あのー、剣と魔法の異世界の案件なんですが、元ITコンサルの賢者様なら解決できますか?   作:Ningets

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【あらすじ】
ITの存在しない剣と魔法の世界に召喚され、異世界の少女の第二人格として転生した、IT企業のコンサルタントのマリトが、召喚前の出来事を回想する――
マリトは後輩コリーンの依頼で『右腕』の義手であるエーテルアームを回収するため、母校の研究棟にある彼女の研究室へ向かう――


Ⅱ-03 ダンジョン最下層から右腕を回収できますか?

マリトの母校である「東京湾先端技術大学」は、その名の示すとおり、東京湾岸エリアに位置している。

ホテルのルームサービスで朝食を済ませると、地下鉄で新橋に出て、そこからゆりかもめに乗り換える。

 

三月の東京は、雪の札幌とは異なり、少し肌寒いものの、春の訪れはそこかしこに感じられる。

ゆりかもめは、自動運転で東京湾岸を走る新交通システムと呼ばれる鉄道の一種だ。

車窓からは、朝の陽光を受けて青くきらめく東京湾が眼前に開ける。

右側に、コミケなどの大型イベントで知られる「東京ビッグサイト」の巨大な建物が見えてくる。

 

 

最寄り駅で降りて、大学までの道を歩く。

駅から大学へは、しばらく緑の多い公園のエリアが続く。

 

左手首のスマートウォッチに目をやったときに、ふと思い出した。

――そういえば、最初にコリーンに会ったのは、この公園だったな……。

あのとき、彼女はまだ高校生だった。

――あれから、もう四年も経ったのか――

 

かつて所属していたAIイノベーション学科のある建物へと向かう。

この建物は五階建てでありふれた構造だが、学生からはダンジョンと呼ばれていた。

 

各階で様々な研究設備があり、良くわからない装置などが置いてあり、迷路のようになっていたからだ。

しかも、最上階に学部長室があり、出張が多く滅多に会えない上、大柄な教授だったので、ラスボスと呼ばれていた。

 

「研究棟に着いた」

「はい。こちらからも見えています」

「エレベーターで五階へ行ってください」

 

マリトはエレベーターに乗ると、五階のボタンを押した。

ドアが閉まり、動き始める。

現在階を示す数字が、1、2、3と増えていく。

――ん?これは?

「このエレベーター、下がっていないか?数字は上がっているけれど」

 

「はい。その数字はフェイクで、実際には降りています」

「コリーンの研究室は五階にあったと思ったけど?」

「はい。本当の私の研究室は地下にあったんです」

 

 

当時、学部二年生であったコリーンには、例外的に個室の研究室が与えられていた。

義手・義足の研究計画は、彼女の父親である古楠教授が米国に戻ったタイミングで大幅に縮小された。

しかし、教授の研究に深く関わっていたコリーンだけは日本に残り、研究を継続した。

 

なぜ、彼女は、父親と一緒に米国に戻らなかったのか。

なぜ、本来なら米国で行うべき研究を、日本で行っていたのか。

そもそも、極秘裏にどんな研究をしていたのか――

いずれも、研究室のスタッフにとって不可解な謎だった。

 

そして、約一年後、マリトが大学院2年、コリーンが学部3年になったときに、古楠教授の訃報が届いた。

詳細は知らされなかったが、事故死とだけ伝えられた。

軍事・国防に関わる重大な研究に関連していたのではないかという噂もあった。

 

その半年後、マリトは修士二年で大学院を修了、コリーンは三年生で早期卒業を果たした。

友田准教授は大学を去り、古楠教授の立ち上げた「パーセプモーション・テクノロジー」の次期社長に就いた。

 

 

エレベーターのドアが開くと照明が付き、マリトは一歩踏み出した。

目の前にあるのは、彼女以外の立ち入りが一切許されなかった研究室への扉だ。

まさに秘密の地下ダンジョンだ。

 

「先輩の生体認証で入れます」

その声に押されるように、扉へと一歩近づいた。

 

そのとき、突然、針で刺すような頭痛が走った。

一瞬、周囲の景色が二重に見える錯覚に襲われた。

軽く首を振ると収まった。

 

――自分を拒絶しているのか?

 

「先輩、大丈夫ですか?」

「少しめまいがしただけだ」

 

正面のドアに手をかざすと、横に滑って開いた。

明かりが点く。

 

室内は細長く、右側面にはスチール製の棚とキャビネットがずらりと並ぶ。

棚の中には何に使うのか見当も付かない装置が、所狭しと置かれている。

奥には、八面のディスプレイが並ぶ広めのデスク。

さらに、大きな窓があり、外が見える。

 

一瞬、地上に戻ったかと思ったが、すぐに投影画像だと気付く。

ブーンという低い振動音が部屋全体にかすかに響いている。

左側面の壁には、ラックに収まった多数のコンピュータが並び、無数のLEDが明滅している。

 

「……この部屋、まだ生きているんだ」

マリトは小声でそうつぶやいた。

――まさに、ダンジョン最下層だな。

――異世界生物の一体くらい出てきても不思議はない雰囲気……

 

「ひいっ」

ふくらはぎを何かが触れ、思わず悲鳴が漏れた。

「先輩、ようこそ、私の部屋へ」

コリーンの声が、足元から聞こえた。

 

そこには、30センチほどの熊のぬいぐるみが直立していた。

なぜか軍隊の士官の制服まで着ている。

 

 

【挿絵表示】

 

◇参考挿絵:地下の研究室で出迎える熊のアバター

 

マリトはしゃがんで目の高さを合わせた。

「コリーン……なのか?」

「はい、私のアバターです」

「もう、驚かさんでくれよ。心臓が止まるかと思った」

 

骨伝導越しに話すのとはちがって、妙に本人と対面で話をしているような気になる。

「話しているのは私ですが、動きはAIが空気を読んでつけています」

 

――コリーンに研究テーマを聞いたとき『電子ペットのAI版』だと言ってたのはこいつのことか。

 

「ガイドするので、私を抱っこしてください」

「はいはい」

 

熊が腕を上げて進行方向を指し示す。

「このまま奥に進んでください」

「下から一段目のドロワーを引き出してください。先輩の生体認証で開きます」

 

指示どおりに開けると、中には金庫のような長方形の筐体がしっかり固定されていた。

その上面には、光沢のある黒いプレートがはめ込まれている。

 

「……なんだこれは?」

「はい、機密レベルの高いセキュアストレージです」

「掌紋認証を行います」

「認証が通ると、五分間だけ操作できます。その間に確認コードを入力してください」

 

「間に合わなかったら?」

「内部保護機構が作動します」

 

「こちら軍用に開発されたもので、内部のものを完全に破壊し、意図しないアクセス者も合わせて排除するための爆発物がセットできるようになっています」

「が、こちらは国内仕様なので、セットされていません。」

――これ明らかに余計な情報だろう。

 

「代わりにサイレントアラートが警備チームに飛びます」

「それと同時に、内部に腐食性ガスが放出されて、内部のデータが不可逆的に破壊されます」

――このケースと同じ仕組みだな。命にはかかわらないならいい……

 

「私をそのドロワーの上あたりに乗せてから、先輩の左手をプレートに載せてください」

「本来は士官同席でないとロック解除できない仕様ですが、この子には士官用のバイオチップのダミーが入ってます」

――これは聞かなかったことにしよう。

 

マリトが指示通りに左手をプレートに載せると――

白い光のラインが走り、中央部にキーボードが、右側に 3×4 の入力欄が現れた。

その上に赤い『5:00:00』が浮かび、カウントダウンが始まる。

 

耳元で教えてもらいながら、コードを打ち込む。

『ELP SYK ONG ROO』

「何か意味のあるコードなの?」マリトは尋ねた。

「……特に意味はないです」

 

マリトがエンターキーを押すと、開口部が開き、アクリル製の円筒がせり出してきた。

透明の容器の中にエーテルアームの右腕が収納されている。

「何かの映画のシーンで似たようなものを見た覚えがあるんだけど……」

「はい。参考にして作りました」

マリトは肩をすくめる。

 

腕の中央部には黒いプレートが取り付けられている。

「これ、昔、実験で使っていたやつだよね?」

「はい。そうです」

床に一度落としたことがあり、そのときに付いたプレートの傷に見覚えがある。

「研究室の隅のテーブルの上に置きっぱなしになってたやつ」

「はい」

 

「今は、なんでこんなに厳重に管理されているの?」

「私にもよくわかりません」

 

マリトは円筒の容器を抜き、静かに床の上に置いた。

そして、円筒の容器から腕を引き出そうとしたそのとき――

 

再び、刺すような頭痛が走った。

視界が二重にぶれる。

「っ……」

だが、すぐに収まった。

 

「先輩、どうかしました?」

「いや、なんでもない」

 

改めてエーテルアームを引き出し、格納ケースの中に丁寧に収める。

開閉口を閉じて、立ち上がった。

透明の円筒容器をドロワーに戻して、開閉ボタンをタップする。

容器は音もなく奥に沈み、丸い開閉口が自動で閉じた。

 

ドロワーを押し込むと、エーテルアームで重くなったバッグを担ぐ。

――回収完了だ。

 

出口まで見送りに来てくれた熊のぬいぐるみに声をかけた。

「じゃあ、また午後に札幌で」

ぬいぐるみAIは、空気を読んで、敬礼で応えた。

 

 

【挿絵表示】

 

◇参考挿絵:地下の研究室から右腕の義手を回収する

 

そのころパーセプモーションから通りを隔てた向かいのマンションでは、男が準備に取りかかっていた。

 

ベランダに出て、眼下を見下ろす。

雪をまとった大通公園が左右に広がり、車も歩行者も絶えない。

 

ベランダの柵は細く、窓を開ければ屋内から狙撃が可能だ。

男はそう判断すると、スーツケースを床に置き、中身を手際よく並べ始めた。

 

窓際にはギターケースから取り出した、銃身の長いライフルを三脚に据えつける。

足元には、ノートPCを置き、照準ユニットと接続した。

 

設置が終わると、男はヘッドセットを装着する。

上空でホバリングしているドローンから、送られてくるデータを確認した。

狙撃条件に問題はない。

ターゲットまでの距離、148.5メートル。

 

狙撃支援AIがドローンのセンサーとカメラの映像を統合し、かつては人間のスポッターが担っていた役割を果たしている。

「この調子だと、狙撃手までいらなくなるのは時間の問題だな……」

そうつぶやくとタブレットを取り出し、ターゲットである士官、戦闘員、傷付けてはならない民間人の情報の確認を始めた――

 

――惨劇まで、あと5時間。




【次回予告】
マリトは無事母校の研究室からエーテルアームを回収し、持ち帰ることができました。次回は本社の応接室で、もう一つの腕の回収についての説明を受けます。――そして、惨劇が始まります。
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