現代ダンジョン発生初日。世界がパニックになる中、俺だけが攻略wikiの知識で最強ビルドを試している~将来のSSS級探索者? ああ、全員俺の弟子です~   作:パラレル・ゲーマー

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第30話 富豪の密かな愉悦と破綻、あるいは正直者が馬鹿を見る社会

 その日、東京の空は不気味なほどに晴れ渡っていた。

 五月晴れという言葉が似合う、穏やかな日曜日の午後。

 平和ボケした日本が久々に「現実(ダンジョン)」という名の冷水を浴びせられる瞬間は、唐突に訪れた。

 

 場所は東京都大田区田園調布。

 放射状に整備された道路、手入れの行き届いた並木道、そして高い生垣に囲まれた豪邸の数々。

 日本有数の高級住宅街として知られるこの街は、普段であれば静寂と品格に包まれているはずだった。

 だが今のこの街を支配しているのは、耳をつんざくようなサイレンの音と住民たちの悲鳴、そして――「獣の咆哮」だった。

 

 港区ミッドタウン・タワー最上階。

 ギルド「アルカディア」のマスターオフィス。

 分厚い防音ガラスと最新の空調設備によって外界の雑音から完全に隔絶されたこの聖域で、俺、八代匠は深いため息をつきながらデスク上の複数のモニターを眺めていた。

 

「……始まったか」

 

 俺の手には淹れたばかりのブラックコーヒーがある。

 だがその香りを愉しむ余裕は、画面の向こうの光景が奪い去っていた。

 メインモニターに映し出されているのは、NHKの臨時ニュースだ。

 ヘリコプターからの空撮映像が、田園調布の一角を捉えている。

 

『――繰り返します。現場は田園調布三丁目付近。

 本日午後2時過ぎ、「黒い獣が暴れている」との110番通報が相次ぎました。

 現在、警視庁の機動隊、および近隣の探索者協会から派遣された緊急対応班が現場の封鎖を行っていますが……ああっ! 動きました!』

 

 アナウンサーの緊迫した声と共に、カメラがズームする。

 そこには異様な光景があった。

 横転し、フロントガラスが粉々に砕け散った宅配便のトラック。

 その荷台の上に悠然と君臨する、一匹の「獣」。

 

 体長は2メートルを超えているだろうか。

 漆黒の毛並みは陽の光を吸い込むように鈍く輝き、口元からはダラダラと粘着質な涎を垂らしている。

 狼だ。

 ただし、地球上のどの生態系にも属さない、魔力によって変異した捕食者。

 

 【シャドウウルフ】。

 E級ダンジョンの深層、あるいはD級ダンジョンの浅層に生息する、敏捷性に特化した魔獣である。

 

『グルルルルゥ……ッ!』

 

 テレビ越しでも内臓に響くような唸り声。

 シャドウウルフが後脚に力を込めた瞬間、その姿がブレた。

 次の瞬間には、包囲していた機動隊員のポリカーボネート製の盾が紙細工のようにひしゃげて、吹き飛ばされていた。

 

『撃てッ! 撃てぇぇぇッ!』

『ダメです! 速すぎて当たりません!』

 

 乾いた銃声が響くが、黒い疾風を捉えることはできない。

 平和な住宅街が一瞬にして、殺戮の狩り場へと変貌する。

 これが「ダンジョン」という災害の剝き出しの姿だ。

 

「マスター、これ……スタンピードですか?」

 

 いつの間にか背後に立っていたリンが、青ざめた顔で画面を見つめている。

 彼女の手には、無意識のうちに愛用のダガーが握られていた。

 隣では田中が不安そうに巨体を縮こまらせ、雫は――相変わらず興味なさそうに手元の魔導書と画面を交互に見ている。

 

「いや、スタンピード(大氾濫)じゃない。

 スタンピードなら、こんな可愛いもんじゃ済まない。

 数百、数千の魔物が津波のように押し寄せて、田園調布ごと地図から消滅しているはずだ」

 

 俺は冷静に、分析結果を口にした。

 

「これは【オーバーフロー(溢出)】だ。

 コップの水が溢れるように、ダンジョンの許容量を超えたモンスターが数匹だけ外に押し出された現象だ」

 

「オーバーフロー……?

 でも、あそこにはゲートなんてありませんよね?

 政府のハザードマップにも載っていませんし」

 

「表向きはな」

 

 俺はモニターを操作し、現場の住所と過去の土地登記情報を照らし合わせる。

 該当の豪邸の持ち主は、IT企業の会長を務める資産家・権田原(ごんだわら)某。

 数ヶ月前、自宅の増改築工事と称して大規模な地下室を作っていた記録がある。

 

「見てみろ。

 あの狼が出てきた場所を」

 

 画面の中でシャドウウルフが飛び出してきたとおぼしき場所。

 それは豪邸の庭にある瀟洒な離れの、半地下ガレージだった。

 破壊されたシャッターの奥から、見慣れない「青白い燐光」が漏れ出しているのが見える。

 間違いなく、ダンジョンゲート特有の光だ。

 

「……あいつ、自宅にゲートを隠し持ってやがったな」

 

 俺は断言した。

 リンが「はぁ!?」と素っ頓狂な声を上げる。

 

「隠し持つって……そんなことできるんですか!?

 だってゲートですよ? 空間に穴が開くんですよ?」

 

「できるさ。

 ゲートの初期段階なら大きさは、人一人が通れる程度だ。

 地下室や蔵の中に発生すれば、外からは見えない。

 魔力漏れを防ぐ鉛のシートで覆えば、簡易的な隠蔽も可能だ」

 

 俺はコーヒーを一口啜り、苦々しい味を喉に流し込んだ。

 

「典型的な『黎明期の成金』の思考だ。

 自宅の敷地内に『金のなる木』が生えた。

 国に報告すれば土地ごと接収されるか、あるいは厳重な管理区域に指定されて、自由に採掘できなくなる。

 税金も取られる。立ち入り検査もされる。

 そんなのは御免だ。

 自分だけの秘密基地にして、中の資源を独り占めしたい――」

 

 人間の欲望としては理解できなくもない。

 毎朝、地下室に降りれば数万円、あるいは数十万円相当の魔石が転がっているのだ。

 それを拾って換金するだけで、莫大な不労所得が得られる。

 誰にも知られず、誰にも邪魔されず。

 まさに夢のような錬金術だ。

 

 ――ただし、「管理」さえ完璧ならば。

 

「だが素人が手を出していい代物じゃない。

 ダンジョンは生き物だ。

 定期的に中のモンスターを間引かなきゃ、内部の魔素濃度(マナ・プレッシャー)が高まって、今回みたいに外へ吐き出される。

 この権田原って男は、最初は傭兵でも雇って狩らせていたんだろうが……最近はサボっていたか、あるいは『珍しいペット』として飼い馴らそうとして失敗したかだな」

 

 画面の中で、ついに決着がついたようだ。

 到着したC級探索者のパーティーが、シャドウウルフを魔法で吹き飛ばしたのだ。

 黒い狼は悲鳴を上げて消滅し、あとには大きな魔石と半壊した豪邸、そして呆然と立ち尽くす家主の姿が残された。

 

 家主の下へ警察官と探索者協会の職員が詰め寄っていくのが見える。

 彼は何か喚いている。

 「私のペットだ!」「勝手に殺すな!」「不法侵入だぞ!」とでも言っているのだろうか。

 その醜悪な姿に、俺は鼻で笑った。

 

「馬鹿な奴だ。

 これで彼が隠していた『財産』は没収。

 近隣への賠償金とダンジョン法違反の罰金で、あの豪邸ごと失うことになるだろうな」

 

          ◇

 

 この「田園調布オーバーフロー事件」が日本社会に与えた衝撃は、計り知れないものがあった。

 モンスターが住宅街で暴れたという物理的な恐怖もさることながら、それ以上に人々を震撼させたのは、

「隣の家の地下室に怪物の巣が隠されているかもしれない」という疑心暗鬼だ。

 

 翌日からのワイドショーは、この話題一色となった。

 『あなたの隣人は大丈夫? 隠れダンジョンの恐怖』

 『資産家たちの危険な火遊び』

 『政府の管理体制はどうなっているのか』

 

 批判の矛先は、当然ながら政府へと向かう。

 対応を迫られた官邸は慌てて緊急対策会議を招集。

 そして事件から三日後、官房長官による記者会見が開かれた。

 

 俺たちはその様子を、オフィスの大型モニターで見守っていた。

 会見場には無数のフラッシュが焚かれ、緊張感が漂っている。

 

『――今回の事案を重く受け止め、政府としましては未登録ダンジョンゲートの実態把握と安全確保に全力を挙げる所存です』

 

 官房長官は汗を拭いながら、原稿を読み上げる。

 

『現在、消防法および建築基準法を拡大解釈し、疑わしい建物への立ち入り調査を検討しておりますが……個人の資産権やプライバシーの問題もあり、強制的な捜査には時間を要するのが現状です。

 そこで政府としては「特別措置」を講じることといたしました』

 

 彼は一度言葉を切り、カメラに向かって深々と頭を下げた。

 そして情けないほどに「お願い」の色が濃い提案を口にした。

 

『国民の皆様へお願いです。

 もしご自宅や所有地にダンジョンゲートが発生している、あるいはその疑いがある場合は、直ちに最寄りの自治体または警察へ「自主的に」申告してください。

 今月末までに自主申告された方につきましては、ダンジョン法に基づく罰則を免除し、その後の管理・運営についても所有権を尊重しつつ、国が技術的なサポートを行います。

 どうか第二の事故が起きる前に、勇気ある申告をお願いいたします――』

 

 会見が終わる。

 俺はリモコンでテレビの電源を切った。

 静まり返ったオフィスに、俺の失笑だけが響いた。

 

「……はっ。

 傑作だ。お笑い草だな」

 

「マスター? 笑い事じゃないですよ。

 政府も必死じゃないですか」

 

 田中が眉をひそめるが、俺は首を横に振った。

 

「必死なのは分かる。だが、やり方が甘すぎる。

 『自主申告なら罰則免除』? 『所有権を尊重』?

 そんな寝言で、強欲な人間たちが動くと思っているのか」

 

 俺は立ち上がり、窓際に歩み寄った。

 眼下に広がる東京の街。

 この無数のビルの森の中に、どれだけの「秘密」が埋まっていることか。

 

「いいか、田中。

 ゲートはただの穴じゃない。無限の富を生む油田だ。

 それを隠している連中は、リスクを承知でやっている『確信犯』だ。

 暴力団、半グレ、悪徳企業、そして今回の権田原のような強欲な富裕層。

 彼らが恐れているのはモンスターの暴走じゃない。

 『国に利権を奪われること』だ」

 

 申告すれば、どうなるか。

 国が乗り込んできて監視カメラをつけられ、採掘量をごまかせなくなり、ガッポリ税金を取られる。

 あるいは「危険だから」と封鎖され、ただのコンクリートで埋められた穴にされる。

 そんなリスクを冒してまで、馬鹿正直に手を挙げる奴がいるわけがない。

 

「でも隠し通して暴走したら、死ぬかもしれないんですよ?」

 

 リンが納得いかなそうに言う。

 

「『自分だけは大丈夫』。

 『うちはうまく管理できている』。

 人間ってのは都合よく、そう思い込む生き物なんだよ。

 今回のニュースを見ても、彼らはこう思っているはずだ。

 『あいつは管理が杜撰だったからバレたんだ。俺はもっとうまく隠そう』とな」

 

          ◇

 

 俺の予言は、残酷なまでに的中した。

 

 「自主申告キャンペーン」が始まってから二週間。

 政府が定めた中間報告の日。

 ニュースキャスターは困惑と落胆を隠せない表情で、その数字を読み上げた。

 

『――政府の発表によりますと、これまでに自主的に申告された未登録ゲートの数は……全国でわずか「5件」でした』

 

 5件。

 日本の国土面積とゲート発生率、そして統計的な予測値からすれば、あり得ない数字だ。

 専門家の試算では、少なくとも都内だけで数百、全国では数千の「隠れゲート」が存在すると言われている。

 それがたったの5件。

 誤差ですらない。

 

『内訳を見ますと、地方の農家の納屋に出現したものや古井戸の底に繋がっていたものなど、いずれも所有者が高齢で管理が困難だったケースに限られています。

 都心部や企業が所有する敷地からの申告は「ゼロ」でした』

 

 SNS上では、呆れと怒りの声が渦巻いていた。

 

『嘘だろ!? たった5件?』

『絶対もっとあるって! 俺の近所の工場、夜中に変な光出てるもん』

『正直者が馬鹿を見るシステムだからな』

『隠したもん勝ちかよ、この国は』

『次の暴走が起きるまで待つしかないのか……』

 

 政府のメンツは丸潰れだ。

 性善説に基づいた政策は、人間の欲望の前に完敗した。

 むしろこのキャンペーンによって「隠し通せば勝てる」という空気が醸成され、アングラな市場はより深く、より見えにくい場所へと潜っていくだろう。

 

 俺はPCの画面を切り替え、独自のデータベースを開いた。

 俺の【鑑定】スキルは視界に入る建物だけでなく、ネット上に流れる「物品の流通データ」や「魔素の波形データ」からも、ある程度の推測が可能だ。

 

 画面上の地図には、無数の赤い点が明滅している。

 港区の高級マンションのペントハウス。

 湾岸エリアの冷凍倉庫。

 埼玉の山奥にある産業廃棄物処理場。

 歌舞伎町の雑居ビルの地下。

 

 そこら中に「穴」が開いている。

 そしてその穴の周りでは、今も誰かが笑いながら、申告されていない魔石を数えている。

 

「マスター。これ、どうするんですか?

 このままじゃ本当に第二、第三の事件が起きますよ?」

 

 雫が珍しく不快そうに眉をひそめた。

 彼女は非効率と無秩序を嫌う。

 

「放っておけ。

 俺たちが警察ごっこをする義理はない」

 

 俺は冷徹に言い放った。

 

「政府が本当に事態を収拾したければ、罰則免除なんて甘いアメじゃなく、もっと強烈なムチ……

 たとえば『未申告ゲートの強制収用』や『発見次第、資産凍結』といった劇薬を使うしかない。

 だが今の法律じゃ、それができない。

 次の大きな事故が起きて世論が爆発し、法改正が進むまでは、この『モグラ叩き』にもならない茶番が続くだろうよ」

 

「……私たちの所には影響ありませんか?」

 

「ないな。

 ウチのゲートはそもそも物理的な穴じゃない。

 『次元の楔』による座標固定だ。

 奴らの定義する『固定資産としてのダンジョンゲート』には当てはまらないし、いざとなれば接続を切ってしまえば、ただの広い会議室だ。

 証拠なんて残らない」

 

 俺は優越感と共に、コーヒーを飲み干した。

 下界で繰り広げられる泥仕合。

 隠す者と暴こうとする者。

 その低レベルな攻防を、俺たちは安全地帯から高みの見物ができる。

 

「黎明期ってのは混沌としているからこそ面白い。

 さあ、もっと踊れよ、強欲な隣人たち」

 

 夜景の向こうで、また一つ、どこかのゲートの光が瞬いた気がした。

 

 

 

 

【あとがき】

 

お読みいただきありがとうございます!

 

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