【人月心話】あのー、剣と魔法の異世界の案件なんですが、元ITコンサルの賢者様なら解決できますか?   作:Kimoto Hiroshi (KH)

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第4話 前世のことは忘れて一緒に進みませんか?

マリトはベッドに横たわったまま、自分の意志ではまったく動けない。

白い天井が、あふれ出た涙でにじんでいる。

何もできなかった悔しさと情けなさで、体が押しつぶされそうだ。

 

――なぜあのとき拳銃に手が伸ばせなかったのか。

――なぜコリーンを助けようとしなかったのか。

身を挺して中佐を守ろうとしたコリーンと比べて、自分は何もできなかった。

勇気も行動力もなかった。

 

「話を聞いてくれてありがとう」

心の中でラミーシャに伝える。

 

「軽蔑したよね」

「私には、賢者様と呼ばれるのにふさわしい力はないんだ」

「弱くて後輩を見捨てた」

「むしろ彼女のほうが、知能も勇気も行動力もあった」

「自分は彼女と間違って召喚されたんじゃないかって思ってる」

「オレみたいなハズレくじを引き当てたために、君や友達を危険にさらしてしまって、申し訳ないと思っている」

 

ラミーシャは、すぐには答えなかった。

しばらく黙ったあと、静かに声を発した。

「そんなこと、ないんですよ」

癒やし効果のある優しい女神の声と共に、こちらを気遣う温かな気持ちが伝わってくる。

 

「マイスナー先生に教わったんです……」

そう言って目を閉じ、腕を胸の前でクロスする。

右の掌を左肩の後ろへ、左の掌を右肩の後ろへ、ゆっくりと回した。

 

「賢者様が辛そうにしているときには、ぎゅっとしてあげてくださいって」

そして、何かを抱きしめるかのようにゆっくりと絞り込んだ。

 

――ぎゅっとしようにも、ひとりじゃできないだろう。

そう思うマリトだったが、体温の暖かさが、右の掌から左肩に、左の掌から右肩に、両腕から胸へとじわりと伝わってくる。

彼の予想に反して『ひとりじゃない』ということが、頭ではなく、身体からの実感として伝わってきた。

 

ラミーシャは静かに続けた。

「ハズレくじなんて、言わないでください」

「申し訳ないなんて、言わないでください」

 

「悲しくなります。」

「この世界に来てくれて、本当にうれしいって思ってるんですよ」

「私のことを何度も守ってくれたじゃないですか」

 

少し聞きにくそうに続けた。

「その後輩さんって、お父さんの彼女さんというわけじゃないんですよね」

「うん。そんな関係じゃなくて、腐れ縁でたまたま一緒になっている感じだ」

 

「私、後輩さんのこと、あまり好きになれないです」

「頭は良いのかもしれませんが、自分勝手です」

「お父さんを苦しめる原因になったのはこの人じゃないですか」

ラミーシャの気持ちの中に、ほんの一瞬、さざ波のように嫌悪が浮かんで、すぐに消えた。

 

代わりに温かな気持ちが膨れ上がる。

「来てくれたのが後輩さんじゃなくて、お父さんでよかったって思ってます」

「それがだれかの間違いだったとしたら、その人にお礼が言いたいです」

「『間違ってくれてありがとう』って」

目頭が熱くなるのを感じる。

 

「みんなが強くならないといけないっていう考えは、私、違うと思うんです」

「気づいていますか?」

「お父さんがいることが、私を強くしてくれているんです」

 

「飛行船の中だって、一緒だから絶対大丈夫って思ったんです」

「あの高さ、怖いはずなのに、『この一歩がはじまりなんだ』って思ったら怖くなくて」

「『お父さんと一緒なら、大丈夫。問題ない』って」

 

ラミーシャの嘘のない想いが、心と身体から伝わってくる。

――ただ、根拠が何ひとつないんだよな……

そこを好ましく感じはじめている自分に気づいて、マリトは可笑しくなってきた。

 

「あ、いま、私のこと笑いましたね」

ラミーシャは目を開けて、クロスしていた腕を身体の横に戻しながら言った。

 

「『何言ってんだこの娘は』って思いましたよね」

「私、わかるんですよ」

 

可笑しいのに、どうしてか涙が溢れてくる。

『なんでだろう』と思うと、ますます可笑しくなってくる。

ラミーシャもつられて笑いはじめた。

「いたたたたたたたた」

 

腹筋の震えが、神経を刺激して激痛が走る。

その痛みさえも、可笑しく感じられた。

 

 

「強くならなくてもいい」そうラミーシャは言ってくれる。

でも、助けてもらってばかりでいいのか?逃げてばかりでいいのか?

――それはいやだ。

 

絶望から救い出してくれたコリーン、命がけで助けてくれた学生たち……

――自分にも力が欲しい。

――大切な人たちを助けられる力が。新しい選択肢を作り出せる力が。

 

これまでできなかったことが、どうしてできると思えるんだ?

そう問い返す自分に、もう一つの声が答える。

 

――きっと大丈夫。

――自分はひとりじゃないから。

共に歩んでくれるバディがいる。

そして、彼女を支えてくれる仲間もいる。

 

無条件に自分を肯定してくれている人がいる――

そのことが、前に進むための拠り所になったのだろうか。

その日を境に、マリトの夢の中に、前日の出来事はもう現れなくなった。

 

 

【挿絵表示】

 

◇参考挿絵:ルームメイトの帰りを出迎える

 

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