【人月心話】あのー、剣と魔法の異世界の案件なんですが、元ITコンサルの賢者様なら解決できますか? 作:Kimoto Hiroshi (KH)
コリーンは何かに気づいた表情を見せると、つぶやいた。
「そういう……ことか」
そして、決然と叫んだ。
「やらせへん。私が、守る!」
そう言い放つと、彼女は窓へ向き直り、腕を拡げた。
「Get down!全員、伏せて!」
次の瞬間、ガラスが砕ける鋭い音が室内に響いた――
窓から冷たい風が吹き込み、雪がブラインドを揺らす。
その直後、コリーンの体が弾かれたように揺れ、ぐらりと膝から崩れ落ちた。
◇参考挿絵:腕を広げて見えない敵の攻撃に立ち塞がる
惨劇が起きる約1時間前。
マリトは、パーセプモーション・テクノロジーのオフィスに到着した。
社員はすでに退出しており、関係者だけが残っている。
関係者とは友田真路(ともだまこと)社長と主席アーキテクトのコリーン、そしてマリトだ。
三人とも東京湾岸大学の古楠研のエーテルアームのプロジェクトに関わっていたということになっているが、本来の関係者は友田社長とコリーンだけである。
マリトは実験に協力していただけの薄い関係なのだが、論文執筆を手伝わされたせいで巻き込まれている。
友田社長は、40代後半の精悍な男性で、マリトの大学時代の指導教官であり、前職で挫折した自分に新しい機会を与えてくれた恩人でもある。
コリーンは、若干22歳にして会社の主席アーキテクトを務める天才エンジニアだ。
黒髪のボブカットに鼻筋の通った細面と、切れ長の涼しげな目が聡明さを漂わせている。
マリトとは大学の後輩で、前職も同じという腐れ縁だ。
マリトは社長からの呼び出しを受けて、コリーンと一緒に応接室へと向かった。
応接室のドアの前には、コリーンと同じくらいの身長だが、がっしりとした東洋系の女性兵士がひとり立っていた。
――かなりの重武装だな……気が滅入ってきた。
応接室のドアを開けると、中には友田社長の他に、巨漢の黒人兵士と背の高い白人の女性士官がいた。
コリーンが口に手を当て、驚いたように声をあげる。
「ソラ、どうして、あなたが?」
動揺を隠せない様子でそう言うと、彼女は女性士官に駆け寄り、抱きついた。
部屋の窓は、床から天井まで一面のガラス張りで、いつもは大通公園の向こう側に立ち並ぶビル群が見渡せる。
しかし、今日はブラインドが下りていて外は見えない。
元は社長室だったが、社長がオープンスペースに引っ越してきたため、やけに広い応接室になっている。
――ずいぶん物騒だぞ……こんな話だったのか?
マリトは1週間前、この会議室で行われた打合せの内容を思い返した。
◇
1週間前、同じ応接室には東京湾岸大学の古楠研のエーテルアームのプロジェクト関係者の三人が集められていた。
ディスプレイには、米軍施設との秘匿回線で結ばれた遠隔会議の画面が映し出されている。
パーセプモーションは機密性の高い情報交換が必要になることがあるため、社長室も兼ねた応接室には秘匿回線が引かれ、部屋自体も他の居室より堅牢な造りになっていた。
交信相手は米国防総省の傷病兵支援研究機関所属のソラ・カーニクス中佐だ。
このオフィスで管理されているエーテルアームの初期プロトタイプを回収するのが目的だそうだ。
所要時間は15分ほどだが、安全面の配慮から直前連絡をするので、関係者は1時間以内に出社できるところでの待機が求められた。
中佐は会議画面に世界地図を表示しながら説明をはじめた。
「今回の背景を簡単にお伝えしておきます」
地図には世界各地を覆うように赤い染みが表示されている。
「この赤い部分は、『演算障害』を引き起こしているMD粒子波の影響範囲、いわゆる『エーテル場』を表示しています」
「『演算障害』というのは、高性能の情報機器に特有の情報の流れを感知し、それを阻害するものです」
「つまり、赤いエリアの中では、それらの高度な情報機器の動作が不安定になります」
中佐の説明によれば、状況は急速に悪化していて、ここ札幌周辺ではまだAIを利用できるが、すでに東京の中心部では実用に耐えなくなっているということだ。
コリーンが口を開いた。
「それは、世界規模のエーテル場を発生する装置が稼働しているということですよね」
「停止できないのですか?」
「停止のための作業計画を練ってはいますが、下手に停止を試みると、プログラムがさらに厄介なものに進化してしまう可能性があるので慎重に進めています」
この装置はもともと拠点防衛用のものでエーテル場も拠点だけの範囲の限定的なもので、演算障害を引き起こすようなプログラムではなかったらしい。
自らを攻撃から防御できるように、ボタニカル指向言語の特徴を利用した進化能力を与えていたのが裏目に出て、繰り返し行われた侵入の試みに対抗するうちに、過剰防衛的なプログラムになってしまったとのことだ。
「来週の訪問の目的ですが、MD粒子を利用した『リフレクター』と呼ばれる素子の回収です」
「リフレクターによる思念操作技術は、軍事利用の観点からの重要性はもともと認識されていて、厳重な機密管理下に置かれていました」
――リフレクターか……オレの実験中に偶然発見されたものだ……
マリトたちが実験中に偶然発見したもので、エーテル場の中で電力など他のエネルギーを使うことなく、人間の思念による操作を可能にする。
次世代義手のエーテルアームシリーズでも利用が計画されていたものだ。
「ところが、最近になってMD粒子に新たな性質が発見され、その重要度がさらに高まりました」
「そのため、リフレクターを回収し、一層厳重な管理が必要になったのです」
「現存するリフレクターは、すでに我々によって回収済みで、残っているのはエーテルアームの初期プロトタイプのものだけです」
コリーンが質問した。
「新しく作ることができるなら、回収しても意味がないのではありませんか?」
「現状で、新たに作ることはできませんし、今後も作れないようにする計画です」
幸か不幸か、MD粒子の発生やリフレクターの作成に必要なパターンを組み込んだシステムは、演算障害のため正常動作しなくなっており、新たな作成につながる情報は封印するということだ。
◇参考挿絵:遠隔会議で説明を受ける
一昨日、マリトはアーム回収の話を受けて、実験で使っていたエーテルアームを大学の研究室にまで取りに行ったのだった。
しかし、回収してきたアームの入ったバッグは、コリーンの研究室に置いたままだ。
――オレの行った回収とこの来客は関係がない?
――だとすると何のために特殊装備で大学まで行ったんだ?
――だいたい、こんな物騒な話だとは聞いていなかったし……
マリトにとって一連の出来事は説明のつかないことだらけだ。
コリーンが抱きついた女性は、先週の遠隔会議で説明をしてくれた、米国防総省の傷病兵支援研究機関所属のソラ・カーニクス中佐だ。
年齢は40歳くらいだろうか。身長は170cmを超え、ブロンドの髪を後ろに束ねている。
画面からの印象よりずっと精悍だ。
駆け寄ってきたコリーンをやさしく抱きしめ返し、落ち着くのを待った。
「元気だった?会えて本当にうれしい」
「ジェイミーも会いたがっていたわ」
コリーンは、中佐の腕の中で小さくうなずいた。
中佐は数年前のアフリカ某国での反政府軍との交戦時に負傷して両腕を失った。
しかし、古楠教授が設立した企業で開発された、先端義手『シナプスアーム』によって、日常の生活を取り戻すことができた。
その後、彼女は傷病兵支援研究機関に移籍し、古楠ファミリーとは家族ぐるみの交流が続いた。
当時ハイスクールの学生だったコリーンが、ひとり息子のジェイミーと遊んでくれた記憶が鮮明に残っている。
自分の両腕を設計したのが、そのハイスクールの少女だったという事実を知ったときには驚いたものだった。
◇
マリトは、自己紹介の後、他の二人とともにソファの奥側に腰を下ろした。
中佐は対面のソファに、背筋を伸ばしたまま浅く座る。
男性兵士は、立ったまま少し離れて中佐の背後に控える。
中佐が説明を始める。
「本日は、機密オブジェクトの回収へのご協力感謝いたします」
「パーセプモーション前社長の古楠先生には、エーテルアームのプロトタイプを我々が提供したセキュアストレージで管理していただいていました」
「その管理者は、現在、ミス古楠に引き継がれています」
「ですが、操作は我々の立ち会いのもとでしか許可されません」
「本日伺ったのはそのためです」
「実は、一昨日まで私の部署が管轄している旭川の施設のシステムトラブルが解決できず、別の士官に代理を依頼するか迷っていたところでした」
「それが、昨日になって解決したので、責任者である私がこうして伺うことができました」
――昨日解決したオレの担当案件のことだな。
そう思って、コリーンを見ると顔面が蒼白になっている。
―― 何か想定外のことが起きているのか?
友田社長が護衛兵に目をやりながら口を挟んだ。
「想像していたより物々しいのですが、回収には危険を伴うのでしょうか?」
「はい。我々と敵対する勢力もリフレクターに強い関心を持っている点では慎重を要します」
「しかし、万一の事態が生じても皆様とリフレクターを守り抜けるよう、万全の体制を敷いていますのでご安心ください」
「ご覧のように、部下二名はフル装備で任務に当たっていますし、その他にも、各種の対策がとられています」
「たとえば、こちらのスーツケース型のストレージは、極めて堅牢に設計されており、万一、奪われた場合でも、適切な処理を経なければ自動的にリフレクターを無効化し、機密を保持できる仕様になっています」
マリトの目がスーツケースに釘付けになった。
――いや、それは安心材料じゃないぞ!
――大学での回収のときにコリーンから聞いた危険なやつだ!
無効化というのは爆発物による物理的な破壊のことだ。
コリーンに目を向けると、彼女は小さくうなずいた。
◇
「では、ミス古楠、エーテルアームの取り出し準備をお願いします」
中佐とコリーンは一番窓際のキャビネットへ向かい、一番下のドロワーを開ける。
そこには、大学にあったのと同じ型のセキュアストレージが収まっていた。
中佐は、両腕が義手のため、耳の後ろに埋め込まれているバイオチップと咬合シーケンス――つまり、歯をカチカチと特定のパターンで鳴らす操作によって認証する。
上部パネルに、白い光でコード入力のガイドが表示される。
同時に、赤い「05:00」の数値が浮かび上がり、カウントダウンを始める。
コリーンが素早くコードを入力すると、左腕のエーテルアームを格納した透明容器がせり出してきた。
中佐は容器ごとそれを取り出し、コリーンとともにソファーへ戻る。
そして、円筒容器の下部にある黒い噴霧器を外し、テーブルの上に置いた。
友田社長が興味深そうに噴霧器を手に取ったのを、目の端で捉える。
たが、中佐は気にせず動作確認に進んだ。
コリーンは中佐の傍らに立ったまま作業を見守っている。
コリーンが情報を補足する。
「中佐のシナプスアームは、エーテルアームと、OS、フレームワークが共通なので、接続確認後、同期させて動作確認ができます」
中佐はうなずくと、少し眉間にしわを寄せ、接続確認の思念コマンドを送る。
コマンドを受け取ると、エーテルアームの上部にあるプレートに付いているLEDが虹色に光った。
次に、中佐は自分の左の手のひらを閉じて開く。
テーブルの上に置かれたエーテルアームも、同じ動作をする。
これで動作確認は無事完了した。
中佐は立ち上がって、ソファーの脇に置いてあるスーツケースの上部を開ける。
内部は、中央に格納用のスロットがあり、その両側に小型の操作パネルが配置されている。
◇
中佐がテーブルのエーテルアームに、手を伸ばそうとした瞬間、黒い噴霧器がテーブルの上をコリーンの方へ転がり足元に落下した。
友田社長が手にしていたものだ。
「すまない、それを……」と、社長が声をかけた。
コリーンは手を伸ばしかけて止まった。
そして、何かに気づいたように表情を変える。
「そういう……ことか」
次の瞬間、彼女は腕を拡げて、ブラインドで閉ざされた窓に向かって振り向いて叫んだ。
「Get down! 全員、伏せて!」