【人月心話】あのー、剣と魔法の異世界の案件なんですが、元ITコンサルの賢者様なら解決できますか? 作:Kimoto Hiroshi (KH)
PING。ネットワークの接続確認するためのコマンドとして広く知られているものだ。
研究室では思念操作型の義手との接続確認にも使っていた。
接続が通ると、LEDが虹色に光る。
同じ反応が、この世界のチョーカーでも起きた。
◇参考挿絵:チョーカーからの光で白いベールが虹色に輝く
虹色の光を見たアランとケイは顔を見合わせた。
「今のは、精霊契約の…」
「証(あかし)の光だ」
言い終わらないうちに、アランは車椅子の方へ飛び出した。
アランは車椅子に駆け込むと、ベールに手を伸ばした。
ナースに扮した女工作員は、大柄の男子学生が突進してくるのに気づくと、医療機器を放り出して迎え撃った。
どこからか取り出した刃渡り20cmほどの両刃の短剣を右手に握り、流れる動作で動かした。
アランの手がベールを開き、ラミーシャと目が合う。
その瞬間、女の短剣が首筋に迫っていた。
アランはとっさに首をひねって避けようとするが、間に合わない。
短剣の切っ先は、学生の左首筋――チョーカーの位置を正確に狙って、下から上へ頸動脈を薙いだ。
マリトはその瞬間、自分が取り返しのつかないことをしてしまったことに気づいた。
――ラミーシャの友人二人を巻き込んでしまった。
もう一人の従者を装う大男は、小柄な女子学生のほうに突進した。
彼女は片足をギプスで固められ、松葉杖を使っている状態だった。
逃げること自体、難しい。
彼女が松葉杖を頼りに立ち上がるのと、男がその背後に回って、首に太い左腕を巻き付けるのが同時だった。
そして右腕を学生の頭の上部に回して力を加える。
大きな「ボキッ」という音がした。
◇
首筋を切り裂こうとした短剣は、学生の首筋に届いたが、傷付けることはできなかった。
高い防刃性を備えたチョーカーに阻まれて、その下の首の皮膚にまで到達できなかったのだ。
偽ナースは一瞬、驚いた表情をしたが、すぐに次の動作に移った。
アランは体勢を立て直し、偽ナースに対して正対した。
アランの首筋をかすめた切っ先は、肩の位置から斜め下に半円を描くように移動し、アランの腹部の正面に一瞬止まった。
そして、女が一歩前に踏み出しながら、身体と一緒に腹部に向けて腕を突き出す。
◇参考挿絵:学生と偽ナースとが対峙する
アランは左腕で第二撃から腹部を守りつつ、相手の右側に回り込むようにして、身体を右側に開く。
同時に、右足で地面を蹴り、膝蹴りと上からの手刀で、短剣を持つ腕を挟み込むように打ち据えた。
女の腕に激痛が走り、感覚がなくなった手から短剣が滑り落ちた。
形勢逆転だ。
偽ナースがしびれる右腕を引き、一歩下がるのと同時に、学生の右腕がフックの要領で女の顎を狙った打撃を繰り出す。
女は左腕を学生の重い右腕に当てて軌道を逸らすと同時に、その反作用で、後ろに飛び下がる。
右腕が空を切ると同時に、学生がさらに一歩踏み込み左腕によるパンチが繰り出される。
女はかろうじてそれも避け、さらに続く右腕のパンチの下をくぐるようにして、男子学生の懐に飛び込んだ。
女はボクシングのクリンチのような形で抱きつく。
アランは密着した相手の腹部にフックのパンチをたたき込もうとする。
プシュッ。
彼の背中のあたりで、注射器の注入音がした。
アランの動きが止まった。
女が身体を引き離し、一歩後ろに下がると、彼はゆっくりと崩れ落ちた。
女はふうっと息をつきながら、つぶやいた。
「危なかった……魔法学園の学生は手強いとは聞いていたが……化け物級だ」
◇
首に腕を巻き付けられたケイは、従者の腕力に屈しないように顎を固めて耐える。
健常な右足の方の松葉杖から、手を離して、巻き付かれた左腕の手の甲に自分の手を添える。
そして指を手のひら側に差し込み、左手全体をつかむと、自分の腕を引きながら、相手の手首を目にもとまらないスピードでひねった。
チョーカーが一瞬、黄色く光る。
土属性魔法の発動により、掌の接触面の摩擦係数が最大化され、相手の手首に強力な回転力が加わった。
「ボキッ」
意外なくらい大きな音を立てて、従者の左手首が、ねじ切られたように180度回転した。
突然の左手首の激痛と同時に、男の左腕全体の感覚がなくなり、巻き付けていた腕に力が入らなくなった。
巻き付けられていた腕が緩んだタイミングに合わせて、ケイは後頭部で襲撃者の顔面の鼻から下あたりを打ち据える。
歯が折れて、顔面から血が飛び散る。
ケイは健常な右足と反対側の松葉杖で、器用に半回転し、たまらず後ろへ下がる男と正面から向き合った。
間を置かず、自由に動かせる右腕で、がら空きになっている男の左脇腹にフックを打つ。
チョーカーが再び輝く。
地面と接する面の摩擦係数の最大化により、魔法で強化された筋肉が生み出す力が無駄なく伝えられる。
左側の松葉杖でバランスを取りながら、地面を蹴る右脚と右腕の力を合わせた力が、爆発的に相手に加えられた。
ぐしゃり、と鈍い音がして、あばらが数本折れた。
男は痛みに顔をゆがめつつ、使える右腕で学生に向けてフックを繰り出す。
ケイは、頭を下げてそれを避けるのと同時に、後ろへ体をひねり、襲撃者の左側頭に、ギプスのついた左足を後ろ回し蹴りで叩き込んだ。
三度、チョーカーが輝き、男の頭部を強打したギプスは砕け散った。
男は意識を失い、ゆっくりと後ろ向きに昏倒した。
◇
偽ナースが麻酔薬で倒した男子学生を引き剥がしたときには、女子学生が自分に向かってくるところだった。
両側の松葉杖と健常な脚をリズミカルに動かし、人間の動きとは思えない足運びと速さで迫ってくる。
包帯を巻いた足が血で染まっている。
その後ろに仰向けに倒れている自分の部下を見てつぶやいた。
「ウソだろ…やつはうちの部隊で負け知らずなんだぞ……」
落ちている短剣を一瞥すると「これじゃ止められないな」とつぶやいた。
偽ナースは車椅子の背後に素早く回り、バッグから何かを取り出した。
そして、車椅子から数歩前の位置に移動し、女子学生が近づくのを待った。
マリトは後ろから女の右手に筒状の物体が握られているのを見た。
――まさか、銃?
「ケイ、逃げろ!」叫ぶ。
だが、声は出ない。
女子学生との距離が、もう一歩で手が届くという距離まで縮まるのを待って、女は腕を水平に持ち上げた。
バンッ。
大きな音が響き渡ると同時に、ケイは腹を押さえて倒れた。
腹部から赤いシミが広がっていく。
――剣と魔法の世界ではなかったのか……
「信じがたいな。麻酔薬と銃がなければ、全滅していたのはこっちだった」
偽ナースはそうつぶやいたかと思うと、何かに気付いたように動きを止めた。
「しまった。御者がいない!」
襲撃者と学生が戦っている間に、御者は逃げることが出来たようだ。
これで状況が伝わり救援が来てもらえる。
活路を開くことはできたが、そのための犠牲は大きかった。
マリトは自分の無力さを呪った。
◇
女工作員は、満身創痍の部下に肩を貸し、来るときと同じ馬車の席に座らせた。
続いて、マリトたちを乗せた車椅子を押して客室に入れるとロープでしっかりと固定した。
そして、車内の目に付く物を片っ端から外に捨てた。
「これから私は御者席で馬を走らせる」
「御者が町に着けば、報告されてすぐに追っ手がかかる」
「追っ手が来ていないか、見張っていてくれ」
そう言い残すと偽ナースは御者席に移動し、しばらくして馬車が動き始めた。
徐々にスピードを上げて、先ほどまでより速いスピードで走らせる。
揺れが激しくなった。
馬車はそのまましばらく走り続けた。
◇
事件の第一報は、ブリヤの学園を経由し、病院にいる生徒会長のシノハに緊急の念話の形でもたらされた。
念話は、特定の相手と遠隔で話をする魔法的な手段である。
フェルナト街道をヴォリナ方面へ向かう馬車で、病院から乗ってきたブリヤ魔法大学の学生二人が襲われたという内容だった。
二人のうち一名は重体で、ブリヤの病院に運ばれているとのことだ。
――昼に一緒にランチしたアランとケイじゃないか!
犯人は男女で、ひとりがナース、もうひとりが従者に扮しており、ラミーシャを車椅子の婦人に偽装して運んでいる可能性が高いという。
手際の良さから組織的な犯行であると判断され、警備隊から武装した要員を組織して対応を進めているとのことだ。
――まずいな……通常の手順で対応していると手遅れになる……
この事件は学園生徒の拉致ではなく、賢者様の拉致である。
賢者召喚自体が極秘のため、ことの重大さは警備隊に伝わっていない可能性は高い。
そう考えているうちにもう一件、理事長からの念話が入った。
緊急事案のため、事情は伏せたまま救出に協力してほしいとの要請だ。
シノハは、一階まで駆け下り、病院に来るのに使用した馬に飛び乗り、馬車の追跡を開始した。
◇
シノハは、馬車の追跡を開始するのと同時に、警備隊にいる道場門下生であるライドウ兄妹に念話で連絡を入れた。
まだ正式な出動命令は下りていないという返事が返ってきた。
――急がないとまずい。
病院を出て、急ぎ街道を南に進む。
途中、警備隊所属のライドウ兄妹が合流してくる。
兄のゴウと妹のリクは魔法学園の卒業生であり、現役の警備隊員である。
一方で、シノハは二人が通うカルベ道場の次期当主と目されており、道場でも圧倒的な強さを誇る師範代だ。
道場では実戦さながらの戦闘訓練が繰り返されており、シノハ指揮力も抜きん出ていた。
警備隊隊員への正規の指揮権はないが、有事の際には二人はシノハの采配の下で一体的に行動できる。
シノハを先頭にして、二騎がその後に続く体制で、馬を駆ること約二時間。
はるか前方に、ラミーシャを拉致した馬車を視認することができた。
土埃の向こうに幌が揺れている。
◇
工作員たちとマリトが馬車での移動を再開してからは、しばらくは何の変化もなかった。
日が陰りはじめた頃、マリトははるか後方に小さな土煙が立ち上がっているのを見た。
土煙は次第にその姿をはっきりさせ、しばらくすると、こちらに向かっている騎馬らしいものが見えるようになってきた。
従者とナースに扮した工作員たちの声が聞こえる。
「少佐、追っ手です」
「先頭に一騎、その後方に二騎が続いています」
「そうか。だが、もうすぐ目的地に到着する」
「スピードを上げるぞ」
さきほどよりさらにスピードが上がる。
そして、ほどなくして止まった。
数名が駆け寄ってくる足音が聞こえる。
「追っ手が来ている。急いでくれ。すぐにここに着く」
「この娘を乗船させるのが最優先事項だ」
「今見えている追っ手は、騎馬三名だが、その後ろに本隊が続いているはずだ」
「先頭の三名だけはここで止めろ」
「銃を使え。接近戦は避けろ」
「うちの部隊最強のこいつが、一番弱そうな学生相手にこの様だからな」
「この娘を運ぶのに一人は必要だが、残りは何人銃撃に回せる?」
「八名います」
「全員で、確実に一人ずつ仕留めていけ」
馬車に向かってくる人影は、はっきりと視認できる距離にまで迫っていた。
先頭は黒髪の女性。
学生服を着ており、首にチョーカーを付けている。
午前中に見舞いに来てくれたシノハという女子学生のようだ。
先頭の彼女のずっと後方に二騎が続いている。
学生のものと違う警備隊の制服を着ている。
――相手に銃があることは、知っているのか?
馬車の後方に銃を構えた八名の兵士たちが、片膝をついて散開した。
指揮官と思しき兵士が、その後ろに立つ。
――この銃の数……だめかもしれない……
マリトは絶望感に襲われる。
体格の良い兵士が客車に上がってきて、ラミーシャの身体を車椅子から運び出した。
地面の上に転がされ、両足と両手首が手際よく縛り上げられる。
口も猿ぐつわもかけられ、無造作に肩に担がれた。
偽ナース、偽従者、そして新たに加わった体格の良い兵士。
拉致部隊は三名で街道を外れて林の中に分け入った。
負傷者とラミーシャを抱えているため、進みは遅い。
◇
街道では、救援のシノハたちがついに追いついた。
三騎とも銃を構えた兵士に気付いている。
それでも、速度は落ちない。
先頭のシノハが、一気に距離を詰めてくる。
五十メートルほどまで接近した瞬間――
指揮官が腕を下ろしながら、号令を放った。
「ファイア!」
それと同時に、轟音が響いた。
◇参考挿絵:街道を封鎖する兵士に突進する
山道の途中で、銃声と馬のいななきが響いた。
救出チームへの銃撃だ。
あれだけの数の銃を相手に、勝てるとは思えなかった。
――自分がこの世界に来たせいで、何人も犠牲になった……
申し訳なさで、胸が締め付けられた。
山道を超えた先、平原の上空にレモン型の巨大な迷彩色の物体が浮かんでいた。
――飛行船だ!
――あれに乗せられたら、終わりだ。
マリトの視界に飛行船の向こうに広がる空が映った。
日没直後の暗めの空、低い位置に白っぽい月が大きく浮かんでいる。
月は、また笑っていた。
飛行船と笑う月が浮かぶ異様な光景は、理事長の『世界の終わり』という言葉を否応なく思い出させた。
◇参考挿絵:飛行船の向こうに浮かぶ笑う月