あのー、剣と魔法の異世界の案件なんですが、元ITコンサルの賢者様なら解決できますか? 作:Ningets
ITの存在しない剣と魔法の世界に、賢者として召喚されてしまったIT企業のコンサルタントが、転生先の少女ともに世界を危機から救い、元の世への帰還を目指す物語――
異世界の少女ラミーシャの第二人格として転生した主人公のマリトは、彼女にTS(性別転換)が起きていることを伝え、そこから新しい絆を築いていく――
ガウンからラミーシャのすらりと伸びた白い足が覗いている。
どうやら、召喚された人物が男性だということに気付いていないようだ。
マリトの意志とは関係なくいろいろ見えてしまう。
「あの、目のやり場に困るのですが」
「え?」
ラミーシャは、自分の足と胸元に目をやると、慌てて足を閉じ、姿勢を正し、ガウンを整えた。
「大変、失礼いたしました」
「賢者様がいらっしゃるのに、気を抜いてしまいました」
「そういう意味ではないんです」
ラミーシャは、かすかに眉をひそめて、軽く首をかしげる。
「私は男なので、目のやり場に困っています」
眉をひそめたまま、反対側に軽く首をかしげる。
――込み入った内容だとうまく伝わらないようだ。
「わたしは――おとこ――です!」
「え!?」
ラミーシャは、目を大きく見開いた。
そして、自分の胸元に視線を落とす。
――むしろ余計に見えてしまうんだけど……。
一拍おいて、自分の目に映っているものが、マリトの目にも映っていることに気付いたらしい。
視線を上に向けた。
「え、え、ええーっ!」
改めて驚きの声を上げる。
動揺が走る。マリトも動揺する。
「賢者様って……男の人だったんですか?」
「そう」
「ええーーっ、そんな話聞いてませんっ!」
「わたし、女の人だとばかり思っていました」
「だって、その前の賢者様は女の人でしたし……」
「理事長先生も、次の賢者様も女性だとおっしゃっていました!」
「どうしてなんですか?」
質問で、一旦、休止した。
「それは、こっちが聞きたいくらいで……」
「声で、気付かなかったんですか?」とマリト。
「あの……ですね、心の声って、音がしないんです」
「だから気付かなかったんです!」
――そこでドヤられても……。
「……どうしましょう。どうしたらいいですか?」
――オレに聞かれても困るんだが……。
「わかりません」
「私も目が覚めたらいきなり美少女の中にいて、すごく戸惑ってます」
しばらくの沈黙の後――
「あの、いま、美少女って言われました?」
「それ、私のことですよね?」
うれしそうな気持ちが伝わってくる。
――そこ、いま突っ込むとこじゃないと思うけど……
だが、彼女の動揺がおさまっているのは確かなようだった。
気持ちの折り合いを付けたと判断して、自己紹介をすることにした。
「私はマリト。サワ・マリトです」
「日本の札幌にある『パーセプモーション・テクノロジー』という会社でコンサルタントをしています」
「『ニホン』というのは、地域の名前なんですね」
「『コンサルタント』というのは何ですか?」
「困っている人に知恵を貸して助けるような仕事、かな」
「それは賢者様にふさわしい素晴らしいお仕事ですね」
尊敬の気持ちが湧き上がってくるのを感じる。
――顧客の持ってくる無理難題を、口先で解決する仕事という説もあるが……
「わたし、賢者様に、美少女って言ってもらえて、すごくうれしいです」
――そこに戻ってきたか……
「それって、賢者様のいた異世界の基準で見て、きれいだってことなんですよね?」
「異世界の賢者様に自分がどう見えるのか、ずっと心配だったんです」
「私のいた世界の基準でも、君はとてもきれいだと思うし、性格も好ましく思えます」
「それより、問題なのは、君が女性であるにもかかわらず、男性である私が君の中に入ってしまっているということだ」
「はい。わたしも驚きましたけど、賢者様の方がよっぽど驚いていますよね」
「『わたしが 取り乱して、どうするんだっ』て思ってます」
「目のやり場を考えながら暮らせば、大丈夫です」
マリトのほうもまた、ひとつの疑問が頭から離れない。
――召喚が想定されていたのは、別の人物だったのではないか?
召喚される賢者は女性だと考えられていたらしい。
彼は小さいときから、頭の出来はそんなに悪くないと思っていたし、コンサルの仕事でもそれは発揮してきたつもりだ。
しかし、『賢者』と言われるほどの頭脳は持っていないという自覚があった。
「『賢者様』という呼び方はなんとかなりませんか?」
「名前負けしてしまって落ち着かないのです」
「本名はマリトなので、『マリトさん』と呼んでもらえると、自然に感じるのですが」
「いえ、お名前でお呼びするわけにはいきません。失礼になります」
「自然に尊敬の気持ちが込められる呼び方じゃないといけません」
――なかなかハードルが高いな……
「他の案はありませんか?」と彼女が聞いてきた。
――オレの方で案を出すのも変だよな……
「君の方で失礼と思わなくて、しっくりする呼び方を考えてください」
「『賢者様』は却下です――」
「『先生』とお呼びするのはどうでしょうか?」
「もうちょっと身近な呼び方のほうが助かります」
しばらくの沈黙の後……
ラミーシャはふとサイドテーブルにある自分のペンダントに目をやり、手に取った。
病院に運ばれてきたときに身につけていたものだ。
彼女は金属製の小さなペンダントトップをそっと開いた。
中には、小さい頃の家族四人の写真が入っていたが、色褪せて何が映っているのかもわからない。
◇参考挿絵:ペンダントの家族の写真を見つめる
ペンダントを静かに閉じながら切り出した。
「あのー、『お父さん』とお呼びしたら、ダメでしょうか?」
――えええー?この私がお父さんだと!?
「いやいや、この年で『お父さん』とか勘弁してください」
「さっき、わたしのことを守ってくれると言ってくれました」
「何をすれば良いのかも指示してくれました」
「すごく頼りになる方だって思ったんです」
「男の人だって聞いて、もし、お父さんが生きていたら、あんな風に守ってくれたのかなって思ったんです」
「いやいや、君と年齢はあまり違わないので、『お父さん』というのはさすがにちょっと……」
「私はまだ二十六歳で、君くらいの娘がいるような歳じゃないんです」
「どちらかと言えば、『お兄さん』のほうが近いと思うのですが」
「それは絶対だめです」
「私には兄がいますが、尊敬できません」
「『お兄さん』だと嫌な気持ちになります」
悲しい気持ちが広がる。
「私のお父さんになるのは、そんなに、お嫌ですか?」
彼女の悲しい気持ちが内側から直接伝わり、マリト自身が悲しくなる。
――これは参った……
「いや、そういうわけじゃないんです」
そう言うのが精一杯だった。
悲しい気持ちが少し収まる。
しばらくの沈黙の後、ラミーシャは聞いてきた。
「それとも、『お父様』のほうが良いですか?」
――おーい。いつの間にか二択になってるぞ……
マリトには、なんとなく可笑しく楽しい気持ちが芽生えてきた。
ラミーシャの父親の記憶は希薄だ。
それゆえに、このときの彼女には、それが素敵でしっくりくる考えに思えたのだった。
一方のマリトには、この世界で目覚める直前に何をしていたのかの記憶がなかった。
ただ、確信していることがあった。
前世で自分は死んでいるだろうということだ。
彼女の『中』に受け入れてもらっていることに、マリトは恩義を感じていた。
このときの彼には、この娘が幸せな気持ちになるのなら、受け止めてあげたいと思えたのだった。
「わかりました。『お父さん』のほうにしてください」
――居心地の悪さはあるが、じきに慣れるだろう。
すると、うれしいという感情が湧き上がってくる。
頬が笑顔を作るのを感じる。
「はい。では、これからは『お父さん』と呼ばせていただきます!」
マリト自身も、とてもうれしい気持ちになってきた。
そしてその感情は、脳内物質による錯覚ではなく、彼女が喜んでくれていることを、素直にうれしく思う自分自身の気持ちだと気づいた。
◇
夜が明け、窓の外がほんのり明るくなってきたころ、ドアノックの音が聞こえた。
「ラミーシャさん、入りますよ」
白衣を着たマイスナー医師が、背の高い車椅子を押しながら入ってきた。
帯刀した護衛の男性がドアの外で待機した。
車椅子をベッドのそばまで移動させてから声をかけた。
「理事長、お話が終わりましたら、お知らせください。」
そういってドアの外に出た。
車椅子の人物が声を発した。
「おぬしが、ラミーシャ・フォートレンディルさんじゃな。はじめましてじゃ」
「わしは、ブリヤ魔法学園の理事長をしている、ルーパ・ブルックスじゃ」
「さて、賢者様はいらっしゃっておるかの」
「はい」
「今日ここに来たのは、今回の召喚の目的について説明させてもらうためじゃ」
【次回予告】
マリトは不本意ながら『賢者様』改め『お父さん』と呼ばれることになってしまいました。次回はラミーシャとともに、事情を知る理事長から召喚の経緯と目的が知らされます。