【人月心話】あのー、剣と魔法の異世界の案件なんですが、元ITコンサルの賢者様なら解決できますか?   作:Kimoto Hiroshi (KH)

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第4話 魔法学園の制服の感想を教えてくれませんか?

理事長が帰ったときにはマリトのフラストレーションは爆発寸前になっていた。

――いくらなんでも、安請け合いしすぎだろう。

上や営業が取ってきた、最初からデスマーチ必至の案件を、やらざるを得ない腹立たしさ……

 

マリトがひとくさり文句を言おうと思っていたところ、

「お父さん、怒っていますか?」

「とてもイライラしているような気持ちが伝わってきています」

ラミーシャが不安そうに尋ねてきた。

 

「重大なことを、相談もなく引き受けてはだめです」

「ごめんなさい」

「わたし、理事長先生とお話するの、はじめてで、舞い上がっちゃって、本当はお父さんの意見を一番に聞かないといけなかったのに……」

「せっかく私のところに来てくれたのに、失礼なことをしてしまって……」

 

今にも泣きそうな様子に、文句を言おうという気持ちは失せてしまった。

「怒ってはいるけど、それはとても自分にできなさそうにない、世界レベルの難題の解決を求められていることに対してであって、君に対してではないんです」

 

「ほんとですか?」

「あの、言い訳になるんですが……」

「頭の中の会話を拾うには集中が必要なんです」

「次の段階に入ると改善すると思うんですが、やってみて良いですか?」

「いいですよ」と答える。

 

ラミーシャが話すのをやめて、しばらく静かな状態が続いたが、やがて遠くかすかな声がしているような感覚を覚えた。

聴力検査で、ピーピーという音が少しずつはっきり聞こえてくるのに似ている。

「・・・・・・・・・・か?」

「おと・・きこ・・・すか?」

少しずつ音の繋がりがはっきりしてきた。

「お父さん、聞こえますか?」

 

ラミーシャが頭の中で、呼びかけているんだ、そう理解した。

「はい。聞こえます」

マリトも心の中で答えた。

 

「これって、内緒のひそひそ話してるみたいですね」

心が弾む感覚が伝わってくる。

マリトも楽しくなってきた。

 

◇

 

「あの、もう一歩、先に進んでみませんか?」

そう言うと、立ち上がり、手鏡を持ってきて、ベッドに腰掛け、自分の顔の正面に持ってきた。

「これから、お父さんに私の身体を預けますね」

 

「私ではなく、お父さんの意思で身体を動かせるようにするということです」

「その状態で、まぶたを開けてみてください」

そう言って目を閉じた。

 

真っ暗になった。

この世界に来てマリトはまったく身体を動かせていない。

今朝、金縛りにあったときの感覚の再来だ。

ただ、手鏡を持って座った姿勢のままだというのはわかる。

 

――まぶたが一番最初に動く場所なのだな

そう思いながらまぶたを開こうとする。

しかし、そもそもどうすればまぶたが動くのか、その感覚が思い出せない。

まぶたを動かすための神経が通っていないかのようだ。

 

そっと開こうとしてみたり、逆に素早く開こうとしてみたりする。

しかし、どうやっても動かすことはできなかった。

 

『何もできない』と思った途端、それまで思い出せていなかった、この世界に来る直前の記憶が、突然フラッシュバックしてきた。

 

『たすけてください』と唇を動かす、血まみれの後輩の目。

任務を果たせずに倒れた女性士官のうつろに開かれた目。

その士官の手を離れた拳銃に手を伸ばそうとするが、恐怖で手が伸ばせない。その無力感が今と重なる。

 

そして冷酷な目の兵士が振り返り、拳銃をこちらに向ける。

酷薄な笑いと共に、『ジ・エンドだ』と口元が動き、引き金にかけた指に力が入る。

――なぜ、いままで忘れていたんだろうか?

 

余計な思念を振り払いながら、まぶたを開くことに集中する。

しかし、どうしても動かない。

――なんて自分は無力なんだろう。

 

自分の無力さを改めて噛みしめる。

動かすことのできない目から、温かい涙があふれ出るのを感じた。

流れ落ちる涙が、顎から膝の上に落ちるのを感じる。

 

「お父さん、大丈夫ですか?」

ラミーシャの心配そうな心の声が聞こえる。

涙が流れ落ちているのは彼女も感じているはずだ。

 

その声と重なるように、もう一つのラミーシャの声が聞こえる。

心の中ではなく、前の方からだ。

乾燥した風が頬に当たるのを感じる。

ラミーシャの声のトーンが変わっている。

――泣いているのか?

 

「『お父さん』じゃないほうがよかった」

「どうして『お父さん』で良いって言ったんですか」

「どうして強く断ってくれなかったんですか」

――え、何を言い出すんだ?

理解が追いつかない。

 

「これまでありがとう。さようなら、お父さん」

そして、唇に柔らかいものが押しつけられるのを感じた。

――え、唇?

自分はラミーシャの中にいるので、前にいるのはラミーシャのはずがない。

驚いたマリトは、「ミーシャ?」と言いながら、目を見開いた。

 

手鏡の中に、ラミーシャの驚いて目を丸くした顔がこちらを見つめ返していた。

目は真っ赤に充血し、流れた涙で顔全体が光っている。

その表情が緩み、ラミーシャが身体の動きを取り戻したのがわかった。

手を伸ばして布を取り、流れた涙を拭い、鼻をかんだ。

 

 

【挿絵表示】

 

◇参考挿絵:自分の意志で目を開いて手鏡を覗き込む

 

「よかった……」

ほっとした気持ちで、頬は緩んでいるが、

それでも、涙は流れ続ける。

泣き笑いの状態だ。

 

「わたし、調子に乗って急ぎすぎて、お父さんに辛い思いをさせちゃったかと思って」

「なんてことしちゃったんだと思って」

「『目を開けられますように』って一生懸命祈ったんです」

「そうしたら、目が開いて、もう、わたし、ほっとして、うれしくて……」

言葉が崩れ、号泣になっていく。

 

少し落ち着いてきたところで、マリトは気になっていたことを聞いてみた。

「あれは一体何だったんですか?前から君が顔を近づけてきて……」

ラミーシャは不思議そうに答える。

「え?お父さんは私の中にいるんですよ。そんな分身みたいなことはできません……」

 

――あるいは魔法か?

「魔法で幻覚を見せるようなことはできるのですか」

「いえ、精霊さんにはそういうことはできないと思います」

――精霊?

「精霊という存在が魔法を実現しているのですか?」

「はい。魔法は世界中のいたるところにいる、精霊さんに頼んで働いてもらうんです」

 

「だから精霊さんにできないことはお願いしてもできません」

「ほんのちょっとしたことを大勢でやる感じです」

マリトの脳裏に、窓の外の赤い灯りが一斉に白く変わっていく光景が蘇った。

 

「たとえば、部屋を涼しくしたりとかはできるんですよ」

「いま、部屋の中は魔法が効いているので快適ですけど、外に出るとすごく暑いんです」

「窓のところにいる精霊さんが、冷たい空気と温かい空気を選り分けてくれるからなんです」

 

「空気の選別って?」

「窓には、目に見えないちっちゃな扉があって、精霊さんはそこに来る空気を見張っているんです」

「温かい空気なら閉めて、冷たい空気なら開けて通すんです」

マリトはよくわからない説明だなと思いつつも、似たような話をどこかで聞いたような気もした。

 

◇

 

いずれにしても、彼の目を開かせてくれた出来事は、ラミーシャ自身は知らないことのようだ。

顔を近づけてくるときに感じた熱も、押しつけられた唇の感触も、いまだに残っている。

ラミーシャは身体の感覚は共有していたはずだが、何も感じなかったと言っている。

 

マリトには幻覚や気のせいとは思えない現実感があった。

――『未来の記憶』……

脈絡なくそんな単語が頭に浮かんだが、意味を形作ることなく消えていった。

 

――彼女の強い祈りが引き起こしてくれた奇跡だったのかもしれない。

マリトはそう思うことにした。

諦めかけていた自分に力をくれたことに、そして自分を真剣に気遣ってくれる優しさに、感謝しかない。

 

気持ちの高ぶりは、相互作用によって相乗的に増大したのだと思う。

気持ちがシンクロして一体となった体験は、それまで経験したことのない感動を伴い、今も余韻を残している。

――この感覚はラミーシャも共有したはずだ。

彼女との心の距離が、それまでよりずっと近くなったように感じた。

 

マリトは心を決めた。

――召喚は間違いなのかもしれないし、自分の力は足りないかもしれない。

――それでも、この世界でこの娘の想いに応えるために、持てる力のすべてを尽くそう。

 

このとき、マリトが動かすことができたのは、まぶたを開くための、たかだか1センチの距離に過ぎない。

しかしそれは、この世界の冒険へと彼自身の意思で踏み出した最初の一歩であった。

そして、彼とラミーシャという異世界バディの心を固く結びつける決定的な一歩となった。

 

◇

 

「あの、お願いがあります」とラミーシャが口を開いた。

「これからは、『ミーシャ』って呼んでほしいんです」

「さっき、目を開いたときに、お父さん、私のこと『ミーシャ』って呼んでくれましたよね」

「家族だって思ってくれてる気がして、それもすごくうれしくて……」

 

「それと、話し方も家族に話すときみたいにしてくれるとうれしいです」

「わかったよ。ミーシャ」

うれしい気持ちが伝わってくる。

 

――自分はどうして『ミーシャ』が愛称だということを知っていて、呼びかけたのか?

その疑問がマリトの頭をかすめる。

 

身体を動かす練習は、気長に少しずつ進めることになった。

努力しても開かなかったまぶたを、なぜ突然開くことができたのかは、わかった気がしている。

まぶたを開けようと努力したのが間違いだったのだ。

 

まぶたを開く準備はすでに整っており、見ようという目的を持ったことで、必要な筋肉への動作指示が無意識に送られたのだろう。

大切なのは見たいという動機や目的であって、まぶたを開こうとする手段だけに集中していたために解決できなかったのだ。

――手段にこだわって目的を見失うとは……。コンサル失格だ。

 

◇

 

ノックの音がした。

「入りますよ」という声と一緒に、ナースがワゴンに食事のトレイを載せて現れた。

「こちら昼食ですが、お部屋で食べられますか?」

「ご友人がお見舞いに来られています」

「体調が良いようでしたら、待合室でご一緒に食事をされてはいかがですか?」

ラミーシャは「ありがとうございます。待合室で食べます」と答えた。

 

「では、食事の方は、待合室に運んでおきます」

ナースはそう言いながら、ワゴンの下の段から衣類のようなものを取り出した。

それをラミーシャに渡しながら伝えた。

「こちらに運ばれてきたときに着ていた制服です。それと、替えの下着と濡れたタオルです」

 

ナースが部屋を去ると、ラミーシャは受け取った制服をベッドの上に置いた。

「お父さん、わたし、着替えるので、こっち見ないでくださいね」

「そんなことを言われても、ミーシャが見ているものは全部見えてしまうんだけど……」

 

「そのことは知っています」

「でも、そこは『わかったよ』って言ってほしいんです」

「お父さんが私の身体をいやらしい目で見るような人じゃないって、わかってはいるんです」

「でも、ちょっと恥ずかしいんです」

 

マリトには、今ひとつ彼女の感覚はわからなかったが、見えているものを意識しないようにして、集中して別のことを考えることにした。

「わかったよ」

 

ラミーシャはベッドから立ち上がると、斜め上の方を見ながら手探りで、ガウンの帯を解く。

ガウンを脱いで後ろ手にベッドに投げるとショーツ一枚になる。

ショーツも脱ぐと、濡れたタオルを手に取って、最初に顔を拭いた。

冷たいタオルが気持ち良い。

 

そのまま手探りで全身を拭いてから、後ろ手で新しいショーツを取った。

目の前にショーツを両手で拡げて、しばらく見つめてからつぶやいた。

「ま、いっか」

 

◇

 

ラミーシャは軽くうなずいた後、下を向くと、片足ずつショーツに足を通し始めた。

すらりとした長い脚がマリトの視界に入る。

続けて、胸当てを手に取ると、背中側から回して、両乳房を支えるようにして、前の位置で留めた。

 

マリトが意識しないようにしてはいても、着替えの様子は目に入ってきている。

ラミーシャは最初のうちは別の方向を見ながら着替えていたが、途中から気にするのを止めたらしい。

太ももも、乳房も、しっかり見えている。

彼には自分が聖人君子ではないという自覚はあったのだが、――何も感じない。

 

――何も湧き上がってこない……女性の脳だからか?

信頼には応えられていると思いつつも、マリトには、それが必ずしも健全な状態だとは思えなかった。

自分の男性としてのアイデンティティは失われてしまったのか……

 

彼が悩んでいる間も着替えは進んでいく。

ラミーシャは、続けてグレイのスカートを履き、白い上着をかぶり首を通し、袖に腕を通す。

最後に胸元の明るいブルーのリボンを整えると、大きな姿見の前まで歩いていき、鏡に向き合った。

 

「もうこっちを見ても良いですよ」

言われるまでもなく、彼は鏡に映る姿をすでに認識していた。

そして……絶句していた。

――ウソだろ……!?

そこには、ひとりの金髪碧眼のJK、セーラー服姿の日本の女子高生が映っていたのだった。

 

 

【挿絵表示】

 

◇参考挿絵:制服姿を姿見に映す

 

「どうです?これがブリヤ魔法学園の制服です。すごく可愛くないですか?」

そう言ってマリトの反応を伺うが、様子がおかしいことに気付いた。

「どうかされましたか?」

 

「これセーラー服だよね」

「はい」

「日本のJKの制服じゃないの?」

「ニホンは賢者様のいらっしゃった世界のことですよね」

「そこのジェーケーというところでも似た制服を使ってるんですか?」

 

――落ち着け。この一致には説明がつくはずだ。

理事長のところに召喚されていた賢者も日本から来たのなら、制服も日本語についても説明できるとマリトは思った。

しかし、時間軸の違いに説明が付かない。

 

「この制服はいつから使われているの?」

「はい。理事長が学園を設立された300年前からの伝統的な制服です!」

300年前は日本は江戸時代であり、その時代にJKの制服はもちろん存在していない。

 

――元の世界とこの世界で時間の流れが違うのか?

――あるいは数百年後の未来の日本なのか?

――魔法の存在や笑う月と星のない夜空はどう説明できる?

――ゲームのような作り物の世界の中なのか?

――わからない……

 

マリトはもっと情報が集まるまで、理解を先送りすることにした。

そして、改めて鏡に映る制服に目を凝らす。

 

セーラー襟風の白いブラウスは、伸縮性のある動きやすい素材で、ゆったりして空気が通りやすく快適そうだ。

スカートは膝丈よりやや短い長さのグレイのチェック柄のプリーツスカートで、軽くて涼しそうな生地だ。

胸元に紺色の刺繍のエンブレムが入っている。

 

「可愛い制服だね。とても似合ってる」

鏡に映るラミーシャの顔がパッと明るくなり、「ほんとですか?」と言った。

 

――いろいろと疑問は残るが、この世界を知るのが先だ。

「じゃあ昼食を食べに行こう」

「はい」

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