【人月心話】あのー、剣と魔法の異世界の案件なんですが、元ITコンサルの賢者様なら解決できますか?   作:Kimoto Hiroshi (KH)

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閑話1 ソラ・カーニクスと見えない狙撃者

米国防総省の傷病兵支援研究機関所属のソラ・カーニクス中佐は、パーセプモーションのオフィスの応接室でエーテルアームのプロトタイプの回収に赴いていた。

 

そこで、かつて作戦で失った両腕に代わる先端義手を設計し、ひとり息子のジェイミーをかわいがってくれた、年若いパーセプモーションの主席技師であるコリーンと再開することができた。

 

その彼女が、いま、腕を拡げて、ブラインドで閉ざされた窓に向かって振り向いて叫んだ。

「Get down! 全員、伏せて!」

 

ガラスが砕ける鋭い音と共にコリーンの体が膝から崩れ落ちた。

窓から冷たい風が雪と共に吹き込む。

ブラインドが揺れる。

 

ソラは即座に反応し、身を伏せる。

その瞬間、さっきまでソラの頭があった空間を、何かが切り裂いた。

かすかな風が彼女のうなじをなでる。

同時に、背後の壁に弾丸が激突する音が響いた。

 

背後を守っていた部下の巨体が重々しい音を立てて床に倒れる。

続いて、そう言って、ドアの外にいた部下が頭を出した瞬間、頭部に被弾し倒れた。

 

ソラはすばやく状況を確認する。

――窓側からの狙撃だ。部下が二人ともやられた。

――なぜ、ブラインドで見えないはずの外から精密射撃ができる?

――仕組みはわからないが応戦だ。

咬合認証で口を動かした後、「狙撃者を特定して排除。最優先」とつぶやいた。

 

ソラはソファーを動かして、狙撃手からの射線を塞ぐ。

――敵が動けるのも警察が到着するまでが限界のはずだ。

 

ソラはコリーンの怪我の状態を確認する。

撃たれたのは太ももだが出血がひどい。

動脈に近い場所に被弾したのかもしれない。

 

止血しながら尋ねた。

「どういうこと?」

言動から何か事情を知っているのではないかと思ったのだ。

 

「ある人が今日何らかの形で襲撃があるかもしれないと知らせてくれたんです」

「でも事情があって、それを伝えることができなくて……」

――私が現れたことで、あんなに動揺してたのはそれが理由か……

 

「そうですか……」

銃弾に倒れた部下達の姿が頭をよぎったが、振り払った。

「命拾いしました。ありがとう」

「でも、もう無茶はしないでください」

 

――さて、敵は狙撃手だけではないはずだ。

そう思った矢先だった。

ドアの外を守っている部下がいた場所から、マシンガンによる断続的な発射音が聞こえてきた。

 

「襲撃者2名」

「1名を無力化。少なくとも1名残存」

部下の女性兵士の声だ。

――よかった。先ほどの銃撃は致命傷ではなかったようだ。

 

女性兵士は、スチール製のドアを盾に応戦している。

彼女がいるドアに時折、弾丸が当たる音がしている。

 

サイレンの音が聞こえてきた。

現地の警察がほどなく到着するはずだ。

――その前に義手を回収しなければ……

 

ソラは、テーブルの下から右腕を伸ばして、エーテルアームをつかもうとする。

途中で「ガシン」という音がして、弾丸がソラの右腕にぶつかって跳ねた。

義手を装着している肩に衝撃が走り、思わず腕を下げる。

 

――相手はどうやってこちらを見ているんだ?

それに応えるように、コリーンが痛みに顔をしかめながら、エアコンの左側の吹き出し口を指さした。

拳銃を抜いて撃つ。

カメラらしいものの残骸が落ちてきた。

次にブラインドの上部のカバーの右端を指さす。

 

 

【挿絵表示】

 

◇参考挿絵:仕掛けられたカメラを破壊する

 

大通を挟んで向かいにあるマンションの男は、想定外の展開に苛立っていた。

――あのいまいましい民間人の女が邪魔を始めるまでは順調だった。

 

男が狙撃準備を完了したのは米国士官達が応接室に入る1時間以上前だった。

男は右目をスコープに当てながら、左目の視野で、PCに映る複数の画面を捉える。

 

事前に応接室に設置された三台のカメラは、それぞれの画像をネットワーク越しに3Dモデル生成モジュールに送り出す。

生成された3Dモデルは、照準画像生成モジュールに渡され、スコープ内には、ブラインドを透過した室内映像が表示される。

 

PCの画面には、複数の角度からのカメラ画像が示され、広域の現場の様子が確認できる。

男の覗き込むスコープにはクリアな室内の様子が映し出され、着弾予想点を示す赤いクロスヘアも示されている。

 

支援AIからは状況が刻々と伝えられてくる。

「外気温、摂氏5度。南東の風。風速5メートル」

「ターゲットまでの距離、148.5メートル」

「雪は降り始めているが狙撃に支障なし」

 

敵を牽制し、別働隊が指定オブジェクトである義手――エーテルアームと呼ばれているらしい――を回収するのを援護するのが任務だ。

ターゲットは敵の女士官、護衛の兵士2名、民間人は殺傷してはならない。

 

女士官が部屋に現れ、ソファーでの説明を行い、キャビネットから義手をソファまで運んで戻るまでの間、クロスヘアはずっと彼女の頭部を追尾していた。

丸見えのターゲットを狙い撃ちする簡単なミッション……のはずだった。

 

ところがソファに戻ってから、動作検証をしている間、ずっと民間人の女が射線の間に入っている。

支援AIを通じて、事態の打開を要請するが、状況に変化はない。

 

――しかたない、民間人の女への射撃許可を求めるか……

そう思った矢先、民間人の男性の手から何かが転げ落ち、民間人の女の頭がわずかに下がった。

 

――もう少し下がれば狙える。

だが、男の期待に反して頭は逆に位置を戻した。

しかも驚くべきことに、彼女はまるで見えているかのように、手を広げてまっすぐにこちらを見据え、何かを叫んだ。

 

――このままではまずい。やむを得ない

民間人の女の足を撃つ。

「民間人1の脚部に命中。体勢崩壊。士官への射線クリア」――支援AIが報告する。

 

次弾で女士官の頭部を狙うが、士官の動きの方が早かった。

「ミス。右に0.1ミル」

ソファの影に隠れて狙えなくなったが、オブジェクトから引き離すことには成功した。

 

間を置かずに、男の護衛、女の護衛、を順次狙撃。

男は動かなくなったが、女の方は、程なく立ち上がって、スチール製のドアに隠れる。

 

現場での回収に手間取ると、撤収が難しくなる。

すでにサイレンが近づいており、残されている時間はわずかだ。

――突入部隊は何をしている?

 

 

モニターのひとつに、奇妙な動きが映った。

民間人の女が腕を上げ、まっすぐこちらを指さしている。

 

――何をしている?

そう思った瞬間、モニター画面が真っ黒になる。

スコープの部屋内部の映像にグレイの死角が生じる。

「内部カメラ1の機能停止」と支援AI。

 

続けて、隣のモニター画面も黒くなる。

同時に、スコープ映像の死角が増える。

「内部カメラ2の機能停止」

 

――なんて女だ。どうしてカメラ位置がわかるんだ。

続いて、最後の画面も黒くなり、応接室の内部は見えなくなった。

割れたガラスと、一部が破損したブラインド越しに、部屋の一部が見えるだけだ。

――もう狙撃は不可能だ。撤収するしかない――男はそう思ったが、

 

「緊急モードで補正を再開」狙撃支援AIが告げる。

――別角度のカメラが生きているのか……

 

画面がひとつ復旧し、内部の様子が再び見えるようになる。

――ここは発砲を控えてターゲットの隙を誘う……

 

スコープの向こうで、士官が様子をみながらゆっくりと頭を上げる。

さらに数秒待つ。

ついに、士官の頭部全体を照準に捉えた。

 

男は、頭の真ん中にクロスヘアを合わせ、引き金を引いた。

後頭部に弾丸が着弾し、士官は再びソファーの陰に崩れ落ちる。

――よし。これで任務完了だ。

 

しかし、男は何か引っかかるものを感じた。

――支援AIが命中の報告を上げてこない――

気付くのにかかった数秒間が命運を分けた。

 

視界の端に、白い何かがベランダの下側から上がってくるのを捉える。

――しまった。時間をかけすぎた。

 

 

「狙撃者を特定して排除。最優先――」

パーセプモーション社の建物の上空、高度30メートルでホバリングしていた、ドローンは、ソラ中佐から命令を受けた。

監視任務に就いていたドローンは、そのときには、すでに異常を感知していた。

 

今回のミッション遂行のスポットである会議室の窓ガラスに生じた異常から、狙撃の可能性を推定。

さらに狙撃者のおおよその位置を特定し、指示があり次第、作戦行動に移れるように、車内で待機している僚機をスタンバイさせた。

 

指示を受けると、標準戦術手順に従って、二機体制での行動計画を組み上げた。

自機を指揮機、僚機を攻撃機と位置づけ、自身はさらに高度を上げて、狙撃者のいる建物へ向かう。

攻撃機には、敵からの探知を避けるために低空で建物へと向かうよう指示する。

 

指揮機は、狙撃者を支援に使われている敵ドローンを確認すると、その真上の位置へ移動した。

そして、下方の敵ドローンに、細いスチールのワイヤーで編まれた捕獲用のネットを射出する。

 

上空からネットをかぶせられた、敵の狙撃支援ドローンは、ネットから延びる多数のワイヤーの一部をプロペラに巻き込んだ。

プロペラが停止し、制御を失ったドローンは落下、機能を喪失した。

 

攻撃機は狙撃手のいる窓まで上昇した。

狙撃銃に体を添える狙撃者を捕捉すると、そのまま一気に接近し、搭載しているプラスチック爆弾を起爆する。

爆音と共に、無数の金属片が部屋中に高速で打ち込まれた。

 

 

【挿絵表示】

 

◇参考挿絵:狙撃手を攻撃する武装ドローン

 

ソラの後頭部をかすめた銃撃により、再び身を伏せることになったソラは、遠くからの爆発音を聞いた。そして銃撃が止まった。

――ドローンが仕事をしてくれた。

――数秒、待てばよかった。判断ミスだ。

 

狙撃手が排除されたことで、行動の自由が取り戻せた。

しかし、銃弾は脳震盪を起こすのに十分な衝撃を与えていた。

立ち上がろうとするのだが、下半身に力が入らない。

 

義手の両腕を使い、セキュアストレージへ這う。

普段なら一歩で届く距離が、ひどく遠い。

 

永遠とも思える時間をかけて、片膝を立て、右腕を伸ばしてエーテルアームをつかむ。

そして、開いているスーツケース型のセキュアストレージのスロットに差し込んだ。

――あともう一息だ。

 

咬合シーケンスでコマンドを伝えると、ロックボタンが点滅を始める。

――このボタンを押せばミッション完了だ。

左腕を伸ばす。

 

あと、10センチ、5センチ――ようやく点滅しているボタンに指が届きそうになった、そのとき――

背後でコリーンが「止めて!」と叫んでいるのが聞こえた。

 

振り向いた右のこめかみに、銃声とともに衝撃が走り、仰向けに倒れた。

左腕はボタンを押すため宙へ向けて伸ばしたままだ。

 

薄れていく意識の中で、コリーンの悲痛な声が聞こえる。

「ソラアーッ!」

 

 

至近距離で撃たれたソラ・カーニクス中佐は自分の最期を悟った。

誰に撃たれたのか分からなかったが、もうどうでも良いと思った。

部隊は全滅。ミッションは失敗。

自分も、もう長くはもたない。

 

この失敗が何を招くのか、ソラにはわからない。

おそらく厳しい時代が来るのだろう。

だが、見届けることはできない。

 

――部下二人にも、コリーンにも、悪いことをした。

――ジェイミーは悲しむだろうな。

 

――10歳の誕生日には戻るって、約束したのに、守れなくて、ごめん。

――フレッド、そろそろ二人目がほしいって言っていたのに、ごめん。

――ジェイミーのこと、お願いします。

 

――厳しい時代になるけど、二人とも幸せになって……

――私のこと――ときどき、思い出してくれると、いいな……

 

宙に伸びていた左腕が徐々に下がり、床に触れたところで動かなくなった。

 

 

拍動が停止し、視界が薄れていく……

しかし、ソラの意識はまだ残っていた。

 

それは夢なのかもしれない。

いわゆる臨死体験なのだろうか。

 

ソラは自分が公園のパーティ会場にいることに気付いた。

芝生の上に白いテーブルとチェアが並んでいる。

服装から見て、結婚のお披露目のパーティのようだ。

 

「ぎりぎり間に合ったみたいね」

ソラは、そうつぶやいた。

すぐ近くのテーブルで、フレッドがうつ伏せに寝ているのが見える。

 

「その腕時計、私が最後の任務で着けていたものね」

「『私も一緒に』って意味なのね。ありがとう」

「うれしいけど、酔っ払って寝てちゃダメじゃない」

 

「もう、いつもいつも、詰めが甘いんだから」

「ちょっと太ったかしら?でも元気そうで、よかった」

 

一群の男性陣にもみくちゃにされていた青年が、ひとりの女性の手を引きながら、抜け出してくるのが見えた。

「見つけた。ジェイミー」

ソラはひとりつぶやいた。

 

短く整えたブロンドの青年が立ち止まり、何かに気づいたようにこちらに目を向ける。

優しいまなざしが印象的だ。

「素敵な青年に育ったのね。ありがとう、フレッド。寝てたこと、許してあげる」

 

手を引かれているのは、彼と同じくらいの年頃の、長身で細身の女性だった。

彼の様子を見て、不思議そうにこちらに目を向ける。

 

「そう。あなた、その娘を選んだのね」

細面の優しい顔立ちだが、薄い唇に意志の強さを感じる。

「あら、いやだ。ちょっと雰囲気が私に似てるじゃない」

「大切に、するのよ」

 

青年は空中に何かを探すような仕草を続けている。

「私に気付いてないみたいね」

ソラは近づいて、ジェイミーの赤い唇を人差し指で軽く二度タップした。

なぜか、そうするのが良いような気がしたのだ。

 

ジェイミーが、こちらをまっすぐ見た。

そして、にこりと笑った。

軽く手を振りながら、話しかけてきた。

 

「来てくれて、ありがとう」

――声は聞こえなかったが、その言葉はソラに確かに伝わった。

 

ソラも手を振って応えた。

「最後に、みんなと会えて、よかった」

「これでお別れだけど……私はいなくなってしまうけど……みんなのことを、みんなの幸せを、祈っています。ずっと……」

 

そしてソラの自我を形作る思念の束は、ゆっくりと宙にほどけて消えていった。

 

 

【挿絵表示】

 

◇参考挿絵:未来の息子へ別れを告げに訪れる

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