あのー、剣と魔法の異世界の案件なんですが、元ITコンサルの賢者様なら解決できますか?   作:Ningets

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【あらすじ】
ITの存在しない剣と魔法の世界に召喚され、異世界の少女ラミーシャの第二人格として転生した、IT企業のコンサルタントのマリトが、召喚前の出来事を回想する――
マリトは、後輩コリーンとともに、米軍の回収部隊から義手エーテルアーム強奪をもくろむ、武装勢力の襲撃に巻き込まれる。回収部隊は全滅するものの、エーテルアーム自らの動きで強奪は阻止されるが、事情を知りすぎたマリトは生命の危機に直面する――


Ⅱ-07 前世のことはもう忘れてもらえませんか?

傭兵とコリーンに毒づいていた友田社長が、マリトのほうを向いたとき、彼もエーテルアームが動いていることに気付いた。

慌ててスーツケースに近づくが、時すでに遅く、エーテルアームは内部に格納され、ロックされてしまった。

 

マリトは、スーツケースの赤いボタンへのタップが、二回されたことに引っかかりを覚えた。

――ロックするには一回タップすれば良いはずだ。なぜ二回なのか?

 

彼の疑問に答えるように、スーツケースの操作パネルの変化は続いた。

ロックボタンが点滅を始め、「Enter Passcode」の文字が浮かんだ。

 

二回目のタップはロック解除を意味していたのだ。

そして、規定の待機時間が過ぎた後、赤い文字で「05:00」と表示され、カウントダウンが始まった。

 

このスーツケースは、格納されている機密を、敵対勢力から守ることを最優先に設計された軍事装備だ。

パスコードを入れられなければ、機密保護モードに移行する。

つまり、5分後、カウントがゼロになった瞬間、内蔵された爆発物による衝撃で、格納されているものを爆砕し、周辺にいるであろう敵勢力を殺傷する。

 

友田社長に驚きと焦りの表情が浮かぶ。

「これを止める方法はあるのか?」

鋭くコリーンに問いただす。

だが、彼女は力なく首を横に振った。

 

そして改めて、傭兵に向かって吠えた。

「この無能どもが!結局、この作戦で何も得られなかったじゃないか!」

 

傭兵の目に憎悪が宿る。

彼には叱責されるいわれはない。

油断して、すぐに回収せず、兵士やコリーンに嫌味を言っていた、社長自身のせいである。

 

複数のサイレンが階下から聞こえる。

「その娘を連れて、屋上へ行け」

友田社長は指示した。

「時間がない」

「私は別の作業をしてから向かう」

 

マリトを見つめるコリーンと目が合った。ゆっくりと唇が動く。

「ごめん……なさい」

「たすけて……ください」

 

マリトは「ごめんなさい」は、巻き込んでごめんなさいの意味だろう、と思った。

実際、おかげで命の危機が迫っている。

「たすけてください」には、無理だという答えしか思いつかない。

 

何かこの窮地を脱する方法はないかと見回す。

士官の拳銃が床の上、一歩足を踏み出して手を伸ばせば届きそうなところにあるのに気付く。

しかし、恐怖で踏み出せない。

 

――アニメの世界じゃあるまいし、素人が土壇場で武器を拾って反撃に成功するとか、ありえない。

――弾は残っていないかもしれない。

――動きに気付かれたら撃たれるだけだ。

たとえ短い時間でもより長く生きる方に思考が傾く。

 

逡巡するうちに、セロディと呼ばれた男がこちらを見た。

「この男はどうしますか?」

「私から言わせるな。自分で考えろ」

友田社長はそう言い捨てると、急いで部屋から出て行った。

 

男は手を上げたままのマリトの方を向いて、厳しい視線を向けた。

マリトの視線が士官の拳銃に向いているのに気付く。

 

「おまえ、いま、拳銃を拾おうとして諦めたな」

ばかにしたような笑いを口元に漂わせながら、腰にある拳銃を抜き、銃口を向けた。

 

危機的状況の中、マリトの頭に交渉材料がひらめいた。

「待ってください、私はもう一本の腕のありかを知っています」

代わりの腕を入手できる可能性を示せば、生かしておく価値があると判断してもらえるのではないかと考えた。

コリーンは首を振る。

 

「どういうことだ?」

セロディが尋ねる。

「今回、回収しようとしていたのは左腕の義手です。私は右腕の義手がどこにあるかを知っています」

「なので、回収できなかった左腕の代わりに右腕を持ち帰ることができます」

 

返ってきた答えは予想外のものだった。

「そうか。それは、あのクソ社長がいるときに言うんだったな」

「俺には興味がない」

 

「あの男が喜ぶようなことは何一つする気はない」

男は言い放った。

 

「逆に嫌がるアイデアを教えてくれれば、考えてもやっても良いぞ」

「この女を、ここに放置して、ケースの爆発の餌食にできれば良いんだが、命令があるからな」

「そうだな、この足の止血帯を緩めたら楽しい結果になるかもな」

 

残忍そうな笑みが浮かぶ。

 

セロディは続けた。

「まあ、いずれにしても、おまえには、生き延びられる選択肢はない」

「反撃する選択肢は、さっき捨ててしまったからな」

「ジ・エンドだ」

「もし、生まれ変わるようなことがあったら、次は別の選択肢があるといいな」

 

引き金にかかった指に力が入る。

生きたいという最後の本能のあがきで、射線から逃れようと動く。

目をつぶった。目の前は真っ暗になる。

記憶はそこまでだった。

 

 

【挿絵表示】

 

◇参考挿絵:前世の最期に向けられる銃口

 

――長い一日半だった。

ベッドに横たわったまま、自分の意志ではまったく動けない。

白い天井が、あふれ出た涙でにじんでいる。

 

何もできなかった悔しさと情けなさで、体が押しつぶされそうだ。

――なぜあのとき拳銃に手が伸ばせなかったのか。

――なぜコリーンを助けようとしなかったのか。

 

この問いは、この先も何度も自分を責め続けることになる。

身を挺して中佐を守ろうとしたコリーンと比べて、自分は何もできなかった。

勇気も行動力もなかった。

 

「話を聞いてくれてありがとう」

心の中でラミーシャに伝える。

 

「軽蔑したよね」

「私には、賢者様と呼ばれるのにふさわしい力はないんだ」

「弱くて後輩を見捨てた」

「むしろ彼女のほうが、知能も勇気も行動力もあった」

「自分は彼女と間違って召喚されたんじゃないかって思ってる」

「オレみたいなハズレくじを引き当てたために、君や友達を危険にさらしてしまって、申し訳ないと思っている」

 

ラミーシャは、すぐには答えなかった。

しばらく黙ったあと、静かに声を発した。

「そんなこと、ないんですよ」

癒やし効果のある優しい女神の声と共に、こちらを気遣う温かな気持ちが伝わってくる。

 

「マイスナー先生に教わったんです……」

そう言って目を閉じ、腕を胸の前でクロスする。

右の掌を左肩の後ろへ、左の掌を右肩の後ろへ、ゆっくりと回した。

 

「賢者様が辛そうにしているときには、ぎゅっとしてあげてくださいって」

そして、何かを抱きしめるかのようにゆっくりと絞り込んだ。

 

――ぎゅっとしようにも、ひとりじゃできないだろう。

そう思うマリトだったが、体温の暖かさが、右の掌から左肩に、左の掌から右肩に、両腕から胸へとじわりと伝わってくる。

彼の予想に反して『ひとりじゃない』ということが、頭ではなく、身体からの実感として伝わってきた。

 

ラミーシャは静かに続けた。

「ハズレくじなんて、言わないでください」

「申し訳ないなんて、言わないでください」

 

「悲しくなります。」

「この世界に来てくれて、本当にうれしいって思ってるんですよ」

「私のことを何度も守ってくれたじゃないですか」

 

「後輩さんのこと、あんまり好きになれないです」

「頭は良いのかもしれませんが、自分勝手です」

「お父さんを苦しめる原因になったのはこの人じゃないですか」

ラミーシャの気持ちの中に、ほんの一瞬、さざ波のように嫌悪が浮かんで、すぐに消えた。

 

代わりに温かな気持ちが膨れ上がる。

「来てくれたのが後輩さんじゃなくて、お父さんでよかったって思ってます」

「それがだれかの間違いだったとしたら、その人にお礼が言いたいです」

「『間違ってくれてありがとう』って」

目頭が熱くなるのを感じる。

 

「みんなが強くならないといけないっていう考えは、私、違うと思うんです」

「気づいていますか?」

「お父さんがいることが、私を強くしてくれているんです」

 

「飛行船の中だって、一緒だから絶対大丈夫って思ったんです」

「あの高さ、怖いはずなのに、『この一歩がはじまりなんだ』って思ったら怖くなくて」

「『お父さんと一緒なら、大丈夫。問題ない』って」

 

ラミーシャの嘘のない想いが、心と身体から伝わってくる。

――ただ、根拠が何ひとつないんだよな……

そこを好ましく感じはじめている自分に気づいて、マリトは可笑しくなってきた。

 

「あ、いま、私のこと笑いましたね」

ラミーシャは目を開けて、クロスしていた腕を身体の横に戻しながら言った。

 

「『何言ってんだこの娘は』って思いましたよね」

「私、わかるんですよ」

 

可笑しいのに、どうしてか涙が溢れてくる。

『なんでだろう』と思うと、ますます可笑しくなってくる。

ラミーシャもつられて笑いはじめた。

「いたたたたたたたた」

 

腹筋の震えが、神経を刺激して激痛が走る。

その痛みさえも、可笑しく感じられた。

 

 

「強くならなくてもいい」そうラミーシャは言ってくれる。

でも、助けてもらってばかりでいいのか?逃げてばかりでいいのか?

――それはいやだ。

 

絶望から救い出してくれたコリーン、命がけで助けてくれた学生たち……

――自分にも力が欲しい。

――大切な人たちを助けられる力が。新しい選択肢を作り出せる力が。

 

これまでできなかったことが、どうしてできると思えるんだ?

そう問い返す自分に、もう一つの声が答える。

 

――きっと大丈夫。

――自分はひとりじゃないから。

共に歩んでくれるバディがいる。

そして、彼女を支えてくれる仲間もいる。

 

無条件に自分を肯定してくれている人がいる――

そのことが、前に進むための拠り所になったのだろうか。

その日を境に、マリトの夢の中に、前日の出来事はもう現れなくなった。

 

 

【挿絵表示】

 

◇参考挿絵:ルームメイトの帰りを出迎える




【次回予告】
マリトは、後輩のコリーンの右腕回収の依頼から、襲撃に巻き込まれて、異世界で目覚めたところまでを話し終えました。助けを求める後輩に何もできなかったことを強く責める彼を、ありのままで良いと優しく受け入れるラミーシャ。彼はその気持ちに感謝しつつも、強くなろうと決意するのでした。

これで、フェーズⅡの現代日本編は完了です。現在の科学技術と異世界を結びつける、様々な伏線が張られたことにお気づきの皆様も多いかと思います。
続く「フェーズⅢ:学園では勉強と魔法がお仕事です」でラミーシャとマリトの学園生活が始まります。そこでも不可解な事件が続き、二人はその解決に奔走しながら、より強くなるための試練を乗り越えていきます。
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