眼の日記/ヨレンタ探偵事務所事件録   作:すう

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第十二話:ドゥラカ

 クリスマスまで二週間を切った冬の日。

 寒さと祈りと灯りが混ざった独特の気配が街を覆っている。中心部ではクリスマスマーケットが開かれ、木製の屋台が並んでいた。香ばしいパン、ホットワイン、蜂蜜酒、手編みの雑貨。控えめな音楽が耳を楽しませる。

 

 食材の詰め込まれた紙袋を抱え、ドゥラカはアイーダの店へと早足で向かう。

 アイーダの店は、彼女がアルバイトをする家庭料理を出す食堂だ。

 通りの外れに店を構え、夕方には労働を終えた多くの人が訪れる。

「買い出し行ってきましたー!」

「あぁ、ドゥラちゃん。おかえり。寒かったでしょう。」

 出迎えたのは、店主であるアイーダである。

 大柄でゆったりとしたワンピースを着こなす「彼」は、食材を受け取り、微笑んだ。

「市場の方はクリスマス用にドライフルーツやけしの実が出始めてました。」

「いいわね。そろそろけしの実のケーキをメニューに加えようかしら。」

「去年のアイジング、好評でしたよ。」

 店に出すメニューを二人で相談しながら、手際よく仕込み作業に入る。食材を鍋に入れて煮込み始めると、レースカーテンのかけられた小さな窓が白く曇った。

 アイーダが焼き上がったパンをひとつ取り、半分に割って片方をドゥラカに渡す。味見と称し、バターの香り溢れるパンを二人で頬張る。

「今日も最高の仕上がりです。」

「上々ね。さあ、今日も腹ぺこどものために、店を開けましょう。」

 店が開店すると、ドアは絶えず閉じたり開いたりを繰り返した。鉄製のストーブの上で鍋がくつくつと煮込まれ、木のテーブルには次々に料理や酒が運ばれる。

 アイーダは逞しい腕で大皿を運びながら、周りの笑い声に負けない声で客と話を交わしていた。ドゥラカは空いた皿を次々に重ねては洗い場に持っていっては洗い、注文が入れば大鍋からスープをよそい熱々の皿を運ぶ。目が回る忙しさとはこのことである。

 休む暇なく働き、最後の客が陽気な鼻歌を歌いながら千鳥足で出ていく頃には、深夜遅くになっていた。

 

 

 余った食材やパンをたくさんもらえたので、翌朝は探偵事務所に足を運ぶ。

「レヴァンドロフスキさん、おはよ。」

 事務所の入るテナントの窓ガラスを丹念に磨いている男に声をかける。短く刈った黒髪と跳ね上げた前髪が特徴的な男だ。口髭が年を上に見せるが、おそらくまだ若い。

「あ、あぁ…。おはよう。」

 一瞬ぴくりと肩を振るわせ、ドゥラカに気づくと挨拶を返した。

 早朝来ると大抵掃除をしている場面に出くわすので、顔見知りになったのだ。雑談の中で、西部の炭鉱町の出身だという情報もゲット済みである。

 いつ何が儲け話に繋がるか分からない。いかにして正しい情報を手に入れられるかが鍵となると、ドゥラカは常々思っている。

 塵ひとつない床、磨かれた階段の手すりにいつも感心しながら、事務所へ向かう。

 階段の上から三段目は床板が傷んで必ずギイと鳴る。バデーニはこの音を聞いて来客に気づくらしい。

 階段を上り切ると、ドアノブに手をかける。金属製のドアノブは冷え切ってツンと冷たい。

「おはよーございまっす。」

 挨拶とともに事務所に入ると、バデーニが床で倒れるように眠っていた。また徹夜したらしい。日常茶飯事なので特段驚きもしない。ヨレンタやオクジーはまだ来ていないようだ。

 事務所内は地域暖房プラントのおかげで、壁の奥を流れる温水が静かに空気を温めていた。

 床に落ちている男に毛布をかけてやり、窓を開けて換気を済ますと、調理の準備に取り掛かる。

 先日作ったスープを入れておいた鍋を出す。今はきれいに洗われ、蓋のところに付箋が一枚貼ってあった。

『ジャガイモがめちゃ煮込まれてて、スプーンを立てても倒れないんじゃないかと思いました。食べ応えがあってすごく美味しかったです。O』

 オクジーが書いた料理の感想。オクジーがやり始め、今ではヨレンタやバデーニも真似をして時々感想を書いている。

 思わず顔がニヤける。

 こうしてひと言感想をもらえるのは、作った側としては嬉しいものだ。

 付箋を外して、ドゥラ缶に入れておく。今までの感想も全て缶の中に入れて残してある。揺すると、たくさんの紙が擦れる音がした。いい音だ。

 今日のメニューはビゴスというシチューだ。アイーダに分けてもらった鹿の肉、ザワークラウト、キノコを入れて煮込む。

 

 ドゥラカは移民三世だ。

 祖父母の代にこの国へ渡り、両親はこの国で生まれ育った。その両親とも、幼い頃に死に別れた。

 移民というレッテルは、ドゥラカに宙吊りのアイデンティティと、数え切れない寒さと空腹を与えた。生き延びるために自分に必要なのは金なのだと散々学んだ。

「おはようございます。バデーニさん。」

「…おはよう。ドゥラカ君。」

 のそりと起き出して来たバデーニに声をかける。頬に絨毯の模様がうつり、前髪には変な寝癖がついている。そのまま、のそのそと洗面所へと向かう。

 ケトルに水を入れ、火にかけておく。後で目覚めのコーヒーを飲みに来るだろう。

 レードルで一度かき混ぜ、味見をする。調味料を足してもう一度味をみる。

「おはよう。」

 所長が出社する。

「おはようございます。ヨレンタさん。」

「今日も冷えるわね。」

 所長が真っ直ぐにラジエーターに向かい、手をかざして暖を取る。換気のために開けていた窓を閉め、手を擦り合わせてかじかんだ手を温めている。

「あったかいスープできてますよ。」

「ふふ、いただこうかしら。」

「おはようございます!」

 オクジーが扉から顔を出す。そそくさとラジエーター前に移動して暖を取る。

「いい匂いですね。へへ、今日はドゥラカさんのご飯の日かなぁと思って早めに来たんです。」

「当たりでしたね。デザートに、試作のけしの実ロールありますよ。」

「やった!もうすぐクリスマスですね。」

 けしの実を使ったケーキはクリスマスの定番だ。甘くしっとりとしたケーキはコーヒーとよく合う。

「腹を空かせた熊か君は。」

「あら、バデーニさん、また床で寝てましたね。」

「むう。」

 所長に指摘され、気まずそうに顔を歪める。バデーニは所長に頭が上がらない。

 湯気の向こうで笑う仲間たちを見ていると、誰かのために作るご飯も悪くない、と考えるドゥラカだった。

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