工事なんて中止だ」

「すべての予算をダンジョン攻略と魔石採掘に回せ」

 

 となる。

 

 その結果どうなるか。

 地方の農家は肥料も買えずに廃業し、工場のラインは止まり、トラック運転手は失業する。

 急激すぎる産業構造の転換は、大量の失業者と経済の混乱を生む。

 魔石という「黒船」によって、日本経済が沈没しかねない。

 

 それに俺自身の商売にとっても邪魔だ。

 俺はまだこの世界の物流を支配しきっていない。

 俺がポータルの巻物やレア装備で稼いでいる横で、政府が「どこでもドア」を開発してしまったら、ポータルの価値が暴落してしまう。

 

「技術には、適切な『導入順序』があるんだよ」

 

 まずはF級魔石でお湯を沸かしたり、スマホを充電したりしてキャッキャと喜んでいればいい。

「便利な電池代わり」程度に認識させて、じわじわと社会に浸透させる。

 既存の電力会社やガス会社と提携させ、ソフトランディングさせる。

 

 それが「政治シミュレーター」における正解ルートだ。

 

「八代くん? どうした、難しい顔をして」

 

 佐伯が顔を覗き込んできた。

 

「いえ、なんでもありません。

 ただ、この発見が世界をどう変えるか、想像していただけです」

 

「ふむ。確かに影響は計り知れないな。

 だが進むしかない。

 これが『プロメテウスの火』だとしても、我々はそれを使いこなさなければならん」

 

 佐伯は研究者たちの熱狂を見つめながら、決意を新たにしていた。

 

「政府関係者が『素晴らしい科学が発展した!』とか感動してるけど、見慣れたイベントだな……」

 

 俺は内心で呟いた。

 ゲームの中で何万回と見た「魔導技術解禁イベント」のワンシーン。

 科学者たちが物を浮かせたり光らせたりして喜ぶカットシーン、そのままだ。

 

 唯一違うのは、俺がその場にいて、意図的に情報の蛇口を絞っていることくらいか。

 

「さて、私の役目はこれで終わりですね?」

 

 俺は佐伯に言った。

 

「ああ、十分すぎる成果だ。これだけのヒントがあれば、あとは彼らが形にしてくれるだろう。

 報酬は弾ませてもらうよ」

 

「期待しています。では」

 

 俺は踵を返した。

 背後ではまだ「浮いた! 浮いたぞ!」という歓声が上がっている。

 

 研究所の出口へと向かう廊下を歩きながら、俺は次の手を考えていた。

 政府が魔石の研究に本腰を入れ始めれば、いずれ「魔石の買取価格」は上昇するだろう。

 今は二束三文で買い叩かれているF級魔石が、エネルギー資源として高騰する。

 

 そうなれば、俺が倉庫に貯め込んでいる大量の魔石在庫の資産価値も跳ね上がる。

 売り時はいつか?

 政府が「魔石発電所」の計画を発表する直前あたりがベストか。

 

 あるいは彼らが研究に行き詰まった頃に、こっそりと「効率化のマニュアル(次のヒント)」を高値で売りつけるのもいい。

 

「科学者ルートか……。まあ、適度に失敗しない程度に飼い慣らしていくとするか」

 

 俺はハイヤーに乗り込んだ。

 車窓から見える筑波山は、何も変わらず静かに佇んでいた。

 

 だがその麓では今、世界を変える歯車が俺の手によって、ゆっくりと回り始めたのだ。

 

「次は港区まで。急がなくていい。安全運転で頼む」

 

 俺はシートに身を預け、目を閉じた。

 少し疲れた。

 

 調整者(フィクサー)の仕事も、楽じゃない。




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