あのー、剣と魔法の異世界の案件なんですが、元ITコンサルの賢者様なら解決できますか? 作:Ningets
ITの存在しない剣と魔法の世界に召喚され、少女ラミーシャの第二人格として転生したIT企業のコンサルタントのマリトが、力を合わせて世界を危機から救い、元の世界への帰還を目指す物語――
市庁舎での会議中に、召喚当日に拉致を企てた二人の工作員が乱入。昏倒ガスでマリト以外の参加者が全員意識を失っているはずの会議室で、侵入者を制する理事長の声が響く――
工作員の二人はすばやく反応し、声の主である理事長のほうに銃を向けて構える。
二つの銃が向けられる中、理事長は車椅子から降りて立ち上がる。
小柄なラミーシャよりもさらに小柄だが、背筋が曲がることもなく、まっすぐに立ち上がった。
――ウソだろ?歩けるのか?じゃあ車椅子はいったい何なんだ?
マリトの頭の中が疑問だらけになる。
「動くな!」女工作員が鋭く言い放つ。
「それ以上動くと撃つ!」
理事長は呪文を唱えるように口元を動かしながら、女工作員の方に歩き始める。
恐怖の表情を浮かべた女は銃を撃ち始める。
バン。バン。バン。
続けて男も撃ち始める。
バン。バン。
弾丸は明らかに理事長に当たり、身体を震わせるが、動きは止まらない。
マリトは、なんとなく動いた方が良いという気持ちに従って、身体を少しずらす。
そこに、耳元で風切り音とともに着弾の音がした。
テーブルの今まで頭があったところが白く削られる。
――跳弾だ!
マリトは生きた心地がしない。
射撃音が止まった。
理事長は女工作員の方に歩き続ける。
「わかっとらんのう」
「狼人間は弾丸では殺せんのじゃ」
――狼人間?そういえば理事長の名前のルーパというのは狼の意味だったか?
つまらないウンチクがマリトの頭をよぎる。
◇参考挿絵:車椅子から下りて侵入者と対峙する
理事長は歩きながら、顔から老人の顔の造形のマスクを外して、傷の具合を確認する。
「まったく酷いことをする」
マスクの下から見える理事長の顔を見た女工作員の表情が驚愕と恐怖にゆがむ。
「おまえ、何者だ!?」
「私達に何をした?手も足も動かない!」
「なに、腕と足に動作を指示する神経信号をブロックしただけじゃ」
「本当はこんなことはしたくないんじゃが」
そう言うと、女の手から銃を取り上げた。
女の腕が不自然な方向にねじ曲がり、女は苦痛の悲鳴を上げた。
だが動けない。
「じゃが、わしの秘密を知られたからには生かしておくことはできんのじゃ」
「悪いの。このことは、ボルディア人であっても知られてはいけない極秘事項なのじゃ」
そう言って、拳銃で女工作員の眉間を撃ち抜いた。
工作員はゆっくりと倒れる。
続いて男の方を向くと、腕を伸ばし眉間を撃ち抜いた。
そのとき、マリトの目に理事長のマスクの下の白い横顔が映った。
それは老人の顔ではなく、ラミーシャよりもさらに幼い少女の顔だった。
――えっ。
驚きでマリトは思わず息を短く吸い込んだ。
そのとき少女の顔が何かを感じたようにピクリと動いた。
――しまった。いまの息の音を聞かれたか?
理事長の服を着た、銀髪の美しい少女の顔が、ゆっくりとこちらを向く。
マリトは恐怖のあまり目をつぶって息を潜めて心の中でつぶやく。
――ミーシャごめん。オレは知ってはいけないことを知ってしまったらしい……
――いやまて、落ち着け。これはしらばっくれる一手だ。
――オレは何も見てない、見てない、見てない、見てない……
◇参考挿絵:マスクに空いた穴を確認する
理事長が動く足音がわずかに聞こえたあと、何も音がしなくなった。
――ふう。結局、気付かれなかったみたいだ……
そう結論すると、気持ちが落ち着いてきた。
再び様子を確認しようと薄目を開けたマリトだったが……
目が合った。
距離1センチも離れていないところに、白い少女の顔があった。
テーブルに身を乗り出して、マリトの顔を至近距離で覗き込んでいたのだった。
「うっぎゃー!」
言葉にならない叫び声を上げて飛び起きて、椅子から転げ落ちると、理事長から離れるように壁まで後ずさりした。
恐怖で目を見開いたまま、目の前の少女を見つめた。
少女の顔が口を開いた。
「おぬしは何を遊んでおるのじゃ?」
「人を化け物を見るような目で見おって」
「失礼なやつじゃ」
――500歳でそのルックスは、化け物だよ!
「この種の昏睡ガスがおぬしに効かんことくらい最初からわかっておるわ」
マリトは震える声で聞いた。
「秘密を知った、わ、わたしは、殺されてしまうのでしょうか?」
「お、そうじゃった」
「忘れるところじゃった」
そう言うと男が持っていた銃をマリトの頭に向けて発砲した。
マリトはなんとなくうつむいた方がいい気がしてうつむいた。
それと同時に、今まで頭のあった位置のちょうど後ろの壁に、弾丸が大きな穴を穿った。
「ほう、やはりよけることができるんじゃの」
「わしはおぬしを殺そうなどとは思ってはおらんよ」
と言いながら、続けざまに、今度は胸と腹に一発ずつ撃ち込んできた。
マリトはそれを、踊るようにしてよける。
――言っていることと、やっていることが違いすぎる……
「おもしろいのう」
「こんな芸当、初めて見る」
「一体どうやっているんじゃ?」
「じゃが、たしかに、これ以上は弾の無駄じゃな」
「な、な、な、何するんですか?」
「殺す気はないんじゃないんですか?」とマリト。
「わしがおぬしを死なせるわけなかろうが」
「おぬしは銃で撃っても当たらないことを確認しただけじゃ」
「おぬし、さきほど跳弾を避けたじゃろう」
「跳弾の軌道を予測することは、ありえんからの」
「しかも弾の方向を見てすらおらん」
「じゃから、当然普通に撃っても絶対に当たらんと思ったわけじゃ」
――勘弁してくれ、根拠薄過ぎ……シノハといい、理事長といい、まったく……
◇参考挿絵:今まで頭のあった場所に穿たれる弾痕
「あの、理事長……なんですよね」
落ち着きを取り戻したマリトが疑問をぶつける。
「もちろんわしじゃ。おぬしらの用語では、理事長の中の人ということになるかの」
楽しげに答える。
「見かけだけじゃなくて声も若くなっていますが……」
「TPOに合わせただけじゃ」
「しゃべり方は変わってませんが……」
「細かいやつじゃな。これはわしのアイデンティティじゃ」
「そんなことより、忘れんうちに言うておくぞ」
「わしが歩けるということ、そして、マスクの下が可憐な美少女だということは絶対に秘密じゃ。よいな」
――可憐とか自分で言うんかい!
内心で突っ込みつつうなずいた。
「ラミーシャやシノハにも秘密でしょうか?」
「もちろんじゃ」
「この秘密を知っておるのは、わしと、わしの世話係の秘書、とおぬしの三人だけじゃ」
――少なっ!
「もうひとつ。今回のこの二人を制圧したのはおぬしということにするのじゃ」
「現実に私にできることでしょうか?」
「もちろんできる。おぬしには絶対に弾が当たらんからの」
「わしと同じように、近づいていって、銃を取り上げて撃つだけの簡単なことじゃが……」
「人を殺めるのは良くないの」
――おまえがそれを言うんかい……
「そうじゃ。魔法で昏倒させたことにせよ。ならば問題は解決じゃ」
「理事長はどうして動けたんですか?弾は当たっていたようなんですが、大丈夫なんですか?」
「それにそのお姿、500歳というのは本当なんでしょうか?」
「これ、一度にたくさん質問するでない」
「長年生きておるといろいろなことができるようになるのじゃ」
「ただ、心配してくれて、わしはうれしいぞ」
「じゃが、おぬしの世界では、女性に軽々しく歳を聞くものじゃないと教わらんかったのか?」
「ここは減点じゃ」
「まあよい。ここだけの話じゃがな、実はちょっとサバを読んでおる」
――え?500歳よりもっと上ということ?一体何歳なんだ?
「そんなことよりも、おぬしの家主のその娘が寝ておる間に聞きたいことはないのかの?」
――そうだった。一番気になっていることを聞かなければ……
「私は元の世界に戻れるのでしょうか?」
「そう考えてもらって構わんよ」
「元の世界の元いた場所に戻ることはできるし、元の身体を取り戻すこともできる」
「その方法をご存じなのですね」
「そうじゃ。じゃが、今はまだ教えられん」
「おそらく、いま説明しても理解できまい」
「勝手なことと思うかもしれんが、一旦はこの世界の破滅を回避する手伝いをしてほしい」
「その中で戻り方も自然にわかってくるはずじゃ」
――よくわからないが、まあいい。戻れる方法があるのがわかっただけ前進だ。
それに守れるものなら守りたいと思うくらいには、すでにマリトの中には、この世界とラミーシャへの愛着が育っていた。
マリトはもう一つ新たな可能性に気付いており、その確認はどうしてもしたかった。
「あの、私のこの回避スキルですが、この世界でも珍しいものなのでしょうか?」
「そうじゃ。わしも初めて見るものじゃし、聞いたこともない」
「この世界の魔法の体系とは別のものじゃ」
「世界の違いに関係なく、おぬし自身がもともと持っている能力だとわしは見ておる」
「だとすると、私は前の世界で撃たれて死亡していない可能性があるのでしょうか?」
「どういう意味じゃ?」
マリトは、彼が最後に記憶しているのは、拳銃の発砲を目をつぶって避けようとしたところだったこと。
そして、自分にとって大恩のある後輩のコリーンから『助けてほしい』と言われており、助けたい気持ちはあったが自分にそれができると思えずあきらめていたことを説明した。
「なるほどのう」
「元の世界に戻れたら彼女を助けることができるかもしれないと考えておるわけじゃ」
「そうじゃな。わしの考えでは、おぬしが弾丸を避けられた可能性は十分にある」
「じゃが、ちょうどそのタイミングに戻れるかどうかは何とも言えん」
「おぬしも指摘していたように、おぬしの世界とこちらの世界の時間経過には直接的な対応関係はない」
「異世界のおぬしがいた時空が特異点なのかもしれん」
「たとえば、500年前にわしのところにいた賢者様が、おぬしと面識のある人物だったとしてもわしは驚かん」
「とは言うても、転生の仕組みにはわからないところが多い」
「転生して仕事を完遂した後、その位置に戻って続きができるとか、そんな話になっていればよいのじゃがな」
――手続き呼び出しみたいなものか……
「それに、仮にちょうどのタイミングに戻れたとして、弾は避けられても、今のおぬしでは相手を制圧するのは難しいのではないか」
「じゃが、その女性はその世界でも有数の極めて聡明な女性だったのじゃろう」
「できること、できないことを判断する力を持っていたのではないかの」
「その彼女がおぬしに『助けてほしい』と言ったのなら、それができる可能性はあるとわしは思う」
「いま、わしが言えることはそこまでじゃ」
理事長は、しばらくの沈黙の後に続けた。
「この先のことじゃが、準備が整い次第、世界を救う旅に出ることになっておる」
「そのときにはわしも同行することになる」
「おぬしには、その前に戦える力を身につけてほしい」
「きっとそれは元の世界に戻ったときにも役立つはずじゃ」
◇
数時間後、会議の参加者は全員、救護室のベッドで目が覚めた。
襲撃を受けたと言っても、マリトと理事長以外は昏睡ガスで眠ってしまい、侵入者を見ることすらなかった。
そのため、まったく気が進まなかったが、侵入者の登場から、自分が撃退したところまでの流れを、理事長と用意したストーリーで話した。
結局、起きていたのはマリトだけということになっていたので、彼が撃退した以外に説明のしようがないのだ。
理事長からの指示で、工作員二名が死亡したということは伏せられた。
以前、シノハに掛けられた昏倒の水属性魔法で気を失わせて拘束したということになっている。
ラミーシャから驚きと賞賛と尊敬の入り交じった気持ちが伝わってくるので、マリトは申し訳ない気がしてならない。
彼女は、マリトの活躍を見ることができなかったことを、ただただ悔しがった。
襲撃事件は一般には伏せられ、警備関係者のみに知らされた。
一階での爆発は、なんらかの魔力の暴走による事故とされた。
マリトは、警備隊本部に連れて行かれ、どうやって撃退したかについて、賢者召喚について知るごく一部の警備関係者に説明した。
攻撃回避のスキルについて、ここでも実演させられた。
その日の夜には、シノハの実家であるカルベ家に泊まることになった。
カルベ道場は警備隊の要でもあることから、賢者召喚についても襲撃についても、当主であるシノハの父には知らされていた。
彼はマリトの回避スキルに強い関心を示した。
帰って早々に、道場でシノハと一緒に『どうすれば、回避スキルを破ることができるのか』の研究に、延々と付き合わされ、終わる頃にはへとへとになっていた。
◇
一夜明けた朝、市庁舎で前日に使っていた会議室は、立ち入り禁止となっており、別の小さな会議室で打合せの続きが行われた。
理事長は顔に数カ所の絆創膏を貼った痛々しい姿で現れた。
――あれだけ撃たれて、絆創膏とは……工作員の二人は酷い有様だったのに……
主要な説明はすでになされていたので、話は今後の予定が中心になった。
準備ができ次第、世界を救うための旅に出るが、表向きには他国の学校との親善競技という名目で、理事長に率いられた選抜チームが結成されるという話になるらしい。
それゆえに、魔武闘会でしっかりした結果を出すことは重要になる。
昼食はシノハの道場の門下生に付き添われて市内で取った。
その後は賑やかに買い物に繰り出し、午後の馬車で帰路についた。
ラミーシャは久々の市内での買い物の余韻で興奮状態だ。
襲撃を受けたと言っても、マリトと理事長以外は侵入者を見てもいなかったし、旅に出るのも随分先になることから、前日の出来事の記憶は、ラミーシャにはほとんど残っていない様子だ。
シノハの方は来るときと同様、黙って考えにふけっている。
ラミーシャがあの手この手で追究した結果、おそらく次回の魔武闘会でのラミーシャの兄との対戦のことを考えているらしい。
ゾンリーチャでの理事長との会話からは、マリトにとって期待以上の大きな収穫があった。
世界の破滅を防ぐということの意味、理事長の正体、自分の持つ特別なスキルについて知れたことは、もちろん大きい。
しかし、それ以上に、元の世界に戻ることができ、そこで見捨ててしまったと思っていた後輩のコリーンを助けられるかもしれないという可能性が開けたことは、彼自身の再チャレンジを目指す気持ちを強く後押しした。
理事長に指摘されたとおり、拳銃の弾は避けられたとしても、今のままでは相手を制圧することはできない。
そのことは、この世界で心身共に鍛えることに新しい意味を加える。
――今回の転生はオレに与えられたチャンスかもしれない
マリトは目の前の魔武闘会の試合に向けて、気持ちを新たにするのだった。
【次回予告】
学園生活での様々な事件を通じて、マリトはラミーシャと、そしてシノハを始めとする生徒会役員との絆を深めました。召喚以来はじめての理事長との直接対話が実現し、謎の一部が解決するものの、また新たな謎が残されます。そしてマリトは、この世界とラミーシャのための目標と彼自身の目標に向けた新たな歩みを進めることになりました。
これで、フェーズⅢの学園生活編は完了です。続く「フェーズⅣ:魔武闘会は勝ち残るのがお仕事です」で学年間交流試合がスタートします。その前に、後半の物語の伏線ともなる短めのサイドストーリーを挟んでいく予定です。
ここまで読んで下さった読者の皆様には、改めてお礼申し上げます。引き続きよろしくお願いいたします。