あのー、剣と魔法の異世界の案件なんですが、元ITコンサルの賢者様なら解決できますか? 作:Ningets
ITの存在しない剣と魔法の世界に召喚され、異世界の少女の第二人格として転生した、IT企業のコンサルタントのマリトが、召喚前の出来事を回想する――
マリトは、後輩コリーンや社長とともに、米軍のエーテルアーム回収に同席するが、武装勢力の襲撃で回収部隊は全滅し、負傷したコリーンとマリトだけが残される。回収任務は失敗に終わったと思われたが――
まるで映画で見るようなシーンの連続だった。
マリトは、自分がその中にいることを、実感を伴った現実として理解できなかった。
目の前の出来事と自分とは遊離している感覚を覚える。
その一方で、生死に関わる事態の進行に、恐怖が湧き上がってくる。
「伏せて」の声に反応しようにも、とっさにはどうすればよいかわからない。
隣で社長が中腰になり、ソファーの反対側まで移動して伏せるのを見て、それにならった。
機関銃の発射音が鳴り続ける中、パトカーのサイレンも大きくなってきた。
――もうすぐ助けが来る。
そう思えるようになってきた。
遠くで爆発音が聞こえた後、満身創痍のカーニクス中佐がついにエーテルアームをストレージに格納するのを見た。
赤いボタンが点灯する。
――これでミッションは完遂だ。
そう確信して安堵した、そのときだった。
隣の友田社長が静かに立ち上がる。
気付いたコリーンが「止めて!」と叫んだ。
友田社長は、中佐の頭へ拳銃を向けていた。
中佐が振り返るのと同時に、至近距離で引き金が引かれる。
「ソラアーッ!」
コリーンの悲痛な叫びが響く。
◇参考挿絵:任務を阻む裏切りの銃撃
至近距離で撃たれたソラ・カーニクス中佐は自分の最期を悟った。
部隊は全滅。ミッションは失敗。
自分も、もう長くはもたない。
この失敗が何を招くのか、ソラにはわからない。
おそらく厳しい時代が来るのだろう。
だが、見届けることはできない。
――部下二人にも、コリーンにも、悪いことをした。
――ジェイミーは悲しむだろうな。
――10歳の誕生日には戻るって、約束したのに、守れなくて、ごめん。
――フレッド、そろそろ二人目がほしいって言っていたのに、ごめん。
――ジェイミーのこと、お願いします。
――厳しい時代になるけど、二人とも幸せになって……
――私のこと――ときどき、思い出してくれると、いいな……
宙に伸びていた左腕が徐々に下がり、床に触れたところで動かなくなった。
◇
拍動が停止し、視界が薄れていく……
しかし、ソラの意識はまだ残っていた。
それは夢なのかもしれない。
いわゆる臨死体験なのだろうか。
ソラは自分が公園のパーティ会場にいることに気付いた。
芝生の上に白いテーブルとチェアが並んでいる。
服装から見て、結婚のお披露目のパーティのようだ。
「ぎりぎり間に合ったみたいね」
ソラは、そうつぶやいた。
すぐ近くのテーブルで、フレッドがうつ伏せに寝ているのが見える。
「その腕時計、私が最後の任務で着けていたものね」
「『私も一緒に』って意味なのね。ありがとう」
「うれしいけど、酔っ払って寝てちゃダメじゃない」
「もう、いつもいつも、詰めが甘いんだから」
「ちょっと太ったかしら?でも元気そうで、よかった」
一群の男性陣にもみくちゃにされていた青年が、ひとりの女性の手を引きながら、抜け出してくるのが見えた。
「見つけた。ジェイミー」
ソラはひとりつぶやいた。
短く整えたブロンドの青年が立ち止まり、何かに気づいたようにこちらに目を向ける。
優しいまなざしが印象的だ。
「素敵な青年に育ったのね。ありがとう、フレッド。寝てたこと、許してあげる」
手を引かれているのは、彼と同じくらいの年頃の、長身で細身の女性だった。
彼の様子を見て、不思議そうにこちらに目を向ける。
「そう。あなた、その娘を選んだのね」
細面の優しい顔立ちだが、薄い唇に意志の強さを感じる。
「あら、いやだ。ちょっと雰囲気が私に似てるじゃない」
「大切に、するのよ」
青年は空中に何かを探すような仕草を続けている。
「私に気付いてないみたいね」
ソラは近づいて、ジェイミーの赤い唇を人差し指で軽く二度タップした。
なぜか、そうするのが良いような気がしたのだ。
ジェイミーが、こちらをまっすぐ見た。
そして、にこりと笑った。
軽く手を振りながら、話しかけてきた。
「来てくれて、ありがとう」
――声は聞こえなかったが、その言葉はソラに確かに伝わった。
ソラも手を振って応えた。
「最後に、みんなと会えて、よかった」
「これでお別れだけど……私はいなくなってしまうけど……みんなのことを、みんなの幸せを、祈っています。ずっと……」
そしてソラの自我を形作る思念の束は、ゆっくりと宙にほどけて消えていった。
◇参考挿絵:未来の息子へ別れを告げに訪れる
友田社長は、中佐に続き、ドアを守っている女性の護衛兵士に対して銃撃を加え、近くまで歩いて行って、もう一度銃弾を撃ち込んだ。
ドアを開けて襲撃者の兵士を入れると、社長は怒鳴りつけた。
「セロディ、貴様!何が精鋭部隊だ。この役立たずが!」
「これだけ準備してなぜ失敗できるんだ?」
「私に手を下させてどうするんだ!」
そして、コリーンの方を向いて言った。
「古楠、君は私が噴霧器を落とした瞬間に、すべてを理解したんだな?」
「とんでもない洞察力だ」
コリーンは社長を見ようともしない。
「余計なことをしなければ、軍人以外は誰も傷一つ負わないはずだったのに」
「天才ってやつは予測不能で厄介だ」
そしてセロディと呼ばれた男に言った。
「彼女にまで怪我をさせやがって」
「死なせずに連れ帰るんだぞ」
「おまえたちの何万人分の命でも釣り合わん」
再び、思い出したように、コリーンに向かって話しかけた。
「言っておくが、彼を巻き込んだのは君だからな」
「どうして、巻き込んだんだ?」
「君の大切な男じゃないのか?」
「いいか。私を逆恨みするんじゃないぞ」
そう言って、マリトの方を向いた。
何か言いかけたが、マリトが目を見開いて何かを凝視しているのに気付いて、やめた。
そして、その視線の先を追った。
マリトはセキュアスーツケースに収納されかけている義手を見ていた。
◇
――やばい、やばい、やばい。
――逃げなければ、殺される。
友田社長がカーニクス中佐と女性兵士を次々に撃ったところを目撃したマリトの頭の中はその思考で埋め尽くされていた。
信頼していた社長が、襲撃者と結託していたらしいということは理解できた。
その事実と同時に、マリトは自分も殺される状況にあることを悟った。
知りすぎてしまったことによる口封じだ。
襲撃者は米国士官の部隊を全滅させている。
無慈悲で強力な組織だ。
天才としての頭脳に利用価値のあるコリーンはともかく、自分にはそんな重要性はない。
マリトはこの状況から脱する方法を考えるのに、頭脳をフル回転させ始めた。
そのとき、セキュアスーツケースから突き出ている義手の手が目に入った。
◇
カーニクス中佐が最後の力を振り絞って行った格納作業は、完了寸前で阻止されてしまった。
そのため、スロットへの格納直前で、エーテルアームの手の部分が突き出されたままの状態になっていた。
その手が動きはじめている――
誰の指示も受けていないにも関わらず……
まるで自らの意志があるかのように――
まっすぐに指を伸ばして開いていた手の形は、人差し指を伸ばした形にゆっくりと変形した。
そして、赤く点灯するボタンをゆっくりと、しかし確かに、二度続けてタップした。
次に、手の指を揃えて開いた形へと戻る。
そして、エーテルアームは、まるで別れを告げるように、手を振るように揺れながら、静かにスロットの奥に沈み、蓋が閉ざされロックされた。
それは、カーニクス中佐の任務への執念の結果だったのか、あるいは偶然の産物であったのか、――
いずれにしても、ミッションはエーテルアームみずからが引き継ぎ、完遂された。
息絶えた中佐の顔には、満足そうなほほえみが浮かんでいるように見えた。
【次回予告】
回収対象であるエーテルアーム自身が、回収任務を完遂し、自らを破壊するためのカウントダウンを開始しました。次回、襲撃者に銃口を向けられたマリトは、生き残るための最後の選択を迫られます。