【人月心話】あのー、剣と魔法の異世界の案件なんですが、元ITコンサルの賢者様なら解決できますか? 作:Kimoto Hiroshi (KH)
体術の試合の翌日、理事長からゾンリーチャへ来るよう呼び出しを受けた。
会わせたい人物がいるとのことだ。
ラミーシャとマリトは馬車でゾンリーチャの市庁舎に向かった。
車椅子姿の理事長に導かれて、先日の『ステイシーおばさんの部屋』の地下でブーストライダーを受け取った部屋とは別棟のドアを開いた。
そこには、マリトにとって見慣れた風景が広がっていた。
五名ほどの優秀そうなスタッフがディスプレイを見ながらキーボードをたたいている。
全員、『ステイシーおばさんの部屋』の従業員の制服を着ていた。
主人格をマリトに交代した。
なんとなく予感があったからだ。
部屋の中央に、左腕、右足にギプスをはめた状態で、机の上に脚を載せて、他のメンバーに技術的な説明をしている姿があった。
ラミーシャの兄のリスカールだ。
正確には、その中に召喚されている人物、友田社長だ。
◇参考挿絵:異世界の研究室で再会する
ラミーシャが来たことに気付くと、声をかけてきた。
「やあ、お疲れさま」
「お疲れさま」
マリトも挨拶を返す。
――日本風のやりとり……この一言で一気に気持ちが元の世界に戻る……
「ちょっと見ない間にずいぶん可愛らしくなりましたね」
「そっちこそ、ずいぶんイケメンになったんですね」
友田社長は、松葉杖を使って立ち上がって握手を求めてきた。
「試合では、本当にお世話になりましたよ」
「ここまで、ふつうやりますか?」
「見ての通り、ボロボロです」
頭の中ではラミーシャがカンカンだ。
リスカールの姿を見てからずっと興奮状態だ。
とりあえず、マリトを主人格にしておいてよかった。
さらにボロボロにしかねない。
マリトは友田社長にどうしても聞きたいことがあった。
「いろいろ聞きたいことはあるんですが、最初にどうしても確認したいことがあります」
「わかりました。私で答えられることならお話しします」
「あの襲撃の後、どうなったのか教えてください」
「パーセプモーションの襲撃のことですね」
「確かにそれは気になりますね」
「コリーンは、古楠は、無事だったのでしょうか?組織に連れ去られたんでしょうか?」
長い沈黙があった。
「うーーん……何か勘違いしてませんか?」
「私ですよ。私、私」
――オレオレ詐欺かいっ?……えっ?
「私、困ってたんですよ」
「この世界は関西弁の受容度が低くて」
「汚い言葉で暴言を吐くとか言われて……」
「偏見やと思いません?」
「先輩が、来てくれて、わたし、めっちゃ、うれしいんです」
話の展開について行けず、混乱していたマリトも、ようやく自分の勘違いに気付いた。
◇参考挿絵:思わず抱きつく
――そうだ、中間発表会には友田先生の他にも学生がいたんだった。
――いや、しかし、その中にコリーンはいなかったはず……
いくつか説明がつかないところはあったが、様々な疑問点がマリトの頭の中で、パズルのピースのようにきれいにはまるのを感じた。
コリーンなら賢者という役割を果たせると確信できる。
実際にリスカールが見せた新しい魔法や剣技も、裏に彼女がいたのならできて不思議はない。
そうした雑多な思考が頭をかすめるが、今のマリトにはそのすべてがどうでもよかった。
本人は関西弁がどうとか、どうでもよいことをしゃべっているが、気にしない。
――コリーンが生きていた!
――いま、目の前でしゃべっている!
安堵の気持ちが胸いっぱいに広がる。
これまで、彼女を見捨てたと思った後悔――
敵前で逃げてしまった自責の念――
マリトを支配していたすべての重圧が霧散した。
そして、その反動で、安堵と喜びの激情がはじける。
何も考えず、ただ、目の前にいるコリーンを抱きしめた。
「生きていてくれてありがとう……ほんとに……」
「……ずっと、申し訳ないって……心配で、後悔してて……」
「……それが、また会えて……話せて……良かった、本当に……」
言葉にならない言葉が口をついて出てくる。
涙があふれ出てくる。
ラミーシャが驚いたあと、怒りの激情は静まったが、別のもやもやした感情を感じる。
「付き合っていたとかいう関係じゃないって言っていたのに……」
そうつぶやいて、困惑と矛先の違う怒りの気持が湧き出してくるのを感じる……
だが、いまはそれも気にしない。
コリーンは一瞬、目を見開いて驚いたような恥ずかしがるような様子を見せて、離れようともがいた。
しかし、その後、顔が少し不気味に笑った。
そして、マリトの気持ちに応えるように、コリーンも思いのほか強い力で抱きしめてきた。
そして、言った。
「お父さん、私もこうして親しくさせていただけるようになったことをうれしく思っています」
「師匠から聞かされていましたが、本当に素晴らしい人格の方だと思いました」
「あと、ついでのように言うべきことではないんですが……」
「妹のコリーンがいつもお世話になっており、こちらも感謝しております」
――え?師匠?妹?コリーン、ではない?
主人格がリスカールになっていた。
マリトの激情に恐れをなしたコリーンが逃げ出していたのだった。
「ついで……だって?」
「わたしは、兄さんのこと、めちゃめちゃ心配したんだから……」
「乗っ取られてたらどうしようとか……」
「落ちたときの打ち所が悪かったらどうしようとか……」
頭の中で、ラミーシャの怒りにさらに火が点いている。
コリーンに逃げられてしまい、勃発寸前の兄妹げんかを前に、マリトも冷静になってきた。
リスカールから離れようとするが、強い力で抱きしめられていて離れられない。
「お父さんと試合でご一緒させていただいて、確かに尊敬できる方だと思って、こうして近くでお話しできないかとずっと思っていました」
「ちょ、ちょ、ちょっと待って。落ち着いて」
「まず、私は君にお父さんと言われる筋合いはない」
「では、『マリト様』と呼ばせていただいて良いでしょうか?」
マリトの本能が、それは避けろとささやいた。
諦めて言った。
「いやむしろ『お父さん』と呼んで下さい……」
身体を離してくれない……
「ミーシャ、助けて!」
「ぜーーったいに、嫌です!」
「お父さんも、兄さんも、後輩さんも、みーんな嫌いです!」
◇参考挿絵:離れようともがく
再会のどたばたが収まったところでマリトが切り出した。
「それならそうと、早めに教えてくれれば良かったのに……」
これには横から理事長が口を挟んだ。
「すまんのう。わしが口止めしておったのじゃ」
「拉致の本当のターゲットが彼女の可能性も高かったのでな」
「じゃからコリーンさん召喚の件は、サワ先生召喚以上の極秘事項になっておるんじゃ」
「それでも、私は少し落ち着いたタイミングで、先輩にだけは連絡を取ろうと思ってたんですよ」
「でも、魔導書の一件以来、連絡先が変えられてしまって、連絡がつかなくなってしまって」
「そうこうするうちに魔武闘会になってしまったんです」
「先輩の連絡先のMuR――ミューアール――コードを教えてください」
「QR――キューアール――コード?」
「いえ、MuRコードです。ここの学生が魔法陣とか呼んでいるものですが……」
「正式名はMuR――Mystic Unison Ring――コードです」
「え、あれって、二次元バーコードなの?」
「はい。そうです」
当たり前のように答える。
「アメリカの研究所の友達に日本のサブカルオタクがいて、彼女がジョークで作ったものなんですが、オルタナティブなコードとして採用されてしもたんです」
「他の魔法の魔法陣もみんな、そのコードなの?」
「もちろんです」
基本魔法の教科書を開いて言った。
「たとえば……、このページにあるライトを点けるときのコードを見てみますか?」
リスカールが顔をしかめてながめるとチョーカーが白く光った。
画面に同じ魔法陣が表示され、続いてテキストが表示された。
マリトはそのテキストには見覚えがあった。
「これはPhytonのプログラム?」
「正解です。このMuRコードはPhytonのスクリプトです」
「先輩が最後に使われていたのがバージョン9でしたが、その次のバージョン10です」
「スクリプトは基本的には、本体に定義されている関数を呼び出しているだけです」
「魔法を呼び出すときの呪文『ファイタキス』というのは、ひょっとしてPhytonに関係する?」
「はい。そのとおりです。『phyton10』のことです」
「バージョン数の10をローマ数字のⅩと書いて『ファイトンエックス』と呼んでいたのですが、長いのでエイリアスを定義して短くしたんだと思います」
「火属性魔法とか、水属性魔法というのは、どう実現されるの?」
「ここの学生たちは、そんな呼び方をしているようですが、インポートしているライブラリの違いです」
画面上のコードを指差しながら答えた。
「この部分ですね」
「相互干渉を避けるため、ライブラリの独立性を高くしています」
「火とか水とか言ってますが、ギリシャ時代じゃあるまいし、科学的な本質からは外れています」
「MD粒子はあらゆる物質中に存在します」
「特定の指示に従って近傍の物質との間でエネルギーを交換します」
「一番重要なのは、その効果範囲をどう制御するかです」
「技術の本質は制御です」
「制御されない大きな力なんて暴走して大惨事を引き起こすだけです」
マリトはラミーシャの引き起こした魔力暴走の数々を思い出した。
――いやまったく、そのとおり……
「この兄妹は二人揃って強力なMPを持っているので、制御しないと何を起こすか分かりません」
「MPというのは『Magic Power』で、魔力のこと?」
「いえ、『MD Potential』でMD粒子影響範囲の意味です」
――頭の中で魔力と読み替えよう……
「火属性、光属性はMD粒子がエネルギーを与えることで熱や光に変える関数群ですが、効果範囲は指定した組成の物質に限定されます」
「土属性は固体表面の性質、風属性は空間を囲む境界、水属性は液体が繋がっているところを効果範囲に定めています」
「医療魔法や治安魔法というのはそれとは別の目的別の分類です」
「それぞれの制御の決め方は最初の方でインポートします」
「MuRコードのこの辺りになります」
魔法陣の上の部分を指しながら言った。
ラミーシャが「ねこ、ねこ、にゃん……」とつぶやいている。
◇
「しかし、原理まで明快に説明されると魔法というより工学技術と言ってもよい感じだ……」
「これは……『魔法工学』と呼ぶべき技術体系だな……」
そう言って感心しきりのマリトだが、コリーンの顔が苦虫をかみつぶしたような表情になる。
「あのー、先輩、私、常々思っているんですが……」
「すでにふさわしい名前があるものに、別の新しい名前を付けるのは感心しません」
「『魔法工学』はまさにふさわしい名前だと思うけど、すでにふさわしい名前があると?」
「もちろんです」
「世界中で数億人の人々が、人生をかけ、場合によっては命すらかけて、その発展と普及に力を注いできた人類の最大の知識資産……」
「わたしは、一人の技術者として、人々の創意と努力に対して、心からのリスペクトを抱かずにはいられません」
「それは……」
「それは?」
「『IT、情報技術』です。先輩」
次回でフェーズⅡ完了です。様々な出来事の真相が明らかになり、タイトルが回収されます。