あのー、剣と魔法の異世界の案件なんですが、元ITコンサルの賢者様なら解決できますか? 作:Ningets
ITの存在しない剣と魔法の世界に召喚され、異世界の少女の第二人格として転生した、IT企業のコンサルタントのマリトが、召喚前の出来事を回想する――
後輩のコリーンから依頼された『右腕』の義手――エーテルアームの回収を無事終わらせたマリトは、オフィスに持ち帰り、米軍による回収作業に同席するのだったが――
コリーンは、何かに気づいた表情を見せると、つぶやいた。
「そういう……ことか」
そして、決然と叫んだ。
「やらせへん。私が、守る!」
そう言い放つと、彼女は窓へ向き直り、腕を拡げた。
「Get down!全員、伏せて!」
次の瞬間、ガラスが砕ける鋭い音が室内に響いた――
窓から冷たい風が吹き込み、雪がブラインドを揺らす。
その直後、コリーンの体が弾かれたように揺れ、ぐらりと膝から崩れ落ちた。
ソラは即座に反応し、身を伏せる。
その瞬間、さっきまで彼女の頭があった空間を、何かが切り裂いた。
かすかな風がうなじをなでる。
と同時に背後の壁に弾丸が激突する音が響いた。
そして――
背後で反応がわずかに遅れた護衛兵の頭が跳ね飛んだ。
彼の巨体が、重々しい音を立てて床に倒れる。
「何が起きている?」
そう言って、ドアの外から顔を出した女兵士も、頭部に被弾し倒れた。
◇参考挿絵:腕を広げて見えない敵の攻撃に立ち塞がる
惨劇が起きる約1時間前。
マリトは、パーセプモーション・テクノロジーのオフィスに到着した。
休日で、社員は誰もいない。
オフィスに着くと、コリーンの研究室に直行し、回収した右腕の義手――エーテルアームをバッグごと引き渡した。
社長からの呼び出しを受け、一緒に応接室へと向かった。
彼女はいつものラフなスタイルではなく、紺のスーツ姿だ。
回収したエーテルアームの入ったバッグは、研究室に置いたままだ。
――オレの行った回収とこの来客は関係がない?
――だとすると何のために回収を急いだんだ?
マリトの頭に疑問が浮かぶ。
応接室のドアの前には、コリーンと同じくらいの身長だが、がっしりとした東洋系の女性兵士がひとり立っていた。
見たところかなりの重武装だ。
応接室のドアを開けると、中には友田社長の他に、巨漢の黒人兵士と背の高い白人の女性士官がいた。
コリーンが口に手を当て、驚いたように声をあげる。
「ソラ、どうして、あなたが?」
ショックを受けた様子でそう言うと、彼女は女性士官に駆け寄り抱きついた。
部屋の窓は、床から天井まで一面のガラス張りで、いつもは大通公園の向こう側に立ち並ぶビル群が見渡せる。
しかし、今日はブラインドが下りていて外は見えない。
元は社長室だったが、社長がオープンスペースに引っ越してきたため、やけに広い応接室になっている。
◇
コリーンが抱きついた女性は、米国防総省の傷病兵支援研究機関所属のソラ・カーニクス中佐だ。
年齢は42歳。身長は170cmを超え、ブロンドの髪を後ろに束ねている。
駆け寄ってきたコリーンをやさしく抱きしめ返し、落ち着くのを待った。
――ご家族を失ったショックが、まだ癒えていないのだな。
ソラはそう思った。
「お父様はじめ、ご家族のご不幸には、私もとても悲しく思っています」
そして、自分の両腕を示しながら言った。
「この腕は、あなたが設計したものだったのですね」
「私に生きる喜びを再び与えてくれたことに感謝しています。ありがとう」
コリーンは、ソラの腕の中で小さくうなずいた。
ソラは数年前のアフリカ某国での反政府軍との交戦時に負傷して両腕を失った。
しかし、古楠教授が設立した企業で開発された、先端義手『シナプスアーム』によって、日常の生活を取り戻すことができた。
その後、彼女は傷病兵支援研究機関に移籍し、古楠ファミリーとは家族ぐるみの交流が続いた。
当時ハイスクールの学生だったコリーンが、ひとり息子のジェイミーと遊んでくれた記憶が鮮明に残っている。
そして数年後、古楠ファミリーが日本に戻った後に、自分の両腕を設計したのが、そのハイスクールの少女だったという事実を知ったのだった。
コリーンがその後、米国に入国できなくなったことで、感謝の思いを伝えることができなかったことは、ソラに長年の心残りだった。
◇
マリトは、自己紹介の後、他の二人とともにソファの奥側に腰を下ろした。
中佐は対面のソファに、背筋を伸ばしたまま浅く座る。
男性兵士は、立ったまま少し離れて中佐の背後に控える。
中佐が説明を始める。
「本日は、機密オブジェクトの回収へのご協力感謝いたします」
「実は、一昨日まで私の部署が管轄している旭川の施設のシステムトラブルが解決できず、別の士官に代理を依頼するか迷っていたところでした」
「それが、昨日になって解決したので、責任者である私がこうして伺うことができました」
――昨日解決したオレの担当案件のことだな。
そう思って、コリーンを見ると顔面が蒼白になっている。
何か想定外のことが起きているのだろうかとマリトは思った。
「背景を説明します」
中佐はバッグからタブレット端末を取り出すと、アプリを開いて世界地図を表示した。
世界各地を覆うように赤い染みが表示されている。
「これは、MD粒子波が引き起こしている『演算障害』が確認できたエリアです」
「MD粒子は、ご存じのように、古楠先生の研究室で発見され『Maxwell's Devil』にちなんで名付けられた素粒子です」
「『演算障害』というのは、高性能の情報機器に特有の情報の流れを感知し、それを阻害するものです」
「赤いエリアの中では、それらの動作が不安定になります」
「困ったことに、このMD粒子波の影響範囲――皆さんが『エーテル場』と名付けたものが拡大しつつあります」
「状況は急速に悪化しています」
「今の時点では赤く染まっていない、たとえばここ、札幌ではまだAIの利用ができますが、すでに東京の中心部では実用に耐えなくなっています」
様子が落ち着いてきたコリーンが口を開いた。
「地球規模のエーテル場の発生装置が動作していて、そこから演算障害のプログラムが展開されている、ということですね」
「その発生装置は停止できないのですか?」
「はい。現在、停止のための作業計画を練っていますが、時間がかかっています」
「下手に停止を試みると、プログラムがさらに厄介なものに進化してしまう可能性があるためです」
「この装置は、もともとは我が国の拠点防衛用のものでした」
「エーテル場も拠点だけの範囲の限定的なもので、演算障害のような厄介なプログラムでもありませんでした」
「ただ、自らを攻撃から防御できるように、ボタニカル指向言語の特徴を利用した進化能力が与えられていました」
「その防御をかいくぐろうとした敵勢力の執拗な攻撃に対抗するうちに、今回のような過剰防衛的なプログラムに進化してしまったと考えられています」
P2-SP04-1◇参考挿絵:演算障害の状況を説明する
「今回の訪問の目的ですが、MD粒子を利用した『リフレクター』と呼ばれる素子の回収です」
「この素子は、今回発生しているようなMD粒子が作り出すエーテル場の中で、電力など他のエネルギーを使うことなく、人間の思念による操作を可能にするものです」
「御社の次世代義手、エーテルアームシリーズでも利用が計画されていたものです」
「リフレクターによる思念操作技術は、軍事利用の観点からのの重要性はもともと認識されていて、厳重な機密管理下に置かれていました」
「ところが、最近になってMD粒子に新たな性質が発見され、その重要度がさらに高まりました」
「そのため、リフレクターを回収し、厳重な管理下に置こうとしています」
「現存するリフレクターは、すでに我々によって回収済みです」
「すべて回収済みと思われたのですが、つい先日、皆さんの研究室で試作された初期のエーテルアームのプロトタイプの回収が漏れていたことが判明したのです」
「この左腕のエーテルアームは、こちらで管理されていると認識しています」
「これを安全を確保しながら回収するのが今回の我々の任務です」
――左腕?
――今朝大学から持ち帰ったのは右腕だ。
――今、回収しようとしているものとは別なのか?
マリトはコリーンを見る。
だが、彼女は軽く首を横に振った。
◇
コリーンが質問した。
「新しく作ることができるなら、既存のものを回収することに、あまり意味がないように思いますが」
「はい。それが、新たに作ることができないのです」
「MD粒子の発生やリフレクターの作成に必要なパターンは、ミス古楠がスーパーコンピュータを用いて算出したものです」
「ですが、そのパターンを組み込んだシステムが、演算障害のため正常動作しなくなっています」
「現在、パターンの再計算を実行中ですが、こちらも結果が出る前に処理が正常動作しなくなると予想されています」
「パーセプモーション前社長の古楠先生には、エーテルアームのプロトタイプを我々が提供したセキュアストレージで管理していただいていました」
「その管理者は、現在、ミス古楠に引き継がれています」
「ただし、操作は我々の立ち会いのもとでしか許可されません」
「本日伺ったのはそのためです」
友田社長が護衛の護衛兵に目をやりながら口を挟んだ。
「回収には危険を伴うのでしょうか?」
「はい。我々と敵対する勢力もリフレクターに強い関心を持っています」
「強硬手段に出る可能性があります」
「ですが、皆様とリフレクターを守り抜けるよう、万全の体制を敷いていますのでご安心ください」
「ご覧のように、部下二名はフル装備で任務に当たっていますし、その他にも、各種の対策がとられています」
「たとえば、こちらのスーツケース型のストレージは、極めて堅牢に設計されており、万一、奪われた場合でも、適切な処理を経なければ自動的にリフレクターを無効化し、機密を保持できる仕様になっています」
マリトの目がスーツケースに釘付けになった。
――いや待て、それは安心材料じゃないぞ!
――間違いなく、無効化というのは爆発物による物理的な破壊のことだ。
コリーンに目を向けると、彼女は小さくうなずいた。
◇
「では、ミス古楠、エーテルアームの取り出し準備をお願いします」
ソラとコリーンは一番窓際のキャビネットへ向かい、一番下のドロワーを開ける。
そこには、大学にあったのと同じ型のセキュアストレージが収まっていた。
中佐は、両腕が義手のため、掌紋認証ではなく、代わりに耳の後ろに埋め込まれているバイオチップと咬合シーケンス――つまり、歯をカチカチと特定のパターンで鳴らすことで認証する。
上部パネルに、白い光でコード入力のガイドが表示される。
同時に、赤い「05:00」の数値が浮かび上がり、カウントダウンを始める。
コリーンが素早くコードを入力すると、左腕のエーテルアームを格納した透明容器がせり出してきた。
中佐は容器ごとそれを取り出し、コリーンとともにソファーへ戻る。
そして、円筒容器の下部にある黒い噴霧器を外し、テーブルの上に置いた。
友田社長が興味深そうに噴霧器を手に取ったのを、目の端で捉える。
たが、気にせず動作確認に進んだ。
コリーンはソラの傍らに立ったまま作業を見守っている。
コリーンが情報を補足する。
「中佐のシナプスアームは、エーテルアームと、OS、フレームワークが共通なので、接続確認後、同期させて動作の確認ができます」
中佐はうなずくと、少し眉間にしわを寄せ、接続確認の思念コマンドを送る。
コマンドを受け取ると、エーテルアームの上部にあるプレートに付いているLEDが虹色に光った。
次にソラは、自分の左の手のひらを閉じて開く。
テーブルの上に置かれたエーテルアームも、同じ動作をする。
これで動作確認は無事完了した。
立ち上がって、ソファーの脇に置いてあるスーツケースの上部を開ける。
内部は、中央に格納用のスロットがあり、その両側に小型の操作パネルが配置されている。
◇
ソラがテーブルのエーテルアームに、手を伸ばそうとした瞬間、黒い噴霧器が、テーブルをコリーンの方へ転がり、足元に落下した。
友田社長が手にしていたものだ。
「すまない、それを……」と、社長が声をかけた。
コリーンは手を伸ばしかけて止まった。
そして、彼女は腕を拡げて、ブラインドで閉ざされた窓に向かって振り向いて叫んだ。
「Get down! 全員、伏せて!」
そこからは、一瞬の出来事だった。
ブラインドで閉ざされた窓を破って、数発の弾丸がコリーン、自分、そして部下達を狙って、次々と着弾した。
ソラはすばやく状況を確認する。
――窓側からの狙撃だ。部下が二人ともやられた。
――なぜ、ブラインドで見えないはずの外から精密射撃ができる?
――仕組みはわからないが応戦だ。
咬合認証で口を動かした後、「狙撃者を特定して排除。最優先」とつぶやいた。
【次回予告】
オフィスに来訪した米軍の部隊は『左腕』のエーテルアームの回収作業を進めますが、完了間際、見えないブラインドの向こう側から狙撃がはじまります。次回、敵勢力に対する反撃が開始されます。