現代ダンジョン発生初日。世界がパニックになる中、俺だけが攻略wikiの知識で最強ビルドを試している~将来のSSS級探索者? ああ、全員俺の弟子です~ 作:パラレル・ゲーマー
朝の澄んだ空気を切り裂くように、アルカディア所有の黒塗りの大型魔導バンが東京都大田区の準工業地帯を走っていた。
窓の外には、住宅と小さな町工場がモザイク状に混ざり合う、下町特有の風景が広がっている。
「マスター、今日行く町工場のダンジョンって、昨日の駄菓子屋のガチャより面白いんですか?」
後部座席で退屈そうに足をぶらぶらさせながら、リンが尋ねてきた。彼女の手の中では、昨日引き当てたばかりのマジック級玩具【戻ってくるスーパーボール】が、床と手のひらの間を規則正しく往復している。
「面白さのベクトルが違うな。昨日の遊技場は純粋なレジャー施設だったが、今日見に行くのは『生産・加工』の領域だ。俺の予想通りの代物であれば、これからのクラフト環境……いや、素材市場のルールそのものが一段階広がることになる」
「ふーん……つまり、また大儲けできるってことですか?」
「まだ分からんよ。実際に現物を鑑定して、採算が取れるかどうか検証してみないことにはな。ただ、ゲーマーとしての俺の勘が『こいつは絶対に触っておけ』と告げているのは確かだ」
俺、八代匠がそう答えると、助手席に座る秘書の乃愛(ウィズ)がタブレット端末から顔を上げ、控えめに補足を入れた。
「本日伺うのは『宮原精機』という従業員数名の小さな金属加工会社です。代表の宮原正志氏は五十八歳。この道四十年以上のベテラン職人で、もともとは航空機や医療機器に使われる高精度な金属部品の旋盤加工などを請け負っていたそうです」
「へえ、そりゃまた本格的な職人さんだな」
「ええ。ですが、ダンジョン出現後の産業構造の変化で、従来の取引先からの発注が減少したらしく……。さらに、魔石バブルの影響で若手の従業員が二名ほど高収入な探索者へと転職してしまい、現在は深刻な人手不足と経営難に直面しているとのことです」
同乗していた田中と雫も、その説明を聞いて少し神妙な面持ちになった。
ダンジョンがもたらした未曾有の好景気は、その裏で既存の製造業から容赦なく人材を吸い上げている。以前、俺が政府にゴーレム・ワーカーの導入を提案したのもまさにそのためだが、末端の小さな町工場にまで一千万の魔導ロボットが行き渡るにはまだ時間がかかる。
やがて車が細い路地を抜け、トタン屋根に『有限会社・宮原精機』という錆びかけた看板が掲げられた建物の前に停車した。
車から降りると、開け放たれたシャッターの奥から、キィィンという金属を削る高い機械音と、焼けた切削油の独特の匂いが漂ってきた。床には銀色の切り粉が散らばり、年季の入った汎用旋盤やフライス盤が並んでいる。ダンジョンが出現する前の日本を支えてきた、紛れもない「ものづくり」の現場の空気だ。
「……おう、あんたたちがアルカディアの。わざわざすまねえな、こんな油臭えところまで来てもらっちまって」
機械の電源を落とし、軍手を外しながら奥から出てきたのは、作業着姿の初老の男――宮原社長だった。
白髪交じりの短髪に、深く刻まれた眉間の皺。一見すると気難しそうな頑固親父といった風貌だが、その作業着は清潔に保たれ、背筋はピンと伸びている。
「初めまして、アルカディア代表の八代です。突然の訪問にもかかわらず、お時間をいただきありがとうございます」
「いやあ、礼を言うのはこっちの方さ。相談窓口に写真を送ったら、まさか世界の八代さんが直々に飛んでくるとは思わなかったもんでね。正直、最初は新手の詐欺かと思って疑っちまったよ」
宮原社長はぶっきらぼうに言いながらも、どこか照れくさそうに鼻を擦った。
「うちは見ての通り、鉄やアルミをミクロン単位で削るしか能がねえ時代遅れの町工場だ。若い奴らはみんなツルハシや剣を持ってダンジョンに行っちまうし、世の中が魔法だの魔石だのって変わっていくのは仕方ねえと思ってる。……ただ、地下にいきなりあんな得体の知れねえ『炉』が生えてきちゃあ、どうしていいか分からなくてな」
「時代遅れだなんて、とんでもないですよ、社長」
俺は工場内に並ぶ、手入れの行き届いた工作機械を見渡しながら、自然と口元を緩めた。
「俺の見立てが正しければ、社長がこれまで培ってきたその金属加工の技術こそが、あの地下のダンジョンを活かすための最大の鍵になります」
「……俺の技術が、魔法の炉に? どういうこったい?」
訝しげに首を傾げる宮原社長に、俺は「まずは現物を見ながらお話ししましょう」と促した。
社長は工場の奥にある資材置き場へと俺たちを案内した。積まれた鋼材の山のさらに奥、地下室へと続く鉄扉を開けると、そこには私有ダンジョンとして正式に登録されたゲートが、静かに青白い光を放っていた。
◇
ゲートをくぐり抜けた先に広がっていたのは、地上の町工場とは全く異なる、無機質で重厚な金属質のドーム空間だった。
高い天井からは青白い魔導灯の光が降り注ぎ、床には隙間なく黒鉄のタイルが敷き詰められている。モンスターの気配は一切ない。ただ、空間の中央に鎮座する一つの『巨大な構造物』から、ブゥン……という低い重低音と、かすかな熱気が絶えず放たれていた。
それは、全高五メートルはあろうかという巨大な円筒形の炉だった。
黒光りする未知の合金で覆われたボディの前面には、大人一人が屈んで入れるほどの大きさの『投入用ハッチ』があり、側面にはコンベアのような『排出口』が備え付けられている。そして炉の表面には、血管のように無数の幾何学的な魔導回路が張り巡らされ、呼吸をするように青白い光を明滅させていた。
「うわぁ、でっか……! これ、工場の機械っていうより、SF映画に出てくるラスボスのエネルギー炉みたいですね!」
リンが炉の周りをぐるりと見上げながら感嘆の声を上げる。
田中もゴクリと唾を飲み込み、「こんな威圧感のある装置が地下にあったら、普通は怖くて近づけないっすよ」と頷いた。
俺は炉の正面に歩み寄り、即座にSSS級ユニークスキル【鑑定】を発動させた。
視界の端に深紅のシステムウィンドウが展開され、この装置の詳細な仕様が寸分の狂いもなく浮かび上がる。
【特殊設備:魔導分解炉(サルベージ・ファーネス)】
【種別:非戦闘型ダンジョン固有設備 / 素材還元装置】
【基本機能:
・投入された『ダンジョン由来のシステム装備』を完全に分解し、基礎構成素材(インゴット・革・木材等)を抽出・精製する。
・対象装備の内部に宿る魔力成分や追加効果(MOD)の残滓を分離し、特殊な『魔力結晶片』として結晶化させる。
・回収される素材の純度および結晶の性質は、投入された装備のアイテムレベル、レアリティ、付与されていたMODの種類に依存する。
・一度分解プロセスが開始されると、投入された装備品は完全に消滅し、復元は不可能となる。】
【制約事項:
・分解過程においてエネルギー変換ロスが必ず発生するため、元の装備の製造に要した素材量を100%回収できるわけではない。
・ダンジョンのシステムを経由していない、純粋な地球産の一般工業製品やただの鉄くずは分解対象外(エラーとして排出)となる。】
(……よし! やっぱり『サルベージ・ファーネス』だ! こいつが東京のど真ん中に出現していたとはな!)
俺は内心で小さくガッツポーズを決めた。
前世の『ダンジョン・フロンティア』において、この分解炉は中盤以降のクラフト環境に革命を起こした超重要設備だ。これがあるかないかで、生産職が作れる装備の「下地(ベース素材)」の質が劇的に変わってくる。
「なあ、八代さん。俺が先週、恐る恐る試した時のことは相談窓口の書類にも書いたが……こいつは一体、どういう理屈で動いてるんだい?」
宮原社長が、作業着のポケットから二つの小さな物体を取り出して俺に見せてきた。
一つは、手のひらサイズの鈍く輝く銀色の金属塊。そしてもう一つは、小指の爪ほどの大きさしかない、半透明のガラスの破片のような結晶だった。
「近所の若い探索者から二束三文で譲ってもらった、ダンジョン産の『錆びた鉄の剣』をあのハッチに放り込んでみたんだ。そうしたら、剣が跡形もなく消えちまって、数分後に横の穴からこの金属の塊と、変な石ころがコロンと出てきやがった」
社長は手の中の金属塊を愛おしそうに見つめながら、職人としての興奮を隠せない様子で言葉を継いだ。
「驚いたのは、この鉄の純度だよ。上の工場に持ち帰って、うちの検査機器で成分と硬度を調べてみたんだが……俺が四十年この仕事をしてきて、一度もお目にかかったことがないほど不純物が抜けてやがる。現代の最新の精錬技術でも、ここまでの純鉄を作るのは至難の業だ。ただ、もう片方のこのガラスみたいな石ころが何なのかは、皆目見当もつかなくてな」
俺は社長からその半透明の結晶片を受け取り、【鑑定】の目を通した。
【アイテム名:希薄な魔力結晶片】
【種別:初級クラフト素材 / 魔導触媒】
【特性:システム装備の分解時に抽出された極微量の無属性魔力の塊。単独では効果を持たないが、金属加工時の触媒や魔導具の伝導材として利用可能】
「社長。この石ころは『魔力結晶片』といって、元の剣に宿っていたダンジョンの魔力そのものが固まったものです。ノーマルの錆びた剣から出たものなので、これ単体ではそこまでの価値はありませんが……本当に面白いのはここからです」
俺は結晶片を社長に返し、ニヤリと笑った。
「社長、うちのギルドの倉庫から、実験用の『ゴミ装備』を大量に持ち込んできました。そいつらを片っ端からこの炉に放り込んで、何が起きるか一緒に検証してみませんか?」
「……へえ、実験かい。いいじゃねえか、面白そうだ。ぜひ見せてくれ!」
気難しそうだった宮原社長の目が、新しい工作機械を前にした見習い工のようにキラリと輝いた。
◇
「よし、リン、田中! 車から運んできたコンテナをここに並べてくれ!」
「はーい! マスター、ギルド倉庫の隅っこにあった『不要品』の箱、ぜんぶ持ってきましたよ!」
俺の指示で、リンと田中が大型のプラスチックコンテナをいくつも運び込み、分解炉の前の床にガシャガシャと中身をぶちまけた。
ゴブリンの落とした刃こぼれした短剣、穴の空いた革のブーツ、ひび割れた木の盾など、文字通りのガラクタの山が出来上がる。
だが、その山の中に、一本だけ明らかに異質な輝きを放つ美しい白銀のロングソードが混ざっているのに気づき、俺の思考が一瞬フリーズした。
「……おい、リン。ちょっと待て。その白い鞘の剣、なんでこのゴミの山に入ってるんだ?」
「え? だってこれ、倉庫の奥の棚に『未使用・予備品』ってラベルが貼って置いてありましたよ? 誰も使ってないなら不要品かなーって!」
「馬鹿野郎! それは俺が先月、C級深層のレア素材を使って試しにクラフトした、攻撃速度とクリティカル率の理論値がついた特注の業物だぞ! オークションに出せば一本三千万円はくだらないやつだ! 予備品とゴミを一緒にするんじゃねえ!」
「ええええっ!? さ、三千万円!? す、すみません、すぐ戻しますぅっ!」
慌てて剣を拾い上げて抱え込むリンを見て、隣にいた宮原社長が口をあんぐりと開けて固まっていた。
「……や、八代さんのところじゃ、倉庫の隅に転がってる予備の剣が一本三千万円もするのかい……? うちの工場の機械を全部売り払っても届かねえ金額だぞ……」
「あー、まあ、うちは色々と特殊な品を扱っていますので……」
俺が苦笑いで誤魔化すと、乃愛が眼鏡を光らせながら冷ややかにメモを取った。
「マスター。アルカディアの倉庫には、一般市場の基準とはかけ離れた高価値の物品が多数保管されています。今後、リンさんに倉庫の整理を任せるのは厳禁とし、搬出時の二重チェックを徹底いたします」
「ううっ、乃愛ちゃんが冷たい……」
そんな一幕で場の空気が少し和んだところで、俺たちは気を取り直して本格的な分解実験へと移った。
まずは実験の第一段階として、俺が事前に選別しておいた「正真正銘のゴミ」――市場価値数百円の【欠けた鉄の大剣(ノーマル)】を、炉のハッチへと放り込んだ。
ガコン、と重厚な音を立ててハッチがロックされると、炉の表面に刻まれた魔導回路が一斉に青白く発光し、内部からゴウゥッという低い駆動音が響き始める。煙も熱風も一切外には漏れてこない。完全密閉された空間内で、物理的な融解ではなく、魔法的な「概念の分解」が行われているのだ。
待つこと約三分。
プシュウウ、と蒸気が抜けるような音がして側面の排出口が開き、トレイの上に三つの純白に輝く金属インゴットと、先ほど社長が見せてくれたのと同じ『希薄な魔力結晶片』が数個、コロンと滑り出てきた。
「おお……! やっぱりだ、何度見ても惚れ惚れするほど綺麗なインゴットじゃねえか……!」
宮原社長が耐熱手袋を着けた手でインゴットを拾い上げ、ルーペを取り出して表面の結晶構造を食い入るように観察し始めた。
だが、俺はその隣で、元の剣の重量と排出されたインゴットの重量を【鑑定】で見比べ、冷静に頭の中でソロバンを弾いていた。
「……なるほど。純度は文句なしの最高ランクだが、質量で見ると、元の剣の約60%程度に減っているな。残りの40%は分解時のエネルギー変換ロスとして消滅した計算になる」
俺は宮原社長に向かって、この装置のシビアな現実を説明した。
「社長。この炉は確かに凄いですが、どんなゴミ装備でも放り込めば儲かるっていう魔法の箱じゃありません。回収できる金属の量が減る以上、市場で仕入れるゴミ装備の価格と、抽出された高純度インゴットの売却価格を天秤にかけて、採算が取れるラインを見極める必要があります」
「……ふむ。なるほどな。元の鉄くずを高く買いすぎたら、いくらいい地金が取れても赤字になるってわけか。そこは俺たち町の金属加工屋が毎日やってるスクラップや材料の仕入れ計算と全く同じ理屈だな」
「ええ。その計算と目利きに関しては、社長の方が本職でしょう?」
俺がそう言うと、社長は「へへっ、違いねえ」と頼もしげに笑った。
続いて第二段階として、俺は金属ではなく【ボロボロの革鎧(ノーマル)】を炉に投入してみた。
数分後、排出口から出てきたのは、傷や縫い目が一切ない、まるで新品のように美しくなめされた【高純度レザーシート】だった。
「おいおい、鉄だけじゃねえのか! 革製品を入れたら、綺麗な革になって出てきやがったぞ!」
「ええ。この分解炉は溶鉱炉ではなく『構成素材の還元装置』ですからね。木製の杖を入れれば良質な木材に、布のローブを入れれば魔力を帯びた糸や布地に還元されます。……もっとも、革や布を加工するのは宮原精機の専門外でしょうから、そういった素材が出た場合は、よそのアパレルや皮革工房に卸すルートを作るのがいいでしょうね」
一つの町工場で全ての産業を抱え込む必要はない。宮原精機は得意な金属加工に集中し、革や布はそれぞれの専門業者と組めばいい。
「そして社長、ここからが今日の実験のメインディッシュです」
俺はコンテナの中から、青いオーラを微かに纏った一本の古い短剣を取り出した。
D級ダンジョンで拾われたまま倉庫で眠っていたマジック級装備、【火種のダガー】だ。効果は『攻撃時、3〜5の火炎ダメージを追加する』という極めて初歩的なもので、今のアルカディアの戦力基準では誰も使わないし、オークションに出しても数千円にしかならない代物である。
「さっきまでは何の特殊効果もついていない『ノーマル装備』を分解しましたが、今度は魔法の効果(MOD)が付与された『マジック装備』を分解してみます」
俺がダガーをハッチに投入してロックをかけると、炉の魔導回路がこれまでとは違う挙動を見せた。
青白かった回路の光が、ダガーに宿る属性に呼応するように、鮮やかな『朱色』へと染まったのだ。駆動音も一段と高くなり、内部で魔力の分離作業が行われているのが肌で感じられる。
そして五分後。
排出口から滑り出てきたのは、精製された鉄のインゴットと――その横で、まるで小さな炭火のようにチロチロと赤い光を脈動させている、美しい深紅の結晶片だった。
「……出たぞ! やっぱりこの仕様も生きてたか!」
俺は思わず声を弾ませ、その赤い結晶片をつまみ上げた。
指先にほんのりと温かい熱が伝わってくる。【鑑定】のウィンドウが、その正体を鮮やかに表示した。
【アイテム名:残火の魔晶片(エンバー・シャード)】
【種別:中級クラフト素材 / 属性魔力残滓】
【特性:火属性MODを持つ装備から分離・結晶化した魔力の欠片。単独で魔法を発動する力はないが、内部に安定した『火属性の性質』を保持しており、武具や魔導部材の加工時に混合することで、素材そのものに高い火炎親和性と魔力伝導性を付与する】
「マスター、その赤い石は……さっきの透明な結晶とは明らかに魔力の質が違いますね」
乃愛と雫が興味深そうに覗き込んでくる。
「ああ。こいつは『残火の魔晶片』だ。元のダガーについていた『火炎ダメージ追加』という魔法効果が、分解炉によって抽出されて物質化したもんだよ。氷属性の装備を砕けば『氷結の魔晶片』が、雷属性なら『紫電の魔晶片』が確率で回収できるはずだ」
俺は手のひらの赤い結晶を眺めながら、脳内で無数のクラフトレシピを高速で検索した。
俺はこれまで【万象の創造】を使い、完成した装備のMODを厳選することで莫大な利益を上げてきた。だが、このスキルの本領はそれだけじゃない。素材の加工も合成も含め、あらゆるアイテムをクラフトできるのが俺の権能だ。となれば、この魔晶片と、さっき回収した高純度の金属インゴットを組み合わせて、「装備を作る前の段階」から魔力の通りやすい特殊な魔導部材を生み出すこともできるはずだ。
「……社長。地上の作業場にある機械を、少しお借りしてもいいですか?」
俺が顔を上げて尋ねると、宮原社長は赤い結晶片とインゴットを交互に見つめ、ゴクリと唾を飲み込んでから大きく頷いた。
「おう、いくらでも使ってくれ! あんたがそれで何を作ろうとしてるのか、俺にも見せてくれよ!」
◇
地上の工場へと戻った俺たちは、早速、回収した『精製鉄インゴット』と『残火の魔晶片』を使った新しい魔導部材の試作に取り掛かった。
「社長に相談なんですが。この赤い結晶片を細かく砕いて、さっきの純鉄インゴットの内部に均一に混ぜ合わせた板材を作りたいんです。可能ですか?」
俺が尋ねると、宮原社長は作業台の上に置かれた二つの素材を睨みつけ、職人の顔になって腕を組んだ。
「うーん……混ぜるって一口に言ってもな、八代さん。金属をドロドロに溶かしてこの石の粉を混ぜ込む『鋳造』みたいなやり方だと、石の方がその高熱に耐えられるかどうかが問題になる。それに、比重が違えば溶けた金属の中で石が浮き沈みして、均一には混ざらねえぞ」
社長の指摘は極めて的確だった。
俺は即座に【鑑定】で魔晶片の物理的な耐熱限界と構造を再確認し、社長に伝えた。
「社長の言う通りです。鑑定結果によると、この魔晶片は摂氏八百度を超えると内部の魔力構造が崩壊して、ただの灰になってしまいます。鉄の融点(約千五百度)で一緒に溶かすのは不可能です」
「やっぱりな。魔法の石ころとはいえ、熱に弱い性質があるなら、最初から溶かして混ぜるやり方は使えねえ」
俺の頭の中にある『ダンフロ』の知識では、合成ウィンドウに「インゴット」と「魔晶片」をセットしてボタンを押せば、自動的に『火導鋼』というアイテムが完成していた。今の俺なら【万象の創造】で同じことをするのは難しくない。だが、俺が一枚ずつスキルで作っていたら、宮原精機の新しい仕事にはならないだろう。欲しいのは、俺の力に頼らなくても安定して作れる加工方法だ。ゲームでは省略されていたその工程が、現実では一番の難所になる。
俺が少し考え込んでいると、宮原社長が工場の隅にある機械を指差し、ニヤリと笑った。
「だがな、八代さん。溶かせないなら、溶かさずに一体化するやり方があるぜ。ここから先は、俺たち精密加工屋の出番だ」
「……溶かさずに?」
「ああ。まず、あの純鉄のインゴットを圧延して、厚さ二ミリ程度の薄い板を二枚削り出す。そして片方の板の表面に、うちの微細加工用のフライス盤で、深さ0.5ミリの『極細の溝』を網の目のように寸分の狂いもなく彫り込むんだ」
社長は作業台の上のメモ用紙に、鉛筆で素早く図面を描いて見せた。
「その網の目の溝の中に、砕いた赤い結晶の粉を隙間なく敷き詰める。そしたら上からもう一枚の鉄板をピタリと重ねて、熱をかけずに超高圧でプレスして圧着(クラッド接合)させるんだよ。……そうすりゃ、結晶を熱で壊さずに、金属の内部に魔力の回路が均一に張り巡らされた一枚のプレートが出来上がるって寸法さ」
その図面を見た瞬間、俺は思わず目を見開いた。
「……すげえ。なるほどな、サンドイッチ構造にして内部に魔力結晶のネットワークを閉じ込めるのか! それなら結晶を高熱にさらさず、金属の加工精度も活かせる。実際の強度は試験が必要だが、理屈は通るぞ!」
『ダンフロ』の攻略Wikiにも載っていなかった、現代日本のリアルな町工場の職人技によるブレークスルー。
俺の目が輝くと同時に、宮原社長もまた、自分の技術が未知の魔法素材に通用すると確信して、少年のように目を輝かせていた。
「よし、そうと決まれば早速やってみようじゃねえか! 八代さん、石を一定の粒の大きさに砕くのと、最後の圧着の仕上げは手伝ってくれるかい?」
「もちろんです! そこは俺のスキルで完璧にサポートしますよ!」
そこからの作業は、まさに魔法と科学技術のセッションだった。
宮原社長が長年の経験と勘で工作機械を操り、地下の炉から出たばかりの超高純度インゴットを削っていく。不純物が一切ない純鉄は粘り気が強く、通常の刃物では加工が難しいはずだが、社長は切削油の量と回転数を絶妙に調整し、鏡のように美しい二枚のプレートを削り出してみせた。
さらに、髪の毛ほどの細さのエンドミル(切削工具)を使い、プレートの表面にミクロン単位の精度で美しい格子状の溝を刻み込んでいく。その職人技に、後ろで見学していたリンや田中も息を呑んで見入っていた。
「よし、溝が彫れたぞ! 八代さん、頼む!」
「任せてください!」
俺は【残火の魔晶片】を手に取り、自身の魔力を精密にコントロールして均一な微粒子へと砕くと、社長が彫った溝の中へと丁寧に敷き詰めた。
そして上からもう一枚のプレートを重ね、工場の大型プレス機で圧力をかけながら、俺のユニークスキル【万象の創造】を「付与」ではなく「物質間の結合補助」としてごく軽く発動させた。
バチッ、と微かな赤い火花が散り、二枚の鉄板が分子レベルで完全に融合する。
プレス機から取り出されたのは、一見すると厚さ四ミリほどの何の変哲もない銀色の金属板だが、角度を変えて光に透かすと、内部にうっすらと赤い血管のような美しい模様が浮かび上がる、全く新しい部材だった。
俺は完成したばかりのそのプレートに【鑑定】を発動させた。
【アイテム名:試作・残火導通板(エンバー・コンダクター)】
【種別:上級魔導部材 / クラフトベース素材】
【特性:現代の精密加工技術と魔導素材が融合した複合金属板。内部に封入された残火のネットワークにより、火属性魔力の伝導効率が同材質の金属板と比較して+40%向上し、魔力伝達時のエネルギー減衰(魔素漏れ)を抑制する】
「……完成だ。見てください、社長。間違いなく一級品の魔導部材ですよ!」
俺は完成したプレートを乃愛へと手渡した。
「乃愛、これに極小の火属性マナを流して、同じ高純度鉄で作った普通の板と伝導率を比べてみてくれ」
「分かりました」
乃愛はまず、宮原社長が同じ高純度鉄から加工した、魔晶片を封入していない比較用の板に指先を触れ、火属性の魔力を流した。計測用の魔導器に入力値を百とした時の通過量が表示される。結果は四十五。残りは板の表面から薄い赤い光となって散っていった。
続いて、試作した『残火導通板』に同じ量の魔力を流し込む。
すると、今度はプレート内部の赤い格子模様を通って魔力が滑らかに伝わり、反対側へ安定した熱が届いた。計測器の表示は六十三。損失がなくなったわけではないが、同じ入力で通過した魔力は四十五から六十三へ。確かに四割増しの結果だった。
「……凄いです、マスター! 完成した装備に後からオーブで魔法効果を貼り付けたのとは全く違います! 素材そのものが、生まれつき火の魔力を歓迎して通しているような感覚です!」
乃愛が驚きの声を上げる。
それを聞いた宮原社長は、自分の油まみれの手と、光るプレートを交互に見比べ、震える声で呟いた。
「俺の……俺が旋盤とフライスで削った鉄が、魔法の力を伝えてるのか……? うちの工場の技術で、本当に魔法の部品が作れちまったのか……!」
「ええ、作れましたとも。ただ、ここで一つ確認したいことがあります。さっきの一枚は、最後の接合を俺の【万象の創造】で補助しています。社長の加工技術だけで同じものが作れるか、まだ確かめていません」
「……なるほど。だったら、俺だけでもう一枚作ってみるか。八代さん、今度は手を出さずに見ててくれ」
宮原社長の目に、職人としての負けん気が宿った。俺たちはコンテナに残っていた別の火属性マジック装備を地下の炉で分解し、追加の【残火の魔晶片】を確保した。
地上に戻ると、社長は自分の手で二枚目のプレートを削り出す。金属表面を念入りに洗浄し、格子状の溝に魔晶片の微粉末を詰め、プレス機の圧力を少しずつ調整して熱を加えずに圧着した。今度は俺のスキルによる結合補助は一切なしだ。
「……よし。見た目はちっとばかし粗いが、どうだ?」
取り出した板は一枚目ほど綺麗に融合していなかった。だが、内部の結晶はきちんと残っている。乃愛が同じ条件で火属性マナを流すと、計測器には「五十四」と表示された。
「通常板が四十五、マスターの補助を入れた一枚目が六十三。そして社長だけで作った二枚目が五十四。……通常板より二割、伝導効率が上がっています」
「おおっ、俺の機械だけでそこまでいったか!」
社長が声を弾ませる。俺も思わず頷いた。
「十分に成果がありますね。まだ俺たちの一枚目には届かないし、耐久性や歩留まりも確認する必要がありますが、これなら技術を詰めていく価値がある。量産への道は見えてきましたよ」
「ははっ! そりゃ面白え! 次は溝の深さとプレス圧を変えてみるか。こういうのは、一発で完成しちまったら職人の楽しみがねえからな!」
その言葉に、俺まで笑ってしまった。今度は俺のスキルを使わずに結果を出したのだ。社長が喜ぶのも当然だろう。
俺は心の中で、この発見がもたらす意味を噛み締めていた。
これまで、高品質な装備を作るには俺の【万象の創造】や、エミリーの確定スキル、あるいは一部の高ランク生産職の力に頼るしかなかった。だが、この『残火導通板』のように、ベースとなる素材の段階で魔力親和性を高められれば、一般の鍛冶師や魔導家電メーカーであっても、ワンランク上の製品を安定して製造できるようになる。
「……いいな。これ、鍛冶用の部材だけじゃなく、魔導エアコンの熱交換器や工場の魔導加熱装置、医療用の温度制御機器なんかにも応用できそうだぞ!」
俺と宮原社長は、作業台を挟んで顔を見合わせ、同時にニヤリと笑った。
「八代さん。……もしよかったら、さっき地下から出てきた別の金属や、違う結晶の組み合わせでも、もういくつか試してみねえかい? 溝の深さを0.3ミリに変えたらどうなるか、試したくてウズウズしてきやがった!」
「奇遇ですね、社長。俺も今、全く同じことを考えていたところです。材料ならまだ車に山ほど積んでありますからね、徹底的にやりましょう!」
目をキラキラさせて再び機械へと向かう五十八歳の職人と三十代後半のギルドマスターを見て、後ろにいたリンが「うわぁ、マスターがまた研究沼にハマってる……」と呆れ声を上げ、乃愛が「……これは今日中に帰るのは無理そうですね」と深くため息をついたのだった。
◇
それから数時間、俺と社長が油まみれになっていくつかの試作品を作り上げ、ようやく一息ついた頃。
実験のデータをタブレットにまとめていた乃愛が、ふと合理的な疑問を口にした。
「マスター。今回の実験で、マジック装備から貴重な属性結晶が取り出せることは証明されましたが……一つ、錬金術的な疑問があります」
「ん? なんだ?」
「マスターの【万象の創造】を使えば、その辺の二束三文のノーマル装備に、強力な属性MODを100%確定で付与できますよね? それをあの地下の分解炉に放り込んで砕けば、高純度の属性結晶を『無限に増殖・量産』できるのではありませんか?」
乃愛の言葉に、リンも「あっ、それって無限ループでお金持ちになれる裏技じゃないですか!」と身を乗り出した。
安いゴミ装備に俺が魔法をかけ、それを炉で砕いて高価な結晶を取り出す。一見すると完璧な永久機関のように思えるアイデアだ。
だが、俺はタオルで手の汚れを拭きながら、苦笑して首を横に振った。
「残念ながら、ダンジョンのシステムはそこまで甘くないさ。……まあ、言葉で説明するより実際に見た方が早いな」
俺たちは再び地下の分解炉へと降り、実験を行った。
俺はその場にあったノーマルの鉄の短剣に、『変成のオーブ』を一個消費して【万象の創造】を発動し、中級レベルの火炎ダメージMODを強制的に付与した。そしてそれをそのまま分解炉へと投入する。
五分後、排出口から出てきた『残火の魔晶片』は、さっきの天然ドロップ品のダガーから出たものよりも一回り小さく、光も弱々しいものだった。
「ほらな。鑑定で見ても、回収できた魔力結晶の価値は、今俺が消費した『変成のオーブ』一個の市場価格の三分の一にも満たない。さらに俺自身のMP(マナ)と作業時間も使っている。少なくとも、この条件じゃ、わざわざ装備に属性を付けてから砕くのは大赤字だ」
「なるほど……。少なくとも今回の組み合わせでは、付与に要したオーブ代すら回収できない、と。加工条件を変えても採算が合うとは限りませんし、無限増殖なんて簡単にはいかないわけですね」
乃愛が納得したように頷き、タブレットに「加工後の分解は、現時点の試験条件では採算割れ」と書き込んだ。
「そういうことだ。それに、俺が【万象の創造】で加工した装備は、そのまま完成品としてオークションで探索者に売った方が何十倍も高く売れるからな。わざわざ砕いて素材に戻すなんて本末転倒だ」
俺はそこで、今後のアルカディアにおける装備と素材の『仕分け基準』を明確に定義した。
「つまり、この分解炉の正しい使い道は、俺のクラフト事業の置き換えじゃない。ダンジョンで大量にドロップするものの、ベースの性能が低すぎて誰も買わないマジック品や、再構築しても採算が合わない旧式装備。そういった、今までなら二束三文で処分するしかなかった品から、有用な金属と属性結晶をサルベージ(回収)することにあるんだ」
「不要装備のリサイクル……。仕入れ価格と分解後の回収量さえ見極めれば、十分に利益を出せる余地がありますね」
乃愛がタブレットで先ほどの実験結果を確認しながら頷いた。
「ああ。これからの時代、探索者が増えれば増えるほど、使い道のなくなった装備も溜まっていく。ここなら、その山から新しい素材を取り出せる。立派な『魔導リサイクル工場』になるかもしれないぞ」
◇
一通りの検証を終え、地上の小さな事務所へと戻った俺たちは、パイプ椅子に座って冷たい缶コーヒーを開けた。
作業着姿の宮原社長は額の汗を拭い、興奮が落ち着いたのか、少しだけ神妙な、そして不安げな表情を浮かべて口を開いた。
「……八代さん。今日一日で、うちの地下にある炉と、俺の加工技術を組み合わせりゃ、とんでもないモンが作れるってことは嫌というほど分かった。職人として、こんなに胸が躍ったのは何十年ぶりだ。……だがな」
社長は自分のゴツゴツとした職人の手を見つめた。
「うちは見ての通り、しがない町工場だ。鉄を削るノウハウはあっても、どこの馬の骨とも知れねえ探索者から廃棄装備を買い集めたり、どの装備にどんな魔法がついてるかを鑑定したり、作った魔導部材を大企業に売り込んだりするような商売のノウハウはこれっぽっちもねえ。……正直、俺一人じゃ、この宝の山をどう扱えばいいのか分からねえんだよ」
前のめりで技術を追求していた職人が見せた、経営者としてのリアルな弱音。
俺は缶コーヒーをテーブルに置き、待っていましたとばかりに口角を上げた。
「だったら社長、俺たち『アルカディア』と手を組みませんか?」
「……手を組む?」
「ええ。会社の買収じゃありません、対等な『業務提携』です」
俺は指を立てて、道中で乃愛と共に組み立てていたビジネススキームを提示した。
「まず大前提として、この工場と地下の分解炉の所有権は、百パーセント宮原精機のままです。俺たちが権利を奪うような真似は一切しません。その上で、お互いの得意分野を分担するんです」
「分担、というと?」
「第一に、原料となる『廃棄装備や不良在庫の回収・選別』は、すべてアルカディアが担当します。うちのギルド倉庫に眠っている大量の不要装備はもちろん、市場や他ギルドから廃棄予定の装備を安価で買い集め、うちの鑑定士が『分解して採算が取れるもの』だけを厳選して、ここに運び込みます。これで、さっきのリンみたいに三千万円の剣を間違って溶かすリスクもゼロになります」
「うっ……それを言われると耳が痛いです……」とリンが小さく縮こまる。
「第二に、宮原精機には、地下の分解炉の稼働管理と、抽出された高純度インゴットおよび魔晶片を使った『一次加工(導通板などの魔導部材の製作)』に専念してもらいます。社長は面倒な仕入れや鑑定のことは一切気にせず、今日みたいに工場で最高の部品を削り出すことだけに集中してください。もちろん、人手が足りない分は、うちが提携している警備会社のスタッフや、信頼できる生産職の若手をサポートとして派遣します」
「俺は……工場で鉄を削ることだけに集中していいのかい?」
「はい。そして第三に、出来上がった魔導部材は、アルカディアが適正な価格で買い上げるか、あるいは俺のパイプを使って『ヒタチノ』のような魔導家電メーカーや、工業設備・医療機器を扱う企業へと卸します。うちが持ち込んだ原料の加工については、きっちりと『加工委託費』をお支払いしますし、社長が独自に工夫して生み出した技術の権利や利益配分についても、うちの法務部と相談して契約で守るようにします」
まずは試験運用から始め、双方の弁護士を交えて正式な契約を結ぶ。
俺の説明を最後まで聞いた宮原社長は、しばらくの間、信じられないといった顔で黙り込んでいたが、やがて堪えきれないように尋ねてきた。
「……八代さんよ。あんたほどの資金力と権力がある大人物なら、経営難のうちの工場ごと札束で買い叩いて、自分の好きなように使うことだって簡単にできるはずだろう。なんでわざわざ、俺みたいな古い職人を立てるような面倒なやり方をしてくれるんだい?」
その真っ直ぐな問いかけに、俺は背もたれに寄りかかり、なんてことのない調子で答えた。
「俺が欲しいのは、この大田区の土地でもなければ、地下の炉の権利書でもないんですよ、社長。俺が欲しいのは、社長のその『四十年培ってきた加工技術』と、そこから生まれる『まだ見ぬ新しい魔導素材』なんです」
俺は今日作ったばかりの『試作・残火導通板』を指先で軽く弾いた。キィン、と澄んだ美しい金属音が事務所に響く。
「俺はダンジョンの知識や魔法の付与に関してはプロですが、現実の旋盤を回してミクロン単位の溝を彫ることはできません。餅は餅屋に任せて、気持ちよく腕を振るってもらった方が、結果的に一番いいものが出来上がるし、俺の利益にもなる。自分が全部抱え込むなんてのは、二流の経営者のやることですよ」
もちろん、本音を言えば「工場の労務管理や日々の細かい部品加工まで俺が直接見るのは面倒くさいから、信頼できる現場監督として社長に丸投げしたい」という合理的な計算もあるのだが、それはあえて口に出す必要はないだろう。
宮原社長はしばらく俺の顔を見つめていたが、やがて目尻に深い皺を寄せて、腹の底から「ははっ、ははははっ!」と快活に笑い出した。
「……気に入ったぜ、八代さん! 魔法だのダンジョンだのって世の中になっちまって、俺たちみたいな油まみれの古い職人はもうお払い箱かと思ってたが……まだ、俺たちの腕が必要とされる場所が残ってたんだな!」
「残ってるどころか、最先端ですよ。これからは、魔法と現代の職人技が融合する時代です。社長の工場は、その第一号のトップランナーになるんですから、引退なんて言わせませんよ」
「おうよ! こんな面白い仕事を見せられちゃあ、死ぬまで旋盤の前から離れられねえな! よろしく頼むぜ、相棒!」
社長が差し出してきた、分厚くて油の染み込んだ硬い右手。
俺はその手を、しっかりと力強く握り返した。
経営難に苦しんでいた下町の小さな町工場が、魔導素材という未知の分野に踏み出す。その「第二創業」に向けた、確かな第一歩だった。
◇
宮原精機を後にする頃には、大田区の空はすっかり鮮やかな夕焼けに染まっていた。
帰りの車へと向かう道すがら、リンが不思議そうに首を傾げて俺に尋ねてきた。
「ねえマスター。今日のダンジョンはモンスターも出ないし、ガチャみたいに景品が出るわけでもなかったですけど……果樹園や昨日の駄菓子屋と比べて、本当に楽しかったんですか?」
「ああ、最高に楽しかったぞ。果樹園は極限のDPSを出す戦闘の面白さ、昨日のガチャは純粋な運試しの面白さ、そして今日のは未知のレシピを開拓する『素材研究』の面白さだ。全部ベクトルが違うから、飽きないんだよ」
「……マスターって、本当にどんなダンジョンでも骨の髄まで遊び尽くしますよね」
呆れたように笑うリンの隣で、乃愛はすでにタブレット端末を開き、アルカディアの巨大倉庫のデータベースにアクセスしていた。
「マスター。帰還次第、倉庫の第4から第8区画に保管されている、低ランクの未鑑定マジック装備および旧式装備のリストアップを開始します。宮原精機の分解炉で処理すべき候補だけでも、優に数千点はありますね」
「おお、そんなに溜まってたか。……ただ、くれぐれも言っておくが、手当たり次第に全部分解するのだけはやめろよ? 中にはベースが優秀で、俺がリフォージ(再構築)してオークションで売った方が高くつく品も混ざってるはずだからな。分解に回すのは、あくまで完成品としての市場価値が低いものだけだ」
「承知しております。まずは素材別・付与効果別の回収効率と、加工コストの損益分岐点を正確に割り出すところから始めましょう」
乃愛とのそんな実務的なやり取りを聞いていたリンが、ふと何かを思い出したようにジト目で俺を見た。
「……でもさあ、マスター。昨日は駄菓子屋の地下で木のコマとか紙風船を引いて本気で悔しがって、今日は一日中、町工場でゴミ装備の山を漁ってニコニコしてるじゃないですか。世界を救った最強ギルドのマスターって、世間のイメージだともっとこう、神々しくてカッコいいことをしてるもんだと思うんですけど……」
「何を言ってるんだ、リン。最強の神装備を作るために、泥臭くゴミ装備の山を漁って素材を集めるのこそが、ハクスラゲーの一番の基本にして最高の醍醐味だろうが!」
俺が胸を張って力説すると、リンは「ええーっ、そういうもんですかぁ?」と納得いかなそうに頬を掻いた。
「そういうもんだよ。今までならただ捨てるか二束三文で処分するしかなかったガラクタから、あんな面白い新素材が抽出できるって分かったんだぞ? こんなの、ギルドの倉庫整理が楽しくて仕方なくなっちまうじゃねえか!」
「……マスター。くれぐれも、テンションが上がって必要な予備装備まで全部炉に放り込むのだけはやめてくださいね」
「分かってるって! 俺を誰だと思ってるんだ!」
「さっき油まみれになって社長さんと盛り上がっていた時のマスター、完全に周りが見えなくなっていましたから……絶対、また何か変なことをしでかす顔をしてますよ」
リンと乃愛の容赦ないツッコミに、田中と雫も後ろで微笑ましそうに笑っている。
俺は夕暮れの風に吹かれながら、自分の手のひらに残る微かな鉄と油の匂いを嗅いだ。
かつては、見向きもされずに捨てられるだけだった無数のゴミ装備。
だが今日からは違う。その一つ一つが、現代の職人の手と俺の知識を経由することで、まだ見ぬ新たなクラフトへの扉を開く貴重なリソースへと生まれ変わるのだ。
最強の頂に立ってなお、足元のガラクタの中にすら新しい発見と遊びが隠されている。
……ははっ。これだから、この世界(神ゲー)の攻略はやめられないんだよな。
ここまで読んでいただきありがとうございます! もし「面白い」「続きが気になる」と思っていただけましたら、ページ下部より【お気に入り登録】や【評価】、感想などをいただけると執筆の励みになります。 作者のモチベーション上昇に直結しますので、是非ともよろしくお願いします!
YouTubeチャンネルを開設しました!
自作小説の朗読動画を投稿しています。
再生リストから第1話から通して聞けるので、作業用・睡眠用にもどうぞ!
現代ダンジョン発生初日も毎日朗読動画を投稿中!!!
よかったら、下のリンクから聴いてみてください!
YouTubeチャンネル「パラレル・ゲーマー」はこちら