現代ダンジョン発生初日。世界がパニックになる中、俺だけが攻略wikiの知識で最強ビルドを試している~将来のSSS級探索者? ああ、全員俺の弟子です~   作:パラレル・ゲーマー

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第49話 七年待てない遺族たちと書類上の死者蘇生

 霞が関の空は、今日もどんよりとした曇天だった。

 まるで、これから話し合われる陰鬱な議題を暗示しているかのようだ。

 俺、八代匠は、慣れた足取りで合同庁舎のゲートをくぐり抜けた。

 顔パスだ。警備員が敬礼してくるレベルで、俺はこの場所に通いつめている。

 

「……はぁ、またかよ」

 

 エレベーターホールで出迎えに来ていた男を見つけ、俺は露骨にため息をついた。

 内閣府ダンジョン対策室、室長補佐の源だ。

 疲れた顔の中年男で、俺と政府との窓口役(という名のパシリ)をやらされている苦労人である。

 

「八代さん、お忙しいところ恐縮です!

 いやあ、あなたが来てくれないと、会議が空転するばかりでして……」

 

 源が揉み手ですり寄ってくる。

 

「あのさ、源さん。

 俺、民間人なんだけど?

 そろそろ顧問料とか請求してもいい?

 実質、政府のアドバイザーみたいな扱いになってるじゃん」

 

 俺が冗談半分、本気半分で言うと、源は顔を引きつらせて苦笑いした。

 

「そ、それは勘弁してくださいよ……。

 予算がつかないんです、今のところは。

 その代わり、八代さんのギルド『アルカディア』への便宜は図らせていただいてますし、今後の法整備でも有利になるように調整しますから!」

 

「出たよ、役人の『善処します』。

 まあ、いいけどさ」

 

 俺は肩をすくめた。

 実際、政府に恩を売っておくのは悪くない。

 俺が作ったルールが、そのまま法律になる。

 これは、金では買えない最強の特権だ。

 俺のビジネスを邪魔する法案を潰し、有利な規制を作る。

 そのための労力だと思えば、タクシー代くらいは安いものだ。

 

「で? 今日の議題は何?

 またゾンビがコンビニに入ったとか、小学生が伝説の剣を拾ったとか、そういうB級ニュース?」

 

「いえ……今日は、もっと深刻で重い話です」

 

 源の声のトーンが落ちた。

 

「『ダンジョン内行方不明者の死亡認定』についてです」

 

          ◇

 

 会議室に入ると、そこには法務省、金融庁、そして厚生労働省の役人たちがずらりと並んでいた。

 誰もが難しい顔をして、手元の分厚い資料を睨んでいる。

 張り詰めた空気。

 以前のようなPTAのヒステリックな声はないが、代わりに、法律の条文と現実の乖離に頭を抱える官僚たちの呻き声が聞こえてきそうだ。

 

「では、始めさせていただきます」

 

 法務省の担当官が立ち上がった。

 

「現在、全国のダンジョンにおいて、入ったまま戻ってこない『行方不明者』が急増しています。

 その数は、先月だけで数百人に上ります」

 

 数百人。

 ただの失踪事件なら大ニュースだが、ダンジョン産業という巨大なブラックボックスの中では、それは単なる「統計上の数字」として処理されつつある。

 

「内訳は様々です。

 モンスターに襲われて死亡し、遺体が残らなかったケース。

 道に迷って出られなくなったケース。

 そして……意図的に帰らないケース」

 

 担当官が言葉を濁す。

 意図的。

 つまり自殺だ。

 あるいは、借金取りからの逃亡(夜逃げ)先としてダンジョンを選んだ者たち。

 

「問題となっているのは、彼らの法的な扱いです。

 現在の民法第三十条では、不在者の生死が七年間明らかでない場合、家庭裁判所は失踪宣告をすることができると定めています。

 いわゆる『普通失踪』です」

 

 俺は配られた資料を見ながら、心の中で頷いた。

 知ってる。

 ドラマとかでよく見るやつだ。

 行方不明になっても、すぐには死んだことにならない。

 7年待たないと、法的には「生きている可能性がある」として扱われる。

 

「7年……。長すぎますね」

 

 俺がポツリと呟くと、金融庁の役人が激しく同意した。

 

「ええ、長すぎます!

 実態として、ダンジョンに入って1週間戻ってこなければ、生存確率はほぼゼロです。

 水も食料もない環境で、魔物が徘徊しているんですから。

 医学的にも常識的にも、彼らは『死んでいる』と見なすべきです」

 

「ですが! 遺体がない以上、死亡届は受理できません!」

 

 法務省側が反論する。

 これが法の壁だ。

 死体(物証)がなければ、死んだとは認めない。

 

「そのせいで、残された遺族が地獄を見ています」

 

 厚労省の役人が、悲痛な声で訴えた。

 

「長すぎます。あまりにも……。

 ここに、遺族の方々から寄せられた『陳情書』があります。

 少し読み上げさせてください」

 

 役人の声が震えている。

 

『夫がダンジョンに入って半年が過ぎました。

 ギルドからは「生存の可能性はない」と言われました。私もそう思います。

 でも役所に行っても、死亡届は出せないと言われました。

 夫の誕生日に、子供が「パパにおめでとうを言いたい」とケーキを買おうとしました。

 私は……戸籍上は生きている夫に向かって、心の中で死を祈りながら、嘘をつくしかないんです』

 

 会議室が静まり返る。

 

『住宅ローンの引き落としが止まりません。

 夫の口座は凍結できず、私のパート代だけではもう限界です。

 借金取りが来ます。彼らは言います。

 「旦那さんは生きてるんでしょう? なら返してくださいよ」と。

 法的に生きているせいで、私たちは殺されそうです。

 お願いです、夫を殺してください。夫を死んだことにしてください』

 

 悲痛な叫びだった。

 愛する家族の死を願わなければならない地獄。

 7年間も、この宙ぶらりんの状態が続く。

 7年も経てば、家は競売にかけられ、家族は路頭に迷い、一家離散してしまっているだろう。

 

「特に、多重債務者が『死んで保険金で借金を返そう』として、ダンジョンに特攻したケースが悲惨です。

 本人は死ぬ気で飛び込んだのに、死んだと認定されないから保険金が出ず、借金だけが残された妻子にのしかかる。

 これでは死に損です」

 

 言い方は悪いが、その通りだ。

 ダンジョンは、完全犯罪の自殺装置としても機能してしまう。

 誰にも見られずに、骨まで残さずモンスターに食われれば、それは「失踪」になるからだ。

 

「……じゃあ、どうするんです?

 『ダンジョンに入ったら即死亡認定』なんて乱暴なこともできないでしょう。

 中で迷って、1ヶ月後にひょっこり帰ってくるサバイバーも稀にいますから」

 

 俺が水を向けると、会議はまたしても沈黙に包まれた。

 

「そこなんです……。

 もし早まって死亡認定を出した後に、本人が生きて帰ってきたらどうするのか。

 戸籍の混乱、相続のやり直し、支払われた保険金の返還請求……。

 法的な大混乱(カオス)が起きます。

 だから法務省としては、慎重にならざるを得ないのです」

 

 お役所仕事の極みだ。

 「間違いが起きるのが怖いから、何もしない」。

 その結果、今まさに苦しんでいる遺族を見殺しにしている。

 

 俺は溜息をつき、天井を仰いだ。

 ダンフロ黎明期あるある、第何弾だこれは。

 ゲームの設定資料集の隅っこに書いてあったような社会問題が、現実の解像度で襲いかかってくる。

 

 ゲーム内では、死んだらリスポーンするかキャラロストするかの二択だった。

 だが現実には、「ロストしたまま法的に宙ぶらりんになる」という、生々しいバッドステータスが存在する。

 

(……まあ、答えは決まってるんだけどな)

 

 俺は、この議論の着地点を知っている。

 というか、こうしないと社会が回らなくなるという「正解」が、歴史(ゲーム知識)として頭の中にある。

 

 そろそろ助け舟を出してやるか。

 

「……あの、いいですか?」

 

 俺が手を挙げると、全員の視線が集中した。

 救世主を見るような目だ。

 やめてくれ、俺はただのゲーマーだ。

 

「法律の専門家ではないので、素人の意見として聞いてくださいね」

 

 俺は前置きをして、ホワイトボードに向かった。

 

「今の議論を聞いていると、最大のネックは『7年』という期間の長さと、『生還時のリスク』ですよね?」

 

「はい、その通りです」

 

「なら、適用する条文を変えればいい」

 

 俺はマーカーで大きく書いた。

 【危難失踪】。

 

「民法第三十条第二項。

 『船舶の沈没、航空機の墜落、その他、死亡の原因となるべき危難に遭遇した者の生死が、その危難が去った後一年間明らかでないとき』。

 これを使えませんか?」

 

 法務省の担当官が目を見開いた。

 

「危難失踪……!

 確かに震災や海難事故では適用されますが……。

 ダンジョン探索を『危難』と定義できるかどうか……」

 

「定義するんですよ、今ここで」

 

 俺は強く言った。

 

「ダンジョンは『常時、死亡の原因となるべき危難が存在する場所』です。

 災害現場と同じだ。

 一度入って連絡が途絶えれば、それは『遭難』です。

 だから普通失踪の7年ではなく、危難失踪の特別措置を適用する」

 

「しかし危難失踪でも『1年』待たなければなりません。

 遺族にとっては、1年でも長いのでは?」

 

「ええ。だから、さらに特例法を作るんです」

 

 俺は「1年」の文字をバツ印で消し、書き直した。

 【1ヶ月】。

 

「『ダンジョン内行方不明者特例措置法(仮)』。

 ダンジョン内で行方不明となり、警察やギルドによる捜索でも発見されず、1ヶ月が経過した場合。

 これを死亡とみなす」

 

 会議室がざわめいた。

 1ヶ月。

 劇的な短縮だ。

 これなら次の月のローン支払いまでに、なんとか保険金が間に合うかもしれない。

 

「い、1ヶ月!?」

 

 ざわめく会議室の中、一人の法務官僚が手を挙げた。反対意見だ。

 

「八代さん、お言葉ですが、1ヶ月はあまりに性急すぎます!

 確かに生存率は低いですが、ゼロではない!」

 

 彼は一枚のレポートを提示した。

 

「先月、埼玉のE級ダンジョンで、25日間遭難した探索者が生還した事例があります。

 彼は苔と魔物の肉を食べて、奇跡的に生き延びた。

 もし期間を1ヶ月に短縮すれば、こうした『20日目、30日目で帰ってくるかもしれない希望』を、国が勝手に断ち切ることになりませんか?

 遺族に対して『もう待つな』と引導を渡すことが、果たして正しいのでしょうか!」

 

 正論だ。人道的な正論だ。

 0.01%でも可能性があるなら、諦めるべきではない。

 それが人間の情というものだ。

 

 だが。

 

「……それで?」

 

 俺は冷たく言い放った。

 

「その『埼玉の奇跡』の彼は、何千人の遭難者のうちの一人ですか?」

 

「え……それは……」

 

「おそらく数千分の一、あるいは一万分の一の確率でしょう。

 プロの俺から見ても、装備も食料も尽きた状態で1ヶ月生き延びるのは、生物学的に不可能です。

 彼は文字通り『奇跡』だった」

 

 俺は官僚たちを見渡した。

 

「あなた方は、そのたった一つの奇跡を守るために、残りの9999人の遺族を地獄に落とすつもりですか?」

 

「うっ……」

 

「『もしかしたら帰ってくるかも』という淡い希望。

 聞こえはいいですが、それは遺族を縛り付ける呪いです。

 7年間、毎日玄関を見つめて、電話が鳴るたびにビクッとして、借金取りに頭を下げ続ける。

 その苦しみを、あなた方は『希望』と呼ぶんですか?」

 

 厳しい言葉だとは分かっている。

 だが政治とは、システムとは、最大多数の幸福のためにあるべきだ。

 

「1ヶ月帰ってこないなら、それはもう胃袋の中か土の下です。

 残酷なようですが、国が『死亡』という確定印を押してやることで、遺族は初めて泣くことができ、葬式を出し、そして新しい人生を歩み出せる。

 それが本当の救済でしょう」

 

 法務官僚が、がっくりと項垂れた。

 論理と現実の前には、感情論は無力だ。

 

「……分かりました。1ヶ月で進めましょう。

 しかし、それでも……もし生きて帰ってきたら?

 死亡届が出された後に本人が戻ってきたら、法的な大混乱(カオス)が起きます。

 さらに借金を踏み倒すための『偽装死』をする詐欺師も出てくるでしょう」

 

「そこですよ」

 

 俺はニヤリと笑った。

 その懸念こそが、この提案のキモだ。

 

「だから『生還時のペナルティ』を強烈にするんです」

 

「ペナルティ?」

 

「ええ。

 もし死亡認定を受けた後に本人が生きて帰ってきた場合。

 当然、失踪宣告は取り消されますが……その『蘇生手続き』を、死ぬほど面倒にするんです」

 

 俺は指を折って数え上げた。

 

「まず、支払われた保険金の『即時一括返還』。これには法定利息を上乗せする。

 次に、相続された遺産の原状回復義務。

 さらに、死亡認定期間中に免除されていた税金や社会保険料の追徴課税。

 そして何より……『戸籍の復活』に、裁判所の厳格な審判と半年以上の観察期間を設ける」

 

「観察期間……ですか?」

 

「はい。

 『本当に本人か? 実はモンスターが化けているんじゃないか?』という建前で、DNA鑑定から精神鑑定まで徹底的に調べ上げる。

 その間、彼は身分証を持てない『透明人間』として扱われ、銀行口座も作れないし、就職もできない」

 

 俺は悪い顔で笑った。

 

「つまり『死んだことにして借金を踏み倒そう』なんて甘い考えで潜伏していた奴が、うっかり出てきたら社会的に殺すシステムを作るんです。

 『死んだままの方がマシだった』と思わせるくらいにね。

 これなら詐欺を働くメリットなんてないでしょう?」

 

 それに、本当に遭難して奇跡的に生還した善人ならば、国もマスコミも同情して支援してくれるはずだ。

 このペナルティが牙を剥くのは、悪意を以って制度を利用しようとした連中だけだ。

 

「……なるほど!!」

 

 法務省の担当官が、憑き物が落ちたような顔をした。

 

「リスクとリターンのバランスを制度で調整するわけですね。

 善意の遺族は救い、悪意の詐欺師は排除する。

 素晴らしい! 完璧なロジックです!」

 

「八代さん……あなたは天才ですか?」

 

 源が感極まったように俺を見ている。

 いや、ただのゲーマー知識の受け売りなんですけど。

 

「うおおおおお!!

 八代さんが言うなら間違いない!!」

「これで法案が書けるぞ!」

「遺族からの電話にようやく答えられる!」

 

 会議室は一転して、熱狂的なムードに包まれた。

 ホワイトボードに書かれた俺の殴り書きが、まるでモーセの十戒か何かのように崇められている。

 

「直ちに取り掛かりましょう!

 『ダンジョン特例法』の制定だ!」

「八代さん、条文の監修もお願いします!」

「いや、だから俺は法律家じゃねーって……」

 

 俺の抗議も虚しく、彼らは猛スピードで作業を開始した。

 

          ◇

 

 ……おいおい、大丈夫かよ日本政府。

 俺の意見を鵜呑みにしすぎだろ。

 確かに、この「危難失踪の短縮」と「蘇生ペナルティ」は、原作ゲームの設定資料にあった『戦後復興期の法改正』の記述を参考にしたものだ。

 だから、たぶん正解のはずだ。

 この世界がゲームと同じ歴史を辿るなら、これで社会は安定する。

 

 でもさ。

 最近、アメリカまで日本の法改正を参考にしてるって噂を聞いたぞ。

 「日本モデル(Japan Model)」とか言って、俺が提案した「3000万円保証金」とか「学生ライセンス」を、そのまま連邦法に取り入れているらしい。

 

(実質、俺が世界を動かしてるじゃねーか!)

 

 背筋に冷たいものが走る。

 俺はただの一介の探索者だ。

 政治家でもなければ、法学者でもない。

 持っているのは未来の記憶(ゲーム知識)と、少しばかりの小賢しさだけ。

 

 もしゲームと現実で、決定的な「ズレ」が生じた時。

 俺の提案が裏目に出て、取り返しのつかない事態になったら?

 その責任は誰が取るんだ?

 ……まあ最終決定したのは政府だから、俺は「一有識者の意見」で逃げ切れるとは思うけど。

 

(俺はゲーム知識だけだから、いつか墓穴を掘りそうで怖いんだよなぁ……。

 もっと疑ってくれよ。もっと議論してくれよ。

 「八代さん万歳!」じゃなくてさぁ)

 

 熱狂的に働く官僚たちを横目に、俺は少しだけ胃がキリキリするのを感じていた。

 顧問料が欲しいなんて言ったが、撤回しようかな。

 責任の対価としては、あまりにも安すぎる気がしてきた。

 

 まあ決まったものは仕方ない。

 これで明日から街角の掲示板には「行方不明者の死亡認定通知」が貼り出され、多くの家庭で葬式が行われることになるだろう。

 空っぽの棺桶を囲んで、遺族たちは涙を流し、そして保険金を受け取って、新しい人生を歩み始める。

 

 生と死の境界線が「7年」から「1ヶ月」に書き換えられた日。

 俺はそのペンを握らされた共犯者として、苦いお茶を飲み干した。

 




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