眼の日記/ヨレンタ探偵事務所事件録   作:すう

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第十六話:成敗!

 クリスマスも目前だ。

 いつもの部屋で書庫整理をしながら、コルベが窓の外を覗く。いつもなら、あの娘が来る頃合いだ。

 彼女と初めて会ったのは半年ほど前だったか。

 あの日も閉館間際にやって来て、科学雑誌を読み漁っていたのだ。今時の若者にしては珍しい、素直で、知識に飢えていた。

 若かりし頃の自分を思い出させる少女に、最初はほとんど善意で声をかけた。

「もしよかったら、閉館時間後に裏手の通用口から入ってくるといい。最新の科学雑誌を、時間なんて気にせず、ゆっくり読めるよ。」

 彼女は大いに喜び、そこから一週間に一度の学習会が始まった。

 ヨレンタは、自分も学術論文を書いてみたいと草案をいくつかコルベに見せた。

 すぐにコルベはその秀才さに気付かされる。そして、自分との圧倒的な能力差も。

 自分が彼女にアドバイスしたのは、論文の形式的な書き方だけであり、アイデアは全て彼女のものであった。

 そして先日、ヨレンタの論文が完成する。

 彼女の論文は素晴らしい。

 本当に十四歳が書いたとは思えない。そう、誰も十四歳の少女が書いたとは信じないであろう。

 今のうちに自分の名で発表してしまえばいい。訴えても勝てないし、彼女も賢いから騒ぎ立てまい。

 この論文を足がかりに、自分は研究の世界へ戻るのだ。自分を無能と小馬鹿にした奴らを今度こそ見返してやる。

 

 コンコン。

 

 窓を叩く音がした。来た。ヨレンタだ。

「やあ、今日は遅かったね。心配した、よ……。」

「どうも。」

 いつもの扉から現れたのは、小柄な少女ではなく、金髪の青年だった。

「私、女学院で臨時講師をしていますコヴァルスキと申します。」

「え…。」

 コヴァルスキ――バデーニは指先で眼鏡を押し上げる。

「実は、本校のヨレンタが学校を抜け出し、夜間徘徊していたことが発覚しました。先ほど警察に保護されましてね。

 保護者の欄にこちらにお勤めのコルベという人物の名前が書かれていたのです。お間違い無いですか?」

「え、ええ、コルベは私ですが…保護者というのは分かりかねるなぁ。」

 コルベがヘラヘラと笑う。

 あの娘、余計なことをしてくれたな、と心の中でごちる。

「そうですか。所蔵の雑誌を読ませてあげるからと呼ばれて図書館に複数回通っていたとの証言があったのですが、事実ですか?

 ご存知の通り、彼女は未成年だ。未成年を夜間呼び出していたとなると、あなたには相応の処罰が下ることになりますが。」

「け、警察でもない人間が、何を根拠に。」

「あともう一つ。彼女は今日、あなたに預けた論文をとりに来るはずだったと言っているのですが。代わりに預かります。出してもらえます?」

 有無をわせない態度で、バデーニがずいと手を差し出す。はやく渡せと圧がすごい。

「あ、あぁ。確か事務所の方に。取りに行っても?」

「どうぞ。お速く。」

 コルベが通路に出て、扉を閉めた瞬間全速力で走り出す。

「おっと!どちらへ?」

 大男が道を塞ぐ。

 急な出現に立ち止まれず、全力でぶつかってしまう。

「わあああああ!!」

 コルベが盛大にすっ転ぶ。ぶつかった男の方はびくともしていない。

「大丈夫ですか?」

 男が手を差し伸べできたので、思わず手を掴んでしまった。男はコルベの手をがっしり掴んで離さない。

「どっ、どなた!?」

「女学院の生徒指導補助をしています。えーと、ヤルコフスキと言います。」

「なんで女学院なのに男の教員ばかりなんだ!?」

「そこはまあ、多様化の時代ですから。我々も時代に合わせてアップデートをしてます。で、ヨレンタさんの論文は?」

「はは……。」

 コルベは観念したように元いた部屋に戻り、ファイルから取り出した冊子をコヴァルスキに手渡す。

 ペラペラと中身を確認している間も、ヤルコフスキ――オクジーが背後で逃げ道を塞ぐようにして立っている。

「……確かに。それで、これはどう説明する?」

 バデーニが右手にヨレンタの手書きの論文を持ち、左手にサイトに記載された論文を表示させたタブレットを持ち、コルベの面前に突きつける。

「それは…彼女との会話の中から着想を得て、僕が書いたもので。」

 なおも言い訳が口から出るのか、この男は。オクジーが口を開きかけた時、バデーニが手で制す。

「それはおかしいですね。あなたの名前で出されている論文、計算式が間違っていますよ。対して、ヨレンタ君の論文の計算式は正確だ。これについては?」

 バデーニから論文とタブレットを奪い取り、問題の箇所を見比べる。

「そんなバカな…写し間違えたのか?……な、なんだ、間違ってないじゃないか…!」

 一言一句、同じ数式が記されていた。コルベは胸を撫で下ろす。

「言質は取れました。いかがです?ヨレンタさん。」

 バデーニが胸ポケットから通話中のスマホを取り出した。スピーカーのボタンを押し、向こう側の声が聞こえるようにする。

 通話先はオクジーのスマホである。今は、違う場所でヨレンタが所持していた。

『コルベさん、話は全て聞かせてもらいました。私を騙していたんですね……!』

「ヨレンタ君!?嵌めたのか、お前たち…!」

 地べたに這いつくばり、睨み上げるコルベ。二人は何のことやらと首をかしげて見せた。

「ちょっと賢いだけの小娘のくせに。小娘が書いた論文なんて誰が読む?多くの目に触れてこそ科学の発展に大いに役立つというのに!」

「愚かだな。今の時代、学問の扉は平等に開かれている。知識を得ようとする姿勢があれば、年齢や性別など関係ない。

 ただ、あなたの未成年掠取と、論文の盗用には問題がある。公になれば研究職への復帰は絶望的だな。

 ヨレンタさん、君はどうしたい?」

『私の論文を返してください。そして、サイトに投稿した論文も、取り下げてください。』

「……え?それだけですか?」

『はい。論文を取り下げたところで一度世に出てしまった以上、もう私の名前では出せませんから。

 私、今回のことで学びました。知識を得ようとする自分の貪欲さ……これだけの気概があったら、今の環境でも何とかなると思うんです。私、次はこの論文よりももっと良いものを書きます。』

 震える声で、しかしキッパリとヨレンタが言い放った。

『コルベさん、私に学びの機会を与えてくれてありがとうございました。科学のお話をしてる時のコルベさん、とても楽しそうでした。

 どこでだって、研究や計算はできるんです。もう一度、研究を始めてみませんか?』

 観念したコルベは自重気味に笑って、項垂れた。

「……持てる者の言葉だな。君に、持たざる者の気持ちなど、分からないさ。

 君の美しい論文を奪わないと、自分の無価値さを突きつけられる気がしたんだ。」

 部屋の外では、津々と雪が降り積もってゆく。

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