【人月心話】あのー、剣と魔法の異世界の案件なんですが、元ITコンサルの賢者様なら解決できますか?   作:Kimoto Hiroshi (KH)

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フェーズⅢ 学園を脅威から守るのがお仕事です
第1話 旧校舎の怪談を信じてもらえますか?


「どうしてみんな薄暗くなってから取りに行こうとするのかなあ」

旧校舎に向かいながらラミーシャが愚痴を言っている。

「授業が終わってからだから仕方ないんじゃないの?」

「それはそうなんですけど……」

 

そう言って声をひそめる。

「旧校舎には出るんです」

「出るって、何が?幽霊?」

こくりとうなずく。

ラミーシャはこの手の話は本当に苦手だ。

 

今、マリトとラミーシャが向かっているのは、旧校舎の端にある武道場の用具保管室である。

20年ぶりに、ボルディアにあるもう一つの学園との交流試合が行われることになった。

魔法学園の学生は日常的に武具を手元に置くことは許されていないので、試合や演武で使われる武具は保管室に保管される。

そして、その保管室の開錠は生徒会役員にしか許されていないので、武具を持ち出すときには役員の誰かが付き添う必要があるのだ。

生徒会役員になったために、やらなければならなくなったことのなかでラミーシャが一番嫌がっている仕事だ。

 

◇

 

人月心話のチームが結成されてから数ヶ月、マリトとラミーシャは定期的に情報交換のためにゾンリーチャの郊外にある秘密の研究施設を訪問している。

リスカールは最高学年で学園に在籍はしているが、授業への出席を免除されている。

彼はもともと成績が優秀で単位をほぼすべて取得済みだからというのが表向きの理由だが、本当の理由は彼の中に召喚されている賢者であるコリーンが研究を行うためだ。

 

同じ二心同体状態の自分たちとは、随分と扱いが違うとは思うが、こんな施設での研究よりラミーシャと一緒の学園生活の方が楽しいのでマリトとしては不満はない。

情報交換と言っても、研究施設で午前中、ほぼ一方的にコリーンからレクチャーを受けているだけである。

 

マリトは午前中といわず、しっかり時間を取って、できるだけ多くの情報を吸収したいのだが、午前中いっぱいがラミーシャの我慢の限界だ。

レクチャーの間、彼女は終始機嫌が悪い。

システムや物理現象に関する話が多く、彼女には分からないことが多いためだ。

 

コリーンの話はときどき脱線して、マリトとの間でしか通じない学生時代や職場の話などを持ち出してくるので、ラミーシャの機嫌の悪さに拍車がかかる。

昼が近づくにつれて「いつまで続くの?」「お腹が減った」と文句が増えてくるので、根負けして午前中まででレクチャーを切り上げることになる。

それから街に繰り出して、警備隊員で護衛役のリクと早朝訓練後のシノハと合流し、昼ご飯を食べながらのおしゃべりと買い物で機嫌を直して学園の寮に帰るというのがお決まりの流れだ。

 

限られた時間での情報交換ではあったが、マリトが持っていた疑問のうち重要ないくつかについては解消できた。

元の世界とこの世界の関係など、コリーンにもまだ分かっていないことは多いのだが、仮説を立てながら少しずつ解明を進めているということだ。

 

まず、召喚の目的はやはり賢者としてのコリーンだった。

彼女の知識がこの施設の制御を取り戻すのに必要らしい。

現在は施設の維持までしか行われておらず、本来の機能を発揮していない、PCでいうところのスリープに近い状態らしい。

コリーンは現在、その復旧のための調査に取り組んでいる。

 

敵工作員からの拉致の試みが繰り返された理由は、ラミーシャの中に彼女が召喚されたと誤認されたためだ。

彼女の知識がこの施設だけでなく、他国に存在する類似の施設の制御を行うのに必要らしい。

まったく迷惑な話なのだが、そもそもどうしてラミーシャの中にマリトが召喚されたのかはわかっていない。

事故だったという説明を聞いたが、だれかの意図があったのではないかという疑問をマリトは払拭できない。

 

ひとつマリトにとって衝撃的だったことがある。

前の世界で襲撃を受けたときに、コリーンは「助けてください」などとは言っていないと主張しているのだ。

だとすると、自分がこの世界に来てからずっと背負ってきたトラウマは一体何だったのだろうか……

――彼女がウソをついているのか?

 

しかし、コリーンはこう言った。

「だって、そんなん、ちょっと考えたらありえへんて、わかりますよね?」

「あの状況で、助けを求めたところで先輩に何かできると、私が期待したとか、本気で思ってます?」

 

ひどい言われようだが、その通りとしか言いようがない。

それでも、マリトは「助けてください」と唇が動く様子をはっきりと覚えている。

見間違いなどあり得ない。

――そう思うのだが……

自信が揺らぐのを感じるマリトだった。

 

◇

 

その他にも、ブーストボードやブーストライダーのようなこの世界の文明レベルに似つかわしくない工学技術の産物がある理由も理解できた。

秘密施設の一部である「ステイシーおばさんの部屋」とラミーシャなどの学生が呼ぶ施設で、過去の文明の遺産が管理されているのだ。

コリーンによると、正式名称はステイシスルーム(Stasis Room)だが、学生の言い間違いで(Stacy's Room)が定着したのだそうだ。

 

道具や機械の状態を元の状態に保つことのできる施設らしい。

前回のレースで大破したライダーも一年あれば新品の状態に戻るらしい。

学生たちはステイシーおばさんの魔法によるものだと信じているようだが、コリーンによればMD粒子を使った技術ということだ。

 

試合や演武で使われる武具の多くも現在では精錬・加工できない金属を使っているので、そこで修復・維持されている。

試合で使う武具もいつも用具保管室にあるわけではなく、そのステイシスルームから一時的に移されたものである。

普通の道具であれば受付に取りに行けば良いのだが、さすがに物騒な武具を町中で持ち歩くわけにはいかない。

ボルディアの治安は良く、警備隊など例外を除いて帯刀は禁止されているのだ。

そのため、試合のときには学園に特別に運搬され、旧校舎の武道場の奥にある鍵のかかった用具保管室に収納される。

 

◇

 

「だいたいですよ。学校の試合で本物の武具を使う必要なんてないじゃないですか」

「木剣じゃどうしてだめなんですか」

――それをおれに言われてもなあ……

ラミーシャは旧校舎の横の道を歩きながらずっと愚痴を言い続けている。

武道場は校舎を過ぎた先にある。

 

マリトにもラミーシャが怖がる気持ちはわからなくもない。

実際、旧校舎は不気味である。日が暮れつつある今の時間は特にそうだ。

旧校舎は20年前に起きた大地震で基礎部分に致命的な亀裂が入り、使えなくなったため建て替えを余儀なくされたのだそうだ。

学園の建物はボルディアの他の建物と同様、生きている樹木が基礎になっているのだが、先祖返りして成長しようとする性質を持っている。

手入れを怠ると壁から枝が出たり、部分的な成長でゆがんだりするため、日頃からの手入れが重要になるのだ。

 

旧校舎は20年も放置されていたために様々なゆがみが出て、日が暮れるとまるで昔のディズニーの白雪姫の映画に出てくる恐怖の森のようなホラーな絵面になる。

当時の地震で亡くなった学生もいたらしく、ラミーシャによれば旧校舎にはその霊が残っているのだそうだ。

ただ、旧校舎の端にある武道場は被害が少なかったため、今でも日中は部活動に使われている。

 

「確かに旧校舎は不気味だけど、武道場は手入れもされていて新校舎と変わらないよね」

旧校舎を横手に過ぎて、武道場のある建物の入り口に向かいながらマリトは言った。

「ぜんっぜん、違います!!」

ラミーシャは憤然と、だが、ひそひそ声で言った。

そして、前方を目立たないように小さく指さしながら続けた。

「出るのは武道場の手前のあのトイレなんです!!」

 

◇

 

ラミーシャの説明によると、学生の間で口づてに次のような話が伝わっているそうだ。

10年ほど前、武道場に忘れ物をしたため、日暮れ前に取りに戻った女子生徒がいた。

探していた忘れ物をカバンに入れて武道場を出るときに、トイレで用を足してから帰ろうと思ったらしい。

その子がトイレに近づくと、中からドアが開くような音が聞こえた。

 

自分以外にも誰かいるのかと思って「だれかいるの?」と聞いたけれど返事がない。

トイレに入ると、入り口から三番目の個室のドアが開いているのが見えた。

不思議に思って、その個室の前に行って中を覗き込んだら、幽霊らしきものが立っていて、怖くなって逃げ帰ったというものだ。

 

「個室の中には『一本足の女の子の幽霊』が立ってたんです!」

「そして、そして、『私のもう一本の足はどこ?』って聞いてきて、ぎょろりとした目で女子生徒の足を見たんです!」

「うーー、怖い。怖すぎます!!」

しゃべりながら、ラミーシャの全身に鳥肌が立っている。

 

――元の世界のどの学校にもあったテンプレみたいな怪談話だな

「トイレの花子さん」のバリエーションだろうかとマリトは思った。

 

◇

 

武道場のある建物の入り口に入ると、屋内はほの暗く、外よりも少し温度が低くひんやりとしている。

トイレを横目で見つつ、廊下を早足で武道場へと向かう。

ラミーシャの緊張が伝わってくる。

トイレの横を無事に通り過ぎて、すこしほっとしたそのとき――

 

ギィー

後ろのトイレから何かの音がした。

背筋が泡立つ。

そっと、ラミーシャが引っ込んで、マリトが主人格に押し出された。

『ここから先はお願いします』という心の声が聞こえた気がした。

 

「だれかいるの?」

マリトは振り返って向きを変え、女子トイレの入口の前で声をかけた。

返事はない。

静かにトイレに足を踏み入れる……

 

カサッ

衣擦れの音がした。

個室のほうに目を向ける。

手前から三番目の個室のドアが開いている。

ラミーシャの恐怖が膨らむ。

 

マリトは警戒しながらゆっくりと静かに三番目の個室の前に立ち――

そして、開いているドアから中を覗き込んだ。

 

目に飛び込んできたのは――薄暗い中まっすぐに立つ一本の白い足……

 

足だけで、その上に体はない。

太ももから下の足、裸足だ。

人間の足にしては白く、かすかな光沢があるように見えるが、まるで生きているかのような生々しさがある。

 

ラミーシャは恐怖のあまり思考が停止しているが、マリトは平然としている。

余裕の笑みすら浮かべている。

――ふっ。怪談話に合わせて、人体模型の足を置いたんだな……

 

マリトの元の世界で勤めていたのは義手義足の研究開発の会社だ。

腕や脚のパーツが転がっていることなど珍しくもなんともない。

トイレに手足のモデルを置いておくなど、新人を驚かすためのいたずらの定番だ。

 

――それにしても見事な造形をしている。

見たこともないほどきれいな形だ――職業的な関心に捕らわれる。

すらりと長く均整の取れた足。健康的でありながら艶めかしささえ感じられる。

――足全体を白い産毛が薄く覆っているようにも見えるが……どうなってるのかな?

よく見ようと顔を近づけながら、手を伸ばしたとき……

 

足はその手を避けるように膝を曲げ……跳ねた。

――え!?

 

「ぎゃああああああ」叫び声が学園中に響き渡った。

ラミーシャが恐怖の叫びを上げていた。

いつの間にか、彼女が主人格に出てきていた。

 

気付くと後ろに手をついて尻餅をついていた。

マリトもさすがに驚いた。

ラミーシャの恐怖の感情が津波のようにマリトを飲み込む。

恐怖で動けないが、逃げていく足から目が離せない。

足はぴょんぴょん弾むようにして視界から消えた。

 

 

【挿絵表示】

 

◇参考挿絵:トイレの個室には一本の白い足が

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