あのー、剣と魔法の異世界の案件なんですが、元ITコンサルの賢者様なら解決できますか? 作:Ningets
ITの存在しない剣と魔法の世界に召喚され、少女ラミーシャの第二人格として転生した、IT企業のコンサルタントのマリトが、世界を危機から救い、元の世界への帰還を目指す物語――
召喚初日に、謎の襲撃者の飛行船に拉致された二人は、重傷を負いながらも脱出を果たし、学園にある救護施設に収容された。そこでマリトが忘れていた、召喚前の元の世界で巻き込まれた惨劇の記憶が蘇る――
Ⅱ-01 転生前の惨劇について話してくれますか?
ブラインドがしっかり閉じられた窓のガラスが割れ、揺れるブラインドの隙間から雪が吹き込む。
巨体の男性兵士が、床に崩れ落ちる。
ドアを守る女性兵士が至近距離から拳銃で撃たれて仰向けに倒れる。
セキュアスーツケースへ血まみれの腕を伸ばしたまま、頭を撃たれて息絶える女性士官。
そのケースの上部で赤く光るLEDのカウントダウン……
大量の血を流して座り込んでいる会社の後輩、コリーンの唇が「たすけて……ください」と動く。
一連のイメージが、断片的にフラッシュバックする。
冷たい目をした男が、自分に向かって拳銃を向け、つまらなそうに話しかける。
「おまえ、いま、拳銃を拾おうとして諦めたな」
「おまえには、生き延びられる選択肢はない」
「反撃する選択肢は、さっき捨ててしまったからな」
「ジ・エンドだ」
「次は別の選択肢があるといいな」
「待ってくれ、私は……」
そうマリトが声を上げかけたところで目が覚めた。
――また、あのときの夢か……
◇参考挿絵:異世界召喚前日の惨劇
炎上する飛行船からの脱出で終わった誘拐未遂事件から十日が経った。
その後、マリトたちは到着した警備隊本隊によって保護された。
搬送先は、魔法学園内の救護室だった。
ダメージは想像以上に重かった。
本来なら病院に逆戻りするところだったが、部外者の侵入が難しい学園内で治療を受ける方が安全だと判断された。
学園内の設備はゾンリーチャの付属病院ほどは整っていない、
だが、学園内の試合での事故や怪我は珍しくなく、必要な医療機材は一通り揃っている。
学園の生徒の身体は、長期間にわたる身体強化魔法で、筋肉と骨格の強化がなされている。
召喚初日に判明したように、彼女の魔法スキルはミスも多く、学生の中でもずばぬけて優秀とはいえない。
しかし、身体強化魔法については、持ち前の魔力の強さも手伝って、平均的な学生をはるかに凌駕するレベルのものだった。
ただ、ダイブを敢行した飛行船の高度は20メートルを超えており、落下の衝撃は彼女の身体が耐えれる限界を超えていた。
『立っていられた理由は医学的に説明不能』とまで言われた。
腰椎圧迫骨折、椎間板損傷、股関節脱臼、大腿骨ひび、筋膜断裂――。
延々と続く医師からの診断結果と、それを神妙に聞くラミーシャの様子が妙におかしい。
マリトは激痛をこらえながらも、笑いがこみ上げてきた。
「お父さん、何を楽しそうにしてるんですか」
「伝染するからやめてください」
「先生に怒られちゃうじゃないですか」
楽しげに文句をつけてくる。
身体を共有しているため、感情が相互に干渉してしまう。
いくつかの幸運はあったようだ。
侵入者たちが陣を貼っていた平原は、かつて浅い湖だったところに、森林土砂が流れ込んで形成された地形であった。
そのため、着地の際に衝撃吸収材のような役割を果たしたと考えられた。
しかし、「二度とこんな無茶をするな」――そう医師からも教師からも釘を刺された。
そう言われても他にどんな方法があったというのか、マリトには思いつかない。
あのまま炎上する飛行船に乗っていれば、山中に墜落していたのは確実だ。
今から思い返しても、ラミーシャのあの瞬間の判断は適切だったとしか思えない。
むしろ、あの高さから躊躇なく飛び降りた彼女の胆力に、マリトは敬意さえ抱く。
銃で腹部を撃たれたケイは、ゾンリーチャの病院に搬送された。
そこでの緊急手術の結果、一命をとりとめた。
ラミーシャの元に賢者が召喚されたことは、今回の事件に巻き込まれたアランとケイには知らされ、秘密を守るための協力が要請された。
警備隊と御者には、誘拐事件についての箝口令が敷かれた。
学生を含めた一般人に対しては「空隙震による落石事故」という説明がされた。
炎上して山中に墜落した飛行船の残骸からは、乗組員と思われる遺体が発見された。
しかし、マリトたちを誘拐した二名の姿はその中にはなかった。
◇
運び込まれてからの数日、マリトたちは救護室で寝たきりの状態が続いた。
病室には、ひっきりなしに学生がお見舞いに訪れた。
ラミーシャの交友範囲は広く、学園ではかなりの人気者らしい。
友人たちの名前や特徴を教えてくれるのだが、とても覚えきれない。
身体は動かないのだが、口は動く。
ラミーシャは機嫌良く、ずっとしゃべっている。
ときどき笑うときに腹筋が震え、損傷した神経を刺激して激痛が走る。
それでも懲りずに、またしゃべって、笑って、痛みに顔をしかめる――それを繰り返していた。
授業中で友達の来ない時間は、マリトにボルディアの生活や習慣などの話をしてくれた。
マリトも、自分の元の世界の仕組みや技術について語った。
◇参考挿絵:お見舞いに大いに談笑する
負傷の回復は、驚くべき速さで進んだ。
水属性魔法による治療補助効果があるからだという。
その後の数日間のリハビリの結果、松葉杖を使えば一人で歩けるまでに回復した。
そして、ようやく自分の部屋に戻ることができた。
学園の学生寮で、シノハがルームメイトだ。
彼女はラミーシャの回復を心から喜び、マリトのボルディアへの来訪を歓迎してくれた。
翌日からは、朝礼で倒れて以来、ずっと休んでいた学園への復帰が認められた。
この間、ラミーシャの協力を得て、マリト自身も少しずつ身体を自分の意思で動かせるようになった。
まだ、会話はできないが、声を発するところまではできるようになっている。
◇
異世界になじむという面では順調であったが、マリトにはこの世界に来る前の出来事に対する後悔が重くのしかかってくる。
最初は明確ではなかったが、日増しに明確になってくる。
ラミーシャがいつも賑やかなのはありがたかった。
過去のことを思い出さずに済むからだ。
だが、ひとりになる、眠る前と目覚めのときには、どうしてもあの日の出来事に向かい合うことになる。
――どうしてあのとき手を伸ばして武器を取れなかったのか。
――答えはわかっている――臆病で決められなかったからだ。
――かつて自分を救ってくれたコリーンが助けを求めたのに、助けようとはしなかった……
――どうしてあのとき手を伸ばして武器を取れなかったのか。
後悔の想いが、また無限ループをはじめる。
「お父さん、大丈夫ですか?」
「この世界に来てから、毎朝つらそうにしていますよね」
「お役に立てるかわかりませんが、何が起きているのか、聞かせてもらえませんか?」
――起きたことを話したら、ラミーシャはどう思うだろうか。
――軽蔑されるかもしれない。
『間違って召喚されたのかもしれない』と知れば、裏切られた気持ちになるかもしれない。
しかし、彼の人格を受け入れてくれている彼女には知る権利があるとマリトは思う。
それに、うれしさもつらさも、彼女とは感情の一部を共有している。
つらさの裏に何があるのかを知ることは、彼女にとって不可欠なはずだ。
「わかりました」
「話を聞いたら、私のことを軽蔑するかもしれません」
「もしそう感じたら……正直に言ってください」
――どこから話を始めようか。
――二日前、コリーンのメッセージを受け取ったところからだな……
『先輩には、これからダンジョンに行って、この装備で『右腕』を回収してきてほしいんです』
彼女からのあの依頼が終わりの始まりだった……
マリトは、この世界に来る前に起きた出来事を語り始めた。
【次回予告】
毎朝夢で蘇る前世の最後の記憶に苦しむマリトは、心配してくれるラミーシャに、転生前の出来事を語ることにしました。次回は、惨劇に巻き込まれるきっかけとなった、後輩からの奇妙な回収依頼について話し始めます。