あのー、剣と魔法の異世界の案件なんですが、元ITコンサルの賢者様なら解決できますか?   作:Ningets

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【あらすじ】
ITの存在しない剣と魔法の世界に、賢者として召喚されてしまったIT企業のコンサルタントが、転生先の少女ともに世界を危機から救い、元の世への帰還を目指す物語――
異世界の少女ラミーシャの第二人格として転生した主人公のマリトは、意識を失ったラミーシャの中で、意識を保ったまま、偽装した車椅子に乗せられて馬車で拉致されてしまいます。身動きできないマリトは、友人たちへ状況を伝える方法を模索する中、夢に現れた働く精霊の様子から、意外な方法を思いつきます。


Ⅰ-07 精霊に頼んで危機を伝えられますか?

「ご乗車は、こちらの車椅子のご婦人含めて三名ですね」

ラミーシャの乗せられた車椅子を押す、従者に扮する大男の工作員とナースに扮する女工作員に御者は確認した。

二人とも病院内ではナース服だったが、偽ナースはベージュのワンピースに、偽従者は白いシャツとカーキ色のハーフパンツに着替えている。

 

御者は馬車の後方、客車の入り口に回り、木製のスロープを設置した。

偽従者は御者と協力して、車椅子を進行方向と逆向きにしてから車椅子を引き上げ、ロープでしっかり馬車に固定した。

 

 

【挿絵表示】

 

◇参考挿絵:車椅子ごと馬車に乗せられる

 

馬車は6人乗りで、三人分ずつの座席が向かい合っている。

進行方向の右側に学生二名、左側に偽ナースと偽従者が座り、最後方の左右の座席間にあるスペースに車椅子が収められた。

逆向きに座っているため、マリトからは客車の中の様子は見えない。

 

男子学生の声が聞こえてくる。

「病院にいらっしゃったナースの方ですよね」

「どちらまで行かれるのですか?」

 

ナースを装う女のトーンを落とした声が答えた。

「奥様がおやすみなので、お静かにお願いします」

「終点のヴォリナまで行きます」

それに応えるように女子学生の静かな声が続く。

「私達は魔法学園のあるブリヤまでなので、ちょうど半分のところです」

「二時間ほどのご一緒になりますね」

 

マリトには声の主が誰かがわかった。

昼食を一緒にとったアランとケイだ。

すぐそばにいるこの二人の注意を引ければ、ラミーシャに気付いてもらえるかもしれない。

しかし、そのことを伝える手段がない。

 

ラミーシャに呼びかけているが反応はないままだ。

動けない、声も上げられない。

しかも、車椅子は学生達に背を向ける形で固定されている。

 

問題はそれだけではない。

たとえ気付いてもらえても、学生二人だけでどうにかできる相手ではない。

この難問解決に残された時間は、あと二時間。

 

 

馬車はゆっくり動きはじめた。

病院が後方に遠ざかっていく。

病院の敷地内から出ると、馬車は大きく左に方向を転じた。

後方には長く続く道がまっすぐ伸びている。

その両脇には、亜熱帯の樹木が茂っている。

 

その道の先、数百メートルほど先に背の高い建物が見えた。

――そんなばかな!?

マリトは、その形に目を疑った。

 

巨大な門のような構造。

道の真ん中に立つその姿は、以前見たパリの凱旋門を思わせた。

だが、逆三角形を二つ載せたその姿は、学生時代に見慣れた建物に酷似していた。

東京ビッグサイトだ。

ただし、本物よりはずっと小さい。

 

 

【挿絵表示】

 

◇参考挿絵:馬車の後方から見覚えのある建物が見える

 

馬車が病院を出てから、一時間以上が過ぎようとしていた。

学生が降りる前に存在を伝えたいが、方法がない。

魔法が使えれば何かできるのかもしれない。

だが、彼には知識がない。

 

魔法は魔方陣と呪文とチョーカーを使って精霊にお願いする。

今あるのは、そこまでの知識と首に着けているチョーカーだけだ。

 

後ろに流れていく単調な風景……。

マリトは、当初の緊張感は維持できず、馬車の揺れも相まって、眠りに落ちていった。

 

 

気づくと、マリトはそびえ立つ巨大な壁の傍らにいた。

壁は半透明で上下、前後に見渡す限り広がっている。

壁のこちら側には、色の濃淡は様々だが、テニスボールくらいの大きさの、青と赤の風船のような球が無数に飛び回っている。

音のない静寂の世界だ。

 

透明な壁の向こう側も同様に青と赤の球が飛び回っている。

壁に沿って、やはりテニスボールくらいの大きさで、翼の生えた白い毛糸玉のようなものが、多数飛び回っている。

よく見ると、壁には所々穴が開いており、その穴から壁の向こう側とこちら側で、赤と青の球が行き来することができる。

白い毛糸玉はその行き来する球を監視しているように見えた。

 

――この白い毛糸玉が精霊だな……

マリトは直感的にそう理解した。

精霊達は翼だけでなく小さな足が付いていて、球を蹴飛ばして、赤い色の球がこちらに止まり、青い色の球は出て行く様にしている。

空間全体を見回すと、壁よりこちら側のほうが、壁の向こう側よりも赤の密度が高くなっている。

 

壁の方に視線を戻すと、壁全体が黒い虫食いのような状態になっていて、つい先ほどとは様子が違っているのに気付いた。

――先ほどの白い毛糸玉が、黒い毛糸玉に変わっている……

不思議に思いつつも、精霊に何かを頼んでみようと思った。

 

「あのー、すみません――」

作業をしていた黒い毛糸玉が動きを止め、一斉にこちらに赤く光る目を向けた。

そして、赤い色の口をぐいっと横に拡げて、三日月状にして笑ったように見えた。

――これじゃあまるで、精霊というより悪魔――デーモンじゃないか!

 

 

【挿絵表示】

 

◇参考挿絵:精霊が二種類の球を選別する壁の夢

 

ちょうどそのタイミングで、耳の後ろあたりが強く締め付けられる感覚があり、マリトは目を覚ました。

馬車が急停車する。

 

ケイの声がする。

「空隙震、来るね」

アランが応じる。

「うん。さっきよりも大きい」

 

御者が外から急いで声をかける。

「空隙震です。警報はまだですが、馬たちの予想は間違いないです。急いで降りてください。」

「まず、ご婦人からお願いします」

従者に偽装している男が車椅子を固定しているロープをほどく。

 

「カンカンカンカンカン、カンカンカンカンカン、カンカンカンカンカン」

遠くからの鐘の音が、五つごとのリズムで響き始めた。

 

車椅子とそれに付き添う二名が外に出たあと、アランはケイに付き添いながら馬車を降りた。

全員が降りると、御者は馬車を近くの杭のところまで移動させてロープで固定した。

馬は膝を折ってしゃがみ込む。

 

乗客は道の脇にある大きめの木の下に移動し、木陰で地面に腰を落として座った。

車椅子は近くの木に固定された。

 

全員がしゃがむと間を置かず、大きな揺れが来た。

病院の時と同様、学生二人も座ったまま日常的なおしゃべりを続けている。

ナースと従者に偽装した工作員たちは二人とも落ち着いている。

 

学生の会話から、あと15分程度で彼らの目的地に着くことがわかった。

それまでに、彼らに伝えることができなければ、後がない。

 

 

御者が馬車を固定するロープを解き、乗客のところまで移動させてきた。

「運行を再開するので、乗車してください」

 

そのとき、マリトの頭の中で、地震のせいで忘れていた先ほどの夢の意味が突然ひらめいた。

――『マックスウェルのデーモン』……

――精霊が空調を行う魔法の説明を聞いたときに引っかかっていたのはこれか!

 

熱力学第二法則、エントロピーの増大を阻害する思考実験で考え出された、熱い空気分子と冷たい空気分子とを分別する悪魔。

大学時代にそれにちなんで名付けられた「MD粒子」を使って、思念で義手を動かす実験をしていたことを思い出した。

同じ原理がこの世界でも成り立つのなら、思念で外界に干渉できるかもしれない。

 

マリトは頭の中に、キーボードのイメージを思い浮かべる。

白く光る線で書かれたキーボード。

それぞれのキーにはアルファベットが刻印されている。

最初は接続確認――

 

P、I、N、G――と順番にキーにポイントしていく。

そして、最後に、Enterキーをポイントした。

 

瞬間、ラミーシャのチョーカーが、波長の長い赤色から始まり、オレンジ、黄色、緑、青、紫へと色が瞬間的に変化し、最後に白く、フラッシュのように輝いた。

チョーカーからの光で白いベールが虹色に輝くのを、マリトはベールの内側から見た。

そして、同時にその輝きは、木陰にいた乗客全員の目にはっきりと映った。




【次回予告】
ネットワークコマンドで発動した魔法によって、マリトは友人に存在を伝えることに成功しました。次回、ラミーシャの奪還を図る学生たちが工作員たちに立ち向かいます。
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