【人月心話】あのー、剣と魔法の異世界の案件なんですが、元ITコンサルの賢者様なら解決できますか? 作:Kimoto Hiroshi (KH)
旧校舎の武道場前のトイレで、マリトたちがハナコさんの怪異に遭遇したあとは大騒ぎになった。
ラミーシャは茫然自失し、足が震えて立つことができない。
「ミーシャ、落ち着いて」
マリトは両腕の制御だけを引き取ると、腕を交差させて自分自身を、つまりラミーシャをぎゅうと抱きしめた。
ちょうど、飛行船から脱出したあと、医務室で元の世界でのトラウマに苦しんでいたマリトにラミーシャがしてくれたように。
一人じゃないということを体で感じたからか、ラミーシャの震えがおさまってきた。
ラミーシャは深呼吸をするとゆっくりと立ち上がった。
「まずシノハに念話で連絡しよう」
マリトが伝えると、ラミーシャがコクリとうなずく。
シノハが念話に出ると、ほっとして言葉があふれ出てくる。
「シノハ……」と、泣きそうに呼びかける。
「出た、出た、出たの――」
「足が……ハナコさんの足……」
「トイレにいて、跳んで、跳ねて……」
要領を得ない報告に、シノハは面食らった。
「ミーシャ、よくわからないけど、大変だったのね」
「サワ先生に、代わってくれる?」
マリトは状況をかいつまんで説明し、今のラミーシャには暗がりを歩いて帰るのが難しいので、迎えに来てほしいと伝えた。
武道場の用具室の前で待っていた男子学生も心配そうに駆け寄ってきた。
ほどなくしてシノハが到着すると、ラミーシャは彼女の腕にしがみついた。
――この二人はまるで姉妹のようだ。
男子学生に用具室の武具を渡したあと、二人は一緒に寮に戻った。
◇
自分たちの部屋に戻ると、マリトは改めてシノハに状況を説明した。
ラミーシャ一人の話なら見間違いじゃないかと思われたかもしれないが、マリトも見ていたことから、本当に起きたことだと信じてもらえた。
だが、その正体については意見が分かれた。
ラミーシャは、トイレのハナコさんが探していた幽霊の足だと主張した。
マリトは、三大魔導書盗難事件のときに『導きの手』を遠隔で操作して見せたことを指摘し、今回も足だけで動く義足のようなものだろうという考えを示した。
彼はハナコさんの怪談に合わせて脅かそうとした、いたずらか何かだと思っていた。
ただ、作り物とは思えない生々しさがあったこと、足の跳ね方に不自然さを感じたことが、どうにもひっかかっていた。
この事件は生徒会から校長と理事長にも伝えられたが、実際に被害が出たわけでもなかったので、交流会の予定は変更されなかった。
ただし、旧校舎の武道場前のトイレは立ち入り禁止とした。
生徒会役員による立ち会いは二人一組で行うことになった。
また、それまでは学生と同行するのは武道場のある建物の出口までだったが、事件以降は寮まで送り届けることになった。
その後、同じような事件が発生することはなかった。
しかし、旧校舎の武道場で起きた別の不思議な事件が報告されている。
それはアランとケイが同行したときのことだ。
女子生徒に用具室で武具を引き渡したあと、三人で武道場の中を歩いていたところ、その女子生徒が何かにつまずいて転んだのだ。
武道場にはつまずくようなものはなかったにもかかわらず……
転んだ拍子に武具から手を離してしまったのだが、起き上がろうとしたときに、武具がなくなっていることに気付いたのだ。
三人が周りを探し回ったのだが見つからなかった。
諦めて標準武具を貸し出すために用具室に戻ろうとしたところ、その入り口に立てかけてあるのを見つけたのだった。
まるで、武具が瞬間移動したかのようだった。
不思議な現象ではあったが、これも実害は生じていない。
しかし、これ以降は、生徒会役員は木剣を帯刀することになった。
◇
ラミーシャは一生、旧校舎には近寄りたくない気持ちだったのだが、生徒会役員としての役目から逃げることはできなかった。
シノハと一緒に、しかも手をつないでいくという条件で、しぶしぶ立ち会いを続けたのだった。
何度か立ち会ったが、おかしなことに出くわすことはなかった。
そして旧校舎に向かう道すがら、彼女本来のおしゃべりが出てくるくらいに慣れてきたころ、その事件は起きた。
その日は女子生徒の武具の受領の立ち会いだった。
シノハとラミーシャが旧校舎へと向かうと、金髪のロングヘアの女子生徒が武道場のある建物の入り口で待っていた。
ラミーシャと同じ五年生で、槍術の演武に出る選手だ。
「ミーシャ、久しぶり」
そう声をかけてきた。
シノハは用具室から、槍をおさめた細長い布袋を取り出し、女子生徒に手渡した。
女子生徒は袋に巻かれたひもをほどき、中に入っているのが自分の槍であることを確かめてから、丁寧にひもを結び直した。
その後、用具室に鍵をかけ、三人で武道場を横切って出口に向かった。
ちょうど武道場の真ん中にさしかかったとき、シノハが小声で言った。
「誰かいる」
ラミーシャとつないでいた手を離して、静かに木剣を抜き、女子生徒を守るように立つ。
女子生徒も袋に入ったままの槍を構える。
誰の姿も見えない。
ラミーシャも困惑しながら木剣を抜き、シノハとは反対側を守るように構える。
「見えないだけで人間。幽霊じゃない」
そうシノハが小声で伝える。
「校長室の三大魔導書事件を思い出して」
三大魔導書事件とは、学園の魔導書が盗まれた事件だ。
犯人は透明化した状態で魔導書を盗んでいた。
そのときの犯人は、ラミーシャの兄であるリスカールの中に召喚されていたコリーンだったということがわかっている。
マリトはラミーシャから怒りの感情が湧き上がってくるのを感じた。
「だまされた!幽霊だと思って怖がっていた私がバカみたいじゃない!」
「ばかにして!!絶対許さない!!」
そうつぶやいた。
――八つ当たりのような気もするんだけど……
空気がかすかにゆらめく。
そこに向けてシノハが木剣を振り下ろす。
がつっ。
見えない剣がその一撃を受ける。
シノハの髪が赤に変わる。
手応えを感じた直後、シノハは自分の左胴を守る。
がつっ。
次は左上段。
それから数回の見えない相手との打ち合いが続く。
揺らめきが消える。
シノハの奥義である剣撃予測で見えない剣撃を受けきったのだ。
次の攻撃に備えて全員が身構える。
ばしっ。
袋ごと槍を握っていた女子生徒が、籠手を強打されて「つっ」と小さく声を上げる。
そして、槍はその手を離れ、すばやく宙を移動する。
見えない何者かが持っているように。
「膝が抜けるから気をつけて!」
シノハはそういって呪文をつぶやく。
「ゲヌ・タクトゥス!」
チョーカーが紫色に光る。
マリトは膝から下がなくなったような感覚を覚えた。
ラミーシャは何事もないように動きを止めた。
女子生徒は足の感覚を失ったことに驚き、膝をつく。
治安魔法のひとつで、膝から下の神経の情報伝達を遮断するものだ。
学園での使用は禁止されているが、今回に限り特別に許可をもらっている。
ラミーシャも聞かされていたので問題なく対処できた。
数秒しか続かないので、慌てずに動かないことが最善の対策だ。
出口に向かって進んでいた袋入りの槍がぐらついて床に落ちたが、再び宙に浮いて止まった。
犯人は一瞬バランスを崩したようだが、すぐに体勢を立て直したようだ。
膝下の感覚がなくても走ることのできる訓練をしているシノハは犯人に先回りして出口方向を塞ぐ。
見えない犯人の持つ槍をシノハとラミーシャが前後で相対する。
袋に入ったままの槍が素早く横方向に回転した後、直立する。
袋のひもがほどかれ、鞘の付いた穂先が現れる。
そして、鞘が抜き取られ、鋭利に輝く穂先が露わになった。
緊張が走る。
槍がぐるりと横薙ぎに一閃した。
――危ない!
全員が一歩後ろへ下がり間合いを拡げる。
……そして――槍は床に落ちた。
――え?槍を奪いに来たんじゃないのか?
次の攻撃に備え、全員が身構えるが、続く攻撃はなかった。
シノハの髪が元の黒に戻る。
「いなくなった」
「もう大丈夫」
そう言って床の槍を拾い上げ、女子生徒に手渡した。
◇参考挿絵:宙に浮かぶ槍と対峙する
翌日、生徒会室に役員が集合した。
現役員である、シノハ、ラミーシャ、アラン、ケイと、前会長のリスカールだ。
もちろん、ラミーシャの中のマリト、リスカールの中のコリーンも参加している。
学園随一の技術力を持つアランとケイは、休日には秘密施設での研究開発に参加しているので、リスカールの中に賢者としてコリーンが召喚されていることも知っていた。
シノハは理事長の許可をもらい、事件の解明のためにコリーンの協力を仰いだのだった。
すでに、詳しい説明と現場検証を終えている。
ラミーシャは不機嫌だが、これはコリーンがいるところではいつものことだ。
全員が着席するとシノハがコリーンに意見を求める。
「フルグス様、今回の事件をどのように読み解かれますか?」
「そやね。まず、先輩とラミーシャさんが見たという幽霊の足と今回の一連の事件の関係から検討してみましょう」
「これについて、先輩は何が起きたと考えてます?」
とマリトに話を振る。
「そうだな。犯人は何らかの方法で、自分を透明にできるんじゃないかな」
「一連の事件はこの仕組みを使って起こされたという説明が付くと思ってる」
「オレとミーシャが見た一本足は、足以外が透明化されていたと考えると辻褄が合う」
「分からないのは、あの場所で、なぜそんなことをしていたのかだが……」
マリトは言った。
「ほお」
リスカールの目がいたずらっぽく光った。
「先輩はトイレの個室で、用を足す以外に何かすることがあるとでも?」
「うっ」
一瞬、言葉に詰まる。
――おいおい、なんてことを聞いてくるんだ!
――だめだ、ミーシャに軽蔑されそうなことしか思いつかない……
そして重々しく答えた。
「確かに、用を足していた以外に考えられない」
ラミーシャはその一瞬の逡巡を見逃さなかった。
どうしても心の動揺がばれてしまう。
「あ、私をのけ者にして二人だけで分かる話をしてますね――!」
機嫌の悪さのレベルが上がった。
「さて、この人物は女性であると考えられますが……」
あまりにも当然のことのように話すので、マリトが疑問を口にした。
「どうして女性だと分かるんだ?」
コリーンはしばしの沈黙のあとに続けた。
「あの、先輩……」
「女子トイレの個室で用を足していた人物の性別は何やと思います?」
「あ……」
――しまった。ラミーシャの中にいるから、男のオレも女子トイレに入るのが当たり前だと錯覚してしまっていた……
「先輩も、もうちょっと相手の立場で考えてあげてください」
「用を足した後、脱いでいたパンツをはこうとしていたとこに……」
「いきなり扉を開けられて、にやにや笑いながら自分の足をガン見されて……」
「足をなでくりまわそうと、手を伸ばしてこられたら……」
「そら、逃げたくもなりますよ」
「なでくり回すって……そんなことは……」
「お父さん、最低です!」
ラミーシャが反応する。
「いや、ちょっと待って……」
「私があんなに怖がっていたのに、女の人の足をいやらしい目で見てたなんて……」
「それは、誤解だって……」
急に黙り込んだマリトに、シノハは声をかけた。
「どうかされましたか?」
コリーンが代わりに答える。
「痴話喧嘩で忙しいんとちゃいますか?」
図星を指されたマリトが赤面する。
◇
シノハはコリーンに尋ねた。
「透明化については、前回の魔導書事件でフルグス様も実現されていましたが、同じ方法だと思われますか?」
コリーンは答えた。
「ああ、あれはクロマキーを利用したソフトウェア的な手法でした」
「念話プロトコルの脆弱性を使って、見る側の視覚に干渉するプログラムに手を加えたもんですが、もうパッチを当てて脆弱性を塞いだんで、同じことはできません」
「今回は状況から考えて、物理的な方法やと思います」
「前の世界でいうところの『光学迷彩服』」
「一言で言うたら、着ることで透明化できる服です」
「それはすごい。フルグス様の世界にはそんな技術があったんですか!」
アランが驚いて声を上げる。
「ちょっとちゃうかな。この技術はこの世界の古代文明のものです」
にこりと笑ってコリーンが答える。
「我々の世界では、SFで提案されていた架空の技術で、実現はされてません」
「で、この技術に対抗していくために、まずは原理を確認しましょう」
そう言って立ち上がると、黒板に人間を表すこけし型の図形を描き、その左側の少し離した位置にその人型を見る目を描いた。
「まず、ものが見えるということは……」
光を表す直線が左上から人型の図形に当たり、跳ね返って目の方に向かう数本の矢印を描いた。
「こんなぐあいに、その物体に当たって反射した光が目に入るからやね」
「では、質問です」
「透明化するにはこれをどうすれば、ええと思います?ラミーシャさん?」
急に当てられて、ラミーシャは慌てて答える。
「えっと、反射せずに光を吸収する……っていうことですか?」
「そんな勘違いをする人は多いのですが……」
バッサリ切って捨てられたラミーシャは鼻白むが言い返せない。
コリーンは先ほど描いた図の隣に、同じく光を表す矢印がすべて人型の図形に向かって、そこで止まり、目の方には向かわない図を描いた。
「これだとどうなります? はい、アラン?」
手を挙げているアランを指差す。
「それだと真っ黒になってしまいます」
「そのとおり。これでは透明にはならず黒い人影になります」
「では、透明化するにはどうすればいいですか? はい、ケイ?」
手を挙げていたケイが黒板のところまで歩いて行き、線を描き始めた。
彼女は人型の後ろ、つまり目の反対側から、人型の体を迂回して目に届く光の矢印を描いた。
「このように光を迂回させて、その人物の後ろにあるものからの光が目に届くようにする必要があります」
コリーンはうなずいて答えた。
「正解や」
「なるほど」
そう答えるシノハ。
「ぐぬぬ、物理学め!!」
ラミーシャはどうやら理解できていないのは自分だけらしいとわかり、小声でうなった。
「すべての方向から来る光をこのようにコントロールするには、どんな技術を使えばよいのかは私には分かりません」
コリーンは言った。
「しかし、肉眼での透明化を可能にするには、これが実現されているはずです」
「ただし、光の操作で目には見えなくなっていても、空気などの物質との干渉は生じます」
「このあたりを踏まえて、対策を検討してみます」
◇参考挿絵:透明化の原理を解説する
「ありがとうございます」
シノハが次の話題に移る。
「次に犯人の狙いについてです」
「最初は武具の盗難が目的かと思いましたが、犯人はどちらの武具も近くに残して立ち去っています」
「魔導書盗難事件のときに、盗まれた本がすぐに返却されたのと似ています」
「これについても、フルグス様の考えを聞かせてください」
「あのとき欲しかったのは、書籍ではなくその内容だけだったので、それが確認できてしまえば不要になったわけですが……」
「確かに今回も類似した要素があります」
「ではまず、被害に遭ったと分かっている二名の共通点を挙げておきましょう」
「二人とも金髪の女子生徒で、武具は短槍でした」
「犯人は奪ったはずの武具を近くに放置している」
「このことから、特定の生徒の持つ特定の武具を探しているのではないかという仮説が立てられる」
「皆さんが遭遇した件では、犯人は鞘を外して穂先を露わにしたあと、槍を手放しました」
「このことから、探している槍かどうかは、穂先を見れば判断できる可能性が高い」
「以上のことから、犯人が探している槍は、金髪の女子生徒が使っている武具であって、その槍の穂先には見て分かる特徴があるということです」
そう言って、コリーンはラミーシャの方を向いた。
シノハもラミーシャを見た。
アランとケイも……
ラミーシャはいまひとつ話の流れがわかっていなかったが、急に皆から視線を向けられて困惑した。
自分を指して、小首をかしげながら言った。
「私――ですか?」
生徒会室にいたラミーシャ以外の全員がうなずいた。