眼の日記/ヨレンタ探偵事務所事件録   作:すう

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注意:モブ少年が出てきます。


第十八話:前世の記憶

第十八話 前世の記憶

 バデーニの研究を手伝っていたら、所長そっくりな少女に出会い、論文盗作事件に気づいてしまった。

 オクジーが先日の出来事を所長に報告すると、所長は労いの言葉をかけてくれた。

 そっくりな少女――ヨレンタという名前まで同じであった――については、「へぇ、会ってみたかったな。」と一言つぶやいただけだった。本当に、知り合いでもなんでもないようだった。まったく、世の中は奇妙な偶然に溢れている。

 クリスマス前後は依頼も少なく、オクジーは卒論に手をつけたり、バデーニの急な呼び出しを受けて雑用を手伝ったりして、比較的のんびりとした時間を過ごした。

 アルバイトのおかげで懐も温かく、帰省しようかとも考えた。だが、家族からのクリスマスカードには「勉強に励め。」の一言。顔を合わせ辛く思って、結局そのまま年を越した。

 クリスマスの日は、探偵事務所でクリスマスパーティを開いた。バデーニが持ち込んだレコード、ドゥラカ特製の料理と、所長が用意した香辛料を多めに効かせたホットワイン。

 事務所内が華やかな会場となる。

 オクジーは詩集や文庫本を封筒に入れて、それぞれに渡した。表紙に短い手書きのメッセージカードをつけたのが好評だった。

 家族のようなチームで温かい時間を共有することは、オクジーにとって久方ぶりの人の温もりに触れられた時間であった。

 

 年が明けると、徐々に探偵事務所の依頼の数も増えていき、いつもの日常が戻りつつあった。

 オクジーの学校も始まり、教室で久しぶりに顔を合わせる友人たちと新年の挨拶を交わした。長期休暇の気だるさが抜け切らない空気の中、学生たちが休暇中の出来事を歓談しあっていた。

 オクジーが在籍するのは、二十世紀始めに創立された、比較的新しい大学である。

 オクジーが所属する文学部の他、教育学部、法学部、経済学部、神学部、理学部の揃う総合大学である。地方の大学ながら、知識人を多く輩出している。

 実利より理念をモットーに、教師陣は個性は揃い。学生たちは地元出身者が多いが、近年は留学生も増えつつある。

 大学は戦前の石造りの古い建物で、壁には銃弾跡が残る。冬の光がアーチ窓から差し込み、廊下に淡い影を落としていた。

 午前の授業が終わると、オクジーたち文学部の教室に見知らぬ青年が入って来た。薄い茶髪の、小柄な青年だ。オドオドと周りを見渡し、誰かを探している様子だった。

 見慣れぬ人物の登場に、皆、不躾にならないよう控えめな視線を送っている。

 誰か探しているなら力になれるかもしれないと思い、オクジーが声をかけようとすると、当の青年からオクジーに気付いて近づいてきた。

「探偵やってるオクジーって君?」

「え?まあ、多分、俺のことだと思う。…テラスで話さない?」

 興味の目がオクジーと青年に注がれている。なんとなく尻の座りが悪く場所の変更を申し出ると、青年は首だけで頷いた。

 

 昼休みの鐘が鳴ってから、一五分ほどが経っていた。

 冬のテラスにほとんど人影はなく、併設の温かい食堂の中からは学生たちの笑い声が聞こえた。

 冬のテラスは人影もなく、白い息だけが空気に溶けていった。日当たりのいい場所を選んだが、冷たい風が両手で包んだ紙コップから立ち昇る湯気を揺らした。

 青年はシモンと名乗り、教育学部に在籍しているという。

「……信じてもらえるか、分からないんだけど。」

 シモンは指先でカップを転がしながら、視線を地面に向けたまま話し始めた。

 彼は医療機関の中にある施設で学生ボランティアをしているという。長期入院やリハビリで学校に通えない子供たちの勉強を見たり、時には話し相手、遊び相手になっているそうだ。

 その中の一人に、不思議な子供がいるという。

「七歳の男の子なんだけど、自分には百年くらい前の記憶がある、と言うんだ。」

「……へぇ。」

「信じてもらえないのは、わかる。僕だって、最初は信じていなかったさ。」

 シモンはカップを握りしめながら、迷うように言葉を探していた。

 シモンという青年とは会ったばかりだが、オクジーには冗談や人を揶揄う人物とは思えなかった。だから、素直に思ったことを口にした。

「いや、疑ったわけじゃない。俺にわざわざ冗談を言いにくるメリットも何もないわけだし。

 その子が百年前の記憶があると思った根拠を聞かせてくれるかな。」

「……ありがとう、僕の荒唐無稽な話を聞いてくれて。」

 シモンは少し安堵してから、言葉を選ぶように沈黙を繰り返しながら話し出した。

 

 最初にその話を聞いたのは、今年の秋頃だったと思う。少年――エミルが自室で絵を描いていた時に、声をかけたのだ。

「いい絵だね。夫婦の…人形?」

「そうだよ、人形。陶器でできているんだ。」

 白い画用紙にクレパスで描かれていたのは、男女の人形が身を寄せ合って睦まじく手を繋いでいる姿だった。

「かつて、私が作ったんだ。もう百年も前になる。」

「???」

 エミルは、ゆったりとした口調で、シモンに語りかけたという。

「陶器職人だった私に、若い夫婦が自分達をモデルに人形を作ってくれと依頼があったんだ。夫が戦争に行ってしまうから、残される妻のためにと。」

 エミルは人形の絵をを撫でながら、七歳とは思えない静かな声で続けた。

「しかし、私は未熟で、ある間違いを犯してしまった。」

 涙を浮かべる少年の姿と、壮年の職人の姿がダブって見えた。

 

「その心残りがずっと彼の中にあって、苦しんでるらしい。……子供の空想話にしては具体的で、真実味を帯びすぎてる。

 百年前のそれは、多分、前世の記憶ってやつだと思う。」

 シモンが話し終え、紙コップの中のコーヒーを飲み干した。中身はすっかり冷えて、いつもより苦味を感じた。

「エミルの悩みを解決してやりたい。同じ学校に探偵やってる奴がいるって噂で聞いて、君のところに来たんだ。」

「俺はアルバイトで探偵じゃないんだけど……でも、仲間なら解決の糸口を見つけてくれるかも。」

「頼む。」

 ボランティア先の子供にこれほどまでに心を砕けるこのシモンという青年は、余程のお人好しなのだろう。

 バデーニやドゥラカから、度々お人好しと言われるオクジーだが、ここまで他人に心を砕ける青年を前にして、初めて理解した。

 放っておけない、という感覚を。

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