【人月心話】あのー、剣と魔法の異世界の案件なんですが、元ITコンサルの賢者様なら解決できますか? 作:Kimoto Hiroshi (KH)
体術の試合に向けて、ラミーシャの練習相手はケイが務めてくれた。
相棒のアランの練習にも付き合っているので、大変そうだ。
それまでの練習はシノハが付き合ってくれていたが、彼女は前日の試合後に救護室に運ばれたままベッドで寝ている。
リスカールによる最後の反則の強打で右肋骨にひびが入り、軽度の内臓損傷を起こしたのだった。
命には別状はないが、内部の出血と腫れが引くまでは救護室で静養することになっている。
その様子を見て烈火のように怒ったラミーシャを落ち着かせるのは大変だった。
シノハに試合の様子を聞いたところ、剣筋はリスカールであって、別人というわけではないということだ。
しかし、いくつかの点で大きな違いがあり、言動も本人とは違う印象だったという。
このことはリスカールに別人格が存在するというマリトの仮説と一致する。
どこまで本人の意志で行動しているのか判断は難しそうだ。
外見上の一番大きな変化は、片方の目が紫色になっているという点だ。
シノハは、光属性魔法を使って通常では見えない光を発光させて動きを予測しているのではないかと考えていた。
その光を感知するために目の構造に変更を加えたために瞳の色が変化したのではないかというのだ。
それが本当なら、まったく未知の魔法ということになる。
当初は普通の光魔法を使って妨害できたが、後半ではもう効果はなかったそうだ。
予測は眼からの情報によって行っているので、シノハやマリトのように、初見技に対応できるわけではない。
実際、シノハが初めて見せた裏技には対応できなかった。
だとすれば、この世界で未知の技を使うという当初の作戦は有効そうだ。
もっとも気をつけるべきは、一撃目の動きが恐ろしく速いというところだ。
これまで、人間に可能だと思っていた速度をはるかに超えるらしい。
縮んでいたバネが一気にはじけるように動くので眼がついていけなかったという。
ただ、二撃目以降の動きは速くはあるが、常識外れの速さではないとのことだ。
ケイとの練習の中で、ラミーシャとマリトはこの数日間、二人が修得した秘密技を披露した。
ラミーシャやシノハ同様、彼女にとってもまた初見の技だった。
ケイは学園の中でも博識で、魔法だけでなく武術の研究にも長年取り組んできている。
彼女でさえ知らないのであれば、少なくともこのボルディアでは、未知の技だと考えていいだろう。
ただ、これはあくまでリスカール対策である。
アランとリスカールの対戦で、アランが勝てば彼との再戦になるので、ケイから技の情報は知られてしまう。
だが、そうはならない予感はあった。
◇
対抗戦当日になった。
ラミーシャの第一試合目は6年生二位の生徒。
スレンダーな女子学生で、ケイより少し身長がある。
スピードのある学生だったが、アランやケイを超えるほどの力はなく、有効打を取られることなく、決定打一本で危なげなく勝利した。
ケイはアランとリスカールの試合を見に行った。
アランがリスカールの頭部とボディに有効打を与えたものの、肝臓、みぞおち、左胸、顎、側頭部の有効打五本でリスカールの勝利となった。
アランもかなりの実力者であったため、有効打が取れたことも、決定打が出なかったことも不自然とは思わない。
しかし、この結果にはどうにも引っかかるところがある。
それが何か最初のうちはマリトにも良くわからなかった。
――あ、有効打が二本と五本だ……
昨日の第一試合も二本取られたが五本の有効打だった。
ちょっと待て、決まり手は、足元、胴、籠手、肩、首元……
シノハの試合はどうだった?
同じだ、足元、胴、籠手、肩、首元の有効打。
最後に反則で連打した決定打も同じ五カ所だ……
すべて一本づつ。ダブリなく……
五か所をモレなく……
――なんてことだ……
「MECE!」
「私の名前はミーシャです。変な風に呼ばないで下さい」
思わぬところから抗議を受けた。
「ちがうんだ。MECEといって、Mutually Exclusive and Collectively Exhaustiveの頭文字を取ったものだよ」
「それは、なんのことですか?」
「物事をモレなく、ダブリなく、分けて分析するコンサルティングの基本の考え方のことだ」
「昨日の試合は、足元、胴、籠手、肩、首元 の五カ所をモレなく、ダブリなく有効打を取っている」
「今日の試合は、肝臓、みぞおち、左胸、顎、側頭部だ」
「オレたちの試合でも、この五カ所の有効打を狙ってくる可能性が高い。
――くそ。頭にくるが、そういうことだ……
「認めがたいことだが、シノハやアランの有効打二本はわざと受けているんだ」
「有効打を三本差で先取すると試合が終わってしまうからだ」
「決定打を打てても打たずに有効打にとどめている」
「それだけの力量差があって、なめられているというわけだ」
「悔しいが、圧倒的な実力差は認めざるを得ない」
「もし、MECE仮説が正しければ、明日はこちらにも二回の有効打の機会をつくるはずだ」
「それを逆手に取る」
「そこに渾身の決定打を打ち込むんだ」
「慢心している相手に、シノハに大けがをさせた相手に、お兄さんの身体で好き勝手やってる相手に、一生後悔するくらいの強烈な一発をたたき込むぞ」
ラミーシャは、うなずいた。
二人の熱い気持ちと高揚感が同期した。
◇参考挿絵:体術の兄妹対決が始まる
最終戦のリングは特別な舞台だ。
学園の複数の校舎から見下ろせる中庭に、地上高さ5メートルほどの高さで、円形のリングが4本の巨木に支えられて作られている。
試合終了までにリングに立っていた方が勝ちというシンプルなルールだ。
もちろん、相手が続行不能になるか、決定打一本または、有効打の三本差先取でも勝敗が決まる。
体術の試合は、剣術とは違い、有効打ごとに仕切り直しは行わない。
連続する攻防の中での有効打と決定打がカウントされる。
リスカールとラミーシャはそれぞれ、リングへ上り中央で対峙した。
今回の交流戦で最大の目玉となっている兄弟対決だ。
先日のリスカールとシノハの雪辱戦以上の関心が集まっていた。
シノハとの試合でのリスカールの反則行動には厳重注意が与えられた。
本日の対戦が中止になるのではないかと危ぶまれたが、理事長の英断で実現することになった。
どちらも碧眼ブロンドで学園でも有名な美形兄妹である。
同じ試合用の礼装を身にまとっている。
しかし、実体は表向きの兄妹対決とは様相が異なっている。
それぞれが宿している別人格によってパワーアップした、二人一組のバディ同士の対決だ。
砂時計が返り、試合が開始する。
ラミーシャが小刻みにステップを踏みながら間合いを詰める。
リスカールはゆらりとした動きで間合いを詰めてくる。
一瞬だった。
少しリスカールの姿が揺れたと思ったときには、かかとが顎に向かってきた。
後ろ回し蹴りの一閃だ。
――見えなかった
思わず下がったところに、右の突きが続いた。
ブロックが間に合わず、左胸にヒットする。
判定器が黄色く光る。
有効打!
一撃目は人並み外れた動体視力を持つラミーシャですら、ほとんど見えなかった。
その後の突きは速かったが反応できないほどではない。
わずかに後ろに下がり、左からの突きを出そうと踏み込んだところに、左脚の甲が現れた。
本当にバネのように動く。
顎に入り、視界が揺れる……だが、軽い。
判定器が黄色く光る。
有効打!
――続けざまに二本もらった……あと一打。だが、詰んだのはあっちのほうだ。
――必ず隙を作って有効打を打たせてくる。
バネの動きにも目が慣れ、数回の打ち合いが続いた後、リスカールの右からのフックがやや大ぶりになる。
左の手のひらで押さえて流すと、右のボディに隙ができる。
――偶然を装った誘いの隙のつもりだろうが……計算通りだ。
完璧な体勢とタイミング。
たとえ読まれていたとしても、ここからかわすことは不可能だ。
チョーカーが黄色く光る。
摩擦力が最大化された地面の応力を使って、渾身の右の突きをたたき込む。
だが、リスカールは一瞬のバネのような後退の動きで力を軽減した。
――く、バネの動きはかわすのにも使えるのか……
有効打!
たたみかけるように、踏み込んで左の突きを出そうとするが……
だが、そこにはすでにバネの動きで突きが放たれていた。
みぞおちに入り、一瞬、息が止まる。
有効打!
大きく下がると、すぐ後ろにリングの端を支える巨木がある位置まで来ていた。
リスカールがガードを固めつつ無造作に距離を詰めてくる。
――もう一度詰みだ。想定以上のパワーの見慣れない技ならどうだ……
右からの回し蹴りを装って反転、大股で巨木へとステップして幹を両手でしっかりとつかむ。
両脚を場外上方へ向けて大きく振り回しつつ、木の幹に腕を絡めて、防刃インナーと木の幹の間の摩擦力をコントロールして高速に回転、反対側からリスカールに両足脚を向けて飛び出す。
巨漢のアランとの試合に向けて編み出した高速の飛び蹴りだ。
跳び蹴りは見かけは派手だが、地に足を付けた突きや蹴りほどのパワーは出せない。
体重差が大きいと、相手へのダメージは限定的だ。
それを補うため木の幹を中心に、全身の筋力を使って回転し、上方から飛び出すことで速度を高めた一撃を放つ。
リスカールは蹴りに合わせて後ろへ飛ぶ。
両腕のガードを跳ね飛ばすが、浅い。
有効打!
――見慣れていない技でも、反応できると決定打にはならないか……
着地の体勢を立て直すために、後ろに飛び下がる。
だが、そこでもバネの動きの突きが肝臓に刺さる。
有効打!
一瞬でもためを作れるタイミングがあれば、見えない速度の打撃が出せるということか。
――あと一本の有効打で試合は決まる……だが、本当に追い詰められたのはあっちだ。
有効打が四本。MECE仮説が正しければ、残り一本は側頭部。
どんなに速い攻撃でも、狙いが一か所しかないならば、ラミーシャにとって防御はたやすい。
しかも頭部への攻撃には、マリトの回避感覚も働く。
もう負けはない。反撃開始だ。
――だが、予測不能な技でなければ決定打にはならない……
「ミーシャ、秘密技のお披露目だ」
ラミーシャは軽くうなずくと、素早く右脚を左に振って時計回りに蹴りを出し、リスカールのブロックをはじく。
ケイシャーダ。南米ブラジル発祥の武術カポエイラの蹴り技。
この世界では知られていない技の体系だ。
リスカールが驚いた目になる。
すかさず踏み込んで、ボディに突きを入れる。
有効打。
続いて、リスカールの蹴りに合わせて、足元を崩しにかかる。
ハイステラ。低い位置で四つん這いになり、回転して足元を崩す。
予想できない技に困惑しているところで、ラミーシャは床に両手を付けた。
身体が上下反転する。
左脚のかかとが半月を描くようにリスカールの顎を急襲する。
メイアルーア・ジ・コンパッソ!
カポエイラで極めて独特な、倒立した体勢で回転蹴りを行う技だ。
リスカールは反射神経でかろうじて身体を引くが間に合わない。
有効打。
動きの可能性が増えたためか、リスカールの予測精度は低下した。
側頭部をガードしつつ、バネの動きに必要なためを作らせないように技を連打する。
左のハイキックがリスカールの側頭部に入る。
有効打!
――あと一本だ!
◇
リスカールが、連続する打撃をさばきながら何かをつぶやき始めた。
「筋紡錘応答、補正……腱反射、抑制。前庭入力、再同期」
「チッ!なら疑似皮質の分子イオン勾配を制御し、並列直起動!」
――試合中に何をつぶやいている?
攻撃を受け流しながらつぶやき続ける。
「未検証領域、開放。カポエイラ機能群、全解凍、強制配備!」
――いま、カポエイラと言ったか?
「筋収縮タイミング、再定義。重心遷移、反転。回転軸、再設定。蹴撃ベクトル、補正」
つぶやきが続く。
「代替運動基盤、オンライン!」
「ブートストラップ起動!」
そう言うと後ろに大きく下がり距離を取った。
◇
そこからの動きには変化が生じた。
それまでの攻撃の中に新しい動きが混ざっている。
ラミーシャの突きがかわされて、内側から外に回転する蹴りが顎に飛んできた。
回避が間に合わない。頭が揺れる。
有効打!
――ケイシャーダ!?ばかな!さっき見ただけで覚えたのか?
――それに顎は二回目だ。MECE戦略は放棄したのか?
新しい技の習得は容易ではない。
抜群の格闘センスのあるラミーシャですら、試合で使えるレベルになるには何日もかかった。
呪文のようなつぶやきは、技の使用と関係があるのだろうか。
――そもそもなぜ『カポエイラ』という単語を知っている?
続いて直線的な蹴りが放たれて、みぞおちに突き刺さる。
一瞬、息が止まる。
有効打!
――なんてことだ……見たことのない動きと技が加わって、うまく回避できない……
再び、じわじわと巨木の方に追いやられる。
ラミーシャからもケイシャーダを放つ。
リスカールが身体を低くして回避した。
――これまでなかった動き……回避技まで会得したのか?
続いて回し蹴りがきたと思った途端、かかとが反転し左胸に入る。
有効打!
マリトの疑念が確信に変わる。
――ジョーゴか?……こちらからは見せていないカポエイラの技……オレたちは練習すらしていない。
マリトは先ほどから感じている違和感の正体に気付いた。
バネの動きはなぜか出さなくなっている。
技が単発で単調。
一度出した技は二度出していない。
別のMECE戦略が生きている。
――技のMECEか!
――次の有効打で試合は決まる。だとすると、次の技は……
リスカールが低い体勢をとって、ラミーシャの右の突きをかわすと、床に両手を流れるように付けながら、左脚の回転蹴りをラミーシャの顎に向けて放つ。
――メイアルーア・ジ・コンパッソ!
左腕と右手でブロック!
だが予想外に軽い。その瞬間ひらめいた。
――二連コンパッソ!幻の技!
次に来る技とリスカールの裏にいる人格が同時に判明した。
◇
マリトは大学時代の研究発表のときの記憶が一瞬でフラッシュバックする。
所属していた研究室は義手や義足に関連する研究をしていた。
そのため、四肢の動きについても様々なテーマで研究が行われていた。
マリトは応用研究として、格闘技の技の研究をしていた。
少し遊び心のあるテーマだが、指導教官の友田准教授は、面白がって指導してくれた。
中間発表で、マリトがジェネティックアルゴリズムを使うことで、新技を見つけ出したという内容のプレゼンを行った。
聞いていた学生たちには大いに受けたのだが、友田准教授は苦笑しながらコメントした。
「カポエイラというんですね。そんな格闘技があるんですね」
「ただ、君が新しい技と主張している二連コンパッソ、強力そうですが、人間の筋力でできますかね」
メイアルーア・ジ・コンパッソは、手を床について、倒立した体勢で行う回転蹴りだ。
マリトがAIで見つけた新技というのは、一方の脚で回転蹴りを行って相手に軽く当てた後に、瞬時に逆回転させて反対の脚の回転蹴りで、相手の反対側を攻撃するというものだ。
「左右のワンツーのパンチを脚で行うイメージですね」
「ただ、パンチの場合は強い脚の筋力で腰より上を支えているからできることです」
「脚は腕より重いですし、腕は脚ほどの力は出せません」
「この反転の切り返しは、そうですね……普通の人間の5倍くらいの筋力がないと無理じゃないですかね」
確かに指摘の通りで、うっかりしていた。
このあたりは、発表前にコリーンにレビューしてもらっていれば、事前に気付けたはずだが、その頃ちょうど彼女の父の古楠教授の米国での事故の件があったため、それどころではなかったのだ。
「人間が出せる力も考慮して再計算してみてください」
「『幻の技』だったってことになるかもしれませんよ」
そして、再計算の結果、実現不可能な『幻の技』と認定されたのだった。
◇参考挿絵:研究の結果を説明する
ラミーシャがブロックした左側頭部への左脚の回転蹴りは、戻すことを前提とした蹴りだった。
そして、本命のそれが来た。
ブロックが当たると同時に腰が逆回転し、右脚での回転蹴りに瞬時に切り替わり、がら空きの右側頭部へ襲いかかる。
学園の魔法で筋力強化されているからこそできる幻の技……。
知らなければ一発KOの必殺技だ。
しかし、一種の奇襲技だ。
立っている相手の足元よりも頭を低い位置にとることのリスクは高い。
常に動いているからこそ技は攻防一体になる。
二連コンパッソは二つの技の連打を出し終わるまでは自由に動けない。
――来ることが知られてしまえば、致命的な弱点になる。
マリトが動きをイメージしたとおりにラミーシャの身体が動く。
もうどちらの意志で、どちらが身体を動かしているのかの意識はなかった。
二人の意識は同化し、マリトの攻略イメージをラミーシャの並外れた運動神経が実現する。
前方、リスカールの後ろ側に身体を投げ出して、腕で身体全体を支える。
リスカールの右脚がそれまでラミーシャの頭のあった場所を通過する。
ラミーシャは倒立と同時に、両足を広げてリスカールの腰を挟む……チゾーラだ。
通常の人間の数倍に筋力強化された両腕は自分の体重を支えつつ、強力な両足でリスカールの身体を空中につかみ上げた。
ラミーシャのチョーカーが黄色く光る。
最大の摩擦力で手と床を固定し、腰と足を回転させて、リスカールの身体を振り回し、後ろにあるリングを支える木の幹へとたたきつけた。
ズシン。
大きな音と共にリング全体が揺れる。
判定器が赤く輝く。
決定打!試合終了!
ラミーシャは自由になった両足でジャンプして起き上がる。
観客から大きな拍手が沸き起こった。
リスカールのほうを見ると、リングを支える木の横から滑り落ちていくところだった。
慌ててリングの端から下を見下ろすと、リスカールがリングの下に張られているネットの上でじたばたしている。
担架で運ばれていくリスカールを、ラミーシャは心配そうに見送る。
「兄さん、大丈夫かな?」
「別人格に支配されていたとしても、身体はリスカールのものだからね」
「心配だね」
「はい……」