眼の日記/ヨレンタ探偵事務所事件録   作:すう

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第十三話:少女

 いや本当に、やばい。バレたらまずい。

 オクジーが絶えず不安を口にするので、バデーニはだんだんイライラしてくる。

 ゴム底のワークブーツが枯れ葉を踏む音だけが響く。

 ここは、街外れの雑木林。

 川風が刺さるほど冷たく、日はとっくに暮れ、辺りは真っ暗だ。リスだろうか、小動物が動く気配の他、ここにはオクジーとバデーニしかいない。

 

 遡ること数時間前。

 昼間。

 バデーニはオクジーに機材を運ばせ、調査を始めた。研究の資料として急ぎ必要であると言う。

 バデーニは、自身が研究しているのは考古情報学という分野だ、とオクジーに説明した。

「地下に電磁波を照射し、跳ね返ってくる反応で遺物が無いかを探している。

 もし中世にコペルニクスより前に地動説を唱えた者がいたとすれば、異端として迫害されていたはず。その痕跡を探し出し、存在が証明できれば、歴史が変わる。」

 研究について語るバデーニは、目を輝かせてとても楽しそうだった。

 

 それから数時間後。

 バデーニが死んだ魚のような目でデータを見つめている。機械トラブルもあり、思うように計画は進んでいなかった。

 真っ暗闇の中、オクジーの持つ頼りない懐中電灯だけが灯りを発していた。

 吐く息は一瞬で凍てつく。

 重装備の防寒着に身を包んでいるとはいえ、冷え切った手足はちぎれてしまいそうだ。

「不審者として通報されたら終わる…早く帰りましょうよ。」

「少し黙っていろ。」

 大きな図体をして泣き言ばかり言うオクジーを一喝し、淡々と作業を続ける。

 オクジーが言っているのは、雑木林を抜けた先に全寮制の女子校があるためだ。女子校の近くで男の二人組が機材を持ち込み何やら怪しい動きをしているなどと通報されるのを心配しているようだ。よからぬことを考える輩と一緒にされるのは心外である。

 しかし、暗くなって足元もおぼつかなくなって来た。ここは一旦出直した方が得策かもしれない。そう思っていた矢先。

 

「きゃっ。」

 

 短く、甲高い悲鳴。最初、キツネか野ウサギかと思った。

「あ、ご、ごめんなさい。私、急いでて……。」

 女の子だった。

 目深にフードを被り、顔はよく見えないが、まだ少女と言える年齢に見えた。お互い人がいるとは思わず、たじたじと相手の出方を伺う。

「えっと…俺たち、怪しいものじゃなくてですね。この辺りの調査を、その。」

 オクジーが言い訳がましく状況を説明しようとする。残念ながら余計に怪しかった。

「わ、私も怪しいものじゃありません!では!」

 オクジーの言い分を最後まで聞かずに、少女はヤブガラシの群生の中を走り去っていく。

「えっ待って。」

「おいやめろ、オクジー君。

 付きまといで通報されるぞ。」

 少女を追いかけようとするオクジーに声をかけ、制止させる。

「でも。こんな夜遅くに、危ないじゃないですか。」

「雑木林で会った身元のわからない男に追いかけられる方が危ないだろう。」

「それはそうですけど。」

「十中八九、あの娘はそこの女子校の生徒だろう。こんな時間に出歩くと言うのは、規則を破って抜け出して来たと見える。」

「ええっ。」

「考えてもみろ。あの年頃の娘が夜中に抜け出してやることといえば。

 ……逢い引きだろう。」

「あ、あいびき?……でもあの子、俺の妹より年下でしたよ!?」

「田舎者と一緒にするな。最近の若者はませている。」

 顔を真っ赤にして慌てているオクジーを鼻で笑い、機材の電源を切る。今日はここいらで終いにしよう。

「……でも、やっぱりこんな時間に出歩くのは危ないですよ。俺、心配なんで追いかけます!」

「は!?」

 オクジーが機材とバデーニを置き去りにし、少女を追いかけていく。

 懐中電灯はオクジーが持つひとつだけだと言うのを忘れてやしないか。仕方なくバデーニも二人を追いかける。

 しかし足元がよく見えず、いきなり木の根につまずいて転んでしまった。

「クソッ!!」

 

 …………………………

 

 神様!バレませんように!バレませんように!!

 

 少女は大通りを避けて裏路地を通る。

 遠回りにはなってしまうが、この道なら人とすれ違うことはない。

 いつもなら誰にも会わないのに、今日は雑木林のところで人と会ってしまった。

 

 ツイてないツイてない。そろそろ神様も見放す…!

 

 走って荒くなった息を一度整え、フードを外す。

 ここは街の公立図書館。開館時間は十九時まで。時間はもうとっくに過ぎていた。正面入り口の明かりは消えて人の気配はすでにない。

 裏手に周り、一部屋だけに電気が灯っていることを確認し、職員通用口からあたりを見回しながら中に忍び込む。

「ヨレンタ君。」

「!!…コルベさん、こんばんは。」

「やァ。」

 少女を出迎えたのは、癖毛の優男だった。赤いラインの入った名札を首から下げており、彼がこの図書館で働いていることを示していた。

「どうも、お疲れ様です。」

 少女、ヨレンタが走って乱れた髪を整えながら小声でコルベに話しかける。

「新しい学術誌、入っているよ。読んでくかい?」

「!はい!ぜひ。」

 曇った少女の顔が一気に華やいだ。

 

「……バデーニさん、これって。」

「ふむ。逢引とは少し違うようだな。」

 少女が通用口から中に入ったのを確認して、オクジーとバデーニは窓の外から様子を伺っていた。窓ガラスは温度差で結露して曇り、中の様子はよく見えないが、かろうじて会話が聞こえる。

「大人の人がついてくれているのなら、安心ですね。」

「君の頭は平和だな、オクジー君。

 保護者がいるのなら、なぜあんなコソコソと学校から抜け出す必要がある?しかも、こんな夜更けに。」

 バデーニの指摘に、オクジーがハッとする。

「た、確かに。」

「お互いやましいところがなければ、昼間に堂々と来ればいい。それができない理由があるとしたら。」

「あるとしたら?」

「性的虐待等を目的に、未成年の子供と信頼関係を築いて依存させる。グルーミングというやつだ。

 ずっと寮に入って家族の愛情が充分に得られなかった子どもが代わりの依存先を探す。ない話ではない。」

 オクジーが声を出せずに口をぱくぱくしている。おおかた、あの少女を年の近い自分の妹とでも重ね合わせているのだろう。こんなところまでついて来て、今時珍しいお人好しである。

 部屋の中では、少女と優男の話し声が続いている。

 

 ほう。と雑誌のページをめくるたびにため息をつく。

「これ…時間の定義の変遷を扱った最新研究ですね…!学校では絶対に読めません。来てよかった…。」

「君の学校、検閲が厳しくてなかなか図書室に入って来ないって言ってたもんね。」

「はい。…コルベさん。あの、この前お渡しした論文……。」

「ああ、とても素晴らしかったよ!とても十四歳が書いたとは思えない。

 線形代数の応用として洗練されていて非常に素晴らしい。逆に、あの発想は若い頭脳だから思いついたものかもしれないね。」

 その一言に、少女の声がパッと明るくなった。

「!!ありがとうございます!とでも励みになります。

 それで、その論文は…。」

「ああ、まだ検証しているところがあるから、もうしばらく預かっててもいいかな?」

「そ、そうですか…わかりました。」

「……新しい論文の進み具合はどうかな。」

「ええ、今度は先の論文を応用して、時間の遅れを数式とプログラミングで検証しようかと…。」

 

…………………………

 

 

「俺、何言ってるかさっぱりわからないんですけど…。

 十四歳って言ったら俺は地元で羊追いかけてましたよ。」

 オクジーは部屋の中で繰り広げられる会話に目をぐるぐるさせた。

「……君らしいな。

 あの二人は理論物理学の話をしている。男が褒めるように、あの娘は学問に精通し知識欲に溢れた才人のようだ。」

「天才ってそんなゴロゴロいるもんなんですか?都会すげぇ…。」

「首都や大都市に比べたらここは大きな田舎だろう。…出てくるぞ。身を隠せ。」

「むぎゅ。」

 バデーニがぼーっと座り込むオクジーを物陰に押し込み身を隠す。

 程なくして職員通用口から少女が姿を現した。

「コルベさん、今日もありがとうございました。…私、あの論文、雑誌に寄稿してみようと思うんです。」

「!そうか。検証が終わったら返すよ。君は優秀だから、すぐに高い評価を受けると思うよ。」

「そんな、コルベさんがこうして最新の学術誌を読ませてくださるおかげです。……じゃあ、おやすみなさい。」

「ああ、おやすみ。またね。」

 鼻を真っ赤にして少女が走り去る。今度はフードをかぶっていない少女の顔が、街灯の光に照らし出される。

(えぇ!!?)

 オクジーとバデーニは、驚きのあまり漏れ出そうになる声をなんとか押し殺す。

 少女の姿は、所長にそっくりであったのだ。

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