眼の日記/ヨレンタ探偵事務所事件録   作:すう

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第十五話:盗まれた論文

 ゴ――ン…ゴ――ン…

 

 時刻を告げる鐘がなる。

 ここは国内でも珍しい、全寮制の女学院である。

 少女達が学校と寮の中で厳しい規律のもと暮らしている。スマホや電子機器の持ち込みは禁止され、読書や刺繍が推奨される。近代と中世のような空気が漂う。

 明日からクリスマス休暇である。

 校内はいつになく浮き立った雰囲気を醸し、授業ではいつもより少しだけお喋りで注意される生徒の数が多かった。みな、暗くなる前に夕食を済ませ、早めに自室に引き篭もる。

 今日は週に一度の「沈黙の時間」と呼ばれる伝統行事の日である。

 日が沈んでから、明朝日が昇るまで一言も話してはならないという決まりがあるのだ。元は祈祷の名残のようだが、この日だけは寮内が重い空気を纏ったようで、物音を立てることも憚られた。

 少女は寮母の見回りが終わったことを確認すると、猫のように寮内をすり抜けていく。

 中庭のリンデンの老木に辿り着くと、枯れ井戸の蓋を外した。ロープを握り、躊躇せずに井戸の底へ飛び込む。

「…っ!!」

 かじかんだ手がロープに擦れて少し皮が剥けた。痛みに耐えながら井戸の底に着くと、這って横穴に身を滑り込ませる。少し進むと、人がひとり通れるくらいの通路に繋がる。

 このまま進むと雑木林の中の洞窟に繋がっている。

先輩に教わった秘密の抜け道だ。戦時中の脱出路らしい。

 今日こそコルベさんに論文を返してもらわなければ。

 少女は小さな決意を胸に、雑木林への道を急ぐ。

 

「ほ、本当に来た…。」

「!!」

 洞窟の外に月明かりが見えたと思ったら、急に声をかけられて、心臓が飛び出すかと思った。

 声の主は黒髪の大男だった。背後にもうひとり、背の高い金髪の男がいる。二人の姿、記憶にある。

「先日、雑木林にいた…。」

「そうです。待ち伏せのようなことをしてしまって申し訳ない。実はあなたに話があって来たのです。…ヨレンタさん。」

「!?なぜ、私の名を…。」

「こう言ったことを調べるのに長けている我々の仲間がいましてね。あなたのことを少し調べさせていただいた。あなたが「沈黙の時間」の日にここを通る事もね。

 我々は探偵事務所の者です。私はバデーニ。こちらの熊みたいな男はオクジーと言います。」

「はあ、た、探偵さんが私に何のご用で……?」

 少女は不安げに目線を迷わせる。先ほど擦りむいた手の傷が熱を持ってジンジンと痛む。思わず手を重ね合わせ、祈るような姿で縮こまる。

「そ、そんな怖がらなくて大丈夫です。我々は、あなたを助けに来たんです。」

「助けに…?一体どういうことですか?」

「あなたは夜な夜なそこの学校を抜け出し、街の図書館に通っていた。そして、図書館司書の男に、自身が書いた学術論文を見せましたね。」

「は、はい。コルベさん自身も物理科学を研究していたことがあるらしく、私の書いた論文を検証してもらっていました。」

「ちょっとこれを見て欲しいんですが…。」

「これは…?」

 バデーニがタブレットに表示された画面をヨレンタに見せる。

「これ…。これ、私の書いた論文です!」

「やはりそうでしたか。この論文、コルベという男の名義で発表されているのです。」

「そ、そんな…!」

 ヨレンタが血の気の引いた顔で膝から崩れ落ちた。

「この論文投稿サイト、歴史は浅いがなかなかに優秀な論文が揃っていると最近話題になっていまして。コルベが出したとされる論文は掲載されるや随分と高い評価を受けたようで、ネット上では話題に。」

「……バデーニさん。」

 オクジーがバデーニの話を遮る。

 ヨレンタは膝を抱えてうずくまっていた。抱えた腕の中に顔を突っ伏しているので表情は見えないが、小さく震えている。

 啜り泣く声に、二人は立ち尽くすしかなかった。特にオクジーはおろおろするばかりだ。

「あの、よかったらこれ、使ってください。」

 手の平の傷から血が滲んでいた。オクジーはヨレンタに絆創膏を渡す。

「……ありがとう、ございます。」

 グスグスと鼻を鳴らし、絆創膏を受け取ったヨレンタはぽつりぽつりと話し出す。

「……私が愚かでした。書いたものを自慢げに見せびらかして。」

 彼女は涙をこらえ、膝に顔を埋める。

「もっといいものにして雑誌に寄稿しようなんて、大それたことを考えたから……こんなことに。」

「そんな事ないです!せっかく書いたものはやっぱり見てもらいたいですよ。」

「そうだ。盗用するのが悪い。

 君がネットから遠ざけられた生活をしていることを利用し、ネット上の投稿サイトを選んだあたりもタチが悪い。……なあ、ヨレンタさん。この悪事、暴かないか?」

 バデーニの提案に、ヨレンタは下を向いたまま首をフルフルと横に振る。ずっと顔色が悪い。

「……父がとても厳しい人なんです。学校を抜け出してこんなことをしているなんて分かったら、きっとすごく怒ります。論文を書くことも止められてしまうかも。」

「なら、そこはバレないように。コルベをギャフンと言わせてやりませんか?」

「ぎゃ、ぎゃふん…?」

「我々は探偵だ。依頼者の希望に添えるよう、動きますよ。」

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