あのー、剣と魔法の異世界の案件なんですが、元ITコンサルの賢者様なら解決できますか? 作:Ningets
ITの存在しない剣と魔法の世界に、賢者として召喚されてしまったIT企業のコンサルタントが、転生先の少女とともに世界を危機から救い、元の世界への帰還を目指す物語――
Ⅰ-01 魔力暴走の障害対応はできますか?
サワ・マリト、26歳男性。ITコンサルタント。
彼は目を覚ました……が、いつもとは様子が違っていた。
――おかしい。目が開かない。手も足もどこも動かない……
――金縛りというやつなのか?
ぞわり。
身動きできない背中のあたりから、恐怖心が湧き始める。
そのとき――
「お目覚めですか?」
静かで澄んだ、優しい女性の声が響いた。
恐怖は感じなかった。
それどころか、恐怖心は霧散し、安心感と、喜びの気持ちが膨らむのを感じた。
「ようこそ、賢者様。私たちの世界、ボルディアへ。」
「異世界からの召喚後は、身体が動かなくて驚かれたと思います」
「ですが、必ず動かせるようになるので安心してください」
――賢者様?オレのことか?
――異世界召喚というやつなのか?
◇参考挿絵:金縛りの暗闇に響く女神様の声
「賢者様は、声も出せない状態だと思いますが――」
「強く念じてくれれば、私に読み取ることができます」
――心が読めるのか?
「お知りになりたいことがあれば、何でもお尋ねください」
聞きたいことは多かったが、彼にはどうしても確認したくなったことがあった。
――心が読み取れて、声を聞くだけで喜びの気持ちに満たされる存在。それは――
――アニメなどで見かける召喚シーンのとおりだとすると――
「あなたは――女神様――なのですか?」
声は戸惑った様子で「はい?」と答えた。
「わたしが?」
「女神――さま?」
笑いをこらえきれないように続けた。
「もう、女神なんて、私になれるわけないですよ」
あははは、と鈴を転がすように笑った。
「緊張してたのに――もう、身体の力が抜けるからやめてください。賢者様は……」
そう言いながら、マリトの膝の上あたりを軽くポンポンと叩く。
笑われているのに嫌な気が少しもしない。
それどころが楽しい気持ちになってくる。
一拍おいて、「あっ」と小さくつぶやくと、声のトーンが澄ました感じに戻った。
「そういえば、自己紹介がまだでした。失礼しました」
◇
「私は、ラミーシャ。ブリヤ魔法学園の学生です」
――学生?……魔法?
「ここは病院で、賢者様を召喚した後の回復のために、入院しています」
「私はどんな状態なのですか?」
「話ができて、説明できるようになったので、目を開けますね」
まぶたがゆっくりと開く。
彼の意志とは関係なく……
見覚えのない天井が見えた。
――ここは一体どこだ?
時刻は夜……部屋の中がランプか何かの光で照らされている。
レトロな印象の木造で、現代の日本の家屋とは様子が違っている。
「起き上がります」
ラミーシャは身を起こしてベッドに腰掛けた。
そして、サイドテーブルに手を伸ばして手鏡を取ると、自分の顔を映した。
まるでCGのように整った顔立ちの美しい少女が、マリトを見返していた。
あまりの美しさに息をのんだ。
年の頃は、十六、七歳といったところか。
少し幼さを残す大きな丸い目に、空の色を思わせる明るい青い瞳。
ヨーロッパ系を思わせる、通った鼻筋に秀でた額。
長く伸びた髪は、光を受けて金色に輝く。
首には幅三センチほどの白いチョーカーを着けていた。
「賢者様は私の『中』に召喚されています」
彼女の言葉は、手に持っている鏡に映っている顔の唇から発せられている。
「『中』とはどういう意味ですか?」
「はい。ひとつの身体の中にふたりの心がある、そういう状態です」
――オレがこの娘のもうひとつの人格になっているということ?
「本来の私の身体はどうなっているのですか?」
「私にはわからないのですが、おそらく元の世界にあるんだと思います……」
――なんてことだ……
◇
予想外の出来事に戸惑いを隠せないまま聞いた。
「ここはどこですか?」
――話しているのは日本語だし……
「日本のどこかですよね?」
「『ニホン』というのは賢者様のいらした世界のことですね」
「賢者様は別の世界に召喚されています」
「ここは、ボルディアの都市ゾンリーチャにある、ブリヤ魔法学園付属病院です」
――本当に異世界なのか……
「私があなたの中に『召喚』されたのはわかりました」
「自然に受け入れてくれているようですが、よくあることなのですか?」
「いえ。滅多にないことで、とても名誉なことです」
「この学園では、賢者様をお迎えできるようになるために、人格を高め魔法を磨いているんです」
――彼女はそれを達成した『エリート』というわけだ。
「この世界では『魔法』が使えるのですね?」
「どんなことができるのですか?」
「お湯を沸かしたり、灯りをつけたりできます」
――えらく地味だな……
「魔法を使ってみてもらえますか?」
「では、光魔法を使ってみます」
サイドテーブルの上で光っている透明な球に手を伸ばし、台座に描かれた魔方陣を確認してから光を消した。
部屋は真っ暗になった。
視野の右上辺りに、白く光る魔方陣が浮かぶ。
「ウヌス・ウト・ラディウス、ルクス・ファイタキス!」
ラミーシャのチョーカーが短く白く光ると、球体は光を放った。
「ストロンティア・ウト・スブスタンティア、ファイタキス」
再びチョーカーが白く光ると、球体は鮮やかな赤い光に変化した。
マリトは感心した。
「魔方陣と呪文で魔法を発動しているのですか?」
「はい。それに、このチョーカーも使います」
――なるほど。でも、元の世界のリモコンにもできるな……
しかし、続く出来事で認識を改めることになる。
◇参考挿絵:ライトバルブを光らせる魔法を発動する
ガッシャーン。
窓の外から、何かがぶつかる大きな音が聞こえた。
病院内も騒々しくなってきた。
「だれだ、病院中の照明を全部赤にした奴は?」と怒号が聞こえる。
「あっ」
ラミーシャが口に手を当ててつぶやく。
「範囲指定を忘れてました」
「私は魔力が強すぎるので、学園の外では気をつけるように言われていたんでした!」
慌てて唱える。
「ノクス・ファイタキス!」
今度は光が消えて真っ暗になる。
さらに怒号が広がっていく。
「誰だ?町中のライトを消したのは!」
鐘の音も加わり、喧噪は激しさを増す。
「灯りをよこせ。手術中なんだぞ!」
ラミーシャは大急ぎで唱える。
「ルクス・ファイタキス!」
光が戻ったが、色は鮮やかな赤のままだ。
外からの喧噪はさらに大きくなっていく。
「広域魔法でいたずらしている馬鹿はどいつだ!」
「ど、ど、ど、ど、どーしましょ!」
「私、退学になってしまいます」
ラミーシャの不安と焦りが伝わってくる。
――さっきのエリート認定は撤回だ……
マリト自身も焦りを感じているが、それが彼女の感情だと気付いた。
感情は脳内物質に左右される。
脳を共有しているために彼女の感情を自分の感情として捉えているのだ。
彼は自分自身の不安を打ち消すように声をかけた。
「まずは、落ち着いて。深呼吸」
「賢者召喚を成し遂げた君が退学になることはありません」
「どんなことがあっても、私が君を守るから大丈夫です」
――もちろんはったりだ。
――この世界でオレに何ができるか、自分でも知りたいくらいだ……
ラミーシャはコクリとうなずく。
焦りの気持ちが静まっていく――
「まず、火事など避難が必要な事態になっていないか確認しましょう」
「次に、責任者に連絡する」
「改善できることがあれば実行する。無理なら指示を待ちましょう」
――まるでシステムの障害対応だ……
「では、まず外の様子を見ましょう」
ラミーシャは慌ててベッドの反対側にある窓まで行き、カーテンを開いて外を見る。
病院は5階建てだが、他の建物が低いため遠くまで見ることができる。
――なんてことだ……赤い光の海だ。
窓から見える範囲の灯りという灯りがすべて鮮やかな赤に光っている。
遠くの方から、馬のいななきや悲鳴、物がぶつかる音、喧噪が聞こえてくる。
しかし、出火などが起きている様子は見られない。
◇参考挿絵:魔力暴走によって赤く染まる町を眺める
「次、責任者への連絡」
「マイスナー先生に、念話連絡してみます……」
「……だめです。応答がありません」
「状況改善のためにできることはありませんか?」
「せめて色を元に戻せればいいんですけど……」
「呪文を思い出せないんです」
情けない気持ちが胸いっぱいに膨らむ。
「日の光を指定するんですが、その魔法語が思い出せなくて……」
「落ち着いて。思い出してみましょう」
「太陽を意味する単語ですか?」
「サン?」
「それは標準単語です」
「月は標準単語でムーンですが、魔法語ではルナです。同じように太陽にも魔法語があるんです……」
――ラテン語系か?
――英単語にラテン語語源のものがあるかも……
「太陽光発電所のことは確か、メガソーラー……」
「ああっ、それです『ソーラ』です!」
――ええっ?
「ソーラ・ウト・スブスタンティア、ファイタキス!」
部屋の光の色が元に戻る。
窓から見える赤い光が、病院を中心にして白色に変わり広がっていく……圧倒的な光景
――うそだろ……小柄な少女のつぶやきでこれほどのことが……
周りの喧噪はまだ完全には収まらないが、少し落ち着いてきているようだ。
安堵感が広がる。
「賢者様のおかげです」
「ありがとうございます」
――異世界でコンサル経験が役に立つとは……
――解決は偶然だし、マッチポンプのような気もするが……
――それもコンサル案件にはありがちだしな……
異世界に来て最初のミッションを切り抜けた達成感が広がる。
誇らしい気持ちと尊敬の念が湧き上がってきた。
――あ、違う。これは、オレのじゃなくて、彼女の気持ちだ……
マリトはラミーシャの目を通して、正常に戻った町の光を見つめていた。
そのとき、雲の後ろから現れた月の姿を見て絶句した。
――なんだ……これは?!
欠けたところのない満月。
その月には顔があった……
赤い目が光り、三日月型のギザギザの口が赤く光を放っている。
――月が……不気味に笑っている……夢に見そうだ……
――まるで、ハロウィンのカボチャのジャック・オー・ランタンだ……
「どうされましたか?」
「この月、笑っているみたいですが?」
「はい。今日の月は『満面の笑み』です!」
「星も見えませんが……」
「『ホシ』というのは何ですか?」
「夜空にきらめく小さな点のことです」
「賢者様の世界には素敵なものがあるのですね」
「この世界にはありません」
――まいったな……ここは異世界……認めざるをえない……
その光景はマリトに絶対的な説得力を持って、異世界への転生が起きたことを確信させた。
しかも、性別の転換が起きている。TS転生だ。
だが、ラミーシャは、まだそれに気付いていない。
◇参考挿絵:正常化した町に浮かぶ笑う月
【次回予告】
偶然とはいえ、召喚早々、魔法暴走トラブル解決を果たしたマリトですが、転生先のラミーシャはTS(性別転換)が生じていることに気付いてないらしい様子で……。次回はその事実を彼女に伝えるところから始まります。