【人月心話】あのー、剣と魔法の異世界の案件なんですが、元ITコンサルの賢者様なら解決できますか? 作:Kimoto Hiroshi (KH)
マリトは「伏せて!」の声に反応しようにも、とっさにはどうすればよいかわからなかった。
動くことができないままガラスが砕ける音を聞いた。
コリーンが体勢を崩して倒れる。
窓から冷たい風が雪とともに吹き込みブラインドを揺らす。
間を置かず、さらにガラスが割れる音がして護衛兵の頭が跳ね飛んだ。
彼の巨体が、重々しい音を立てて床に倒れる。
マリトは慌てて床に伏せる。
――いったい何が起きているんだ!?
「何が起きている?」
そう言って、ドアの外から顔を出した女性兵士の頭部が小さく揺れて倒れた。
まるで映画で見るようなシーンの連続だった。
マリトは、自分がその中にいることを、実感を伴った現実として理解できなかった。
隣で友田社長が中腰になり、ソファーの反対側まで移動して伏せるのを見て、それにならった。
――さすがは社長。こんなときにも冷静だ
マリトは少し落ち着いてきた。
コリーンと中佐がソファを動かしてその陰で動いているのを見る。
近くでマシンガンの発射音がした。
先ほど倒れた女性兵士がドア付近で何かを叫びながら応戦を始めている。
――プロが仕事をしてくれている。大丈夫だ。
マリトは自分に言い聞かせる。
マシンガンの発射音が鳴り続ける中、パトカーのサイレンも大きくなってきた。
――もうすぐ助けが来る。
そう思えるようになってきた。
――ブラインド越しに射撃なんてできるのか?
コリーンが女性士官に何か言って指差す。
中佐が拳銃を取り出して、コリーンが指差した先を撃つ。
カメラの部品のようなものが落ちてくる。
――こんな場面でもコリーンは天才性を発揮するんだ……
力量の違いを改めて思い知る。
――しかし、事前にカメラが仕込まれていた?どういうこと?
窓からの銃弾が容赦なく襲うなかで、コリーンたちは着実にカメラを破壊していく。
そして、着弾が止まった。
中佐がアームをつかもうとしたところに着弾。
中佐はソファーの陰に沈んだ。
遠くで爆発音が聞こえて、再び着弾が止まる。
近くではマシンガンの音が続く中、満身創痍のカーニクス中佐が身体を引きずるように動く。
そして、ついにエーテルアームをストレージに格納するのを見た。
赤いボタンが点灯する。
――成し遂げたのか……中佐の任務遂行への執念の勝利……
マリトがそう思って安堵した、そのときだった。
隣の友田社長が静かに立ち上がる。
気付いたコリーンが「止めて!」と叫んだ。
どこから取り出したのか、友田社長が中佐の頭へ拳銃を向けていた。
中佐が振り返ろうとするのと同時に、至近距離で引き金が引かれる。
「ソラアーッ!」
コリーンの悲痛な叫びが響く。
◇参考挿絵:任務を阻む裏切りの銃撃
友田社長は、中佐に続き、ドアを守っている女性の護衛兵士に対して銃撃を加え、近くまで歩いて行って、もう一度銃弾を撃ち込んだ。
ドアを開けて襲撃者の兵士を入れると、社長は怒鳴りつけた。
「セロディ、貴様!何が精鋭部隊だ。この役立たずが!」
「これだけ準備してなぜ失敗できるんだ?」
「私に手を下させてどうするんだ!」
そして、コリーンの方を向いて言った。
「古楠、君は私が噴霧器を落とした瞬間に、すべてを理解したんだな?」
「とんでもない洞察力だ」
コリーンは社長を見ようともしない。
「余計なことをしなければ、軍人以外は誰も傷一つ負わないはずだったのに」
「天才ってやつは予測不能で厄介だ」
そしてセロディと呼ばれた男に言った。
「彼女にまで怪我をさせやがって」
「死なせずに連れ帰るんだぞ」
「おまえたちの何万人分の命でも釣り合わん」
再び、思い出したように、コリーンに向かって話しかけた。
「言っておくが、彼を巻き込んだのは君だからな」
「どうして、巻き込んだんだ?」
「君の大切な男じゃないのか?」
「いいか。私を逆恨みするんじゃないぞ」
そう言って、マリトの方を向いた。
何か言いかけたが、マリトが目を見開いて何かを凝視しているのに気付いて、やめた。
そして、その視線の先を追った。
マリトはセキュアスーツケースに収納されかけている義手を見ていた。
◇
――やばい、やばい、やばい。
――逃げなければ、殺される。
友田社長がカーニクス中佐と女性兵士を次々に撃ったところを目撃したマリトの頭の中はその思考で埋め尽くされていた。
信頼していた社長が、襲撃者と結託していたらしいということは理解できた。
その事実と同時に、マリトは自分も殺される状況にあることを悟った。
知りすぎてしまったことによる口封じだ。
襲撃者は米国士官の部隊を全滅させている。
無慈悲で強力な組織だ。
天才としての頭脳に利用価値のあるコリーンはともかく、自分にはそんな重要性はない。
マリトはこの状況から脱する方法を考えるのに、頭脳をフル回転させ始めた。
そのとき、セキュアスーツケースから突き出ている義手の手が目に入った。
◇
カーニクス中佐が最後の力を振り絞って行った格納作業は、完了寸前で阻止されてしまった。
そのため、スロットへの格納直前で、エーテルアームの手の部分が突き出されたままの状態になっていた。
その手が動きはじめている――
誰の指示も受けていないにも関わらず……
まるで自らの意志があるかのように――
まっすぐに指を伸ばして開いていた手の形は、人差し指を伸ばした形にゆっくりと変形した。
そして、赤く点灯するボタンをゆっくりと、しかし確かに、二度続けてタップした。
次に、手の指を揃えて開いた形へと戻る。
そして、エーテルアームは、まるで別れを告げるように、手を振るように揺れながら、静かにスロットの奥に沈み、蓋が閉ざされロックされた。
それは、カーニクス中佐の任務への執念の結果だったのか、あるいは偶然の産物であったのか、――
いずれにしても、ミッションはエーテルアームみずからが引き継ぎ、完遂された。
息絶えた中佐の顔には、満足そうなほほえみが浮かんでいるように見えた。
◇
傭兵とコリーンに毒づいていた友田社長が、マリトのほうを向いたとき、彼もエーテルアームが動いていることに気付いた。
慌ててスーツケースに近づくが、時すでに遅く、エーテルアームは内部に格納され、ロックされてしまった。
マリトは、スーツケースの赤いボタンへのタップが、二回されたことに引っかかりを覚えた。
――ロックするには一回タップすれば良いはずだ。なぜ二回なのか?
彼の疑問に答えるように、スーツケースの操作パネルの変化は続いた。
ロックボタンが点滅を始め、「Enter Passcode」の文字が浮かんだ。
二回目のタップはロック解除を意味していたのだ。
そして、規定の待機時間が過ぎた後、赤い文字で「05:00」と表示され、カウントダウンが始まった。
このスーツケースは、格納されている機密を、敵対勢力から守ることを最優先に設計された軍事装備だ。
パスコードを入れられなければ、機密保護モードに移行する。
つまり、5分後、カウントがゼロになった瞬間、内蔵された爆発物による衝撃で、格納されているものを爆砕し、周辺にいるであろう敵勢力を殺傷する。
友田社長に驚きと焦りの表情が浮かぶ。
「これを止める方法はあるのか?」
鋭くコリーンに問いただす。
だが、彼女は力なく首を横に振った。
そして改めて、傭兵に向かって吠えた。
「この無能どもが!結局、この作戦で何も得られなかったじゃないか!」
傭兵の目に憎悪が宿る。
彼には叱責されるいわれはない。
油断して、すぐに回収せず、兵士やコリーンに嫌味を言っていた、社長自身のせいである。
複数のサイレンが階下から聞こえる。
「その娘を連れて、屋上へ行け」
友田社長は指示した。
「時間がない」
「私は別の作業をしてから向かう」
マリトを見つめるコリーンと目が合った。ゆっくりと唇が動く。
「ごめん……なさい」
「たすけて……ください」
マリトは「ごめんなさい」は、巻き込んでごめんなさいの意味だろう、と思った。
実際、おかげで命の危機が迫っている。
「たすけてください」には、無理だという答えしか思いつかない。
何かこの窮地を脱する方法はないかと見回す。
士官の拳銃が床の上、一歩足を踏み出して手を伸ばせば届きそうなところにあるのに気付く。
しかし、恐怖で踏み出せない。
――アニメの世界じゃあるまいし、素人が土壇場で武器を拾って反撃に成功するとか、ありえない。
――弾は残っていないかもしれない。
――動きに気付かれたら撃たれるだけだ。
たとえ短い時間でもより長く生きる方に思考が傾く。
逡巡するうちに、セロディと呼ばれた男がこちらを見た。
「この男はどうしますか?」
「私から言わせるな。自分で考えろ」
友田社長はそう言い捨てると、急いで部屋から出て行った。
男は手を上げたままのマリトの方を向いて、厳しい視線を向けた。
マリトの視線が士官の拳銃に向いているのに気付く。
「おまえ、いま、拳銃を拾おうとして諦めたな」
ばかにしたような笑いを口元に漂わせながら、腰にある拳銃を抜き、銃口を向けた。
危機的状況の中、マリトの頭に交渉材料がひらめいた。
「待ってください、私はもう一本の腕のありかを知っています」
代わりの腕を入手できる可能性を示せば、生かしておく価値があると判断してもらえるのではないかと考えた。
コリーンは首を振る。
「どういうことだ?」
セロディが尋ねる。
「今回、回収しようとしていたのは左腕の義手です。私は右腕の義手がどこにあるかを知っています」
「なので、回収できなかった左腕の代わりに右腕を持ち帰ることができます」
返ってきた答えは予想外のものだった。
「そうか。それは、あのクソ社長がいるときに言うんだったな」
「俺には興味がない」
「あの男が喜ぶようなことは何一つする気はない」
男は言い放った。
「逆に嫌がるアイデアを教えてくれれば、考えてもやっても良いぞ」
「この女を、ここに放置して、ケースの爆発の餌食にできれば良いんだが、命令があるからな」
「そうだな、この足の止血帯を緩めたら楽しい結果になるかもな」
残忍そうな笑みが浮かぶ。
セロディは続けた。
「まあ、いずれにしても、おまえには、生き延びられる選択肢はない」
「反撃する選択肢は、さっき捨ててしまったからな」
「ジ・エンドだ」
「もし、生まれ変わるようなことがあったら、次は別の選択肢があるといいな」
引き金にかかった指に力が入る。
生きたいという最後の本能のあがきで、射線から逃れようと動く。
目をつぶった。目の前は真っ暗になる。
記憶はそこまでだった。
◇参考挿絵:前世の最期に向けられる銃口