あのー、剣と魔法の異世界の案件なんですが、元ITコンサルの賢者様なら解決できますか? 作:Ningets
ITの存在しない剣と魔法の世界に、賢者として召喚されてしまったIT企業のコンサルタントが、転生先の少女ともに世界を危機から救い、元の世への帰還を目指す物語――
異世界の少女ラミーシャの第二人格として転生した主人公のマリトは、意識を失ったラミーシャとともに、飛行船内に運び込まれましたが、目覚めたラミーシャは魔法を駆使して自由を取り戻します。
ロープで縛り上げられたラミーシャの体は、ゴンドラ内に引き上げられた。
下層部の隅に荷物のように転がされ、他の三人は階段を使って上層部へと移動した。
船首の方から声が聞こえる。
「離陸の準備だ」
「ターゲットを無事確保した」
「交戦中の地上部隊を回収でき次第、離陸する」
――万策尽きたか……諦めるしかないのか……
そう考え始めたマリトだったが、そのとき、場違いなほどのんきな声が聞こえた。
「あのー、お父さん、ここどこですか?」
「病院のベッドじゃないんですけど」
「床が固いし、体じゅうが痛いです」
「なんだかぐるぐる巻かれてるし」
マリトは、ラミーシャに要点を説明した。
ナースが別の国の工作員で、自分たちが拉致されてしまったこと。
ここは飛行船の中で、このままだとその国に連れて行かれてしまうこと。
シノハたちが助けに来ているが間に合わないかもしれないこと。
それらを伝えると、恐怖や緊迫感ではなく感謝の気持ちが伝わってきた。
「意識のない私のことを、ずっと見守ってくれてたんですね」
「何もしてないけどね……」
「そんなことないです」
「お父さんが呼んでくれたからシノハ達が来てくれたんです」
「これからどうする?」
「はい。逃げなきゃですね」
焦ったり慌てたりしている感覚は伝わってこない。
「落ち着いているね。不安はないの?」
「私も不思議なんですけど、ありません」
「たぶんお父さんがいるからです」
「今日の朝、はじめてお会いして、わたしを守るって言ってくれて、そして本当に守ってくれました」
「そのときにわたし、確信したんです――運命の出会いだって」
「これから起きるいろんなことを一緒に乗り越えていくんだって」
「だから二人なら絶対に大丈夫って気がするんです」
「なるほど……」
まったく根拠のない説明だったが、それが腑に落ちてしまうのが、マリトには不思議だった。
「で、この状況で逃げる方法に、何か考えはあるの?」
「あります。ロープをほどいて、立ち上がって、出口からダッシュです」
――そりゃあそうだが……この娘、状況わかっているのかな?
「そんなことできるの?」
「はい。こんな時のために護身魔法っていうのがあるんです」
「わたし、実技系の科目、成績いいんです」
昼間のおしゃべりの続きのようで、緊迫感はやはりない。
「わかった、できるならすぐにロープを解いてくれ」
視界の右上に白く光る魔方陣をイメージして唱える。
「セルローサ・ウト・スブスタンティア、ファイタキス」
チョーカーが黄色く光る。
軽く身体を左右にひねるとロープが何の抵抗もなく、緩んだ。
土属性魔法のノット・ルーズナーで、ロープの摩擦係数を一時的にゼロにしたのだ。
「よいしょっと」
ロープを緩めて手と脚を自由にすると、立ち上がった。
「すごい……」
うれしそうな気持ちが広がる。
「すごいですか?実技は得意なんです!」
「気付かれないうちに、こっそり出て行っちゃいましょう」
そうラミーシャが言ったとき、足元がぐらついた。
下から押されるような感覚。
――まさか、上昇しているのか?
船首のほうから、どなり声が聞こえる。
「誰だ、係留ロープを外したのは?」
「上昇してるぞ。地上部隊の回収がまだじゃないか!」
ラミーシャが小さく「あ!」と言った。
「え?」
「範囲指定するの、忘れてました」
照れたように言う。
「それで、なんだか、外の大切なロープも緩んじゃったみたいです」
――またなの!?
町中を赤く染め上げてしまった今朝の事件を思い出した。
◇
上層部から降りてくる足音が聞こえる。
偽ナースと目が合った。
予想外の光景。
縛り上げられ荷物状態だったはずのラミーシャが普通に立っている。
それを見て、一瞬、動きが止まった。
驚きと警戒が顔に表れている。
「どうやってロープをほどいた?」
「そこを動くな!」
こちらを見据えたまま、カバンの中をまさぐる。
「銃を持っている」
「撃ってくるぞ」
ラミーシャは教科書の内容を思い出しながらつぶやく。
「銃を持つ相手には、銃口がこちらを向く前に、火属性魔法…」
視界の右上に白い魔方陣のイメージを浮かべる。
「範囲指定!」注意を促す。
「はい!」
偽ナースは銃をとり出し、こちらに銃口を向けようとする。
しかし、ラミーシャの呪文のほうが早い。
「クィンケ・ウト・ラディウス、ファイタキス!」
チョーカーが赤く光る。
轟音がとどろき、偽ナースの銃がはじける。
バン、バン、バン。
バッグの中にあった銃弾が四方に飛び散る。
偽ナースの腕と腰と顔面を血まみれにして、階段の下に転がり落ちた。
カバンの内部が四散する。
激痛に顔をゆがめながら、うつ伏せになった状態であえいでいる。
爆発は、飛行船のいたるところで同時に起きた。
最も大きな爆発は、ゴンドラの船尾方向の貨物庫で起きた。
無数の銃弾がはじけ、炎が上がり、船体と資材の多くが吹き飛び、飛行船全体を大きく揺らす。
ラミーシャが「あ!」と言った。
「範囲指定はしたよね」
「はい、したんですが。指定ミスです……」
「灯りをつける魔法とは単位が違っていて、10メートル単位でした……」
――実技、だめじゃん。
船首から声が聞こえる。
「上昇速度が上がっているぞ」
「今の爆発で空気バラストが故障したのかも」
「そうなると制御できない」
「早く脱出しないと手遅れになる」マリトはラミーシャに言った。
動き出そうとした瞬間、不意に足首が掴まれる。
驚いてよろめきながら振り向く。
床にうつ伏せに倒れていた偽ナースが、苦痛に顔をゆがめながらラミーシャの足首をつかんでいた。
ラミーシャがバランスを崩したちょうどそのタイミングで、飛行船が大きく揺れた。
後ろ向きに、後頭部が床にたたきつけられるように倒れた。
同時に、ラミーシャの意識が消える。
マリトの意識は保ったままだ。
――軽い脳震盪だ。すぐに気づく……
偽ナースが、カバンから落ちたものを取ろうと、もう一方の腕を伸ばしているのに気付いた。
――注射器だ!
――また、あれを打たれたら、しばらくラミーシャの意識が戻らなくなる。
――腕よ、動いてくれ。
強く念じるが、まったく動かない。
――あのナースよりも先に注射器をつかむんだ。
やはり動かない。
前夜の拳銃に手を伸ばせなかったときと重なる。
――もうためらわないと決めたのに。
――今回は前回と違う。伸ばそうとしているのに。
――どうして自分はここぞという時に手が伸ばせないんだ。
悔しさに、涙がにじむ。
偽ナースの右手は遂に注射器をつかんだ。
そして、つかんでいるラミーシャの足に突き立てた。
――やめろ!
――オレは――オレは――
――この娘を助けたいんだ!
強い願いが絶叫するかのように頭の中ではじけた。
次の瞬間、ラミーシャの足に注射器が触れる寸前、偽ナースの右腕がピタリと止まった。
偽ナースの右腕を自分自身の左手が、がっしりと掴んでいたからだ。
驚く偽ナースが動かそうとするが、びくともしない。
これまでが嘘のように身体はマリトの思い通りに動いた。
上体を起こし、左腕でナースの腕をつかんだ。
チョーカーが黄色く閃いた。
次の瞬間、ナースの腕がひねり上げられる。
注射器を奪い、その腕に突き立てた。
プシュッ。
音と同時に、足首をつかんでいた手の力が抜ける。
一連の動作が、あたりまえに、流れるように行われた。
まるで、朝起きたときに目覚まし時計のアラームを止めるのと同じくらいに……
そして、固まった。
そこからは、もうマリトの意志で動かすことができなかった。
彼が借りている身体は、ラミーシャを想う強い願いを達成するためだけに、必要な動きをしたのだった。
◇参考挿絵:敵から注射器を奪い取る
注射器の音でラミーシャの意識が戻る。
起き上がろうとして、右手にある注射器に気付いて、倒れている偽ナースを見た。
「いたた」
片手で頭をさすりながら立ち上がった。
「お父さんがこれで、私を守ってくれたんですか?」
「詳しい話は後で。まずは逃げよう」
ラミーシャは、急いで、開けっぱなしの出入口のところまで移動する。
出入口に立ち、眼下を見る。
――高さは10メートル、いや、もっとだ。
ずっと下に野営地の物資が小さく見える。
――これは!……落ちれば死ぬ高さだ……
◇参考挿絵:飛行船から地表を見る
【次回予告】
目覚めたラミーシャとマリトの連携で自由を取り戻した二人ですが、強力すぎる魔法により飛行船が炎上し、上昇を始めてしまいました。次回、燃える飛行船から決死の脱出を図ります。