【人月心話】あのー、剣と魔法の異世界の案件なんですが、元ITコンサルの賢者様なら解決できますか? 作:Kimoto Hiroshi (KH)
マリトはベッドに横たわったまま、自分の意志ではまったく動けない。
白い天井が、あふれ出た涙でにじんでいる。
何もできなかった悔しさと情けなさで、体が押しつぶされそうだ。
――なぜあのとき拳銃に手が伸ばせなかったのか。
――なぜコリーンを助けようとしなかったのか。
身を挺して中佐を守ろうとしたコリーンと比べて、自分は何もできなかった。
勇気も行動力もなかった。
「話を聞いてくれてありがとう」
心の中でラミーシャに伝える。
「軽蔑したよね」
「私には、賢者様と呼ばれるのにふさわしい力はないんだ」
「弱くて後輩を見捨てた」
「むしろ彼女のほうが、知能も勇気も行動力もあった」
「自分は彼女と間違って召喚されたんじゃないかって思ってる」
「オレみたいなハズレくじを引き当てたために、君や友達を危険にさらしてしまって、申し訳ないと思っている」
ラミーシャは、すぐには答えなかった。
しばらく黙ったあと、静かに声を発した。
「そんなこと、ないんですよ」
癒やし効果のある優しい女神の声と共に、こちらを気遣う温かな気持ちが伝わってくる。
「マイスナー先生に教わったんです……」
そう言って目を閉じ、腕を胸の前でクロスする。
右の掌を左肩の後ろへ、左の掌を右肩の後ろへ、ゆっくりと回した。
「賢者様が辛そうにしているときには、ぎゅっとしてあげてくださいって」
そして、何かを抱きしめるかのようにゆっくりと絞り込んだ。
――ぎゅっとしようにも、ひとりじゃできないだろう。
そう思うマリトだったが、体温の暖かさが、右の掌から左肩に、左の掌から右肩に、両腕から胸へとじわりと伝わってくる。
彼の予想に反して『ひとりじゃない』ということが、頭ではなく、身体からの実感として伝わってきた。
ラミーシャは静かに続けた。
「ハズレくじなんて、言わないでください」
「申し訳ないなんて、言わないでください」
「悲しくなります。」
「この世界に来てくれて、本当にうれしいって思ってるんですよ」
「私のことを何度も守ってくれたじゃないですか」
少し聞きにくそうに続けた。
「その後輩さんって、お父さんの彼女さんというわけじゃないんですよね」
「うん。そんな関係じゃなくて、腐れ縁でたまたま一緒になっている感じだ」
「私、後輩さんのこと、あまり好きになれないです」
「頭は良いのかもしれませんが、自分勝手です」
「お父さんを苦しめる原因になったのはこの人じゃないですか」
ラミーシャの気持ちの中に、ほんの一瞬、さざ波のように嫌悪が浮かんで、すぐに消えた。
代わりに温かな気持ちが膨れ上がる。
「来てくれたのが後輩さんじゃなくて、お父さんでよかったって思ってます」
「それがだれかの間違いだったとしたら、その人にお礼が言いたいです」
「『間違ってくれてありがとう』って」
目頭が熱くなるのを感じる。
「みんなが強くならないといけないっていう考えは、私、違うと思うんです」
「気づいていますか?」
「お父さんがいることが、私を強くしてくれているんです」
「飛行船の中だって、一緒だから絶対大丈夫って思ったんです」
「あの高さ、怖いはずなのに、『この一歩がはじまりなんだ』って思ったら怖くなくて」
「『お父さんと一緒なら、大丈夫。問題ない』って」
ラミーシャの嘘のない想いが、心と身体から伝わってくる。
――ただ、根拠が何ひとつないんだよな……
そこを好ましく感じはじめている自分に気づいて、マリトは可笑しくなってきた。
「あ、いま、私のこと笑いましたね」
ラミーシャは目を開けて、クロスしていた腕を身体の横に戻しながら言った。
「『何言ってんだこの娘は』って思いましたよね」
「私、わかるんですよ」
可笑しいのに、どうしてか涙が溢れてくる。
『なんでだろう』と思うと、ますます可笑しくなってくる。
ラミーシャもつられて笑いはじめた。
「いたたたたたたたた」
腹筋の震えが、神経を刺激して激痛が走る。
その痛みさえも、可笑しく感じられた。
◇
「強くならなくてもいい」そうラミーシャは言ってくれる。
でも、助けてもらってばかりでいいのか?逃げてばかりでいいのか?
――それはいやだ。
絶望から救い出してくれたコリーン、命がけで助けてくれた学生たち……
――自分にも力が欲しい。
――大切な人たちを助けられる力が。新しい選択肢を作り出せる力が。
これまでできなかったことが、どうしてできると思えるんだ?
そう問い返す自分に、もう一つの声が答える。
――きっと大丈夫。
――自分はひとりじゃないから。
共に歩んでくれるバディがいる。
そして、彼女を支えてくれる仲間もいる。
無条件に自分を肯定してくれている人がいる――
そのことが、前に進むための拠り所になったのだろうか。
その日を境に、マリトの夢の中に、前日の出来事はもう現れなくなった。
◇参考挿絵:ルームメイトの帰りを出迎える