【人月心話】あのー、剣と魔法の異世界の案件なんですが、元ITコンサルの賢者様なら解決できますか?   作:Kimoto Hiroshi (KH)

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第9話 護身魔法で飛行船の敵を無力化できますか?

ロープで縛り上げられたラミーシャの体は、ゴンドラ内に引き上げられた。

下層部の隅に荷物のように転がされ、他の三人は階段を使って上層部へと移動した。

 

船首の方から声が聞こえる。

「離陸の準備だ」

「ターゲットを無事確保した」

「交戦中の地上部隊を回収でき次第、離陸する」

 

――万策尽きたか……諦めるしかないのか……

そう考え始めたマリトだったが、そのとき、場違いなほどのんきな声が聞こえた。

 

「あのー、お父さん、ここどこですか?」

「病院のベッドじゃないんですけど」

「床が固いし、体じゅうが痛いです」

「なんだかぐるぐる巻かれてるし」

 

マリトは、ラミーシャに要点を説明した。

ナースが別の国の工作員で、自分たちが拉致されてしまったこと。

ここは飛行船の中で、このままだとその国に連れて行かれてしまうこと。

シノハたちが助けに来ているが間に合わないかもしれないこと。

 

それらを伝えると、恐怖や緊迫感ではなく感謝の気持ちが伝わってきた。

「意識のない私のことを、ずっと見守ってくれてたんですね」

「何もしてないけどね……」

 

「そんなことないです」

「お父さんが呼んでくれたからシノハ達が来てくれたんです」

 

「これからどうする?」

「はい。逃げなきゃですね」

焦ったり慌てたりしている感覚は伝わってこない。

 

「落ち着いているね。不安はないの?」

「私も不思議なんですけど、ありません」

「たぶんお父さんがいるからです」

 

「今日の朝、はじめてお会いして、わたしを守るって言ってくれて、そして本当に守ってくれました」

「そのときにわたし、確信したんです――運命の出会いだって」

「これから起きるいろんなことを一緒に乗り越えていくんだって」

「だから二人なら絶対に大丈夫って気がするんです」

「なるほど……」

まったく根拠のない説明だったが、それが腑に落ちてしまうのが、マリトには不思議だった。

 

「で、この状況で逃げる方法に、何か考えはあるの?」

「あります。ロープをほどいて、立ち上がって、出口からダッシュです」

――そりゃあそうだが……この娘、状況わかっているのかな?

 

「そんなことできるの?」

「はい。こんな時のために護身魔法っていうのがあるんです」

「わたし、実技系の科目、成績いいんです」

昼間のおしゃべりの続きのようで、緊迫感はやはりない。

 

「わかった、できるならすぐにロープを解いてくれ」

視界の右上に白く光る魔方陣をイメージして唱える。

「セルローサ・ウト・スブスタンティア、ファイタキス」

チョーカーが黄色く光る。

軽く身体を左右にひねるとロープが何の抵抗もなく、緩んだ。

土属性魔法のノット・ルーズナーで、ロープの摩擦係数を一時的にゼロにしたのだ。

 

「よいしょっと」

ロープを緩めて手と脚を自由にすると、立ち上がった。

「すごい……」

うれしそうな気持ちが広がる。

「すごいですか?実技は得意なんです!」

 

「気付かれないうちに、こっそり出て行っちゃいましょう」

そうラミーシャが言ったとき、足元がぐらついた。

下から押されるような感覚。

――まさか、上昇しているのか?

 

船首のほうから、どなり声が聞こえる。

「誰だ、係留ロープを外したのは?」

「上昇してるぞ。地上部隊の回収がまだじゃないか!」

 

ラミーシャが小さく「あ!」と言った。

「え?」

「範囲指定するの、忘れてました」

照れたように言う。

 

「それで、なんだか、外の大切なロープも緩んじゃったみたいです」

――またなの!?

町中を赤く染め上げてしまった今朝の事件を思い出した。

 

 

上層部から降りてくる足音が聞こえる。

偽ナースと目が合った。

予想外の光景。

縛り上げられ荷物状態だったはずのラミーシャが普通に立っている。

それを見て、一瞬、動きが止まった。

 

驚きと警戒が顔に表れている。

「どうやってロープをほどいた?」

「そこを動くな!」

 

こちらを見据えたまま、カバンの中をまさぐる。

「銃を持っている」

「撃ってくるぞ」

 

ラミーシャは教科書の内容を思い出しながらつぶやく。

「銃を持つ相手には、銃口がこちらを向く前に、火属性魔法…」

視界の右上に白い魔方陣のイメージを浮かべる。

「範囲指定!」注意を促す。

「はい!」

 

偽ナースは銃をとり出し、こちらに銃口を向けようとする。

しかし、ラミーシャの呪文のほうが早い。

「クィンケ・ウト・ラディウス、ファイタキス!」

チョーカーが赤く光る。

 

轟音がとどろき、偽ナースの銃がはじける。

バン、バン、バン。

バッグの中にあった銃弾が四方に飛び散る。

偽ナースの腕と腰と顔面を血まみれにして、階段の下に転がり落ちた。

カバンの内部が四散する。

激痛に顔をゆがめながら、うつ伏せになった状態であえいでいる。

 

爆発は、飛行船のいたるところで同時に起きた。

最も大きな爆発は、ゴンドラの船尾方向の貨物庫で起きた。

無数の銃弾がはじけ、炎が上がり、船体と資材の多くが吹き飛び、飛行船全体を大きく揺らす。

 

ラミーシャが「あ!」と言った。

「範囲指定はしたよね」

「はい、したんですが。指定ミスです……」

「灯りをつける魔法とは単位が違っていて、10メートル単位でした……」

――実技、だめじゃん。

 

船首から声が聞こえる。

「上昇速度が上がっているぞ」

「今の爆発で空気バラストが故障したのかも」

「そうなると制御できない」

 

「早く脱出しないと手遅れになる」マリトはラミーシャに言った。

動き出そうとした瞬間、不意に足首が掴まれる。

驚いてよろめきながら振り向く。

 

床にうつ伏せに倒れていた偽ナースが、苦痛に顔をゆがめながらラミーシャの足首をつかんでいた。

ラミーシャがバランスを崩したちょうどそのタイミングで、飛行船が大きく揺れた。

後ろ向きに、後頭部が床にたたきつけられるように倒れた。

同時に、ラミーシャの意識が消える。

 

マリトの意識は保ったままだ。

――軽い脳震盪だ。すぐに気づく……

偽ナースが、カバンから落ちたものを取ろうと、もう一方の腕を伸ばしているのに気付いた。

――注射器だ!

――また、あれを打たれたら、しばらくラミーシャの意識が戻らなくなる。

 

――腕よ、動いてくれ。

強く念じるが、まったく動かない。

――あのナースよりも先に注射器をつかむんだ。

やはり動かない。

 

前夜の拳銃に手を伸ばせなかったときと重なる。

――もうためらわないと決めたのに。

――今回は前回と違う。伸ばそうとしているのに。

――どうして自分はここぞという時に手が伸ばせないんだ。

悔しさに、涙がにじむ。

 

偽ナースの右手は遂に注射器をつかんだ。

そして、つかんでいるラミーシャの足に突き立てた。

 

――やめろ!

――オレは――オレは――

――この娘を助けたいんだ!

強い願いが絶叫するかのように頭の中ではじけた。

 

次の瞬間、ラミーシャの足に注射器が触れる寸前、偽ナースの右腕がピタリと止まった。

偽ナースの右腕を自分自身の左手が、がっしりと掴んでいたからだ。

驚く偽ナースが動かそうとするが、びくともしない。

 

これまでが嘘のように身体はマリトの思い通りに動いた。

上体を起こし、左腕でナースの腕をつかんだ。

チョーカーが黄色く閃いた。

次の瞬間、ナースの腕がひねり上げられる。

注射器を奪い、その腕に突き立てた。

 

プシュッ。

音と同時に、足首をつかんでいた手の力が抜ける。

 

一連の動作が、あたりまえに、流れるように行われた。

まるで、朝起きたときに目覚まし時計のアラームを止めるのと同じくらいに……

そして、固まった。

そこからは、もうマリトの意志で動かすことができなかった。

彼が借りている身体は、ラミーシャを想う強い願いを達成するためだけに、必要な動きをしたのだった。

 

 

【挿絵表示】

 

◇参考挿絵:敵から注射器を奪い取る

 

注射器の音でラミーシャの意識が戻る。

起き上がろうとして、右手にある注射器に気付いて、倒れている偽ナースを見た。

「いたた」

片手で頭をさすりながら立ち上がった。

「お父さんがこれで、私を守ってくれたんですか?」

「詳しい話は後で。まずは逃げよう」

 

ラミーシャは、急いで、開けっぱなしの出入口のところまで移動する。

出入口に立ち、眼下を見る。

――高さは10メートル、いや、もっとだ。

 

ずっと下に野営地の物資が小さく見える。

――これは!……落ちれば死ぬ高さだ……

 

 

【挿絵表示】

 

◇参考挿絵:飛行船から地表を見る

 

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